第一回戦色欲触手地獄 蝦魯夷にゐと


名前 性別 魔人能力
雨竜院雨雫 女性 遅速降る(ちはやふる)
蝦魯夷にゐと 男性 俺が敵だ(ワン・ターゲット)
舘椅子神奈 女性 QWERTY-U

採用する幕間SS

なし

本文


戦い 殺しあえ―――  最後に残った者だけを現世に蘇らせてやろう 


もう、その声とその台詞を聞くのが、一体何度目のことだったかさえ定かではない。
彼がその声に意識を起こすと、何度も繰り返してきた地獄の、初めて見る光景だった。

(此処がやっと俺の名前がついた地獄だとしたら……  不愉快この上ないな)

胃の化け物の中とでも言おうか、とにかく馬鹿でかい肉壁に覆われた空間の中にいた。
その壁や床からは、大小・色・形が様々な触手が隙間なく生え、絶え間なく蠢いていた。それらの幾つかには自ら淡く発光しているのが在り、この広い空間を正確に認識できるほどの明るさを保っていた。
そのせいで、遠くでうごめく卑猥な形の触手が見えるから気持ちのいいものではない。
だが、なぜか彼の周りの触手だけは大人しかった。
彼が歩めば、見えない壁で押し倒しているかのように、ある半径を基準にでもしているのか、活発なものは途端に動きを止め、立派にそそり立つ触手はしぼんでへ垂れていく。
それでも、中には本能的に襲いかかってくるものがあったが、彼が触れると同時に爆ぜた。

 辟易とした表情をあからさまに、付着した肉片を払う。
それでこの光景を遮断できるわけでもないのに、汚れた白のスーツの内ポケットから取り出した伊達眼鏡を掛けて、普段のニュートラルな容姿をつくる。
彼なりのマナーのつもりだ。

本来の堅さや獰猛さをなくし、ただの肉となった触手を踏み歩くが、不安定この上ない。
彼は余計に眉間のしわを深める。
徐々に、勝手に触手から彼を避けてくれるようになり、動きやすくなったころ、大まかにこの空間内を探し終えた。
なのに、謎の声がそう言ってたのにもかかわらず、どこにも誰も見当たらない。
彼はこう結論づく。

「なるほど これは俺の不戦勝だな」

そんなわけない。
そんなことは、ある部位を周囲に潜んでいる相手によってビンビンに反応させている彼自身が解っている。
その様に影響してか、彼を中心にしおれる触手の範囲が広がっている。
ちなみに彼はまだ能力なんてものを一切使用していない。彼の自身の圧倒的な存在感が、この地獄の触手たちを屈服させているのだ。

そして、それは突然だった。

(うげっ ばっちぃ)

彼は、触手の尿道から奇襲を仕掛ける二人の少女を目にする。
彼が触手を不能にしている範囲が広げてしまった以上、今以上に近づくことができないと判断した彼女らは、双方から同時に仕掛けた。
完全に息の合っている二人だが、彼女たちは打ち合わせをしていない。
そして、彼はそれを知っている。
彼を前にし、残されたほかが共闘するのは必然で、本能で理解し合うことだからだ。
自分一人で勝ち目のない相手。誰とも知らない赤の他人であっても、彼以上の敵にはなり得ない。それを視認するまでもなく、距離を問わずに知らしめさせられる。
何においても彼を先に倒す。
彼女らも、この時初めてお互いに顔を合わせた。といっても、視界の端に映っている程度で、それも一瞬。意識は常に彼に注がれている。

初っ端から全身全霊。持てる限り、二人は全力だった。
彼はそれを見て、避けることをしなかった。余裕はなくても、防ぐことぐらいはできただろうが、その一切をせず、彼女たちの攻撃を受けた。受け入れた。
彼の不可解な対応に一瞬の戸惑いはあったが、それを塗りつぶす怒涛の連携攻撃を、彼女らは間髪入れずに炸裂させる。

雨竜院雨雫の能力によって停止しているほどの速度で宙に浮いたままだった、天井から滴っていた無数の淫液が、今度は超高速で彼に降り注ぐ。
その中には槍と化した傘があり、彼の体を同時に幾つもが貫く。
舘椅子神奈によって出現した鉋は即座に傘の縛りを解き、彼の傷口で華を開かせる。
孔となったその傷口から縦横無尽に彼の皮膚を剥く。
そこまではいい。
だが、二人は気付く。その異変に。
すぐさまに二人は攻撃を辞め、彼から方々に距離をとる。

笑っているのだ。
ひたすら攻撃されている彼が、悦びの顔をしている。
その不気味さに二人は攻撃を辞めてしまった。
それに、さっきは刺さったはずの傘が、今では彼の肉体に負けてひしゃげている。
皮膚を剥ぎ、さらに身を削るため、彼の体を滑るはずの鉋が、剥き身の肉に刃が引っ掛って止まっている。
 攻撃が効かなくなっているのだ。

