第二回戦無間地獄 舘椅子神奈


名前 性別 魔人能力
不破原拒 男性 超科学的改造術
月読茎五 男性 倍にして返してやるぜ…!
舘椅子神奈 女性 QWERTY-U

採用する幕間SS

あの世で一番エロいヤツ
(『右手首の陰毛』をもらった)

本文


 見渡す限りに遮蔽物はなく、いや、それどころか天井も地上も存在しなかった。
 縦横無尽が天壌無窮――ここは無間地獄。
 股間(と胸元)に仕込んだ鉋に持ち上げられふわふわと浮かびながら、目下に
 小さく落下してゆく二つの人影をみとめ舘椅子神奈は呟いた。

「なるほどねー。こりゃあ私になかなか有利なンじゃないかなー?」

 無間地獄という空間では、飛行能力の有無で戦術の幅が大いに開く。
 飛べぬ者は、無防備にも落ちながら戦わざるを得ない。圧倒的に不利である。

「それにしても、なーにが『おまえたちに名乗る名前はない…………』だ。
 はんっ! てめーの名前なんか私が名づけ親(ゴッドファーザー)してやんよ!
 そうだな……『メキシコに吹く熱風!』という意味の、『パンスト太郎』だー!
 アーッハッハッハッハッハ! ばあーっかじゃねーのおぉぉぉぉっ!」

 自分の言った事がツボに入ったようで鉋に跨り独りゲラゲラと笑い転げること数分。
 ようやく落ち着いた神奈は、乱れた息を整え目尻に溜まった涙を拭いながら、
 思い出したように足元に視線を落とす。

「ハァ、ハァ……しっかし二人とも、もう全然見えないくらい落っこっちゃってるなあ。
 男二人が相手とかクソ程も盛り上がンねーし、このまま落ちて死なねーかなー」

 思考ルーチンの最優先事項が「性欲」であり、また同性愛者である神奈にとって、
 男二人と無限に続く空間で闘わなければいけないことこそが真の地獄であった。

「……ん? そうだよ。無限に落ちンだから、落ちて死ぬとかねーじゃん。まじかよ」

 ハタと気付く。
 そう、ここは無間地獄。相手を殺さぬことには、戦いは終わらず落ち続ける。

 では、いつまでも接敵できなかったらどうなるのか。
 餓死して死ぬ? 否、魂のみの存在である彼らに空腹の概念など存在しない。

 おそらくは、どちらかが諦めるまで戦いは続くだろう。
 女の子と会えることなく、無限の空間を落ち続ける相手を永遠に探す旅。

「い……嫌じゃああああああああ! うおおおおおおおおおおおおお!!」

 それまでののほほんとした余裕から一転、神奈は全速力で急降下する。
 対戦相手の二人はもうどれほど落ちたか?
 分からないが、追わねばならぬ。

 舘椅子神奈の第二の戦いは、死ぬほど間抜けなスタートであった。もう死んでるけど。

「急げえええええええええええええ! 『ちはやふる』! 『ちはやふる』っ!」

 叫べども速度は変わらず――嗚呼、冥界無情。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「なるほど、これは興味深いですネェ」

 絶賛落下中であるにもかかわらず、不破原拒は全く動じることなく辺りを見回す。
 落ち始めてから数分が経過し、未だ地平も見えぬ。
 現実ではありえない超越的空間に不破原の研究欲は大いに刺激されたが、視界の
 端に踊る少年の姿が彼の脳に沸く様々な実験を不快に塗りつぶした。

「あのですネ……さっきから、目障りなんですガ」

「アァ!?」

 不破原が呆れたような目で見る先には、宙空にて平泳ぎのような体勢で手足を
 忙しなく動かす月読茎五の姿があった。
 ケイゴは落ちながらも不破原を攻撃せんと、古典漫画的手法で接近を試みているのだ。

「待ってろよクソ野郎……! 今すぐブン殴ってやッからよ……!」

 傍から見ればいかにも間抜けな様ではあるが、彼自身は大まじめであった。
 そしてそのことが――無意味なことを試行し続ける愚直さが、実験と改善(?)を
 旨とする狂科学者・不破原拒を苛つかせていた。

