第一回戦畜生界 鬼屋敷涼


名前 性別 魔人能力
鬼屋敷凉 男性 ナンバーズ・オブ・デス
法帖紅 女性 永劫逢魔が刻<クレナイ>
夜魔口工鬼&夜魔口断頭 男性/女性 グレムリンワークス

採用する幕間SS

なし

本文


 轟音。

 鬼屋敷がいる畜生界に、咆哮とも威嚇ともとれる何かが響き渡る。辺りを見渡せば、当然だが現世ではあり得ないような、大小さまざまな生物が存在している。生物の枠に収まるかどうか疑問を呈するようなものまでいる。
 周囲には険しい山脈や高い崖がそびえており、鬼屋敷はその頂上にいる。フィールド全体が草一つもない枯れ地のため、鬼屋敷は最も目立つ場所に立っていることになる。
 鬼屋敷は獣たちの目が届かない位置に移動する。坂の途中にくぼみがあり、そこに身を隠す。周囲に誰もいないことを確認し、「pi」と流暢な英語で呟く。
「3.141592……」鬼屋敷は円周率を暗唱する。基本的に無理数の暗記はしていない。その場で計算している。脅威の計算速度が為せる技だ。
「47371907……」暗唱開始から三分ほど経過し、円周率を五五〇桁まで暗唱しているとき。周囲に誰もいないどころか塵一つない場所で、鬼屋敷は厭な気配を感じた。
 何者かがすぐ近くにいる。確信があるわけではないが、とてつもない殺気を放っている。鬼屋敷のいるくぼみの背後は崖が切り立っており、背後からの襲撃は不可能。周りを見渡すも、多種多様な獣が存在しているだけ。
 だが、鬼屋敷は、それが気のせいではないと知っている。
 後ろはない。前後左右もない。ならば、答えは二つに一つ。
 鬼屋敷はそのくぼみから坂に向けて飛ぶように離れる。そのわずか〇.一秒後、鬼屋敷がいた地点から鋼ととケイ素酸化物の衝突音。
 どうやら、対戦相手らしき男が消防斧を落下と同時に振り下ろしてきたらしい。斧は五センチほど地面に突き刺さっている。鬼屋敷の逃げ遅れた長髪が数本断たれる。
「あー避けられたみたいでス」
「ホラ見ろグレムリン。お前は殺気を垂れ流し過ぎだ。垂れ流すのはクソだけにしろ」
 男の傍から女性の声。猿のような五センチ程度の小動物が、女性の生首を持っている。小動物と言うよりは、小悪魔だ。
 グレムリンと呼ばれた男は「次からは気をつけまス」と女性に返す。
「51320006……」円周率を計算しつつ、六〇〇桁めを暗唱しながら、二人に注意を向ける。
 対戦相手の情報は、能力以外はある程度知らされている。この二人は、夜魔口工鬼と夜魔口断頭だ。事前に、二人組で片方は頭部だけという情報があったため、認識できた。
 おそらくあの小悪魔は使い魔か何か。戦闘力は不明。近づかないほうがいいと判断。
 鬼屋敷が二人の正体を認識した時、工鬼は地面に刺さった斧を引き抜き終える。
「赤い長髪……こいつが鬼屋敷でスな。あまり強そうには見えないッスね」
「見た目に騙されるな。お前はバカなんだから、骨の詰まった頭蓋をフルに働かせろ」
「了解でス」
 二人は呑気に話をしている。しかし、鬼屋敷はこの二人が敢えて隙を見せているのだと推測し、手を出さない。ジリジリと坂を後退しつつ円周率の暗唱を続ける。
「とりあえずちゃちゃっと殺しちゃいまスか」
「御託はいいからさっさと殺せ」
 工鬼が消防斧を構え、より低い位置にいる鬼屋敷へと飛びかかる。鬼屋敷はその攻撃を避ける。
「896091……8!」小数第六四一位の数字は7であるが、臨戦態勢に入るためわざと間違え、円周率の暗唱を打ち止める。
 六四〇桁ならば、最高で音速の半分まで加速可能。しかし、一気に加速すると大きな負荷がかかる。
 避けた先で、深々と膝を曲げて着地。そこから二メートル離れた工鬼の腹部に向かって飛び込む。膝が伸びきる〇.三秒間に、秒速十メートルまで加速。鬼屋敷の足におよそ二〇〇ニュートンの力が加わり地面が凹む。これでも、かなり衝撃を緩和している。
 鬼屋敷はそのまま工鬼の顔面に拳を一発叩きこみ「ルート5」と叫ぶ。突き出した拳と同時に体も引く。
「2.2360……」暗唱しつつ大きく距離をとる。能力の影響で、今は一秒間に五桁は暗唱できる。
 できれば三〇〇メートルほど離れたい。今度は二秒かけて秒速二十メートルまで加速。先程の五分の一の負荷がかかる。
 だが、遠ざかる途中で、腹部に何かが衝突。非常に小さいそれは鳩尾に命中し、鬼屋敷は前のめりになりながら速度を落とし転倒。口内に逆流する胃液を唾液で中和する。
 その間にも衝突物を確認。断頭の生首を抱えていた小悪魔が二匹、悪戯気味に笑い顔を向ける。苛立ちながらも、暗唱を続ける。
「0、5、2、0、9、2、5……」二秒で三桁ずつ、着実に暗唱しながら、鬼屋敷は七〇桁まで暗唱し終えた。


