第一回戦畜生界 夜魔口工鬼&夜魔口断頭
採用する幕間SS
なし
本文
首切り役人は赤い靴を履いたカレンの足を斧で切り落としてしまいました。すると足と靴はそのまま踊りながら森の中へ消えていきました。ようやくカレンは踊る事をやめる事が出来たのです。
赤い靴/ハンス・クリスティアン・アンデルセン
…アオーン…
…ドドドドドドドドドドド!!!
「バウ!!」「ガウ!!」「キシャ―ッ!!」「ガルル!!」「アオーン!!」「ブモー!!」「クケーッ!!」
「うっっだあああああああああああっ!!」
「走れッ!!グレムリン!!噛まれるぞッ!!」
「「「「「「「「うきっ!!うっきーィ!!」」」」」」」」
…アオーン… アオーン…
朱い大地を大小様々な肉食獣が怒涛の群れとなって駆け抜ける。
その前を走って逃げる一人の男と女の首。
「せっ!!先輩!!なんなんスかね!!これ?!死人同士で戦うとかいう以前に獣に追われるのが畜生界なんでスか?」
「知るかッ!!私は地獄博士じゃないからな!!1号2号、死ぬ気で走れよッ!!」
「「うっきー!!」」
地獄の名前は畜生界。
血に飢えた獣の住む地獄。
走るのは地獄に堕ちた魔人ども。
男の名は夜魔口工鬼(やまぐち ぐれむりん)、アロハシャツにサングラスに金髪の魔人ヤクザのチンピラ。
首だけの女の名は夜魔口断頭(やまぐち でゅらはん)、銀髪に金瞳の魔人ヤクザの幹部。
そして断頭の首を抱えて走る角の生えた小さなサルは工鬼の能力「グレムリンワークス」で生み出された小悪魔であった。
今のところ逃げ足の速さが獣の追跡に勝っている。
時折飛びかかってくる獣は斧で切り飛ばす。
斧使いでもある彼の武器は消防士が使う小型の消防斧とギロチンの刃を持つマリーアントワネットの断頭斧。
フランス革命で幾多の命を吸ったギロチンを斧に加工したという呪われたギロチンアックスであった。
…アオーン… …アオーン…
「おいグレムリン、あの遠吠えが聞こえるか?」
「え?なんの事でス?!」
「あの遠吠えは怪しい、おそらく獣の群れを操っている奴がいるぞ」
「でもですよ!!先輩ッ!!動物使いとかの魔人能力は説明になかったでスよ!!」
「ふンッ。趣味の悪い戦い楽しむような胡散臭い連中のいう事がどこまで信じられるか!!恐らく能力を隠しているか、能力を応用した技術があるはずだ!!やれるか?」
「探れってことでスね?」
「このまま逃げててもジリ貧だ!!時折聞こえる遠吠えを探るんだ!!」
「イエアーッ!!行けッ!!『グレムリンワークス』ッ!!」
「「「「「「ウッキーッ!!」」」」」」
…アオーン… …アオーン…
工鬼の呼び声に応じて足元に現れた角の生えたサルたちが四方に散る。
角の生えたサル『グレムリンワークス』の小悪魔は工鬼と視界を共有出来る為、偵察や情報収集に力を発揮する。
引き続き獣に追われ逃げ続ける工鬼と断頭。
「バウ!!」「ガウ!!」「キシャ―ッ!!」「ガルル!!」「アオーン!!」「ブモー!!」「クケーッ!!」「ところでだ、グレムリン!!」
「なんでスか?先輩!!」
「あいつら…喰われたりしないよな?」
「えー…?」
「おい!?大丈夫なんだろうな!!」
「や、大丈夫でスよ。」
「根拠があるのか?」
「あいつ等の素早さは先輩も知ってるでしょ?それに、俺達は先輩の頼みにになら命がけで応えまスから。」
「ふン!!やはりアホだなお前は!!」
「うききッ!!どうも!!」
呆れた顔の断頭に対してニヤニヤと工鬼は笑った。
