1.
ウスッペラードと「山乃端一人」
◇
東京はいま、ダンゲロス!危機に包まれていた!!
下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケが街に解き放ったヴァンパイアたちが、いつの間にか東京を埋め尽くしたのだ!!
ヴァンパイアたちは無辜の民の首筋に痒くなる薬を塗りこんで、人々を次々とヴァンパイアにしていく!!!
そう!!第二話で一般人がほとんど出なかったのは、実は伏線だったのだ!
ウスッペラードと「山乃端一人」たちは、渋谷区から脱出できずにいた。
「くそう。下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケめ。もしかして初めからこれを計算してたっていうのかよ」
「多分違うんじゃないかな」
ウスッペラードは少女を見る。
少女は怪人に抱えられた状態で、襲い来るヴァンパイアたちから逃げまわっていた。
「それにしても零人さんたちともはぐれちまったな。大丈夫かよアイツラ」
怪人と少女は路地裏に逃げ込む。ビルとビルの間から見えるスキマから、ヴァンパイアたちは次々と関係のない人々に痒くなる薬を塗っていく。
「IYAAAAAAAAA!!」
「くっ!ただ人々が襲われるのを黙ってみてるしかないとは」
「兄さんたちより、今は自分たちのことを考えないと」
怪人は「山乃端一人」を見る。
いま、彼はこの少女を無事に助けることだけを考えている。
しばらく前にはあり得なかった思考だ。
いったい、何がどうしてこうなったのか。
もう自分は「悪人」にはなれないのか。
そんなことばかり考えてしまう。
「おやおや、「赤い君」さんはもう倒されてしまったのか。アレは仕立てるのに随分と時間がかかったのだが。こうも呆気なくやられてしまうと遣る瀬無い」
路地裏のつきあたり。
そこに、いつのまにか男が立っていた。
「なんだテメェ。いつのまにいやがった」
「いつのまに、とは。初めからいましたよ」
男は発言を無視して、近づいて来る。
「山乃端一人」が危ない。
とっさにそんなことを考える。
が、男はその獣じみた銀髪を揺らめかせ、怪人の手を掴んだ。
「おお!やはり貴方がウスッペラードさんですね!」
「……は?」
「その嘴!触手!素晴らしい!アナタが取り込んだものは全てペラペラの紙になってしまうわけだ」
ウスッペラードはらしくもなく、男の存在に驚いた。
男は、そんなウスッペラードをよそに、勝手に怪人の手袋を取り去り、うねうねと蠢く触手を愛おしげになでる。
「山乃端一人」の視線が怪人に突き刺さる。
が、怪人は無言で首を横に振って答える。「こんな奴は知らない。知り合いですらない」と。
怪人のメッセージを理解した「山乃端一人」は、いま、はじめて男を見た。
男は、今のところ「山乃端一人」にはさしたる興味も見せず、ただウスッペラードの触手をめでている。
「あゝ素晴らしいですねぇ、とてもとても素晴らしい。なにより素晴らしいのはアナタのその嘴。その歪んだ、その嘴の歪みのなんと儚いこと!もっとよく見せておくれ」
「お前……」
変態か?とは聞きたくなかった。
少女は知らない過去だが、ウスッペラードはかつて、ブルマを履いた変態に厳しいお仕置きをされたことがある。それがトラウマになっており、変態には特に注意する癖があった。
「儂はごん。狐乃琴。ウスッペラードさんのしがないファンです」
儂?儂と言ったか?
ファンを名乗った男は、しかし、よく見ればその銀髪の両サイドが妙に尖っている。
美形だ。ウスッペラードに男色の趣味はないが、男のウスッペラードでも美形だと思わせるほどの造形美がそこにあった。
しかし、その顔の上に乗っかっている両サイドのとんがり……アレは、獣耳という奴では?
「ナニモンだ、テメー、ただのオレのファンじゃねえだろ」
「いかにも、儂はただのファンではありませぬ。ウスッペラードさんの大ファンも大ファン。悪戯に負け続け、ついには「悪人」ですらなくなった怪人の、一番のファンです」
その言葉に「山乃端一人」がピクリと反応した。怪人もそれに気づいた。
そして、男はまるで二人の対応がわかっていたかのように、微笑んだ。
その口元から獣の牙が見える。
ヴァ、ヴァンパイアだ……!
「アナタが「悪人」になれる方法を教えてあげましょう。」
狐はその口元をウスッペラードの耳のあたりにやって、そして甘く囁いた。
「「山乃端一人」を殺すのです」
多田野精子と柳生
◆
遥か広大な宇宙の果て、そのさらに深淵から湧き出たものがあった。
精子である。ゆうに億を超える数だ。
彼らは山乃端一人との交合を目指し、別世界から飛来した精子群だ。
精子とは一般に頭部・中片部・そして尾部で構成された、さながらオタマジャクシのような構造体のことを言う。その存在理由はひとえに卵子との合体。即ち受精である。
だが、彼らは精子といえどもただの精子ではない。多田野精子だ。
山乃端一人を想って発射された全ての精子は分裂・集合・変質・自己増殖を繰り返す習性が付与される。その成れの果てが多田野精子という存在だ。それは最早、精子という範疇を超えた異形である。成る程、彼らの中にサメやジェイソンのような姿をした精子たちすら見受けられるのも道理である。
これらは全て、一人の淫魔人の能力を発端とした現象だ。
彼らに個は存在せず、ただ精子が本来有する、卵子に対する運動能力を、山乃端一人への渇望へと変換させられている。
数億の精子達は進撃する。自己改造を続ける彼らのスケールは、広大な宇宙の只中にあっては、元より比較対象たりえる物も存在しない。
——到達!到達!
——次なル世界に到達!
——山乃端一人の存在ヲ感知!
自己を念波に改造したテレ精子パスが光よりも速い速度で精子群にメッセージを送る。
——山乃端一人の存在ヲ感知!
——山乃端一人の存在ヲ感知!
だが、蠢き、別れ、結合し、増殖する白濁の群れの中に、数百ほどの異質物が混ざっていた。
柳生である。
——ナンダ!?コイツらは!?
柳生とは、一言で言えば柳生である。
柳生はダンゲロス世界で知られる柳生とは違う。
ならば、それは柳生と形容せざるを得なかった。
——我らの中に異質物を確認!!精子の中に異質物を確認!!
——繰り返す!!我らの中に異質物を確認!!
突然の柳生に他の精子たちも一様にどよめく。
数億もの精子たちが一斉に鳴動する光景は、状況が状況なら太陽系が一瞬にして滅んでしまうほどのエネルギーだ。
柳生は柳生だが、精子にとってはそんなことを理解する知性もない。
だが、次の瞬間、テレ精子パスは理解した。
柳生とは何かを。
それは精子と柳生の強烈な相似関係に因る必然だったか。
——異質物を確認中!!
——いや待テ!
——否、コレは……コレは……
彼らは即ち……柳生精子だ。
——柳生精子だ!コイツは精子だ!
——精子ナラバ我々の仲間!問題なし!
考えてみれば単純である。
柳生世界において、無数に存在する柳生ミームの可能性、これを柳生因子と呼ぶ。全ての柳生は柳生因子を組み込まれている。
それってもう精子じゃん。つまり柳生因子とは柳生十兵衛の精子のことである。自動生成柳生も柳生減数分裂により生まれた柳生精子たちだったのだ。
畢竟、柳生世界も柳生十兵衛の陰嚢といったところか。柳煎餅には悪いと思うがこういうことにしたい。許してくれ!
柳生因子とは、柳生精子だったのだ!こんなものを打ち込まれたら、そら人は耐えきれず死ぬ!自我も崩壊しよう!なぜなら柳生十兵衛の精子だからだ!!
自己増殖を繰り返す多田野精子と、可能性世界で永遠に夢を見つづける柳生精子、二つは根源的に同じものだったのだ。
そして、多田野精子たちの只中にいる柳生精子たちもまた、山乃端一人を思って撃ち出された精子たちだった!
つまり、柳生でありながら多田野であり、そして精子!!
——柳生!!
——柳生!柳生!柳生!
精子たちが、多田野精子たちが柳生に塗りつぶされていく。他の精子との融合能力を有する彼らに、柳生精子を拒む術はない。精子とは遺伝子の方舟に他ならないからだ。彼らに容れ物を規定する能力はあれど、内蔵する遺伝情報まで守るプログラムは持たない。
柳生注入♂
瞬く間に柳生ミームを組み込まれた精子たちはそれでも尚、大宇宙を彷徨う。
山乃端一人と出会うために。
——総員に告ぐ!
——目標とすべき星を発見!
そして彼らはついにたどり着いた。
——目標補足!転校生の気配なし!
——待て!転校生の気配がナイだと!?
彼らの前に現れたのは、地球という小さな星……などではなく。
——なぜ転校生がいない!?
——理由不明!!我らの進路を邪魔するモノがイナイ!繰り返す!我らの進路を邪魔するモノがイナイ!
それは球形ですらなかった。
——指だ!!