 工鬼は鬼屋敷に殴られた顔面を押さえている。
 着地から折り返しの挙動が迅速だったことと、彼の殴打が予想以上の威力だったため、若干困惑している。
「ぐぐ、スみません。力量を測り損ねました」
「謝って敵が殺せるなら一生土下座してろ。嫌ならさっさと奴を追いかけろ」
「大丈夫でス、俺の小悪魔は優秀でスから」
 顔を両手で叩いてから、逃げた鬼屋敷の後を追う。
「一応確認しておくが、敵はもう一人いることを忘れてないだろうな」
「大丈夫でス。先輩の生理周期と同じくらい対戦相手の把握はしているッスよ」
「なあグレムリン。二回死ぬなんて滅多にない経験だと思わないか?」
「死んでもお断りでス」
 言いたい放題の工鬼に、小悪魔からテレパスで情報が伝わる。鬼屋敷の鳩尾に体当たりをかまして、動きを止めたという。
「およそ百五〇メートル先に鬼屋敷が倒れているみたいでス。二十秒もあれば着けまスね」
「油断するなよ。捕食者の隙が最も大きいのは、目標を捕食する時だ」
「大丈夫でス。そこはぬかりないでスから」
 工鬼は胸を張って答える。
 工鬼の自信には、確たる根拠があった。それは、残りの対戦相手、法帖紅の動きを把握しているということだ。
 小悪魔と共有した情報で、法帖が蛍のような生物を放ったことを確認した。その蛍は鬼屋敷のいる場所に向かっている。
 尋常の蛍では無いことは明らかだ。何らかの攻撃を図ってくると予測。
 しかし、蛍の動向も紅の動向も、同時に確認済。紅自身に動きはない。
 蛍の飛行速度を考慮すると、明らかに工鬼が先に着く。この結論に至り、工鬼は鬼屋敷の殺害を滞りなくできると踏んだ。
 そして工鬼は五〇メートル先に横たわる鬼屋敷を見つける。七秒あれば着く。
 二本の消防斧を構え、殺しの態勢に入る。鬼屋敷の一〇メートル先までに迫ると、工鬼は鬼屋敷に向かって跳躍。消防斧を掲げて振り下ろさんとするその直前、顔面に二トントラックが衝突したかのような凄まじい衝撃。
 その衝撃で体が反身となる。工鬼は体勢を崩し、地面に落下。背中が叩きつけられる。
 その隙に鬼屋敷は仰角三〇度で跳躍し逃走。追跡しようと、即座に体勢を立て直す。その瞬間、工鬼は前のめりに斃れる。
「おい、グレムリン! なにやってやがる! さっさと―――」
 工鬼の死亡に気づかないまま、断頭も絶命。
 二人の屍の上方に、一匹の蛍が仄かな光で曲線を描きながら彷徨っていた。