「さて、この状況も何とかする必要があるなァ!!グレムリン!!」
「イエアーッ!!やりまスか?」
へらへらと余裕の笑いを浮かべて、ニヤリと不敵な笑いを浮かべて、魔人ヤクザ達は畜生界の獣に向き直った。
そこは血の海であった。
無数の獣が千切られ両断され無残な屍を晒している。
しかし飛び散った血は美しい関数曲線を描き、肉塊は黄金比の図形を描いていた。
数学の魔法陣の中を赤髪の男が何かを呟きながら歩いている。
前を見据えるその瞳には凶悪な光が灯っていた。
鬼屋敷涼、地獄に堕ちた天才数学者である。
『ナンバーズ・オブ・デス』と名付けた魔人能力を持ち、無理数を暗唱する事で肉体を強化したり殴った物に破壊ダメージを与えることができる。
「…63…472…28…」
(やってくれるぜ。まあ獣風情では俺の数学格闘秘術(マテマティクス・マガ)の相手にはならねえ訳だが…さて)
転がっている獣を頭部を踏みつぶすと、飛び散った血が数式を描いた。
実践的で論理的な格闘術クラブ・マガと世界の全てを数式で表せるとした数界論思想の相性は言うまでもない。
それこそが肉体を数学論理でコントロールする数学格闘秘術(マテマティクス・マガ)。
返り血こそ浴びているが本人は全くの無傷、数学者としての一般的な戦闘スタイルである。
更に鬼屋敷には天才的な数学論理があり、彼の魔人能力『ナンバーズ・オブ・デス』で強化された肉体を完璧にコントロールする。
超絶数学戦士である彼を獣風情がどうにかできる理由はない。
「03…95…40…28…23」
(俺の数学は地に足の着いた実戦数学だ、計算屋どもの机上の空論とは違う)
能力の為に無理数を詠唱しながら鬼屋敷は獣の死骸を踏みつぶし血で数式を書き連ねていく。
「…09…5…9480…23…8032…023!!」
(机の上で数式を転がすんじゃねえ、数式が大地を動かすんだぜ!!)
ずむぅう!!
鬼屋敷が大地に拳を突き入れ能力を開放する。
「大地分解方程式(アースブレイク)!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!!
大地が鳴動を始める…。
「さあて、始めるとしようか。勝利の方程式ってヤツをなァ!!」
かつて無敵の数学者ピタゴラスは言った。
「高度に発達した数学は魔法と変わらない」と。
『流石だな、紅』
「褒めても何もでないよ、ルチオラ」
無数の獣に囲まれてセーラー服の少女はぶっきらぼうに答えた。
そして、ぐるるる…と低いうなり声で周囲の獣に指示を出す。
…アオーン… …アオーン…
獣たちは遠吠えでさらに遠くへ指示を出す。
法帖紅。
その魔人能力「永劫逢魔が刻<クレナイ>」。
自信の心を魔獣として具現化して使役する力。
その中でも奥の手である百獣の力で獣を操っているのだ。
絶対的な生存本能は他者を踏み台にしてでも生き残るという強い力の現れである。
『しかし、いきなり奥の手を使うとは、もう少し隠しておいても良かったんじゃないのか?』
「この地獄は私との相性が最高だ。魔人の戦いは何が起こるかわからない。ならこの最高の条件を生かすために最初から全力を出す。そんな事もわからないの?」
『む、まあそうだが』
先ほどから少女は独り言を言っているようにしか見えない。
だが声は確かに聞こえている。
小さな炎が少女の周囲を舞うように飛んでいるのだ。
声は炎から聞こえてくる。
魔人能力で生み出された蛍火、ルチオラは彼女の良心に帰属する魔獣であった。
…アオーン…アオーン…。
ぐるるる…ぐるる?
