テノリライオン
The Way Home 第10話 初めの七星
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匿名ユーザー
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「タブナジアに、楽園の扉があるか否か―――。
確かな事は私にも言えません」
澄んだ静寂が、深く晴れ渡る星空を思わせるその部屋で。
星の神子は5人の冒険者の問いに、静かにそう答えた。
あの黒い妖魔は、一体どこから。 一体何故。 全ての基となる、問い。
「ただ、今私に判るのは。 皆さんが対峙したあの魔物に、アルタナとは異なる、荒々しい神の気配を感じる事と」
アルタナの、白く輝くイメージを照り受けて。 更にその深淵を際立たせる、もう一人の神。
「それは、現在この世界にあまたいる獣人やモンスターのそれと、成り立ちは同じでありながら目的はより明確である事」
神子の、愛くるしくも気高い顔が、かすかに歪む。
「そしてその目的は、楽園に至ろうとする種族―――つまり我々の、完全な駆逐と思われる事・・・すなわち」
そして。 5人はついに、最も恐れていた文章を聴いた。
「すなわち、あの繭は・・・遠からず全て孵り、世に溢れるでしょう」
* * *
「ど・・・、どうすれば、いいんですか!? あんな、あんな沢山・・・無理ですっ!!」
予想していたとはいえ。
かつて観た、身の毛のよだつような悪夢の実現に直結する言葉に耐え切れず、怯えた声を上げてしまったのはルカだった。
フォーレは今にも泣き出しそうな顔を、イーゴリとドリー、そしてバルトは冷たい手で内臓を掴まれそれに耐えているような険しい顔を晒している。
「1体なら、何とかなりました! でも、あんな数が一気に来られたら! 街に攻め込んで来られたりしたら、一般の人だけじゃない、一人で行動している冒険者だって危ないです! あんな、あんなのを、どうしろって―――」
否が応でも胸の奥から這い上がってくる悪寒に荒れるルカの言葉が、不意にぴたりと止まる。
ヒステリーに陥りかける彼女の腕を、傍らのバルトの手が強く掴んでいた。
はっと我に返り、すみません、と呟いて俯き押し黙る、栗毛のミスラ。
そんな彼女を母のような眼差しで見守る神子は、微笑むとかすかに首を振ってみせた。
「―――我々は、どうすればよいとお考えでしょうか、神子よ」
ルカが落ち着いたのを見届け、彼女から視線を戻したイーゴリが、静かに神子に尋ねた。
私たちを招き、ここまで聞かせるからには、何らかの意図がおありなのでしょう。
彼の言外の問いかけを察したのだろう、神子は一瞬辛そうに目を伏せた。
「・・・皆さんに、お願いがあるのです」
時は、流れる。 星の大樹の上で、輝く太陽がゆっくりと天頂に昇っていく。
朝の見回りを終えた紅い鳥の群れが、大樹の梢を離れ何処へともなく飛び去っていった。
水辺で遊ぶタルタルの子供達が母に呼ばれて走っていく。 昼食の準備ができたのだろう。
大樹は、そんな情景と、その身の内の冒険者達を、等しく見守っている―――
「ここから先は、私が説明いたします」
それまで神子の傍らに静かに控えていたタルタルが、すっと一歩進み出て言った。
儀礼的な鎧と剣を身につけた武人の姿が凛々しい雰囲気を与える、神官戦士だ。
5人の視線が彼女に集中した。
「その繭から孵った魔物が地上に現れるのだけは、何としても阻止しなければなりません。 神子様の遠見では、恐らく繭の数は100個前後との事・・・万一外界に溢れたとしても団結して 当たれば討ち倒すことが可能な数ではありますが、彼らが地上で殖えないという保障はどこにも ありません。 それなりの被害も出るでしょう。 やはり地下で、元から絶つのが望ましいと考えます」
きびきびと喋る彼女の言葉とは対照的に、神子の顔がみるみる苦渋に満ちていく。
人に危害を加える存在とはいえ、全ての生命の調和を望んでやまない神子には辛い現実だろう。
「その為には、多くの戦闘要員が必要です。 しかし、現実問題として現在ウィンダスには軍隊に相当するものが存在しません。 他国にそれを要請するにしても、相応の時間がかかってしまいます。 それ以前に、タブナジアの件に密かに人員が多数割かれている可能性も大きいと思われます。 そこで、時間が勝敗を分ける今回の件、あなた方冒険者の力を頼りたいのです」
「冒険者・・・多数の冒険者を一度に、ということですか」