 工鬼の誤算は二つある。一つは彼が鬼屋敷の能力を完全に把握していなかったこと。せいぜい身体能力の向上か、高速移動程度にしか考えていなかった。
 鬼屋敷は九九桁で打ち止めにして工鬼からの攻撃を防いだ。プロボクサーの全力パンチ、すなわち二トントラックの衝突と同様の威力が工鬼の顔面を襲った。これを想定しろというのは、無理な話だ。
 二つ目の誤算は紅の蛍―――ルチオラの飛行速度だ。仮にルチオラが通常の蛍と同様の秒速五〇センチメートルで飛行するのであれば、彼は死なずに済んだ。しかし、ルチオラはその三十倍程度で飛行可能だ。
 無論、工鬼の小悪魔もそれを見逃すほど無能ではない。ルチオラの追跡は確実に行い、工鬼にテレパスも送った。
 だが、時既に遅し。テレパスが届いたのは工鬼が鬼屋敷に襲いかかる直前。後は前述通り、鬼屋敷の反撃を受け、ルチオラに魂を喰われた。 工鬼、断頭共に現世での死因は、爆弾による爆死。すなわち、爆発で死ぬほど威力の大きな爆弾が事務所に投げ込まれた、ということになる。それほどの威力のある爆発で、死体が焼かれなかったはずがない。
 だから、ルチオラは焼死体だった工鬼にクリティカルヒットを与えられた。

 岩場の影で、逃げる鬼屋敷を目で追いながら法帖紅は考える。結果だけ見れば正と負の両方を孕む。ルチオラが工鬼を一撃で殺したことは大きなプラスだ。しかし、鬼屋敷を逃してしまったことはマイナスでしかない。

 恐らく、いや間違いなく、鬼屋敷はルチオラを見ている。逃げるときに敵を確認しない、なんてことがありえるだろうか。

 そう考えると、ルチオラの存在がバレている可能性が高い。大小様々な異形の生物が蔓延るこの畜生界では、ルチオラのような存在は逆に印象に残ってしまう可能性もある。
 追いかけるにしても、先ほどの鬼屋敷の動きを見るに、追いつけそうにない。
 また、ルチオラには能力以外にとりたった戦闘要素がない。はたき落とされれば死ぬ。だから、正面からの闘いには向かない。
 ルチオラも同じ結論に至ったのか、迂回しながら紅の元に戻る。
 戦場の広さを考慮すると、それほど遠くには行けない。ならば、こちらから出向くべきだ。
「お疲れ様、ルチオラ。後のことはわたしに任せて」
 そう呟くと、戻ってきたルチオラを優しく包容するように触れる。ルチオラの光が消滅したのを確認すると、スカートのポケットから裁ちハサミと糸を取り出した。


