第一回戦色欲触手地獄 舘椅子神奈


名前 性別 魔人能力
雨竜院雨雫 女性 遅速降る(ちはやふる)
蝦魯夷にゐと 男性 俺が敵だ(ワン・ターゲット)
舘椅子神奈 女性 QWERTY-U

採用する幕間SS

雨竜院雨雫・死の2日前の話
(神奈と雨雫は生前仲良しだったらしく、因縁もあるみたい)

本文


 噎せ返るような淫蕩の匂いが充満せしこの色欲触手地獄を、希望崎の制服に身を
 包んだ豊満なる少女――――舘椅子神奈は、股間に宛がった鉋に支えられ、
 心も身体もふわふわと浮かびながら巡っていた。

「触手、触手、触手……触手ばっかか。私タチだからなあー。触手はちっとなあー」

 四方八方でぐちょぐちょと亡者たちを責め苛み、時折自分の方へと食指ならぬ触指を
 伸ばす異形たちを器用に避けながら、神奈はとある人物を探していた。

「しーずっくさーん! あーそびーましょーっ! ……いないねェー」

 復活を賭け、この地獄で神奈と対戦する二人の死人の内のひとり――――雨竜院雨雫。
 生前に因縁を持つ相手との再戦は、色々な意味で神奈の色々なところを熱くしていた。

「……ん?」

 進行方向とは僅かに逸れた先の触手たちの動き方に、神奈は違和感を覚えた。
 それは捕らえた亡者を犯す動きというよりはむしろ、その前段階。誰かを捕らえようと
 している際の動き方に思えた。
 ならばあそこには、触手に抵抗しうる者がいる。――――それは、すなわち。

「ふふーん……アタリかしらね」

 神奈は好色を浮かべ舌なめずりし、進路を微調整する。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 色欲触手地獄の一角では、たった今ひとつの前哨戦が終了した。

「ふう……。当面はこれで大丈夫だろう」

 右手に握る傘を振るい、こびりついた粘液を払う。
 青い蓮華模様のレインコートの少女――――雨竜院雨雫は、先刻より己の身体を
 求めて際限なく迫りくる触手たちを傘で迎撃し続けていた。
 雨雫により暴力の味を叩き込まれた触手たちは、可哀想なことに彼女を諦め、
 今はその場で所在無げにうねうねと身をくねらせている。
 触手がかわいそう。

「……さて」

 安全地帯を確保した雨雫が次に考えるのは、直接的な障害である二人の対戦相手。
 『鉋使い』舘椅子神奈。そして『最終強敵』蝦魯夷にゐと。
 生前の知識と比良坂三兄弟からの情報により二人の能力を把握している雨雫が、
 情報戦においては一歩リードしていると言えよう。

「神奈ちゃんの方はまだいいとして、問題は『最終強敵』さんか」

 敵対者の想定する最終強敵になる能力『俺が敵だ(ワン・ターゲット)』を持つ
 蝦魯夷にゐと――――タイマンではこの上なく分の悪い相手である。
 突破口もあることにはあるが、しかし――――。

「――――ん、なんだ……?」

 大人しかった触手たちが、にわかにざわめきだした。
 自分のことを諦めていた触手たちが活気づく理由は明らかである。
 新たなる人物のエントリー。それも、触手たちの賑わいから察して、女!

「わあーお、やっぱり雨雫さんだったんですねー。はろぉー♪」

 現れたるは、無数の鉋を球状に高速旋廻させながら悠々と宙空に浮かぶ少女。
 雨雫とも見知った仲である、舘椅子神奈であった。
 触手の粘液がぽたりぽたりと降る中、因縁ありげな二人の視線が交差する。

「神奈ちゃんか……」

 神奈を女王蜂めいて守護する堅牢無比な鉋球は、雨雫に分蜂蜂球を想起させた。
 触手たちはその豊満な乳房に色めき立っていはいたが、暴力的に少女を守る鉋により
 手出しができず、目前にてお預けを喰らって悶えていた。まことに可哀想である。
 かわいそうな触手。

「上から失礼しますわ。ギーヒヒヒーッ、ここで会ったが百年目よォー!」

 禍々しい哄笑の中、神奈を取り巻く球の軌跡から鉋が射出される!
 対する雨雫は高速で迫る鉋にも動じることなく、軌道を見据え傘を低く構える。
 そして鉋がその間合いに触れるが早いか――――、

「――――雨月」

 凛とした発声と共に、目にも止まらぬ速さの突き!
 傘の石突と鉋が衝突し――――鉋が無数の木片へと砕け散る!

「マイガーッ!」

 愛する鉋を破壊されたことで茶の球の中の神奈が呻く。

「うぎぎぎぎ、よくも私の鉋を……! なら、これならどうじゃいーッ!」

 絶叫の中、神奈を取り巻く球の軌跡から五連続で鉋が射出される!
 対する雨雫は高速で迫る鉋にも動じることなく、軌道を見据え傘を低く構える。
 そして鉋がその間合いに触れるが早いか――――、

「――――篠突く雨」

 凛とした発声と共に、目にも止まらぬ速さの連続突き!
 傘の石突と鉋が衝突し――――全ての鉋が無数の木片へと砕け散る!

