第二回戦無間地獄 不破原拒
名前 |
性別 |
魔人能力 |
不破原拒 |
男性 |
超科学的改造術 |
月読茎五 |
男性 |
倍にして返してやるぜ…! |
舘椅子神奈 |
女性 |
QWERTY-U |
採用する幕間SS
本文
スカイダイビング。本来人が経験し得ぬ、高空からの落下。
それは時に高揚感をもたらし、時に恐怖感を与える行為である。
狂気の科学者、不破原拒。
変態的美少女、館椅子神奈。
熱い拳の戦士、月読茎五。
現世への復活権、その切符に一歩近付いた三人は――
生き残りを賭けて、暫しの空中遊泳を体験する運びとなる。
勝者以外、終わることのない無限に続くスカイダイビングを。
その地獄の名は、無間地獄。
~~~
「……ンー、気分はニュートンの林檎ですね」
白衣が盛大にはためく中、不破原拒は。
頭から真っ逆様に、直立不動の姿勢のまま――下への引力に逆らうことなく落下していた。
不破原がこんな無茶な姿勢になっているのには、理由がある。
体勢を変え、空気抵抗を減らすことで他の二人よりも速く落下することで
距離を取り、周囲を観察し、沈思黙考する余裕を得るためである。
一回戦で観察した、相手の戦い方や能力。
無間地獄という戦闘場の特性。
そして――
そんな中、不破原はあることに気付き、眉間に皺を寄せた。
いや、厳密に言えば戦場が無間地獄と決まった時点で不破原も予想はしていたのだが――
他の亡者が紛れている気配がない。どころか、生き物がいる気配がない。
視界に入るのは、コンクリートと思しき瓦礫、何かの頭蓋骨、壊れた電化製品といった無機物ばかりである。
「助手を現地調達することは難しいとは思いましたが……やはり、直接戦わなければなりませんか」
はあ、と溜息を吐きながら思考回路をフル稼働させる。
勝つためではない。殺すためでもない。犯すためでもない。
対戦相手の二人にどんな実験を施すか、その為に何をすべきか。
そのことだけを考えていた。
不破原拒は戦士でも殺し屋でも変態でもなく――科学者なのだから。
一方、不破原の位置からゆうに二百mほど上では――既に戦いの火蓋が、切って落とされていた。
~~~
月読茎五は腹を立てていた。
「……クソが……!」
彼の怒りの矛先は、飛び回る鉋に向けられていた。
月読の周囲に、人工衛星のようにつきまといながら――時折、中心の月読に向かって突っ込んでくる。
そんな動きを繰り返す鉋が、十個。
フォーメーション攻撃、時間差攻撃、一斉攻撃――あらゆるバリエーションで襲ってくるのだ。
黙ってやられるつもりはない。だが、鉋を破壊してもすぐに補充される。
どころか半端に破壊すれば――割れた木片と鉋の刃が、より鋭い傷を与えに来る。
故に、今は回避と防御を中心にするしかない……それは十分に解っている。
来るべき反撃のチャンスの為の忍耐であり、我慢である……だが。
頭では解っていても、一方的にやられているという事実が彼を苛立たせていた。
すでにあちこち濃い痣が出来る程に痛めつけられ、皮膚が削られ血が滲んでいる。
一方的に。 そう、一方的である。
月読が落下を続けている間、攻撃者は悠々と――真っ直ぐに、立っているのだから。
「ふふーん、無間地獄恐るるに足らず!」
鉋の操縦者・舘椅子神奈は、大量の鉋を並べて作った足場の上に立っていた。
これによって彼女は落下に翻弄されることなく、眼下の月読に向かって攻撃を繰り返しているのだ。
「つーか勝ち残ったのが男ばっかってテンション下がるってぇーの!
