野試合虫花地獄 雨竜院雨雫


名前 性別 魔人能力
雨竜院雨雫 女性 遅速降る(ちはやふる)
花咲雷鳴 男性 地獄の沙汰もLOVE and PEACE

採用する幕間SS

雨竜院雨雫、死の前日
(雨雫は傘術の「奥義」を会得している)
銀河に願いを
(奥義の名前は「狐の嫁入り」)
無題
(佐倉光素の企みで野試合が成立)
時代劇的黒幕会談・幕間零れ話
(幕間SSの佐倉光素はゆめさき神社の佐倉光素とは別人っぽい)
幕間零れ話外伝~~あの男が残した花の名前を黒幕もまだ知らない~~
(不破原拒が1回戦で虫花地獄に残していった「あの花」が動いている)

本文

「夢から醒めた夢」


 これは夢物語。夢を追い求めた少女が見せる物語。

✝✝✝✝✝

「グァア……ッ……ゴオォ」

闇と静寂の世界に響き渡る品の無い鼾。
大きなベッドから丸太のような脚を豪快にはみ出させ、雨竜院雨弓は眠りの中にいた。

 ベッド脇では恋人の雨雫が遺影の中で微笑んでいたのだが、ベッドから今度は太い腕まではみ出して空中の蚊でも払うような動きをした挙句、指先が写真立てに掠めたために哀れ彼女は床にキスすることになる。
寝相が悪いだけなので仕方ないのだが、雨雫本人がこれを見たらどんな顔をするだろうか。

 遺影が倒れた直後、ベッドの傍らにぼうっと浮かび上がる1つの影。
嗚呼、今の仕打ちに怒った雨雫が枕元に立ったのか。

無論彼女がそれどころで無いことは読者諸氏にはおわかりだろう。
ならばこの影は――

「もう……色んなことが台無しですよ。お兄さん」

ゆめさき神社の神・佐倉光素である。
参拝者で、生前知らぬ仲では無かった雨弓の姿に彼女は呆れた表情をするがすぐに真面目なそれへと変わる。

「お願いと、それにあの日の星空のお礼です」

古来夢とは死後の世界と繋がるものであるとされ、「ヨミ」の語源は「ユメ」であるとも言われている。

だから例えば個人や神仏が夢枕に立ったり、例えば地獄の恋人と同じ夢を見たり、例えば

「こんな『奇跡』があったりしても……いいんじゃ無いかな」

✝✝✝✝✝



 一面に咲き乱れる色とりどりの花々――死後の世界について有名なイメージの1つに「お花畑」というモノがあるが、それは恐らく「天国」のニュアンスが色濃いだろう。

しかしここは地獄。毒々しい体色に、古代から蘇ったようなサイズを持つ数億の虫が空を舞い、大地を蠢き、騒々しい羽音を響かせていた。



「るぁっ!!」

羽音に掻き消されることも無く、花咲雷鳴の声は地獄の大気を劈いた。

 対戦相手・雨竜院雨雫との出合い頭彼は矢のように駆け出し、跳躍して拳を振りかぶった。
猪突猛進だが、生前多くの敵を一撃で沈めてきた戦法である。

 雨雫はそれに対して十分な余裕を持って、跳び上がった雷鳴を迎撃しようと「青蓮華」を構えるが、雷鳴は右拳を振りかぶると同時に左手に握り締めていた土を彼女の顔めがけて投げつける。
そして振りかぶった右拳を発声と共に突き出した。

 しかし雨雫はそれに怯む素振りも見せない。

拳が傘布に触れるか否かという瞬間、雨雫は傘を旋風が起こるほどの高速で回転させる。
それによって突きはその力の方向を巧妙に逸らされ、方向違いの拳圧は数m先の大地を大きく穿った。
――「雨流」だ。

「ぐっ!! ……?」

渾身の一撃をいなされた雷鳴は直後奇妙なことに気づく。
パンチを放った高さのまま、自身の身体が滞空を続けている。

落下速度を操る雨雫の魔人能力「遅速降る」(ちはやふる)。
大振りのパンチで隙が出来た上に空中では回避もままならず、雨雫の「雨月」が雷鳴の胸に突き刺さった。

――ギィンッ!!――

「がふっ!」

吹き飛ぶ雷鳴だが、金属音と手に伝わる感触は雨雫に「雨月」を何か硬い物に止められたことを知らせていた。

「(あの鉄板か……迂闊だったな)」

「雨月」を阻んだのは雷鳴が佐倉光素から手渡され、懐に忍ばせておいた鉄のメモ帳だった。
雨雫はその場面を見ていながら、彼がメモ帳を手にしていないことに注目せず胸を突いてしまっていた。