「うわああああーッ! わ、私の不注意な判断で鉋が……ぐすんぐすん」

 木片に還った鉋の成れの果てを見下ろし神奈はさめざめと泣く。
 追撃のないことを確認すると、雨雫は迅速に反撃のプランを練る。

(奴の攻撃は私に届かないとはいえ、奴もまたこちらの攻撃圏外……。
 能力を知られていないアドバンテージは失うが、しかし、動くなら遅きに失す前に!)

 雨雫の瞳に決断的な光が灯り、心の中で能力行使の言葉を呟く。

(『遅速降る』――――)

「ふああああああ――――んッ!?」

 突如として神奈が嬌声をあげる! これは一体何が起こったのか!?
 ご存じの通り雨竜院雨雫の能力『遅速降る』は、物体の落下速度を操る能力である。
 これにより神奈自身の落下速度を増大させ、地上へ引き寄せようと画策したのだった。

 ただし、その作戦には誤算があったと言えよう。
 引き寄せられた神奈の肉体――――さらにいえばその局部は、宛がわれた鉋に
 強く、強く押し付けられ、神奈にこの上ない官能を提供してしまったのだ!

「ふあああっ、はっ、激しすぎます雨雫さんっ! もうらめえ――――ッ!」

 魔人能力の強度は術者の精神状態に左右されることが多い。
 それに従えば、快楽に脳を席巻された今の神奈の能力はまさに最高レベルにあると
 言って差し支えなく、彼女を支える鉋は力強く主人を受け止め、雨雫はただ
 対戦相手に悦びを提供しただけの戦果となってしまった。

(動きを止める意味くらいはありそうだが、まずはあのガードを崩すべきか)

「ハア、ハア……もう終わりなの? あともう30分だけでも続けてくれていいのに……」

 一旦能力を解除し、冷静な思考で雨雫は作戦を微修正する。
 快楽の奔流から解放された神奈はびくんびくんと微動し、その表情は官能の
 残り香を味わいつくす様にだらしなく緩み、明らかに名残惜しそうであった。

(次は……ふむ、『あれ』だな)

 的確な状況判断の下雨雫が目をつけたのは、二人の戦いをにゅるにゅると見守る
 触手たちであった。
 その異形の先から、胴(?)から分泌される粘液が、その場に雨の如く降っている。

「――――『遅速降る』ッ!」

 大規模な能力行使にあたり、雨雫は響き渡るような鋭い声をあげる。
 途端、ぽたぽたと滴り落ちる触手たちの粘液が、次々に淡く輝きだし――――、

 次の瞬間、無数の矢を射られたに等しい衝撃が二人を襲う!

「――――痛えッ! 何事!?」

 神奈を穿つ矢の多くは、彼女を守る無数の鉋に弾かれ飛び散ったが、中には
 ガードをすり抜けたものも当然あり、それは神奈の二の腕や太腿を掠め、あるいは
 突き抜け、少女の制服に艶めかしい細かな切れ目を生んでいった。

 術者たる雨雫はどうか? この惨状、彼女自身もダメージを負っているのではないか?
 そのような心配は無用であった。雨雫は持ちたる武傘『青蓮華』を開き、高速で
 回転させながら差していた。
 無風の地獄故に直線で落ちてくる粘液は、全てがこれに弾かれ雨雫にダメージはない。

「うおおおおおおお、やべええええええええええ!!」

 神奈を守る鉋は、幾度となく粘液との衝突を繰り返すうちに徐々にその数を減らして
 ゆき、神奈も負けじとスカートの中から増援を出してはいるものの、このままでは
 ジリ貧は明らかであった。

「こなくそ――――ッ!」

 この状況で神奈がとった行動は、高速旋廻する鉋とともに雨雫に体当たりを仕掛ける
 ことであった。

「なるほど、やるじゃないか」

 一見すると破れかぶれの特攻にも似たこの攻撃を雨雫は称賛した。
 そう、先程まではこの攻撃を敢行したとて『篠突く雨』に全ての鉋を破壊される
 危険性があったが、現在の雨雫は傘を粘液の矢からの防御に使用している。
 故に、矢からの防衛か神奈の迎撃か、その二択を迫れるようになったのである。

 では、雨雫はこのまま鉋に摩り下ろされてしまうのか、それとも鉋を防御して
 矢に貫かれてしまうのか――――?

 その答えは、どちらも否!
 雨雫は傘を回転させ粘液の矢を弾きながら、持ち前の異能レベルの敏捷さを以て
 追い縋る神奈を避けている! なんたる芸当!

「このまま追いかけっこをしてもいいが、そうすると不利なのはどちらかな?」

「チィ……!」

 雨雫の防御とは異なり、神奈の半ば不完全な防御網は十数発に一発の割合で矢に
 破られており、そのたびに神奈は大なり小なりのダメージを負っている。
 制服に生まれた創も十指に余る程であり、そこここから覗く肌色が、豊満な乳房や
 張り出た尻肉のシルエットを艶やかに描き出していた。

 一方の雨雫は粘液の矢を完全にガードしており、持ち前の膂力もあってその防御が
 破られる可能性は余りにも低く、また逃げ回る彼女が粘液の水溜りに足をとられる
 かと言えば、雨竜院謹製の雨中戦闘用長靴によりその可能性もまた絶望的であった。

 現状では神奈が圧倒的な不利。このまま勝負は決してしまうのか――――?