「そうそう上手くは行かないようね」
『どうしたんだ?紅』
「先行した獣達と連絡が取れなくなった、獣だけでやれるとは思わなかったけれど。対応がはやいわ」
『どうするんだ?』
「あわてる必要はないわよ、この地獄には獣は無数にいるんだもの。それらすべてが私の武器よ。でも…」
『でも?』
「どうやら、お客さんが来たようね」
ポーチの中から裁ちばさみを取り出すと留め金を外し二つに分解する。
二本のナイフのようになったハサミをクルクルと回して紅は振り返る。
丘の上には金髪にアロハシャツのガラの悪い男が立っていた。
小型の斧をまるでボールペンをクルクル回すかのような気軽さで高速回転させている。
「いらっしゃいませ。」
「獣使いはテメーかい?お嬢ちゃん!!」
「喰い殺せ!!がるるるッ!!」
紅の指示に数十頭の地獄の獣たちが殺到する。
「オンドレナメトッタラアカンド!!」「がッ?あああッ?」
対する工鬼が意味不明の怒号を放った、空気が激震し獣たちの動きが止まる。
紅は一瞬息が止まるような感覚を覚え片膝をつく。
ヤクザハウリング!!
魔人ヤクザの恫喝術の一つ。
暴力団、いわゆるヤクザ達が暴力に訴えるのは最終手段であることが多い。
暴力は優秀な交渉手段であり、暴力をちらつかせる事で交渉を有利に持っていくのが優秀なヤクザであるからだ。
暴力は手段であって目的ではない。
そういった世界で相手を威圧し恐怖させ交渉をコントロールする技術がヤクザの歴史の中で密かに発達していったのは言うまでもなかった。
そういったものを恫喝術と呼び、特に魔人ヤクザの間では基礎的な技能として浸透している。
ヤクザハウリングは別名メンチ金縛りとも呼ばれ眼力と発声によって相手を威圧し動きを封じるスキルである。
強大なヤクザハウリングなら気の弱いカタギならば失禁や失神はおろか心臓麻痺で死亡する事もあるという。
ギャルルルルッ!!ザクッ!!「きゃああああああああああッ!!」
一瞬の動きの停止を見逃さず高速回転する斧が投擲され、紅の肩口に突き刺さり鮮血が舞う。
明らかに致命傷だ。
獣たちは怯えてしまいまるで動くことができない。
「戦闘中に動きを止めるようじゃあ、殺してくれって言っているようなもんだぜ?」
出会いがしらの一瞬の攻防。
その一瞬で生死が決まる事は珍しくはない、魔人戦闘のなんとも恐ろしいところである。
「さてと、流石にまだ死んでないだろ?女の子を苛めるのは趣味じゃないけど。知ってることを教えてもらおうかな?」
斧を構えて工鬼は紅の顔を覗き込む。
ギョロリと紅の目が工鬼を睨み付けた。
「さあ、思い出すが良い!!お前がいかに惨めに死んだのかを!!お前の肉が焼けていく様を!!」
「何ィ!!ぐ、ぐわああああああああああああああああッ!!」
工鬼の体が一瞬、炎に包まれて後ずさる。
紅は肩に突き立った斧を抜き捨てると平然と立ち上がった。
その傷はみるみる塞がっていく。
その周りを不気味な蛍火が舞う。
「なんだそりゃ?!ざけんじゃねーぞ!!」
「そのまま焼け落ちろ!!やれッルチオラァ!!」
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!
しかし紅が追撃に出ようとした時、地面が大きく揺れた。
「遊んでるとこ悪いが、テメーらの脳みそ、テイラー展開してやるぜ!!」
乱入した鬼屋敷が叫ぶと。
大地が崩壊した。
『帰還の意志』すなわちエナジードレイン。
法帖紅の魔人能力の奥の手である生存本能『百獣の道之崎オンセ』の特性。
他者の命を奪い取ってでも生き延びたいという執念の力。
紅が先ほどの攻撃を意にも解さなかった秘密はここにある。
無数にいる獣の中に潜んだライオン型の魔獣オンセが、獣を喰らい紅に生命力を供給しているのだ。
畜生界において無数の獣を糧にする、その生命力の供給源は底なしである。
つまり紅は死者ではあるが不死身であると言っても良い。
「痛ててて。」
『大丈夫か?紅』
大地の崩壊によって生まれた亀裂に巻き込まれてしまったが今や不死身の紅にとってはどうという事はない。
「私の心配が必要だと思ってるのなら、周囲の警戒でもしてろ。ルチオラ。」
地の底での巨大な渓谷といった様相のこの場所には大地の崩壊に巻き込まれた獣たちの死骸が散乱している。
しかしまだ生きている獣は多く『帰還の意志』の供給源として問題はなさそうだ。
断崖にも獣の血がべっとりとついている。
その地は何かの図形や数字のようにも見える。
図形?
