第二話/かぐや姫
初めに言うと、その日は家までは辿り着けなかった。
ロープと多少の作業道具だけで5、60メートル登るのは無理があったわけじゃない。おれは住んでやると決めたんだ。その意思は例えどんな障害があっても成し遂げてみせる。
なら、何故?
答えは意味がわからなかった。破壊樹……世界中でポコポコ生えだした謎の植物について、おれはなんの知識も持っていなかった。洪水や竜巻、地震といった被害を受けたことがない人間が、その脅威について知らないのと同じで、破壊樹のことなんて何も知らずに生きていた。
だから、破壊樹の中が空洞になっていて……なおかつ中がビルやマンションみたいな建造物になってるなんて知らなかった。
そして、そこに“人”がいるなんて知るわけがなかった。
「「えっ?」」
信じ難い事に、破壊樹の壁を剥がしながらボリボリ食ってる銀髪美女の姿をした化け物がいたのだ……。
◇◆◇◆◇
「ふ、不法侵入者ーッ!」
化け物がおれを指さし叫び出した。その言葉がおれを現実に引き戻し、火をつけた。
人はそれを、“怒り”と呼ぶ。
「何がッ!不法だッ!」
背負ったチェンソーを下ろし、ハンドルを引き。
「おれがッ!」
轟々と怒りの音を上げるチェンソーを横手に構え。
「家主だーーーッッッ!!!」
勢いよく壁に叩きつけた!ゴリゴリと破壊樹の壁が削れていくゥ!山育ちのチェンソー舐めんなよコラァ!!!
「やめてー!やめてくださいー!私の家、私の家壊さないでー!!!」
「うるせーッ!因果応報、自業自得、自縄自縛なんだよ!おれの家を奪っててめえが家を語るんじゃねえ!!!」
おれを止めたい化け物と、止まる気のないおれ。そもそも化け物はさっき壁食ってただろうが。何が壊すなだ、自分の発言省みろ!
どんどん削れていく壁。そこからはもう外の光が入り込んでいた。
「匠のリフォーム、天然窓の完成だ!オラッ!外見やがれ、化け物!」
四角く切り取った壁を蹴り飛ばし、そこにロープを巻いた化け物を投げ込む。山では人を宙吊りにする技術は常識だ。やらねばやられる、よく吊るされるガキを見てその子の成長を感じたものだ。
「高い!怖い!死ぬ!!!私を殺すんですか、ヒューマン!あなた達は私達への恩を忘れたんですか!?ご主人様ですよ、思い出してヒューマン!!!」
「黙れ!あの枝見やがれ!あれがおれの夢の結晶!全ての始まりとなるはずだったマイホームッ!!!それが、それが……このクソッタレ破壊樹のせいであんなとこにあるじゃねえか!人様の家をあんなんにした責任取りやがれ!!!」
「やだやだやだ!!!私知らない!ヒューマンの家あんなんじゃなかったー!知らないから罪には問われません!!!隣竹のキッリ・ストーのおじさんが言ってました。「ヒューマンよ、自らのことを愛すようにまた他のヒューマンも愛せよ……」って!ヒューマン!今こそ愛を取り戻して!?」
「てめえは人間じゃねーだろォォォがァァァ!!!」
ロープを掴み、今度は破壊樹の中に叩きつける。潰れた蛙みたいな鳴き声を上げたが、おれの怒りは収まらない。すぐに破壊樹の壁へピックを打ち込み、逃げられないように吊るすことにした。
「うぇぇぇん……どうして、どうしてこんな野蛮なヒューマンがいるんですかぁ……しかも、よくわかんないもの持ってるし怖いよぉ……きっと、ヒューマンは今から私を食べるんだ。このまま火で炙って煙で苦しむ私の姿をニヤニヤ笑いながら見てくるんだ……」
化け物がめそめそと泣き出す。人の事を野蛮だなんだと言うがおれは紳士、殴り飛ばすぞこのアマッ!
ふぅ……落ち着け落ち着け、今気づいたけどこいつ何者?破壊樹の中って人みたいな何かがいんの?スマホスマホ……破壊樹で調べよ、電波通ってねえやんけ!!!
「おのれ……破壊樹!」
ここに来てまたも阻むのか破壊樹。おれがお前に何をしたというのだ。ただただ、幸せに暮らしたかっただけなのに……。
「何ですかこのヒューマン……急にキレたり、悲しい顔したり……この数千年の間にヒューマンってのはこんな化け物になってしまったんですね」
化け物に化け物呼ばわりされる非常に聞き捨てならない言葉が聞こえてきたが、おれは先程理解したのだ。今、疑問を解決できるのはこいつしかいないと……聞くかぁ。
「お前さっきからヒューマンヒューマン言ってるけど何者なんだよ」
化け物がキョトンとした顔をする。
「ヒューマン、もしかして私達のことを知らないんですか?」
知らないな。マジで1ミリたりとも先住民がいるなんて知らなかった。
「ええ……嘘ですよね?キッリ・ストーのおじさんは有名だったはずなんですけど」
「さっきからなんなのその人。そこはかとなく何かに似てる気がするんだけど」
「キリスト教っていう一大宗教を作った、私達の中でも有名
なエルフですよ」
あっ!?キリスト!?キッリ・ストーでキリスト!???