「――――この俺の登場を待たずして盛り上がるとは。愚か者どもめが」

 その男は、降りしきる粘液の矢になんの抵抗を見せることもなく現れた。
 身に纏うスリーピース・スーツはズタズタに切り裂かれ、垣間見えるインナーは
 何故か乳首の部分が予め丸く切り取られていた。
 大仰に両腕を広げ、オールバックの黒髪を眼鏡で抑えつけた男は宣言する。

「貴様らの地獄は、この俺――――蝦魯夷・モザイク・ナマラヴィッチ・にゐとだ」

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 男――――蝦魯夷にゐとが現れてから、状況は明らかに一変した。
 彼の物言いには傲岸も不遜もなく、その全てがただの事実だったのだ。

 実際、当初は三つ巴の様相を呈していた戦場は、今や彼のワンマンショーであった。
 降り注いでいた粘液の矢も今は止んでいる。
 それがにゐとに何のダメージも与えられぬと知り、雨雫が意図的に解除していたのだ。

「ウシャアアア――――ッ!!」

 神奈がにゐと目掛けて数個の鉋を飛ばす。もう何度も見た光景であった。
 それを避けることも弾くこともなく、全てを受け切るのもまた、見慣れた流れだ。

「効かぬと言っているだろう、愚か者め。さあ、俺が本当の『攻め』を見せてやる」

 言いつつ、にゐとは神奈の方へ、自慢の肉体美を見せつけるかのようなポーズで跳躍!
 超自然的なスピードで迫るにゐとはそのまま空中で腰を捻り拳に力を漲らせ、
 激烈なフックを叩き込む!

「ヴァオウッ!」「うぎッ!?」

 脇腹へと抉りこむ拳に、辛うじて鉋を二個ガードに回した神奈であったが、にゐとの
 拳はその両方をいとも容易く砕き、貫く。
 威力こそ減じたものの、それでも少女の身体を紙きれのように吹き飛ばした。

「次は貴様の番か」「――――ッ」

 一方の雨雫は、にゐとが神奈に迫るのと同時に駆けだしていた。
 攻撃後の隙をつき仕留める算段であったが、にゐとはそれを察知し、そのうえで
 やはり攻撃を受けようというのか、余裕の笑みを湛えて軽やかに立つ。

「その余裕、いつまで持つかな!」

 雨雫は走りながら『青蓮華』の石突部分のカバーを外す。その先には突剣。
 真の姿を現した傘を携えた雨雫に、にゐとは一瞬思案顔を見せる。

「さすがの俺でも突属性は些か手に余るな」

 ひとりごち、にゐとはサスペンダーを外す。
 スラックスが落ち、上と同様に前と後ろが丸く繰り抜かれたブリーフが白日の下に
 晒される。

「っ!!」

 天を衝く剛直にかあっと顔を赤らめ、うぶな雨雫は急停止する。
 いきり立つ一物に、思わず愛しの雨竜院雨弓のものを浮かべてしまった己を恥じた。

「得物には得物だ。どれ……ヌンッ!」

 にゐとは鍛え抜かれた己の菊座に指を突っ込み、中からずるりとタクトを取り出す。
 紳士的に摘まみ、フェンシングのように構えられたそれの先端が鋭く光る。

「指揮者はいいぞ。アロノヴィッチやショスタコーヴィチの雄姿を知っているかね?」

「生憎、現代っ子なものでね……音楽は専らダウンロードさ」

「愚かな」

 傘とタクトが激突する――――。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「あー、ありえん。なんじゃいあいつ」

 地面に身体を横たえたまま、舘椅子神奈はひとりごちた。
 殴られたダメージは強靭になった肉体に対して猶相応のもので、肋骨が数本
 折れているようだった。

「雨雫さん戦ってんのかなー。ひとりじゃぶっちゃけ勝てねーっしょ、あいつ……」

 よろよろと立ち上がり、改めておまたに鉋をセッティングし、ふわりと浮上する。
 そして、そこかしこから漂う淫靡な香りを大きく吸い込み体内に循環させる。
 するとどうだろう、彼女の秘所はまたも湿り気を帯び、さらにはテンションが
 充填されたためだろう、心なしか肉体的ダメージまでもが緩和しだしたではあるまいか。

「うん、もうちっと頑張れるな。待っとれよー、雨雫さん! の、おけけー!」

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 ふわふわと戦場へ舞い戻った神奈の目に飛び込んできたのは、傘を支えにやっとの
 ことで立っているような状態の雨竜院雨雫と、それを無傷で睥睨する蝦魯夷にゐと
 であった。なお、にゐとはいつの間にかスラックスを穿き直していた。

「どうだ、そろそろ俺に染まった頃か?」

 雨雫の持つ傘の先端部分の突剣は先が折れており、また神奈戦では見せなかった
 パチンコ玉も地面に深く埋まっている。持ちうる戦力を総動員し、なお上をいく
 にゐとの激戦の跡を窺わせていた。

