◆Androids Dream of Electric Sheep?
――わたしは夢を見る
今更といえば今更な話だ。だけれども、わたしはあの瞬間を未だ夢に見る。

いつも遊んでいた公園の直ぐ先の路地。
いつもの通り、いつもの景色がそこには広がっているはずだった。
友だちとのつまらない口げんかでかっとなった私は、ろくに確認もせず道に飛び出す。

きづいたときには、そこは地獄絵図さながらの有様だった。
飛び散る血、自分の軽率さを思い知った時、あのこは息をしていなかった。
わたしの大切なおさななじみ、空渡丈子ちゃんは、私を抱きかかえたまましんでいた。

それが私の魔人能力「信用のできない語り手」の始まりだった。



◆◆◆ハッピーさんと思い出ラーメン

2月某日。
「暑さ寒さも彼岸まで」という慣用句は「寒さは春分頃(3月20日前後)まで 残暑は秋分までには和らぐ」という目安をさした言葉だ。
人は言葉や日のめくりで季節の息吹を感じ、次の季節の到来を予感する。
移りゆく暦は常世の理であり証左であり、変わらず狂い咲く花々は『あやかし』の兆しである。

~この世は判らないことがたくさんある~

~まもってみせましょう~♪

~それがつよさなんだ~♪

~バリバリさいきょ…きょ…きょ…
だが、春の陽気にさそわれてそれらより一足早く、土手や公園やらにひょっこり顔を出す存在もいる。

「ぶえっきょしょなんばーワンおかまッ!」

そう変態である。

「これはあれでしょうか。17歳美少女ポリスと野獣男子のカップリングを見て、
え、あのひとたちどういう関係?ひょっとして?とか噂しているパターン?」
「ねーよ。それから、せめて口押さえろ。」

道を歩くのは二人。夏服の学生服にブルマと一足早い春痴女コーデを決めた美女(?)と
もうひとり、こちらは季節に合ったコートをきた男。
男から差し出されたティッシュで口と手をぬぐうと女は手帳をめくる。
そこには『白蘭』『思い出ラーメン』という文字と通りの住所が手書きで書き綴られていた。

『思い出ラーメン』

最近、ネット上で噂になっている都市伝説のひとつだ。
「食べると人生の思い出がよみがえる、その人の物語が味わえるラーメン」とある。

「だいたいお前、警察学校時代オレの一個下の年代だろう。何年、同じ設定ひっぱてるつもりだよ」
「うふっ先輩ったら照れちゃって(ハート)…アンサンソコニフレタラアキマヘンヤロガ。ツギイウタラタトエアンサンカテタマトリニイキマッセ…」

 男は元来、陽気の極地で普段はひっきりなしに喋るほうなのだが、この相手には相当に分が悪かった。閉口ぎみなのもあるいは同胞(なかま)に対する気安さの表れなのかもしれなかった。いや単に毒をもって毒を制しているだけなのかもしれなかったが。
駅を降り、スマホのナビに従って二人は別路地へと回る。そしてそこに映った風景に思わず口から感嘆の声を上げた。

「ふわー」
「早咲き桜か…」

路地一画を埋め尽くさんばかりに、濃いピンク色の桜が咲き誇っていた。
一般的な桜の品種であるソメイヨシノの見ごろは3月下旬から4月にかけてと言われているが
早咲きの桜。カンヒザクラ系、オオシマザクラ系は、早いものは例年1月下旬になると花が咲き始める。
一番の見頃といわれているのは、満開になる前の6~8分咲きで丁度見ごろといえた。
薄桜の儚さにないその濃い色合いに感心しつつ、歩を進めていた二人だが、男のほうが何かを感じたのか、後ろを振り向き、来た道をしげしげ眺め返した。

「…どうしたんです?」
「…お前んとこの課長の『飛燕脚便』が届かなかった理由が判った。『世界の境界線』を『いつのまにか』またいでしまってる。別次元かよ。流石に届けるのは無理だわな」

それを聞いてほほう、なるほどと納得しかけた後輩だが、ん?と首を傾げた。

「でも先輩、前、結界系は踏み込んだ瞬間、感知できるし、境界の区切りみりゃそいつの力量判るっていってませんでした?」
「ああ、跨いだ瞬間に判るぞ。今回は例外中の例外だ。気にするな」

男の返答に一瞬、狐につままれた顔をした後輩だが、話はそれで終わりとばかり、
男が向きを戻したので会話はそれで終了となった。

(全く気付かなかった上に…俺にしみついてた呪詛の類が完全に霧散している。境界を渡るときに足ふきマット感覚で拭き消しやがったな…新宿の女王様でさえ、取りきれなかった奴らなんだが…。マジかよ)

道を進む。目的の店は桜色のカーテンの先にこじんまりとした佇まいで立っていた。
『白蘭』と書かれた看板を横目に、ふたりは白樺でできた扉を開ける。

カランコロン、ベルの音と温かい空気が新規のお客を出迎えた。

「いらっしゃいませ。2名様でよろしいでしょうか?」

白樺の扉を開けるとエプロンを身にまとった可愛らしい栗色の髪の少女が二人を出迎えた。
店にはテーブルが一つとカウンターがあるだけだったが、その分、贅沢に間取りを取っており、置時計や絵画などが置かれ、とてもラーメン屋には見えなかった。
内装はどちらかといえば個人の洋食専門店といった感じだった。

(あれ、この子どっかで見たことあるような。)
JKに関しては抜群の記憶力を誇る彼女だったが、微妙に思い出せなかった。おそらく直接の顔見知りではない。
しかたなく職務を優先することにする。警察手帳を示しつつ敬礼を行なう。