「 あぁ――… とんでもなく痛いねぇ 」

体中に穴が空き、各動脈を深刻に切りつけられているのに、彼は平然としている。
自身の事態を問題としていない。
まるで、不気味さだけで構成されているようだった。
白の一張羅は真っ赤に染まり、突き破るほどにいきり立ち、絶頂に達したもろだしのイチモツは、二人の目の前に白濁をこぼす。

「「!?」」

 その白濁が付着した触手は暴れ、もがくようにのた打ち回り、やがて動きを止めた。

「君たちが俺好みだという証明だよ」

 いい迷惑である。彼女らは引いて黙るしかない。

「まぁ 君たちが俺を襲うのも無理はない 気にするな 慣れている
 俺も呼びかけていなかったのが悪い
まずは話し合おう 基本的に議論は闘争より好きだぞ 俺は」

二人は返事をしない。
それも自分の不審さと不気味さだとわかっている彼は、勝手に話を進める。

「交渉しよう 争いは本望じゃない お互いに納得できる結論を探そう」
「謎の声は最後に残った者だけを甦らせると言ったが
  もしかしたら 本来は複数人を甦らせることもできるんじゃないかと俺は考えている
 なぜなら俺は何度も蘇っているからだ」
「「!?」」

 二人の表情から

「知っているかもしれないが 俺は現世では人類の敵をやっている」
「「 ……… 」」
「ご存じない? あっそ まぁ やってんだわ 納得して」

「そこでこれは君らよりこの地獄を知っているであろう 俺の見解
一人に限った理由が分からないから 何とか俺と君らで蘇れないか模索しようって話
 どうせ此処はあの世だ 現世とは時間の概念が異なるのかもしれない
同じだとしても死んだ魂に意味はないだろう
だからそこは謎の声と我慢対決だな
戦わせることが目的の謎の声に 戦わない同盟を宣言しようじゃないか」

「ちなみに この三人から一人が勝ち残っても この一度で蘇れるとは限らないぞ
 また他の複数人から一人が… と繰り返されることもあった」

「まぁ強制ではないし さっさと一人選ぶのが手っ取り早い
 君らがそれを選ぶならそれはそれで別に構わない

「前置きするが 俺は君たちとは戦いたくない
だから俺はその一つの椅子を譲るつもりでいる
君らの現世への理由がそれに足るならばな
俺が勝手に現世への理由を語るから それを超えると思ったら申し出てくれ
 現世への蘇生に協力を惜しまない」

「俺は全人類の敵として生き 存在しているが よくあるラスボスとは違うと思っている
だからと言って正義の味方も英雄も目指してはいない
ただ世界の平和を望んでいる 本気でな」
「だけど争いは無くならない 絶対に 真の平和なんてないんだ
 天国のような平和をイメージするなら それは堕落して腐敗した幻だ
だから俺は争いながら世界を平和に導く」
「世界が俺を必要としていなくとも 世界平和には俺が必要不可欠だ
 夢物語ではない 俺ならできる そして 俺にしかできないことだ
 本当の平和とは言えないが 誰も気分を損ねることではない」
「俺が世界の敵となり 俺だけに世界の暴力の矛先を向けさせる それだけだ
人類が一致団結して俺を倒す 倒せば皆喜ばしい
誰もが好む物語だろう?
だがこんなもの一時的だ 適度に続いてまた世は乱れる 人の欲と望みは尽きないからな
したらば 俺が再び人類の敵となって人類を結束させる
俺だけがこの輪廻を繰り返す
俺にとっての地獄はこんなところじゃない 終わりのない繰り返し そのものだ」

「それと俺は難しいのが苦手だ だから自ら事態を複雑にする嘘が得意じゃない
  吐いてもすぐばれるだけだ
 信じる信じないは君らに任せるほかないが 事実だと宣言させてもらう
偽ることは俺の嫌っていた人種だ 子供のころに憎んだ大人だ
俺は子供の頃の自分を裏切らない」

「「 ……… 」」

「まぁ 俺が現世に蘇るにしても 君たちの願いも叶える気ではいる」
「ありがちな現世への未練が特定の人物との再会ならば
 俺がそいつらを此処に連れて来よう 会えるなら場所は関係ないだろう?」

「与えられるのはごめんだわ
 それにあまりにも都合のいい提案は あなたが私を惑わす地獄の使いとしか思えない」
「同感ね 私の願いはあなたを倒してでも掴み取らなければならない」

彼の顔は悲しみの色を隠さない。
隠しもしないままだったそのイチモツを掴み、それを根元から引っこ抜いた。
それを持たない彼女たちさえ、股が痛むような突然光景だったが、彼は痛んではいるが、気にすることもなく、それを振り回す。
あまりに高速で、乱暴で、それは伸びに伸び、針金のように細くなっている。そして鋼のように硬い。鞭のように周囲を打ちはたき、発光している触手以外を全て叩き伏せた。
それが終わると、豪快に振りかぶって投げつける。
まるで光の矢、ヒダをぶら下げただけの肉壁を貫き、果てしなく奥へ奥へとめり込んだ。
 二人は圧倒されている。