「アナタのような愚図が、ワタシの貴重な実験材料を無思慮に壊していくんですヨ!
 ああ、実に嘆かわしイ! こういう手合いハ――」

 言葉とともに不破原が己の肩を描き抱くと――その背から、大きな翼が生える!
 不破原拒の魔人能力『超科学的改造術』による肉体改造である。
 純白清廉な天使の翼でも漆黒不気味な悪魔の翼でもない、灰色無装飾のそれは、
 人類の夢とも言えよう『飛行』にすら何らの幻想も持ち込まぬ、不破原の独自の
 価値観を表しているようでもあった。

「――さっくりと、『実験』してしまいまショ!」

 翼が翻り、不破原は軽やかにケイゴの頭上をとる。
 空泳をやめ睨みつけてくるケイゴを眼下に、不破原は滑空に近い状態で
 つかず離れずの距離を保ちつつ、懐から数匹のカマキリが入ったビンを取り出す。

「さァ……脳筋の脳味噌は本当に筋肉でできているのか、ヒラいて見ましょうカ!!」

 ビンから出てきたカマキリを見ると、なんと、その鎌部分は鋭いメスになっていた。
 第一回戦の虫花地獄で不破原が採集したカマキリと彼のメスとを能力で合成したのだ。
 カマキリたちは翅をはためかせ、次々にケイゴへと襲い掛かる!

「クソがァッ!」

 ケイゴは迫りくるメスカマキリたち(性別は♂)を打ち払おうと拳を振るうが、
 地を確りと踏みしめてこその有効な打撃である。攻撃は当たれども、浅い。
 そして迎撃と同時に身体を捻り、損傷をメスが皮膚を薄く裂いて通りすぎるに留めた。

「クク、よォーく避けられましタ! ですが……これで終わりじゃありませんヨ!」

「ぐッ!?」

 だが、避けれども、カマキリたちは旋回し背後から再びケイゴを襲う!
 攻撃と回避により崩れた姿勢を中空で瞬時に戻すことなどできず、ケイゴの身体を
 メスが切り裂く!
 攻撃後、カマキリたちは不破原の周囲にぴたりと寄り添い第二撃の合図を待つ。

「ンーフフフフ! ジリリリリリリリィィィ・プアアアアアアア!
 さァーてさてさて! 徐々に不利なまま、ワタシに解体されるといいでス!」

「テメェ……ふざけやがって……!」

 哄笑する不破原を忌々しげに睨むケイゴの拳に、静かに、恨みオーラが渦巻いていた。
 そんなケイゴの額に、ぽたり、と水滴が落ちた。
 目の前の不破原が何らかの薬品を使ったわけではない。では、これは……?

(雨か……?)


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「くっそー、まだ見えねーなー」

 神奈が追跡を開始してからしばらく経ったが、未だ二人の姿は見当たらなかった。
 彼女は普段のおまたで台鉋を挟む飛行法から、槍鉋に跨る方法で降りていた。
 両手で槍の柄を握り跨るその姿は、箒に跨る魔法使いを思わせる。

「んっ……早く女の子に会いたいよぉー……おけけ剃りたいよぉー……あんっ」

 一回戦でギリギリまで使わなかったことからも分かる通り、槍鉋は台鉋とは違い
 無制限・無節操に産み出せるわけではない。切り札なのだ。
 にもかかわらず、「なんかムラムラしたから」という理由で移動手段に槍を選び
 降りながら腰をグラインドさせ快感に喘ぐ彼女こそまさしく変態の鑑であろう。

 と、神奈は己の右手首に目を止める。
 魔人英雄・玉環から譲り受けた、黒く綺麗な一本の長い陰毛。

「これ実際どうしようなあ。私なー、『戦場で芽生えた絆☆』みたいなの嫌いだしなー」

 ミサンガめいて巻き付いたそれを神妙な顔つきで眺める。
 『約束のミサンガ☆』だとかに拘って勝ち残れるほど、地獄の戦いは甘くない。
 てか地獄云々の前にそんな甘ちゃんがバトルトーナメントに出場してきたりすンの?
 バトル舐めてンじゃねーの? バカなの? 死ぬの?