「警視庁生活安全課のブルマニアンです。こちらの拾得物の「落とし主」を探しておりまして」

少女は、男の手にある、落とし物・・・『オカモチ』をしげしげとみやる。

「はい。多分うちのものですね。詳しい者を呼びますので、ちょっとお待ちください~、
あん…じゃなかった…店長~」
「はいはい。」

呼びかけに応じて店の奥から緊張感のまるで感じない気の抜けた声が返ってきた、
部屋の奥の方から、ひょっこりと顔を出したのは、長い白帽子に白衣装全身白ずくめという
井出達の若い男だった。

(…なんだ…こいつの衣装…神官か何か…)
(…いや普通にコック服の範疇だと思いますけど…)
二人は目線でやり取りを行なう。
男はお前は呉服屋の若旦那かと疑うような緊張感のない笑みで問いかける。

「すいませんね。御足労して来ていただいて。はい、それでは御用件を単刀直入にどうぞ。」
「・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・まず貴方が転校生キョウスケかを知りたい。次に今、東京で何が起こっているかを。」
(・・・先輩、直球でいったな)
本来、発すべき内容の問いではなかったが、男にはここに到るまでに思うことが色々あったのだろう。
自身の素直な気持ちを表に出して見せた。さて、鬼が出るか蛇が出るか

店の主人は手を顎にかけて、どうしようかなーという表情をした。正直、無茶苦茶うさんくさい。
「知り合いではあるけど残念ながら別人ですね。まあ『彼』もよくわからず動いているところあるから、説明をご希望されるなら僕のほうが適任かな。」
そしてポンと手を打つ。
「では百聞は一食に如かず。落とし物を届けてくれたお礼もあるし、ひとつボクの料理を食べていっていただこう。それで大まかな事情は察せれるはずだ。

リクエストはあるかな?お兄さんは『來來來』のとりチャンポン。お嬢さんは―――ふむふむ
さあ、注文は頂いた。では調理に取り掛かろう(「タイトルコール」といこう)

こちら側でここが舞台とならなかったの少しばかり残念だが、今回は「ヴェネツィア・マスク」に「ヒヤシンス」とイタリアに由縁のある事柄が多かったからね。仕方がない。
それでは彼らの道行、語らせて頂くよ。


「 注文の多い料理店~Andiamo a mangiare cibo italiano!~ 」



イタリアンレストラン『Giorni felici』(幸せの日々)は、
気軽に本格的なイタリアンを楽しんでいただこうを合言葉にチェーン展開を続けているレストランだ。
手ごろな値段で品質の良い料理とサービスを提供することで利用客たちからは幅広い支持を勝ち得ている。

そしてその屋台骨を支えるのは、このお店が掲げる最大の特徴

Legame di famiglia(家族の絆)。

とまで言われるほどの、従業員たちの深い絆と愛情、そして奉仕(ハッピー)精神である。



BAR(バル)!」(イタリア語で「店」という意味の英語)
「―――ピッ?」

開店前のミューティングの最中、家族愛がアルバイトの少女の頬を『強くさわった』。
部活とバイトと掛け持ちで睡眠不足気味だった少女はしかけた欠伸を喉の奥に無理やり飲み込む。

『Giorni felici』で接客を担当するチーフ、プロシュート・タンジェロ。

彼は見た目、気障な伊達男だったが、少しばかり化粧が濃く
いなせな女言葉を使いこなすのが特徴だった。人は彼をプロシュートの姉貴と呼んだ。

「もうひとつ。GAN☆BAR(ガンバスター)!」(イタリア語で「すごいお店」という意味の英語)
「―――ピッ!?」

「眠気は吹き飛んだ『カーネ』? 気のゆるみは誰にだってある。そうアタシだってある。」

そういってチーフは両手で少女の顔を挟む。
タンジェロ一族は極めて、情に厚く、そして家族に裏切らない誇り高い一族だった。
例え、血がつながらなくとも、その愛に変わりはない。
彼女(?)にとって少女も大切な『famiglia』であった。

「けどお客様にそんな顔を見せては駄目。うちの店のメンバーだったらそんなこと絶対しないわ」

叱られ、怯えた少女の両頬に白い手を添え、アネキは額をこつんと合わせ、元気づける。
「いい、カーネ。
アタシ達は、口先だけでサービスサービス、それが一番大事と言い合っている仲良しクラブの連中とは訳が違う。」

呼びかけられた少女は圧倒的な圧に怯えながらも、おずおず答える
「いえ、チーフ。何度も言ってますけど私の名前はカーネではなく、中村小紅(なかむらこべに)といいまし…
「おおお、カーネ~カーネ~カーネ~カーネよぉぉぉぉお」

カーネこと中村小紅(仮名)は沈黙した。彼女の上司はとても仲間思いで義理難い人間だ。
ただし彼は、同時にタンジェロ目-タンジェロ科-タンジェロ属であったため、当然のように
他人の話しを全く聞かない存在だった。これ以上どうこういえば確実にアウトラインを超える。

「アタシには解る。アナタにはお客様に真のサービスをしようって『心』がある。
そして『栄光(ソレ)』を『決める』のは常にゆるぎない覚悟のみ。わかってるはね、みんな!」

そういって彼女(?)はスタッフたちを振り返る。

「行動(サービス)すると思った時には!!!!」

スタッフたちの一斉昭和。
「「既に行動は終わっています!」」
「そう!満足していただけたなら!使ってもいいッ!このお店(ジョルノ)ではね。さあ、開店の時間よ!!」