「0287471……」鬼屋敷はネイピア数の25桁あたりを暗唱しつつ、工鬼を殺した蛍について考えていた。
 畜生界といえど、何の前触れもなく人を即死させるような生物がいるだろうか。
 自分がこのトーナメントの開催者なら、不確定要素は減らしたいと考える。
 現に鬼屋敷の周囲にいる獣は、威嚇こそすれ攻撃してこない。目の前を通過しても、大きなアクションを起こすことがなかった。
 そこで、鬼屋敷はある推測をする。自分から攻撃を仕掛けない限り、畜生界の生物は対戦者に攻撃を仕掛けないのではないか。
 それを実験するため、鬼屋敷の左手前にいた、獅子と狼の合成獣らしき生物の脇腹に飛び蹴りをぶち込む。秒速三十メートルの飛び蹴りは、合成獣に二七〇〇ジュールのエネルギーを与える。鬼屋敷は完全に静止。
 合成獣は秒速一〇メートルの速さで吹き飛び、一五メートル先で体勢を立て直す。
 立ち上がった合成獣は、口の橋から唾液を撒き散らしながら、鬼屋敷に牙を向けて急加速。鬼屋敷も同時に加速。合成獣との距離を徐々に離していく。
 以上の検証より、工鬼が蛍に対し何らかの危害を加えたという場合を除けば、あの蛍は法帖紅の能力で召喚、もしくは操作されているという結論が導き出された。
「443117……」ネイピア数を六〇〇桁まで暗唱し終える。秒速二十メートルで移動しながら、紅を探そうと周囲を見渡す。
 二〇〇メートルほど先に人影を発見。その人影はセーラー服姿で、右手にハサミを持って鬼屋敷を睨みつけている。
 間違いない。法帖紅だ。
 鬼屋敷は蛍に用心しながら五メートル毎秒毎秒で加速。およそ四.六秒後に衝突する。
「140399!」秒速四〇メートルまで速度が上がると同時に、7である小数第六二一位を故意に間違えネイピア数の暗唱を六二〇桁で打ち止め。
 紅は体を引き、さらにハサミを持ったうでを大きく後ろに引く。
 鬼屋敷加速を続け、秒速四三メートルで紅に体当たりをする。一秒後、全身を複雑骨折した法帖紅の姿が―――あるはずだった。
 鬼屋敷は何かに体を止められたような感覚に襲われた。彼が見たのは。崩壊する蛇。そして、その後ろからハサミを胸元に大きい動きで突き出してくる紅の姿を視認する。ハサミが肋と肋の間に三センチほど食い込んだとき、鬼屋敷は左腕でハサミを弾き飛ばした。
 六二〇桁まで暗唱すれば、時速二〇〇キロメートルで何かに衝突しても平然としていられる。しかし、鬼屋敷の認識では局所的な攻撃を防ぐことはほぼ出来ない。紅はそれを狙ったわけではない、偶然の産物だ。