やや意外な話の展開に、軽く驚いた口調でイーゴリが聞いた。
「そうです。 それに当たっては、ウィンダスからクエストの形で公式に協力を求める所存です。 そして皆様には、そのクエストを受けてくれた冒険者を束ねる役目をお願いしたいのです」
「束ねる・・・!?」
今度こそ本当に驚愕する一同。
「理由はあります。 先程もお話がありましたように、デルクフに派遣した調査員は地下の小部屋に潜っても、何の異変にも遭遇しませんでした。 魔物にも会わず、その場所にも辿りつけなかった」
意志の強そうな神官戦士のタルタルの視線が、彼ら全員を縛る。
「恐らく皆様も、お気づきの事でしょう。 皆様の存在が地下への鍵になっているものと考えて間違いないと思われます。 つまりは、集った冒険者を率いて地下への扉を開き、先陣を切って頂きたいのです―――」
* * *
冒険者を率いて、あそこへまた、潜る。
ルカは呆然としていた。
降って湧いたような、とんでもない大役―――いや。
無数の繭。 破れる繭。 あれきりで終わる訳がないのはわかりきった事だった。
ただ色々な、目の前を次々と走り抜けて行く非常事態に目を奪われ、そこまで考えられなかった―――考えたく、なかった。
そして今、鮮明に蘇ってしまったのは。 鈍く黒い鎌の唸る音と、治らない傷のイメージ。
どう判断していいのか、どう考えるべきなのか、もはやまとまるどころか混濁しそうな思考を引き取ってもらいたくて、無意識にすがるような目でルカはバルトを仰いだ。
すると。 見上げた先の彼の瞳は、彼女の頭上を通り越していた。
その先を追う。 イーゴリの、硬く短い髪と髭に覆われた精悍な顔がそこにあった。
険しく引き締まったその顔の中で、瞳の色だけがせわしく動いている。 まるでイーゴリまでが声を無くしたかのようだ。
瞳の、表情の、ミリ単位の微細な動きの集合で構成される、言葉以上の速度の会話。
一つしかない、7人分の結論を。 二人の男が今、手分けして背負おうとしているのが、判った。
「――――――」
足下で何か、不安げに身じろぐ気配がした。 フォーレだ。
視線を下ろすと、彼女がこれ以上ないぐらい心細そうな表情で皆を見上げる瞳に出会う。
・・・そうか。 ルードがいないんだ。
その頼りない瞳。 ルカは自分の中で、何か熱い塊がむくりと頭をもたげるのを感じた。
と、ドリーがそんなフォーレの手を取り、ぎゅっと握った。 そのまま可憐な白魔道士の目を強く見据える。
「大丈夫よ」
「え・・・?」
「大丈夫。 私もいる。 ルードと一緒に守るから。 妖魔なんかに、フォーレは指一本触れさせないわ」
それを聞いたフォーレ。 頼もしいナイトの手を握り返すと小さく頷き、泣き笑いの顔になった。
ルカの体温が上がる。 手足の先がじわりと熱くなる。
この子も、彼らと同じ結論を持っているんだ。
きっとルードとヴォルフも、ここに居たら同じ瞳をするに違いないんだ。
ならば。
「―――やります」
もう一人の、臆病なままの彼女の心臓は、飛び出さんばかりにばくばくと暴れていたが。
神子に向けられ開いたルカの口は、既にその言葉を紡ぎ終わっていた。
残りの4人が一瞬驚いて、しかしすぐに同じ眼差しを神子に向けてくれたのを、背で感じる。
「お願い、できますでしょうか」
彼らの「会議」を無言で見守っていた神子が、静かに言った。
「―――いいえ、お願いします。 ヴァナ・ディールの、人類を、代表して―――」
星の神子は、目の前に立つ5人の冒険者に再度、深々と頭を下げた―――。
* * *
「それでは、地下に潜る際に皆さんとその他の冒険者の方々を魔力で繋ぐ道具を、これから用意致します。 数日時間を下さい。 クエストの手配はすぐに行いますので、協力者の人数、そしてその道具が揃い次第・・・」
神官戦士のタルタルがこれからの手筈を説明する中。
自分が発した決断の言葉に今更ながらひっそりと衝撃を受けていたルカは、その余波で呆ける頭をふわふわと宙に漂わせていた。
少しばかり焦点の危うい目で、隣に立つバルトを見上げる。
短い白髪、細い瞳。 魔道士然とした、良く言えば理知的な、悪く言えば理屈っぽい雰囲気。
その言葉を閉ざして久しい彼は、タルタルの説明を余さず頭に入れようとしているのだろう、研ぎ澄ました表情でじっとその言葉を聞いている。
だが、その瞳がどこか切なげで、最後の一歩の力に欠けているのが彼女には判っていた。
準備が整ったら。 私達は、戦いに行く。
でも、バルトは?
呪文を唱えられない黒魔道士。
彼は、どうする?
