読者の皆様へ。
本作はハッピーさんの作者が執筆しております。
しかし、この作品の山乃端一人は
ファイのプロローグの設定に準拠しております。
ファイの世界と完全に地続きの物語としてお楽しみください。
◆◆◆
ハッピーさんとパーティタイム
◆◆◆
私の名前は山乃端一人。ピチピチの美人JKだ。
とても美人で、人よりちょっと運がいいという事以外はごく普通のJKだ。と、思っていた、最近までは。
ここ数か月、わたしの周りではおかしな事ばかりが起こる。とてもおかしくて、危険な事が。
まるで悪魔に魅入られているかのごとく、私の周りで人が死ぬ。
一度なら偶然。二度目で怪しまれ。三度目でめでたく疫病神の仲間入りだコンチクショウめ。
そんな厄介者の私を変わらず愛してくれる弟。
こいつにまで危害を及ばせるわけにはいかないと私は自分で自身の人生にケリをつけることにした。
先立つ不孝をお許しください、と言いたいところだけどお父さんもお母さんも死んじゃったから、まあ先立つ親不孝者ではないか。
そんな風にやけっぱちになってビルの屋上からダイブしたのだけれど、私は変な集団に救われてしまったのだ。
命の恩人に対して失礼かもしれないけど、アレは変な集団としか言いようがないからしょうがない。
ババアとチャラ男としいたけと美人と犬と。しかもババア以外はゾンビ。ところどころ腐っている。
細かい話は省くけれど、まあ色々あって今はそのヘンテコ集団、『大体何でも屋レムナント』に匿ってもらっている。色んな災厄が襲い掛かってきたけど、このヘンテコ集団、馬鹿みたいに強いでやんの。
おかげでまだ生きてます。なんとかね。
ただそれでも、ふと、いつまでこんな生活を続ければいいのやらと先が不安になるときがある。
さっさと諦めちゃった方が誰にも迷惑をかけないのでは?などと暗い感情に沈むときがある。
今日はその負の波が特に大きい日だった。
胸元から、銀時計を取り出す。
強盗にぶっ殺されちゃったお母さんからもらった形見だ。
『大体何でも屋レムナント』の事務所、あてがわれた一室でぼんやりと銀時計をいじる。
じんわりと、本当にじんわりと涙がにじんできた。
そんなメランコリックな気分に浸っていた時、声が聞こえた。
どこまでも抜けるような、からっとした声。
不安なんて何もないというような能天気で、でもどこか安心する声だった。
「―――お嬢ちゃん。――ハッピーかい?」
獅子を思わせるその大男は、いつのまにやら私の前に仁王立ちしていた。
その名をハッピーさん。
私の人生を、無理矢理ハッピーエンドにする男の名前。
◆◆◆
突然の大男に、山乃端一人は口をあんぐりと開けて硬直する。
そのリアクションに、ハッピーさんはいくらなんでも性急だったかと頭をボリボリと掻き、一枚の名刺を取り出した。
「おっと悪い、誰だアンタって思うよな。俺は警察のものだよ。お嬢ちゃんを保護しに来た。名前は…ヘブゥ!??」
名乗ろうとした矢先、翼の生えたブルドッグ、ポチがハッピーさんの脇腹に突き刺さるような体当たりをした。
「何者であるか貴様!怪しい奴!吾輩たちの目が黒いうちは、山乃端一人嬢に触れることまかりならぬ!」
少し遅れてジャック、クイーン、ダイヤ、ファイが駆けつける。
騒々しいことこの上ない。
「いや怪しい奴はどっちだよ!…って、『大体何でも屋レムナント』か。」
ハッピーさんは、珍しいものを見るような表情をした。
遥か昔からテレビで見知っていた人物に直接会ったかのような、キラキラとした目で集団を見る。
「ということは既にお嬢ちゃんはこいつらに守られてんのか。」
「こいつら?敬老精神のないガキだね。この御方たちと呼びな。」
ファイの説教じみた返しにも特に気にせずハッピーさんは笑顔で、そして大音声で告げた。
「いいぞお嬢ちゃん!お嬢ちゃんは最っ高の選択をした!」
その邪気のない振る舞いに毒気を抜かれた面々は、互いの顔を見合わせる。
「えーと…おじちゃんは、ダイヤちゃんたちを知っているのかな☆」
「知らないわけないだろ。あ、俺こういうものね」
『大体何でも屋レムナント』と山乃端一人に、魔人警察刑事局 異質犯罪課 警部 遠藤ハピィ と刻まれた名刺が手渡された。
「ハッピーさんと呼んでくれ!」
ビシッと音が出るほどに堂々と、ハッピーさんは親指で自身を示した。
そしてそのあと、姿勢を正し、丁寧に一礼をした。
「魔人警察に所属して、貴方方を知らぬ者はいない。何でも屋としての長い活躍に敬意を。そして山乃端一人の保護に感謝を。」
「図々しそうなナリして、最低限の礼儀は弁えてるんだねぇ」
ファイがフンと鼻を鳴らす。
「こちらの事務所に山乃端一人がいることは部下からの連携で知っていたが、どのような接触をしていたか不明瞭だったので、まずは山乃端一人との接触を優先した。突然の訪問という形になり申し訳ない。」
仁義を通し、所属を明かし、敵意がないことを示したハッピーさんに対し、『大体何でも屋レムナント』は警戒を緩める。
「…お主も山乃端一人嬢を守りに来た…ということでよいのか?」
山乃端一人を真っ先に守りに来たポチがふわふわと浮きながら尋ねる。
「そういうことだ。もう体感しただろうが、どうやらこのお嬢さんは何かヤバいことのトリガーとして、命を狙われている。魔人警察を代表して俺が保護に来た。」
ビクリと、一瞬だけ山乃端一人が体をすくめた。
警察の人間から、「命を狙われている」と告げられ、改めて自身の境遇を嘆いた。
(ヘイヘイ神様!私なんかしたか?)
