卒業式は校舎離れの体育館にて、厳かに行われていた。
同じ中学に通う最上級生125名はこの日を境に義務教育を卒業する。
――これは3年前の物語。
後に希望崎学園の怪物として恐れられる彼女がまだ中学生だった頃の話。
彼女が通っていた都立中学は校舎が建て替えられてまだ新しく、教室ごとにクーラーが設置されており生徒にとって有り難い環境だった。
休み時間になるとはしゃぐ男子、集まる女子。笑い声の絶えない明るい教室。
進級するたびに去る上級生、新たに入る下級生も良い人ばかりだった。
教師も若くてやる気に溢れた人が多く、生徒からの評判が良い。
全てに恵まれていた環境で、彼女は生徒会長としての役目を果たした。
品行方正、文武両道、成績優秀――。
持ち前の美貌と抜群のセンス、そして怠ることのない努力をもってして彼女は常に前へと進み続ける。
「――続きまして、卒業生代表のスピーチです。
卒業生代表、春風飛信子。どうぞ、壇上へお上がりください」
進行役の若い男性教師に名前を呼ばれ、飛信子はゆっくりとパイプ椅子から立ち上がった。
これから卒業する同級生や見送り役の下級生、卒業に立ち会う保護者の方々、そして来賓席のお偉方の視線が一斉に向かう。
飛信子はしっかりとした足取りで体育館を歩きながら、「この学び舎に居られるのもこれで最後なんだな」と感慨深い気持ちになった。
少し目を閉じると、頭に浮かんでくるのは楽しい記憶ばかり。
初めて校舎に訪れた日のこと。
慣れない移動教室であたふたしていた頃のこと。
クラスメイトに背中を押されて生徒会長に立候補した頃のこと。
どれも鮮明に憶えていて、大切な記憶ばかりだ。
常に彼女の傍に居たのは、優しくて格好良くて前向きで強い人ばかりだった。
そんな彼らに憧れを抱き、必死で努力を続けていたからこそ今の自分がここにある。
程なくして飛信子は体育館の壇上で人々を見下ろす形になる。
卒業生、在校生、教師、保護者、来賓席――合わせて300人以上の人の目が、少し前まで生徒会長だった自分を凝視している。
視線を集めるのはとても気持ちいい。気を抜くと頬が緩んでしまいそうになるのを、ぐっと堪えた。
「――みなさん、御卒業おめでとうございます」
飛信子のよく通る声が、マイクを通じて全員に聞こえる大きさとなる。
今日で卒業するということを、まだ信じきれていない。
お世話になった教師やクラスメイトと明日から会えなくなることに、現実味がない。
彼らともっと、勉強していたい。
彼らともっと、××していたい。
人生は反り立つ壁の連続だと、好きな番組から引用して自分に言い聞かせる。
――私が尊敬する彼らなら、どんな試練だって乗り越えられるだろう。
「これからみなさんには、ちょっと殺し合いをしてもらいます」
その言葉に、体育館がしんと静まる。
聞き返したり、訳も分からず野次を飛ばす者は誰も居なかった。
誰もが飛信子の突拍子もない言葉を反芻していた。
程なくして、ベチ、と肉を打つ音が聞こえ始める。
卒業生の誰かが、隣りに座っている生徒を殴った音だった。
それを合図にしたかのように、同じ音があちこちから聞こえはじめる。
卒業生だけではない。教師や来賓席に座る年配の人も同じように、手近に居る人間を無差別に殴りはじめる。
始まったのは秩序のない乱闘騒ぎ。
続けて聞こえてくる怒号や悲鳴、泣き声の合唱で体育館は埋め尽くされた。
それを壇上から眺めるだけになった飛信子は、うっとりとした表情でそれを見つめている。
――なんて美しい光景だろう、と。
ただ誰かに守られているだけだった日々は終わりを告げ、新たなステージの幕が開く。
彼らは試練に挑んでいる。――卒業するために、戦っているのだ。
飛信子は再びマイクを握り、改めて殺し合いにルールを設けることにした。
「ルールその1、ゲームが終了するまで体育館を出ることを禁じます。
ルールその2、最後の1人になるまで殺し合いを続けてもらいます。
ルールその3、最後の1人になった人は自殺してください」
倒れて血を流したまま動かなくなっている生徒や大人の姿が見え始める。
誰も唐突に始まった非日常に異を唱えることなく、飛信子が尊敬していた人々の死体の山が積み上がる。
――あぁ、楽しい。どんなことがあっても前向きに頑張ろうとする人は何者にも代えられない。
瞬く間に体育館はデスゲームの会場へと変貌していた。
それは飛信子にとって、生まれて初めての能力の自覚だった。
平凡な女子中学生を卒業した彼女は、今この時から魔人としての新たな人生を歩もうとしている。
春風飛信子。
デスゲームの開催を宣言することで、参加者にどんなルールをも実現・強制させる能力者。
――能力名、『マスターオブゲーム』。
*
殺し合いは翌朝まで続いた。
半壊した体育館の壁や天井から、木漏れ日のように朝日が差し込んでいる。
最後に生き残ったのは飛信子もよく知る、野球部の2年生だった。
顔もぐちゃぐちゃで全身は傷だらけだったが、彼は勇敢にも戦い抜いた。
――たったひとり、残された体育館で何を思う。
彼は自らの舌を噛み千切ると、他の死体と同じように倒れ伏せた。
卒業式に集った総計358名の死体は、どれも飛信子の見知った顔ばかり。
12時間以上にも及ぶ長い戦いの中で、数え切れないほどのドラマが生まれた。
飛信子は壇上から一睡することなく、それらをずっと眺めていた。
まるで映画のシリーズを一気観するような感覚で、無邪気に。
「これにて卒業生代表のスピーチを終わりまーす☆」
本来の進行役が居なくなった卒業式を、飛信子は一言で締めくくった。
その言葉がマイクを通じて体育館に虚しく響く。
卒業式はデスゲームの中でも最も救いのない、全滅という形で幕を閉じた。
――だが、命は燃え尽きる最期の一瞬で輝くという。
ならば等しく終わりを迎えた体育館の人々の死は、決して無駄では無いのだ。
ぎぃ、と血飛沫で錆びついた体育館の扉が開く。
飛信子はその音に一瞬驚いたが、その音の主が入ってくるのをじっと待つことにした。
新たなゲームの挑戦者だ。
「すみません、卒業式の会場はこちらでよろしいでしょうか?」
彼は体育館に積み上がった死体の山には目もくれず、大声で飛信子に向かって呼びかけていた。
偶然通りがかった目撃者、というわけでは無さそうだ。
「従兄弟の息子が卒業を迎えると聞いていたのですが。
仕事が予想以上に長引いてしまい、到着が遅くなってしまいました。
……まだ、終わっていませんよね?」
身振り手振りを交えながら、燕尾服を着た青年は飛信子にも負けず劣らずの無邪気さで問いかけてくる。
やがて彼は視線を少し落とすと、「あぁ」と短く嘆息した。
「随分変わった催しが行われていたみたいですね。――わたくしも参加させていただいて、よろしいですか?」
卒業生以下358名を巻き込んだ無差別デスゲームの惨状をあっさりと受け止め、あまつさえ参加の申し出まで。
どうやら、飛信子と彼は似た者同士のようだった。
「あなたもゲームの参加希望なのね。卒業式はさっき終わったばかりだけど……」
「ゲーム、ですか。わたくしも好きですよ、そういうの。――例えば、こういうものとか」
そう言って、彼はビジネスバッグから1枚の板のようなものを取り出した。
流石に両目視力1.5の飛信子と言えども、100メートル以上は離れた場所からそれが何であるか判別することは難しかった。
壇上から飛び降りると、死体を踏みつけながら彼の元へと近寄る。
「あぁ、すみません。……あまりお手間はかけさせないつもりでしたが」
彼もゆっくりとした足取りで体育館の中を突き進み、ふたりは体育館の中央で向かい合う形となった。
近くで見ると、彼はとても目鼻立ちの整った好青年だった。
燕尾服を着たその姿はまるで月9ドラマに出てくる若い執事のようだ。
彼は再びビジネスバッグから板を取り出す。
それは、至って普通のオセロ盤だった。
「何でこんなものを……?」
「いやぁ、わたくしゲームが大好きなので。楽しいですよ、こういうのも」
そう言って、彼はクスクスと笑う。
バッグの中にオセロ盤を入れて持ち運ぶ趣味はあまり理解出来なかったが、それはともかくオセロ自体には飛信子も興味を示した。
デスゲームのみならず多くのゲームに造詣が深い飛信子は、当然オセロの必勝法もよく理解している。
オセロとは、縦8マス横8マスの盤上に交互に石を並べ、最終的に多くの石を並べた方が勝ちというシンプルなゲームだ。
置いた石によって自分の石が敵の石を挟んだ場合、それをひっくり返して自分の石にすることが出来る。
――と、基本的なルールは確認するまでも無いだろう。
トランプゲームのようにハウスルールが充実しているわけでもなく、全国で同じように遊ばれているゲームなのだから。
一方でオセロは実力差が如実に現れるゲームだ。
一般的に「四隅の角を取れば勝てる」と言われがちだが、その角を取らせないように立ち回る駆け引きも重要となる。
また、場合によっては角を譲ることで優勢を死守する戦法も存在するため、常に盤上を冷静に見極める必要がある。
誰でも遊べるルールだからこそ、奥は深い。
また、盤上は64マスと偶数であるため、実力が拮抗している場合は引き分けになりやすいゲームでもある。
その際に勝敗を決めるルールが充実しているのもオセロの面白いところだ。
単純に先手後手を入れ替えて仕切り直しになるもの――これは時間がかかりすぎるため、あまり採用されない。
基本的に後手有利のゲームなので、引き分けの場合は後手の勝ちとする場合もある。
最初にシェイクして伏せられた石の表裏を当てられたほうが勝ち、なんてルールが公式大会でも採用されている。
「……いいわ。今から互いの命を賭けて、このオセロで勝負しましょう☆」
「はい。お手柔らかにお願いしますね」
飛信子は近くに居た在校生の死体を引きずって一定のスペースを確保し、そこに座り込んだ。
血の匂いが充満するアブノーマルな空間ではあるが、それに不満を唱える者はここに居ない。
オセロ盤が赤黒く染まった床面に敷かれると、自分の石が32個ずつ配られた。
「わたくしが持ち込んだゲームなので、先手後手の決定権および引き分けの場合のルールはあなたに委ねましょう」
「そうなの? ――じゃあ、アンフェアなゲームになっちゃうわね☆」
飛信子は既に目の前の相手を殺すことだけを考えている。
――故に、後手の有利も引き分けの敗北にも忖度を働かせるつもりは無かった。
デスゲームに生ぬるい情けは必要ない。
「じゃあ、私は後手を貰うわね。引き分けの場合は無条件で私の勝ち。勝者は敗者を殺す権利を得る。――いい?」
「承知致しました」
彼は表情を崩すこと無く、一方的に不利なルールを快諾する。
そこまでしなくとも、実力差がハッキリしていれば飛信子の勝ちは揺るがないのだが。
あくまで机上の空論だが、オセロは相手の石を全て獲った時点で勝ちが決まる。
先攻なら9手、後攻なら10手で決着をつけることが可能だ。
その手順は当然、飛信子の頭の中にしっかり入っている。
「では、わたくしから」
上下左右対称に並べられた4枚の石に隣接させるようにして、黒い石が打たれた。
先手は黒い石を、後手は白い石を自分の色とするのが公式ルールだ。
既に置いてある石の隣にあるマスにしか打てないというルールの性質上、流石に序盤の打ち方で差がつくことはない。
しばらくは、平凡な打ち合いが続く。
「あらあら、ここに打つのは悪手じゃないかしら?」
「おや――これは一本取られましたね」
そんな風に軽口を叩きながら、ゲームは進行していく。
これが命の賭けたデスゲームでなければ――あるいは、血に染まった体育館での出来事でなければ、微笑ましいやり取りだったかもしれない。
だが、飛信子は一切緊張することは無かった。
「……あなた、あんまりオセロ強くないんじゃない?」
「そうかもしれませんね」
最初は相手の型が分からず悩みながら打っていた飛信子だったが、それも杞憂だった。
盤上は明らかに白色が多く、早くも中盤に差し掛かっている。
全獲りこそ成立しなかったものの、実力差はハッキリついているようだった。
――楽しみだ。彼の涼しい顔が、死を前にしてどう変わっていくのか。
飛信子の勝ちは揺るがない。後はどうやって苦しめるか、それだけ考えていればいい。
「ふふふ……☆」
「おや、もう笑っていられるなんて、気が早い方ですね」
そう言う彼も、ずっと薄い笑みを浮かべていた。
まるで三流の営業マンかペテン師のように、初めて会ったときから愛想笑いを絶やさない男。
何を考えているか、まるで読めない。
彼は次の1手を指した。
もっと返せる手はあるはずなのに、それを無視するようにして彼は不利な状況を守ろうとしている。
だが、防戦一方ではオセロに勝つことは出来ない。
計算すればすぐに分かる。これから一気にひっくり返すつもりでも、もう間に合うことは無いのだ。
――なんて、哀れな人だろう。ゲームが弱いという理由だけで、死ぬなんて。
「では、次はあなたの番ですよ」
彼に言われるがまま、盤上に目を落とす。
もはやどこに打っても勝ちなのだから、適当に打ってもいいだろう。
適当に。
適当に。
適当に……?