「世界を救うための数式さ、テメーの足りない脳みそじゃ難しすぎるか?」
巨大な岩の上で鬼屋敷涼がニヤリと笑った。
しかし紅もその態度を鼻で笑う。
「さあ、思い出せ、お前の肉が焼け焦げていく様を、いかに惨めに死んだのかを!!お前の体は覚えているぞッ!!」
鬼屋敷の体が炎に包まれる。
いつの間にか蛍火が鬼屋敷を取り囲んでいたのだ。
「自分の体の燃え方でも計算してろ!!」
しかし、炎は一瞬でかき消される。
「残念だが、俺の死にざまは焼死じゃねえし火葬だってされてねえ」
「え?なんで?」
「俺は俺の死にざまを覚えていない、だが確信はあるぜ。俺が死ぬのは数学による死だけだ、炎で死ぬことはありえない!!俺を知る者は俺を火葬しない!!俺に似合うのは数学による数葬だけだからな!!」
「よくわかった、お前馬鹿だろ!!」
蛍火ルチオラの絶対必中の必殺技『死を語る佯りの火垂』は相手の死因が焼死、あるいは火葬されたものに対して有効だ。
鬼屋敷には通じないようだが、それでも必中性がなくなっただけだ。
直接当てれば問題はない。
「奴の魂を焼き喰らえルチオラ!!」
「…30493…943…」
無理数を暗唱しながら一気に間合いをつめる鬼屋敷。
その狂猛な一撃が紅を貫く。
そして振り向きざまの蹴りが蛍火に叩き込まれた。
魔人能力を受けて消滅する蛍火。
「があッ?る」
「数学に関しては素人同然だな、動きがまるでだめだ」
紅の傷は瞬時に塞がっていく。が。
鬼屋敷の抜き手が喉元を即座に貫いた。
「うぐっ?」
更に怪我が治る瞬間に鬼屋敷の攻撃が…。
「オフィオファガスッ!!」
紅の魔獣によって食い止められる。
紅の虚栄心を元に生み出される蛇、オフィオファガスの『虚栄身命』は瞬間防御能力だ。
自身を虚栄の鎧で守る、その虚栄が尽きるまで。
「たいしたもんだ。だがそんな感情に流された能力で俺の数学は止められねえよ」
鬼屋敷の猛攻が始まった。
法帖紅の誤算は二つ。
日本で死んだ以上、大概は火葬されるだろうという思い込み。
事実日本の法律上、遺体は基本的に火葬である為この能力の強みは確かなものではあるのだが。
数学的葬儀、数葬などという意味不明の論理がまかり通るのも魔人であるが故か。
そして圧倒的な鬼屋敷の強さである。
紅の『虚栄身命』で防ぐならまだしも『帰還の意志』による再生は痛みまでは消せない。
魔人ならではの精神力や身体能力を持ってしても痛いものは痛いのである。
鬼屋敷の攻撃を能力で防ぐごとに虚栄心を失い余裕がなくなり肉体にダメージを負う毎に痛みで余裕を失っていく。
それが更に痛みを耐える心を蝕むという悪循環。
並みのナイフ捌き程度が通じる相手ではなく、蛍火も有効ではない。
いまや 良心と虚栄心はただ削られていくのみだ。
「うわあああああああッ」
「数学的思考が足りねえなァ。痛みは数学でねじ伏せるんだぜ?」
「いやあぁ。痛いよう。」
「能力で攻撃を防がないからだ」
「やめてよう。もういや。いたいのはいや。」
「ダメだ。お前はまだあきらめていない。」
「た、助けて。誰か」
「ここには助けは来ない。数学的に論理的に考えて当然だろ?ちょっとは考えたほうが良いぜ」
「オフィオファガスッ!!防いで!!」
「まだできるじゃないか。だが能力でもない普通の数学を能力で防いでどうするんだ?」
「しらない、そんなのしらない」
「おいおい、知らないんじゃない。知ろうとしてないだけだろ。数学を学ばないお前が悪いぜ」
「すうがくじゃない、こんなのすうがくじゃない」
「やれやれ、ちゃんと数学を学んでいればこの程度の公式は防げるのに、これだからガキは」
「たすけて…助けて…」
「さっきも言っただろう。助けは…」
「コイツを殺してッ!!道之崎オンセ!!私を助けて!!」
「ガルルルルルル!!グオアアアアアアアアアアアアアッ!!」
金色に輝く雌ライオンが背後から凄まじい勢いで鬼屋敷に襲い掛かる。
「やればできるじゃねーか!!合格だ!!」
ブシュ!!