軽快な音楽がホールに流れだす。

ズッダンズッダン
ダッダ

そして列をなし、一糸の乱れもなくダンスを踊り始める従業員スタッフたち。

「情熱(パッショーネ)のダンスでお客様を迎えよう。」

グイングイン  バババ
グイングイン バッバッバ

これ以上【強く触られる】ことを避けるため、必死にリズムを合わせる中村小紅(仮名)ことカーネ。

ズッダンズッダン

諸処の事情があったとはいえ、彼女はここをバイト先に選んだことを後悔していた。

(誰でもいいから早くこの状態から抜け出させて)

彼女の願い(オーダー)が聞き届かれるかどうかは紙のみぞ知るが…。とりあえず【正義】はやってくる。

ズッダンズッダン。
グイングイン バッバッバ。

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「プッタネスカ大盛り」
「あ、私も先輩と同じプッタネスカの―普通でお願いします」
「じゃ、俺はハンバーグステーキセットで。」

私達3人、有間真陽先輩、鎌瀬居助さん、浅田るいな、今井商事のいつものメンバーが、
そのレストランに入ったのは、午前中の一仕事を終えたあとだった。

「ドリンクは…。と、あれ?」
こちらの注文を聞き、入力端末にオーダーを入力していたアルバイト店員が首を傾げ、
入店時の予約人数を再確認する。
4名。そして空いた席に何故かペンギンの人形が置いてあり、そこには
【ホットチキン頼んどいて】と表示された電子ボードを抱えていた。

「ええと、ご予約は4人でよろしかったのですよね?」
「すいません。一人来れるかどうか分からなくなってしまって…持ち帰り注文にさせて頂いてよろしいでしょうか?」

『カーネ(コベニ)』と名札を付けた店員に私、浅田るいなは申し訳なさそうに断りを入れる。
「——では補充(リザーバー)扱いでよろしいでしょうか?」
「——はい、予約(リザーブ)でお願いします。」

店員が立ち去った後、ペンギンの頭をぽんぽんと叩きながら、浅田るいなは、
欠員となった今井商事4課リーダー入々夢美奈の顔を思い浮かべた。

急な眠気に襲われたので、合流を断念すると連絡があったのはつい先ほどのことだ。
今頃はどこか近くの公園の芝生かベンチで寝っ転がって惰眠を貪っていることだろう。
幾ら昼の都市部とはいえ、あの高身長スレンダー美人が無防備な姿を晒すのはどうかとは思うのだが
不要不急を常に要する。それが彼女の魔人能力「眠り姫症候群(クライネ-レビン‐ビュティ)」の特徴だ。

なによりそうしてもらうのが一番被害が少ない(、、、、、、、、)
最近、我が社のメンバーに加わった鎌瀬さんも彼女とその能力のことを想起していたらしく
水を一口、二口飲みこんだ後、我が社のエース、真陽先輩に疑問を投げかけた。

「有間さん、入々夢先輩のアレってやっぱり生理とかと関係あるんで…ぐぅぎゃぁ」

るいなは、浮かべた笑顔を1㎜も動かすことなく、隣にいる鎌瀬”くうき読み人知らず”の足を全力で踏み抜いた。お前、よくそんな疑問、口に出せたな。
問いを投げかけられた営業3課の有間真陽は少し考えるとこう答えた。

「うーん、どうっすかね。月の周りはあんま関係ない気はするっすね。
今日も朝は『大丈夫~合流できる』といってて、さっき『ふわぁやっぱ無理』って連絡きたぐらいっすから」

こんなデリカシーのない後輩の質問にも真摯に受け止め答える真陽先輩。…しゅき。
―—まあ、あの能力、制御出来ようものならガチで最強っすからしかたないっすけど。
つづく、有間真陽の言葉にるいなも頷く。
最強能力。これは偽りなく事実だった。
彼女の能力の恐ろしいところは「意識せず受ければ、抵抗がほぼ不可能」で「いつのまにか眠ってしまう」点だ。
るいなも同じ環境影響型の魔人能力だからこそ、その凄まじさがより判る。
彼女の「四月の燐灰石(エイプリルアパタイト)」は自分の本音を明かしたくなるという人間心理に語り掛けるものだが、そこまでの強制力はなく
効果を『確実に』発揮させようとすると「手をつなぐ」など直接接触が必須になる。

対して「眠り姫症候群(クライネ-レビン‐ビュティ)」にはこれがない。
疲れたら眠るのは当たり前という認識の元、その人の意志と無関係に身体と本能に直接語り掛けるのだ。
この現代社会で疲れやストレスを感じていない人間などいない、それはもうぐっすりスリーピング直行なのだ。

ひとえに彼ら、今井商事社員がこの強力な効果に対応できるのは、
「眠気」=『眠り姫症候群』と徹底的に身に沁み込ませているからだ。
社員たちは接近を悟った時点で「ペパーミントガムを舌にのせる」という対抗手段を瞬時に取る。ほぼ条件反射レベルで。
睡眠時間が「絶対正義」と骨身にしみて分かっているからこそ逆に抵抗できてしまう社会人、あまりに哀しい生き物だった。あと会社方針がブラックすぎる。
そんなことをつらつら考えていると真陽先輩にちょんちょんと脇をつつかれた。
何事と顔を向けると、あれ、見てみるっすと窓際の席を指でさし示した。

そこには見知った顔がいた。

「アマトリチャーナの”赤”と”白”2種類あるの?
うーんどっちにしようか
あとデザート。プリンとジェラードどっちも食べたい。」

窓辺の席にいたのは女子高生の二人組。その片方がメニュー表を広げ、うーんと唸っていた。
彼女は…山乃端一人。行きつけの花屋のバイトさんだ。
体調崩しがちの店主に代わりに平日の夕方あたりの時間帯で、よくお店番に入っている。
社会人で帰路に寄ることの多い自分とは時間帯がよく重なるため、顔馴染みができていた。