『大体何でも屋レムナント』とハッピーさんは目的が同じであるということが分かったので、互いの持つ情報と能力を共有し合った。
どのようにすれば効率的に山乃端一人を保護することが出来るか。
どのようにすれば互いの能力を生かすことが出来るか。
魔人警察の協力はどの程度得られるのか。
様々なことを話し合い、まとめる。
そんな中、『大体何でも屋レムナント』の事務所の呼び鈴が高く鳴った。
面々は一瞬で警戒モードへ気持ちを切り替える。
何でも屋への依頼という可能性も十分にあるが、警戒にこしたことは無い。
山乃端一人を部屋の奥に入れ、ファイが来客に対応する。
開いた扉の前には、長身のマネキンが立っていた。
「ファイ様…でございますね?こちらに山乃端一人様がいらっしゃることは把握しております。突然の訪問誠に恐れ入りますが、主人よりのメッセージを預かっております。」
そう言うと、豪奢なデザインの招待状をマネキンは手渡してきた。
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【山乃端一人嬢 生前葬へのお誘い】
拝啓
春の訪れが待ち遠しい今日この頃、いかがお過ごしでしょうか
さて、このたび山乃端一人嬢を待ち受ける悲嘆な運命を解消すべく
代々木公園にて一世一代のパーティを開くことにいたしました。
集合時間・場所
令和○年○月○日 代々木公園大桜前
当日は、大体何でも屋レムナントの皆様もお越しいただけると幸いです。
是非皆様お揃いでご来園くださいますよう心よりお待ち申しております。
まずは書中にて、ご案内まで。
敬具
令和○年○月○日
TENREIグループ 会長 典礼
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『大体何でも屋レムナント』とハッピーさんは招待状の意図を瞬時に理解した。
『大体何でも屋レムナント』が護衛についていると知ったうえでまとめて相手をする、そういうメッセージであった。
「…元海賊としては、パーティに呼ばれておいて、行かないなんて選択肢は無いねぇ」
「俺もそれに賛成だ。守る側は、『いつ襲われるか分からない』ことが最大の懸念だ。襲撃者が場所と時間を指定してくれるというのなら、乗らない手はない」
『大体何でも屋レムナント』とハッピーさんの目が、殺気に染まり上がる。
百戦錬磨の者どもを相手に、挑戦状を送る典礼。
それは、自信か蛮勇か
◆◆◆◆
代々木公園。
桜の季節になれば花見客でごった返す都内有数の広大なスポット。
その空間に、異色の集団が集まっていた。
彼ら以外に人影はない。
正確には彼らと妙なマネキン人形以外の人影はこの公園にはない。
集いし面々は、
不運の女子高生、山乃端一人。
それを護衛する『大体何でも屋レムナント』。
ガチな方のターボババアことファイ。
チャラゾンビ、ジャック。
脳筋美女ゾンビ、クイーン。
快活盗賊ゾンビダイヤちゃん☆
飛翔ブルドックのポチ。
魔人警察、ハッピーさんこと遠藤ハピィ。
対するはTENREIグループ会長にして異形と言っていいほどの長身の老人、典礼。
TENREIグループの権限と魔人警察の権限により、代々木公園は彼ら以外の存在はなかった。
山乃端一人の生前葬を行うと、彼女を害すると宣言してはばからない典礼と、山乃端一人を護衛する一団の間に不穏な空気が漂う。
その空気をぶち破ったのは、典礼であった。
「はじめまして、お嬢さん。今日はとても良い日ですね。」
「…あ、ども。」
呑気な挨拶に、思わず返事をしてしまう山乃端一人。
「なんといっても今日は踊り記念日だ。お嬢さんが初めて、地域のお祭りに参加して楽しく踊った日なんだよ」
典礼は仰々しく両の手を広げると、高らかに宣言した。
「我輩は!ありとあらゆるパーティを司る者!人生を楽しく彩り輝かせる者!人生は輝く刹那に意味がある!」
典礼の操るマネキン人形たちが一斉に駆動をした。
「It's your Party!遠慮は不要だ皆様方!存分に楽しんでくれたまえ!」
そしてマネキン人形たちは大量の御馳走と酒、音楽とパフォーマンスを披露し始めた。
本当にパーティが始まった。
数十分後
「うひょーっっっっ!!楽しい!楽しい☆」
「ジャックさんの!ちょいといいとこ見てみたい!」
「それイッキ!イッキ!イッキッキ!」
「うぉー!いくらでも飲めるぜぇ!」
「マネキンども!酒が足りないよ!注ぎな!」
「ウハハハハ!この刺身すげえなあ!?新鮮さと香りがダンチだ!」
「え~…わたしお酒は二度目だけど、これが抜群に凄いのは分かる~」
人生を笑顔でハッピーに駆けることを信条とするハッピーさん。
元海賊団として宴会大好きな『大体何でも屋レムナント』。
どうせ死ぬなら大金使って楽しむか!と遊び倒すタイプであった山乃端一人。
彼らは典礼のもたらす最高の祭りに素直に酔いしれていた。
マネキンたちが提供する料理は極上の極上。
酒もまた至高中の至高。鳴り響く音楽は至上の調べ。
典礼の『パーティマン』により召喚されたマネキンはありとあらゆる祭りから、好きなものを一つ持参してやってくる。世界中の古今東西の祭りから最高の美酒美食だけでなく、最高の人材まで呼びよせたのだ。
「アハハ!良い夜だねえ!アタシらもちょいと余興といこうかねえ!」
言うが早いか、ファイは空中にゾンビ牛を召喚した。
「ジャック!クイーン!」
「「任せろ!!」」
瞬間、剣閃が瞬いた。
クイーンが超絶の技巧で空中のゾンビ牛を一瞬で捌いた。
その捌いた切り身にジャックが瞬時にナイフを放つ。
各自の皿にゾンビ牛の切り身が突き刺さった。
「きゃー!早業☆!」
「うぉ!すげえなご両人!」
「何回見ても見事である!」
「ほらほら!食ってみな!」
提供されたゾンビ牛の切り身にいち早く齧り付いたのはハッピーさん。
躊躇わず大きくグシュリと食いちぎる。
「~~!!???なんじゃこりゃあ??うっま!」
ツンとした独特の臭みはあるが、それを補って余りある濃厚な血の旨味、脂の濃さ。
ナッツにも似たねっとりとした甘みがハッピーさんの舌の上に広がる。
分厚い切り身にもかかわらず歯がスッと通る。
血自体に強烈な香りがあり、ソースの役割を果たす。
「ドライエイジングビーフを一段濃くしたような…はぁ~、こんな味もあるのか!」
「褒めは素直に嬉しいねえ」
ファイは酒をグイと飲み干し赤ら顔を見せる。
「じゃあこっちも!とっておきでお返しだ!」
ずた袋から箱を一つ取り出し、能力を解除する。
ハッピーさんの手元に、瓶が一つ現れた。
そうしてハッピーさんは、中身を各自の器に注いだ。