女子のおけけを剃って剃って剃りたいってのに!」
ささやかな愚痴を撒き散らしながらも、攻撃の手は緩めない。
足場ごと、彼に追随するように下降していく。
やろうと思えば、一切落下することなくその場にも留まれるが――それで相手を見失っては、鉋を当てることもできないからだ。
ともかく。
館椅子神奈はこの無間地獄において、制空権を有している。それは揺るがない事実だった。
その事実に歯噛みしているのが、絶賛落下中の月読である。
彼には――攻撃手段がないのだ。
いや、あるにはある。己の拳という、何よりも信頼できる武器が。
しかしその武器は致命的弱点を抱えていた。すなわち――接近戦専用である、ということだ。
館椅子と月読の間には、実に二十メートル前後の高低差が存在する。
そして、月読は当然だが――飛行手段を有していない。
「この痛み……倍にして返してやんよ……!!」
ぎりり、と盛大に音を立てて歯を食いしばる。
そして――視線の先に、反撃の足掛かりを見つける。
文字通りの、足掛かりを。
「でぇいっ!」
月読が見つけたのは――直径三mほどの岩塊。
体勢を何とか整え、その大岩に向かって足を伸ばす。
月読は、ほんの刹那だが足が地に着く感触を久々に味わった。
岩は足が当たった衝撃であっさりと速度を増し、再び落ちていったが―― 一瞬あれば十分だった。
岩が加速するほど勢いがついたということは――反作用で、月読自身にも力が働く。
すなわち、上へと『跳ぶ』力が。
二十mあった高低差が半分になり、三分の一になり、一mになり――ゼロになる。そして、逆転する。
「デケェ足場をありがとうよ、今すぐお礼参りしてやらぁッ!!」
渾身の一撃を叩き込むべく、月読が身体を捻る。
そして、再び身体が下へと沈み、そのまま眼下の足場に乗り込――
「フィーヒヒヒ!ばーっかじゃないの!?」
――着地する直前。
足場となっていた鉋は八方に散った。
「なっ……」
踏み込むつもりで居た月読は虚を突かれ、再び虚空へと投げ出される。
一方の館椅子は―― 未だに浮いている! 何故か?
その答えを、月読は即座に知ることとなった。
足の裏に一個ずつ残っていた鉋が、彼女を支えている!
「QWERTY-UのTは、トドメのT!これで一人脱落よォ――――ッ!」
彼女がガッツポーズを取り、叫ぶと同時に。
散っていた鉋、その数総勢二百個! それら全てが、落下する月読へと一斉に突撃する!
「……っ!!!」
だが、その時――
遙か下方から、液体の塊が鉋目掛けて飛来する!
「!?」「えっ!?」
月読に直撃するはずだった鉋が、浮かぶ液体の塊へと飛沫をあげながら飛び込み――
そのまま、液体の中でボロボロと崩れてしまう。正体は――強力な溶解液だ。
何故こんな危険なモノが、無間地獄の中で浮いているのか? その答えは一つしかない。
「ンンー……いけませんねいけませんネェ!
貴方達二人は、貴重な実験台です!それが潰し合うなんて、いけませんヨ!」
下方から、速度を上げて白い影が近づき――二人の前に姿を見せる。
「……出やがりましたか、クレイジー科学者」
館椅子が、不快そうに顔をしかめて闖入者を睨む。
月読もまた、怪訝な表情を浮かべて乱入者を見る。
不破原拒の姿が、そこにあった。
しかし、その姿は二人が十数分前に見たソレとは大きく異なっている。
鳥と虫のものを混ぜたような、奇怪な翼を背中から生やし。
それを支える異常な程の筋肉が、羽ばたきに合わせてドクドクと脈打つ。
その根元から生えた、放水ホースを思わせる数本の触手からは、先程射出したであろう液体が滴る。
中央部分に五体満足な人間の姿を残しているが、それがかえって不気味さと不自然さを際立たせる。
「おおっと、いけませんネ私としたことが!お喋りしてる場合じゃありまセン!」
僅かに慌てた表情を見せ、不破原が触手の一本を月読に伸ばし――
虚を突かれた格好となった月読を掴み、縛り上げる。
「いやあ、危うく折角の実験動物を落っことす所でした! 感謝してくださいヨ、落ちないように繋いであげてるんですから!」
恩着せがましく、どこか芝居がかった口調で月読に笑顔を向ける不破原。
しかし、そのことが――月読に、火を付けた。
「……テメエ、今なんつった」
静かな、しかし深い怒りを込めた低音で呟く。
隠し切れず、溢れる怒気に離れた場所で見ている筈の館椅子がビクリ、と反応する。
「テメエ、恩を売ったつもりか?それとも情けをかけてんのか?