しっかり聞いていなければならないタルタルの説明も上の空で。
ルカの意識は数日前、バルトが退院したその日へと跳んでいた―――
to be continued
澄んだ静寂が、深く晴れ渡る星空を思わせるその部屋で。
星の神子は5人の冒険者の問いに、静かにそう答えた。
あの黒い妖魔は、一体どこから。 一体何故。 全ての基となる、問い。
「ただ、今私に判るのは。 皆さんが対峙したあの魔物に、アルタナとは異なる、荒々しい神の気配を感じる事と」
アルタナの、白く輝くイメージを照り受けて。 更にその深淵を際立たせる、もう一人の神。
「それは、現在この世界にあまたいる獣人やモンスターのそれと、成り立ちは同じでありながら目的はより明確である事」
神子の、愛くるしくも気高い顔が、かすかに歪む。
「そしてその目的は、楽園に至ろうとする種族―――つまり我々の、完全な駆逐と思われる事・・・すなわち」
そして。 5人はついに、最も恐れていた文章を聴いた。
「すなわち、あの繭は・・・遠からず全て孵り、世に溢れるでしょう」
* * *
「ど・・・、どうすれば、いいんですか!? あんな、あんな沢山・・・無理ですっ!!」
予想していたとはいえ。
かつて観た、身の毛のよだつような悪夢の実現に直結する言葉に耐え切れず、怯えた声を上げてしまったのはルカだった。
フォーレは今にも泣き出しそうな顔を、イーゴリとドリー、そしてバルトは冷たい手で内臓を掴まれそれに耐えているような険しい顔を晒している。
「1体なら、何とかなりました! でも、あんな数が一気に来られたら! 街に攻め込んで来られたりしたら、一般の人だけじゃない、一人で行動している冒険者だって危ないです! あんな、あんなのを、どうしろって―――」
否が応でも胸の奥から這い上がってくる悪寒に荒れるルカの言葉が、不意にぴたりと止まる。
ヒステリーに陥りかける彼女の腕を、傍らのバルトの手が強く掴んでいた。
はっと我に返り、すみません、と呟いて俯き押し黙る、栗毛のミスラ。
そんな彼女を母のような眼差しで見守る神子は、微笑むとかすかに首を振ってみせた。
「―――我々は、どうすればよいとお考えでしょうか、神子よ」
ルカが落ち着いたのを見届け、彼女から視線を戻したイーゴリが、静かに神子に尋ねた。
私たちを招き、ここまで聞かせるからには、何らかの意図がおありなのでしょう。
彼の言外の問いかけを察したのだろう、神子は一瞬辛そうに目を伏せた。
「・・・皆さんに、お願いがあるのです」
時は、流れる。 星の大樹の上で、輝く太陽がゆっくりと天頂に昇っていく。
朝の見回りを終えた紅い鳥の群れが、大樹の梢を離れ何処へともなく飛び去っていった。
水辺で遊ぶタルタルの子供達が母に呼ばれて走っていく。 昼食の準備ができたのだろう。
大樹は、そんな情景と、その身の内の冒険者達を、等しく見守っている―――
「ここから先は、私が説明いたします」
それまで神子の傍らに静かに控えていたタルタルが、すっと一歩進み出て言った。
儀礼的な鎧と剣を身につけた武人の姿が凛々しい雰囲気を与える、神官戦士だ。
5人の視線が彼女に集中した。
「その繭から孵った魔物が地上に現れるのだけは、何としても阻止しなければなりません。 神子様の遠見では、恐らく繭の数は100個前後との事・・・万一外界に溢れたとしても団結して 当たれば討ち倒すことが可能な数ではありますが、彼らが地上で殖えないという保障はどこにも ありません。 それなりの被害も出るでしょう。 やはり地下で、元から絶つのが望ましいと考えます」
きびきびと喋る彼女の言葉とは対照的に、神子の顔がみるみる苦渋に満ちていく。
人に危害を加える存在とはいえ、全ての生命の調和を望んでやまない神子には辛い現実だろう。
「その為には、多くの戦闘要員が必要です。 しかし、現実問題として現在ウィンダスには軍隊に相当するものが存在しません。 他国にそれを要請するにしても、相応の時間がかかってしまいます。 それ以前に、タブナジアの件に密かに人員が多数割かれている可能性も大きいと思われます。 そこで、時間が勝敗を分ける今回の件、あなた方冒険者の力を頼りたいのです」
「冒険者・・・多数の冒険者を一度に、ということですか」
やや意外な話の展開に、軽く驚いた口調でイーゴリが聞いた。
「そうです。 それに当たっては、ウィンダスからクエストの形で公式に協力を求める所存です。 そして皆様には、そのクエストを受けてくれた冒険者を束ねる役目をお願いしたいのです」