「(メモ帳のおかげだ……ありがとう光素さん)」

吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた雷鳴は心中で感謝を述べると勢い良く立ち上がろうとするが、その刹那、上空に何かが銀色に煌めくのが目に入った。

数は10個ほど、雨雫が放ったパチンコ玉である。
直後、「遅速降る」により銀の流星雨となって雷鳴の頭上に降り注ぐ。

「ぬぁっ!!」

素早く横に転がって回避する雷鳴だが、右足に一発被弾する。
深刻なダメージと言うわけでは無いが、機動力はやや削がれただろう。

 雷鳴が体勢を立て直すと雨雫は先程の場所から動くことなく、かといって油断した様子は微塵も見せずに雷鳴に青蓮華を向けている。
膠着状態となった2人の周囲を羽虫がやかましく羽音を立てながら飛び回るがどちらも気にする様子は見せない。


「「「やっぱり雨竜院選手の方が巧みな感じに見えますね――」」」

「そうですねえ……」

「花咲君も実戦経験はありそうですが、喧嘩殺法ですし精神的な未熟さもありますから」

「冷静に戦いを進めるとなれば達人の雨雫さんが上手なのは当然でしょうね」

格闘漫画の定番・解説役に収まった光素が述べる眼前の戦いへの見解に、比良坂三兄弟は全く同時に頷く。

「ただ、花咲君の攻撃はまともに一撃当てれば雨雫さんを即死させる威力ですからね」

「ああやって遠距離攻撃で徐々に弱らせるのが得策という考えなのでしょうね」

光素の予想は概ね当たっている。

雨雫は実際そのつもりだったし、雷鳴にもそのような彼女の意図はわかっているが、かといって打開策があるわけでも無い。
現状では分が悪いとわかりつつも一発逆転に賭けるしか無いのである。

ただ、見落としがあるとすれば雨雫の中の一抹の不安。

「(あの鉄板の能力は何だ……?)」

メモ帳に秘められた能力は雷鳴の魔人能力では無いため、雨雫はそれを知らなかった。
先程光素が雷鳴に手渡した際の説明は距離があって聴こえていない。
雨雫にできることは1回戦での様子からして、相手の心情を読み取れるらしい、という推測のみである。

「(私のこんな考えも彼にはわかっているんだろうか。まあ、それは別にいいが……)」

「(今必要なのは彼の能力の全容を探ること……)」


「(どうしよう……一旦距離を取ろうかな。『あの能力』もこの状況からじゃあんまりだし)」


両者とも胸中で戦略を練りながら、表面上は目立った動きをせず対峙している。

そのまま数分経ったとき、戦況に変化が生じる。
その変化は彼らの間では無く、外部からもたらされたモノであった。

“セキサン……セキサン……”

「……っ!?」

「えっ!?」

雨雫の背後から聞こえる、消え入りそうなノイズのかかった声。


“セキサンセキサン……セキサン……マタアエタ”

雨雫が振り向くとそこにあるのは、高さ10mはありそうな巨大な薔薇。
地獄に咲き乱れる花々の中でも一際煌くような美しさを放っているが、しかしそれは同時に禍々しかった。

棘のついた蔓を触手のように操って虫を捉え、捕虫器を兼ねた花に呑み込んでいく。
しかも植物ながらどうやら移動可能らしく、ズズズッと地面を盛り上げながら、非常に緩慢にではあるが雨雫たちへ接近してきている。

“セキサン……アエタ”

「な、なんだこの花は……?」

「キョスエさん、なの……?」

呆然とする両選手。
雷鳴は何故キョスエがこんな風になってしまったのかと困惑していたし、雨雫は何がなんだかといった心境だ。

 1回戦において不破原拒はその勝利を確実なものとすると、雷鳴への拷問と並行してキョスエの細胞を地獄の薔薇と融合させ、新生物を生み出す実験を行なっていた。

あらかたデータを取り終えた彼は雷鳴の心が折れると、彼らの一部を手にこの地獄を後にしたのだが、実験の結果生まれた「ローズ・キョスエ」は亡者の1体として放置されていたのである。