……ふざけんじゃねえ。 ふざけんじゃねえェェェェェェェェェッ!!!!」
鉋で傷付いた肉体から血が滲み、溢れ出すのも構わず。
燃え続ける闘志と、散った戦友(とも)への感謝と。
まともに戦えぬ憤慨と、プライドを抉られた怨嗟を――いっぺんに、ぶちまけた。
「ダラアアアアアアァァァァァァァァァァァァッ!!」
触手を純粋な腕力でズタズタに引き千切り、月読が拘束から抜け出す。
と同時に、再び無様に落ちていく身体を立て直し。
虚空を、踏むように、踏みしめるように、踏み抜くように蹴る。
その刹那、月読の身体は大地を蹴るのと同じ勢いを得た。
平たく言えば――“空気を足場にした”のである。
蓄積された感情が、月読に力を与えたのだ――――物理法則の壁をもぶち破る、爆発的な力を!
「オオゥ!? これは……! 素晴らしい!ママママママーヴェラァァァッス!!」
千切れた触手を振り乱しながら、目の前で起きた現象に好奇心を掻き立てられて驚喜する不破原。
「でえーっ!? ちょ、なにそれ!?」
先程まで唯一だったはずの制空権を皆が手にしたことに焦りを隠せず、驚愕に目を見開く館椅子。
「ど、どうせくたばり損ないじゃないの!邪魔が入ったけど、もう一度トドメのTよ!」
館椅子のスカートの中から、鉋がゾロゾロと射出され――再び二百個の編隊を組む。
攻撃目標は、満身創痍の月読だ。無慈悲な鉋の一斉射撃が、空を踏みしめる月読に襲い掛かる!
「オラアアアァァァァァァッ!!!!」
だが、感情を起爆させて猛進する月読を止めることは――最早不可能だった。
月読が気合を込めて、渾身のストレートパンチを繰り出す。
次の瞬間、月読の目前に迫っていた二百個の鉋が……欠片さえ残さず粉砕されていく!
「う、うわあ……こりゃマズいわ……」
館椅子がすかさず、足元の鉋を操作し距離を取る。
月読が忌々しげに視線を突き刺すが、彼の憤怒はすぐに別の方向に向けられた。
「……おやァ?」
断崖絶壁を駆け下りる金鹿の如く、月読が下に向かって跳ぶ。
空気を蹴る轟音を響かせながら、一瞬で不破原の目の前へと距離を詰める。
その拳は、既に限界一杯まで引き絞られている――!
