準決勝焦熱地獄 戸次右近大夫統常
採用する幕間SS
なし
本文
───月読茎五は迷い人である
子供の頃から落ち着きの無い性分で幼稚園から喧嘩や脱走(本人いわく冒険)などで大人を困らせた
遊びでも諍いでも冒険でも、猪のように全力疾走しては自爆したりする“元気すぎる子供”だった
だが、茎五は子供特有のペース配分が無く突っ切る腕白とは違っていた
茎五は自分の中に自分ではない、もう一つの何かが在るのを子供の頃から感じていた
生物ではないし、名前も無い・・・たぶん、自分の一部だけど自分ではコントロールできない何かだ
仮にそれを“衝動”と呼ぶ事とする───
それは茎五が激情を発露した時や喧嘩、危機的状況の時・・・・心が躍り、溢れ出る感じがした
たまに夢を見た───それが心の中に溜まると必ずみる夢
穴に落ちたり、空が降って来たり、自分が燃えて灰になったり・・・・そして最後に自分が消える悪夢である
叱られるのも喧嘩も怖くない茎五だったが、夢を見るのだけは眠れなくなるくらいに怖かった
きっと自分はいつか衝動に心を食べられて消えてしまうんだ・・・・
そうならない為にも、喧嘩でも冒険でも良いから心を躍らせないといけない。───それだけを求めた
喧嘩には自分の求めているモノが全てあった。緊張感やプレッシャー、相対する敵・・・・
これらは持て余していた衝動を発散するのに最適でだったのである
才能、努力、熱意・・・・あらゆるモノが茎五を飛躍的に強くし、
10歳の時には同年代では相手がおらず、中学生や高校生を相手にしていた程であった
だが、喧嘩に打ち込むにつれて周囲との差異に疑問が湧き上がる
漫画、テレビ、ゲーム・・・・学校でよく接する同級生達の会話は大抵が遊興であったり、
嫌われている教師や悪目立ちする者の陰口だったり・・・・
殆どが共感できない、つまらないものばかりだったのだ
生来、社交性があったおかげでボッチだったわけではない
共感できなくても調子を合わすくらいは出来たし、スポーツは遊びとして好きだったからよく加わった
愛想も悪くなかった事もあり、つるむ程度の友人には困らなかったが、真に理解し合える友人は無かった
学校に居る間は独りによる孤独は無かったが代わりに大多数に囲まれてもなお、孤独感を拭えずにいた
「自分は、異常なのかもしれない」───決して口にはしなかったが、そんな想いがずっと心に残り続けていた
どうして自分は皆と違うのだろうか・・・?
皆は深刻な悩みは無く、危機感に欠けている・・だけ・・?
周りに居る人達は、同じような悩みを抱えているようには見えなかった
自分の存在に対する疑問が尽きることがなかった
周囲の人間が正常であり、自分は異常者なのかと思うと酷く不安に駆られた
そんなある日・・・学校からの帰り道だった。近道で通っていた公園で喧嘩を目にした
年が少し上くらいの少年が二人。大柄でガキ大将然とした少年と、線が細いメガネの少年
圧倒的にメガネが不利で決着は付いている
抵抗する力も無いメガネにガキ大将が馬乗りになって殴打していた
もはや一方的な展開である
喧嘩ですらない、ただのイジメだった
───見てたらなんだかムカついて来たから乱入してやった
ガキ大将は年上で体も大きかったが、力と技で圧倒する
最後は捨て台詞を吐いてガキ大将は逃亡した
その後の事である───とっくに逃げたと思っていたメガネはまだ残っていた
殴られていた時と同じように泥と傷だらけの顔でベソを掻いている
だけど、その少年は笑っていた
ボロボロと涙を流している癖に、破顔して、しきりに感謝の言葉を口にする少年
涙は止まらないはずなのに、茎五には先程までとは全く違う顔に見えた
ああ、よかった・・・と、温かい達成感が胸に広がる。自分は正しいことをしたのだと確信できた