梅の花を思わせる、豊かで馥郁たる香りが宴席に一気に広がる。
「飛騨高山の雪に包まれた酒蔵、『龍禅』の幻の逸品!空気に触れた瞬間から、一秒ごとに味が劣化するなんて言われてる、最高に儚い酒だ!楽しんでくれ!」
ハッピーさんが促すよりも早く、レムナントの面々は注がれた酒を煽る。
「うひゃー…これ、凄い☆」
「ガツンと旨味が脳天にクルぜぇ!」
「私はワイン派だけど…宗旨替えしちゃいそうだよ」
「坊主やるねえ!」
ハッピーさんはとっておきの日本酒を典礼にも振舞う。
典礼はゾンビ牛の切り身を特上の美酒で流し込んだ。
「…!我輩ほどに人をもてなすことのできる者はいないと思っていたが…」
典礼も赤ら顔でニンマリと笑った。
それは、最高の祭りだった。
あまりに楽しく、美しく、笑いの絶えない夜だった。
飲んで飲んで、笑って踊って歌って食べて。
皆ひとしきり笑い続け、気付いたころには日は沈み、月が青々と空に光っていた。
「そろそろ…であるな…」
祭りの終わりが近い。典礼が語り始める。
「何故この代々木公園を選んだか?君たちにこれを見て欲しかったからさ」
ぱちんと一つ指を鳴らす。
その瞬間、冬の寒空に、大輪の桜が舞った。
典礼は『パーティマン』を用い、代々木公園の花見の桜を持ってきたのだ。
彼の能力であれば、ひとシーズン前の桜を召喚させるなどわけもなかった。
季節外れの桜は、冬の寒さを受けてみるみると散っていった。
冬空。
青い月。
散る花。
祭りの終わり。
どんな楽しい宴もいつか終わる。
終わってしまうのだ。
◆◆◆
皆、何も言わなかった。
冷たい風が酒で火照った体に心地よく響く。
消えゆく桜が祭りの余韻を美しく染め上げる。
あまりにも素敵な夜だった。
だからこそ、その夜を消し去ることが惜しく、皆黙った。
それでも、話さねばならないという決意と共に、典礼が口を開いた。
「…皆。楽しかっただろうか。」
集まった面々は、何も言わずに大きく頷いた。
その反応に典礼は満足げに微笑むと、言葉をさらに続けた。
「人生は。…人生は、どう終わるかなんて誰にも決められない。愛する人に囲まれて、皆に惜しまれ泣かれて最期を終える者などそうはいない」
風がひとつ、ぴゅうと吹いた。桜の花弁が、また一つ散る。
「人間は、あっけない。しょーもない理由で死ぬ。こんなはずじゃなかったって、裏路地で終わるものが大半だ。それでも、人間は刹那の生き物だ。楽しい生き方が出来れば、惨めな死が最期に待っていたとしても…待っていたとしても…」
ポタリと典礼の目から涙が零れる。心からの純粋な涙だった。
「だから我輩は、人間には、生きている間は楽しく過ごしてほしい。祭りを、宴を、パーティを、心から楽しんでほしい。そう思って我輩はやってきたんだ。」
涙で潤んだ瞳で、典礼は山乃端一人を見つめる。
「君は、このままでは確実に惨めな死に絡めとられてしまう。…ならば、祭りの中で生を終えよう。美しく、楽しく、どこまでも綺麗な中での死を。我輩ならばそれが出来る。…我輩には、君が無念の中で死ぬことが耐えられない。頼む。一世一代の美しい死をプロデュースさせてはくれまいか」
典礼は心の底から山乃端一人の人生を憂い、彼女のためを思い安らかな死を贈ろうとしている。
それが分かったからこそ、山乃端一人は揺らいだ。彼に理があるのではないかと心にさざ波が立った。
揺らぐ少女に、典礼が畳みかける。
「今日は踊り記念日だ。5年前の今日、君は家族で町内会の祭りに参加したんだ。思い出してほしい。みんなで、どこまでも楽しかったはずだ。」
典礼は切り札を切った。
「我輩ならば、祭りから何かを持ち帰ることが出来る。そう。我輩には出来るのだよ。
あの祭りの日から、君の両親を連れてくることが!
冬に桜を呼ぶがごとく!君は!家族に包まれて逝く事が出来る!」
ひゅいと山乃端一人は大きく息を吸い込んだ。
喉の奥があっという間に乾いていく。
「勿論、完全なる本物ではない。本物を連れてきてはタイムパラドックスが起きてしまうから…。我輩が連れてくる人物は、能力による複製体に過ぎない。それでも、それでも君には至上の死ではないか?」
山乃端一人の視界がぐるぐると回る。
彼女がいくら年齢の割に図太く、精神的に強い少女だとしても、命を狙われ続ける日々は精神を摩耗させていた。他界した両親に包まれ、楽しく、明るく、誰にも迷惑をかけずに人生を閉じることも一つの道なのではないか?
そもそも山乃端一人は弟を守るため自ら命を断とうとしていたくらいなのだ。
彼女は悩んだ。大いに悩んだ。
彼女が混乱し、懊悩していることは誰にでも分かるほどの狼狽っぷりであった。
山乃端一人は何か答えを求めるように、『大体何でも屋レムナント』の面々を見た。
ジャックも、クイーンも、ダイヤちゃんも、ポチも、彼女と目を合わそうとしない。
それは無責任だからではない。非情だからではない。
彼らは死人だから。
生きている彼女の人生の選択に、口を出すわけにはいかないと思ったのだ。
だから、レムナントの中で唯一意見する資格のあるファイが、溜息と共に溢す。
「難しい。難しい話だねえ。アタシは何が何でも生きるべきだと思うし、優しい死なんてクソくらえさ。」
ファイは死ぬなと自分の意見を述べる。
「ただ、アタシはねぇ、見ての通り死んだ仲間を侍らせている身だ。…アンタが、死んだ両親に会いたいと願う事を…止める権利はないんだろうねえ…」
それでも、仮に山乃端一人が両親に包まれた死を望むのなら止めるつもりはないとも告げる。
――つまるところ、決断は山乃端一人に委ねられて…
「アホか」
真っすぐな声が、少女の悩みを切り裂いた。
答えを求め、懊悩する空気感を一切無視した乱暴な物言いだった。
声の主はハッピーさん。
彼は、心底理解できぬというように続けた。
「爺さんはともかく、婆さんまで。耄碌したのか?答えなんて決まっている。死ぬべきではない。」
何故そこまで言い切る?という疑問を典礼が口にするより早く、ハッピーさんは続けた。
「お嬢ちゃんは、迷っている。なら、死ぬ必要なんてない。迷った末に選んだ死なんて碌なもんじゃない。やり直しがきかない。生に未練が少しでもあるならば、生きるべきだ。」
「だが、それが出来ないであろうという話なのです。我輩だって、もしも無事に生きる道が彼女に在るのならば…」
「うるせえ」
空気が震える。
ハッピーさんは、ハッキリと怒っていた。
いい年をした大人が、少女に対して死んだ方が良いと勧めることに。
それを自信をもって言ってきたことに。
美しい死、楽しい死、どこまでも綺麗な中での死などと美辞麗句を並べ立て、
ハッピーに生き続けるという最善の道を放棄させようとしたことに!