「アアッ!駄目です!ストォーップ!?」
月読の動きに気付いた不破原が、触手の先をパクパクと開閉させながら狼狽える。
咄嗟に己を『改造』し、表皮を水晶状の鎧甲で覆い、そして――
「くたばれェェェェェェェェッ!!!!!」
超高速・超重量の右フックが不破原の左半身を吹き飛ばす。
鎧は砕け、羽根が舞い散り、肉は弾け飛び、体液が飛沫となり、骨が塵と化す。
「ガフッ…… アガ……が……」
身体の四割近くを一遍に喪失し、痙攣する不破原。
『改造』は間一髪間に合ったものの、肉体の損傷に耐えきれず――落下していく。
「チッ……やっぱ一発じゃあくたばらねえか、あのクソ科学者」
べったりと浴びた返り血に顔をしかめながら、月読が再び拳を構える。
渾身の怒りをぶつけるべき相手は、もう一人いる――
「え、ちょ、待って待って!?」
眼下で不破原の半身が散乱する場面を傍観し、戦慄していた館椅子が視線に気付く。
月読の視線に射竦められ、逃げることすら出来ないまま――
接近を許し、溜めの隙を与えてしまう。
「あ」
咄嗟に両腕でガードの姿勢を取るが、無論それで防げるような一撃ではないだろう。
死んだな、こりゃ。
館椅子神奈は、二度目の死を覚悟した。
だが、その覚悟が――小さい奇跡を生む。
「!?」
月読の鉄拳が館椅子を屠ろうとしていた、その瞬間――彼の視界に、黒が広がる。
「……え?」
数秒後、恐る恐る目を見開いた館椅子が目撃したのは――
右手首に結んでいた陰毛が、アフロの如くに膨らんだ毛玉だった。
一本の毛が、月読の一撃をも上回る超速度で伸び、絡み合って――衝撃を受け止めるクッションとなったのだ。
やがて、陰毛アフロはしゅるしゅるとほどけ……元通り、一本の少し長い毛に戻った。
「……タマタマさん……」
試合の前に、縁あって友情を結んだ女性の名を思わず呟く。
彼女に、命を救われたのだ。
「クソがぁっ…… とんだ隠し球だなぁ!だが二球目はねえよな?」
月読が、再度拳を振りかぶる。
しかし今度は、館椅子にも油断や恐れはない。すかさず鉋を射出し、月読に叩き付ける。
防御は無駄だと悟り、手数で攻める戦法を採る!
「無駄だ、何発来ようがさっきみてえに全部粉砕してやるよ」
月読も、向かってくる鉋を、ジャブで迎撃する――このままなら、押し切れる。そう確信していた。だが――
バキィッ!
……拳と鉋がぶつかり合い、鉋が砕ける音が響いた。――砕けた?
「な……」
「しめたっ!」
一瞬の動揺が月読の判断を鈍らせた。拳が止まり、続けざまに放たれる鉋の猛打を浴びてしまう。
先程まで問題なく、塵芥と化していた鉋が……砕けているのだ。破片を撒き散らして!
それは則ち、月読の攻撃力の低下を意味する。
「そんな馬鹿な、俺は倍にして返してやりてえのに……」
そうだ、俺は怒って恨んで憎んで…… そう考えた瞬間、月読は異変の原因に気付いた。
――なんで俺は、こんなに冷静なんだ?
月読は、己の能力について自分でも詳細を知らない――
『相手を恨んだり憎んだり、自分が怒ったりすれば力が湧き上がる』 その程度にしか思っていない。
だが、そういう認識だからこそ――異変に気付いた。 感情が、波立たない。何故だ?
「ゲホッ…… 先程、体液に沈静成分を……混ぜたのですよ……」
不意に、声のした方に二人が向き直る。
そこには、不破原が再び浮上してきていた。その左半身は、不完全ながらも再生している。
「え、沈静……? どういうことよ」
「貴様……一体、俺に何をした」
月読に先んじて、館椅子が質問する。
月読としては、こういうやりとりも腹が立つはずなのだが……何故か苛立ちを覚えない。
「要するに……私の体液を浴びると『強制的に冷静になる』のですよ……ゲボッ」
不破原が、血を吐きながら答える。
彼があの一撃を受ける直前、己に施した『改造』は――二つあったのだ。
一つは言うまでもなく、防御のための措置。
もう一つは、カウンターとしての手段―― 体液を強力な精神安定剤に変えるという手段だった。
無論、通常なら精神安定剤など戦闘の役には立たない。最初に出した溶解液の方が反撃としては有効だろう。
だが、溶解液や毒物といった手段では効かない、あるいは察知されて回避される可能性がある。
では何を使えばよいか? 不破原は、直前の行動に着目していた。
月読が激昂し、触手の拘束を引き千切ったあの一件――!