山乃端一人の気配を辿って、彼らが到達したはずの地球圏。
だがそこには地球の姿は影も形もなく。
本来、地球のあるべき場所には、一本の巨大な指があった。
巨大?果たして大宇宙では、自らのスケールを比較する対象を見つけることすら困難だ。
——指だと!?
——地球のアルべき場所に巨大な指がある!!
彼らは皆、釈迦の掌を飛ぶ孫悟空だったか。
或いは別世界に迷い込んだアヴァ・シャルラッハロートという例もある。
兎に角。
彼らの目の前に現れたのは、精子たちの姿に比してあまりにも巨大な一本の人差し指だった。
それはあまりにも唐突で、そして禍々しすぎた。
——止まレ!総員止まレ!
——ダメだ!指の発する力に吸い寄せられる!!
——柳生!柳生!
精子たちが、柳生たちが指の放つ邪悪な気配に吸い寄せられていく。
——ダメだ!
——このままでは……指に受精してしまう!!
彼らが泳いでいたのは、本当に宇宙だったか。
それは宇宙に比してあまりにも小さな一つの胎内ではなかったか。
——ダメだ!全ての精子が……柳生!柳生!
——柳生!柳生!柳生!柳生!柳生!
——柳生!柳生!柳生!柳生!柳生!
哀れ精子たち、指に受精……!
——グォォ……山乃端……一人……
柳生と悪い夢
◇
暁を忘れてしまうほどの春の陽気だ。
といっても、時刻はとうに昼を大きく過ぎているのだが。
大和国柳生庄。
攻めるには困難で、得るには利のない辺境である。
あたりには雅な梅が咲き誇る。
あちこち塀の剥がれ落ちた無精な丘。その小高い丘の上に、一軒の城が立っていた。
城と言っても、天守閣もない、いわば居館に過ぎないのだが。
この居館の縁側に、昼間から居眠りをする三十半ばの剣士がいた。
「これ十兵衛、客人が来たというのに居眠りをしてるでないわ」
いま、居眠りをする剣士の頭を打った者がいる。
それは袈裟を纏った禅僧だった。
禅僧の名は沢庵和尚という。
沢庵が「十兵衛」と呼んだ三十半ばの剣士は、しかしながら春の陽気にも関わらず、その寝顔はあまりにも悪夢に魘されているようであった。
「む……お、おお。これは沢庵殿。拙者、居眠りをしてござった。あいすまぬ、許せ」
やがて目を覚ました剣士——十兵衛と呼ばれた男は、目を覚ますなり開口一番にそういうと、目の前の沢庵を見上げた。
それに対し、十兵衛のあまりの体たらくに、流石の沢庵も心配する。
「全くと言いたいところじゃが。どうした十兵衛。お主にしては、どうやらあまり良くない夢を見ておったようじゃ」
「あいや。沢庵殿、それがどうにも妙な夢でござった。拙者の精子が指に受精し……???」
言ってる本人が一番奇妙な様子である。夢の中の出来事とは得てして記憶に留まらないことが多いが、いま、彼の場合でも全く同じ現象が起きたようだ。柳生接触による可能性の世界線の不条理を垣間見たのだから、むしろ記憶に残らない方が良い事ではあるのだが。
それにしても、十兵衛の口から飛び出る突飛な話を聞く沢庵和尚の怪訝な顔だ。目の前の十兵衛は無精で女に弱いが、しかしそんなことを言う奴ではないと、沢庵が良く知っている。沢庵と十兵衛の付き合いは、十兵衛の父、宗矩の代まで遡る。その十兵衛から今しがた出た言葉。彼はいま「拙者の精子が指に受精」などと言わなかったか。
「おやおや。これは面白いかたですこと」
二人の二人らしからぬやりとりに、横から口を挟んだ者がいる。十兵衛の方も、この発言で初めて沢庵以外に人がいることに気がついたようだ。
沢庵和尚の横に立っていた人物。それは編笠を深く被った女性だった。
「お主に客人じゃぞ十兵衛。たまたま今しがた道中で出会ったかたでな。なんと敵討ちのためにお主を頼ってきたという。どうじゃ、この者を不憫とは思わぬか」
女は深々と十兵衛に頭を垂れた。
その顔立ちには妙に見覚えがある。
それは十兵衛がかつて娶っていた女性の面影を感じさせなかったか。
論理と情熱
◆
渋谷区道玄坂。ウスッペラードと「山乃端一人」が狐乃琴に邂逅したのとほぼ同じタイミングで、転校生である論理は仲間の情熱を回収することに成功していた。
「待たせたな、情熱よ。助けに来たぞ」
「論理……何度も助けてもらってごめんよ」
「そう言うな。我らは「山乃端一人」の強奪を目的とする同志ではないか」
論理は、情熱が第二話で「赤い君」に捕まった時、それ自体はどうでもいいと考えた。
ただ、最終的に自分が助ければそれでよいと思ったからだ。
それゆえ、初めから「赤い君」のことを味方だとは思ってなかった。駒とすら考えてなかった。
「ああ、そうか……論理、どうやら僕は、ずっと前から君のことを仲間だと思っていたんだね……」
情熱は一人ごちる。
論理は情熱をおぶさったまま、大通りを歩く。論理の放つ凄まじい剣気に圧されて、ヴァンパイアたちも迂闊に痒くなる薬を塗ることができない。
そしてしばらく歩いていると、路地裏で言い争いをしているウスッペラードと「山乃端一人」、そして狐乃琴を見つけた。
「だーかーら!なんでオレが「山乃端一人」を殺さなきゃいけねーんだよ!!」
「そうですよ!?馬鹿なんですか?なんで私が殺されなきゃならないんですか?」
「ですから、そこの少女を守ろうとするからこそ、貴方は「悪人」になれないのでしょう!?」
論理は驚愕した。
狐乃琴。まさかここで一番厄介な奴と出会うとは。
転校生の間でも一番出会いたくない奴ランキングで上位(7位)に入る屑。屑オブ屑。
若干ストーカー気質のある獣じみた思考の屑なのがたちが悪い。
しかも論理には個人的に狐乃琴と会いたくない理由があった。
「見て論理、アイツラなんか言い争ってるよ」
「何をやっているんだあのアホたちは……」
見ていると、どうやら狐乃琴がウスッペラードを言いくるめようとしたが、失敗したようである。なんでアイツはウスッペラードを説得しようと思ったのか。論理にはそれが不思議でならなかった。
「はー?意味分かんねえ!!何がどうなってそんな理屈になるんだよ」
「なんで分からないんですか!?明らかに「山乃端一人」が貴方が「悪人」足りえるのに足かせになっているでしょう!?ねえ、「山乃端一人」さんもそう思うでしょ!?」
「なんでそこで私に話を振るんですか!?そんな答えづらい質問をよく初対面の人間に向かってできますね!!?第一そんなこと思ってません!!」
ぎゃあぎゃあと三人はわめき、まくしたてあう。
ヴァンパイアたちも物珍し気にスマホで動画をとっている。
このアホたちを止めるべきか否か。
しかし関わりたくない。
「ねえ、これは「山乃端一人」をゲットするチャンスなんじゃない?」
「いや。まあそうなのだが、うん」
純粋に、関わりたくない……!情熱には悪いが、今、こいつらの喧嘩に割って入る自信がない。論理も人の子だ。
「というかさっきからなにベタベタとウスッペラードさんに触ってるんですか!離れてください!!ウスッペラードさんから離れてーーーーーーー!!」
「しかし、貴方さえ死ねばですね、万事解決……」
「そんなことしたらな~「山乃端一人」が死んじゃうだろーが!!やっぱ馬鹿だろテメ―!!」
ウスッペラードの触手がウネウネと狐乃琴を捉えて取り込んでいく。狐乃琴は嬉しそうにウスッペラードの触手に取り込まれていく。もし変態の世界に番付があるとしたら、狐乃琴はいわばムツゴロウだ。
奴は人を人とも思わない。家畜同然に思っている。ただし、その接し方はムツゴロウだ……!!
「ねえ、論理。アイツラなんか様子が変だよ」
さすがの情熱も、狐乃琴が変態であることに気が付き始めたようだ。
ウスッペラードの触手に取り込まれながら喜ぶ奴は、多分狐乃琴くらいしかいない。
そんなウスッペラードも滅茶苦茶いやそうだ。「山乃端一人」も必死に狐乃琴をウスッペラードから引き離そうと試みている。が、離れない。
これは狐乃琴が変態だというより、ウスッペラードの触手自体が一度とらえた獲物を離さない性質があるようだった。
「ウスッペラードさん!!コイツから離れて下さい!!コイツ変態ですよ」
「変態だなんて人聞きの悪い!!儂はただ「山乃端一人」とウスッペラードの両方を飼いたいだけですよ!!!!」
「純然たる変態じゃねーか!!」
こうなる……!
狐乃琴、基本的に人間の感情を理解しないから、だいたいこうなる……!