「…………え?」
――自分が次に指せる場所が、どこにも見当たらない。
何かの間違いかと思って何度も凝視してみたが、やはり見間違いでは無かった。
オセロはルール上、相手の石を1枚以上ひっくり返せる場所でなければ自分の石を置くことが出来ない。
つまり、自分の石が多すぎたり少なすぎたりする場合、どこにも置けないという状況が発生する。
――完全に盲点だった。
「どうされましたか? あなたの番ですよ」
白々しく、彼が心配そうに聞いてくる。
どこにも置けなくなった場合、パスを宣言して相手の番にしなければならない。
「……どこにも置けないじゃない。パスよ」
「おやおや、それは気の毒に。それではもう一度、わたくしの番ですね」
パチンと音を立てて、新たな黒い石が置かれる。
それは飛信子が真っ先に置くと思っていた、1列全てをひっくり返せる場所だった。
あっという間に黒い列が盤上に引かれる。
「…………あ、あぁ」
思わず飛信子の口から情けない声が漏れる。
その列が生まれたことで、飛信子の状況は何ら変わりない。
彼の石をひっくり返せる場所は、どこにも無い。
飛信子は消え入りそうな声で再び「パス」と呟くしかなかった。
「人生はオセロに似ていますね。最初に取りすぎると、何も取れなくなってしまう」
彼は表情を一切崩すこと無く、淡々と次の石を打っていく。
自分の命が奪われる瞬間を、ただ見ていることしか出来なかった。
――彼は血に染まった体育館を見渡してから、飛信子を真っ直ぐに見据える。
「次は、わたくしが取り返す番です」
決してまぐれや奇跡ではない。
彼は最初からこの状況が生まれることを計算して打っていた。
実力差は圧倒的だった。それを見誤った飛信子の完全敗北だ。
「…………参りました」
それからはワンサイドゲームだった。
両者が打てなくなった時点で、盤上にある自分の石を数えて勝敗は決まる。
わざわざ数えるまでもなく、飛信子の敗北によってゲームは終了していた。
そして――勝者は敗者を殺す権利を得る。
もはや用済みとなったオセロ盤を蹴飛ばすようにして、彼は飛信子に詰め寄る。
彼は首元に両手を伸ばすと、飛信子の気管をじわじわと狭めていく。
息が苦しくなって、その瞬間、飛信子は「殺されたくない」と強く思った。
「ま、待って! ここは見逃してくれないかしら。
従兄弟の息子さんを殺したことは謝るし、従兄弟さんも参加していたならそれも――」
目頭に涙を浮かべながら、情けなく命乞いをするしかなかった。
変わらない表情から彼の動機はおそらくこれだろう、と思った言葉を全て口にしながら。
だが、彼はキョトンと首をかしげるばかりだった。
「従兄弟……? あぁ、そんなことも言っていましたね。あれ、全部嘘ですが」
「じゃ、じゃあ、どうして私を――!」
「あなたと同じですよ。楽しいから、自分の意志でやっているだけです」
狂っている――そう表現する他ない。
全身の血の気が引いていくのを感じながら、何とか次の言葉を見つけようとする。
何か――逆転の1手は存在しないのか。
「お、同じだっていうなら、きっと私たち良いパートナーになれるわ!
ここで出会えたのも何かの縁よ。手を組めば、もっと楽しいことが出来るかもしれない」
「ふむ……」
彼は何かを考え込むように空を見上げると、喉を締め付けていた手をパッと離す。
ゲホゲホと喘ぎながら、飛信子は生きていることに感謝した。
生きてさえいれば、次のゲームを始めることが出来る。
今はまだ難しいかもしれないが、彼をゲームで下すことが出来れば――見返すことは可能だろう。
まずは経験が必要だ。才能や努力は後で考える。
今までずっとそうやってきたじゃないか。
ゲームの勝敗は彼の見逃しにより、引き分けとみなされ次へと持ち越された。
狂った者同士が睨み合い、やがて手が差し伸べられる。
「わたくしは祓と申します。――あなたのお名前を聞いてもよろしいですか?」
「……春風飛信子。またの名を、ヒヤシンスよ」
さっきまで自分を殺そうとしていたとは思えない真っ直ぐな瞳で覗かれ、飛信子は思わず目をそらしながら答えた。
ヒヤシンスの花言葉は『ゲーム』『スポーツ』『遊び』、または『悲しみを超えた愛』。
咲かせる花の色によって花言葉が異なるのも特徴で、黄色いヒヤシンスの花言葉は『勝負』。
――かつて大量の血を浴びながら咲いたとされる、悲劇の花。
飛信子の名前でもあるこの花が、丁度今の情景と重なる。
「では、ヒヤシンス様。あなたをこれから、もっと素敵なゲームの世界へご招待しましょう」
――これは3年前の物語。
後に今井商事の営業担当として裏世界に名を馳せる男、祓卓成と出会い、師弟の契りを交わした奇妙な日。
平凡な女子中学生だった春風飛信子は能力に目覚め、世界の広さを知ることになる。
騙し合い、奪い合い、それも愛。
飛信子は本当のデスゲームを研究するため、希望崎学園へ進学した。
この学園を卒業する頃には、彼をゲームで殺せるようになっていると信じて。
1通の招待状と共に、ライアーゲームは幕を開ける。
*
「この学園、ゲーム研究会多すぎじゃろ……」
部活動一覧が載ったペラ紙を一瞥して、少女はぼそりと呟いた。
決して小柄ではないが、制服の上から明らかに採寸の合っていないダボダボの学ランを羽織っており、外見上は愛らしさと異質さを同時に振り撒いていた。
負けん気が強く、喧嘩することばかり考えているので目つきの悪い少女だった。
ここは魔人学園、希望崎。
東京湾に浮かぶ人工島が丸々敷地になっているという、金持ちの道楽としか思えない超巨大高校である。
恵まれた敷地とは裏腹に、学園に関する良くない噂は絶えない。
世間で厄介とされている特殊能力者――魔人が全校生徒の大半を占めており、学園自治法に基づき彼らの行いは全て秘匿されている。
内地と学園を繋ぐ橋の前にある『この先、DANGEROUS!! 命の保証なし』と書かれた看板が、この学園の正当な評価と言えよう。
そんな危険極まりない学園の3学期も始まるという変な時期に、ひとりの女子生徒が転入してきた。
自分を救ってくれた背中を追って覚えたたどたどしい広島弁訛りで話す少女は、名を空渡丈太郎と言う。
彼女がこれから短い時期を過ごす2年H組において、他の個性的なクラスメイトにも負けないぐらい目立つ名前だった。
「VRゲーム研究会、ボードゲーム研究会、テーブルトークゲーム研究会にシーソーゲーム研究会……何でもありか」
今や1学年が200人を超えることも珍しくなくなったこの学園では、部や同好会の乱立が著しい。
その背景には部活動の参加者を優遇とする、ある校則の存在があるのだが、まだ転入したばかりの丈太郎は知る由もなかった。
11年前、学園内で魔人と非魔人(能力者ではない一般人を指す)の隔たりが酷かった頃は、魔人は魔人用の部にしか入れなかったという。
度重なる校則変更によってそのような制度が完全撤廃された結果、魔人と非魔人が入り乱れるカオスな部活動が楽しめるようになっていた。
「デスゲーム研究会……ぶち物騒な名前じゃあ」
出来れば喧嘩上等部のようにド直球ストレートな部があれば是非体験入部したい気持ちがあったのだが、そう都合よくあるはずもなく。
丈太郎がこの学園に求めることは1つだけ。
「……ここなら、オレを『漢』にしてくれるじゃろうか」
幼い頃、自分を暴走トラックから助けてくれたあの人に負けないぐらい、強い漢になりたい。
そのために丈太郎は挑み続ける。
たとえその先に、修羅だけが待っていたとしても。
*
不吉なほど赤く染まった校舎。
夕暮れの渡り廊下は不思議と気分を高揚させる侘しさを湛えていた。
期待していたものが、ここにはありそうだ。
出来たばかりの学友にデスゲーム研究会のことを話すと、そこには人でなしの怪物が棲んでいるという情報を教えてもらった。
入学前に殺した人数は100人を超えるという規格外のエピソードや、学園に来てからも隙あらばデスゲームを開催しようとしていたこと。
挙句の果てに立ち寄る人の少ない旧校舎に幽閉されているというのだから、ますます面白い。
魔人さえも恐れる大魔人――というわけだ。
研究会というからには1人でやっているわけではないのだろう。
ビラ紙によると彼らは旧校舎の第4準備室を根城にしているらしい。
「たのもー!」
横開きの錆びついたドアをノックもせず開け放つ。
教室の中で冷やされていた風が丈太郎の頬を撫でるように通り抜けていった。
しかし、そこはもぬけの殻だった。
どうやら丁度留守にしているところだったらしい。
「……誰も居らんのか、つまらん」
体験入部――もとい、体験入会はまた後日でもいいだろう。
すっかり白けた気持ちで背後を振り返ろうとすると、遠くからタッタッタッと廊下を走る足音が聞こえてくる。
――全身を黒い衣装で覆った小柄な人影が、すごい勢いでこちらへと向かってくる音だった。
「な、なんじゃ……!?」
目的も敵意すらも不明なソレは、薄暗い廊下をジグザグ走行で走り抜け、丈太郎が本気で身構えるよりも先に行動を移す。
手に持った木製バットを地面に突き刺すと、彼は棒高跳びの要領で高く跳躍した。
あっという間に丈太郎の背丈の倍近くある高度まで上昇すると、バットを両手で構え直し、丈太郎を狙いすまして勢いよく振り下ろす。
――バコーン!