しかしライオンが鬼屋敷の頭を食いちぎる事はなく。
逆にライオンの心臓には鬼屋敷の手刀が突き刺さっていた。
「あ?ああああ…オンセ?ど、う、し、た、の?あいつの命をすって。わたしはいきかえらないと」
「隙を突く、虚数解的な発想はまず合格だ。まあこいつも獣程度じゃ俺の数学格闘秘術(マテマティクス・マガ)の相手にならないという点で計算がそもそも間違っているわけだが。」
「あああああああああああああああああああああッ」
ライオンの巨体が光となって消えていき。
「助けて、オンセ。ルチオラどこにいるの?オフィオファガス、私を守ってよ。みんな、どこ?るちおら、はなしをきいて。わたし、きょうもあのひととめがあったのよ。るちおら、ねえ、るちお…ら。」
法帖紅の心は砕け散った。
虚ろな目をした法帖紅に止めを刺した後に鬼屋敷はヤレヤレとため息を吐く。
「俺は数学者であって。学校の先生じゃねえんだ。ガキにこんなに親切にレッスンしてやるとは焼きが回ったかな?それにしても、ちょっとくらい横槍でもいれたらどうなんだ?エウレーカ(みつけたぞ)!!悪運がまだまだ強いようだなァ!!」
鬼屋敷の視線の先には斧を持ったアロハシャツの男が。
その頭は爆発したようにアフロめいていた。
鬼屋敷の声を合図に男の手にした小型の斧が回転を始める。
そして男とは別の場所から女の声が響く。
「数学的に考えて自分の力は温存しておくべきだと思いましてね。先生。」
「なるほど、確かに数学的だ。では焼死ななかった理由は?」
「私達の死因は残念ながら爆死。首無し金融の事務所ごとでしたので遺体は火葬されておりません。」
「ははッ。ロクな死に方してねえな。テメーら」
「お互い様ですよ。先生。」
「よぉ!!また逢ったなセンセー!!自慢の算数はご機嫌か?」
工鬼の手から高速回転する斧が投擲される。
「…78…9…56…」
素早く無理数を暗唱しながら、鬼屋敷の硬化され高速化された腕は論理的に無駄のない動きでその攻撃を捌く。
数学格闘術(マテマティクス・マガ)とナンバーズ・オブ・デスの組み合わせに隙はない。
全ての事柄を数学で表せるという事は自身の動きすらも数学で表すことができるのだ。
完璧な戦闘技術とは完璧な頭脳をもって完成される。
本気の戦闘中に彼の口からこぼれるのは、その激しい思考とは裏腹に美しき数字の羅列のみである。
「…33…41…05…」
(かかってきやがれッ!!俺の数学に勝てると思うんじゃねーぜ!!)