その日の夜は、嬉しくて眠れなかった
自分の存在に疑問を感じ、周囲から切り離されたような意識が拭えなかった日々だが、
あの少年を助けることで初めて他人と一緒になれたような気がして寂しくなかった
誰かの役に立つこと───自分は正義の味方になることで、存在意義があるのかもしれない・・と
それからの茎五はイジメの現場を目撃したのならば躊躇無くそれを止めたし、
同級生から不良にカツアゲされたと泣き付かれたら、必ず取り返しに行った
説き伏せるのが無理ならば力尽くで解決し、繰り返すのならば何度でも叩き潰し、報復して来たのならば迎撃する
見返りは求めない。感謝して貰えれば、それだけで十分である
それだけで自分を誇る事が出来るし、普通と違う自分に対する答えに近づけた気がした
しかし、暴力とは連鎖するものであり年齢を重ねるごとに子供達の世界は広がっていく
地域内だけで留まっていた茎五の敵はドンドン増え、暴走族やチーマー・・・・
ストリートファイターが集まる場所にも、茎五は足を運ぶようになり、存分に実戦を積むようになって行く
茎五の中で目的と手段がごっちゃになっていったのはこの頃だ・・中学を卒業する頃には逆転していた
暴力を振るうために正義を振りかざす
鍛えて、戦って、あとはたっぷりと食って寝る・・・・
次の日も戦って、また次の日も戦って、戦う相手が見つからなかったら探して・・・
充実した毎日だった
憎むべき相手だと思っていたヤンキーどもも、自分を満足させてくれる存在だと思えば好意的に思えるくらいである
力と求め、闘争を渇望しながらその中で真理を見出そうとしていた
それでも・・・ぬるま湯のような時間が少しでも続くと、やはり自分が消える夢を見る。
まだだ、まだ足りない・・・もっと戦わなくては・・・・
あのメガネを助けた時の気持ちを忘れてしまっていることにも気付かぬまま、茎五は戦い続けた
この時、茎五は16歳───
自分の存在に疑問を持ち続け、正義の味方になる事でその答えを見つけられると思っていた少年は・・・・
“別の正常”と化していた───
準決勝第一戦場「焦熱地獄」
夜魔口工鬼と断頭、そして、
安全院綾鷹が戦慄の泉を覗き込む
どちらかが、この試合のどちらかと戦うのだ
時折、工鬼が威嚇するが、綾鷹に気にする素振りはない
「見落とす・な」
やれやれ・・まったく必死だねぇ
「おいグレムリン、どっちが勝つと思う?」
「んー、そうっスね。先輩当てたらおっぱい揉んでいいスか?」
断頭は工鬼を“キッ”っと睨む
幽体では蹴りも頭突きも当たらない
「まぁ、順当にベッキーじゃないスかね?今までの戦績から言っても・・。」
「・・・そうだな。」
戸次が勝ち上がってくるなら、対策は立てられる
1回戦、2回戦を見れば分かる、ヤツが出来ること、そして出来ないことが・・・
確かに簡単に勝てる相手ではない・・・が、実力が分かっている分対処しやすいと言える
だが・・・
断頭は茎五が今まで本気を出していないように思えた
いや、落下しただけの2回戦目はともかく、1回戦は全力で戦ってはいただろう
「死の淵まで追い詰められてはいない・・・。」
昔、ネットで配信されていたホーリーランドの動画を思い出す
あの・・狂気に満ちていた茎五を・・・映し出された強豪たちとの死闘を・・
工鬼の予想通り、茎五は苦戦を強いられていた
出合った瞬間からの戸次の猛攻・・
槍を掻い潜ることも出来ず、次第に後退していく
防御に徹しているにも関わらず、身体には無数の刺し傷ができていた
そして、逃げ場が限定されていく
左手にはマグマの池が・・後ろには溶岩の壁
絶体絶命のピンチである
「・・・・・・・・・ふはっ」
───あ?なんだ、今?
───どうして俺、笑ったんだ?
なんだろう?