頭のてっぺんから足の爪先にまで響くような衝撃。
魔人でなければ頭蓋が割れていてもおかしくない鈍痛を受けながら、丈太郎は為す術もなく倒れ伏せた。
*
「…………ハッ!」
目を覚ますと、丈太郎は教室の真ん中で椅子に座らされていた。
ここは旧校舎の既に使われていない部屋なのか、他の机や椅子は撤去されている開けた空間だった。
黒板には白いチョークで幅いっぱいに『ようこそ、デス研へ』と殴り書きされている。
慌てて窓を見ると夕陽も沈み、外は暗くなっていた。
1時間、いや2時間は経っているだろうか。
まだ頭がズキズキと痛む。気分は最悪だ。
「お目覚めのようですな、はっはっは」
教室のドアを開けて、筋肉質の学ラン男子生徒が入ってきた。
彼は芝居がかった所作で黒板の前に立つと、メガネをくいっと持ち上げながら台詞を続ける。
「入部希望の生徒なんて久しぶりだったので、手厚く歓迎させていただきましたよ、はっはっは」
言葉の最後に作り笑いを浮かべるのが癖になっているらしい。
鼻につく奴だ、と思いながら丈太郎は反論する。
「手厚く? 手荒くの間違いではないか? というかここ、部じゃなくて研究会じゃろ」
「細かいことはいいじゃないですか、はっはっは」
全く意に介した様子も見せず、彼はその指摘を笑い飛ばした。
学ランのポケットからスマホのようなものを取り出すと、誰かに向かって短くメッセージを飛ばす。
しばらくして、教室に備え付けられたモニターの電源が入り、丈太郎もよく知る一昔前のJ-POPをBGMとして仮面を被った女子生徒が現れた。
仮面には妙に生理的嫌悪感を煽るような歪んだ人間の表情が刻まれている。
『ようこそ、入部希望の丈太郎ちゃん☆ 私はゲームマスターのヒヤシンスよ☆
あなたにはこれから、突然ですがデスゲームに参加してもらいます☆』
――デスゲーム研究会会長、春風飛信子。
こんな酔狂なことを言い出すのは彼女で間違いないだろう。
仮面の裏からでもよく通る声で、彼女は挨拶もそこそこに本題を切り出した。
そこでようやく、丈太郎はここまでの事態に合点がいった。これは入部――もとい、入会希望者へのレクリエーションだったのだ。
デス研、なかなか手が込んだことをしてくれるじゃないか。
「ちゃん付けはやめてもらおうか。……して、目の前の男を倒せばいいのじゃな?」
『飲み込みが早くて助かるわね☆ でもでも、あなたは見たところ強そうだし、少し特別なルールを設けさせてもらうわ☆』
その言葉を合図にして、丈太郎の手にスマホが握らされる。
横に目線を移すと、そこには黒衣の服で全身を覆った小柄な少年が立っていた。
「おどれ、あの時の……!?」
忘れるはずもない、有無も言わさずバットで丈太郎の頭を一発殴った彼だった。
彼もまた、やはりではあるが、デスゲーム研究会の一員らしい。
「…………スマホ、あなた、命」
今にも消え入りそうな声で、彼はスマホを指差しながら説明をはじめる。
――その外見から身体のラインや顔つきは分からなかったが、甘く舌っ足らずな声質から女子生徒らしいことが判明した。
「…………このスマホ、充電、切れるとき、ゲームオーバー」
彼女に言われるままスマホのディスプレイを立ち上げると、右上のバッテリーには15%と表示されていた。
制限時間の代わりに、デスゲームの時間を刻むのはスマホの不可逆なバッテリーというわけだ。
実に現代的で分かりやすい。
『ちなみに画面の明るさを落としたり、機内モードにしたり、バッテリーを延命する系の機能は制限してるから小細工は無しよ☆
電源を切っても私には分かるし、その瞬間に敗北が決まるから気をつけてね』
とりあえず抜け穴を探そうとする丈太郎の心を読んだように飛信子は釘を刺した。
接続端子も市販のものとは明らかに異なるため、仮に充電ケーブルを持ち込んでもズルは出来無さそうだ。
飛信子は声色ひとつ変えずにルール説明を開始する。
『ルールその1、ゲームが終わるまで教室を出るのは禁止。
ルールその2、スマホの充電が切れる前に彼を倒すことが出来たらあなたの勝ち。逆に倒されたらあなたの負け。
ルールその3、決着が着く前にスマホの充電が切れたら両者敗北とする。
ルールその4、互いに攻撃できるのは自分のターンのみ。
ルールその5、敗北者には恐ろしい罰ゲームが課される。
――黒子、例のアプリを立ち上げてもらえるかしら☆』
「…………はい、ヒヤシンス様」
黒子と呼ばれた少女は、丈太郎に持たせたスマホを操作し、画面を切り替える。
やがて青い背景に黒い文字で『防御ターン』と表示された。
「今回は僕の先攻のようですな、はっはっは」
筋肉質の彼も同じようにスマホを握っており、その画面には赤い背景で『攻撃ターン』と表示されていた。
『ターンは2分ごとに切り替わるわ。相手を倒せるのは攻撃ターンの間だけ。
大体3ターンぐらいで決着をつける気持ちで臨まないと、すぐに充電が切れちゃうぞ☆』
「ちなみに、防御ターンに攻撃しようとしたら、どうなるんじゃ?」
『実際にやってみたら分かるわ☆ 反則負けにはならないから安心してね』
その言葉を聞いて、丈太郎はとりあえず椅子から立ち上がる。
黒子は「がんばって」と短く告げると、教室の隅に引っ込んだ。
まだ名前も知らない彼と向かい合う形となる。
ただの喧嘩なら丈太郎が負ける筋は無い。
「デス研心得、女子供にも手は抜かず――いざ、参りましょう!」
「オレをただの女扱いするなら、後悔することになるじゃろうな――!」
互いに啖呵を切って、夜の教室を舞台とした小さなデスゲームは始まる。
――第1ターン先攻、『男』の攻撃。
「まずは小手調べと行きましょうか、はっはっは」
彼は鍛え上げた肉体を駆使して、唸るような右ストレートパンチを繰り出す。
その余波で教室の床がめくれ上がり、実像よりも巨大な一撃となって丈太郎に襲いかかった。
「なるほど、見た目通りのイカした漢じゃ――相手にとって、不足なしッ!」
しかし、歴戦の魔人たる丈太郎に生半可な攻撃は通用しない。
学ランの裾から鉄製チェーンを勢いよく伸ばすと、ヘビのようにしなやかな動きで彼の右腕に巻き付き、その一撃をガッチリと受け止めた。
「ほほう……チェーンを武器にする魔人ですか、面白いですねぇ、はっはっは」
「それだけでは無いがなァ!」
丈太郎は紐状のものを自在に操る能力者である。
このままチェーンを締め上げて彼にダメージを与えることも――。
「……なんじゃッ!?」
次の瞬間、チェーンは丈太郎の意志を無視するようにして裾の内側へと戻っていく。
まるで自分の能力まで第三者に操られているような、強烈な気持ち悪さに襲われた。
「今は僕の攻撃ターンなので、あなたの攻撃は許されてませんね、はっはっは」
「むぅ……厄介じゃけぇ」
どうやら防御ターンに攻撃しようとした場合、攻撃は強制的に中断されるらしい。
――これが飛信子の持っている、いかなるルールでも参加者に強要させる魔人能力というわけか。
言動こそふざけた相手だが、能力の強さは桁違いだ。
もしも彼女がその気になっていれば、丈太郎はとっくに死んでいただろう。
丈太郎はもどかしい気持ちになりながらも、一進一退の攻防を制していく。
目の前に居る男の喧嘩術は一般人にとってはそれなりに脅威だが、丈太郎にとっては容易な相手だ。
しかし、2分間をこんなに長く感じたことは無い。
丈太郎がチェーンをフル活用して防御に徹していると、彼は攻撃の手をピタリと止めた。
「そろそろ、時間のようですな、はっはっは」
「おどれが立っていられる時間も、あと僅かよのう」
「それは恐ろしいですなぁ、はっはっは」
彼は身を翻すと、戦いを放棄するようにその場から逃げ出す。
「なッ――どこへ行くんじゃ!?」
当然教室から出ることはルールで禁じられている。
一瞬、彼は飛信子の能力の影響を受けていないのではないかとも勘繰ったが、それは杞憂だった。
彼が向かった先は――どの教室にも備え付けられている、掃除用具を入れるためのロッカーだ。
教室のロッカーはラブコメ漫画やホラー漫画においても、何故か大人がすっぽり収まる大きさになっていることの方が多い。
この教室のロッカーもその例に漏れず、筋肉質の彼を収納すると、バタンと音を立てて扉が閉まる。
あまりに大胆な奇行に、丈太郎は阻止する術も無かった。
ピッという電子音と共に、ディスプレイの表示が切り替わる。
――第1ターン後攻、丈太郎の攻撃。
「何をしでかすかと思うたが……こんな小細工、オレの拳には通用せんわ!」
ロッカーに立て籠もった彼に、容赦ない正拳突きのラッシュを繰り出す。
ドコドコドコドコと大きな音を立てて、内側まで響くような重い拳が鉄製の扉を襲う。
しかし、ロッカーは歪むどころか傷ひとつ付いていなかった。
「か、硬いっ……!」
「随分と貧弱なパンチですねぇ、はっはっは」
「ぬかしおるわ――!!」
煽られるとすぐに頭に血が上ってしまう丈太郎だったが、冷静になって振り上げた拳をピタリと止める。
――如何に硬い材質の扉であれ、内側から凹まないように押さえているとしても、彼がここまで平然と振る舞えるわけがない。
彼にはこの壁が突破されないという、絶対の自信を持っているのだ。
もしやと思ってロッカーの扉を普通に引こうとしたが、ボンドで固められたように全く動かせなくなっている。
「……おどれ、壁を強化する能力者じゃったか」
どうして今回のゲームが純粋なタイマンではなく、ターン制の変則勝負だったのか。
あえて時間制限を設けて『引き分け』になることを想定し、両者敗北というルールを設けたのは何故か。
――回りくどいギミックの数々は、防御に特化した彼の能力を活かすためにあったのだ。
「この壁を壊せなければ……オレの負けというわけか」
『その通り! あなたの持っている力の全てで、この反り立つ壁を超えてみせてちょうだい☆』
テレビから興奮気味にまくしたてる会長の声が聞こえる。
しかし、丈太郎の最大火力は正拳突きだ。
それをあっさり受け止めるほど硬化したロッカーを果たして壊す術があるのだろうか。
――いや、まだ第1ターンだ。じっくり考えればいい。
何も思いつかないまま、無情にも時間切れを報せる電子音が鳴り響き、ターンが切り替わる。
――第2ターン先攻、『男』の攻撃。
「僕は引き続きここに立て篭もらせていただきますね、はっはっは」
ロッカーに隠れるのを何らかの方法で阻止されるのを恐れてか、彼はその場を動こうとしなかった。
――攻撃ターンに攻撃しなければならないというルールもない。立派な戦術のひとつだ。
いずれにせよ、第3ターンが終わるまでに壁が壊せなければ彼と丈太郎の共倒れが決まるのだから。
「そういえば、僕はまだ名乗っていませんでしたね。
――デス研所属2年生、石壁創郎ですよ、はっはっは」
「まんまじゃな……」
魔人は自身の妄想が能力になりやすいという性質上、名前にちなんだ能力を持っていることも珍しくはない。
その場合、能力がバレることを恐れて名前を隠したり偽名を使ったりするのだが、彼はその筆頭と言えるだろう。
事前に彼の名前を知っていれば、対策の講じようはいくらでもあった。
「敵ながらあっぱれじゃよ、おどれ」
「それは光栄ですね、はっはっは」
丈太郎は既に気持ちが負けそうになっているのを必死に抑えるので精一杯だった。
だが、飛信子にとってはこの状況こそ真の始まりであり、これをどのような手段で超えてみせるのか、試しているのだろう。
――決して壊すことの出来ない、高い高い壁。
――だが、果たして壊すことだけにこだわる必要はあるだろうか。
――有名な『北風と太陽』の話にもあるように、自ら出たくなるような状況を作り出せれば。
しかし、丈太郎の能力でそれが出来るだろうか。
「そろそろあなたのターンになりますね。答えは出ましたか、はっはっは」
「――今、思いついたところじゃよ」
口数の減らないロッカーを睨みつけながら、丈太郎は低い声で応えた。
ターン終了を報せる電子音が鳴り響く。
――第2ターン後攻、丈太郎の攻撃。
「さぁ――助けが来たぞ、しっかり掴めよ!」
頭の中で戦術を組み立てると、仰々しい台詞と共に能力を発動する。
丈太郎は過去未来において一度でも縁のあるロープを呼び出すことが出来る魔人だ。
――その手に握っているのは、救命ロープ。