「それに、私ってば鉋使いだけど陰毛使いじゃねーしな。うん、やっぱそうしよう」

 うんうんと頷きながら、神奈は右手首に巻かれた陰毛をそっと解いた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 不破原とケイゴの闘い――否、正確には『一方的な蹂躙』は、未だ続いていた。
 メスカマキリの連隊攻撃は繰り返されること五度。
 ケイゴの身体は紅く染まり、耐久の強化された霊的肉体とはいえ消耗がはっきりと
 見てとれた。

「ゼェ……ゼェ……! オラァ、こんなもんかよ……?」

「フーム、しぶといですネェ」

 不破原の周囲に舞うカマキリの数は少なくなっていた。
 中空での戦闘にだんだん慣れてきたケイゴの攻撃を喰らい破壊された個体も多いのだ。

(地上に持ち帰ルためにも全滅させるわけにはいきませんシ……仕方ありませんネ)

 不破原が右手で何かを指示すると、カマキリたちはふいと後ろにさがった。
 そして彼の白衣の袖から、第一回戦で見たような注射器蜂が姿を現す。総勢四匹。
 注射器の中で揺れる液体は、花咲雷鳴の身体に注入されたものと同じ色をしていた。

「御覧の通り、ワタシの特性筋弛緩剤でス! 無限に量があるわけではなイので
 出来れば温存したいのですガ……マ、ここまで粘った御褒美に使ってあげまショ!」

 ケイゴもその威力は頭に残っている。近接格闘系の雷鳴が呆気なく崩れ落ちる光景。
 不意討ちでなければ全て叩き落とせる自身はある。が、如何せんここは中空。
 なんとかするしかない。緊張の汗が頬を伝い落ちる。

「アナタも頑張りましタが……所詮は下等な脳筋! ワタシには及ぶべくもなイ!」

 不破原が大仰に両腕を広げて笑うと、それを合図に蜂たちがケイゴに殺到する!
 ケイゴは覚悟を決め、小さく構えて隙を殺す。

「……うらァアアアァアッ!!」

 右上方から迫る蜂を手刀で潰し、真左から迫る蜂に膝蹴りをお見舞いし、
 背後から迫る蜂の攻撃をすんでのところで躱し、裏拳で破壊する。
 眉間に迫る最後の一匹を、極限に研ぎ澄まされた集中力で針部分を摘まみ、止める。

「ハァーッ! ハァーッ! …………オウ、どうだよ……!?」

 見事、全ての攻撃を防いだケイゴは、挑発的な笑みを浮かべる。
 これはケイゴの素のスペックの高さのおかげなのはもちろんだが、一回戦で対戦した
 ロダンの能力『アペリティフ』により開花した格闘能力があってこその芸当であった。
 対する不破原は、しかし愉快そうに口の端を歪め、

「ブブブブブブラァァァァボォォォォォ! ですヨ! 80点差し上げまス! ――が、」

 ケイゴの目と鼻の先、捕獲された注射器蜂がぶるりと身を震わせると、針先から
 勢いよく筋弛緩剤を飛ばす!
 ケイゴは前兆動作の時点で嫌な予感を覚えており、咄嗟に目を閉じたが、唇から
 粘膜吸収されしまったのだろう、身体が僅かに重くなるのを感じた。

「クッ……ソがァ……!」

「ヒーッヒッヒッヒハァー! 蜂の生態くらい学んでおクべきでしたネェ!!」

 忌々しく蜂を握り潰すケイゴを見下ろし不破原が嘲笑う。
 複数の蜂に、直接体内に注入された雷鳴とは異なり、一匹の分の一部を粘膜吸収した
 ケイゴの症状は軽い方であったが、それも時間の問題でしかない。

「でハ、そろそろ……解☆剖☆タァァァァイム――――、ッ!?」

 ケイゴにトドメを刺さんとした不破原は、しかし手を止め上空を仰ぎ見る。
 つられて見上げたケイゴの視界に広がるは、降り注ぐ無数の鉋! 茶の奔流!
 その先頭を疾走する、槍に跨る少女の姿――舘椅子神奈!!