俺の中で、今まで使われなかったような蝋燭があって・・・
この危機的状況に・・・・プレッシャーで、火が点けられたような感覚
10年以上、喧嘩をやっているのに・・・・
この緊張感は知っている、生前の喧嘩でも味わったことはある・・けど、
こいつは“比”じゃない・・・
「ふは・・・ふははは・・・、楽しくなってきたぜ!」
いいな、これ・・・
全身が研ぎ澄まされていく感じがする・・・
普通に生きているだけじゃ味わえないプレッシャーだ
この男から受けるプレッシャーで脳味噌の腐りかけていたところが活き始めてきている
きっと、こいつともっと戦えば掴めるはずだ
───“衝動”、こいつの正体が・・
一歩前にでる
どうやら笑みを隠すことはできないようだ
「おい、てめぇ・・・・、ちょっと付き合えよ?」
拳を握りこみ、真正面から正拳を叩き込む
──ミス
あっさり、戸次に避けられる
同時に叩き込まれる穂先
右に飛びつつ防御と回避を同時に行う・・左腕から出血
「チッ・・・」
防御しても、何度も耐えられないな
まぁいい・・・動かなくなる前に掴む・・・
戸次の連撃・・石突が頭部めがけて飛んでくる
回避も防御も間に合わない
「ぐぅ・・」
頭がグラグラする
両足に力を込め、踏みとどまる
まだだ・・・まだ俺の身体は大丈夫だ
もっと、もっと・・動け!!
───ふと、今までの思い出が頭の中を流れる
ガキの頃から喧嘩ばっかりしていた
単純に身体を動かすことが好きだったし、良くも悪くも男の子だった
俺は単純に腕力を背景にした強さと言うのにも憧れた
性分に合っていたし、才気にも恵まれた
逆に刺激や緊張感の無い日々は脳を腐らせるような感じがした
どうして皆、そんな暮らしが出来るのか理解が出来なかった
家族も友達も好きだったが、変わらない日常とは俺を鈍くさせる“錆”で、喧嘩こそが“研磨”だった
喧嘩は・・・・いや、戦うってことは俺にとって生き甲斐だ
これが無いと俺は途端に鈍らになっちまう
楽しい・・今の状況について心からそう思える
生涯最高の喧嘩だ
今まで追い求めていた絶対的強者がここにいた
俺はもっと強くなれる・・・この喧嘩でもっと鋭い刃になれる
そんな確信がした
目で見ようとするな・・・自分に言い聞かせる
全身の神経が鋭さを増していく
槍の躱し方を体で覚えるんだ
────カッ!!
滑らかとは言えない動き・・だが、戸次の突きを避けた
特に驚く様子もなく、戸次はそのまま薙ぎ払う
茎五は必死で逃げようと試みた
“ザシュ・・・”
ぐほ・・・!
ふふ・・・・ふはははは・・・・
腹の皮が切れただけだ・・急所は外した
ただ避けただけ、それだけで体中が歓喜する
「次は、お前にぶち込む!!倍返しにしてやるからよー!!」
斜め上から振り下ろされる槍を左腕で跳ね返す
そのまま渾身の右ストレートを顔面に
“サッ・・・”
掠っただけ・・
真横から穂先が迫る
間合いを詰め、柄の部分で受ける。脇腹が痛い
それでも、この間合いは渡せない
手数で攻めるのだ、戸次に攻撃の隙を与えてはいけない
槍で受けた多くの傷口から血が噴出した・・今にも倒れそうだが気力で踏ん張る
何発かクリーンヒットさせた
こっちも相応のダメージを負っているが・・徐々に成長していく自分が分かる
────楽しい、とても楽しい喧嘩だ
しかし、戸次はあまりダメージを負った様子はない
正真正銘の化け物だ
自分の細胞、その一つひとつが喜んでいるのが分かる
「ふん、青いな・・」
戸次は茎五を蹴り上げた
溶岩に叩きつけられる
へへ・・・まったく・・・ご機嫌じゃねーか・・・・
けど、上手くいかねぇもんだよな・・・
続きをやりたくても、もう身体が動きそうにないなんて
───心臓に狙いを定め、槍を突き立てる
あと、もうちょっとなんだ・・本当にちょっとだけ
もう少しでアレを掴めるんだ
死にたくない・・終わらせたくない
───左腕を差し出し、槍の軌道を逸らせる
い、いやだ・・これで、終わりなんて嫌だ
_____________
/ 覚醒チェック |
| ̄ ̄ ≫≫≫≫≫≫≫≫≫ ̄.|
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
───槍は右肺を抉る
死にたくない死にたくない死にたくない
俺 は も っ と ・ ・ こ い つ と 戦 っ て い た い ん だ ! !