「ふふ……悪いが、私には既に心に決めたひとがいてね……」

「私のことですね! やったー!」

 全く空気を読むことなく、二人の間に割って入る神奈。
 二人の頭上から雨雫を見下ろし、声をかける。

「雨雫さん、ものは相談なんスけど、共闘しません? こいつ、クソつえーんスもん」

「……それは私も少し思ったが、そうも素直に切り出してくるとはな」

 神奈からの申し出に、雨雫は呆れたように笑ってから、頷いた。

「いいだろう、神奈ちゃん。まずはこの男を倒し、それから決着をつけよう」

「ふふふのふ。二人の初めての共同作業ってことで、張り切って参りましょうか!」

 視線を交差させ、そして二人は同時に強大なる敵を見やった。
 にゐとは「やっと話は終わったか」とばかりに組んでいた腕を解き口を開く。

「やるからには、この俺を攻め立てられるんだろうな?」

「ええ、もちろん。少々搦め手ではありますが――――!」

 言いつつ神奈が指をパチンと鳴らすと、地面に落ちていた破壊された鉋の破片が
 ふわりと低空に浮かび、にゐとの足元に張り付いた。
 その量はこれまで破壊された無数の鉋の全てとはいかぬまでも、十や二十では済まぬ
 程であった。

「……で? まさかこれで終わりか?」

「ええ、終わりです。あなたのワンマンショーがね!」

 神奈が腕を振り上げる。と、同時ににゐとの身体も上空へと急浮上する!
 予想だにしない事態に、にゐとは思わず「ほォ……」と感嘆の息を漏らす。

 そう、破壊された鉋の木片もまた神奈にとっては『鉋』である。それらを操り、
 にゐとを持ち上げたのだ。
 鉋ひとつあたりがもつエネルギーは質量50kg前後の物体を持ち上げる程度である。
 故に、あれらの木片は今、1tの物体をも持ち上げ得る!

「そのまま場外までひとっとびさァ――――ッ!」

 振り上げた手を握り、グッと前へ突き出すと、にゐともそれに応じて彼方へ飛んでゆく。
 そうしてにゐとは二人の視界から消えたが、二人とも、当然のように安堵してはいない。

「まあ正直時間稼ぎにしかならんでしょうけどね。あいつの能力の前じゃ」

 神奈の言葉に雨雫も頷く。

 蝦魯夷にゐとの能力『俺が敵だ(ワン・ターゲット)』は、想像しうる最上の能力を
 再現なく発動する。これまでは、無数の鉋や連続突きを使う手数の多い二人にあわせ
 『肉体再生』能力を纏っていたようだが、別な能力に切り替えれば、先程の
 場外送りからも難なく脱し戻ってくるだろう。

「どうしましょうねー。あいつが戻ってくるまでに逆転の作戦を思いつかんとですけど」

「いや、それについては私に考えがある」

「まじっすか! さすが雨雫さんだぜェーッ! 剃らせろくださ痛い痛い痛いッ!」

 抱きつこうとする神奈にアイアンクローをきめつつ、雨雫は話を続ける。

「そのためには、私と神奈ちゃん、二人の能力が必要不可欠だ。協力しろ」

「もちろん協力しますけどその前に私が死んじゃいそうなんでいい加減離してええええ!」

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 約十分後、二人の予想通りに蝦魯夷にゐとは元の戦場へと再び降臨した。
 5mずつの短距離ワープ能力――彼はこれを『瞬間☆ヤングJUMP』と名付けた――を
 得たにゐとは、木片の拘束を脱したのち能力を連発。見事に復活を果たした。

「さあ、時間はくれたやったんだ。楽しませてくれるな?」

「ええ、もちろん」

 にゐとの目の前には、ふわりと浮遊する舘椅子神奈の姿のみがあった。
 もうひとり――――雨竜院雨雫については余計な詮索はしなかった。
 彼は己を攻め立てるありとあらゆるものを歓迎していたからだ。

「たっぷりと……味わうがいいぜえええええっ!」

 神奈がズタズタになったスカートを淑女的にちょんと摘まみ上げたかと思うと、
 次の瞬間、咆哮と共に無数の鉋がにゐとに殺到する!
 しかし彼は迫る鉋にもまったく動じず、またもその全てを肉体で受け止める!
 引き締まった筋肉の鎧に阻まれた鉋を握り、潰し、全てを木片に帰したところで口を開く。

「味わってやったが、これがメインディッシュじゃあるまい」

「ええ、ええ。前菜っすよ。んでもってこれがスープ? でいいんだっけ?」

 数刻前のリプレイを見るかの如く、破壊された木片がまたもにゐとに纏わりつき、
 その身体を彼方へ運ばんとする。
 にゐとは明らかな不機嫌を顔中に浮かべ、短くワープしてこれを退ける。

「愚かな。一体何がしたいのか」

「あなたを『そう』させたかったんですよ――――雨雫さんッ!」

「『遅速降る』ッ!」

 にゐとが見上げた声の方向――――二人のさらに上空に、雨雫はいた。
 幾つかの鉋により形成された浮遊する立方体に乗り、虎視眈々と待っていたのだ。
 宙空に投げ出されたにゐとが自由落下を始める瞬間を――――!