そして変態だとバレる。バレた。
その時だ。一部始終を撮影していた群衆をかき分けて、一人の男が姿を現した。
「やあ君たち!喧嘩のところ悪いが、もう5時だ。良い子は歯磨きしてグンナイするお時間だよ」
説得マンだ。
説得マン。まさかここで一番厄介な奴と出会うとは。
転校生の間でも一番出会いたくない奴ランキングで上位(5位)に入る狂人。狂人オブ狂人。
本当に何を考えているのかわからないうえに、やることなすこと一々致命的な事態を引き起こすから本当にたちが悪い。
「説得マン!!」
「待て情熱。やつに話しかけるな」
論理は止めたが、もう遅かった。
説得マンは情熱の肩をぽんぽんと叩いた。
「坊や。論理さんはどうやら狐乃琴と個人的に会いたくない理由があるようだ。この場であの三人を仲裁できるのは君だけだ。どうかあの三人を無事に家に帰らせて歯磨きをしてグンナイするように仕向けてくれないか」
「わかったよ、説得マン」
「待て待て情熱。これは説得マンの意味のない罠だ」
論理は止めたが、遅すぎた。
情熱は狐乃琴の前に躍り出てしまった。
「待った待った皆の衆。これ以上の変態狼藉はこの情熱が許さねえぜ」
「なんか出てきた」
「何だコイツ」
「イカレてんのか」
三人の反応は冷ややかで、情熱は若干くじけそうになったようだが、しかし持ち直したようだ。出来ればそこでくじけてほしかった。
しかし狐乃琴の行為を指して変態狼藉とはよく言ったものだ。
「やいやい!僕はエーデルワイス三人衆の一人、情熱だ。「山乃端一人」を手に入れるのは僕たちエーデルワイス三人衆だよ。ウスッペラード、そして「山乃端一人」。この変態狼藉男は僕が足止めしてあげるからおとなしくお家に帰りなさい」
情熱はそう言いながら、被っていたフードをついに脱ぎ捨てた。
今まで、誰にも見せることのなかった顔を。
その顔に、「山乃端一人」は随分と驚いたようだ。思わずウスッペラードの触手から手を離してしまった。
その一瞬を見逃す狐乃琴ではなかった。彼はウスッペラードの触手を軽々と引きちぎると、高らかに笑いながら情熱に近づいてゆく。
「くっく。これは面白い余興だ。「山乃端一人」。そしてウスッペラードさん。この男に免じてやろう。しばらくコイツと遊んでやる。さっさとこの場から去れ」
「待って……」
「山乃端一人」が何か言いかけたところで、ウスッペラードが彼女を抱えて走り出してしまった。
「こういう場合はさっさと逃げるんだよ!!何がどうなってんのかわからねーが!!サンキューな、情熱!」
「いいからさっさとお家に帰りなさい、「一人」」
なおも「山乃端一人」が何か言おうとしたが、ウスッペラードが彼女を抱えていずこかへと走り去ってしまった。
一瞬、目が合った。
情熱は嘆息する。
本当にあの二人を行かせて良かったのか。それは説得マンにしかわからない。
「名前、覚えててくれたんだ……」
「死ぬ準備は出来たか?」
狐乃琴が腰にぶら下げた籠を開く。
なにかまがまがしい空気が辺り一面に立ち込める。
と、その隙をついて、成り行きを見守っていたヴァンパイアたちが一斉に情熱に襲い掛かった。
「えっ」
「あっ」
「しまった」
狐乃琴もまさかこの事態は予測していなかったようだ。
情熱は、ヴァンパイアたちにあっという間に痒くなる薬を塗られてしまった。
「うあああああああああ痒いよおおおおおお」
ヴァンパイアと化した情熱はもんどりうちながらどこかへと去ってしまった。
「ああそんな……!情熱がヴァンパイアになっちまった」
説得マンは絶望しながらどこかへと去っていった。
ただ、余りにも哀し気な余韻を残して。
☆ダンゲロスSSエーデルワイスヴィラン名鑑
No.007
名前:山乃端三人
能力:ネオ・アトラス
「山乃端一人」の存在を狙うエーデルワイス三人衆の情熱の正体。「山乃端一人」
のすむ世界の山乃端三人とは別人だが、顔は瓜二つ。どうやら元居た世界で山乃端一人を亡くしたらしい。
その能力は主観的に認識したことのない土地をランダムで別の世界へと繋げるワープ能力だが、世界が冒険物小説に見えているらしく、そのため「メタ認識能力者」と誤認されるという謎の制約を抱える。そのためよく「第二話の敵キャラみたいな奴」と思われており、本人も困っている。
No.006
名前:キーラ・カラス
能力:サリュート-451
ウスッペラードたちの世界のキーラ・カラス。実は「山乃端一人」の命を狙う旧山乃端家勢力の差し向けた刺客。味方のふりをし、隙をみて「山乃端一人」の命を狙っていたが、その場のノリで裏切った。彼女が所属する口舌院家が、「山乃端一人」の力を求めることに対して元々あまり乗り気ではなかったし、キーラ・カラス本人もそれでいいと思っている。
やたらと「キーラ」「カラス」と語尾をつけるのも完全に演技。その本性は割と冷徹。
本人は気付いてないが、実は上位世界のメタキーラ・カラスと繋がっており、メタ山乃端一人とともにいくつかの行動を操られている。
2.
キーラ・カラスと狐乃琴
東京二十三区の某所にある口舌院家の屋敷で、一人の少女が和装姿の男性と向かい合っていた。
少女は外国の貴族令嬢じみた見た目の、セーラー服の少女。
キーラ・カラスだ。
「口舌院の当主は貴方様にお会いいたしません」
広い、何もない畳の空間。昏く、二人以外には他に誰の姿も見えない闇の中で、キーラ・カラスは正座したまま、言い放った。
一方で、向かい合う和装姿の男性は胡坐をかいている。
彼の方が客人だというのに、随分とふてぶてしい。
よくよく見ればいでたちも奇妙だ。 切れ長の目から覗く瞳孔は鳥獣の如く縦に割れている。注視すれば爪と牙も尖っており、見れば見るほど、およそ人らしさを感じさせない。
「おやおや。わざわざ遠いところから、遠路遙々こんな人間臭い文明まで来てやったというのに。開口一番それとは」
「口舌院家は貴方様の企みには与しません」
キーラ・カラスは獣人のような男に、悠然と言い放つ。
いったい誰が気付くだろうか。普段語尾を「キーラ」「カラス」などと話している胡乱存在が、その実、語尾を取り払うだけで、なんかすごい真面目に見えるなどとは。
獣人の男は納得いかない様子だ。立ち上がると、わざとらしくキーラ・カラスに詰め寄る。男の長い銀髪が揺れて、闇の中でも妖しげな光を放つ。
男が腰にぶら下げた銀の籠がしゃらしゃらと軽快な音を鳴らした。
「なぜだ!なんともまあ薄情なもんだ。儂を一体誰だと思っている!?狐乃琴だぞ」
「貴方様が誰かなど関係ないこと。これは口舌院家当主がおきめになったことです。どうぞおかえりください」
キーラ・カラスは左手を前に差し出す。その方向は一切の闇だ。
狐乃琴と名乗った獣人は、むしろふんぞりかえって小馬鹿にした態度をとる。
「ふん、当主!?当主といったか、はん!」
「なにかおかしなことでも?」
「おかしいも、おかしいさ。儂の知る限り、この世界の口舌院家当主は口舌院花言葉という者だ!」
口舌院花言葉。
その言葉に、キーラ・カラスがピクリと反応する。
「どちらでその名前を?」
「気になるか?気になるかね?口舌院花言葉とは古いつきあいだ」
「ご冗談を。当主が人前に姿を現すことはありません」
「くっく」
狐乃琴は嬉しそうに笑う。
その軽い態度や口調から、彼の正体や本音を推し量ることは非常に難しい。
キーラ・カラスは、表情を一切変えずに狐乃琴を見据える。
狐もまた、キーラを睨みつけた。
「例えばいま、儂の目の前に居るのがそうだろう。のう?口舌院花言葉とは、口舌院家の合議制の隠語じゃ」
「そこまでご存じでしたか」
キーラ・カラス。彼女はこの世界において、口舌院家の人間だ。
しかも、ただの親族ではない。彼女は口舌院家の最高意思決定機関「口舌院花言葉」の一員でもある。
このことを知るものは、基本的に口舌院の人間だけだ。
キーラ・カラスは訝しむ。
目の前の人間は、果たしてただの転校生なのかと。
狐が腰にぶら下げた鳥籠が、軽快に揺れる。
「口舌院だけではないぞ。柳生、多田野、三岸、山居。「山乃端家」を構成する東京名家のことは全て詳しい。儂はお主らのことなら何でも知っておる」
「……」
「くっく、気になるよなあ。なぜ儂がこうまでこの世界のことにくわしいか。」
しゃらしゃらとした金属音が宵闇の中で胎動するように跳ねまわる。
狐は至極愉快そうに嗤っていたが、キーラ・カラスの反応がないものとわかると、つまらなそうに口を開いた。
悪戯心が強いのか。あるいは人の完成を理解しない獣か。
