PREVいつかあの花が咲いたなら -what a beautiful hopes-


 ふらつく足元が、木の根や石に躓きかける。
 流れ出る血が寒々しく、急激に体温が失われていくのが自覚できた。体力も既に限界であったが、咳も息切れも起きない。それだけの余裕は存在しない。
 かの戦場から逃げ出した士郎は、暗闇が満ちる雑木林の中を、ひたすらに進んでいた。

 ───死ねるか、こんなところで……

 気力だけを頼りに足を動かす。しかし地面に張った根に躓き、力なく倒れ伏す。
 あたりに水場などないのに、派手に響く水音。枝に引っ掛かり深く抉れた頬に痛みは感じない。
 抵抗する力も無ければ、立ち上がる力も無かった。
 心ばかりが先行して、体が言うことを聞いてくれない。当初は荒々しかった吐息すら、今は漏れるような小さな音しか出せていなかった。

 分かっている。自分が最早助からないことなど。
 けれど、それでも諦めるわけにはいかなかった。

 ───俺が死んだら、誰が美遊を……

 考えることはそればかり。事ここに至って、士郎は自らのことなど露とも考慮していなかった。
 美遊。大切なたった一人の家族。
 彼女さえ守れるなら、自分は何もいらなかった。
 受け継いだ矜持も。
 自分の命も。
 ちっぽけな幸せも。
 差し出すことで美遊が幸せになれるなら、躊躇いなどしない。だからこそ、他者の命を奪って奇跡と為す聖杯戦争にだって、彼は表情一つ変えず臨んだのだ。
 人類を裏切った自分が、碌な死に方はしないなどと、とうの昔に覚悟はしていたはずだった。
 だが、まだだ。まだ自分は死ねない。
 美遊を救えてない自分は、死ぬことなど許されない。

 だからせめて、この願いを託せる誰かを求めようと。
 力を無くした腕を尚も、前へ伸ばそうと足掻いて。





「───え……?」




 はっ、と。その動きを止めた。
 葉の擦れる音に紛れて聞こえる、誰かの足音。先程まで戦っていた者たちではない。もっと小さな、そうだ、美遊と同じくらいの誰か……

 じりじりと顔をあげ、目を見開いた。

 銀色の髪に、赤い瞳の少女が、そこにはいた。
 妖精のように儚げな気配を湛えて、あの日出会った少女の姿が、そこにはあった。

「きみ、は……」

 頭の中が真っ白になった。
 どうしてここにいるのだと、そう考えるだけの余裕はない。反射的に、士郎はその少女へと手を伸ばした。
 少女は、差し出された腕をそっと握ると、安心してと言うかのように笑いかけた。
 その光景を前に、士郎の頬を一筋の涙が伝った。

 蘇るのはかつての記憶。
 エインズワースの牢に閉じ込められて、全てが徒労に終わったのかと絶望していた自分のかけられた、彼女の決然とした言葉。

 ───友達だから助けます。ミユを不幸にする人がいるなら、私が絶対許さない!

 その言葉に、自分はどれほど救われたか。
 彼女がいてくれたから、俺の願いは半分叶った。
 美遊を傷つけない優しい世界は確かにあった。そして、美遊の友達が彼女を助けようとしてくれる。

 ああ、それは、なんて……

 ───そうか。
 ───お前はもう、独りじゃないんだな。

 ───美遊。

 なんて、遠い遠い回り道。
 自分にとっての救いはすぐそこにあったのに、どうして今まで気付けなかったのか。
 不明な我が身を恥じる気持ちが湧いてくる。そしてそれを上回るほどに、暖かな想いが胸の奥から溢れてきた。

「たのむ……みゆを、たすけ……」

 二人の間に、もう言葉は必要なかった。
 決意を湛えた表情で、彼女は一つ頷いた。白い少女はそのまま踵を返し、背中を向ける。

 ああ、それでいい。美遊を救ってくれるなら、俺はもう何も望まない。
 俺の役目は、ここで終わりだ。

 白い少女の姿が消える。もう行ったのだろう、それを見ることなく、士郎は再び倒れ伏した。
 見上げた空には、夜半の星が輝いていた。
 それを見て、士郎の口元に浮かぶのは、何かをやり遂げたような小さな微笑み。
 星の輝きを掴むように、もう一度だけ、そっと手を伸ばして。


 ───切嗣……星が、見えるよ……


 奇跡はなく、希望もなく、理想は闇に溶けて消えた。
 見えない月を追い掛けて、それでも星を仰ぎ見て。
 夜闇を照らす輝きに、一縷の小さな願いをかけた。

 正義の味方にも悪の敵にもなれなかった自分は、ここで死んでしまうけれど。
 それでも、託せたものがあったなら。


 ───ああ。なんて、きれいな……


 それは、確かに救いだろうと。
 奇跡へ伸ばした手を落としながら、衛宮士郎と呼ばれた男は静かに瞼を閉じた。


 あの日見つけた希望を胸に抱き、残せた希望を後に託して。
 果て無き旅路を往った男の人生は、かくの如きに終わりを迎えた。



衛宮士郎@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ 死亡】










   ▼  ▼  ▼











「いや、稀なほどに醜悪な愚物よな。醜いからこその希少性を考慮しても尚、その腐臭は耐えがたい。
 贋作者の更に偽物などと、道化にすら劣る身で剣の丘の主を気取り、偽りの奇跡などに手を伸ばして一体何処を目指していたのやら」