斧を投擲した工鬼はそのまま全力疾走で鬼屋敷に迫る。
「右下段薙ぎ!!左受けからの巻き割り!!」「ナニミトンジャボケェ!!」
どこかに潜んでいるのであろう夜魔口断頭の指示と同時に斧による攻撃が迫る。
しかし恫喝術のハウリングによる金縛りは鬼屋敷の論理思考によってキャンセルされる。
強い意志で精神的な圧迫は防ぎ得るのだ。
(でけー声だしてりゃビビるとでも思ってんのか?)
敵の攻撃を正確無比な真円の動きで捌き相手に反撃の一撃を…。
「一歩下がれ!!打ち上げ!!足!!」「ヒャッハァ!!」
瞬時の指示にほぼノータイムで反応した工鬼は鬼屋敷の反撃を逆に受け流し足払いをかける。
「…96…93…17…!!崩壊曲線(ブレイクワンダー)!!」
(舐めるんじゃねえ!!)
鬼屋敷は足払いをバク転で回避する。
そのまま鬼屋敷は大地を踏みつけ能力を開放。
ドゴォ!!
地面の一点が崩壊し大地に亀裂を作る。
亀裂は周囲の遮蔽物に伸びてそれらを破壊する。
(破壊の方向性はベクトル向きを計算すれば自由にコントロールできる!!)
一撃で大きな破壊力を産まなくともエネルギーの無駄をなくせば敵を倒すことは容易い。
そして鬼屋敷涼にはその頭脳があった。
破壊された岩陰から人の頭のようなものが逃げていくのが見える。
(指示を出してるアンタ。中々良い数学的思考だぜ!!)
「log2 3!!」「連突!!ワンツー!!下上ェ!!」「ナメテンジャネーゾ!!」
間髪入れずに指示が飛び再び恫喝術のハウリング。
ヤクザハウリングの振動と精神的威圧は無効化できるとはいえ空気の振動やほんの僅かな硬直はどうしようもない。
牽制の一手として無視できるものではない。
そこに斧による連続攻撃が加わる。
(正確で受けにくい攻撃だ。だがよー、読める動きだなッ)
二等辺三角形のパワーバランスが連側の攻撃を受け止め弾く。
能力を開放し大地を揺らす。
先ほどの地割れは違う牽制の一手、地震を生み出す関数震脚。
「三段!!二段!!回転!!」「ヤンノカコラァ!!」「√2!!」
ジャンプで地震を避けた工鬼が竜巻のような斧の連撃で攻撃する、鬼屋敷が体を捻り回避し反動で蹴りを放ち反撃、その動きを読んでいたかのように工鬼が攻撃を前転で回避し反撃。
時折繰り出されるヤクザハウリングによる金縛りも厄介だが、
長い斧と短めの手斧のコンビネーション攻撃は攻防ともに優秀だ。
鬼屋敷の計算された死角からの攻撃も工鬼は的確に避ける。
(俺の攻撃を読み切るように指示をだしているのか?)
「右!!左!!ワンツー!!」「log2 3」「サイドステップ!!薪割り!!足!!」「√7」
途切れる事のない猛攻を捌き反撃し能力による一手を放つがそれを回避する。
(スピードは俺の方が早い、だが先手を取られる。)
「…4…85…2…8…」「右上!!下段!!左下!!」「ザケンジャーネーゾ!!」
(読みやすい攻撃はワザと避けさせる為!!そして奴らは防御を重点に置いて戦っているから俺の攻撃を避けられる!!奴らの狙いは俺の能力の時間切れかッ!!)
工鬼の動きは断頭の的確な指示による正確な動きによるものだ。
しかし指示を出している夜魔口断頭までの距離から考えて鬼屋敷の攻撃では一発で有効打を入れられる保証はない。
(だが数学に不可能はねえ)
「…7865!!虚数煙幕(ホロウスモーカー)!!」
ゴゴゴゴゴゴゴッ
大地を踏みつけ能力を開放、低い振動と共に再び亀裂が走る。
ズゥン!!
一段と大きな地響きとともに砂煙が舞い上がる。
夜魔口断頭の潜む周辺にはもうもうとした砂煙による煙幕、視界は効かない。
工鬼の顔に怒りが浮かび、砂煙の向こうからは驚きの声があがる。
「何ッ?」「√5!!」「てめー!!」
(ダメージを与えずとも見えてなきゃ指示はつぶせる。そう時間はとれないが十分だぜ!!)