悩む彼女に助け船を出すようにもう片方の学ランを着た少女(何かのコスプレだろうか)が、折衷案を出す。
「二人で一個づつ注文して、小皿もろって分けりゃええじゃろ。」
「えへへ、じゃあたべさせてあげる~あーんって」

      • 。その会話を聞いた瞬間、るいなの脳裏に電流が走った。
その手があったか…天才か…だが既に彼女たちは同じものを注文してしまっていた。
これでは一口食べさせっこ作戦は実施できないではないか…。
ぐぎぎぎと首を横に曲げ、当の本人を見やると「なんか青春すっよね」と少女たちに温かいまなざしを向けていた。いやワンチャンまだいける。まだ押せる流れだ。

「先輩~先輩~。ここのデザート本場イタリア直輸入って書いてありますよ。
プリンとジェラート頼んで、一口づつ交換っこしません?」
「んー、今回は大盛りたのんじゃったから、いいっす。」

がーん。

「いいすね、るいちゃん、オレと半分づつしない、オレ、おごるkrgi」
先ほどの失態を汚名返上、名誉挽回取り戻そうとする鎌瀬”くうき読み人知らず”居助の脛に、るいなのローが決まった。

(女心、わかんねー。)
草葉のテーブル席に突っ伏し涙する傷心の鎌瀬居助。
安心しろ、入社前からデジヘル狂いがバレている君の社内ヒエラルキーは元々、最底辺だ。
その傷の大元は心ではなくその脛にこそある。

そんないつもの日常の中、ウェイトレスが次のテーブルで注文を取り始めたとき、それが起こった。


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ピンポーン・パン・ポーン


これより
デスゲーム
”La morte può ripagare” IN Giorni felici

の開催をお知らせします。参加者の皆さま、いらしゃーい☆
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◆◆◆


気が付くと私達は、正確には真陽先輩と浅田るいなの二人は、店舗のホールから見知らぬ部屋に転移していた。

「温泉プール?」

それが最初の感想だった。
目の前に学校であるような25mプールが広がっており、なみなみとお湯が満たされていた。
その先に視線をやると向こう岸の壁にEXITと非常出口を示す扉が見える。

~うぃん~

突如として部屋の中央の空間にスクリーンが開き、画面に仮面をつけた女性の姿が映る。
そして彼女はお店の時と同様に一方的にアナウンスを始めた。

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それではただいまより
デスゲーム『La morte può ripagare』予選を開始いたします。制限時間は30分。

グループは、振り分け、
チームは運命共同体です。この言葉を決して忘れず。フロワーの脱出を試みてください。

それでは――。ご料理を用意して心より到着をお待ちしております。
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「な!?」

唐突に画像が切れる。
目の前のプールから、映像が流れてくることはそれっきりなかった。
冬着にはひどく蒸し暑い。じっとりした汗が流れる。
天井にある3つほど巨大な換気扇が廻っている、それが空調として溢れる蒸気を吸い上げていた…。

 扉
ーーーー
□ □ □ 石と石との距離は5m間隔
□ □ □ 向こう岸に扉が見えている。
□ □ □
ーーーー
現在位置

「えーと、浅田さんに有間さん?」
呆然としていると横から声がかかった。
携帯端末を弄っていた真陽先輩が手を止め、呼びかけてきた相手に軽く会釈をする。
このようなケースは会話の主導権は私、そして「白か黒か能力で探れ」という取り決めになっている。

「はい、山乃端さんお久しぶりです。そちらの方は?」

できるだけ相手を警戒させないよう穏やかな声色と笑顔で相手に話しかける。
お店で見た一人さんともう一人、学ランを着た目つきの悪い少女。彼女の返答は直球だった。

「空渡じゃ。『山乃端』の顔見知りってことは『キョウスケ』の知り合いか?」

反応は「白」。彼女は全く嘘を混ぜようとしていない、そして余計な情報を漏らすことを懸念し、警戒している。
このこはかなり冷静だ。るいなからすれば、かなり助かる『嘘と本音』の割合だった。
いつもの愛称で呼ばれなかったことに怪訝な顔をした一人だったが、状況を思い出し口をつぐむ。

「・・・。いえ、存じ上げません。いやまあその方を知らないとは言い切れませんが」

少し迷ったが、警戒心の高い相手へ疑念を抱かせる対応は不味い、極力、正直に答えることにする。

「すまん。ならいい。」

そっけなかった。今度は本心までは語ってないが嘘はついていないという反応だった。
自身の携帯にメールの着信音が鳴る。たぶん先輩が社内用のメールを一斉送信したのだろう、
内容を確認しようとしたところ、さらに後ろから声がかかった。

「うーん、こいつは、うっかり。まさかデスゲームに巻き込まれるとは」

驚いて振り返る私と一人さん。
少し離れた壁際に一人の男が立っていた。
真陽先輩と学ランの少女は既に気配に気付いてたのか、微塵も動揺していない。

その男は自らを死遊戯之内シヌヲと名乗った。



◆◆◆SAKUKEがデスゲーム認定される世界で

「こいつはうっかり。
私の名前は、死遊戯之内(ですげーむちゅう)シヌヲといいます。」

「め、めずらしいお名前ですね」
「よくいわれますよ」

それぞれ簡単に自己紹介を行う。全員が来店客で「気が付いたら転移していた」人間達だった。
嘘はまぜていない…と思う。
自分の本音判別能力は魔人能力ではなくそれを活用したあくまでスキルだ。100%の精度は期待できない。