“セキサンセキサン……”

オリジナルの「セキサン」は現世に、第二の「セキサン」は今無間地獄を落下しながら研究に勤しんでいる。
そして第三の「セキサン」が、今ローズ・キョスエの目前に現れたのだ。

「あのアメーバか……そういえば不破原先生は花咲君を拷問しながら何かしていたな」

“セキサンセキサンセキサンセキサンセキサンセキサンセキサンンンンンンンン”

ローズ・キョスエは棘の生えた触手を「セキサン」へといっせいに伸ばした。

「『セキサン』って……私?」

雨雫の格好は白地に薄い青蓮華模様のレインコート。
不破原に対してそうだったように、キョスエの中では白衣が「セキサン」の象徴であり、そしてその未発達な視覚には彼女のレインコートは白衣と認識された。


「「「なんだか凄いことになってますね――」」」

「そうですね! 不破原選手の置き土産がこんなことになるなんて、思わぬアクシデント」

膠着状態に退屈そうにしていた光素だったが、突如起こった予想外の事態に打って変わって興奮気味だ。

「亡者の動きが試合に影響することは本戦でもありましたけど」

「同じ1回戦の敗者がっていうのはなかなか皮肉ですね」

「2人共キョスエ選手に食べられちゃったら面白いかも」

残酷な想像にキャッキャと笑う三兄弟だが、光素にとってそれは好ましい展開とは言いがたい。
ローズ・キョスエの乱入は面白いが、最終的には2人のどちらかに勝ってもらわねばならない。
「恐怖というものには鮮度がある」との言葉が示す通り、勝利の喜びを味わった後で無ければ、真の絶望は訪れないのだから。


 ローズ・キョスエの迫る触手を雨雫は流れるような体捌きで躱し、「蛟」でツツーと後ろに下がろうとする。
怪物じみた生態のローズ・キョスエだが所詮は植物、完全なアメーバだった頃に比べて本体の移動力は大幅に落ちている。
ある程度距離をとればひとまず心配は無用と雨雫は考えた。

しかしそのとき、彼女の背中に突き刺さる矢のような殺気。

 振り返れば眼前に迫るメモ帳の1ページ!
雷鳴が手裏剣のように投擲したのだ。

雨雫はそれも冷や汗をかきながらさっと紙一重で避けた。
躱されたそれはローズ・キョスエの触手に命中し、大根のように切り落とす。
気円斬に頬を斬られたナッパの気持ちを理解した。

 雨雫は雷鳴が当然続けて投げるか、自ら突っ込んでくると思ったのだが、彼はただ突っ立っているばかりだ。

困惑する雨雫だがそのとき気づいた。
自分に向いていると思った彼の視線が、実際はその少し上に向いていることに。

反射的に右横に滑るが、今度は少し遅かった。
左の二の腕から下の重量を突如喪失し、そしてそこがカッと熱くなるのを感じる。

「……っ!」

左腕は切断され、傷口から血が噴き出している。
切り落とされた腕の転がる雨雫の足元に、血に染まった鉄板が突き刺さっていた。

 雷鳴はまず雨雫の真上に向けて鉄板を投げ、コピーした雨雫の「遅速降る」によりそれを滞空させていた。
そして2枚目の鉄板で雨雫の注意が完全に前方に向いた瞬間、今度は彼女の頭上のそれを高速落下させたのである。

重さ数十グラムとはいえ、高速で落下する紙ほどに薄い鉄板はギロチンなどよりよほど鋭い切れ味を持っていた。
雨雫が横に跳ばねば頭を真二つにされていただろう。

「今のは『遅速降る』? 能力コピーか……」

「さあ、どうでしょうねっ!」

突如片腕を失い、バランスの崩れた雨雫に雷鳴は突進する。
勝機――が。

“セキサン……モウハナサナイ”

「ぐっ!?」

「キョスエさん?」

背後から無数の触手が雨雫に絡みつき、一瞬でがんじがらめにする。
雨雫は青蓮華で何本かの蔓を切り裂くが、植物でありながら「アメーバ・ブロブ」の能力も持つその身体はダメージを受けたそばから瞬時に再生してしまう。