瞬時に繰り出した抜き手で工鬼のバランスを崩し、死角から能力を開放した素早い蹴りを放つ。
狙うは頭。
一撃で仕留める。
「…9979!!」
(終わりだなッ)
「ッシャー!!」
しかしその蹴りを絶妙な動きで回避する工鬼。
鬼屋敷の顔面に振り下ろされる斧。
(避けられた? だが俺の防御力と計算をもってすれば反撃は防げる!!)
鬼屋敷は腕をクロスして正三角形の受けを取り攻撃をガード。
危険な一撃であったが硬化された肉体と数学の技で軽傷にとどめる
しかし。
「ダンスの時間は終わりだぜ、センセー!!」
ザクッ!!
鬼屋敷の足に痛みが走る。
(今の一撃はフェイントだったのか?だがまだ耐えて見せるッ!!)
「赤い靴を履いた女の子は首切り役人の『斧』に『足を切り落とされる』事でようやく踊りを止める事ができるのです」
「つまりは足を狙えって事でスね!!」
マリーアントワネットの断頭斧。
その呪われた力は物語という幻想を実現するために力を発揮する。
赤い靴の呪いが刃に力を与えていく。
鬼屋敷の右足が赤く輝いたギロチンの刃で切り飛ばされた。
「先輩、流石にひくんでスけど。うっきき。」
「構わん。いつもやっている事だろう?」
どのような格闘技においても足を失えばその格闘技は機能を失うと言ってもいい。
鬼屋敷が目を覚ました時、両手両足は綺麗に切り落とされていた。
能力も最早使えない。
「あー、悪く思わないでね。」
ヘラヘラと笑いながら夜魔口工鬼が申し訳程度に頭をさげた。
小悪魔たちは葉巻を仰々しく断頭の口に近づけたりしている。
銀色の髪、金色の瞳。
美人だが、その瞳が冷たく光るように見えた。
断頭は呆れた顔で工鬼を一瞥した後、小悪魔のサポートで葉巻をふかしながら鬼屋敷に声をかけた。
「さて先生。少し話をしたいのですがね。生き返りの事やこの地獄について何か知っていることはありませんか?」
「俺が答えると思ってるのか?」
「やれ」
「イエアー」
グシャ!!
「ぐううううッ」
工鬼の振り下ろした斧が鬼屋敷の腹を抉る。
痛みは生理的な反応に過ぎない。
激痛は数学的思考で処理できる。
それは法帖紅に鬼屋敷が教えた数少ない事である。
だがヤクザたちの尋問は一度耐えたからといって収まる物ではない。
「さて、先生。知っている事はなにかありませんか?」
「おいおい、中々エグイ真似してくれるじゃねーか」
「やれ」「イエアー」グシャ!!「ぐむッ」
「些細な事でも構わないのです。先生は論理的な方だ。これは時間の無駄だとは思いませんか?」
「痛てーなあオイ、こちらからも聞きたいことがあるんだがよ」
「やれ」「イエアー」グシャ!!「ってええ」
「先生からの質問に答えて差し上げるのは全く問題ないのですがね。先に質問しているのは私たちなので。物事には順序というものがありますから。」
「わかったよ!!我慢はできても痛いモンは痛いしな。答えてやるよ。」
時間の無駄どころか体の無駄だ。
さっさと答えてこちらも答えが欲しい。
なぜ負けたのか、を。
「地獄について何か知っていますか?」
「わかんねーな、少なくとも数学に理解のなさそうな兄弟と数学的な話題が合わなさそうな声の奴がいるくらいかな、アンタとは少しは話ができそうに思えるがよ」
「ふむ、この辺は私達と大差ないという事ですね。それでは生き返るための方法などに心当たりはありませんか?」
「蘇生能力を持つ魔人が居るという話は聞く。他にも地獄の門を開く能力で格闘大会が開かれたこともあるらしいな。まあ、そういう魔人能力があれば可能だろう。数学的に美しい話ではないがな。あの声が単純に地獄に来られる魔人なのか、それ以外の何かなのかは知らん。」