「よりにもよって、この俺の前で、少女に。【綺麗な死】なんて勧めやがったな?生きることを諦めさせようとしやがったな??」
獅子を思わせる金髪がざわざわと揺れる。
ハッピーさん。“世界一諦めの悪い男”。
彼は諦観を嫌う。死を受け入れることを嫌う。
少しでも良い日になる可能性があるならば、諦めさせない。無理やりにでも前を向かせる。
「山乃端一人。お前が悩んでいるのなら、少しでも死にたくないという想いがあるのなら。懸命に生きるのを諦めているだけなのだとしたら。俺は全力でお前を生かす。諦めて死なせてなんかやらん!」
それは強者の傲慢。
生きている方が楽しいはずだ、という身勝手な理屈の押し付け。
「俺は諦めんぞ。もしそれでも少女を死なせようっていうなら…そいつらは俺の敵だ。」
さあどうすると言わんばかりに、ハッピーさんは乱暴に周囲を見渡す。
その視線に、ファイは舌打ちで応えた。
「チッ、年を取るってのは嫌だねえ。ガキに対して大人の振りをしちまった。『死んだ両親に会いたいと願う事を止める権利はない』?アタシゃ海賊。権利だなんだで縛られるなんてらしくなかったよ」
ギラリと眼光をとがらせ告げた。
「死ぬな。クソガキ。少なくともアタシたちの目の黒いうちは生きるんだよ。」
「ダイヤちゃんもそっちに一票☆」
「俺も!」「私も!」「吾輩も!」
続々と手が上がる。
その有様に、山乃端一人は乾いたような、呆れかえったような笑いを溢した。
「なんだよあんたたち…バカじゃないの?人の人生、勝手に決めちゃってさあ…」
ポツリと一つ涙が零れた。
山乃端一人はその涙を力強く拭う。
真っすぐに頼りがいのある面々を見つめ、ハッキリと聞いた。
「私が生きたいと願ったら…守ってくれる?」
「「「「「「当然だ!!!」」」」」」
典礼は、何も言わずに夜空を仰いだ。
大きく息を吸い、決意を固めた。
「交渉は決裂。君たちとやるしかない…というわけか」
代々木公園のマネキンたちが一斉に構える。
先ほどまでのパーティの空気感は消え去り、戦場の匂いが公園に満ちた。
「爺さん。あんたの能力は確かに多くの手勢を生み出せるが…俺たちを相手にするには少しばかり厳しいんじゃないのか?」
ハッピーさんが油断なく構えながら告げる。
そしてその言葉は事実であった。
典礼が如何に大量の兵士を生み出したとしても、魔人警察現場の要であるハッピーさんと、伝説的活躍を繰り広げてきた『大体何でも屋レムナント』の相手をするのは無茶というものだ。
しかしそれでも典礼は余裕を崩さなかった。
誰にともなく、冬の夜の空に言葉を投げる。
「…楽しい祭りがあった。80年以上前だ。場所はバミューダ海域付近の船上。とある海賊団の盛大な宴だ。我輩の『パーティマン』は、既にそこから連れてきていたのだよ。複数回に分けて。」
マネキンの集団から、男が二人現れた。
ヌルっとした殺気を放つ、気色の悪い男たちだった。
佇まいだけで、ただ物ではないと分かる、熟達した気配の漂う男たちだった。
「…そんな…こんなことって☆!」
ダイヤちゃんの目が、驚愕で歪んだ。
一人の男の名はエース。
――かつて、レムナント海賊団を裏切り、壊滅に追いやった、ダイヤちゃんの元部下。
「…こんなこともあるんだねえ」
クイーンの瞳が細くなる。
もう一人の男の名はジョーカー。
――催眠術の使い手で、エースと共に裏切り、クイーンに自害を強要した…生前の仇。
「こんなこと…はこっちの台詞だぜぇ~ダイヤちゃんヨォ」
「キヒヒヒ!クイーン、クイーン、クイーンよお、まさかもう一度お前の綺麗な顔を歪められるなんてねえ!」
二人は典礼の能力による複製体とはとても思えぬほど生き生きとした姿で殺気を放つ。
「お嬢。あのクソったれジョーカーは私にやらせて。私の敵討ちだ」
クイーンの美しい顔が、狂暴に歪む。
こうなった彼女を止められるものはどこにもいない。
ファイは黙ってうなずいた。
クイーンは猛烈な勢いでジョーカーに襲い掛かった。
「お嬢☆じゃあこっちのクソカスはダイヤちゃんにケジメつけさせてほしいな☆不手際はキッチリ締めちゃうのだ☆」
エースに向かい歩を進めたダイヤちゃんの肩を、ジャックが抑えた。
「ダイヤ…ここは俺にやらせてくれ。ダイヤの能力は雑魚戦向きだ。マネキン相手にはダイヤの方が輝ける…それによお…」
ジャックの顔も、クイーンに負けず劣らず狂暴に歪む。
「お前は昔、あのクソったれの裏切り者を中身スカスカの死体にしたじゃねえか。あの野郎に一撃加えたいのは、お前だけじゃないんだぜ?」
「…しょうがないね☆…絶対に負けるなよジャック」
「誰に物言ってんだ?レムナント海賊団のナンバー3。推して参る!!」
ジャックは猛然とエースに突撃をした。
「…確かに、凄腕を召喚するあんたの能力は恐ろしい。俺一人じゃ勝てなかっただろうな…」
ハッピーさんが典礼ににじり寄る。
「だが、まだこちらの方が手勢が多いぞ?…あるんだろう?まだ手が!出せよパーティマン!」
ハッピーさんの誘いに呼応するかのように、典礼が天を仰ぐ。
そうして、言葉を紡ぐ。
魔人警察のエリート、現場のエース、対怪異・対魔人のスペシャリストを封じる一手を打つ。
「かつて、とある村で落とし巫女の儀式…奇祭があった。それを潰したのは、君だなあ、ハピィ警部!全身全霊をかけ!半死半生で封じた大怪異をここに!!」
典礼の口上にハッピーさんの顔が青くなる。
何を呼ぶか察したのだ。
「我輩の能力フル回転!これが切り札だ!我輩の邪魔をするのならば!山乃端一人以外始末してから目標を達成すればよい!」
代々木公園の月が、消えた。
そう思わせるほどの巨大な存在が、中空に現れたのだ。
あまりにも強大で悍ましい殺気に満ちた蜘蛛が、ズドンと鈍い音と共に落下してきた。
頭部には血でぬらぬらと輝く牛の頭。
落とし巫女の儀式でかつてハッピーさんに封じられた大怪異。
『土蜘蛛草紙』曰く
この物ちから強くして執念ふかく 勢い大磐石を覆すがごとし 往来の人を採食し
牛馬六畜を爪裂く【牛鬼】といふもの 名よりも見るはおそろし
「…最悪だ!俺はアレの相手で手一杯だぞこれは!」
Stage:公園
牛鬼 VS ハッピーさん
裏切り者のエース VS ジャック
催眠術師ジョーカー VS クイーン
典礼&マネキン集団 VS ファイ&ダイヤちゃん&ポチ
It's Party time!!