「ワハハハハハ! 二人とも、鉋の海のモズクとなりやがれえええええええええ!!」

 神奈が二人と出会うまで、一体どれくらいの時間が経過しただろうか。
 それらの時間、彼女が丹精込めて生み出した鉋の数は、最早本人にもよく分からん。
 それ程の、夥しい数の鉋が、瀑布となりて不破原とケイゴを襲った――!

「「 ――――ッ!! 」」

 不破原は翼で自身を包み身を守る。
 ケイゴも小さく丸まり表面積を狭め、腕を交差し全力防御の構え。
 果たして濁流が二人を洗い流した後、そこに残るは、不破原拒ただ一人であった。

「ッ……なかなか、やりますネェ……!」

 僅かに押し流され、やがて翼をはためかせ戻ってきた不破原は、頭や腕から
 血を流していた。さすがに完全防御とはならなかったようである。
 しかしその傷も、不破原が傷口に手を翳すだけで完治する。恐るべき改造術だ。

「やっぽー、不破原せんせ。なんかキャラ違くねー?」

 舘椅子神奈が存命だった頃、彼女もまた、不破原に化学等の科目を教わっていた。
 不真面目な神奈はたいたいを寝て過ごしていたが、担当教師の顔は辛うじて記憶に
 残っていたようだ。

「お久しぶりですネェ、舘椅子さん。ところデ、右手首の『アレ』はどうしましタ?」

 目敏い不破原は、開戦前に神奈が謎の女に何らかのアイテムを貰ったこと、それを
 右手首に巻いたこと、そして現在、そのアイテムが右手首にないことに気付いた。

「あれねー、いらないから捨てちゃった」

 不破原の探り入れに、神奈はあっけらかんと答える。
 あまりにも酷過ぎる返しに不破原は微妙な眼差しで神奈を見るが、眼鏡を直して
 気を取り直す。

「ま、マァいいでショ……。それより、残るはワタシとアナタだけのようですネ」

 言いつつ、不破原が白衣を翻すと、温存しておいたメスカマキリ(♂)が現れる。
 神奈も瀑布の鉋の幾つかを呼び戻し、周囲を旋回させる。

「ふへへへへ……不破原せんせ、ものは相談なんですが、能力で女体化してみては
 如何でしょうか?」

「その発言は君の性癖が多分に含まれている故、採用しないねェ――!!」

 不破原が腕を振るうと、カマキリたちが神奈に襲い掛かる!
 神奈も鉋を操作し迎撃を試みるが、元々野生に生きていたカマキリたちは、それを
 難なく避けて突き進む!

「ゲエエーッ! まじか!!」

 驚愕する神奈の周囲を守る鉋球の間隙をつき、カマキリの一匹が神奈に肉薄する。
 振るわれるメスを手に持った鉋で受け止めるも、逆サイドのメスが手首を切りつける!

「痛っでえェーッ! クソッタレーッ、こうなったら私も本気出しちゃるけェの!」

 神奈は勢いこんで槍鉋から飛び降りると、「アーン!」おまたで台鉋に着地し、
 槍を両手で掴んだ!

「疾風の暗黒騎士カンナちゃん! 攻撃力2300!」

 叫びつつ、神奈はドヤ顔で槍を振り回す!
 カマキリはメスで受け止めるも、腕力は雲泥の差! 二撃目で胴体を両断され絶命す!
 鉋の扱いに秀でし神奈は、当然槍鉋も己が手足の如く扱う! さながら歴戦の武者!