丈太郎が水難事故に遭う未来は確定したようなものだ。
救命ロープをロッカーの外側に巻きつけて、丈太郎はガッチリと握りしめた。
呼び出したロープは、ロープ自体が持っている性質を一度だけ強化させることが出来る。
たとえば救命ロープの『掴む』という性質を強化することで、決してほどけることは無くなる。
――だが、それでも足りない。
「いくらあなたが馬鹿力の持ち主でも、150Kgはくだらないロッカーを外側からどうこうするのは難しいでしょうな、はっはっは」
「……分かっとるよ」
1本のロープで出来るのはこれが限界だろう。
――だが、ロープが3本あったとしたら。
――『掴む』『引っ張る』『振り回す』という3種の強化された性質が相互作用する特別なロープであれば。
「ちと乱暴になるぞ、しっかり掴んでおれよ――!!」
「ま、まさかあなた……正気ですか!?」
ぐいっと丈太郎がロープを引っ張ると、メリメリメリと鈍い音を立てながら、重たいロッカーが遂に動き出す。
重力を失ったロッカーが冗談のように引きずられ、丈太郎を中心として回転を始める。
教室中のあらゆる壁や備品を壊しながら、地獄のメリーゴーラウンドと化していた。
「あばばばばばッ――!?」
ロッカーごと縛られて身動きの取れなくなった彼の悲鳴が聞こえる。
あの時丈太郎が呼び出したロープは1本ではなく、同時に3本だった。
それを三編みの要領で束ねてから、性質を強化する。
――3本の矢が折れづらいとは、よく言ったものだ。
「そろそろ頃合いじゃな」
やりすぎて本当に殺してしまってはいけないので、程よいところでロープをほどく。
使い終わったロープは本来の持ち主のところへと戻るため、教室に残ることは無かった。
激しくシェイクされ横倒しになったロッカーの扉が開け放たれる。
中から現れたのは、泡を吹いて倒れる創郎の姿だった。
「これは大したものですな、ぶくぶくぶく……」
果たして頭脳戦と呼べるほど上等なものではなかったが、壁は自らの意志で瓦解した。
「これで満足か、デス研会長?」
『えぇ。あなたの強さは十分に伝わったわ☆』
ゲームマスターは画面越しに拍手を叩いていた。
ピッと電子音がして、第3ターンの始まりを告げる。
『――でも、これで終わりじゃないのよね☆』
「……は?」
――第3ターン先攻、『???』の攻撃。
まさかと思い背後を振り返ると、そこにはいつかと同じように木製バットを最上段で構える黒子の姿があった。
『倒すべき相手が1人だけとは言っていないぞ☆』
「そんなん考慮しとらん……!」
丈太郎が防御する間もなく、無慈悲にもその一撃は繰り出される。
ドゴッと大きな音を立てて、デスゲームは終了した。
*
柔らかなソファーで再び目を覚ますと、そこは教室ではなく調度品の整った小狭い部屋だった。
多種多様な仮面や機械類、何に使うか分からない木材や金属製の組み立て式パーツが雑多に置かれている。
おそらくここが本来の部室(会室?)、第4準備室なのだろう。
「今回のゲームは黒子のひとり勝ちね☆ おめでとう☆」
「…………黒子、負けない。誰にも」
ふと視線を上げると、そこには仮面を外した飛信子の姿と、相変わらず全身を黒衣に包んでいる黒子の姿があった。
彼女らは丈太郎と机を挟んで向かい合ったソファーに座り、仲良さそうに談笑していたようだった。
「如何にもスタッフ然としたおどれがゲームに介入してくるのは反則ではないか……」
ズキズキと痛む頭を押さえながら、開口一番に出てくるのはそんな恨み節。
歌舞伎に出てくる黒子のように無害な存在かとほんの一瞬でも思った自分自身が恨めしい。
――それすらも、彼女の計算の内だったのか。デス研やはり侮りがたし。
「…………油断、禁物。黒子、はじめから、命狙ってた」
「殺すつもりじゃったんか!?」
おとなしい口調でサラリととんでもないことを口走る彼女にショックを受けていると、飛信子は隣で楽しそうに笑っていた。
仮面を外した飛信子は旧校舎の怪物という悪評に似つかわしくない、びっくりするほど美少女といった顔つきをしている。
「丈太郎ちゃんもよく頑張ったわね☆ 貴女ほど強くて前向きな人なら、デス研への入部も大歓迎よ☆」
「その気持ちは有り難いが、ちゃん付けはやめてくれんか」
親しみを込めて呼ばれる好意を無下にするのも忍びないが、丈太郎は女扱いされることが何よりも許せない性格だった。
――もっとも、これ以上言っても直してもらえなさそうなら諦めるしかない。
敵同士ならまだしも、今の丈太郎たちはただの学友で先輩後輩関係である。
「うーん……まだ視界が回りますねぇ、げほっげほっげほ」
「あら、創郎もお目覚めみたいね☆ 大変な立ち回り、お疲れ様☆」
丈太郎の横で眠っていた創郎は苦しそうに咳き込みながら体を起こしていた。
如何に筋肉を鍛えていた彼であれ、三半規管は弱かったらしい。
「いやぁ、まさか僕の能力をあんな方法で打ち破るなんて、なかなかの切れ者ですな、はっはっは」
次の瞬間にはケロッと息を吹き返して、丈太郎の背中をバシバシと叩いてくる。
「おどれこそ、良い拳をしておったよ。今度は能力の小細工なしでやりあいたいもんじゃ」
「僕なんてまだまだですよ、はっはっは」
彼は少し距離感の掴めないところがあるが、気の良い男友達といった感じで憎めない。
同じ2年生のよしみで、長い付き合いになりそうだった。
「はいはーい、それじゃあ丈太郎ちゃん、改めて――デスゲーム研究会へようこそ☆
私がデス研会長にしてDGMのヒヤシンス、もとい春風飛信子でーす☆
もうすぐ卒業して表向きは居なくなっちゃうけど、よろしく頼むぞ☆」
会長の一声で、流れるように自己紹介が始まった。
彼女は3年生のため、3学期が終わるまでの短い付き合いだが『表向き』と言っている以上、しばらくはこの校舎で暮らすつもりがあるのかもしれない。
事前に聞いていた話とは随分と違う、親しみやすさを感じる先輩だった。
「…………次、どっち、自己紹介」
「年功序列で言えば僕でしょうな、はっはっは。先程名乗った通り、石壁創郎ですぞ。
丈太郎くんとは同じ2年生なので仲良くしてもらいたいですな、はっはっは」
「よろしゅう頼む」
創郎の自己紹介もつつがなく終わり、最後は黒子という少女を残すのみだった。
彼女には2度倒されているので良いイメージが無い上、常に全身を黒い衣装で隠しているため素性が知れない。
ひとりだけ着ぐるみのまま合コンに参加している人が居るような違和感があるが、すぐに慣れるだろうか。
「…………不可視黒子、1年生。将来の夢、魔人になること」
たどたどしい口調ながらも、強い意志を感じる言葉遣いで彼女は自己紹介を簡潔に済ませる。
「おどれ、非魔人だったのか……」
丈太郎は思わず頭を抱えた。
てっきり存在感を消す能力が作用しているものと思っていたが、それすらなく、丈太郎は2度の不覚を取っていた。
暗闇に溶け込む衣装の補正もあると思うが、彼女は能力無しでも魔人と渡り合う戦闘力を持っているのだろう。
最後に丈太郎は立ち上がって自己紹介を行った。
「既に知っているかもしれんが、オレは今日から転入してきた2年生の空渡丈太郎じゃ。
趣味は喧嘩すること、漢に磨きをかけること。
夢は伝説の番長、邪賢王ヒロシマのような漢になりたいと思うとる」
「ほほう、第三次ハルマゲドンで活躍した彼ですか、はっはっは」
11年前の学生とはいえ、母校において彼の功績はどのように残っているのだろうか。
丈太郎はそういったことも知りたくてこの学園に転入してきたのだった。
ややあって、全員の自己紹介が終わる。
「そういえば会長よ、オレはデスゲームに勝ったのか? 負けたのか?」
「当然、負けてるわよ☆ なので、恐ろしい罰ゲームを受けてもらったわ☆」
「むぅ……?」
恐ろしい罰ゲームとはこれから始まるものではなく、既に終わっていたらしい。
身体に目立った異常は見られないが――。
会長は意味ありげにニヤリと笑うと、テーブルの下から白い布地を取り出した。
丈太郎は訳も分からずに首をかしげるばかりだったが、もしやと思って股下を急いで確認する。
自分のアレが――無い。
「なっ――――!?」
予想もしていなかった方向からの辱めに、丈太郎は顔を真っ赤にした。
意識し始めると下半身が急にスースーしてきて心許ない気持ちになる。
「というわけで、恐ろしい罰ゲームは『下着没収の刑』でした☆
丈太郎ちゃん、なかなか可愛いものを――」
「皆まで言わんでいい!」
「…………会長、外道。黒子、絶対に耐えられない」
本来のデスゲームが命を賭けたやり取りであることを思えば安い代償だが、これならいっそ死んだほうがマシとすら思わせる罰だった。
――ただでは転ばせてくれないということか。
「というか、同じように負けたのなら石壁のアレも取らなければ不公平じゃろう!?」
「もちろん、徴収済みよ☆」
会長は澄ました顔でテーブルの下に手を伸ばす。
しばらくして、創郎が履いていたと思われる白いブリーフを取り出してみせた。
「いやぁ、恥ずかしいですなぁ、はっはっは」
「……くそっ、なんか不公平じゃけぇ!」
創郎はこういった辱めに慣れているのか、丈太郎と同じ境遇にあって尚平然としていた。
……同じ罰ゲームなのにこの差は何なのだろう。もっと強くならなければ。
「…………デス研、メンバー、どんな罰でも受け入れる覚悟、必要。だから、負けたくない。負けられない」
珍しく饒舌になって力説する黒子。確かな決意を感じさせる言葉だった。
思えば会員が3人しか居ないのは会長の掟破りな振る舞いの所為によるものであると同時に、それに耐えられる強者だけが残ったということである。
「何はともあれ、丈太郎ちゃんの仮入部歓迎会はこれにてお開き☆
もう遅い時間だから自由解散でおしまい! また明日~☆」
パンパンと手を叩いて、会長はそそくさと室内を出ようとする。
壁掛け時計を見ると、既に20時を過ぎていた。
「随分と遅くなってしまったようじゃな」
デスゲーム開始の時点で日没を過ぎていたのだから当然ではあるが、他の部活生でもとっくに下校している時間だ。
通学路は暗い森が続くため、今から家まで帰るのは危険だろう。
「…………旧校舎、寝泊まり自由。黒子、案内する」
まだ転入してきたばかりということもあり、キョロキョロとする丈太郎の心情を察してか、黒子は丈太郎の手を取ると軽い足取りで廊下まで連れ出す。
初めて会ったときから薄々感じていたが、小柄な体型からは想像もつかないほど彼女はパワフルだった。
魔人でもないというのに、この力はどこから来ているのか――。
「石壁、じゃあの。また明日」
「今度は負けませんよ、はっはっは」
室内に最後まで残ることになった彼に手を振ると、陽気な様子で振り返してくれた。
丈太郎がデスゲーム研究会に目をつけた判断は決して間違いではない。
腕っぷしが強く、守りに特化した魔人能力も使いこなす創郎。
確かな精神の強さと抜群の身体能力を兼ね備えた黒子。
それらをリードし、奇抜な発想でみんなをまとめるリーダーシップを持った会長、飛信子。
彼らと共にあれば、丈太郎が求める『強さ』を見つけることも出来るだろう。
しかし、丈太郎が彼らの本性を知るのは、まだほんの少し先のことになる。
*
「校外実習じゃと?」
デスゲーム研究会仮入、2日目。
希望崎学園での生活にも少しずつ慣れてきた丈太郎は、放課後すぐに第4準備室に訪れた。
この日は黒子の姿が見えず、創郎と飛信子が先に着いていた。
何をしているのかと尋ねると、校外実習の準備をしているのだという。
「えぇ。全ての部活と同好会は年に3回まで、公欠扱いで希望崎学園の外に出ることを許されているの☆
サッカー部だったら他校と試合をしたり、吹奏楽部だったらコンサート鑑賞に出向いたりしているわね☆
デスゲーム研究会もこれと同じように、希望崎学園外でデスゲームの開催を目論んでいるわ☆」
「な、なるほどな……?」
妙に希望崎学園で部活や同好会が多いと感じたのには、このような背景があったのだ。
公欠――すなわち、学園公認の『サボり』が許されるので、誰もが何らかの活動に入りたがる。
おまけに活動内容まで自由に決められるのだから、まさに破格の扱いと言えよう。
果たしてシーソーゲーム研究会はどのような校外実習をするのかと気になる丈太郎だったが、それよりも気になることがある。