◆◆◆
「うっだらー!!レムナント海賊団!全員!私から離れやがれ!!」
クイーンが目を瞑り我武者羅に刀を振るう。
生前、ジョーカーの催眠魔人能力、『デイ・ドリーム』により殺害されたクイーン。
彼女の対策はシンプル。ジョーカーの目を見ないように、目を瞑りながら戦うこと。
『デイ・ドリーム』による催眠の条件は、目と目を合わせることだ。
勿論マネキンが殺到する戦場において、視界を封じるなど本来であれば自殺行為。
だがクイーンの魔人能力、『絶世独立金剛不壊』がその自殺行為を最適解へと切り替える。
敵の攻撃が効かないのであれば、無茶苦茶な範囲攻撃は大いに有効に働いた。
「ジョーカー!!どこだてめえぇぇぇ!!」
達観した美人に見えて、クイーンは鉄火場育ちの脳筋剣豪。
生前の自分自身の仇を討てるというまたとない機会に、剣の暴風と化し戦場を荒らす。
それは誰にも真似のできぬ豪剣。
血風山河を築き上げる、凄惨な春を駆けた者にのみ許される修羅の剣。
あらゆる剣術は、【如何に斬らせず】 【如何に斬るか】 に根差している。
しかしクイーンは違う。斬らせたところで問題はない。故に【如何に斬るか】にのみ注力が出来る。
だからこその暴風。だからこその修羅。
典礼が召喚したマネキンたちが、斬り散らかされていく。
「ジョーカー!エース!どこだ!来やがれ!ぶった切ってやるからよォ!!」
クイーンの啖呵をBGMに、牛鬼とハッピーさんが対峙する。
問答無用と言わんばかりに牛鬼はハッピーさんに突撃をかけた。
全身に生えた触腕を縦横無尽に振るい、攻撃を仕掛ける。
鞭のようにしなる触腕を、ハッピーさんはギリギリのところで躱す。
(…やはり!こいつとんでもねえ!いつまでも逃げ切れんぞ!)
内心ぼやきながらハッピーさんは努めて冷静に牛鬼に向きあう。
動揺していることが透ける、それ自体が不利を呼び込むと理解している故、顔色一つ変えず大怪異に対峙する。
対する牛鬼もハッピーさんの実力を理解している故、油断せず、的確に攻め立てる。
自らの強大な体躯を生かして迫り、多数の触腕を振るい、口から強酸の粘液を浴びせた。
派手さはないが、それだけに堅実で確実に消耗させるやり方であった。
(クソったれ!マネキンに身を隠す戦法も限界!ここらで攻めに転じるしかねえ!!)
グッと一つ覚悟を決めてハッピーさんが駆ける。
いつの間にそこに在ったやら、巨大と言っていいほどの大きな箱がハッピーさんの側にあった。
その箱を、ハッピーさんは豪快に持ち上げた。
「これでも!喰らいやがれ!!」
ハッピーさんは、大きな箱を牛鬼の上方に向けて投げつけた。
その行動に牛鬼は瞬時に反応する。
落とし巫女の儀式に関わり、封じられた牛鬼はハッピーさんの能力を把握していた。
この箱が、ハッピーさんの戦略の要だと理解していた。
蠢く触腕を用いて、牛鬼は箱の向きを180度反転させた。
単純に箱を破壊するだけでは、ハッピーさんの策を封じることは出来ないと思ったからだ。
ハッピーさんの魔人能力、『時よ止まれ、君は。』の基本戦術は、発動している攻撃を封印し、時間差で開放すること。ならば対策はシンプル。
箱の開く方向を変えてしまえばいい。牛鬼は能力原理を理解し、最善の行動をした。
最善の行動。
それは、ハッピーさんが怪異相手のプロフェッショナルでなければ、の話であった。
ハッピーさんは、能力が露見していると踏まえた上での一手を打っていたのだ。
「解除」
小さく声が響く。
『時よ止まれ、君は。』が解かれ、大きな箱から中身が飛び出る。
中に詰まっていたのは、ダイヤちゃんであった。
~~~~~~~
これは、牛鬼に挑む直前の会話。
「ハッピーさん☆、事務所で能力について聞いたけどさ☆命のある者は対象外…ってことは、私やジャックやクイーンみたいなゾンビは、能力の対象ってことでいいのかな☆?」
自らに命はないと、あっけらかんとダイヤちゃんは認める。
そのことに複雑な表情をしながらハッピーさんは答える。
「…おそらくな。正直、俺はアンタたちに命はあると思う。ただ…自らが、命なんて無いと本気で思っているのなら、俺の能力の対象だろうさ。」
それを聞いて、ダイヤちゃんはニッコリと微笑んだ。
「ハッピーさん、意外と優しいねえ。こんな風にあちこち腐ってる存在に、命があるはずないじゃない」
その笑顔は、曇り一つなかった。
それがハッピーさんには哀しかった。
しかし、それを指摘するほどの野暮さをハッピーさんは持ち合わせていない。
ハッピーさんはダイヤちゃんの策を採用した。
幸い、マネキンでごった返す公園で、牛鬼に気付かれずにダイヤちゃんを箱化することは容易であった。
~~~~~~~
牛鬼の真上で、ダイヤちゃんが放たれる。
「残念☆!ダイヤちゃんとお前の相性は最悪だよ☆!」
ダイヤちゃんは牛鬼の背後に取りつき、『盗人猛々』を発動させた。
彼女の能力は、能力を発現した状態で誰かに触れる度、その人物が身に着けている、あるいは所持しているものの中で最も高く売れるものが消失する能力だ。
では、触れた対象が一切の物品を所持あるいは身に着けていない場合は?
『最も高く売れる内臓』が消失、換金されるのだ。
哀れ牛鬼は、衣服も何も身につけてはいなかった。
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角、牙、爪、肝臓、皮膚、胃の腑、肺臓、心臓。
あっという間に内臓を換金された牛鬼は、声一つ出さずに絶命をした。
勝者:ハッピーさん&ダイヤちゃん
牛鬼:合計562万円也
「うおらあぁぁぁ!ジョーカー!どこに隠れた!?それともとっくにお陀仏かい??」
クイーンは相変わらず、視界を封じたまま剣を振るっていた。
もう誰も彼女に近づこうなどというものはいない。
攻撃を無効化し、達人級の剣を振るう暴威に誰が挑もうと思うのか。
彼女の周りには逃げ遅れたマネキンが骸を晒していた。
(…だいぶマネキンを斬り捨てた手ごたえはあるが…ジョーカーは?全くあいつの声がしないぞ?)