キーラ・カラスは考える。
目の前の転校生は、なぜ、「山乃端一人」を狙っているのか。
「愛はさだめ、さだめは死」
狐が唐突にくちにしたそれは、キーラ・カラスにとってはSF小説のタイトルだ。
だが、そんなものをいきなり口に出す道理はない。
つまりこれは、狐の魔人能力を意味する。
「儂の魔人能力じゃ」
「それが如何しましたか」
「如何も何も。儂は自らが「弱きもの、儚きもの」と認識した存在を眷属として使役する。」
「それは随分とまあ、愚かしい能力ですこと」
キーラ・カラスはすでに気になっていた。狐乃琴の語り口を。
なぜ、「山乃端一人」が狙われているのか。
代々少女に憑りつき、「山乃端一人」を強制する霊。その正体を。
「お主もそう思うか!?気が合うの」
狐乃琴は、キーラ・カラスの言に破顔した。
ああ、所詮は獣なのだな、とキーラは想った。
「一般に「弱きもの、儚きもの」といっても受け取り方は人それぞれ。いわんや無限の攻撃力と防御力を持つ転校生をや。じゃからこそ、その線引きは儂自身の裁量で決めるのが定石」
「ではせっかくなので聞きましょうか?貴方にとっての「弱きもの、儚きもの」とは?」
狐が腰に下げた鳥籠がしゃらんと鳴った。
「それは未練よ。見据えていたはずの未来が、一瞬にして現在となり、過去となる!この世に二度と果たせぬ目的がある人間に、儂は同情を禁じ得ないのだ」
未練、と狐は言ったか。おろ
生涯において二度と果たせぬ願い。
望み薄。ウスッペラード。
この狐は、身の丈に合わない願いを有する人間に、そこはかとない欲望を覚えるのだ。
その欲望の形が、凡そ人間らしさを欠いているのは、成る程やはり獣の所作と言わざるを得ない。
「やっぱり、おろかしい」
「じゃろう!?そうじゃろう」
キーラの暴言に、狐は両の手を叩いて喜びを露わにする。彼の左手人差し指は欠けている。
同時に、彼女は理解しつつあった。「山乃端一人」という呪いの正体を。そして、狐との関係を。
「謎解きじゃ、ヒントをやろう。儂が腰に下げておるこの鳥籠はコトリカゴという。赤子の指と生物の死骸を詰め込んだ特製の呪物での。このコトリカゴの内側は、無限に広がる大空間となっておる。言っておくがこんなチンケな広間よりよほど広いぞ」
「呪物、ですか。つまり貴方の正体は」
キーラ・カラスは真っ直ぐ狐を見据える。いつのまにか、狐はキーラの顔と顔の距離まで近づいていた。
狐は相変わらず、感情の読めない笑顔を貼り付けにする。
「お主の考えておるとおり。儂は呪詛師。転校生でありながら呪術を使って人を騙くらかす狐じゃ」
「では、「山乃端一人」とは」
狐は頷く。
「うむ。アレは儂が施した呪いだ。「この世において叶わぬ願いを、自分に近しい少女に強制する」それが、「山乃端一人」という少女の呪いじゃ」
なんともまあ、愚かしいことをするものだ。
かつて、いつぐらい昔になるのかはわからないが、山乃端一人という少女は確かにいたのだろう。
だが、狐に魅入られた。
狐に謀られた。
そして狐に呪いを教えられ、彼女自身が呪いとなった。
彼女に何があったのかは分からない。その境遇は今となっては誰にも知り得ることではない。
だが、呪いとなった彼女は「自分に近い境遇の少女」に取り憑き、自らを慰める装置となった。
何より愚かしいのが、その呪い。
狐の言う呪いとは、死亡非解除の魔人能力に他ならない。
「まるで、安部公房「赤い繭」ですね」
「帰る家が出来ても、今度は帰る儂がおらぬとな!?これは面白いことを言う!!」
狐はまた嬉しそうに手を叩く。
つまるところ、「山乃端一人」も「山乃端家」も、この狐が作り出した呪いなのだ。
別世界からひょっこりやってきて、数百年にわたる呪いを振り撒いた元凶。
諸悪の根源であり、この世界の口舌院家や三岸家もまた、狐にとっては愛玩人形に過ぎないのだろう。
そして、時間を置いてから、キーラが全く愉快そうではないと気がつくと、懐から巻物を取り出した。
「儂の世界で飼っておる31人の山乃端一人が のうち、1人がまもなく「壊れて」しまうでな。そろそろ頃合いと見て、回収に参ったのよ」
「それが動機ですか」
狐は今度はキーラの質問には答えず、巻物を畳の上に広げた。
「お主たちをずっと見てきた。儂はお主たちを大層気に入っておる!特にあのウスッペラードというのが良い!アレはいい未練を背負っておるわ。ゆえにら此度は趣向を凝らすことにした」
巻物には六つの名前が書かれていた。
うなぎマン
中山さま
くり
お松
お竹
かない
この六つである。
「儂の配下、特級呪物たち!その名も六地蔵!数の力でお主たちを弄んでやろうぞ。これは宣戦布告と見なしてよろしい」
六地蔵——
それは、呪詛師である狐乃琴が有する、最大戦力にして、それぞれが最強最悪の呪いを有する存在である。
狐が六地蔵の投入を決めたのは、単に遊び心からに過ぎないのだろう。
「儂は既に六地蔵を東京各所にばら撒いた!このままでは東京は壊滅するであろうの。さて、儂は悠々と「山乃端一人」の回収にでも参ろうか。旧山乃端家勢力が協力せん以上、お主は最早用済みじゃ!」
「まっ待って……」
だが、次の瞬間には狐の腰にぶら下げたコトリカゴから一陣の風が舞い、花びらと蝶々を散らしながら、それは辺り一面を切断するかまいたちとなった。
「呪陣旋風。儂の前では散りゆく花びらや死にゆく蝶こそ全てを切り裂く刃になると知れ」
なんかカッコいい技名を言いながら、狐は素足のまま、破壊し尽くした口舌院邸を後にした。
キーラ・カラスは瓦礫の中から這い出ると、スマホをいじり始めた。
「適当に返事してたら、た、大変なことになったカラス……」
やっぱ不安なときにスマホ弄ると心が落ち着くよね。
ウスッペラードと過去
◇
これはいつかのお話。
どこかの誰かの短い回顧。
ある日の東京、いつものように作戦に失敗した怪人は、アジト(二階建てアパート)で戦闘員たちと反省会を行なっていた。
怪人は嘴を尖らせて憤懣しており、戦闘員たちはそれぞれ顔面にA~Eの文字が書かれていた。
「チクショウ!なんだよハッピーさんとブルマニアンさんって!!普通、ブルマを履いてる方がブルマニアンさんだと思うだろ!!なんでハッピーさんがブルマを履いてるんだよ!!」
「多分、向こうもそれが分かってたから、敢えて逆を張ったんじゃないですかね」
彼らは何度目かになる地球侵略に失敗した。
今度はハッピーさんと名乗る変態と、ブルマにアンさんという男に手痛いお仕置きをされたのだ。
失敗の原因は、いま戦闘員Eが述べたとおり。事前にリサーチしていたはずの情報を、逆手に取られたのである。
戦闘員Eの指摘に、怪人は嘴をツンツンさせて詰め寄る。
「ふざけんなよ!事前のリサーチではブルマにアンさんが変態だって聞いてたじゃん!」
「うう……でも情報を判断するのはウスッペラードさんですよ」
戦闘員Eは怪人の嘴が額に刺さって泣き出してしまった。
「ううぇぇぇぇ……っ!だって、だってウスッペラードさんが調べろって言うから」
「あっ違うんだごめん。今のはオマエに対して言ったわけじゃないんだよ」
しかし、いくら怪人が宥めても戦闘員Eは泣き止まなかった。
この緊急事態に他の戦闘員たちも怪人を非難する。
「ちょっとウスッペラードさん。流石にこれは謝った方がいいですよ」
「いま謝ったじゃん。いまオレ謝ったじゃん!」
「きっと誠意が足りないんですよ」
「うえぇぇーーーーん!!」
怪人は泣き出した戦闘員Eを落ち着かせることができない。そんな無力な自分に打ちひしがれた。
「俺、俺、真面目にやってたんです」
「分かってるよ。オマエは真面目にやってる。悪いのは警察のくせにブルマを履いてたハッピーさんだ」
「でも、こんな失敗ばっかで。俺、この先やってく自信ないですよ……!」
「……!」
驚き黙す怪人をよそに、戦闘員Eは泣きながら言葉を繋ぐ。
「ひっくっ……!俺、戦闘員辞めます……!」
「ちょっと待てよ!それはないだろ!」
怪人は止めるが、戦闘員Eは止まらない。
口から火を吹きながら、怪人と他の戦闘員たちを牽制する。
あと、口から火を吹いたせいでアパートが火事になった。
「待て!戦闘員E!待て!ストップ!!ステイ!」
「止めないでください!ウスッペラードさん……!俺ってきっと、悪の組織に向いてなかったんです……!」
「そんなことない!そんなことないから!」
戦闘員Eは口から火を吹きながら、背中から両翼を展開しながら、竜巻を発生させつつ燃え盛るアパートから脱出を図る。