「どっせーい! 必殺・『螺旋槍剃 -スパイラル・シェイバー-』!!」

 螺旋回転する槍鉋が続くカマキリを粉砕!
 その間に死角に潜り込んだカマキリが、神奈の背を切り裂く! 白い肌に紅い線!

「ぐえーッ! こなくそーッ!!」

 すぐさま向き直り縦に一刀両断! 分断されたカマキリが落ちてゆく!
 そして、これを最後にカマキリの攻勢は止んだ。
 乱れた息を整えながら、神奈は残心する。

「へっへっへ……! どんなもんじゃい……!」

 大立ち回りの間、槍の飾り紐が描く軌跡をじっとりと眺め不破原は『観察』していた。
 その不破原に戦果を誇る様に笑みを向ける神奈だったが、不破原は平然とした様子だ。

「ナルホド、思っていたよりもやりますネェ。……が、しかし」

 不破原はすっと指をかざし、神奈を指し示す。

「ワタシを斃した『彼ら』には劣りますネ――!」

 刹那、神奈を己が肉体の制御を失ったような感覚が襲った。
 握った槍を空中に固定ししがみ付くことで安定を得たが、未知の感覚は消えない。

「アナタはワタシの攻撃を受けルべきではなかったのですヨ……『ソレ』でス」

 不破原の指す先――己の背後に目を向けた神奈は、そこに浮かぶ一つの鉋に驚愕する。
 その鉋からは、注射器が生えていた。

「せんせェ、テメー……やりやがったなァ……!」

 神奈の最初の一撃――津波の如き鉋の広範囲攻撃の最中、不破原は鉋の一つを
 能力で改造していたのだ。注射器蜂ならぬ、注射器鉋に――。

「しかし、ギリギリでしたヨ……危なかった、と言っていいでショ。90点差し上げまス」

 神奈と不破原、互いの支配権のせめぎ合いは流石に宿主たる神奈に軍配が上がったが、
 たった一度だけ、彼にも動かせた。
 気付かれることなく、絶妙なタイミングでの背中の傷口への筋弛緩剤噴射。
 その一瞬で最大の戦果をあげた不破原の洞察力こそを褒めるべきであろう。

「くっそぉー……だめだ、力でねえ。水に濡れたアンパンマンってこんな気持ちか……」

 畳のように並べた鉋の上にだらんと横たわる神奈は、とてもじゃないがピンチの
 状況とは思えないようなリラックスした姿に見えたが、肉体は見る見る元気さを
 失っていった。

「さて、あとはアナタで『実験』するだけですネ! なにかリクエストはありまス?」

「アー……美女の助手が欲しいかな。おっぱいおっきくて、すっごい押し付けてくンの」

「決めましタ! アナタのその変態性欲……脳のどこが司ってイるのか、調べまショ!」

 事ここに至っては手術台すら想起させる鉋ベッドに横たわった神奈の元へ近づく
 不破原へ、神奈は振り絞るように呟いた。

「そういえば、せんせ。たぶんそろそろだと思うンで、下の方を御覧になりましょう」

「なにかネ? ――――ほウ!」

 不破原の見下ろす先から、急浮上してくる人影があった。
 左手で上昇する鉋を掴み、力強く握りしめた右手に全身全霊の恨みを籠めた、その
 少年の名は――月読茎五!

「舐めやがってクソどもがァ……! てめーら、全員ぶッ殺してやンよ……!!」

 神奈の大規模攻撃に飲み込まれたかに見えた彼は、叩き落とされた先で神奈からの
 メッセージが刻まれた鉋を手にする。瀑布を構成していたうちのひとつだ。
 曰く、『私じゃせんせー倒せないから、代わりに倒してちょんまげ』。

 ひとを小馬鹿にしたメッセージにケイゴは初め憤ったが、『この鉋をつかめば
 引き上げてやろう。嫌ならそのまま落ちてください』の言葉も付記されており、
 散々悩んだ末、ケイゴは大変不服ながらも共同戦線を張ることにしたのだった。

(あの女は気に食わねェが……まずは、あのクソメガネをぶッ殺す!!)