 鬼屋敷は紅から五メートルほど距離を取りながら、紅を注視する。裁ちハサミと紅の指に糸が巻き付けてあったらしい。裁ちハサミが紅の手元に戻っている。
 紅は唐突に口を開く。
「恐らくあなたも感づいてはいるでしょうけど、わたしの能力は魔獣召喚能力。端的に言ってしまえば、契約を交わした魔獣を召喚できる、といったところかしら」
 それは鬼屋敷も推測済みだ。
「さっきの夜魔口二人を殺した蛍も、お前の契約した魔獣か」
 鬼屋敷は相手に疑問を投げかける。返答の期待はしていないが、紅は律儀に返す。
「正解。あの子の名前はジミニー=ルチオラ。ある条件の死者の魂を捕食する能力を持っている。そして、さっきの蛇はオフィオファガス。見ての通り、単純な防御能力よ」
「ほう、馬鹿丁寧に説明するなんてな。これはこれは親切なオジョーサマだこと。良かったら、俺の能力も教えてやろうか」
 鬼屋敷は皮肉交じりで返す。なぜ紅が自らの能力を暴露するのか、理解できない。
「いらないわ。自分の能力を暴露しても勝てるくらいには、あなたより強いから!」
 紅はハサミを構えながら、鬼屋敷に向けて走りだす。鬼屋敷も、急加速し紅に向かって走る。再び体当たりを敢行、紅は蛇を召喚。
 しかし、鬼屋敷は紅のわずかに横に逸れて、紅の手首を掴む。呆気にとられた紅の顔を横目に、手首を掴んだまま鬼屋敷は再び急加速。
 ぴきっ。
 間抜けな音とともに、紅は悲鳴を漏らす。
 手首の関節が外れたのだ。そのまま紅の腕を下敷きに、鬼屋敷は地面に転がる。それにつられて、紅は弧を描きながら地面に秒速三〇メートルで叩きつけられる。
 腕を抑えている紅に、鬼屋敷はマウントポジションをとる。紅の裁ちハサミで糸を切断し、裁ちハサミを放り捨てる。
「そのセリフは、負け犬が使う言葉だぜ」
 鬼屋敷は紅の顔面に拳を振り下ろす。その拳はオフィオファガスに遮られる。二撃、三撃と殴りつけようとするも、そのたびにオフィオファガスに阻まれる。
「もう諦めたら?」
 明らかに不利な状況の紅が、有利な鬼屋敷を見下すような発言をする。
 打撃では埒があかない、そう考えた鬼屋敷は、紅の右肩に添えた左手を首までスライドさせ、首を絞める。そこに、右手も加える。
「この状況でも同じことが言えるか?」
 紅の顔が青ざめるのがわかる。この状態から抜けださんとばかりに、必死に暴れる紅。紅の腕が体の外に出される。
 だが鬼屋敷は、妙な違和感を覚えた。先ほどの紅の発言が真実であれば、紅に対抗手段はない。勝ちは確実のはずだ。
 しかし、なぜ紅は自らの能力を暴露したのか。発言内容が真実だとしても、何かを隠しているような……
 何かを、隠している?
 紅の笑い顔に気づいた時、鬼屋敷は紅の体から離れる。だが、反応が一瞬遅れる。気付けば、左腕の肘より下が消失していた。その先から、血液が滴り落ちている。
 鬼屋敷の視線の先には、全長二メートル強の雌ライオンが牙を見せて威嚇している。
 鬼屋敷はようやく理解する。紅は真実を全て語っていたわけではない。このライオンの存在を隠すため、あえて自らの能力を暴露したのだ。
 紅が徐に立ち上がり、ライオンの傍に寄る。ライオンは口中の腕を吐き捨てた。
「どうやら、あなたの腕はまずいそうよ」
「味覚障害じゃねーのか、そいつ」
「さて、あなたはオンセの攻撃に耐えられるかしら」
 紅は鬼屋敷の誹謗を無視する。オンセと呼ばれた雌ライオンは、鬼屋敷に再び飛びかかる。鬼屋敷は後退する。後退しつつ、考えを巡らす。
 このライオンを召喚するのに制約がないのなら、最初から召喚しているだろう。そして、この追い詰められた状況で使ったということは、逆転の切り札であるということ。
 だとすると、それほど長くは持たないのではないか。
 鬼屋敷は後退を続ける。その後を、オンセは追跡している。
 しかし、召喚持続時間が短いとしても、再召喚すればいい。一度しか召喚できない、ということはないはずだ。だとすると、今倒すべきだ。
 その結論に至り、鬼屋敷は後退を中止。その場に静止する。オンセはそのまま鬼屋敷に襲いかかろうと、大きく口を開けた。
 その瞬間、鬼屋敷はオンセに向かって一気に加速。オンセの口腔の奥に腕を突っ込んだ。
 オンセは鬼屋敷から離れようとするが、鬼屋敷は腕を離さない。離れられないとわかると、右腕を噛み千切ろうとする。しかし、鬼屋敷がオンセの鼻に頭突きを仕掛けてくるせいで噛みちぎる事ができない。
 その間に、鬼屋敷は右足で気道を蹴りあげる。さらに右腕で体の内側から気道を圧迫。
 オンセは必死に抵抗するが、鬼屋敷は離さない。爪を立てて鬼屋敷を引っ掻こうにも、密着しているため深くまでは届かない。
 一分ほどして、遂にオンセが気絶する。鬼屋敷の体中にはオンセの引っ掻き傷があり、鬼屋敷は血まみれになっている。
 鬼屋敷は遠くの紅を見る。どういうわけか、その場にへたり込んでいる。
 鬼屋敷は、周囲に注意を払いつつ紅に接近。神妙な面持ちで語りかける。
「まだ、やるかい」
「……無理よ。オンセが負けちゃったもの」
「その割に、お前はピンピンしているな」
「……あの子が撃破されたら、わたしの生存本能が消滅する。それがオンセとの契約であり、制約。だから、わたしはもう戦えない」
「そうかよ」
 鬼屋敷はそれを聞くと、後ろに大きく倒れる。
「俺は満身創痍で、今のお前は傷一つない。それなのに俺の勝ち、か。おかしなもんだな」
「……」
「反応はなし、か」
 鬼屋敷は呆れた調子で言う。
「……必ず」
「ん?」
「必ず、勝ち上がって。わたしの、蘇りたいっていう願いを、踏みにじったんだから」
「……」
 鬼屋敷は答えない。無根拠に「わかった」と言えるほど自信過剰ではなく、「断る」と言えるほど意地の悪い性格はしていない。
 鬼屋敷の顔を見て、紅は微かに笑みを浮かべる。

 鬼屋敷は、それに気づかないふりをした。


最終更新:2012年06月12日 22:40