「学園外ということは……学園自治法が適応されん場所、ということじゃな」
「そうなるわね☆」
学園自治法とは、学園内で起きた如何なる出来事に対して国家権力は干渉出来ないとする日本の憲法である。
これによって学園内と学園外は法的に切り離されており、仮に学園内で殺人事件が起きても内々で処理されることになり、法で裁かれることは無くなる。
今までも散々改正が唱えられてきた世紀の悪法ではあるが、情操教育の不十分な魔人が思春期に重い刑を課されるのを防ぐため、この法は有用とされてきた。
だが――校外で荒事を起こした場合、話は大きく変わる。
「そこでデスゲームを開くのは……色々と危なくないか?」
「ううん、そんなことないわよ。今までに8回ほど校外実習を行ったけど、現にデス研は存続しているわ☆」
「……それもそうか。すまん、新入りが出過ぎた口を叩いたのう」
あまりデスゲーム主催側の法的解決に詳しくない丈太郎だったが、それを一番知っているのは他ならぬ飛信子だろう。
思えば先日のレクリエーションのように、必ずしも脱落者が死ぬことのないデスゲームであれば、平和的に終わるのかもしれない。
「会長、今度のデスゲームに参加するスタッフの募集面接が無事に終わりましたぞ」
テーブルに広げたノートパソコンから目を上げつつ、創郎は朗らかに報告する。
彼は脳筋みたいな見た目に反して、参謀ポジションが妙に似合っていた。
「ご苦労さま☆ これで2月のXデーには間に合いそうね☆」
「人員募集までやっとるとは、随分と本格的なんじゃな」
「私にとっては最後の校外実習なんだから、盛大に盛り上げたいじゃない☆」
聞くところによると、2月に予定しているデスゲームは会長の実家が経営しているファミレスを貸し切って行うらしい。
春風、という苗字を聞いたときにもしやとは思ったが、彼女は誰しもコマーシャルで一度は耳にしたことがある、春風財閥の直系のようだ。
学園では怪物だの問題児だのと呼ばれている彼女だが、実際はとんでもないお嬢様というわけだ。
育ちの良さそうな見た目や行動力はこういったところから来ているのだろう。
「結構大詰めのようじゃが、オレにも手伝えることは無いか?」
「じゃあ、デスゲームで実際に行う催し物を考えてもらおうかしら☆」
そう言って会長はデスゲームの流れを説明し始める。
デスゲームは不特定多数の一般人が参加するため、昨夜丈太郎たちが行ったような正面からの殴り合いをメインにすることは難しい。
そこで、基本的には『デスゲームから脱出すること』を目的とした簡単なお題目をいくつか与え、それを時間内にクリアしてもらうのが趣旨となる。
「デスゲームというか、脱出ゲームのようじゃの」
「元々デスゲームはバトロワやマネーゲームといった死が絡むゲームを総称した言葉だから、決まった流れは無いんだぞ☆」
「そして我々デス研は、こういったデスゲームが絡む事件や作品を研究し、世に広めていくことを目的としていますぞ、はっはっは」
楽しそうに笑う2人を見ていると、丈太郎がどこか心の奥底で感じていたわだかまりのようなものが消えて無くなっていく。
学園で聞いていた噂は良い意味で裏切られ、ただの善良な研究会のようだ。
それから丈太郎たちは当日の催し物をいくつか出し合い、夕方には解散となった。
丈太郎の悪い予感が的中したのは、その次の日のことだった。
*
デスゲーム研究会仮入、3日目。
すっかり彼らとも打ち解けてきた丈太郎は、いつまでも仮入会では申し訳無いので、入部届のような紙を書くことにした。
そのことを教員に尋ねると、同好会の場合は先に会長の承認を得る必要があるため、本人のサインを持ってきて欲しいとのことだった。
そのため今日は活動日では無いが、飛信子のサインを貰うために旧校舎の第4準備室まで赴いた。
ここに来れば彼女は間違いなく居るだろうと、丈太郎は確信していた。
しかし、その期待はハズレだった。
まるで昨日とは真逆に、室内に居たのは黒子だけだった。
「…………会長、活動無い日、実家。今日、居ない」
「そうか、意外と忙しい人なんじゃのう」
黒子は相変わらず黒い衣装で身を包み、その表情は伺い知れない。
丈太郎が声をかけるまで無言で漫画を読み耽っていたので、目は見えているのだろう。
あまりにも気になったのでクラスメイトに黒子のことを聞いたところ、彼女は授業中でも黒衣を脱ごうとしないらしい。
どうやら入学初日は普通の制服を着ていたが、見た目のことでクラスメイトからイジられたことにショックを受け、身も心も閉ざしてしまった。
教師も彼女の心情を慮ってか、授業中の着用について暗黙の了解とし、今になるまで放置されている――という話だった。
出会った当初は果敢な少女だと思っていたが、意外と繊細な一面があったようだ。
服装についてはあまり触れないほうが良いだろう。
「今日は活動無い日じゃが、おどれはここに居るんじゃな」
「…………この部屋、落ち着く。漫画読む、ぴったり。うるさい人、居ない」
そう言って黒子は本に目を落とした。
服装もそうだが、話し方まで独特な少女である。
手持ち無沙汰になった丈太郎はソファーに腰を落ち着け、入会届をテーブルに置いた。
ここまで来て何もせずに帰るのは勿体ないので、しばらく黒子と話をしていようと思ったのだ。
「…………それ、何?」
「入会届じゃけん。本当は今日会長からサインを貰うつもりだったが、アテが外れたのう」
黒子はしばらく紙を見つめると、ボソリと呟いた。
「…………変な名前」
「おどれも大概じゃよ」
自己紹介の際、『見えない黒子』と聞こえたのが、まさか本名とは思わなかった。
これもクラスメイトから聞いた話だが、不可視と書いて『みえない』と読む正式な苗字らしい。
不知火や小鳥遊に通じる難読苗字と言えよう。
それからしばらく彼女と話す話題を探してみたが、丈太郎の口下手もあり、思うように話が弾まない。
そこで、デス研の活動内容を掘り下げることにした。
「そういえば、この研究会には活動日誌のようなものは無いかのう?
次のデスゲームの参考にしたいんじゃが」
「…………そこの本棚、2段目、右のほう。3年分、会長が書いてる」
「マメなお方じゃのう」
黒子に言われた通り、活動日誌はすぐ見つかる場所に保管されてあった。
何か興味深い話が聞けるかもと思い、直近1年の日誌をパラパラとめくる。
そこには近年のデスゲームの傾向やギミック、何故かSASUKEのエリア一覧と突破率といった雑多なデータまで記されていた。
「会長、SASUKEが好きなんか……」
「…………会長、SASUKEのこと、デスゲームの一種だと思ってる」
「まぁ言われてみればそんな気はするが」
鍛え抜かれた肉体を持つ参加者たちが次々に脱落している様は、テレビバラエティ界のデスゲームと言っても申し分無いだろう。
少し庶民的な感性に親しみを感じつつ、丈太郎はパラパラと活動日誌をめくっていく。
「校外実習は具体的にどんなことをしているんじゃろうか」
しばらくすると丈太郎が最も興味を惹く校外実習の詳細が載っていた。
春、秋と2度開催されたデスゲームは同じページにまとめられていたようだ。
5月12日
開催場所:東京都品川区〇〇丁目 ショッピングモール
参加者人数:128名
結果:60名脱出成功 死者68名
反省:第1ステージのクリア率が高すぎた
11月3日
開催場所:東京都台東区〇〇丁目 遊園地
参加者人数:250名
結果:0名脱出成功 死者250名
反省:第2ステージを誰も突破出来なかった
「……なんじゃ……これ」
淡白な調子で書かれているそれを、何かの見間違いではないかと何度も確認する。
――誰も死なないデスゲームでは無かったのか。
たちの悪い冗談であってほしいと願いながら、黒子に助けを求めた。
しかし、丈太郎の期待した答えが返ってくることは無かった。
「…………全部、真実。黒子、見届けた」
「彼らが一体何をした!? 何の罪もない一般人を巻き添えにしたのか!?」
思わず叫ばずにはいられない。
丈太郎の脳裏に最悪なイメージが浮かぶ。
ただの数字では済まされない、本当ならニュースになっていてもおかしくのない歴史的な大量殺人事件。
――それをどうやって隠蔽しているのか、あえて聞くまでもないだろう。
――春風財閥は一般人に死者の出るデスゲームを容認していたのだ。
「おどれもおかしいとは思わんのか! こんなことが社会で許されるわけ――」
「…………うるさい。静かにして」
正論を訴えようとする丈太郎を、まるで間違っているのはお前の方だというように、黒子は取り付く島もなくあしらった。
――そうだ。彼女はこのことまで知った上で、この場所に居ることを選んでいるのだ。
ここに正義は存在しない。
ただの怪物が3人居るだけ。
その列に、丈太郎が加わることは無かった。
「……どうやら、場違いだったのはオレの方だったようじゃな」
持ってきた入会届をグシャグシャに丸めて丈太郎は立ち上がる。
見なかったことにして立ち去るのは簡単だ。
彼らにも言い分があるかもしれない。
だが、どんなに取り繕おうと、彼らが冒した罪は消えない。
「おどれらは越えてはいけない一線を越えておるのじゃ」
「…………それも、覚悟の上」
その言葉を最後に、彼女と話すことは無かった。
振り返ることもなく、丈太郎は旧校舎を引き返していく。
もうここに戻ってくることは無い。
希望崎学園の旧校舎に吹く風は、いつもより冷たく感じた。
――これは1ヶ月前の出来事。
丈太郎がデスゲーム研究会と決別するまでの物語。
1通の招待状の行方は、丈太郎の胸にも確かに刻まれていた。
*
「ここに来るのも、随分と久しぶりな感じっすね」
北風に吹かれながら今井商事を見上げ、有間真陽はひとり呟いた。
いつも見ているはずの簡素な出社先だが、今日は何だか新鮮に感じる。
トレンチコートのポケットに両手を突っ込みながら、自動ドアをくぐっていく。
谷中皆の救出作戦から一夜が明けた。
真陽は皆をラボまで連れて行った後、ややあって病院まで送り届けた。
彼女の身体は人間に戻ったが、体重が大きく変わったため自力では歩けないということが判明した。
他にも後遺症が無いか調べるためにも、後のことは病院で面倒を見てもらうことになったのだ。
山乃端一人を捕まえることが元々真陽に課されていた使命だが、流石にあの状況で彼女を連れ出すことは出来なかった。
皆の幼馴染だった彼女は病院まで付き添い、どんな話をしたのだろうか。
連絡先は渡しているので、あとは彼女の意志を尊重するばかりだ。
一旦これまでの話を社長に報告するため、真陽は会社まで戻ってきていた。
1階の事務室から賑やかな声がする。
「この辺り、掃除が甘いですよ。
ホコリとは目に見えづらいものですが――心の眼で、しっかりと見据えるのですよ!」
「すみません、すぐにやります!」
まだ朝も早い時間だというのに、彼らは元気なものだった。
既に正装と化した燕尾服を着こなす後ろ姿は、卓成で間違いないだろう。頼むからスーツを着ていてほしい。
1課営業担当の彼は基本的に社内に居て、人が来るまでは掃除をしているか社長を褒め称えているかのどちらかだ。
変人なのであまり関わり合いになりたくないが、今井商事のムードメーカーとして優秀な点は否めない。
もう一方のスーツ姿には見覚えが無かった。
低い背丈から、るいなが帰ってきたのかと錯覚したが、彼女は私服で出勤しているのでそれも違うだろう。
だが、声は最近どこかで聞いたことがある気がする。
そこまで考えを巡らせていると、答えは自ずと導き出せた。
「愛莉ちゃんじゃないっすか。どうしてここに?」
「あ、真陽先輩! お疲れ様です!」
愛莉は呼びかけに気付くと、すぐに振り返って元気よく一礼を返した。
彼女は本名を徳田愛莉と言い、昨日知り合ったばかりの少女である。
真陽と同じく鏡助という男に導かれた彼女は、流れで山乃端一人と谷中皆の救出作戦に大きく貢献した。
優れた発明の才と、特製ラボに居る間だけ時間を引き伸ばせる強力な魔人能力を持った彼女の力が無ければ、作戦は成功していなかっただろう。
そんな彼女だが、昨日はずっと白衣を着ている印象が強かったので、スーツ姿は新鮮だった。
「改めまして、徳田愛莉です!