視界を封じた以上、聴力に頼り周囲の存在を斬り捨てる。
眼を閉じる直前の位置関係からジョーカーがいると思しき方向に突き進んだが、未だ手ごたえはない。
それでも目を開けるわけにはいかず、剣を振るい続けるクイーンに、ジャックの声が響いた。
「うぉ…!クイーン、コイツはやりすぎってもんだぜ!ジョーカーもエースも、声一つ出せずにぶった切られてるじゃねえか…」
クイーン本人が自覚しないままに敵対者を斬り捨てていたか。
確かにクイーンの足元には数多の屍が転がっていた。
血の鉄の香りがクイーンの鼻腔をくすぐる。
(本当に、あのクソどもを仕留めたのか?)
確認のため、クイーンは目を開いた。
その眼前に広がるのは、クイーンに切り捨てられたマネキンと敵対者、ではなかった。
クイーンの目の前に在ったのは催眠術師ジョーカーの虚ろな瞳。
「クケケァ!俺の『デイ・ドリーム』の条件は目と目を合わせること!これを防ぐために目を瞑って戦うやつなんていくらでもいたぜ!そういうやつらの目を開くため、俺は声帯模写を極めているのさぁ!!」
ジャックの声真似にまんまと引っかかったクイーン。
ジョーカーの『デイ・ドリーム』が炸裂し、四肢の操作が奪われる。
いかな達人と言えど、催眠に抗う術はない。
意志力でどうこうできる程度の甘い催眠術師がレムナント海賊団にいるはずもない。
クイーンは刀を抜き、真っすぐに自身の喉元に突き刺そうとした。
クイーンの『絶世独立金剛不壊』は他者からのあらゆる攻撃を防ぐが、自傷には無防備だ。
催眠により操られた刃は、抵抗虚しく喉元に向かっていく。
近距離で催眠を浴びせるジョーカーは勝利を確信した。
「ハッピーィィィィ!!!!」
ジョーカーを前に、クイーンは大きくシャウトをした。
それは、事務所で事前に打ち合わせをしていたコンビネーション。
大体何でも屋レムナントにおいて、最強の駒は、『絶世独立金剛不壊』を振るい、他者からの損傷を一切受け付けないクイーンだ。
ならば、クイーンの弱点である自傷行為を防ぐ手段を考えておくのは当然であろう。
叫びを聞いたハッピーさんはすぐさまクイーンのもとに参じ、小箱を複数放った。
それは正確にクイーンの喉元に吸い込まれ、自刃せんとする一刀に破壊された。
『時よ止まれ、君は。』による箱化は、ハッピーさん本人の意志によって解除できるが、
それ以外にも破壊行為によって解除される。クイーンの一閃により、箱化は解除された。
能力が解除されて飛び出たのは、おしらいさまの呪弾。
箱化は複数一斉に解放され、クイーンの喉元から四方八方に呪弾が放たれた。
クイーンが解除した呪弾は、誰の攻撃か?
クイーンは箱の中身を把握していない。
把握していないものを解除し、結果として周囲に害が及んだとしても、それをクイーンの攻撃とまで見なすのは暴論というものであろう。
――つまり、この強制解除による呪弾は、ハッピーさんによる工作行為である。
他者からの攻撃である以上、それは『絶世独立金剛不壊』の対象である。
クイーンの喉元で爆ぜた呪弾は、しかしてクイーンの肌一つ傷つけること叶わず。
「あ…ば…お…ぶぇえええええ!!??」
しかし、呪弾は当然クイーン以外には十二分な効果を及ぼす。
『デイ・ドリーム』を完全に効かせるため、ジョーカーはクイーンに接近していた。
それが裏目に出た。
ジョーカーは至近から大量の呪弾を浴びせつけられたのだ。
ジョーカーは、顔面の右半分が抉り飛ばされ、左のあばら骨が丸ごと消え失せた。
右腕は、確信したはずの勝利と共に根元から吹き飛んだ。
「あ…あ…」
ぐちゃぐちゃに崩れた顔面から、声ならぬ声が漏れる。
そのまま放置していても、ジョーカーは息絶えたであろう。
しかしクイーンは大上段からの一刀を浴びせつけ、ジョーカーの首を落とした。
それは慈悲ではない。
それは情けではない。
ただのケジメとしての一刀を振るい、クイーンは仲間の元へ向かった。
勝者:クイーン
催眠術師ジョーカー、消滅
「っしゃオラァああああ!!」
ジャックが、投げナイフを振るう。
まさに刃の嵐とでも言うべき猛攻を、裏切り者のエースは躱す。
「ジャックよォ!そんなに俺に近づかれるのが怖いかよぉ!」
エースはジャックを挑発する。
しかしジャックはそれが近接戦への誘いと読み、距離を保つ。
エースの魔人能力は『アロン・エース』。触れているものの動きを完全に固定するという能力だ。
近接戦は完全にエースに分がある。
ナイフで切り付けたとしても、ナイフが自身に触れた瞬間にナイフの持ち手ごと固定できるほどに、エースの能力は強力かつスムーズだ。
「ジャック、ジャック、レムナント海賊団のナンバー3!相変わらず腰巾着してんのかあ!?」
口はタダと言わんばかりに罵詈雑言を浴びせるエース。
我慢できぬとばかりにジャックも言い返す。
「…てめえ!言ってくれるじゃねえかよ、この三下が!俺らの海賊団を裏切った落とし前、改めてつけさせてもらうぞゴルァ!てめえだけは許さねえ!俺のナイフで針鼠にしてやる!!」
完全に頭に血を登らせ、怒り心頭のジャック。
エースは内心ほくそ笑む。
怒りに支配されている相手、執着のある相手はやりやすいと、経験で知っているからだ。
興奮しているならば、距離を保ってナイフを躱し続ければいい。
我慢しきれずに近づいてきたところを仕留める。
シンプルな戦法をエースは組み立てた。
「ジャック!!何してんだい!そんなクソカス、さっさと始末しちまいな!」
その戦法を打ち崩す存在、ファイが戦場になだれ込んできた。
ファイは典礼の繰り出すマネキン集団を相手していたのだが、交戦を続けるうちにこちらに移動してきたようだ。
「ジャック!援護するから気合入れなぁ!!『悪食』ィ!!」
ファイの喰らった生物のゾンビが周囲に現れる。
今回現れたのはゾンビ鳥。
ファイは特段鳥肉が好きというわけではなかったが、魔人能力者として覚醒してから80年。
特段意識せずとも膨大な数の鳥の死体を取り込んできていた。
その数、約10000。視界を埋め尽くすほどの鳥が、ファイから放たれる。
猛烈な騒音とともに飛び出たゾンビ鳥が、ジャックとエースの周囲を羽一色に染め上げる。
互いに視界が全く失われた状況。
しかしエースは余裕を崩さない。
このゾンビ鳥に埋め尽くされた状況では、投げナイフの利は消える。
つまり、勝負は相手の位置が分かった瞬間に始まる、ヨーイドンの近接戦だ。
ならば『アロン・エース』を繰り出す自分が有利。
ジャックが如何にナイフの達人と言えど、エースに能力を発動すらさせずに斬り殺すことはできない。
自分はジャックの一撃を感知した瞬間に能力を発動し、動きを止めてから嬲り殺しをすればいい。
(耄碌したな…ファイ!投げナイフ使いに近接戦をさせてどうする!)