(制限時間は30分っていってたっすね。)
るいなに対応を任せていた真陽は通告と同時に時計を合わせタイムを計れるよう設定し、
周囲に目を走らせていた。警戒というよりどちらかというと観察に近い。
どこになにがあるのか配置を目測で図り、自分の能力効果を及ぼせるか確認する。

やおら丈太郎が手をあげ、周囲に質問を投げかけた。

「すまん。確認したいのだが、そも『デスゲーム』ってなんじゃ」

一人も頷いた。
完全な本音。これには、るいなと真陽も顔を見合わせた。

「おっと、こいつはうっかり」

死遊戯之内シヌヲはぴしゃりと己の額をたたいた。

デスゲームとは、無理やり人を押し込め、参加者に殺し合いの強制や命を賭けたゲームを行わせる主に創作上のゲームのことをさす。
ただし、これは一般的なモノではない。
妄想が容易く現実化する魔人能力が存在する社会において、この手の存在の多くが
『発禁処分』とされており、人々の「認識」に上がらないよう政府によって徹底的な管理が施されていた。
るいな達も知識としては知っているが実際に読んだことはない。
実際、デスゲーム作家などはほぼテロリストと同義扱いであり、発禁どころか発覚=即投獄であった。

「つーことは『希望崎の連中』の仕業か」
これらの説明を 30秒で片づけた死遊戯之内に関して、丈太郎が簡潔に感想を述べる。
先ほど述べた管理体制・制度においても例外は存在する。その顕著な例が悪名高き「学生自治法」である。
学園内ならどんなアングラも大手を通ってまかり通る、下手をしたら同好会くらい存在しているかもしれない。

「まずは向こう岸にわたらな始まらんちゅうことか。ならワシが適任じゃのう。
悪い、『はじこ』ちょいあずかちょくれ。」

そういうと彼女は自らの服を脱ぎだす。一人に、学生服をばさっと投げ渡し、
さらしにトランクスという下着姿になると目の前のプールの湯加減を確かめるため、えいと手を突っ込んだ。

「こんなもん『羅漢名物』五右衛門地獄ぶろに比べたら、全然…・・・いや、ちーと
ばかり熱いくらいだ。まあ、わしにとっては全然よゆうじゃけんのう。」

そして用心のためと自身の能力で縄を呼び出すと素早く括りつけ始めた。

(…あっこのこ、直情型で全然嘘つけないタイプのひとだ。)

丈太郎の人となりを完全に把握し始める、るいな。
シヌヲは内心ちょっと露出と色気足りないなと残念がりながら、縄の先を預かる。

「専門的見地でいえばオススメは『右側』の石からですね。」

シヌヲの助言に従って、丈太郎は一番右の石にとびのる。そして

ぐらり、
そのまま踏みつけた石板ごとひっくり返った。これは”浮石”だ。

\\ざばーーーん//

「―――それでゲームのだいたいの傾向が判りますので。」

 扉
ーーーー
□ □ □

□ □ □

□ □ × 失敗。
   ↑↓ 戻る。
ーーーー
現在位置

「そうか…デスゲームとは風雲だんげろす城の竜神池のことだったのか。」

プール岸に帰還する丈太郎に手を差し出すシヌヲ。予想以上に”ぬるい”展開だった。
だが、彼はぴたりと硬直する。こ、これは…

「どうした?」
問いかける少女は熱湯でずぶ濡れになり露出は少ないながらも身体のラインが綺麗に浮き彫りになっていた。熱で火照った肌も艶やかで美しい。

「失礼。これはもっこり」
「殴るぞ」
と言いかけ、不用意な暴力行為などを強く戒められていたことを思い出し、言葉を飲み込む。

「じゃ、次はうちの番っすね」

選手交代とばかりに真陽は1段目まんなかの石に飛び乗る。
ガッという音とともに確かな足裏の感触を感じる。固定された石柱。どうやら『正解』のようだ。
その勢いのまま、次の石に移る。2列目の真ん中も正解。

右か左か。
 扉
ーーーー
□ □ □

□←〇→□ 有「左かなー」
  ↑
□ 〇 ✖
  ↑
ーーーー

今度は左に飛ぶと石に触れた瞬間、ずぶりと浮石の重心が傾く。
素早く、自身の能力で浮き石の位置を固定させ、中央の石へと帰還する。
今度は右の石へ移動。こちらは『正解』。
そして3段目一番右の石に飛び乗る。これも問題なく飛び移れた。

「…ということは…」
有間真陽はあっけないほど簡単に向こう岸へとたどり着く。
とりあえず向こう岸の壁に向かい扉の詳細を確認する。
扉は鋼鉄製で閂のような鉄錠が鎖で繋がれていた。
真陽は能力を行使すると真ん中の列の石をホップステップジャンプと一足で超え、帰路とした。

 扉
ーーーー
  ↡  ↑
□ ✖ 〇
  ↡  ↑
✖←〇→〇
 ↡ ↑ 
□ 〇 ✖
 ↡ ↑ 
ーーーー 有「帰還っす」
現在位置 


とりあえず、5人全員向こう岸に移動しようということで真陽が辿ったルートで移動を開始する。
真陽は時間を確認する。残り時間は20分以上。十分に余裕がある。

そこで、しんがりに残っていたシヌヲに、このゲームに対しての意見を求めた。
流石にデスゲーム経験者とかではないだろうが、相応の知識があると見受けられたからだ。
見解を求められたシヌヲは、うーんと唸り、
情報が不足しているので憶測込みでよいでしょうかとあらかじめ断った上でこう述べた。