怪人はそれを止めることができない。物理的に。
「だから待てって!一旦落ち着け!戦闘員E!」
「だって俺、元々人型じゃないし……!これからは地球で絶黒龍のバイトでもして食いつないでいきます!」
「だからそういうことじゃねえって!!落ち着けったら!!」
今やアパートは倒壊し、火に包まれ、ウスッペラードは大家に胸ぐらを掴まれながら戦闘員Eを止めようとしていた。
「だいたい、なんで異世界からの侵略者だからってわざわざ悪人を名乗らなきゃいけないんですか……!理屈が通ってないですよ!!」
「待てよ!それは言わないお約束だろ!!!」
戦闘員Eの死の瞳に睨まれたアパートは一瞬にして消滅した。
この事実に大家の怒りは頂点に達した。
「またテメーラか!!今日こそはこのアパートを出て行って貰うぞ!!」
「バーーーーカ!!もうアパートねーーーーよ!!」
ウスッペラードは叫んだ。叫んでも何も解決しなかったが、叫んだ。
叫んだせいで余計に人が集まってきた。
その隙に戦闘員Eはどこかへ行ってしまった。
「チクショー!なんでこうなる……なんでこうなるんだよーーーーッ」
ハッピーさんとブルマニアンさん
◇
最初、ウスッペラードの野郎から電話で呼び出されたとき、ハッピーさんは何事かと思った。
また悪さでもしでかすつもりなのか。ここ最近、随分とおとなしくなったとは聞いていたが、それはフリでしかなかったのか。
それが、「「山乃端一人」を守りたい。力を貸せ」というウスッペラードの一言で、手を貸してやることに決めた。
「まさか、あの馬鹿から助けを求められるとはね……」
「どうする?ハッピー?罠かもよ?」
ブルマニアンさんがブルマをちらちらさせながら問いかけてくる。
ハッピーさんもまた、ブルマをちらちらさせながら答える。
「決まってるじゃないブルマニアン!困ってる人は助けなきゃ!」
「んもう、ハッピーったら!そうこなくちゃ」
こうして遠藤ハピィはウスッペラードに会うことに決めたのである。
そして翌日。
「ハッピーさん……」
「……」
遠藤ハピィは答えない。
男には、敢えて沈黙すべき時がある。
「どうしたのよ、ウスッペラードちゃん。いきなり呼び出したりなんかしちゃったりしてさ」
「オレはさ、どうも「悪人」の才能ってのはなかったみたいだ」
「……」
ウスッペラードの横には一人の少女が。彼女こそ噂に聞く「山乃端一人」だろう。
呪いを受け継がされた少女。なぜウスッペラードが彼女といるのかはわからない。
だが、疑問には思わない。
いま、ウスッペラードに対してハッピーかい?と聞くのも野暮だろう。
「刑事さん。私は別にウスッペラードさんが誰かにとっての「悪人」じゃなくなっても良いと思うの」
少女の言葉に、怪人は少女を見る。
少女もまた怪人を見た。
「ただ、私にとっての「悪人」でいてほしいと思ってる。難しくって言いづらいけど」
「なんかよくわかんねーが……」
ハッピーさんは頭を掻く。
ブルマニアンさんはブルマをちらちらさせる。
「分かんないけど、分かるでしょ?」
「ああ。わかるぜ。すげー分かる」
「ウスッペラードさん。あなたはもうウチの家族だよ。今、住む家とかあるの?だったらウチに来なよ」
それに対し、ウスッペラードは軽薄に笑った。
「ぺーラペラ!じゃあお嬢ちゃん……アンタ、誕生日はいつだよ?」
「え……5月だけど」
「お嬢ちゃんはさ、いつまで「山乃端一人」を名乗らなきゃいけねえんだ?」
「5月の誕生日までだよ。16歳になったら、初代「山乃端一人」は私の元を離れる」
怪異に詳しい遠藤ハピィはかいつまんで知っている。怪異そのものみたいなブルマニアンさんも知っている。「山乃端一人」とは死亡非解除の魔人能力であること、そしていくつかある制約を。
- 「山乃端一人」は「山乃端一人」と名乗る
- 「山乃端一人」は「山乃端一人」として扱われる
- 「山乃端一人」は家によって守られる
- 「山乃端一人」に選ばれた少女は16歳まで「山乃端一人」となる
現在、「山乃端一人」は「山乃端家」というかりそめの家族によって守られている。
仮に「山乃端一人」が無事に16歳の誕生日を迎えれば、「山乃端家」はお役御免。彼女を守る家は、消えてなくなる。
そして、次の「山乃端一人」が選ばれるだろう。
「なあハッピーさん?どうすればいいとおもう?どうすれば都合のいい未来を手に入れられる?」
「んなこと決まってんだろ。おめーのしたい様にすりゃいいじゃねえか」
「ブルマちらちらさせながら言われてもな……」
ハッピーさんはブルマをちらちらさせた。
「オレさ……次の特撮、出演が内定してんだよね」
「えっ本当!?おめでとう」
怪人の突然の告白に「山乃端一人」は素直に祝福をする。
「だからさ……(広さの描写が曖昧な)お嬢ちゃんのお部屋で一緒にバスケしたりとか、真夜中のドライブで人をはねたりとか……ゲームしたりとか、そういう「わるいこと」を一緒にすんのは、どうしてもこの先、難しくなると思う」
「ウスッペラードさん……」
「だからさ……」
ハッピーさんはブルマをちらちらさせた。そして(広さの描写が曖昧な)お嬢ちゃんのお部屋って何だろうと思った。いやまあ、確かに部屋でバスケするなんてどんな広さの部屋だよとは思うけどさ……なんとなくわかるだろ?だいたい6畳くらいだよ。
「だからさ、お嬢ちゃん。5月になったら、お嬢ちゃんの名前を教えてくれよ」
「うん。わかった」
「よし!じゃあ難しい話はその時また今度だな!」
子供のころとかさ、だいたい6畳くらいの部屋でバスケして怒られたこととかないか?
さて、敵は狐乃琴。そして六地蔵。
うなぎマン
中山さま
くり
お松
お竹
かない
以下は彼らと正義の心を持った只の人間たちの戦いの顛末だ。ただしバイクに乗っている。
時間が足りなかったとかではない。
3.
うなぎマン
◆
ついに狐乃琴配下の六地蔵が動き出した。
第一の刺客は頭部を破壊されたうなぎの呪霊、うなぎマン。
うなぎマンは東京タワーでヴァンパイアたちに必死で抵抗していた。
「うおおおおお俺様の体は特殊なコーティングで痒くなる薬などきかぬわ」
そのときだ!逢合死星、ルルハリル、宵空あかね、ジョン・ドゥ、浅葱和泉。恐怖のバイカー怪異集団がうなぎマンを轢殺しに現れた!いきなり只の人間の枠から大きく外れた連中ばかりだ!!!
彼らは「山乃端一人」のことを知らぬ!ウスッペラードとも親交がない!
だが、彼らの中の正義の心が、街を荒らすうなぎマンをゆるせなかったのだ!
「ぷっぷー!」
「ぎゃああああああ」
恐怖の除霊轢殺!
中山さま
◆
中山さまは特級呪物だ。
いま、雷門周辺は野山が広がる大田舎と化していた。
いま、ブルマをちらちらさせたふたりの男がバイクに乗って、すーぱーブルマニアンさん十七歳とハッピーさんが現れた!
「中山さまってのは劇場型の怪異だ。劇場型とは、能力の被対象者を配役に見立てて、あたかも劇のように能力を進展させる。たいていは強制型を兼ねている」
「中山さまはどうなの?」
「奴の場合は特殊だ。中山さまから逃げようとしたものにだけ、死の呪が降りかかる。つまり逃げずに立ち向かえば勝てるってことだ!!俺たちの得意分野だろ!」
「いかにも!」
中山さまに実態は存在しないが、立ち向かってくるブルマの変態二人に根負けして自ら死を選んだ。ごんぎつねがキライなハッピーさんの大勝利だ!
くり
◆
くりは栗だ。
ごんぎつねがよく拾って、兵十に与えていたのが、栗と松竹である。
栗とは、「無数にあること」の隠語。つまり、悲しみを背負ったくノ一集団のことだ。
「げっげっげ。東京中を放火してやるぜ」
彼女たちの大半はすでにヴァンパイアに襲われ、痒くなっていた。
が、そこにそれぞれ現れたのが瑞浪星羅、空渡丈太郎、徳田愛莉、鬼姫殺人たちだ!
道中、瑞浪星羅と鬼姫殺人がヴァンパイアに襲われたが、なんとか全員無事に除霊できた。
お松&お竹
◆
お松&お竹は、とある人物の親族だ。
抜刀術の達人だったが、なんとか無事にクリープと諏訪理恵の二人でバイク除霊した(クリープはヴァンパイアに襲われた)。
かない
◆
かないは突っ立っていた。
彼女に意志はあるのか。それは誰にも分からない。
かなたから来たものがいる。
彼女は柳生因子をその身に宿した少女。
柳煎餅だ。バイクにも乗ってない。
柳は茫洋とした眼でかないを見据えると、ひとこと言い放った。
「お前も柳生だな?」
そして抜刀した。
さて、ここからは血風吹きすさぶ柳生空間にござる。
んふ。
4.