ゾンビ鳥がけたたましく叫ぶ喧噪のなか、遂にジャックとエースは遭遇をした。
ジャックの方が半歩先に反応し、エースの首筋にナイフを叩きこむ。
その一撃が僅かに首に食い込んだ瞬間、エースは『アロン・エース』発動した。
哀れジャックの動きは完全に停止。エースは勝利を確信する。
「お嬢。北北西に2m、高さ1.5m!」
その確信を、ジャックの伝令が打ち砕く。
伝令が届くが早いか、ファイの杖術による一撃がエースの喉仏に突き刺さり、頚椎を粉々にした。
「…な!?何故!?何故俺の場所が!?ファイに正確に伝えられるのだ??」
驚愕に震えるエースに、ジャックが侮蔑の言葉を投げる。
「忘れたのかよ。俺の能力、『おたすけセンサー』をよぉ。助けを求めている人物の場所とその内容を知ることが出来る…ゾンビ鳥の群れで視界が消えていたとしても、お嬢の位置は把握していた。お前が俺に攻撃するのに合わせて、場所を伝達すればお終いって寸法よ。」
死に逝く裏切り者を、ジャックとファイは見下ろす。
「そして何より!裏切り者のクソカスを断ずるのはキャプテンの娘…お嬢が一番ふさわしいに決まっている。俺がやるはずがないだろ」
エースに固執して見せたのは偽り。怒りも何もブラフ。
ジャックは冷静に、ファイがとどめを刺せる下地を作っていた。
「まんまと…一杯食わされたという事か!」
ギリギリと、エースの歯の音が響き渡る。
「ハ!馬鹿言ってんじゃないよ。能力的に喰らうのはワタシの方だろう?」
「畜生…畜生…!死肉喰らいのババアが!!」
悔しさを隠そうともせずに顔面を歪めながら消えゆくエースを、ファイは嘲笑う。
「…裏切り者のアンタは食えたもんじゃないけどねえ!」
勝者:ファイ
裏切り者のエース、消滅
牛鬼は墜ちた。
ジョーカーは断首された。
エースは砕かれた。
典礼の頼る手駒は、『大体何でも屋レムナント』とハッピーさんにより撃破された。
それでも、典礼は揺るがない。
召喚した手駒は目標を打破するには至らなかったが、消耗させることには成功した。
典礼にとっては、それで十二分であった。
達人たちを消耗させれば、あとは物量で押し切れると確信していた。
「…牛鬼、エース、ジョーカーが散ったか!それでも!我輩の有利は動かない!」
高らかに典礼は告げる。
エースやジョーカーや牛鬼に時間を使っている隙をついて、典礼はパーティマンの追加をしていたのだ。
勿論パーティマンには新たな人材を連れてこさせて。
勿論、典礼とて能力の連続全力行使は疲労を生む。
そのため、あまり強大な助っ人を呼ぶことはできないが、典礼以上に疲弊した面々を攻めるには十分な質量であった。少しずつ、大体何でも屋レムナントとハッピーさんの余力が失われていく。
せめてあと一人。
手練れの魔人が一人、レムナント側についていれば話は違っただろう。
しかし、ここにその戦力はいない。いないのだ。
山乃端一人は、自分を守るために愛しい馬鹿どもが消耗していくのを見ていることしかできなかった。
典礼の投げてきた言葉が、彼女の頭の中に響き渡る。
(人間は、あっけない。しょーもない理由で死ぬ。こんなはずじゃなかったって、裏路地で終わるものが大半だ。それでも、人間は刹那の生き物だ。)
だとしたら。
山乃端一人にとっての刹那はまだ先だ。
輝ける刹那はまだ先なんだ。
そうして、そう信じて死を選ばなかった。
生にしがみついてあがく道を選んだ。
だから彼女は言わない。
傷つく馬鹿どもに許してとは言わない。御免なさいとは言わない。
私が死んでいれば貴方達はこんな目に合わなかったのにとは言わない。
最期まで信じる。後悔はしない。
―――嗚呼、それでも。そうだとしても。
自然、彼女の手は祈りの形を取った。
私は諦めませんから。頑張りますから。一欠けらの奇跡をください。
どうかこの馬鹿どもが、変わらず笑える未来をください。
神様なんて信じたことも無い少女が、無意識に神へと祈った。
その瞬間、ごう、と一陣の風が吹いた。
風に合わせてマネキンどもがバラバラになって夜空に散った。
大体何でも屋レムナントも、ハッピーさんも、そして典礼すらも予想外の乱入者。
「な…何者だ…我輩の邪魔をするのは誰だ!」
半狂乱で唾を飛ばす典礼を、涼しい顔で眺める青年は、人間離れした端正な顔立ちにホストのような華美なスーツを身につけていた。
――その名はジョン・ドゥ。
少女の神への祈りに応えたのは、地獄に名を馳せる公爵にして66の軍団を支配する大悪魔であった。
突然の悪魔の乱入に目を白黒させる典礼。
しかしその典礼に、更なる混乱が加わる。
「俺の名を問うか、人間よ。その不遜、本来なら極刑ものであるが…夜桜の礼だ。答えてやろう。我が名はジョン・ドゥ。我が花嫁を守る絶対の守護者也!」
ジョン・ドゥは、芝居がかった仰々しいポーズで、シスター服を身にまとった少女を、我が花嫁と紹介した。
その場にいる面々は、銀時計をぶら下げたシスター服の少女に目を奪われた。
理屈ではなく、本能で。彼女は…同じだと察したのだ。
「もう…また花嫁って…」
おっとりした空気を身につけた、優し気な少女はゆっくりと、ただしハッキリと告げた。
「初めまして。…山乃端一人と申します。」
―――山乃端一人が 二人
◆◆◆◆
典礼は、目の前の光景が理解できない。
パクパクと、寺の池の鯉のように、虚空に口を開く。
山乃端一人が二人。
同姓同名と片付けるには、二人はあまりに同じであった。
顔が似ているわけではない、空気感が似通っているわけではない。
敢えて表現するならば、魂の色が同じであった。
これは、山乃端一人である
そう理解が出来る存在感であった。
魔人能力は、魔人の精神状態に大きく依存する。
自身が綺麗な死を与えようとしていた存在が、複数存在する。
その事実は典礼を大きく混乱させた。
パーティマンの操作が、制御が、ほんの僅かながら鈍くなる。
そして、その僅かは達人集団を相手にするには致命傷であった。
流れが一気に傾き、止めることが出来ない。
ファイが
ジャックが
クイーンが
ダイヤちゃんが
ポチが
ハッピーさんが
ジョン・ドゥが
マネキン兵を蹂躙する。
夜桜舞う公園での蹂躙劇は数時間に及んだ。