「考えられるパターンは2つです。
ひとつはこの製作者がデスゲームを一般的なレベル、SASUKEや風雲ダンゲロス城レベルで理解し、顕在化させているケース。この場合、殺傷度も危険性も大したものにはなりえません。

もう一つは『チュートリアル』という考え方。
デスゲームがどういうものか教える/思い知らしめるため、予選を執り行なっているというパターンです。
その場合、参加者を見せしめ的に殺すような『不意の仕掛け』がどこかに施されているはずです。」

難易度設定「D」という表示が微妙に判断を難しくさせていた。
どちらでもあり得るケースだと。

「一番、怪しいのは扉ですね。開けた瞬間、矢や鉄砲やらが飛んできて嬉々と扉を開けた一番手前の人間を殺すとかいった、トラップタイプ。
多分、能力的に私が対処するのに一番、適しているでしょうから。扉周りは私が担当します。
有間さんは周囲の警戒をお願いします。アナタの観察力は対したものです。なにか『見落とし』がないか、
もう一度みてもらってもいいでしょうか?」

全員、扉の前に揃った時点でシヌオが同様のことを説明する。
(見落としねぇ…。…アレ?)
真陽は、ふと思い至り、プール側に向かい歩き出す。
そして右手のほうに目を向ける。
視線の先、キラリと何かが光ったような気がした。るいなが、追いつきどうしたのですかと問いかける。

シヌヲはゆっくり扉の閂を調べる、鎖の先の錠前には鍵穴などついていなかった。ただ
持ち上げた瞬間、がちゃりと閂を〆る様な音がした。

そして、鋼鉄製の扉自体が物凄い勢いで 『水流』に押し出され、彼に向いはじけ飛んできた。

それでもシヌヲは彼の魔人能力を発動させる余裕は十分にあった。彼の力があればどのような攻撃であれ、いなすことができる。

いや、 できた、はずなのだが、

―それは閂を絞める音―
ふと見ると
引いた鎖の先の輪が腕輪のように自分の手首と繋がっていた。つまり…

(こいつは、うっちゃり。。。
   →→→ // // // //
         →→→ できませんな。。。いやー失敗。→)

鋼鉄の扉という栓が抜けると同時に大量の熱湯が壁の向こうから押し出てくる。
その水流に鋼鉄の扉は弾き跳び、勢いよくプールの中央付近までとんだ。

シヌヲは引きづられるように熱湯にダイビングする、そして、そのまま鋼鉄の重りと共に底へと沈んでいった。

栓が抜けると同時、一斉に部屋上層の壁に穴が開き、大量の熱湯をプールに降り注ぎ始める。
圧倒的物量の熱湯雨が床と水面を叩き、部屋全体に猛烈な湯気が立ち込め、
一人を抱いて熱水流を回避した丈太郎の視界を奪っていく。

タイミングぎりぎりだった。
もし 扉から来た最初の水鉄砲、熱湯の奔流が『右方向にずれて』いかなければ、
プールに叩き込まれていたかもしれない。
そうなれば丈太郎はともかく山乃端一人はただではすまなかったはずだ。

そして

――水位があがっておる!?

湯気で更に視界が埋まる。EXITと書かれた偽りの出口が轟轟と音を立てる中、

「丈ちゃん、ひとりちゃん!!!

『正解』はこっちっす!!!!!!」

有間真陽の声が耳に響いた。その声に向かい、丈太郎は跳んだ。
――――――――――――――――――――――


  扉
‐↡ーーーー
❔ ✖ 〇
✖ 〇 〇
✖ 〇 ✖
ーーーー

光の反射を感じた瞬間、真陽は左上の石に飛び乗った。
予感というか、作為的なもの、一種の不自然さをその場所に感じとったからだ。

この場所は配置の関係上、向こう岸にゴールしてから、一度戻らないと飛び移ることのない、
つまり訪れる必然性のない場所となっている。
だが実は逆にそこが本当の脱出路、ゴールへのルートだったのだ。
真陽がそこで見つけたのは

ガラスの階段(、、、、、、)
湯気と周辺の色彩に溶け込んでおり、遠目での視認は不可能だった不可視の階段がそこにあった。
それが螺旋を描き、天高く伸びていっていたのだった。


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予選「Lessare」難易度D 攻略時間17分

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扉の栓をぬくと同時に天井で回っていた全ての換気扇も停止していた。
ガラスの階段の頂上からその停止したプロペラの隙間を潜り抜け、彼らは上のフロワーへと這い出る。
だれも言葉がなかった。真陽は後ろを一度だけ振り返った。

有間真陽は『幸運』な人生を歩んでいる人間だ。今までどのような経緯であれ「仲間」を失ったことがなかった。
死遊戯之内シヌヲのいうことは正しかった。彼には的確な判断力と有用な知識もあった。
けれども、彼は死んだ。
むしろ、きちんと自分の役割を果そうとしたが故に「死ぬ役目」ジョーカーを引いたとすらいえた。
もし、彼がいなかったら別の誰かが犠牲になっていただろう。

初めての経験故に、それをどう捉えていいのか彼女にはよくわからなかった。
そして今回のチュートリアルで確認できた、もう一つの事実。
それは他の人間とは違い、山乃端一人は完全な一般人。戦力として数えてはいけないということだ。

つまり…。
彼女の大切な後輩、浅田るいながそんな彼女を不安そうに見遣る。大丈夫だ。今まで通り私は…

「大丈夫っす。かならず”全員”助けるっすよ。」

彼らは薄暗い通路を抜けると『Lessare(D)』と表示された扉を開けた。



◆◆◆ホール。とびきりGUNZYOU凄い奴

扉を括ると見覚えのある大ホールへと繋がっていた。
テーブルや設置設備など大幅に配置換えされていたが、そこはレストラン『Giorni felici』の食堂部分だった。
まばらながらも人の姿もあったが、直接向かうことは出来なかった。
ホールは巨大なアクリルスタンドで6等分に遮断され、行き来を制限されていた。
そして6等分された先、それぞれの外壁に大きめの扉がついていた。そこには自分たちから見て、順に