「理解したかい? これでも俺に挑むしかないなら自害を勧める
 君ら二人が女性で間違いないのなら 俺を喜ばせるだけだ
触手の中にいたことでこの卑猥な地獄より耐え難いことはないと考えているなら甘いぞ
かつてレイプを極めた俺だから言えるが…
俺が君らを犯すのにイチモツなんて必要ないからな」

「いいだろう 殺せ やってみろ 俺が敵だ 滅ぼせ」
「俺を人間だと思う――… なぁ   すまない これだけじゃあ卑怯だったな」
「卑怯は俺が最も嫌う行為だ そんな自身は絶対に許すことはできない」
「何をするにも正々堂々と だ」

鉋で剥かれた傷に自ら指を入れ、自分で自分の、全身の皮膚を剥ぎ取る。
呻き、悶えながら剥がしては捨てる。
彼女らに更なる恐怖を与えるには造作もないことだった。

「 はぁあ――… ふぅ 」

 完成した、赤い悪魔。

「 これで気兼ねなくできるだろう? どんな非道な行為も 」
「 人ではない 敵なのだから 」

人間から外れた魔人たちの中でも、彼はその枠を逸脱した存在だった。

「少し手伝おう」

ゆっくり歩み寄り、振りかぶる。
触れば惨殺が確実に約束された暴力が目の前を過ぎる。

彼女らは咄嗟に逃げた。逃げ場のないこの空間で彼から逃げた。
だが、それも彼の一跳で無意味である。

彼を《遅速降る》でタイミングをずらし、舘椅子神奈を襲う攻撃は空を切る。
その勢いに回転している彼を、舘椅子神奈の間合いが伸び武器が叩く。折り畳み傘だった。

 起き上がった彼は彼女らを誉める。

「すまない 活路を見出そうとする君たちを侮辱する行為だった
 手加減はしない 誓おう 全力だ
だが それでも能力は使わない 両腕も」

腕を広げて宣言していた彼は、自身の二の腕をクロスチョップでへし折る。
 そしてそのまま二人に襲い掛かる。

彼女たちの現世よりも、今、彼に殺されたくないという本能の必死の抵抗の末、噛みつこうとするだけの彼を、ついには撃沈させるに至る。

彼の作為があったにせよ、劇的な逆転。絶大すぎる彼を二人で倒した彼女たちの

だが、真の勝負はここからだった。
彼女ら二人が敵同士になった。
今の今まで目的を一つに力を合わせた相手を殺さねばならない。
ただちに切り替えた二人が臨戦態勢になり、互いを攻撃しようと動いた刹那。
二人が視界の端で絶望をとらえた。

「 はぁ やっぱり愚かだな 俺は 」

奈落の淵から届くような声を漏らし、自分に呆れている風な蝦魯夷にゐとだった。
直後、二人の視界は暗転した。

 初めてその速度を用いた彼によって殺された。
ズタボロのその身でありながら、音を優に超える動きだった。
 二人が交差するその刹那、彼は間を割って駆け抜けた。その去り際、しなる腕が彼女らの頭部をもぎ去って。

頭部だけの二人は、彼の手の内で、突然変わった視界と、勢いに振られた脳が現状を把握できないでいる。
それさえも悟らせることなく、振り子のように、慣性で揺れる頂点で握り潰される。
 痛みを厭わない彼には、掴んだものを全力で握るという行為に、腕が折れている事実など何の支障にもならないのである。

 結果、彼は能力さえ使うことなく二人を瞬殺した。
 後に残るのは、何もなく、ただ時間だけが永遠と流れる、退屈という苦しみ。
 本来の地獄として機能していない地獄。

 それを悟り、立ちつくす彼は、彼女らの遺体を眺めて声もなく涙を流す。
おぼつかない足取りで近寄り、頭のない首に噛みついては、強引にその肉を引きはがす。
ひたすらにそれだけを繰り返す。狂ったように、骨から剥がす肉がなくなるまで。

露出している骨を噛み砕き、地団太を踏んで潰す。剥き出しの内臓の上では、犬が縄張りに匂いをなすりつけるように、その遺体に激しく暴れついてかき回す。
髪を、爪を、骨を、歯を、痛み、腐敗した肉を、彼女らだったものを残さず食い尽くす。

現世ではどれほどの時間だろうか、時間という時間をかけて、文字通り、彼女たちを残さず食い尽くした。
残ったのは、彼女たちの象徴であった、傘と鉋。

完治した両腕が持っている傘と鉋で、狂ったように自身を痛めつけるのだった。
自身の肉という肉を削ぎ、その肉片を傘で叩き、刺し、潰す。
自らのズタズタな身体を滅多刺しにしては涙を流して笑っている。

息も絶え絶えなのに、死ねないことを理解している彼は、激烈な痛みの中、次の地獄で目を覚ますまで、しばし意識を絶つのだった。


最終更新:2012年06月15日 20:04