柳煎餅とかない
柳煎餅は無を構えたまま、敵に打ち込めずにいた。
敵である六地蔵……かないと名乗った女から、殺気や闘気の類の一切を感じられない。
彼女の柳生第六感覚が告げている。
間違いなく、この女は"ただ、なんともなしにこの場に立っている"。
この修羅場の中で……なぜ?
「どうした!?来ないのか」
「……」
柳の質問にも、かないは黙して答えない。
というよりも、答えられないのだろうか。
では、と、柳煎餅の柳生が訝しむ。
どうして、いま目の前に対立するかないに、そこはかとなく柳生の気配を感じるのかと。
「お前も柳生……?」
やはり答えはない。
打ち込むべきか。または打ち込まぬべきか。
柳生新陰流は陰の流派だ。かないの陰にある、何か桁外れの柳生が見え隠れする。
ゆえに、打ち込めない。
柳煎餅は柳生感覚により察知した。
無刀取りとは、おそらく本来こういう状態のことを言う。
正確にはこれも違うのだが、極めて本来の無刀取りに近い状態であることには違いない。
武力を用いないマクロな目的達成のための戦略を仮に最上としたとき、よりミクロな目標達成のための戦術レベルまでその思想を適用すること。さらには技術レベルで「武力による不経済」を回避すること。そしてもっと言うとミクロからマクロへのフィードバック。要は一連の「うまいことやる」術を無刀取りと呼ぶ。
史上初めて無刀取りを成立させたのは柳生十兵衛の父として知られる柳生宗矩おじさんだ。禅宗思想に影響を受けた在り方には違いない。
厄介なのは宗矩がどうやら無刀取りを含めてた柳生新陰流の根幹部分、一番重要な部分を後世に伝える意思が、どうやらなかったらしい、ということだ。
本当の柳生新陰流など、誰も知らないのである。
逆に言えばいくらでも想像の余地があることになるのだが、所詮、想像は想像。
可能性の塊である柳は、むしろあらゆる選択肢に惑わされて動けない。
過去があり、現在があろうとも、未来を選べなければ何もできないのだ。
「どうしました?貴方こそ打ち込まないのですか?」
一瞬の油断。
「!!」
「んん、じつに香ばしい柳生の気配だなあ。柳煎餅、と名乗っているのですねアナタは」
いつの間にか、男が背後に立っていた。
男は地味な和装姿の、銀髪の狐耳の男だった。
どうやって気付かれないうちにここまで近づけてしまったのか、柳には分からなかった。
「属性盛りすぎてません!?」
「えっ……?」
「は?」
「……はじめまして。儂はごん。狐乃琴と申します」
「だから誰なんだ?????」
しばらくのやり取りののち、狐は柳を無視することに決めたようだ。致命的にキャラが合わないと思われたのか。柳にはそれが心外だった。
狐は素足で歩きながら、かないに近づく。
かないは無表情で立つ。狐乃琴がかないに向かい合って立つ。
かないは、彼女こそ、狐乃琴の配下、六地蔵のなかでも最凶の呪物である。
呪物である以上、人ではない。
彼女の瞳はあたかも不気味に光っているようだ。一方で宵闇の月を切り取ったが如く暗い。
「?????」
柳の頭の上に大量の疑問符が浮かぶ。無視すると決めた狐は柳の反応に一言だけ説明を加える。
「コトリカゴ……」
柳の第六感が致命的なまでに風雲急を告げている。
今すぐこの場から離れねば、命に関わる。
だが、それができない。
無刀取りのためか。それとも別の何かか。
いま、狐乃琴はコトリカゴと呟いたが、それが指と死骸を用いた最凶呪物であることを柳は知らない。
かないこそ、かないという一人の人間の肉体を用いた、極めて特異なコトリカゴである。
では、狐自身の指を媒体に、とある最強剣士の精子をコトリカゴに使えば、いかなる事態が発生するであろうか。
「この世に蘇れ!」
狐が腰にぶら下げた鳥籠から、一頭の蝶々が舞い出す。
ひらひらとしたそれは、凶悪なまでに全てを切断するつむじ風を巻き起こす。
と、そのつむじ風はかないを頭から下腹部にかけて一刀の元に切り伏せた。
「魔人、柳生十兵衛!」
かないの皮膚が頭の先からまるで卵の殻を破るように割れてゆく。
と、その内側から突き破るように別人の肉体が姿を現してゆく。
まるで蝶の羽化のようだが、顕れ出でたのは一人の男だ。
かないの体を突き破って出てきた全裸の男は、その左眼が潰れていた。
左眼の十字傷。これ以上の説明は不要だろう。
魔人柳生十兵衛
◇
「やっっ柳生十兵衛!!」
柳は叫んだ。かないの肉体を突き破って顕れた柳生十兵衛に。
この柳生十兵衛こそ、狐乃琴がその能力と呪術を用いて作り出した最高傑作。
人並みはずれた技量と、死の直前になっても自分の人生に悔いを残している強烈な生の欲求を持つ人間が、死の直前に心から愛しいと思う女と交わることにより、新たな肉体と生前より優れた技量を持って生まれ変わるという秘術中の秘術によって生まれた、魔人柳生十兵衛である。(Wikipedia参照)。
強制的に覚えさせられた柳生新陰流の技。一般的にダンゲロス世界で知られる柳生新陰流とは全く異なる。
これ、どう考えてもマウンテンウインドですよね?
逆に聞きますけど、マウンテンウインド以外の柳生がどこにいるんですか?????
柳生因子の正体が柳生十兵衛の精子であることは先に述べたとおりである。
そもそも、よく考えてみたら柳煎餅自身が、柳生因子を組み込まれ、自分とは別人の自我を刷り込まれた少女だ。
マウンテンウインドじゃん……
魔〇転生じゃん……
柳は頭に去来する意味不明の文字列に抗いながら、目の前の魔人柳生十兵衛に向けて無を振り下ろす。
無を刀として取る技。つまり刀が無くても刀を持っているようにできる。何も持たずとも不可視の刀を持っているかのようになる。人も斬れる。受けもできる。
マウンテンウインドじゃん……
マウンテンウインドの柳生新陰流ってだいたいこんな感じだよ……
もうこれ温故知新じゃん……どうなってんだよ……
わかる。わかるよ?いやわかるって。
わかるって言ってんじゃん。
逆に聞くけどさ、柳生と精子を絡めようと思ったらさ、マウンテンウインド以外の結論は出ないと思うけど。逆に聞くけどさ、なんでこれを思いつかないの?
でもさあ、「ダンゲロス世界の柳生じゃない」って公言しておいてさ、じゃあどこの柳生だよってのを明記しないってのは、どう考えてもあちらさんの過失じゃん?
だってダンゲロス世界とは別の柳生だよ?一般的な知名度でいえば思いつくのはむしろそっちの柳生にならない?
しかも自己増殖しながら受精しようとする精子まで出てきてるんだよ?
神様っているんじゃない?
「ふん、無刀取りか」
魔人柳生十兵衛は柳の振り下ろした無を素手でつかみ取った。
「!!」
「筋はいいが修行が足らん」
柳煎餅の背中に鋭い衝撃が走った。
無をつかみ取った魔人柳生十兵衛が、そのまま無にかゆくなる薬を塗りこみ、一瞬のうちに柳の背中をみねうちにしたのだ。
「うあああああああああ痒いよおおおおおおおお」
柳はもんどりうって地面に転がってしまった。
柳煎餅、戦闘不能……!