今日からアタシもここで働かせてもらうことになりました! よろしくお願いします!」
「……祓くん、正気っすか?」
視線を投げると、彼は相変わらず薄っぺらな愛想を浮かべて笑っていた。
人事判断については社長と卓成が決定権を握っているため、彼らが判断して採用したのなら真陽は何も言うことは無い。
だが、彼女は未成年では無かったか。
「えぇ、当然知っていますとも。なのでアルバイトという形で仮採用させていただきました」
「学校が再開するまでの短い期間だけど、精一杯働きます!」
大人側の心労を知ってか知らずか、愛莉はキラキラと輝いていた。
「なんかキャラも変わったっすね」
社会人になった以上、初めて会ったときのようなタメ口が許されないのは当然だが、彼女のアイデンティティを失ったようで一抹の寂しさも感じる。
昨日も気を利かせて丁寧語を話していた場面もあったが、本人が話しやすい口調が一番である。
「もっと砕けた口調でもいいっすよ」
「本当か!? いやぁ、あの喋り方は肩が凝って仕方無かったぜ」
「……うん、そっちの方が似合ってるっすよ」
反射神経の良さも彼女の取り柄かもしれない――そう感じずには居られない真陽だった。
愛莉を加えて心機一転、今井商事の1日が始まる。
社長が出勤してくるまでの間、真陽は卓成が受け持つ書類整理を手伝うことにした。
顧客情報や契約書、備品のリース管理など事務室に置かれる書類は多岐に渡っている。
「ここに新しく人が入って来るのは、るいなちゃん以来っすね」
「懐かしいですねぇ。彼女が来てからというもの、わたくしの肩身は随分と狭くなりましたが」
「自業自得じゃないっすか」
今井商事の2課に浅田るいなが入社してきたのは1年ほど前で、彼女は高校卒業と同時に正社員として雇用された。
それ以前は逢迷街道を牛耳るヤクザ組の構成員という穏やかではない経歴を持つ彼女だが、現在は今井商事に欠かせない存在となっている。
また、『周囲の人間が嘘を吐けなくなる』という魔人能力を持つ彼女は、卓成との相性が悪かった。
「あの娘が居ると仕事がやりづらくて仕方ありませんよ」
「もっと誠実に生きればいいんじゃないっすか?」
卓成は特殊能力を持たない非魔人だが、かつて詐欺師として名を馳せる極悪人だった。
社長に心酔してからは善良な小市民を目指しているようだが、言動は今でも怪しいものがあり、真陽は常に疑いの目を向けている。
後輩とそんなやり取りを続けていると、愛莉が本棚からはぐれた書類をいくつか持ってきた。
「真陽先輩! こっちの資料はどこにしまえばいい?」
「年度別にまとめて渡してもらったら後は私たちがやるっすよ。似たものを探してくれるだけでも助かるっす」
「分かった!」
るいなとはまた異なる可愛さを感じさせる元気いっぱいの返事に、真陽は思わず頬がほころぶ。
初々しくも一生懸命働く姿を見て、先輩は負けられないなと決意するのだった。
しばらく和気あいあい楽しく仕事を続けていると、聞き慣れた高級車の音が表から聞こえてきた。
真陽は手元の仕事に一区切りをつけて、出迎えの準備にかかる。
事務室のドアを開けて、社長――今井総が真陽たちの前に現れた。
「社長、お疲れ様っす。山乃端さんの件で御報告が――」
「その必要は無い。この度はご苦労だった」
社長は既に事態を把握していたようで、真陽の言葉を片手で遮った。
昨日の今日で誰から伝達されたのだろうかと首をかしげる真陽だったが、その疑問は社長の後ろに居る人物を見て解決することになる。
明るい色のマフラーを巻いたその姿は、昨日とは別人のような印象を与える。
生気に満ちた表情を浮かべるその女性は、真陽を見るなり上品に微笑んで見せた。
「こんにちは。有間さん、徳田さん、この前は皆を助けてくれてありがとう。
――もう、私は逃げたりしないわ」
全てにおける渦中の人物、山乃端一人。
皆の看病に一区切りを付けた彼女は、自らの運命にケリをつけようとしていた。
*
「質素なところで申し訳無いが、好きにくつろぎたまえ」
「はい。失礼致します」
真陽たちへの御礼と挨拶を済ませると、山乃端一人は2階の客室に通された。
ソファーに腰掛けると、まるで社長との面接でも始まるかのように対面する形となった。
一人が今井商事を訪れたのは8年ぶりのことだ。
もう二度と来ることは無いと思っていたので、何だか急に気恥ずかしくなってくる。
社長の姿は8年前の記憶とあまり変わらない。
寡黙だが礼儀正しく、いつも何かを考えているような目つきをしている壮年の男性だ。
てっきり8年前に借りた100億円の返済意思について問い正されると覚悟してここまで来たが、彼の思惑は全く異なるものだった。
「まずは――君が無事でいてくれて、本当に良かった」
そう言って、彼は仰々しく腰を折った。
あまりの出来事に一人は困惑を隠せないでいる。
「入々夢から概ねの事情は聞いている。
君の命が狙われているようなら、今井商事は総力を挙げて君を守ると約束しよう」
「そんな……私なんかのためにそこまでする必要は……」
「いや、これは私自身へのケジメでもある」
再び彼が顔を上げると、そこには鋭い決意の眼差しを浮かべていた。
8年前、今井商事の噂を聞いて、彼と最初に出会った頃の出来事。
当時、一人は世界を終わらせるために殺傷性の高い爆薬を研究したいと心の底から思い、彼に100億円の融資を要求した。
断られたり馬鹿にされることも当然覚悟していたが、彼は何も言わずに全額を渡したのだった。
「どうして……私のために、そこまでしてくれるんですか?」
冷静に考えれば、狂っているのは自分の方だという自覚はある。
だが、同じぐらい不思議なのは今井商事の存在そのものだ。
まるで――自分の夢を叶えるために作られたような会社じゃないか。
少なくとも社長の言動は常軌を逸している。
「ふむ……話せば長くなるが、良い機会だ。すぐには信じられないかもしれないが、私と君の因縁について話そう」
そう前置きをして、彼が昔話を始めようとしたその時――。
「社長! お茶が入りました!」
客室のドアが開け放たれて、お盆を持った愛莉がお茶汲みにやってきた。
「うむ。感謝する。次からはノックぐらいしたまえ」
「はい! 失礼しました!」
2人の前に湯呑みを置いて、愛莉はそそくさと去っていく。
……何だったんだろう。
とはいえ少し緊張はほぐれたので、彼女なりの気遣いだったのか。
単に間が悪かっただけかもしれないが。
コホン、と咳払いをして社長は何事も無かったかのように話を続ける。
「私は過去、山乃端一人に殺された男だ」
お茶に手を付けようとしていた一人の手がピタリと止まる。
それは耳を疑う発言だった。
「殺されそうになった――ではなく、殺された……?」
「そうだ。正確には、君と同姓同名の人間が毒ガスによる大量殺戮を企て、滅びを迎えた世界で私は死んだ」
「な、何ですか急に……?」
それは衝撃的な因縁の始まり方だった。
彼が「すぐには信じられない」と前置きをしたくなる理由も分かる。
「まず、本題に入る前に私が魔人であることを、君に明かす必要がある。
能力名は『ヴィクトリアス・マイルストーン』――これは非常に説明が難しい能力だが、常に最善の選択を取らされる能力と考えて欲しい」
「取らされる……能力?」
「自分の意志とは関係なく、常に最善の結果を得る能力、という見方でもいい。
――重要なのは、私はこの能力を生まれつき持っていたということだ」
「先天性の魔人……?」
魔人能力については義務教育で習った通り、個人差はあれど思春期に発現することが多い。
そのメカニズムは、自分の妄想を他者に押し付けようとするエゴが顕著になった時期に能力を自覚することが多いため、とされている。
つまり、魔人能力は例外なく後天性のものだ。
最初から能力を有して人間が生まれた事例は聞いたことが無い。
「だが、そのトリックの正体は私だけが知っている。
――私には前世の記憶があって、前世から能力を引き継いでいるからだ」
「…………」
急に話がスピリチュアルになってきた。
だが、確かにこれなら辻褄が合う。
「前世の私はしがないギャンブラーだった。人並みに勝って、負けて、どこまでも危ない橋を渡る男だった。
だが、とある出来事をきっかけに今の魔人能力に目覚め、絶対に負けない身体を手に入れた」
「それが……ヴィクトリアス・マイルストーンなんですね」
彼はデモンストレーションとばかりに、懐からトランプを1束取り出す。
そこに何の細工もしていないことを確認させると、彼は無造作に上から1枚だけカードをめくった。
――どこにでもある、ハートのAだった。
「なんだか、手品でも始まりそうですね」
「似たようなものだ。――もっとも、私自身が何も意図していないという点で、少し性質が異なるかもしれないが」
彼はそのカードを山札に戻すと、よくシャッフルしてから再び1枚めくる。
――今度はハートのKを引いて見せた。
同じように引いたカードを山札に戻してはシャッフルし、1枚めくって一人に見せる。
――ハートのQ、ハートのJ、ハートの10。
それがポーカーにおいて最も強い、ロイヤルストレートフラッシュという役になるということは一人にもよく分かっていた。
「確率を操作する能力なんですね」
「部分的にはそうだ。如何なる場合でも確率が操作され、最善の結果を選ばされる――それが私の能力というわけだ」
言葉で聞くと分かりづらいが、実際に見てみると単純明快な能力のようだった。
無限にも等しい今井商事の資金力も、こうした彼の能力によって成り立つものだということがよく分かる。
たとえば、無造作に宝くじを買っても1等が当たるなら、リターンで発生する金額は計り知れないものになるだろう。
「私はこの能力を慈善活動に使いたいと考え、今井商事を起業するに至った。
本当は金貸しではなく金配りに使いたかったが、表向きは『貸しているだけ』とするほうが何かと都合が良かったのだ」
契約の際に念を押されたが、今井商事は一括払いしか認めていない。
それは返済を難しくするための制度ではなく、返済をさせないための制度だった、と彼は語った。
「当然私の融資を良いことに使った人も居れば、悪いことに使った人も居た。
だが――当時はひとりでやっていたから、取り立てや身辺調査までは手が回らなかったのだ。
そこに、君と同姓同名の人物がやってきた」
彼女は8年前の自分と寸分違わず、100億円の融資を求めた。
しかし、彼はそれを咄嗟に突っぱねてしまったという。
「いくら能力を使っても、それだけの額をすぐに用意するのは難しかった。
それに、怪しいじゃないか。普通に考えて」
「まぁ……そうですね」
何だか自分のことを揶揄されているようで耳が痛い。
「4年後、彼女は再び私のところへ訪れた。
大学を卒業して、科学者という身分を手に入れていた。
――私は彼女が本気だということを理解して、100億円の融資を行ったのだ」
そして話は冒頭へと戻る。
100億円を手にした彼女は化学兵器の研究を進め、間もなくして人類を根こそぎ滅ぼせるほど強力な毒ガスの開発に成功してしまった。
「その時ようやく、ヴィクトリアス・マイルストーンは私だけの能力ではなく、私に関わった者全員に作用する能力だということが分かった。