天地や戸次、雷鳴のような膂力があれば力任せに全て引きちぎって脱出出来たかも知れないが、雨雫には無理な芸当だ。
もがくほどに蔓が食い込んで大きな棘が刺さり、ダメージは大きくなる。

「うっ……ん」

緑の檻の中で、雨雫の抵抗する力は徐々に弱まっていった。

“セキサン……イッショニナロウ”

地上10数m――人間を一呑にする巨人のように大きく口を開けた花の真上で、雨雫は1本の蔓にレインコートのフードを掴まれぶら下がる形となった。

左腕の切断面のみならず、全身の棘が刺さった傷跡から多量に出血し、ピクリともせぬ様子など見た目には死んでいてもおかしく無いが光素は試合終了を宣言しない。
息があるということだろう。

「(あのときの金雨ちゃんは、こんな気持ちだったのかなあ)」

真下の消化液のプールには、消化されかけた巨大昆虫がたくさん浮いている。
これに呑み込まれるのだと思うと、嘗て似たような状況で従妹が失禁したのもわかる気がした。

 直後、蔓が身体を支えていたフードを離し、雨雫は花の中に消えた。

“セキサン……ヤットヒトツニナレタ……ズットイッショ”

「ダメだ! キョスエさんじゃあ……僕が」

「僕が殺さなきゃダメなんだ」――雷鳴は焦った。
雨雫は虫の息である。このまま溶かされるのを待てば十中八九勝ちは動かないだろう。

が、それは試合の上では勝利でも、自分が勝ったとは思えない。
光素もきっと思わないだろう。自分の力で決めてこその勝利。
残酷な決意を胸に、雷鳴は投げた2枚の鉄板を回収し、そして上空へと放った。

それぞれ異なる高さに達したところでそれらを、雷鳴は「遅速降る」で固定する。
そしてそれらを階段代わりに3段ジャンプを決め、ローズ・キョスエの花の上に着地した。

 巨大で分厚い花弁は雷鳴の体重を支えるのに十分な強度があった。
すでに捕虫器の口は閉じ、見た目にはただの巨大なバラの花に見えるがこのすぐ下では雨雫が溶かされかけているのだ。

「ごめんね……キョスエさん」

拳を強く握ると、頼りなげな細腕にグロテスクにさえ見える程の筋肉と血管が浮き上がる。そしてそれを自分の足元、花の中心へと渾身の力で振り下ろした。
攻撃力20の一撃は、「雷鳴」に相応しく大気を震わす轟音を発し、この魔花を吹き飛ばした。

“アアアアアッ……イタイイイイイイイイイィッ”

ローズ・キョスエは絶叫する。
衝撃は花を吹き飛ばすに留まらず花茎をズタズタに引き裂き、他の茎の葉までバラバラと落ちた。

花が吹き飛ぶと内部に溜まっていた消化液が間欠泉のように噴きだす。
それを浴びて雷鳴は皮膚が焼けるような痛みを覚えるが意に介さない。
不破原の拷問に比べればあらゆる痛みが生温い。

 雷鳴は消化液を浴びながら雨雫を見つけようと目を凝らす。
そして消化液と共に飛び出してくるレインコートの端が目に入った瞬間追撃を加えようとした、が

「服だけ……?」

宙を舞うのはボロボロのレインコートのみでそれを着ていたはずの雨雫の姿は無い。
溶けてしまった?あり得ない。
ではいったい、と雷鳴が周囲を見回そうとしたとき――


「――篠突く雨――」

背後から刺突の連撃が雷鳴を襲う。
反応も間に合わず、瞬く間に全身を蜂の巣にされた。

 雷鳴の背後に浮かぶ、彼が吹き飛ばした花弁の一枚に下着姿の雨雫が立っていた。
扇情的な姿だが、片腕で全身傷だらけのうえ消化液を浴びて火傷を負った今の彼女に欲情する者はそう多くいまい。