「束ねる・・・!?」
今度こそ本当に驚愕する一同。
「理由はあります。 先程もお話がありましたように、デルクフに派遣した調査員は地下の小部屋に潜っても、何の異変にも遭遇しませんでした。 魔物にも会わず、その場所にも辿りつけなかった」
意志の強そうな神官戦士のタルタルの視線が、彼ら全員を縛る。
「恐らく皆様も、お気づきの事でしょう。 皆様の存在が地下への鍵になっているものと考えて間違いないと思われます。 つまりは、集った冒険者を率いて地下への扉を開き、先陣を切って頂きたいのです―――」
* * *
冒険者を率いて、あそこへまた、潜る。
ルカは呆然としていた。
降って湧いたような、とんでもない大役―――いや。
無数の繭。 破れる繭。 あれきりで終わる訳がないのはわかりきった事だった。
ただ色々な、目の前を次々と走り抜けて行く非常事態に目を奪われ、そこまで考えられなかった―――考えたく、なかった。
そして今、鮮明に蘇ってしまったのは。 鈍く黒い鎌の唸る音と、治らない傷のイメージ。
どう判断していいのか、どう考えるべきなのか、もはやまとまるどころか混濁しそうな思考を引き取ってもらいたくて、無意識にすがるような目でルカはバルトを仰いだ。
すると。 見上げた先の彼の瞳は、彼女の頭上を通り越していた。
その先を追う。 イーゴリの、硬く短い髪と髭に覆われた精悍な顔がそこにあった。
険しく引き締まったその顔の中で、瞳の色だけがせわしく動いている。 まるでイーゴリまでが声を無くしたかのようだ。
瞳の、表情の、ミリ単位の微細な動きの集合で構成される、言葉以上の速度の会話。
一つしかない、7人分の結論を。 二人の男が今、手分けして背負おうとしているのが、判った。
「――――――」
足下で何か、不安げに身じろぐ気配がした。 フォーレだ。
視線を下ろすと、彼女がこれ以上ないぐらい心細そうな表情で皆を見上げる瞳に出会う。
・・・そうか。 ルードがいないんだ。
その頼りない瞳。 ルカは自分の中で、何か熱い塊がむくりと頭をもたげるのを感じた。
と、ドリーがそんなフォーレの手を取り、ぎゅっと握った。 そのまま可憐な白魔道士の目を強く見据える。
「大丈夫よ」
「え・・・?」
「大丈夫。 私もいる。 ルードと一緒に守るから。 妖魔なんかに、フォーレは指一本触れさせないわ」
それを聞いたフォーレ。 頼もしいナイトの手を握り返すと小さく頷き、泣き笑いの顔になった。
ルカの体温が上がる。 手足の先がじわりと熱くなる。
この子も、彼らと同じ結論を持っているんだ。
きっとルードとヴォルフも、ここに居たら同じ瞳をするに違いないんだ。
ならば。
「―――やります」
もう一人の、臆病なままの彼女の心臓は、飛び出さんばかりにばくばくと暴れていたが。
神子に向けられ開いたルカの口は、既にその言葉を紡ぎ終わっていた。
残りの4人が一瞬驚いて、しかしすぐに同じ眼差しを神子に向けてくれたのを、背で感じる。
「お願い、できますでしょうか」
彼らの「会議」を無言で見守っていた神子が、静かに言った。
「―――いいえ、お願いします。 ヴァナ・ディールの、人類を、代表して―――」
星の神子は、目の前に立つ5人の冒険者に再度、深々と頭を下げた―――。
* * *
「それでは、地下に潜る際に皆さんとその他の冒険者の方々を魔力で繋ぐ道具を、これから用意致します。 数日時間を下さい。 クエストの手配はすぐに行いますので、協力者の人数、そしてその道具が揃い次第・・・」
神官戦士のタルタルがこれからの手筈を説明する中。
自分が発した決断の言葉に今更ながらひっそりと衝撃を受けていたルカは、その余波で呆ける頭をふわふわと宙に漂わせていた。
少しばかり焦点の危うい目で、隣に立つバルトを見上げる。
短い白髪、細い瞳。 魔道士然とした、良く言えば理知的な、悪く言えば理屈っぽい雰囲気。
その言葉を閉ざして久しい彼は、タルタルの説明を余さず頭に入れようとしているのだろう、研ぎ澄ました表情でじっとその言葉を聞いている。
だが、その瞳がどこか切なげで、最後の一歩の力に欠けているのが彼女には判っていた。
準備が整ったら。 私達は、戦いに行く。
でも、バルトは?
呪文を唱えられない黒魔道士。
彼は、どうする?
しっかり聞いていなければならないタルタルの説明も上の空で。
ルカの意識は数日前、バルトが退院したその日へと跳んでいた―――
to be continued