彼女にとっての最善が、この結末をもたらしたのだろう」
毒ガスは瞬く間に世界を覆うと、どんな生命も許さない死の星を作り出してしまった。
だが――そのような危機に瀕してもなお、社長は生き続けていたという。
「私の能力は、平凡に死ぬことを決して許さなかった。
どれだけ身体が弱っても地を這いながら生き残り、絶望の日々を続けさせられた。
何度も殺してほしいと自分自身に訴え続け――私は『2度目の人生』と引き換えに、前世で息を引き取った」
「…………」
これが――常に最善の選択を取らされる能力の、真相。
彼の意志とは無関係に最善を選ばされた結果、今の彼がここに居る。
「生まれ変わったことに気付いたあと、私には何が出来るのかを考えた。
前世と同じように今井商事を起業して――君を待つことにしたんだ」
「どうして……。また、同じ結末になるかもしれないのに?」
「君がそれを望むなら、私はそれを否定しない。
だけど――君に人生の素晴らしさを知ってほしいとも、思っている。
そのために、今井商事を作ったのだから」
同じ世界の繰り返しではない。
否定や説得では意味が無い。
――生きることの意味は、自分自身で見つけるものだ。
「随分遅くなってしまったけど、これが私自身の『最善』だ。
――君が無事で居てくれて、本当に良かった」
思い返せば、この命は多くの思いによって連綿と紡がれている。
――幼少期の自分は不治の病を抱えていた。
皆がその運命を変えようとしなければ、自分はとっくに死んでいた。
――自分は世界を滅ぼそうとしていた。
そのことを彼に否定されていたら、もっと強引な方法で命を絶とうとしていただろう。
――もしも、皆と再会できず、皆が助かっていなければ。
生きることへの希望が最期まで見つからず、神のお告げに従い東京で命を捧げていたかもしれない。
生きる意味とは、何だろう。
幼い頃から一人は生きていることの楽しさを見出せない子供だった。
人間は、心の底では苦しみながら生きているのではないか。
強い者だけが勝ち上がる世界では、誰も幸せになることは出来ない。
真の平等とは――誰もが等しく、死を享受できる世界ではないのか。
それを実現するのが自分の役目なのだと、心の底から思っていた。
今の自分は、果たして同じ結論に辿り着くだろうか。
生きる意味は、生きる楽しさは、自分とは無縁のものだと思っていた。
歯車は今際の際になって廻り出す。
「改めて言おう。――今井商事は総力を挙げて君を守る。
どうか、我々にもう少しだけ、チャンスをくれないか」
生きる意味なら、既に見つかっている。
皆を救ってくれたあの人のように――真っ直ぐな正義を持ちたい。
太陽は、傍で眩しく輝いていた。
*
「……ここが、デスゲーム会場じゃな」
時刻は既に正午を過ぎた頃。
都内の駅から少し歩いたところに、大きな駐車場を構えたファミリーレストラン『Joseph』が開店していた。
時間や場所が変わっていなければここで間違いないだろう。
今からここでデスゲーム研究会主催による、地獄の校外実習が始まろうとしている。
1ヶ月前、一度は彼らと縁を切った丈太郎だが、これから起こる悲劇を見逃すわけにはいかない。
デスゲームが始まる前に阻止できるのが一番だったが、会長の能力を正面から討つにはデスゲームに参加するほか無いだろう。
惜しむらくは、丈太郎は校外実習の参加者に含まれていないため、公欠が取れなかったことである。
おかげで仮病を使ってズル休みを取ってしまったので、どちらが不良か分かったものではない。
いや、伝説の番長を志す者として、こんなことで気後れするわけにはいかない。
「おどれらの蛮行、必ずや打ち砕いてやるけんのう」
制服の上からダボダボの学ランを羽織り、丈太郎は店内へと突き進んでいく。
「いらっしゃいませ~。何名様でしょうか?」
「見ての通り、おひとり様じゃよ」
「かしこまりました~。空いてるお席どうぞ~」
妙に間延びした店員に案内された先は、清潔感のあるメインフロアだった。
流石は春風財閥が管理する店舗だけあって、親しみやすさと高級感を兼ね備えている。
座席は窓際、店内中央、壁際の3列構成で、それぞれ4人席が5つずつ用意されているため、満席でも60人程度だろう。
他にはトイレや厨房との接続口、関係者以外立入禁止エリアがメインフロアと繋がっている。
デス研のメンバーがどこに居るかは分からないが、黒子が『見届けた』と言っていたので、おそらくはこの中に潜んでいると考えていい。
店内は既に多くの人で賑わっているが、平日の昼ということで家族連れの客が少ないのは幸いか。
偶然居合わせたサラリーマンや女性客がこれからデスゲームに巻き込まれると思うと胸が痛くなるが、ここで丈太郎が動くわけにはいかない。
防犯用のカメラがいくつか設置されているため、既に彼らの監視は始まっていると考えるべきだろう。
丈太郎は窓際の席に座り、彼らの動向をじっと探ることにした。
――デスゲーム開始まで、あと1時間。
*
「お待たせしました~。こだわりシェフの白菜キムチをご注文の方~」
「あ、それ私っすー」
「たっぷりキノコのクリームシチューをご注文の方~」
「それは山乃端さんの分っすね」
「わぁ、とても美味しそう……」
注文した料理がテーブルに次々と運ばれてくる。
いつもコンビニ飯を食べることの多い真陽にとって、ファミレスは久しぶりの感動があった。
午前の事務作業を終えて、一段落。
無事に『山乃端一人を捕まえる』という仕事を完遂した真陽だったが、次に『山乃端一人を守る』という仕事が与えられていた。
社長に言われずともそうなっていただろうが、彼女の安全が確保されるまで2人は行動を共にすることになったのだ。
そんな2人だったが、昼食は卓成の知り合いが経営しているという開店直後のファミレスで済ませることにした。
卓成の知り合いという時点で少し怪しんでいた真陽だったが、今のところ不審な点は無い。
当の卓成も知り合いと挨拶するために入店していたが、今は別々の席に座っている。
その真意こそ不明だが、真陽と一人のコミュニケーションの場を邪魔したくないという気遣いの表れなのだろう。
ちなみに新人バイトの愛莉の研修は、遅れて出社してきた美奈が引き継いでいる。
彼女らは昨日から気が合う様子だったので、心配はいらないだろう。
ふと目の前を見ると、一人はクリームシチューを前にして皿をじっと見つめていた。
「……どうしたっすか? 冷める前に食べちゃってくださいっす」
「あ――ごめんなさい、少しぼうっとしてたわ。誰かとデートするなんて久しぶりだから……」
「デート?」
「――あ、違っ、人と食事するのも随分と久しぶりだから、どうしたらいいか分からなくて」
急にパッと顔を赤くして慌てる一人。
こういうところは何だか可愛い。
「いつも通りでいいっすよ。時間はたくさんあるっすから」
「そ、それもそうね。うん、いただきます」
手を合わせて、一人はクリームシチューを美味しそうに食べ進んでいく。
初めて会った頃に比べると、随分柔らかい表情を浮かべることが多くなった気がする。
何かの使命感に駆られて動いていた頃の一人は居ない。
彼女はゆっくりとクリームシチューを嚥下している。
「あれ、何だろう……涙が……」
誰かと食事をすることが余程嬉しかったのか、彼女は頬を濡らしていた。
スプーンを握る手が震えている。
「だ、大丈夫っすか?」
「ごめんなさい……そんなつもりじゃ……」
真陽が慌てて紙ナプキンを差し出すが、彼女の涙が止まることは無かった。
大粒の涙がテーブルの上に流れ落ちていく。
「ちょっと……席外すわね。すぐ……戻ってくるから」
「う、うん。無理しなくていいっすよ」
ぐしゃぐしゃになった顔を見られたくないのか隠すようにして、彼女は手洗い場の方に駆け出していった。
真陽はその背中を温かい目で見送る。
「少しずつ、変わっていけばいいっすよ」
彼女は人が持つ優しさを自覚し始めたばかりだ。
この先何があっても彼女を守りたいと、決意を新たにする真陽だった。
――デスゲーム開始まで、あと15分。
*
「相席よろしいでしょうか」
優雅に店内奥の壁際席で紅茶を嗜んでいると、正面から急に声がかけられた。
チラリと視線を上げると、そこには燕尾服を着た胡散臭い男が居た。
これがブサイク面なら問答無用であしらうところだったが、清潔感のある紳士的な男だったので反応に困る。
「……急に何ですの? 別に満席というわけでも無いのだから、空いてる席に座ればいいじゃない」
「いえ、わたくし、見知らぬ人と話しながら食事を済ませるのが趣味でして」
気のない返事にも関わらず、彼は笑みを崩すことなく引き下がってくる。
――ティータイムの邪魔だ。早くどこかへ行ってほしい。
「ナンパ師でもやってるますの? 他をあたってくださらないかしら」
「いえ、そんなつもりではありませんでしたが……」
あまりにもしつこいようなので、身体をぐいっと前のめりにする。
すると彼は目を細めて、自分の背後にあるものに気付いたようだった。
「おや、随分と良いご趣味をお持ちのようで」
「話が分かるじゃない。――私の気が変わらないうちに、どこかへ行ってくださる?」
「はい。また機会がありましたら、是非お茶にいたしましょう」
しかし彼は怯えの表情こそ見せることなく、静かに立ち去っていった。
随分と肝が座っている。自分のとっておきを見せてここまで冷静な対応をされたのは初めてだった。
何はともあれ、ティータイムの平穏は守られた。
持参したケーキスタンドから中段のスコーンを取り出すと、ジャムとクリームを乗せ、手で上下に割ってから口に含む。
サクサクの食感を楽しみながら紅茶の味を引き立てる――たまらない瞬間。
ティータイムに必要なのは美味しい紅茶、ケーキ、温かい料理。
そして、自分が最も大事にしていて、普段は人に見せないよう背中に隠してあるもの。
18ミリ口径の散弾銃。
優雅なティータイムには欠かせないものだ。
――デスゲーム開始まで、あと13分。
*
「順調に役者が揃っているわね……ふふふ☆」
隠しカメラを通じて店内を見渡した春風飛信子は、これから始まるゲームに胸の高まりが隠せないでいた。
半年前から計画を立てていたファミレスを貸し切ってのデスゲームは3年間の締めくくりに相応しい。
会場の規模こそ過去のデスゲームに劣るが、大事なのは「どうやって盛り上げるか」である。
誰がクリアするにせよ、誰が脱落するにせよ、それがゲームである以上は楽しくなければいけない。
飛信子が招待状を出した相手は全員この場に居る。
デスゲーム研究会のメンバーもまたここに集っていた。
「創郎、黒子、準備はいいかしら☆」
「問題ございませんよ、はっはっは」
「…………黒子、見届ける。覚悟、出来てる」
やるからには、最高のゲームを。
誰もが同じ志を抱く者ばかりだった。
――デスゲーム開始まで、あと10分。
*
料理を平らげ手持ち無沙汰になった真陽は、テーブルに置いてあったアンケート用紙と睨み合いをしていた。
ノック式のボールペンを指先で回しつつ、一人が手洗い場から帰ってくるのを待つしかない。
時計を見るとランチタイムが終了するまで後15分ほどだったので、終了直前に来ていたことが分かる。
どうりで店内が空いていると思ったが、ピークタイムは過ぎていたようだ。