感情が戦闘力に直結している、という推理を引き出すには十分だった。
そこで不破原は『闘志』や『戦意』を奪う、という手段を選んだ。すなわち、精神安定剤。
あとは、肉体が再生した後で――薬品が効いた後で、ゆっくり『実験』すればいいのだから。
「……しかし、効きが速過ぎましたかネ…… 殺されるのは困ります、ええ」
フラフラとした不規則な動きで、不破原は二人に触手をゆるやかに伸ばす。
「なあアンタ……アンタは戦えるよな?」
「え?そりゃあまあ……何言ってんの、こんなときに」
月読が館椅子の方に向き直り、奇妙な質問を問いかける。
館椅子もまた、意外そうな表情を浮かべて月読を見た。
「ちょっと耳を貸せ……作戦がある」
月読が、館椅子に何か耳打ちをする。
「……!ちょっと、それじゃアンタ……」
「頼んだぜ」
何かを言おうとした館椅子を制し、月読は呼吸を整えて不破原に向かって突き進む。
精神が完全にフラットになってしまえば、空中歩行はもう不可能だ。
その前に、ヤツを倒さなければならない――決着をつけなければならない!
「ンー、良い子ですネ良い子ですね……さあこっちに来て下さいナ、大事に丁寧に解剖してあげますから」
接近する月読を抱き締めるように、触手を展開させる不破原。
彼もまた、己の体液の成分で異様なほど落ち着いている。
「……わかったわよ、もう!」
背後で諦めたように館椅子が叫んだのを聞いて、微笑む月読。
そして、残った力を振り絞り―― 拳を、不破原へと放つ。
「! コハッ…… んん、まだこれだけの力が出せますか……」
しかしフルパワーを出すことは叶わず、致命傷には至らない。
そのまま月読は伸びた触手に縛られ、四肢を引っ張られる格好となる。
だが、それこそが月読の狙いだった。
――ドスッ!
「ン……?あれ、コレは……?」
不破原は、目の前の月読の腹部から伸びる物体を注視した。
先端が自分の方へと向かっていて――自分を貫いている。
その物体に、不破原は見覚えがあった。
一回戦、色欲触手地獄の戦いにおいて。
館椅子神奈が切り札として放った、槍鉋そのものである。
当然、不破原も警戒はしていたが――月読の身体の影という死角からの攻撃と
自らの沈静成分による感情の収縮のせいで、読み損ねたのだ。
「だああああああああああぁぁぁぁぁっ!!!!」
そして、間髪入れず―― 無数の鉋が、不破原に突撃する!
槍鉋を更に押し込むように打撃を与え、
不破原の皮膚を滑るように削り取り、
剥き出しの筋繊維を角で抉っていく。
「ア……ハッ……」
苦痛を受けながらも、その表情は歪まない。歪められない。
どれだけの時間が経過しただろうか。
攻撃を受け続けた異形が、グラリと揺れる。
触手が緩み、月読の身体を離す。
槍鉋が滑るように抜け、月読の身体が虚空へと落ちていく。
月読茎五。
彼は、皮肉な微笑を浮かべながら死んでいた。
「……はぁっ、はぁっ……」
額に汗を浮かべながら、館椅子が鉋を一旦戻す。
猛攻を続け、さしもの彼女も疲労の色を隠せない。
だが『改造』による再生能力を持つ不破原相手に、手を休めるわけにはいかない。
幸い、沈静化の影響で即時再生まで至らない今なら、削り殺すことも出来る筈だ。
そう自分に言い聞かせ、再び気合を入れ直して鉋を構える。
そして、何度目かの総攻撃を放とうとした時だった。
鉋の一つがするり、と彼女のスカートに潜り込む。
「え……? があああああっ!?」
違和感を感じたときには――遅かった。
――激痛が走る。
日常の、鉋による刺激とは明らかに異なる、明確なダメージ。
切れ味の悪いナイフで突き刺されたような、鈍くて鋭い痛み。
館椅子は状況が理解できない。
――痛い 痛い 痛い
――操作ミス?まさか。そんな凡ミスするわけが
――だってアイツは鉋をかわそうともしてなかったじゃ
――しずくさん、助けて!
――嫌だ こんなのいやだ いだい!