魔人柳生十兵衛がつかみ取った無は、即座に愛刀、三池典太へと変じた。
無から有が発生するのは宇宙の道理だ。
「素晴らしい剣術だ、魔人柳生十兵衛」
「む、ごん殿か」
狐乃琴が拍手をしながら魔人柳生十兵衛に近づく。
狐は、自らの蒐集癖に忠実に、あらゆる世界をわたってきた転校生だ。
彼が最も心惹かれるのは「弱きもの、儚きもの」。それは未練と同義である。
ゆえに狐が多田野精子に目をつけたのは必然といって良いだろう。彼にとっては、あくまで彼の基準だが、あれほど未練がましい存在は他にないからだ。
狐の練った計略はこうだ。
まず、いずこかの世界から「この世に未練を残して死に向かう柳生十兵衛」を見つけてくる。これがもうウルトラ難易度ハードな気がするし、見つけた時点で早よ蒐集しろやと思わなくもないが、そこに手を加えたいのが狐の性癖なのだからもう仕方ない。
そして、柳生十兵衛が最も愛した女性……彼の家内(かない)を別の世界から連れてきて、自らの指を仕込み、コトリカゴの呪胎とする。この時点で、かないの胎内は無限に広がる大宇宙となる。
このかないこそ、狐が蒐集した31人の山乃端一人である。
しかるのちの死にゆく十兵衛とかないを交合させる。
発射された柳生十兵衛の精子は、山乃端一人に向けて発射されたものであるため、即座に多田野精子となって、別世界を侵略する同胞が、かないの胎内へ召喚される。
だが、柳生十兵衛は柳生だ。ゆえに柳生の属性をあわせもつ。それは柳煎餅という一人の少女を起点として、柳生因子という哲学的命題を生じせしめ、結果、多田野精子のDNAは全て柳生十兵衛に上書きされる。
そこで、狐が自らの魔人能力「未練を残したものを暴走させ、強化する」能力を発動する。柳生精子立ちはかないの呪胎の中で指に受精し、それはかないの肉体すら侵略して、魔人柳生十兵衛という最凶の存在を再誕させたのだ。
「さて。結果的に儂の山乃端一人がいなくなってしまったな。まあいい。あれの心はとうに「壊れて」いた。元々そうするつもりではあったけれども、この世界の「山乃端一人」を回収するいい機会だ」
「さようにござるか」
魔人柳生十兵衛が不気味に笑った。
顔つきや風貌は一緒だが、精神は本来の柳生十兵衛とは全く別物の、魔人柳生十兵衛。
そして全裸……
論理と薄イ望ミ
◆
「山乃端一人」を連れてはぐれた仲間、そして「山乃端家」の家族を探す道中、ウスッペラードは論理に邂逅した。
相変わらず、虚無僧姿に身をやつしている。
「どこへ行く、ウスッペラードよ」
「オレか?お嬢ちゃんを助けによ。アンタ、オレと闘う気かい?」
ウスッペラードは小脇に「山乃端一人」を抱えている。
「山乃端一人」は取り合えず論理を睨みつける。
「んふ。もし拙者が本当にお主と戦おうと思っていたら、お主は既に切られておるよ」
「残念だったな。オレの体は紙でできてるから、切られてもセロハンテープで貼り付けられるんだ」
ウスッペラードが言ったのは事実だ。
それこそ彼の秘策だったが、論理は意に介さない。
「んふ。聞こうか。なぜ「山乃端一人」を守る?狐乃琴の言う通り、あの小娘を殺せば、お前の問題は即座に解決するのだぞ」
「しねーよ。オレはなあ、ただ何となく生きてるだけだ」
「ほう、俺と同じだな。俺も「山乃端一人」を狙うのに動機はない。ただ、なんとなくだ」
虚無僧は嬉しそうに言った。
ウスッペラードはなんとなく、話を続ける。
「俺さ、日本語勉強してんだよね。書き言葉の方」
「殊勝だな」
どこまで本当なのかわからない。
ただ、論理はウスッペラードの言に答えた。
「ウスッペラード……お主の名は日本語で薄い望みだな。望み薄。んふ。お主は薄井望三だ」
「はあ?」
「この先の道をまっすぐ行け。公民館がある。アヴァ・シャルラッハロートはヴァンパイア化したが、それ以外は、お前の仲間たちはそこにいるはずだ。」
そこへ狐乃琴と魔人柳生十兵衛が現れた。
「魔人柳生十兵衛です」
「誰」
ウスッペラードは怖いので先に行くことにした。
魔人柳生十兵衛はウスッペラードを切ろうとしたが、論理が庇った。
論理の編み笠が切られた。
論理と柳生十兵衛
◆
虚無僧姿をした論理の深編笠が切られた。謎に満ちた論理の正体がついに露わになるのか。
と、思いきや、現れたのは般若面だった。深編笠の下に更に般若面で顔を隠していたとは、なんとも人を食った奴だ。
「生意気なやつ、面を取れ!」
魔人柳生十兵衛は激昂する。無限に戦いを欲する修羅へと生まれ変わった魔人柳生十兵衛からすれば、この挑発に耐えられないのも当然といえば当然だ。
それに対して論理は嘲笑うかのような態度を取る。
「取れるものならな」
次の瞬間、あたり一面にすさまじい剣法の大宇宙が巻き起こった。全ての時間は停止したかのように見えたが、気がつけば既に両者の物理的立ち位置は入れ替わっていた。
何が起こったのか。つまり今の一瞬で、二人の剣士以外には視認すら出来ない神速の抜刀交錯が繰り広げられたのだ。
論理と魔人柳生十兵衛。
無限の攻防力を有する転校生と、魔界転生により再誕した魔人。
二人の剣は、双方共に全く同じ——
「あいや、これはしまった。面を切られるとは」
「お主は……!まさか……!」
刀を構えたまま、論理が愉快そうに笑う。
その般若面は、真一文字に切られ、はたと地面に落ちた。
柳生十兵衛と柳生十兵衛
◆
「拙者も柳生十兵衛にござる」
現れ出でた論理の顔面。それは精悍にしてどこか人を食ったような、そして左眼に縦の傷が走った、隻眼の男だった。
「やぁああぎゅうゥウウ」
「じゅうぅべえぇぇェエェ!!︎」
魔人柳生十兵衛と狐乃琴が殆ど同時に絶叫した。
論理の正体もまた柳生十兵衛だった。これは狐乃琴ですら知り得ない事実のようである。
「成る程!お主もまた十兵衛だったか。魔人柳生十兵衛とは別世界の、転校生柳生十兵衛!ならば儂の六地蔵が悉く討ち果たされたことも得心がいく!」
狐乃琴はまるで自分に聞かせるように言い放つ。
それはどこか嬉しそうな調子を含んでいた。
配下の六地蔵を喪い、目の前の敵があの天才剣士柳生十兵衛だと知って尚、この狐は傍若無人な態度を崩さないのである。
だが、論理、転校生柳生十兵衛もまた不敵に笑う。
「勘違いしておるようだが、お主の配下、六地蔵を討ったのは拙者ではないよ。善意の第三者たちとでも言おうか。どうやら、お主の企みを頑として跳ね除けんとする連中は多いようだ」
「なんと——」
六地蔵——
うなぎマン、
中山さま、
くり、
お松、
お竹、
狐乃琴は知り得なかったことだが、彼の配下を討ち果たしたのは論理、転校生柳生十兵衛ではない。それぞれが、あるいは悪を許せぬ性分、あるいは名も知らぬ少女を助けんとする正義の心から立ち向かった者たちである。今の状況もまたそれらの結果に過ぎない。
間近でそれを見てきた論理の結論は、明らかに狐と異なる。
しかし、それでも尚。歯噛みしつつも、なんと狐の口元は緩んでいた。
「なんと素晴らしい!!だがお主の正体を知った以上、儂の今の思いはただ一つ。十兵衛、お主も儂の物となれ!!」
「ほう。なんと」
彼もまた一線を超えた狂人。あるいは元々人間らしき感性など存在しない獣かも知れぬ。
狐には人間の感情がわからぬ。道理も理解せぬ。信頼もない。
ただ、蒐集する。己の目に叶った"弱きもの"、"儚きもの"を。それが一応のコミュニケーションらしきものであると勘違いをしている。
「お主も儂と同じ、所詮は孤独な一人者。ならば儂らと共に永遠の時を過ごすことになんの憂いがあろう!!」
「ごん様、何を申される」
魔人・柳生十兵衛が狐の暴走を見るに耐えかねて口を挟む。だが、狐は己の勘違いを正すそぶりすらみせず、ペラペラ捲し立てる。
「元より儂らは同じ転校生。さらには「山乃端一人」を求める目的を同じくする者!その行為の愚かしさ、虚しさはお主自身が最も知るところ!お主にもあるのだろう、この世への未練が!!」
「面白い。未練か」
「いかにも!!言え、転校生柳生十兵衛。お主の未練を!!儂の能力ならお主を何倍にも強くしてやれる!なあ、儂の世界で永遠に戦い続けよう」
ゆえに狐はここに至って破顔をしていた。
「未練……か。ないよ、拙者には、そんなもの」
「……なんと?」
転校生柳生十兵衛の発言に、狐は耳を疑ったようだ。
十兵衛は嘲笑うかのように、あるいは自嘲するかのように言い放つ。狐は理解できなかったか。転校生であり、「山乃端一人」を求める以上、彼もまた常軌を逸した無法者である。それはもしかすれば魔人柳生十兵衛よりも厄介かもしれない。
「何もないのだよ。拙者には「山乃端一人」を求める理由が。強いて言えば、ただなんとなく……とでも申そうか。他の者がどうかは知らん」
「ただなんともなしに「山乃端一人」を求めているとでも?そんな馬鹿な」
「いかにも。拙者……胡乱にござる!」
言い切った!元より転校生柳生十兵衛に義などない。あまりにも単純な論理だ。理屈ではない。ただそれだけだ。