そんなことを考えていると、テーブルの横からひょっこりと少女が顔を見せる。
「人間よ、元気そうじゃな」
「…………何でお前が居るっすか」
特徴的な赤い髪に、毛皮のコート。
やや童顔気味の幼い顔立ちに、隙間から覗く八重歯。
竜人族の末裔にして、治癒能力と出血能力を有する魔人。
そして一人の命を狙う悪の組織のリーダー格。
真陽にとって因縁の相手、ドラゴニュートだった。
彼女とは谷中皆救出作戦の際に死合い、その結果は真陽の勝ち越しに終わった。
命まで奪う理由は無かったので見逃したが、まさかこんなに早く再会することになるとは。
「いや何、本当にたまたまなんじゃよ。偶然お主の姿を見かけたから声をかけただけじゃ。怖い顔をするでない」
どうやら本当に敵意は無いようで、彼女は苦笑いの表情を浮かべていた。
器量の良さを感じさせる見た目も相まって、一人が『掴めない性格』と称していた理由もこうして見るとよく分かる。
――まるで、昨日は敵同士だったことを欠片も感じさせない。
「とりあえず、相席してもよいか?」
「良くないっす。はよ帰れっす」
ここに一人が居なかったのは幸いだったかもしれない。
彼女が手洗い場から戻ってくる前に追い払うのが吉だろう。
「なんじゃ、すげない奴じゃのう。一旦敵味方は無しにして、情報交換と洒落込まんか」
「情報交換……っすか?」
「妾は『神』という男が何者なのかを探りたい。――彼奴が目指す『滅亡』が何を目的としているのか、知りたいのじゃ」
あまり大きな声では言えないのか、ドラゴニュートは真陽の横に腰掛けると、小声でそう告げた。
近寄ると朱色の癖っ毛から微かにシャンプーの芳香が漂う。
神――それは数ヶ月前に滅亡協会の前に現れ、世界が滅亡するまでの手順を告げる者だったはずだ。
どういった経緯で接触し、盲目的に信用されるようになったかは定かではないが、過去に愛莉や一人の殺害命令を下したのが彼だった。
また、昨日は一人の傍に愛莉と真陽が居ることまで予言し、見事的中させてみせた。
確かに謎多き人物である。
「彼奴の姿を見た者は滅亡協会の中でも誰も居らん。いつも幽霊のように現れては、言いたいことだけ言って消える、勝手な奴じゃ。
だが、彼奴の予言が外れたことは一度も無い。世界中の全てを識っている――故に、『神』と呼ばれておるのじゃ」
「識っているというのは、具体的にどんなことっすか?」
「彼奴は世界中に目が付いている。どこでも見通す力があるようじゃの。
――そして、未来に起きる全ての出来事が分かる。これが予言じゃ。」
神の正体が魔人だった場合、遠視能力と予知能力の複合だと真陽は考えた。
予知能力者は真陽の知り合いにも居る。
逢迷街道の門番をしている占い婆がそれに該当するだろう。
だが、彼女は目が見えない上に、笑顔を浮かべる人間の未来しか見れないという制約があり、神のそれには遠く及ばない。
全ての出来事が分かる能力なんて、あまりにも強すぎる。
「少なくとも私の知り合いには居ないっすね……」
一方で遠視能力者も何人か知っていたが、狭い範囲しか見れなかったり、特定の条件を必要とする者ばかり。
世界中に目が付いている能力なんて聞いたことが――。
「いや……居るじゃないっすか、私の身近に」
「なんと!? 知っておるのか!?」
あまりにも不気味すぎて忘れようとしていた。
一人のアパートを訪れた時、手鏡や窓ガラスに映っていた魔人――鏡助。
彼は確か、鏡を通じて世界を見通す力があると言っていた。
遠視能力については、彼と全く同じものと考えてもいいだろう。
「そいつじゃ! そいつが神の正体じゃよ!」
「待つっす。彼は私に『山乃端一人を助けて欲しい』と言っていたっすよ。
いくら得体の知れない存在とはいえ、言動が真っ向から矛盾してるのはおかしいっす」
「むむぅ……」
声をあげて唸り、考え込むドラゴニュートを尻目に、真陽は店内の窓ガラスをじっと見つめる。
あれから――本当に鏡助とは一度も出会っていない。
「二度と現れないで欲しい」と言ったのは他でもない自分だが、ここまで反応が無いと逆に怖い。
神と鏡助は、一体どんな関係があるのだろうか。
「じゃが、鏡助とやらが神と同一ではない証拠も無いのだろう?」
「まぁ……それはそうっすね。でもそれが本当ならとんでもない狂人っすよ」
「人は分からないものじゃよ。表では正義の味方面をして、本当は女の子の泣き叫ぶ顔が好きなドSやもしれん」
「それは普通にドン引きっすね……」
そう言いながら、真陽は鏡助が神ではないことを裏付ける証拠に気付いた。
「愛莉と真陽が御徒町に集う」という予言は、間接的に鏡助の行動が無ければ成し得なかった。
仮に同一人物説を推す場合、神の予知能力は自分の行動が無ければ成立しない欠陥を持っていることになってしまうのだ。
まだ見知らぬ『神』を買い被るわけではないが、そんなくだらないオチがあるわけ――。
「いや……神に予知能力が『無かった』場合、全て辻褄は合うっすね」
鏡助が神だと仮定した場合、一人を殺す動機こそ無いが、能力のトリックを裏付けることは可能だ。
彼は鏡を通じて世界中を見ることが出来る。
これは間違いなく神が持つ透視能力に匹敵するだろう。
また、鏡助は世界中の鏡を通じて移動することが出来る。
その気になれば予言を力技で本当にすることも出来るだろう。
まるで昨日、真陽や愛莉の前に現れたときのように。
「……なんて、邪推もいいところっすね。本当は彼自身に否定して欲しいところっすけど、どこで会えるのかさっぱりっす」
少し陰謀論の真似事に熱くなってしまったことを反省しつつ、真陽はため息をついた。
何度も繰り返しているように、神と鏡助の言動は真逆である。
『山乃端一人を助けて欲しい』と言っていた彼の態度は間違いなく本物だった。
「むぅ……」
再び唸り始めるドラゴニュート。
これ以上の進展は無いだろう。
「そろそろ良いっすか? もう用が無いなら帰って欲しいっす」
「そう急くでない。……じゃが、有意義な時間じゃったよ。ありがとう」
彼女の中で結論が出たのか、落ち着き払った様子で礼を述べると、ドラゴニュートはゆっくりと立ち上がった。
「また会うことの無いことを願っておるよ。……じゃあな、人間」
「それはこっちの台詞っすよ。竜人」
最後まで名前を呼び合うことはなく、昨日の敵は去っていく。
二度と出会うはずの無いと思っていた彼女は、常に遠いところを見つめていた。
ドラゴニュートは既に一人の命を狙っていないようにも思えた。
――いつか、和解出来る日が来るのだろうか。
入れ違いになるようにして一人が帰ってくる。
まだ目が赤く腫れているようにも見えたが気にせず、彼女が向かい側の席に腰を落ち着けるのを見届けた。
「ごめんなさい。遅くなったわね」
「いや、むしろ丁度良かったっすよ」
「そ、そうなの……?」
「こっちの話っす」
すっかり冷めてしまったクリームシチューに口をつけようとする一人を見て、何か新しいものを注文しようとメニューを手に取る。
ふと時計を見ると14時を回っており、ランチタイムは終了していた。
入り口付近からドラゴニュートの叫び声が轟く。
「なんじゃこのドア!? ボンドで固められたように開かんぞ!?」
真陽が驚いて声のする方を見ると、1箇所しかない出入り口を力づくで引っ張って開けようとするドラゴニュートの姿があった。
人の目を気にしてか翼までは広げていないようだが、竜人の血を引く彼女が全力で引いてもびくともしていないようだった。
立て付けが悪くなったのか、それとも――。
『ピンポンパンポーン☆ 本日はファミリーレストラン「Joseph」にお越しいただきありがとうございます☆
午後2時になりました。これよりランチタイムを終了とさせていただき、開店記念特別イベントを開催したいと思います☆』
天井のスピーカーから、場違いな程に明るい、よく通る女性の声が店内に響き渡る。
何だか急に嫌な予感がして店員を探すが、先程まで注文を取っていたウェイターの姿はどこにも見当たらない。
――それどころか、不自然なほど店内は閑散としていた。
「……山乃端さん、ちょっと窓から離れて欲しいっす」
「急にどうしたの? ……うん、分かった」
一人は状況がよく飲み込めていないようだったが、真剣な眼差しで訴えかけると緊急事態ということが伝わったらしい。
彼女が窓から距離を取ったことを確認して、真陽は財布からコインを取り出す。
それを握りしめた右手の親指に乗せると、弾く力に加速を付けて200kmの速さで窓に投げつけた。
直後、キィインという耳障りな音が店内に響く。
コインを勢いよくぶつけられた窓にはヒビが入るどころか、傷ひとつ付いていない。
「やっぱりこれ、ただの窓ガラスじゃないっすね」
扉がダメなら窓から――と思ったが、尋常ではない硬さのガラスが使われているようだった。
あるいは、何らかの魔人能力が使われている可能性も考慮すべきだろう。
「おい人間、一体どうなっておるんじゃ!」
「それはこっちが聞きたいっすよ」
むすっとした表情で戻ってくるドラゴニュートを見て、一人が「ひぇっ」と声を漏らす。
「ど、どうして貴女がここに居るの……?」
「おぉ、お主も来ていたのか! 安心せい、いきなり取って食ったりはせんよ」
「そんな素振りを見せたらもう容赦しないっすよ」
怯える一人、笑うドラゴニュート、睨みつける真陽。
三者三様の表情が突き合う形となったが、今ここで3人の利害は一致していた。
もはや争っている場合ではない。
「妾たちは何かに巻き込まれようとしている――そうじゃな?」
「身内に犯人の心当たりがあるのが何とも言えないっすね」
やはり卓成の知り合いを信用するべきじゃなかった、と真陽は深いため息をつく。
一人の安全を確保するためにも今すぐ退店したいところだが、出口は全て塞がれているのだろう。
元凶に繋がっている可能性の高い卓成を探そうと立ち上がる。
その時、機械のような駆動音と共に天井の隅から吊り下げられるようにして、巨大な液晶モニターが出現した。
3人の視線がモニターに注がれる。
間もなくして点灯すると、一昔前のJ-POPをBGMに流しながら、不気味な仮面を付けた女性の姿を映し出した。
『お食事中のみなさん、あるいは退店しようと考えていたみなさん、ごきげんよう☆
私はゲームマスターのヒヤシンスよ☆ これからしばらく、よろしくね☆』
仮面越しとは思えないほどハキハキと聞こえる声で、ヒヤシンスと名乗る女性は身振り手振りを交えながら自己紹介を済ませた。
その胡散臭さは卓成にどこか似ている。卓成の知り合いとみて間違いないだろう。
よく見ると彼女は学生服を着ている。
しかもその制服は、真陽も見覚えがあるものだった。
――希望崎学園の生徒だ。
仕事柄、様々な顧客の顔を覚える真陽にとって、希望崎学園は何かと因縁深い。
彼らが校外実習で逢迷街道を訪れに来たこともあった。
そして、希望崎学園の生徒は魔人が多いと聞く。
これは厄介なことに巻き込まれたな、と真陽は辟易するしか無かった。
ざわつく店内を大袈裟に見渡すような素振りを見せると、彼女はこれから起こるイベントの内容を端的に告げた。
『今からみなさんには、脱出と生き残りをかけてデスゲームをしてもらいます☆』
彼女の一声で、地獄のゲームは遂に始まる。