「…そうですか」
フム、と。もし体があれば腕組みでもしているかのように首を傾げた後、もう一つ質問をする。
「他になにか知っていることは?」
「そーだなー、あと一年で世界が滅びるってことくらい?」
「…そうなのですか?」
「ああ、間違いないね。俺の計算に狂いはねーよ」
「えー、ど、どうしまス?先輩」
工鬼は困ったような顔をし、サルたちは大変だ大変だとでもいうようにバタバタしている。
断頭は ふぅ、と呆れたようにため息をついた。
「私たちが生き返るまでは気にする必要はありませんね。さて先生。貴方の質問を伺いましょう」
「大体の見当はつくが、答え合わせをしとかないと気分が悪いんでな。戦闘中の指示は嘘か?」
数学も戦いも発想だけではない、日々の積み重ねがものを言う。
予習復習は大事なのだ。
「全くの嘘ではありません。攻めに関する技の組み合わせは途中までは私の指示です」
「なるほど、なるほど。じゃあどうやって俺の攻撃を避けたんだ?俺は完全に死角を計算して攻撃したんだぜ?」
普通の魔人では考えられないが天才的な数学思考を持つ鬼屋敷の言葉には絶対の自信が伺える。
「目が」
「目?」
「目が沢山あるという事でしょう、そうですねグレムリン」
「そういう事でスね、先輩。俺にはこいつらがいる」
「「「「「「うっきー」」」」」」」
サルたちがウキャウキャと飛び跳ねる。
「こいつらの見ている状況は俺も見える。そーゆーことかな。俺には後ろにも横にも目があるでスよ。様々な方向から、自分を、先生を見ながら戦える。あ、あと先輩の顔みながらでスね…」
「なるほど、近距離戦闘で死角がなくなるというのは強みだな、OKOK。勉強になった。」
「さて、先生。答え合わせが済んだところで恐縮ですが。」
「なんだい?」
「地獄で死ぬとどうなるのか判りませんが、この辺で宜しいですか?」
「どうせ、地獄の責めにでも会うんだろ?まあいいよ、計算の時間は無限にとれる。一年以内に生き返ればいいんだろ。余裕だって、俺は天才だからなァ」
「では、こんな事を言うのも変ですがお元気で、やれ」
「おう、てめーらも早くぶっ殺されろよ、生き返る方法が思いついたら教えてやるからよ」
「うっきき、じゃーな先生」
ザクッ!!
ギロチンの刃が鬼屋敷の首を綺麗に切り飛ばした。
「あー!!」
「なんだ?うるさいぞグレムリン」
サルたちも断頭を指さしたりびっくりしたポーズをとったりしている。
「んん?おお、体が…」
「おっぱいだー!!」「「「「うっきー」」」」
「てめーはホントに死ねよ!!」
断頭の首から下に体が生えてきている。
体といっても上半身だけであり、両腕もない。
デッサン用の美術彫刻のような状況だ。
黒いブランドモノのスーツ姿に変わりはなく。
体の断面は頭が分離した時とおなじく謎の平面に見える。
バストは豊満でスタイルは良い。
サルたちはガッツポーズを決めたりしている。
「おい、グレムリン」
「なんでスかー?先輩。胸でも凝りました?揉みまスか?」
「うるせえ、死ね!!」
「俺たち死んでまスよ~」
「小悪魔1号と2号だけじゃ移動に支障がありそうだ。ブラックとアマゾンを貸せ!!」
「うぇー?そこはおんぶじゃないんでスか?当ててんのよ的な?」
「黙れボケ!!アホンダラ!!」
「あー、楽しそうなとこ悪いんだけど。次の地獄へ案内するよ」
比良坂沈と馬鬼、牛鬼が次の地獄へ夜魔口を誘う。
一回戦 了
最終更新:2012年06月13日 00:44