 雨雫は花に呑み込まれながらも、消化液に触れないギリギリのところで「遅速降る」で宙に留まり、雷鳴が止めを刺しに来るのを待っていたのである。

流石に上から殴りつけられたときは焦ったが。

「「「おお――っ……勝負アリですかねえ」」」

その様子を見上げて三兄弟が言う。
確かにこれほどのダメージを負えば、赤鹿うるふでも無い限り即死だろう。
しかしそれは、全くの無防備で受けたときの話である。

「ウ……オオオッ!」

咆哮と共に雷鳴は背後に跳び、身を翻しながら雨雫にフックを見舞う。
それを雨雫は自身も後ろに跳んで回避し、別な花弁の上へふわりと着地した。

「……さっきの手応え……アメーバの能力も……」

「ハアッ……そう、だ」

雷鳴は雨雫の不意打ちを全くの無防備で受けてはいない。
雨雫の万一の反撃に備え、コピーした「アメーバ・ブロブ」により肉体をアメーバ化、身を貫く刺突を無力化したのだ。

「僕は……勝つんだ、勝って光素さんに」

刺突を無力化、とは書いたが実際のところ雷鳴のダメージはかなり大きい。

肉体を完全にアメーバ化すれば人の形を保ってはいられず、物理攻撃もままならない。故に心臓などの致命的な箇所や関節はアメーバ化しつつも、貫かれた箇所の多くは生身のままなのだ。
瞬時に塞がるアメーバ部分の傷跡に対して生身の部分からはどくどくと血が流れている。

しかし雷鳴はそれも意に介さない。
不破原による拷問経験ももはや関係ない。

彼は恋をしているから。

柔和な印象の顔立ちに、狂気を湛えた眼差し。
キョスエ然り、彼然り、恋とは狂気である。

「素晴らしいな……きっと相手はさぞ幸せ者だろう」

相手がそのせいで死んでしまったなどと知らない雨雫は的外れに彼の恋心を賞賛する。


「ヘクチュッ」

「「「風邪? それとも花粉症ですか――?」」」


「決着を付けよう」

「……はい……!」

片腕で、それも穴だらけでちぎれてしまいそうな右腕で青蓮華を構え、そして跳んだ。
一瞬で間合いを詰め先程のように心臓をめがけて「雨竜」を繰り出す。

 それに対して、雷鳴は後ろに跳び、足場であった花弁から宙に身を投げだした。
突剣の鋒はわずかに彼の胸に届かない。
「遅速降る」で宙に留まる雷鳴が突き出された突剣を掴もうとしたとき、雨雫がクスリと笑った。

――パァンッ――

 雨雫が引き金を引くと、破裂音と共に突剣が射出される。

衝撃のあまり骨組みはバラバラに分解し、傘を持つボロボロだった右腕は手首から先が反動に耐えられずちぎれ飛んだ。

「ぐうっ!!」

突剣は先程の「雨月」とは違い、枚数が半分とはいえ鉄板を容易く貫くがそれに留まらない。
アメーバ化していたとは言え、胸をメモ帳の形に刳り貫いて数十m先まで飛んでいったことからその威力は推して知るべしである。

 しかし雷鳴は尚生きている。
いや、「アメーバ・ブロブ」で心臓をずらしておいたから即死せずに済んでいるが間違いなく死は近いだろう。
それでも一撃を放つ気力が全く萎えないのは、やはり恋心のなせる業か。

「僕の……勝……あっ?」

雷鳴の喉に“それ”が突き刺さったのは、とどめの一撃のモーションに入るその瞬間だった。

ちぎれ飛んだ雨雫の右腕の傷口から露出した、折れて尖った骨。

「――狐の嫁入り――」

傘術「雨竜一傘流」の奥義とされるこの技に型は存在しない。
その要諦は、

「必殺の一撃でも、それを捌かれた場合に備えて更に一手を常に残しておくべきこと」。

武道における「残心」を発展させた技というか心得である。

その更なる一手、敵にしてみればあるはずの無い一手を、雨を司る雨竜院家の者たちは晴れの日の雨に喩えて「狐の嫁入り」と呼んだ。

「あっ……」

喉を貫いた勢いのまま、雨雫は雷鳴を突き飛ばすように跳ぶ。共に宙に身を投げだし、心中するかのような形となった。

「鉄……板……が」

「遅速降る」で宙に留まろうとして、雷鳴は鉄板が遥か遠くへ飛ばされてしまったこと。
先ほどの攻撃の雨雫の真の狙いがそれだったことに気づく。

「『雨落し』とでも名付けようか……」

雨雫は薄く笑うと、「遅速降る」をフルパワーで発動した。
喉を貫かれ密着しながらも雷鳴はパンチを繰り出そうとするが間に合わない。

流星の速さで2人の身体は地表に叩きつけられる。
攻撃力にすれば25はあるだろう。
爆音と共に赤の混じった土煙があがり、それが晴れると巨大なクレーターの中心に赤い花が咲いていた。