 ……また、訳の分からないこと言ってる。
 イリヤが傍らの男の言葉に抱いた感想は、概ねそんなところであった。

 バーサーカーの襲来を退けて幾ばくか、イリヤとギルガメッシュは衣張山から麓までを繋ぐ参道を歩いていた。
 イリヤを介抱(と言うには些かぞんざいな扱いだったが)し終えた後、それなりに時間が経っており、目覚めたイリヤがこれからについて聞くと、「我に続けば良い」という有難い返事を貰ったという経緯がある。
 それは要するにアテがないってことじゃないのか、という内心は口には出さなかった。

「だから、"あれ"を殺したの?」
「愚弄しているのかイリヤスフィール。斯様な汚物、我が態々手を下してやる義理などないわ。
 勝手に朽ちるに任せればよかろうよ。あのザマでは死を免れまい」

 つい先ほど、ほんの数分ほど前。イリヤたちの前に"誰か"が現れた。それは、聖杯戦争のマスターだった。
 どうやら死にかけだったようで、その人物はイリヤたちのすぐ目の前で倒れ込んだ。死にかけで声も出さず、イリヤも目が見えなかったのでそいつがどのような人間なのかは分からなかったが、感じられる魔力の残滓からそいつが魔術師であることだけは理解できた。
 サーヴァントを失い自身も力尽きようとしているマスターになど興味はなく、イリヤはさっさと踵を返したのだが、どうにもギルガメッシュは無関心どころか嫌悪の感情さえ抱いているようだった。

「訳分かんない。つまり死にかけの負け犬がいたってだけなんでしょ。
 それともまさか、何か関係あるとか脅威になるようなことでも……」
「はは」

 薄っすらと、ギルガメッシュが笑みを浮かべ。

「イリヤスフィール、面白いぞ。貴様も冗談が言えるようになったか。
 そういう機能を積んでいたか、アインツベルンは」
「……何よ、いきなり」
「訂正しよう。二つだ」

 イリヤの言葉を待つこともなく、ギルガメッシュは勝手に話を進めていく。

「一つ目。あれは既に脅威と成り得ない。言ったはずだぞ、最早死は免れんと。
 二つ目。あれは貴様に縁ある者ではない。その身は剣製そのものだが、あれは正義の味方ではなく世界の敵だ。
 三世の果てたる、遥か遠きあちらのものだ」

「分かるか。これが何を意味しているか」

 全くもって分からなかった。
 このサーヴァントは、時々変なことを言う。しかしイリヤには、それが戯言であるとは何故か思えなかった。
 思えなかったが、それでも意味が分からないことに変わりはなく。

「だから、分からないわよ」
「そうか。まあ仕方あるまい。貴様が望まれた役割とは意味合いを異とするものであろうからな」

 金色の男は目を細める。
 それは、遥かな果てを見据える瞳か。
 透き通った色の瞳で彼は、今や偽りとなった空を見つめる。
 彼は、星々の浮かびつつある天を見上げて。

 僅かに唇開いて。
 誰にでもなく呟いた。

「だが……ああ、そうだな。これだけは言っておかねばなるまい。
 イリヤスフィール、いと儚き造花の妖精よ。かの娘と同じく聖杯の器となることを運命付けられた者よ」

 そしてその瞳は、空からイリヤへと向けられて。

「美遊とは、何者なるや」
「ミユ?」

 イリヤは、眼窩に刻み込まれた傷を更に歪めるように、眦を曲げて。

「誰それ」


 ───ギルガメッシュは、笑みを浮かべたままだった。



【C-3/常栄寺近くの雑木林/一日目 夕方】

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/stay night】
[令呪]二画、魔力消費(中)、疲労(中)
[状態]健康、盲目
[装備]
[道具]
[所持金]黄金律により纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にし、失った未来(さき)を取り戻す。
1:ある程度はアーチャーの好きにやらせる。
[備考]
両目に刻まれた傷により視力を失っています。肉体ではなく心的な問題が根強いため、治癒魔術の類を用いても現状での治療は難しいです。


ギルガメッシュ@Fate/Prototype】
[状態]健康
[装備]
[道具]現代風の装い
[所持金]黄金律により纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜き、自分こそが最強の英霊であることを示す。
0:?????
1:自らが戦うに値する英霊を探す。
2:時が来たならば戦艦の主へと決闘を挑む。
3:人ならぬ獣に興味はないが、再び見えることがあれば王の責務として討伐する。
[備考]
叢、乱藤四郎がマスターであると認識しました。
如月の姿を捕捉しました。
バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)を確認しました。






   ▼  ▼  ▼






 常栄寺のすぐ近く、暗闇が満ちる雑木林の奥底で。
 たった一人うつ伏せに倒れる青年がいた。脇腹に大きな風穴を開けて、骨や内臓が垣間見える。夥しい出血は、彼の命がそう長くないことを告げていた。
 彼は地に顔を伏せたまま手足の一つも微動だにせず、何事かをぶつぶつと呟いていたが、程なくしてそれも途切れると、二度と動くことはなかった。

 星が、彼を照らしている。
 月が、彼を照らしている。

 けれど、彼の顔は最期の瞬間まで地に伏せられたままで表情は伺えず。彼が星の輝きを見ることはついぞあり得なかった。



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036:夢は巡る アイ・アスティン 052:葬送の鐘が鳴る
セイバー(藤井蓮
すばる
アーチャー(東郷美森) 死亡
032:血染めの空、真紅の剣 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン 054:夢より怪、来たる
アーチャー(ギルガメッシュ
043:機神英雄を斬る みなと 死亡…?
ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン 死亡…?
衛宮士郎 死亡
アサシン(アカメ 死亡
最終更新:2020年06月14日 16:00