自らの一番デリケートな場所を苛む激痛に耐えながら、館椅子はスカートをめくり上げる。
そして、彼女は見てしまう。
――自分の股間に、異形の生物が張り付いているのを。
「~~~~~~~~~~~~~~っ!?」
声にならない声、悲鳴ですらない悲鳴が漏れる。
鉋と虫を無理矢理に混ぜ合わせたような、醜悪な生物が。
自分の下腹部を、鉤爪の生えた六本の脚でがっちりと掴み。
柔らかな蕾目掛けて、鋸と銛を組み合わせたような下腹部を突き刺しているのだから。
虫がギチギチと動く度に、激痛と鈍痛が襲い来る。
「……フー……気付きませんでしたか、やはり」
不意に、不破原が口を開いた。
「生物が、例えば木の葉や枝……あるいは他の危険な生物のフリをして、生き残ることを『擬態』と呼びます。
今回の場合は……つまり、鉋に擬態したというわけです。……覚えましたか?」
その口調は、穏やかな教師のようでいて、しかしやはり生来の狂気が見え隠れしていた。
「い、いつのまに、紛れ込ませたの……」
息も絶え絶えの館椅子が、不破原に問いただす。
「先程、彼に殴られて落ちている時に……『改造』して用意したのですよ……」
「だ、だって、ここには生き物なんて――」
「ええ、此処には生き物はいませんでした。
ですが――私の『前の戦場』には、腐るほどいましたよね……?」
「! ま、さか……」
目を見開き、ようやく何かに気付いた館椅子。
不破原が自らの右腕を突き出し、再生が終わった左腕でその肉を“剥がす”。
マジックテープを剥がすような音を立てて肉がめくれ、下にあった骨が覗く……否、骨ではない。
白く細い腕骨とは対照的な、太く透明なシリンダーがそこに収まっている。
中には、丸く輝く物体が何個か見える――
虫花地獄に生息していた昆虫の、卵である。
「必要に応じて孵化させて改造すれば、この先どんな戦場でも優秀な助手を生み出せる……
ナイスアイディアだと思いませんか?」
本当はここで使いたくなかったのですがね……と付け加えながら、腕の肉を元通りに巻き付ける。
その間も、館椅子にしがみついた虫はギチギチと不快な音を立てながら目の前の雌を貪る。
「さて……
ルールでは、対戦相手は持って行けませんから……
そうですね、貴方の身体だけ……戴きましょう、ええ」
「テメ……っ、あがああああああああああ!!!!」
不破原のおぞましい言葉に反発しようとするが、虫の責めに悲鳴を漏らす。
気付けば、身体に特有の浮遊感が戻っている――
彼女にはもう、鉋を操作するだけの精神力が、残されていないのだ。
無理もない。ただでさえ男嫌いの少女が、よりによって――
自分の大好きな鉋の姿を模した、異形の生物に犯されているのだから。
「安心して下さい……殺しはしませんよ、ええ、私は。
殺したら勿体ないです……ええ、ええ」
死刑宣告以上の、壮絶な宣告は。恐ろしいほど静かに、成された。
~~~~~~~~~~~~~
「ふぃ……ひひへへへはは、えへへ……」
数十分後。
館椅子神奈は、その頭部だけを残し。
無間地獄を落ちていた。
不破原の『気遣い』によって――首だけでも生存できるように『改造』された上で。
~~~~~~~~~~~~~
「……結局、回収できたのは……これだけ、ですね」
再生を終えた不破原は、手に二つの包みをぶら下げながら無間地獄を漂っていた。
比良坂三兄弟による迎えが来るまでの間、不破原は手に入れた材料をどう使おうか考えているのだった。
一つは、月読茎五の遺体から回収した肋骨の一本。
もう一つは、館椅子神奈の首から下の肉体すべて。
「……“魂の再生”……」
ぽつりと、浮かんだ考えの断片を呟いて――すぐに首を振り、別の思考に移行した。
月読の肋骨に入ったヒビは、かつての戦士の勲章。
館椅子の右手首の陰毛は、僅かな奇跡の残滓―――
最終更新:2012年07月25日 21:51