「ヌウッ……――――!」

 にゐとの肉体が淡く発光したかと思うと、それは恐るべき速度で地面へ向けて
 落下していった。
 衝突の瞬間、大きな激突音と地鳴りが起こり、触手たちがびくっと怯えた。かわいい。

「ふうー……やりましたかね」

「どうかな」

 雨雫を乗せた立方体は高度を下げ、神奈と並び立つ。
 余談だが、神奈は「『QWERTY-U』のQはキューブのQ!」と叫んで立方体を
 作った。もちろんキューブの綴りはCUBEである。英語が苦手なのだ、この娘は。

「……中々だ」

 しかし、にゐとは立ち上がる。
 土煙の中でゆらりと姿を見せた彼は、なるほど少しはダメージがあったようで、
 口元や額から流血が見られた。

「だが、俺を制するには足りん」

「もう一度だ! 頼むぞ神奈ちゃん!」

「いえっさー!」

 神奈は鉋キューブの高度を上げ作戦の要である雨雫を安全圏に逃がしつつ、同時に
 木片を操作しにゐとへ殺到させる、が――――。

「二度は喰らわんッ!」

 なんたることか!
 にゐとは神奈の如くにその場に浮上し木片を避けると、急速に雨雫へと迫ってゆく!
 彼が得た新たなる能力は『重力相殺』能力! 一合にて雨雫の能力を見切り、それを
 打倒する能力を得たのだ!

「なんだとッ――――、これでは――――!」

 うろたえたような声をあげる雨雫。
 その元へ、にゐとはぐんぐんと高度を上げてゆき――――、

「――――作戦通りではないか」

 突如として、鉋キューブが弾けた。

「!?」

 キューブを構成していた鉋――――その数、実に125個もの鉋がにゐとへと殺到し、
 あるものは腕へ、あるものは脚を、それぞれガッチリとロックした。

「キヒヒャアアアーッ! 『QWERTY-U』のRはROCKのRよォー!」

 今度もたぶん間違えてる! 彼女の頭にある意味でのロックはLOCKだ!
 ともあれにゐとの有する化け物じみた膂力のさらに上をいく拘束は、彼を完全に
 その拘束下においていた。

「ふん、ここからどうするのか――――見せて貰おう、俺を攻め立てるお前を」

「やったろうじゃねェのォーッ! 私ぁ元々Sなんだよォーッ!」

 叫び声とともに神奈が右手の親指をグッと立て、それを真下に向ける。
 すると、にゐとはその場で高速キリモミ回転しながらまっ逆さまに落ちてゆく!
 これはまさに幻の奥義・高高度アラバマ落としに相違ない!

(先程と同じ攻撃か。確かにそう何度も喰らえる程柔な攻撃ではないが――――、!?)

 冷静な思考で己の落下点を確認したにゐとの顔が驚愕に染まる!
 彼の落下予測地点には、雨雫の持つ『青蓮華』の折れた突剣の先が聳え立っていた!
 先程にゐとが避けた木片はそのまま彼を通過すると、落ちていた突剣を回収、この
 瞬間のために落下地点へとセッティングしていたのだ!

「切断系の攻撃は……再生もできなきゃ、強靭なタフネスも意味を為さないだろう?」

 言いつつ、某ミュージカルめいて傘を拡げてふわふわと下りてくる雨雫。
 『遅速降る』で己の落下速度を緩やかにしているのだ。
 実際問題、にゐとは焦っていた。あれで脳をカチ割られれば、如何に最強の自分でも
 命の保証などあるはずもない。

「――――だが俺は負けん! 『俺が敵だ』――――ッ!!」

 またも能力を変ずると、全ての鉋が腐り落ちる。『木の腐敗速度を操る』能力とでも
 いったところだろうか、これでにゐとは自由の身になった――――否!

「まだだッ! 『遅速降る』ッ!」

 次は雨雫!
 『重力相殺』能力を失ったにゐとに改めて能力を使用し、彼の脱出を許さない!
 だが二番煎じなのは同じこと、にゐとは再度『重力相殺』能力を発現せんとするが――――、

(――――バカな、能力が、発動しない!?)

 原因不明の能力不発! 頭の中を疑問と焦燥が埋め尽くす!
 そうこうしている間にも高高度重力加速アラバマ落としは彼の命の灯を脅かす!
 そして、その頭が待ち構える突剣と触れあう刹那――――、

「――――ふん」

 蝦魯夷・モザイク・ナマラヴィッチ・にゐとは満足気に薄く笑い、死んだ。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「蝦魯夷にゐとの能力の弱点……それは、『一度発現した能力は再度現れない』ことだ」

 これはにゐとが二度目の絶命を遂げるよりも前、舘椅子神奈と雨竜院雨雫の作戦会議の
 模様である。
 断定的に言い放つ雨雫に、神奈は口をはさんだ。

「そうなんですか? 私もナントカ三兄弟から話聞きましたけど、そんなことは確か
 言ってなかったような」

「ああ、微妙なイントネーションだったからな」

「?」

 頭上に疑問符を浮かべた神奈にも分かるように、雨雫は説明を続ける。

「比良坂三兄弟の言はこうだ。『想像しうる最上の能力を再現なく発し――――』。
 ここでいう『サイゲンなく』とは、『際限なく』ではなく『再現なく』。
 実際奴の能力は際限なく新たな能力を得るのだろうが、それでも『再現』はないのさ」