気が付けば代々木公園に典礼の味方は誰もいなくなっていた。
無残に砕かれたマネキンの山の上で、典礼は呆けた面を晒した。
「我輩に出来ることは…もうない…降参である…」
両の手を上げ、降参の意志を典礼は示す。
僅か、ほんの僅かではあるが空気が弛緩した。
典礼を前に、皆の緊張がほんの少し緩んだ。
その瞬間、典礼の袖口が煌めいた。
死力を振り絞り、『パーティマン』を起動させたのだ。
マネキンとともに顕現したのは大槍。当初の目的であった山乃端一人に対し、真っすぐに突き出される。
それは、王子神社の例大祭、通称「槍祭」において用いられる神事用の神槍。
江戸時代『願懸重宝記』曰く
神前に小き槍を置て祈念なすに悪事災難をまぬかるる
艱難辛苦を乗り越えるための、祈りの象徴としての槍。
その槍が、突き付けられた。
大体何でも屋レムナントも、ハッピーさんも、少女を守るために飛び出た。
しかし、際どいタイミングだ。激戦で消耗した彼らに、典礼の最後の一撃を止めきれるのだろうか。
そんな彼らをよそに、一歩早く山乃端一人を救うべく飛び出た者がいた。
シスター服姿の山乃端一人だ。
今しがた出会ったばかりの少女に対し、我が身を犠牲にせんと言わんばかりに、槍の前に飛び出た。
このまま神槍を全力で押し通せば、典礼は二人の山乃端一人をまとめて仕留めることが出来たかもしれない。心臓を貫き、辛い終末を迎えさせずに、一瞬で命を絶つことが出来たかもしれない。
しかし、典礼は槍を逸らした。
全身全霊をもって、シスター服姿の少女を傷つけないように槍の軌道をずらした。
典礼は、生粋のパーティマンである。
「いずれ悲惨な死の運命を辿ることを考えれば、せめて最高の舞台を整えて苦痛を感じることなく引導を渡すべき」というのが彼の信念である。
シスター服姿の山乃端一人には、まだパーティを提供していない。
輝ける刹那を与えていない。故に、ここで彼女を傷つけるのは只の殺人である。
確固たる信念をもって、典礼は穂先を逸らした。
彼がもう少しいい加減な人間であれば。口だけの救済を語る偽善者であれば。
槍はそのまま突き出されていたであろう。
しかし、典礼が典礼であるために、乾坤一擲の神槍は虚空に突き出された。
一歩遅れて、ハッピーさんの鉄拳が典礼の顔面に炸裂した。
(嗚呼…これで…山乃端一人は苦難の道を歩む…いつ尽きるとも知れぬ暴力の波にさらされる日々を送ることになる…いずれ、『転校生』による不可避の死が襲うことになる!)
それが無念で仕方がなかった。意識が途切れる間際でも、典礼は自らの行いを悔いてはいなかった。
(我輩の負けである。…君たちの茨の旅路に…輝ける刹那があらんことを…)
しかし、その一方でどこか清らかな気持ちを典礼は抱えていた。
自身を打倒した集団の行く末を心から案じて、『パーティマン』典礼はその意識を静かに閉じた。
勝者:ファイ&ハッピーさん&ジョン・ドゥ
敗者:典礼。戦意消失
◆◆◆◆
「――ジョン・ドゥだっけか。なんでそっちの山乃端一人を守らなかった。あんたの実力なら、余裕で間にあっただろ」
ハッピーさんの疑問に、なんでもないことのようにジョン・ドゥは答えた。
「なに、俺は我が花嫁の意向にはなるべく沿うようにしているからな。もしあの人間が軌道を逸らさぬなら、直前で対処していたまでよ」
絶世の美男子は、当たり前のように「ギリギリで動くつもりだった」などと告げた。それがハッタリではないことは誰の目にも明らかであった。
「…色男、あんたの言う花嫁…山乃端一人は、本当に山乃端一人か?」
ハッピーさんは自らの言葉が矛盾をはらんでいることを承知しつつ言葉を投げた。
その言葉に、同性であっても見惚れるほどの美しい笑顔でジョン・ドゥは答えた。
「我が花嫁は、山乃端一人である。世界から狙われ、数多の艱難辛苦が降りかかり、茨の道を歩むことが運命づけられた存在。そちらの山乃端一人と同じである。」
それが当たり前のことであるように告げ、ジョン・ドゥは自らの花嫁を抱え上げた。
「【山乃端一人】を害する存在がいると聞いたから馳せ参じたまでのこと。…いずれまた会うかもな。その時は敵か味方かは知らぬが!フハハハハハハ!!」
高笑いと共にジョン・ドゥは夜の雑踏に消えた。
その背を呆然と『大体何でも屋レムナント』とハッピーさんは見送る。
数瞬、沈黙が公園を包んだのち、ファイが何とか言葉を絞りだす。
「坊主…あんた警察だろ?山乃端一人について知っていることを教えな」
「…悪い。俺もここの山乃端一人が、トリガーだと思っていた。…だが、あの山乃端一人…あれは間違いなく山乃端一人だ。世界に狙われている山乃端一人だ。」
あくまで感覚に過ぎないが、とハッピーさんは添えたが、その場にいる誰もが
【あれも山乃端一人である】
という感覚を有していた。
「仕方がないねえ。アタシ達はこのクソガキを守るのに手いっぱいだ。【他の山乃端一人】がいるというのならば…それは、坊主、あんたに任せていいかい?」
お願いの形を取りつつも、有無を言わせぬ迫力がファイにはあった。
ハッピーさんも、その言葉を素直に受け入れる。
「…ああ。今、この東京で、何かが起きている…山乃端一人に関する調査。請け負った。そっちの山乃端一人の警護は任せたからな。」
「誰に物を言ってんだい坊主。我ら『大体何でも屋レムナント』!クソガキ一人守れないなんて思われたくないねえ!!」
啖呵を一つ切って、大体何でも屋レムナントも夜の雑踏に消えていった。
その背を、視界から消えるまで追った後、ハッピーさんは一つ呟いた。
「これから、忙しくなりそうだぜ」
その言葉は、冬の夜空に白い息となって消えた。
◆◆◆◆
読者の皆様。
誠に申し訳ございません。
本作の山乃端一人は
ジョン・ドゥのプロローグの設定とも準拠しているという事を伝えるのを失念しておりました。この物語は、ファイとジョン・ドゥの世界と完全に地続きとなっております。
はてさて、第二話以降はどれだけの物語が合流するのやら。
では次回のお話まで、しばしご歓談の上お待ちくださいませ。
ハッピーさん:山乃端一人の調査を開始
大体何でも屋レムナント:今の山乃端一人を護衛
ジョン・ドゥ:シスター服姿の山乃端一人を護衛
了