 上になっていた分、雷鳴より一瞬後に砕け散った雨雫を光素は勝者とした。


✝✝✝✝✝

 一面の花畑――柔らかな日差しの下花々が咲き乱れ、蝶が舞う。
世間にイメージされるままの「お花畑」である。

そこに、2人の若い男女がいた。
男はゴロンと寝転んで、女はその隣に腰を下ろしている。
微笑ましいカップルの姿に思えるが、この2人、全裸であった。

「お前、すっげえ乱れようだなぁ」

「し、仕方ないじゃないか! 私は、ずっと君と……」

雨弓のからかいに、雨雫は顔を真赤にしながらも乱れていたことは否定しない。

 気づけばこの花畑にいた2人は、抱き合って再会を喜ぶと、死んでからのことを語り合った。
とはいえ雨弓が現世の自分や家族のことを語るばかりで、雨雫は雨弓に死後の世界でのことを問われれば「禁則事項」と誤魔化すという一方通行なのだが。

 そしてあらかた語り終えると、彼らは初めて肌を重ねた。

その際の雨雫の淫乱ぶりを、雨弓はからかいつつも嬉しく感じた。
雨雫も、あれほど地獄で犯されながら雨弓との睦みあいに乱れまくる自分に驚き、恥じらいを覚えながらもやはり嬉しかった。

そして、いよいよこの再会の時間にも終わりが近づいてきたことが2人には何の根拠も無いのに感じ取れた。


「なあ雨弓君……約束してくれないか?」

「うん? どんなだ?」

「これからの君の人生で、誰かに恋をすることがあったら私に遠慮せずその人と一緒になるって」

「何をっ……」

一瞬怒りを覚える雨弓だが、雨雫の表情に口を噤む。

「私は、死んだ人間なんだ」

「だから、生きている君の人生が私のことに縛られちゃいけないと思う」

「君は、私じゃなくて君自身の幸せのために生きて欲しい」

今までにない優しい表情で微笑む雨雫の頬を涙が伝う。
雨弓は大きな手で涙を拭ってやった後、頷いた。

「わかったよ。 でも俺が死んだら、どんな形でもまた会おうぜ」

「うん、必ず」

気の遠くなる年月の果てに、必ずまたどこかで。
何度も絶望を味わった雨雫もそれだけは疑うことが無い。

 そして2人は、最後の口づけを交わした。

「またね、雨弓君」

「おう、またな雨雫」

✝✝✝✝✝

「「「雨竜院選手は普通に救われちゃいましたね~~」」」

「そうですねえ。予想外でしたけど、『あっちの私』が頑張ったみたいで」

全ての行程を終えた三兄弟と佐倉光素が談笑している。

花咲雷鳴・雨竜院雨雫・キョスエ――愛の戦士達は仲良く虫にたかられながら永劫を過ごすこととなるのだが、その心中に救いがあるか否かで、やはり天と地ほどの差があるのだろう。

「「「じゃ、僕らは本戦に戻りますからこれで――」」」

そう言って三兄弟は虫花地獄を後にする。


「あの方はやっぱり優しいよね」

「神ごときが勝手な真似をしたのに何のお咎めも無いんだもん」

「それどころか、雨竜院選手の希望が叶うように『サービス』までしてくれたんだから」

三兄弟の笑い声が同時に響いた。

✝✝✝✝✝

 その後の雨竜院雨弓の人生についてここで書くことは控えたいが、唯一明かせるのは彼が雨雫との約束を守ったということだ。
彼自身の心がかつての恋人の思い出に縛られることは決して無く、自分の幸せのための選択をしたのである。
そしてそれを彼は苦に感じることも一切無かった。

 なぜなら、あの不思議な夢を見た翌朝から彼は雨雫のことを全く思い出せなくなっていたから。

野試合 雨竜院雨雫vs 花咲雷鳴with キョスエ end
Side 雨竜院雨弓 to be continued


最終更新:2012年08月15日 23:36