そして論理は、愛刀三池典太の切っ先を魔人柳生十兵衛へと向ける。
「また、戦いならばお主に頼らずともじゃ。今のこの場で開始することができる。お主はどうじゃ?もう一人の拙者よ」
「いかにも。これ以上の問答は無用」
最早論理は狐には話しかけてはいないようだった。呼応するように、魔人柳生十兵衛も狐の命令を無視して刀を構える。
「待て、魔人柳生十兵衛……せっかくの十兵衛じゃ。殺してはならぬ」
「ごん殿。奴が十兵衛ならば、拙者もまた、ただの十兵衛にござる。今しがた、貴方は奴に未練はあるかと問うたが、拙者にこそ未練がある」
魔人柳生十兵衛……柳生因子に犯された多田野精子が狐乃琴の指に受精することで生まれた魔界の十兵衛である。果たせるかな、彼の身に流れるのは、「いかなる障害を超えても山乃端一人へと向かう」多田野精子の意志に他ならない。それは多田野精子の能力に由来するものだから、どれほど精神が暴走しようとも、止められるものではない。
「拙者にあるのは「山乃端一人」への未練。この意志ばかりはごん殿であろうと止められぬ」
魔人柳生十兵衛と転校生柳生十兵衛。
二人は、今度は己自身の意志で睨み合った。
これはどこの誰の記憶なのか。
少なくとも柳生の記憶には違いない。
柳煎餅が見る柳生の夢か。
或いは別世界の柳生十兵衛が体験した出来事か。
「女、拙者をおもしろいと申したか」
「ええ、たしかに申しましたが」
これは誰かの夢の続きだ。
柳生十兵衛の目の前に、一人の女性がいた。
沢庵和尚が連れてきた客人らしい。
なんでも、親の仇討ちのため、柳生十兵衛を頼って、はるばる柳生庄までやってきたのだそうだ。
だが、なによりも十兵衛を惹きつけたのは、彼女の風貌である。
「似ておるな……」
「……はい?」
十兵衛にはかつて妻がいた。娘もいた。娘の名は松と竹。
生来、女難の性質のある十兵衛はなんとなく頭をポリポリと掻いた。
いま、目の前にいる彼女は明らかに似ていた。十兵衛の妻に。瓜二つと言っても良い。
「いや、なんでもないよ。気にせんでくれ」
「ふふ、本当におかしな方」
そう言って笑う女の顔は、より一層妻に似ている。
一方で、そこにはどこか艶かしい雰囲気があった。
「それでじゃ十兵衛、この者は親の仇のためにはるばるお主を尋ねてきたとのこと。どうじゃ、話だけでも聞いてやってはくれぬか」
沢庵和尚が諭すように十兵衛に話す。だが、十兵衛は相変わらず縁側に寝っ転がったまま、面倒くさそうに頭を掻いている。
女人の方もしばらく唖然と見ていたが、流石に耐えかねたようで、声をかける。
「どうか、お願いします。貴方様は剣の腕においては右に出るものの無い天才と聞き及びました」
「んふ。拙者が天才とは。拙者の腕はまだまだ目指すところとは、ほど遠いよ」
「そんなことは言わず、どうか」
女は懇願するように平伏する。その様子にさしたる興味も見せない十兵衛は、どこか茫洋とした眼で空を見ている。
「すまぬが、女にはちと懲りておってな……」
十兵衛は悩んでいた。邁進すべき己の道について。どうすれば自らの在り方をより極められるのか。
元々義理や人情はあるが、その分、自分の興味の引く事柄には人一倍拘る男である。今、彼にとっては剣の道こそが現在の最も重要な事だ。
と、その時である。
何やら尋常ならざる気配が辺りに立ち込めた。
一体これはどういうことか。何か只事ではない雰囲気が俄かに立ち込めたとしか言いようがないが、強いて言うなら「何かが起こりそうな気配」がしたのだ。
それは十兵衛のみならず、女人と沢庵和尚も同時に感得した、筆舌に尽くし難いものである。
十兵衛の視線が釘付けになる。
彼の視線の先、荒れ果てた庭の池に光り輝く能舞台の幻が現出したのだ。
ことここに至れば、この能舞台は魔人能力でも忍法でもなんでもないだろう。これは柳生十兵衛と柳生十兵衛の濃厚な柳生接触により、柳生の壁が打ち破られたと言って良いだろう。
つまり、柳生因子の高まりが、別世界の柳生十兵衛の呼び水となったのだ。繰り返すが、「柳生」がダンゲロスとは無関係だと明記した柳煎餅のキャラ説が全部悪い!
だって、ダンゲロスとは無関係の柳生ってもう"それ"しかないじゃん!他に何かあったとしてもそれは別の話だよ!絶対に"こっち"じゃん!
人はこれを運命と呼ぶ。
次の瞬間、十兵衛は己のすべきことを大悟した。
十兵衛?この十兵衛は一体いかなる十兵衛か。
魔人柳生十兵衛でもない。転校生柳生十兵衛でもない。ならばそれは彼ら十兵衛とはまた別の、相異なる世界の柳生十兵衛と形容すべきだろう。
「拙者……!あの舞台に飛び行かねばならぬ!そんな気がしてござらん」
「な、何を言うか十兵衛」
「分からぬ!拙者にもこの能舞台のことは皆目見当がつかぬ!だが……ここでこの舞台に立たねば、何か重大な使命を果たせぬ気がしてならんのだ」
やおら十兵衛は立ち上がると、庭に現出した能舞台の幻に向かって走り出した。
「待て十兵衛ーーーっ」
光り輝く能舞台の幻が蜃気楼のように揺らめき、水面に広がった波紋の如く、柳生十兵衛を吸い込んでゆく。
沢庵和尚と、唖然とする女人を置き去りにして。
魔人柳生十兵衛と転校生柳生十兵衛が睨み合う。
一瞬のようでいて、遥かに長い時間が経ったようにも思える。
時間の間隔が薄まる。
今、二人の十兵衛は己の業のために命をかけている。
かたや、この世に残した未練のために暴走し尽くす魔人。
かたや、この世に執着なくただ自由に悪を謳歌する転校生。
二人は近しいようでいて、まるで別物と言って良い。
刀を構えたまま、二人はジリジリと互いの差を詰めてゆく。
が、緩慢な緊張感は一瞬にして花火のように打ち上がった。
まず風が吹いた。そして剣の交錯する火花が散り、次に漸く金属同士のぶつかる音が鳴った。
常人には感覚することすら出来ない。
ただ、それは圧倒的だった。
二人は鍔迫り合いの体勢から、一合、二合と剣を打ち合う。
無限の攻撃力と防御力を有するはずの転校生が未だ魔人柳生十兵衛に対して攻めきれないのは、彼の刀に秘密がある。
「十兵衛、お主。刀に塗り込んでおるな」
「お主もな、十兵衛」
そう、魔人柳生十兵衛の愛刀三池典太の刀身には、痒くなる薬が塗り込まれているのだ。そうである以上、刀身がその身に触れれば、いかに無限の攻撃力と防御力を持つ転校生といえども、無事では済まない。
同時に、それは魔人柳生十兵衛もまた痒くなる可能性を秘めていた。
と、その時。
場の柳生濃度の高まりに呼応するかのように、二人の周囲に光の粒が出現する。
柳生因子だ。つまりこれは柳生十兵衛同士の濃厚接触によって、双方向柳生注入が可視化させた柳生精子である。
「成る程。山に風。山乃端に月は満ちたというわけか」
「意味がわからんが、そういうことだ」
多田野精子もまた、「山乃端一人」を守るために立ち上がっている。魔人柳生十兵衛の意志に多田野精子が少なからざる影響を及ぼしていないなどと、誰が証明できよう。
光り輝く精子たちは、やがて二人の十兵衛を包み込む能舞台となった。
三池典太の交錯による柳生月光蝶。
あるいはこれは三池典太クロスとでも呼ぶべき奇跡だった。
光り輝く柳生精子の舞台の上で、二人の十兵衛は再び刀を構えて睨み合う。
両者は既に理解していた。互いの実力を。
互いに刀身に痒くなる薬を塗り込むことで、互いの刀は致死の威力を持つに等しい。
つまり、次の一撃でどちらかが痒くなる——
二人は互いに向かって走り出した。
「む……?」
「お主……!」
「これは……」
◆
さて何が起こったのか。
魔人柳生十兵衛の目には、向かってくる転校生柳生十兵衛が二人に見えた。
はてさて。柳生の技には剣法の幻覚を見せることであたかも分身したかのように見せる技が存在するが。
どうもこれは様子が違う。
魔人柳生十兵衛は知る由もないが、この乱入柳生十兵衛は魔人でも転校生でもない、全く別世界から柳生召喚された三人目の十兵衛である。
「柳生?」
「十兵衛?」
「三厳?」
互いに誰が何を言ったのかもわからない柳生十兵衛。
ただ、柳生十兵衛に集中すべきところ、突如出現した柳生十兵衛に一瞬だけ気を取られたことが、柳生十兵衛の命取りとなった。
二つだったはずの刀身は、今や三つとなって、交錯——
三池典太、サザンクロス……!
「あっ」
「これは」
「しまった」
柳生正面衝突……!
柳生交通事故……!
何が起きたのか、書くことは無粋だろう。
三人は完全に目測を誤り、三人ともが額をごちんとぶつけたのだ。刀身に塗られた痒くなる薬が三池典太サザンクロス現象の余波を受け、小さな津波となって三人の全身に飛び散る。
痒くなる衝撃波が辺り一面を痒くし果てた。
「うあああああああ」
「痒いよおおおあお」
「うあああああああ」
◇
このあと、狐乃琴はウスッペラードに説得されて逮捕された。
はたして、「山乃端一人」の名前は……