__________________
/ 覚醒チェック |
| ̄ ̄≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫転校生 ̄ ̄|
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─── 一瞬の静寂
戸次の動きが止まっていた
茎五の雰囲気があきらかに変わっている
槍が抜けない・・いや、動かすことが出来ない
茎五は軽く柄をつかむ
天地、神無月、獄卒たち、奪衣婆、そして、肉皮・・・
彼らの命を奪っていった大身槍は簡単にポッキリと折れた
そのまま右腕を伸ばす
中指を親指で押さえたかたち、つまりデコピンだ
それを腹にくらわしてやる
ピンポン玉のように飛んでいく戸次
いくつもの岩を破壊しながらすっ飛んでいった
茎五はゆっくり立ち上がると、刺さっている槍を引き抜いた
血は既に止まっている・・肺も正常だ
短くなった槍を戸次が飛んでいった方向へ振るう
音速をさらに何百倍も超えた穂先の速度は、真空波を発生させた
と、同時に限界を超えた穂先は脆くも崩れ去る
戸次は気絶したままである
内臓の多くは損傷し、骨もかなり折れていた
心臓が止まっていないのが奇跡とも言えるかもしれない
そして、茎五が生み出した真空波は戸次の左腕を切断し、彼方へ飛んでいった
うぉおおおおおおおおおおお・・・!!!!!!!!!!!
転校生、月読茎五は絶叫した
力が・・・ホーリーランド2でも味わえなかった力が溢れてくる
当時の不完全な状態の転校生ではない
その圧倒的な力で地を踏みしめる・・・
地面が割れ、マグマが噴出す
さらに、有り余る力を焦熱地獄そのものにぶつけた
溶岩を砕き、崩す・・地形が消滅していく
ものの数分で、地獄の様相は一変していた
わずかな足場・・それ以外はマグマの海である
自身の力の程を確かめた茎五は戸次にとどめをさすべく歩を進める
茎五の絶叫で戸次は目を覚ました
失われた左腕、変わり果てた地獄の様子、
そして、目の前に立つ茎五を見て、状況を理解する
「おぅ・・ベッキー、てめぇには感謝しているぜ!やっと、やっと衝動をモノにできた。」
右足をゆっくり上昇させる
「だから、ひと思いに殺してやんよ。」
「母上・・・」
右足が頂点に達する。踵落としのような態勢だ
茎五は勝利を確信している
このまま踏み潰して終わりだ
「我が武ご覧じ候え・・」
自らの心臓を抉り取り、茎五の顔に投げつけた
大量の血が視界を奪う
そのまま軸となっている左足を右腕1本で持ち上げ、マグマの中へダイブした
「チッ・・てめぇが先に落ちるんだよ!!死ね!!」
空中で戸次をつかむと、そのまま下方向へ強引に投げつける
一瞬早く戸次が、そして茎五がマグマに落ちた
両者の身体は、あっという間に蒸発する
───否
まだ、蠢く肉体はあった
ルール上、戸次はまだ生存している
茎五に切り落とされた左腕は、10秒間溶岩の上で彷徨ったあと
溶岩の欠片をつかみ、そして力尽きた・・・。
勝者:戸次右近大夫統常
カツン・・カツン・・
誰かが歩いている
ここは、あの御方が存在する場所・・気軽に足を踏み入れられるところではない
「あれー?俺、負けたはずなんだけどなぁ?マグマで溶けなかったっけ?」
───お、お前は・・・
「ん?その声聞いたことあるぜ。ふーん、てめぇだったのかよ。」
───何故、ここに?
「知るかよ?気付いたらここにいたんだ。つーか、ここどこだ?」
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あー、僕のプレゼント気に入ってくれたかな?
決勝戦、君はプレイヤーとして楽しめばいいよ
代わりに僕がGMやっといてあげるから
お礼なんていらないよ、気にしないで
ボランティアがしたい気分だったんだ・・ただの気まぐれ
だから、君にはここで死んでくれると有難いなぁ
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「とにかく、てめぇは強いんだよなぁ?今もの凄く喧嘩してーんだ。ちょっと付き合えよ?・・な?」
次回・・・・
<Final match>
戸次右近大夫統常 vs ????? 決戦場「??????」
──完全なる負け死合、まことに無様である。この屈辱晴らすべし
<Extra match>
転校生・月読茎五 vs 謎の声 決戦場「??????」
──へへ・・・ラッキー!!
──まぁでも正直、消化不良だからよー、強いヤツとやりたいのよ。俺が全力で暴れても大丈夫だよな?
へ続く
最終更新:2012年08月08日 23:35