「は、はあ……『再現』と『際限』がイントネーションの違いで分かった、と……」

 神奈は口の中でもごもごと言い比べてみるが、違いはよく分からなかった。
 さりとて、それに賭けるしかにゐとを止める手立てがない以上、雨雫の作戦を
 遂行するより他はないだろうと神奈は悟ってもいた。

「では、フォーメーションだが――――」

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 地面から生えた蝦魯夷にゐとの死体を神奈と雨雫は見ていた。

「こいつ、本当に死んだんですかね」

「これだけやって死ななかったら、最早どうやってこいつがここに来たのかが分からん」

 さて――――。二人は同時に『次』へと思い至る。
 舘椅子神奈と雨竜院雨雫は視線を交差させ、どちらともなく距離をとった。

「さあ――――約束通り、おけけを好きなだけ剃らせてもらいますよ、雨雫さん!」

「そこまでした覚えはないが……まあ、私を倒してからにするんだな、神奈ちゃん!」

 片や、身に纏う制服だったものは既にボロキレへと成り果て、全身に無数の傷を負い、
 片や、愛傘の突剣は折れ、遠距離用のパチンコ玉も使い切り、攻め手を欠いた状態。
 どちらの頭にも、『短期決戦』の文字がよぎっていた。

「「 ――――ああああああああああッ!! 」」

 咆哮を携え両者は全速で接近する!
 神奈は低空を飛行しながら牽制の鉋を飛ばし、対する雨雫は傘を開きこれを高速回転
 させる『雨流れ』で鉋を全て排除し、距離を詰めてゆく。

(フヒャアーッ! それじゃあこっち側が見えないでしょう! ミスったな雨雫さん!)

 神奈は勝利を確信し破顔する!
 しかし次の瞬間、その顔が激痛に歪む!

「――――ッッッ!!?」

 神奈の豊満な胸に、『青蓮華』の突剣が突き刺さっていた。
 ガス圧により切っ先を射出する、この武傘がもつ決戦攻撃が炸裂したのだ。
 射手たる雨雫の肩は外れ、傘も骨組みがバラけてしまったが、相応の功をあげたようだ。

「痛っ……神奈ちゃんは、…………」

 数メートル吹き飛ばされた神奈は、M字開脚で露わな秘裂を雨雫の方に晒した格好で
 地面に倒れていた。その胸元からは突剣の根本が生えている。

『グググ……雨雫よ、あの女にトドメを刺すがいい。もしくはヤらせろ!』

 雨雫の頭の中に醜穢な声が響く。
 彼女の腕に取り付きし人面疽、すなわち、彼の実兄の声であった。

(黙れ兄者! 勝負は既に決している!)

『その油断が命取りよ! いいから俺に代われ! あの特盛りおっぱいに顔を埋めたい!』

(やはりそっちが本音か! 待っていればそのうち『魔人墓場』へ戻、――――ッ!?)

 言い返しかけた言葉は、無慈悲な激痛を以て彼方へと消え去った。
 雨雫が目の端に捉えたのは、己の腹に突き刺さった鉋。
 そして後方のスカートの闇の中から、無数の鉋が次々と放たれていた。

『ほぉら見たことか』

「バカ、な……あの攻撃を受け、なぜ、まだ……っ!」

 咽喉に、腕に、平坦な胸に、脇腹に、脚に、――――身体中を打ちのめし、やがて
 鉋の雨は止んだ。
 雨雫は全身の骨を折られ、あるいはヒビを入れられ、その場に崩れ落ちた。

「ゲホゲホッ! あああー、痛え。反則じゃないッスかそれもう……!」

 ゆるゆると浮かぶ神奈が、倒れた雨雫の視界内へと入ってきた。
 胸には未だに突剣が突き刺さったままである。

「ど……して……」

「ああ、これのおかげッスよー。『備えあればナントカなし』たあまさにこのことッスね」

 神奈が胸元から、『突剣が突き刺さった鉋』が飛びだした。雨雫は驚愕に目を見開く。
 なお、その過程で神奈の制服の胸元は完全に切り裂かれ、たわわな果実がまろびでた
 がそんなことは些細なことである。

 ここで解説を差し挟まねばならぬ事情を読者諸兄らには御納得頂きたい!
 神奈の胸元に予め仕込まれていた鉋。
 これは実は、元は致命傷を回避する目的で仕込まれたものではなかった。

 思い出していただきたいのは、舘椅子神奈の能力『QWERTY-U』である。
 この能力により生成された鉋は、質量50kg前後の物を持ち上げるエネルギーしか
 有していない。では、神奈の体重は如何程のものであろうか?