Lessare(D)

Grigliata(B)

Tagliare(C)

Friggere(E)

Stufare(A)

Cucina(0)

と「扉」頭上に文字が躍っていた。自分たちが潜ってきた扉の上の名前はLessare(D)
「D」は恐らく通告された難易度、そしてLessareはイタリア語で茹でるという意味だ。

「…パスタ…そういうことか…。」
「はい?先輩、」
真陽は思い違いでないか、念のため、るいなに自分たちが同じ種類のパスタを頼んでいたことの確認を取る。
そして一人と丈太郎が何を頼むか悩んでいたかも偶然ではあるが、耳にしていた。

――アマトリチャーナの”赤”と”白”2種類あるの?——うーんどっちにしようか
―――小皿頼んで小分けすれば―――

死んだシヌヲが何を頼んだかは不明だが恐らくパスタ或いは”茹で上げる”料理法の何かだったのだろう。
となると、この6つの扉の先は恐らくは『予選会場』、そして行われていることは…。

「真間さんに、るいなちゃん。無事だったか…はぁ…」
左のほうに 目を移すとアクリル越しに見慣れた同僚の姿があった。
鎌瀬居助だ。アクリル板にもたれかかり、お店の店員女性と一緒に座り込んでいた。

彼のいる仕切り内の扉の表示は「Grigliata(B)」
そして、その少し手前のテーブルには2mを超す大男を中心に4名の男たちが座っていた。
るいなが彼を見て、小さく悲鳴をあげる。
包帯まみれの痛々しい姿だったからだ。真陽はアクリル板越しに話しかける。

「メール届いたっすか?」
「届きました。2分ほど前にですけど。多分同じフロワー内なら通じるって設定見たいです。」

なるほど、脱出するまでは外との接触は絶たれていると。増援は難しいか。
つぎに怪我の様子を確認しようとしたところ、
そんな些末なことよりとでもいうように鎌瀬が言葉を遮り、最重要情報を告げる。

「あの人、『群青日和』です(、、、、、、、、)。」

『生きる伝説』がそこにいる。その言葉に真陽は目をむいた。


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鎌瀬居助の基本的な状況も、基本、真陽たちと一緒だった。

気付いたら別フロワーに、
そして謎の仮面少女からの一方的な通告。
ただ、真陽たちと違ったのは彼らが転移された先が、熱く熱せられた鉄板の上だったということだ。

そして、居合わせた大男、『軍神』群青日和は、10数mの灼熱の鉄板を一瞬で凍らすと次の瞬間には、
拳でたたき割っていた。その後、床下底にあった出口を発見し、今に至る。
わずか3分に満たない圧巻の難易度「B」脱出劇だった。

鎌瀬の怪我は着地した際のやけど自体は大したものでなく、
多くは氷塊をかわしそこねた際の打撲および凍傷でのダメージ、
ようするに「群青日和」由縁のものが8割がただった。だが、彼は、

「あの人は命の恩人です。かわし損ねたのも俺が間抜けだからです。そういう扱いでお願いします。」

そういって沈黙した。有間真陽は、気まずく思いながらも
「鎌瀬くん、彼らがナニ注文したかとか聞き出せるっすか」
と問いかけた。

「うっ」
案の上、鎌瀬は青い顔をして黙り込む。群青日和を直視するのもキツイという態だった。
真近に見た『軍神』の凄まじさに、完全に心が折れてしまっている。ある意味、外傷以上に深刻なダメージだ。

ドン。そんな会話を行った次の瞬間、アクリル板に肉食植物のような花が咲いた。
それは超巨大な手形だった。

「隠すようなことじゃないんで教えるぜ。
俺たちが頼んだのはピザとビールとステーキだ。基本、肉食でね―――他に聞きたいことはあるか?」

(うそ/マジか――まったく気配を感じなかった――)

気づくと3mを超える長身に壁ドン(正確にはアクリル板だが)されていた。
大男は気さくな態度だったが、裏社会の『生きる伝説』を前にして言葉を失う二人。

「やれやれ。で、そこの嬢ちゃん。アンタの名前は?」

大男は、興味なさげに二人から目線を外すと『いい匂いのする(バトル系の)』少女に声をかける。
その目つきの悪い少女の反応は予想以上に剣呑で、返答は酷くぶっきらぼうなものだった。。

「嬢ちゃんじゃなか空渡じゃ。あと―――おんしら―――。
そこのお人ほうたらかして先に進んだんじゃろ。袖すりあうも他生の縁。
同じ釜くったら仲間じゃけん。肩いわず手ぐらいは貸したらんか。ばかもん」

鎌瀬以上の「空気読み人知らず」が存在した。
伝説は改めて学ランの少女を値踏みする。
その数秒間に周囲の体感温度を二十℃以上下げに下げさせた後、彼はあっさり自分の非を認めることにした。

「そいつは悪かった。たまたま”同じグループ”というだけで”同じチーム”という認識はなくてな。
今後は『仲間』として扱う。お前らもそれでいいか。」

親分の決定に部下たちは陽気にYES!SIR!と答えるが、当の丈太郎は溜息を吐いて言葉をつづけた。

「いや謝る相手はワシじゃなかろう。そっちじゃ」

その指先にいる男と顔を見合わせた『軍神』はついに笑いをこらえることができず、爆笑し始め、
鎌瀬はこんな超存在に頭など下げられては自分の胃が持たないと、
絶対やめて下さいね手を合わせるジェスチャーで、自分のお気持ちを通達した。