「ワワワワワワワァーンダフォオオオオオオオ! イイ! 実にイイですヨ!!」

 戦場に舞い戻ったケイゴに対し、不破原は狂気じみた笑顔を浮かべる。

「手放してしまっタと思っていた脳筋の解剖……! 出来ると言うのですネ!」

 それがどれほどの喜びなのか、我々には想像も及ばない。
 口の端から涎を垂らし狂喜する不破原は、両手に溢れんばかりのメスを構えた。

「このワタシ! 自らの手デ! アナタの全てをアアアアア暴いて差し上げまス!!」

 不破原は翼を翻し、上昇するケイゴ目掛けて急降下していった。
 己の筋弛緩剤に絶対の自信を持っているのだろう、いくら右腕に籠められた力が
 凄かろうが、最早その腕を振り上げる力など残っていまい――

「ッ!?」

 ケイゴの服――その右腕の袖の中に、鉋がひとつ、潜んでいた。
 スローモーションになる景色。ケイゴの右腕が、圧倒的なエネルギーを孕んだそれが、
 ゆっくりと、鉋によって持ち上げられる。

(あれは……不味イ!!)

 そのプレッシャーは、かつて彼を死亡せしめた七芸部の七人を思わせる程の威圧感。
 糸を操る無音の暗殺者。蠢く土と植物。恐るべき完成度を誇るパントマイム。
 彼らと並び立つ程の――生前、たった一度だけ覚えた『恐怖』の感情が再臨する。

 逃げられる段階ではない。不破原の翼が彼を包み込み、防御の姿勢をとる。
 神奈の大量破壊にも耐えた硬質の翼は、第一回戦のデータ通りであればケイゴの
 一撃にすら耐えうる程である。

 だが――

(馬鹿ナ……ワタシの計算に、狂いがあるはずガ――!!)

 不破原拒に誤算があったとすれば、それは人のこころを彼は計算しなかったこと。
 彼の胸元のケースに収められた、巨大アメーバ・キョスェと花咲雷鳴。
 ふたりの無念が、慟哭が――ケイゴの拳に、『天才』の計算を凌駕する力を与える!

「地獄の底まで追い詰めて――――ぶッッッッッ殺す!!」

 振り抜いた拳は、翼を、肉体を、天才の所以たる脳を、再生不能なほどに粉砕し、
 その余波で、試験管内のキョスェと雷鳴を破壊し――否、『解放』した。

 ケイゴと、神奈と、キョスェと、雷鳴――四者の想いが、狂化学者を打ち砕いた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「う、オッ……!」

 ケイゴの攻撃の凄まじさは、彼の身に着けた二つの鉋すら破壊する程であった。
 支えを失った肉体が落下する寸前――彼の元へ、槍がすいっと現れた。
 すんでのところでそれを掴むと、能天気な声が頭上より降った。

「ドーモ、お疲れさーん」

 高度を下げた鉋絨毯に寝そべる神奈と目が合う。
 思えば、共闘して不破原を倒しておきながら対面で口をきくのは初めてだ。

「いやー、しかし、絆のちからってのも捨てたもんじゃないねェ」

「アァ?」

 ケイゴの頭は、既に目の前のこの女をどのようにぶっ殺すかについて考えていた。
 お互いに肉体が使えないこの状況では向こうの有利だろうが、しかしそれでも――。

「ギッ――!?」

 その首が、突如として恐るべき力によって締めあげられた。
 弛緩しきった肉体ではどうすることも叶わない。
 数秒後、月読茎五は窒息したか、はたまた首の骨をヘシ折られ、絶命した。

「ふあー、ほんと捨てなくってよかった。持つべきものはトモダチやな!」

 槍鉋についていた飾り紐――否、『右手首の陰毛』が、ケイゴの首から離れる。
 右手首の陰毛だからと言って右手首に巻く必要はない。
 不破原は気付いていたようだったが、初対面のケイゴには知る由もなかった。

「はあ、それにしてもしんどかった、次こそ女の子がいいなあー」


最終更新:2012年07月25日 21:51