 この場において女性の体重を詳らかにするのは些か問題があるとして避けるが、
 長身かつ豊満な乳房を持つ彼女の体重が、果たして50kg程度に収まるかと問われれば
 そこには疑問の余地が残らざるを得ないだろう。

 結論から言って、彼女の体重は50kgを大きく超えている。
 すなわち、神奈が浮遊している時、その肉体は二つの鉋に支えられていた!
 ひとつは彼女のおまたに、そしてもうひとつは、彼女のおっぱいに――――!!

 もしも雨雫も豊満な乳房を有していたならばッ!
 神奈と同じく長身である彼女が、乳の重みから神奈の浮遊の謎に気付いたかもしれぬ!
 だが、無情にも彼女は平坦だった! この勝負、差はまさにおっぱいの差であった!!

「さぁーて、約束通り倒したので、御褒美の方を頂いちゃいましょうかねェ――――!」

 雨雫を討ち果たした無数の鉋はそのまま彼女を拘束するROCKとなり、
 神奈が丁寧な手つきでレインコートのボタンを外し引っぺがすと、そこには白地に
 無数の痣をたくわえながら、未だ瑞々しさを損なわぬ柔肌があった。

「そして、下着は白……ポエム」

 神奈は満足気に頷きながら、我慢できぬとばかりに両手をわきわきさせる。
 これまでの戦い、ダメージは無視できぬ程であったし酷く疲れた。
 だが、それも今この瞬間すべて報われるのだ! 至福の笑みで神奈はぱんつを下ろす!

「御褒美万歳アバーッ!?」

 そこに“聳え立っていた”のは、逞しき男根! 神奈は思わず吐血!
 これは一体どういうカラクリか――――見れば、申し訳程度の膨らみはあった胸も、
 今は硬い筋肉で覆われ、腕も脚も太く、あからさまに肉体が男性であったのだ!

「そんなばかな……雨雫さんは、お、男だったの……!?」

「ンなわけあるかよ。つーか、アア、久し振りに主従交代だぜェ……!」

 その野太い声色も、最早完全に男性のそれであった。
 この男は、雨竜院雨雫の兄である。名はない。
 兄は雨雫が精神的に弱った時などに、その肉体を乗っ取る。今回は、敗北を悟り心が
 折れたことでその精神的防御が弱まったのだろう。

「よォーお姉ちゃん。さっきからずっと見てたぜェ。いいおっぱいしてンじゃねェの」

 唖然とする神奈の前で、兄は「フンッ!」と力を込め、己を拘束する鉋を破壊した。
 雨雫の刺突やにゐとの殴打をも遥かに超えるパワーは、神奈にも認識不能なほどに
 鉋を粉々にせしめた。

「これで自由の身だ! まずは、あんたとヤって童貞卒業だァ―――――ッ!」

「チッ……!」

 神奈は一旦コンディションを整えんと距離をとろうとする。
 だが覚束ない足取りでは満足に動くことも叶わず、一足飛びで接近した兄の鉄拳を
 辛うじて両腕でガードするも、その骨はともに粉砕され、肉体は彼方へと吹き飛んだ。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「おおおォー、こりゃア絶景だねェ」

 数分後、吹き飛んだ神奈を発見した兄は好色的な笑みを浮かべその姿を見やる。
 神奈は雨雫やにゐとによって恐怖支配されていない区画の触手たちの元へ飛ばされ、
 そこで見るも無残、語るも憚られるような凌辱に遭っていた。

「ン゛ッ……! ッ……!」

 予めボロボロであった服がその扇情を極めたか、触手たちの動きはいつになく盛んで、
 露わになった豊満な胸は触手たちの腕の中でスライムめいて自由自在に形を変え、
 際どいスリットを幾本も持ちながらも未だ原形をとどめたスカートの内部では、
 前と後ろとを触手が欲望のままに突き動いていた。忘れず、口腔も犯されている。

「なんたるパッション! 実際俺も我慢の限界が近いぜ! さっさとフィニッシュして
 くれよぉー!」

 その言葉に呼応するかのように、触手たちの動きは俄然速度を増す。
 程なくして口腔を担当していた触手がビクンといち早く果て、口元から零れた
 白濁した情熱が胸元へと吸い込まれていった。

「ヒィヒヒヒーッ! そそるねェーッ!」

 兄が興奮のあまりその場でジャンプし、己の順番を待ちかねているように、その瞳に
 キラキラとした輝きが生まれる。
 役目を終えた触手が口から退散すると、荒い息をつきながら、神奈は言葉を発した。

「……おかしいと思いませんか?」

「アア? 何がだ?」

 怪訝な表情を浮かべる兄に、神奈は顎で己の下腹部をしゃくる。
 見ると、スカートの前面の一部がもっこりと隆起していた。

「あなたのようでもないのにもっこりしてる。女の子の股間がもっこりしますか?
 おかしいと思いませんか? あなた」

「別におかしかねェだろ。大方、触手がひとりスカートの裏から――――」

 ここまで言い、兄は己の発言の矛盾に気付いた。
 触手なら、わざわざスカートに突っ込まず肉の中へと突っ込むはず。
 なら、これは――――?

「答えは『バカめ』だッ!!」

 スカートを引き裂きながら現れたるは、槍!
 禍々しき切っ先がぎらつき、兄の顔を抉らんとする――――!