そこから5分。
Friggere(E)とTagliare(C)の扉がほぼ同時に開く。
開いたのは(E)が若干先だったが、(C)の通路からけたたましい怒声が鳴り響き、一同の注目を集める。

「くそったっれがー!!!どうなってるんだ。これはよー」

険悪で不穏な空気の流入に、和みかけていた空気が一気に緊張し始めた。
現れたのは群青日和ほどの巨躰ではないにしても、2m近い大男だった。

全身擦傷の傷があり血まみれ、
激情ここにあらんというばかりという様子でホールに転がり込んできた。

負傷状態をみてとってのか、中央部分の部屋が空き、店の従業員が医療箱をもって駆けつけてきた。

チーフ、プロシュート・タンジェロだ。
「お客様、御傷大丈夫でしょうか?今治療を―」

「大丈夫だとっ?オマエ…な、くそっ」

鎌瀬の応急処置を終えた女性店員カーネ(コベニ)が腰を上げかけたが、その手を鎌瀬がつかみ
止めていたほうがいいと首を振る。今からだと、より余計な刺激を与えかねない。

Cの予選を潜り抜けた男の名は、 浦戸臥王。
海上を荒れ狂うハリケーンのような男だった。血走った目で目の前のやさ男を睨みつける。

髪を綺麗に撫で揃え、小奇麗で汚れひとつない服装に身を包んでいる
「食卓の騎士」としては当然のたしなみではあったが、それが薄汚れ血まみれとなった男の神経を逆なでた。

「…お前…お前。……。」
「まずは治療を。」

手を広げ、害意のないことを示した後、片膝をつき、礼を取る。
まるでお客様の怒りはすべて受け止めますというような贖罪の聖者を思わせる振る舞いであった。
それを目にした多くの者はタンジェロの心の在り様に心打たれ、我を取り戻すだろう。

だが、

その清廉潔白な態度は逆に浦戸臥王の逆鱗に触れた。

彼は(アンカー)の矛先を収め、それを正しい(アンサー)とする術を既に失った幽霊船。
湧き上がる怒気に促され、左手の義手が不吉なオーラを携え、巨大な錨へと姿を変える。

錨を振り下ろした彼が最後に発した言葉は言葉としてもはや態をなしていなかったが、
―お前のようなやつがいるから―
そんなように聞こえた。

「―――――ぐべ。」

次の瞬間、振り下ろされた彼の怒りは、贖罪を願うタンジェロではなく
彼の脳天へと突き刺さっていた。
そして、浦戸臥王はカエルのげっぷのような不細工な音を立て倒れ、動かなくなった。
疑いようもないレベルで即死だった。

「おきゃくさまーーーー!!!」

絶望をにじませたタンジェロの絶叫だけがフロワーにひびきわたった。

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ああ、これは調整が必要だわ。

困ったモノね。でも、逆にXXXXにとっては丁度いい機会でもある。

ゲームマスター「ヒヤシンス」はそう微笑み、

自身の魔人能力「マスターオブゲーム」を改め、作動させた。さあXXXXを始めましょう。
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うぃん

聞き覚えのある電子音が響き、大ホール中央に画面が開いた

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ガッツだぜ。死霊魔術(ウルトラマジック)
ガッツだぜ。最後列の大英雄(なにわなくとも)
ガッツだぜ。ローマでド根性。

(うら)かいて!デス会でGO!!
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軽快なBGMとともに、
ヴェネツィア・マスクと呼ばれる仮面舞踏会用の仮面をつけた少女が画面に映り込む。
少女はにっこり笑いお辞儀をすると、彼女を見上げる参加者たちに明るく声をかけた。

Piacere!(はじめまして!) 本日晴天デスゲーム日和。
皆さまの来店、心よりお待ちしていました。
それでは定刻より若干早くとなりますが、これよりデスゲーム『本選』を始めたいと思います。

本戦は複数回行われますので、まずはゲーム振興の段取りをご説明させて頂きます。

なお、既にご存知かと思いますが本ゲームでは「参加者の方」が「スタッフ」へ悪意ある攻撃をした場合、
そのまま攻撃が跳ね返される仕様になっています。
当店従業員、スタッフへの攻撃その他妨害行為は慎んでいただけるようお願いいたします。

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有間真陽はCとEの扉が開いた時、あえてそちらに注視せず群青日和がどういう動きを見せるか観察していた。
彼に関する情報を少しでも引き出したいと考えてのことだったのだが
驚くべきことに彼は怒声をあげる浦戸臥王を全く無視し、Eの扉のほうを見続けていた。

ナニがあるのかと、思わず真陽も視線をそちらに向かわせる。
そして、二人はいつのまにか、あらぬ方向に視線をさまよわせていた。
(…!?/…ほぅ。)
これは魔人能力か…『対象』に視線を向けれなくなったことを自覚した真陽は視線を群青日和に戻す。
彼は真陽のほうを見ていた。
そしてちょっとは面白くなってきたなと言わんばかりに、にやりと笑った。

――曲者揃いにもほどがある。

Eの扉より現れたのは、二人の魔人、羅武災故 首武とミルーナ・ミロン。
荘厳美麗、百様玲瓏。この言葉がこれほど似合わしい者はそうはいないという煌びやかな二人であった。
彼らの到着をもって当面の役者は出そろい、新たな局面(ルーレット)が回りだす。

さて、この『死闘遊戯』、詰むや詰まざるか

(後編に続く)

最終更新:2022年03月26日 19:14