「――――ッとお!」

 だが、間一髪で兄は避けた! この土壇場においてなんたる反射神経か!
 反撃も不発に終わり、剥き出しの下半身に前後の触手が同時に情熱を迸らせる。
 ぷらぷらと揺れる両脚の下に、零れ落ちた白濁の溜まりが出来上がる。

「危ねぇ、危ねぇ……。あやうく俺のハンサム顔が上と下にオサラバするとこだったぜ。
 しかし、槍とは……情報ちげェじゃねえか。あンた鉋使いのハズだろ?」

「あっはっは……どうだろうねェー。古きは温めておくに限るけどねェー」

 現在、我々が『鉋』と聞いて思い浮かべる『鉋』は、台鉋と呼ばれるものだ。
 台鉋が生まれたのは15世紀ごろであり、それより前は、槍鉋という鉋が主流であった。
 棒の先に柳の葉のような刃をとりつけたそれは、最早完全に槍であったが、それでも
 鉋には違いなし。
 神奈も幼少より親しんできたし、幾度となくおまたに擦りつけたことがあった。

「まあ、お前が鉋使いだったにしろ、刃物使いだったにしろ同じことだ。
 今からお前はこの俺にブチ犯されるんだからなァ」

 己を出し切った触手たちは解放され、神奈はその場にべしゃりと落下する。
 そこへにじり寄る兄に対し、どこかぼうっとした表情で話しかける。

「ねェさー、どうやったら雨雫さんに戻るの?」

「へっへへへ! 誰が教えるかよォ――――、ッ?」

 白濁の中にへたり込む神奈の傍に、槍鉋が突き刺さった。
 その切っ先は僅かに血に濡れ、白一色の海に赤の斑を落としている。
 俄かに熱を帯びた左肩に目をやれば、そこに巣食っていたはずの人面疽は、周辺の
 肉ごと切り飛ばされていた。

「お、おおう……まじか……」

「やっぱりアタリかあー。まあ、見るからに怪しいもんねェ」

 人面疽に宿りし雨竜院雨雫の兄は、そこを大きく損なうとその存在が抹消される。
 邪悪なる魂が雨雫の肉体を離れ、残された肉体は瑞々しい少女の元へ返される。
 その全裸の肉体を優しく受け止め、誰にともなくひとりごちる。

「『QWERTY-U』のYはYARIのYだし、UはUターンのUってね。
 いや、まあ、キューブから全部その場で適当ぶっこいただけなんだけどさ……」

 しばらくぶりにおまたにセットする鉋の感触に「やっぱこれだわー」と感慨深いものを
 感じつつ、雨雫を支えてふわりと浮かぶ。
 ふと後ろを振り返ると、白濁の海に黄金が浸食していた。
 そして、ぶるぶる震える触手たち。

「ああ、触手も失禁するんだ……。怖がらせっちゃってごめんねー。でもおあいこ!」

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 目覚めた雨竜院雨雫は、自分が拘束されていることに気付く。
 目の前には喜色満面といった様子の舘椅子神奈。

「……そうか、私は負けたのか」

「ですねー。心配しなくても、優しくしてあげますから!」

 全裸に剥かれ、武器は全て手元に無く。能力だけでは覆し難き状況。
 諦念を孕んだ溜め息が漏れた。

「ああ、私の負けだな。……時に、きいているな、比良坂三兄弟!」

「「「 はいはい、なんでしょおーっ? 」」」

 いきなり、大会を牛耳る謎の三つ子に声をかける雨雫。
 すかさず答える三つ子にもついてゆけぬまま、神奈は来るべき至福の時間を夢想しつつ
 ただ漫然と見やるのみ。

「この地獄の勝者は神奈ちゃんに決まった。いつまでもこんなところに置いているのは、
 勝者に対する扱いとしては些か以上に不当と言えはしないか?」

「「「 んんーっ、それは確かに! 」」」

「……はい? エット、どういう流れなんです?」

 訳も分からず尋ねる神奈だったが、一拍遅れて異変に気付く。
 己の肉体が、操る鉋が、その存在が希薄になっている――――!

「ちょっ! これっ! まじでか!」

「ほら、勝者サマもご立腹だ。はやく『魔人墓場』に戻してやるといい」

「「「 わっかりましたー! そっちの方が面白そうですし♪ 」」」

「違うッつーに! 私は! 雨雫さんのおけけをおぉおおおおおおおおおっ!!」

 神奈の叫びは空しく薄れゆき、やがて消えた。
 『魔人墓場』に魂の慟哭が響き渡る頃、雨雫もまた心に涙の雨を降らせていた。
 脳裏に浮かぶ愛しの恋人や仲良しの従姉妹たち――――。

 その思い出も風化する程の永きを、触手との逢瀬が紡ぐのだ。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 結局のところ、この戦場に於ける真の勝者はいなかった。
 神奈は最大の目的である雨雫の剃毛を果たせぬままで、当の雨雫も脱落し、
 にゐとは誰の最終強敵にもなれず物語半ばで消えた。

 誰をも幸せにさせぬことこそが地獄の本懐ならば、次なる地獄で待つものとは――――。


最終更新:2012年06月19日 10:54