「死んだら蘇ってヒューマン達が崇め奉り出したんですよね……エルフは3回死ねるって知らないんですね、ヒューマン」
残機あんの!?
「あの頃はヒューマンを導いて楽しもうっていう風にエルフがなっていたから結構知られていると思ったんですが、時代の移り変わりって残酷ですね」
おいおいおいおい、もしかして世界の偉人ってこいつらなの!?つーか、エルフって実在すんのかよ!!!
「わかった、わかった。いや、何もわからないけど。聞いていい?」
「どうぞ?哀れなヒューマンが私達エルフに教えを乞うのは当然の摂理ですから」
おっまえ!マジで火炙りにすんぞ!!!命3つもあるなら1個ぐらい消し飛ばしても構わんやろ!!!
おれは燃え盛る怒りを必死に宥め、口にする。
「破壊樹って何なわけ?」
「破壊樹……?ああ、ヒューマン特有の言葉ですね。これは我々エルフの英知の結晶。広葉樹の形を持ちながら、建造物になるという特性を持ち、非常食にもなる……」
「その名も『シェルターバンブー』!!!」
「いや竹ッ!!!」
なんかかっこいい決め台詞言ってやったぜみたいなツラしてるけど、竹じゃねえか!!!竹食ってたんかお前ら!パンダか!?パンダエルフかよッ!!!
「ヒューマン……竹は素晴らしいのですよ。武器にもなり、防具にもなり、食糧にもなる……そんな万能植物を品種改良した末に産まれたのがこのシェルターバンブー。有事の際に、逃げ込める避難所にして食糧庫。更にはコールドスリープ機能まで付き、目覚めた後には辺りの環境をエルフの住みやすいものにしてくれる。まさに英知の結晶でしょう!?」
竹の素晴らしさについて熱弁し出すアホエルフ。おれは開いた口が塞がらない。こんなアホみたいな竹に家を奪われたのか。訳の分からん生態をしたエルフに……!
そして、おれは次の質問をした後、一転地上に戻ることを決めた。
これは長丁場になるぞ、と。
◇◆◇◆◇
「と、いうわけなんですよ」
カナタさんお手製のカレーを食いながら、今までの一通りのことを説明した。カレーマジで美味い。味もさることながら、おれを待って作ってくれたという事が身体中に幸せエナジーを分配してくれる。おれのエルドラド……!実質結婚と言っていいのではないだろうか。新婚、新居……新居?新居!
「おのれ、破壊樹……!」
「ルカくん、何分に1回か必ずそれ言ってるの本当に怖いからやめて?」
「女ヒューマン、このバカヒューマンに何を言っても無駄ですよ。可哀想なことに彼は特に記憶力に乏しいヒューマンなんです……」
てめえに言われるのだけは納得いかねえぞ、アホエルフ!おれは立ち上がってこのアホをぶん殴りたかった。しかし、カナタさんがいる。彼女に野蛮な男だと思われる訳には行かない。おれは絶対に破壊樹の中で酷い目に合わせると心に誓ってる間にカナタさんはアホエルフに話しかけていた。
「そういえばルカくんの話には出てこなかったし、私も驚いて聞きそびれちゃったんだけど、あなたはなんて名前なの?」
そうそう連れてきた時は大変だったんだぜ。カナタさんはどこから攫ってきたの!?っておれのことぶんぶん揺らすし警察に通報しようとするし……概要だけパッと説明するだけでもそこそこ時間がかかったが、理解するとすぐに普通に接してくれた。なんか、許容オーバーの出来事はもう何も考えないことにしたの、だそうで……不思議だね。
でもカナタさんは流石だなぁ。可愛いし、綺麗だし、頭もいい!そんな人がおれを好いてくれているなんて幸せだ……俺はなんて幸せものなんだ……エルフの名前なんてどうでもいいからおれと将来の話しません?
「ヒューマンに名乗るほど親しくなったつもりはありません。それに私は女ヒューマンもバカヒューマンの名前も知りませんが?」
「あっ……ごめんね?私は西野カナタ。よろしくっ!」
嫌そうな顔していたアホエルフにも優しく接するカナタさんマジ女神。そして、それに絆されたのかアホエルフも少し柔らかい笑顔を浮かべ。
「私は……カー族のグヤァです。こちらこそよろしくお願いします、カナタ」
「カー・グヤァ……竹から生えてきたし、カグヤちゃんの方が呼びやすいかなぁ。そう呼んでいい?」
「カグヤ……いい響きですね。ちゃんとしたヒューマンもいると分かりましたし許しましょう。私は寛大なのです」
正直アホエルフのことはどうでもよかったのでおかわりしたカレーを誠心誠意味わっていた。マジで美味いんだこのカレー。愛の味がする。
「おい、バカヒューマン」
愛を感じていると、アホエルフが話しかけてきた。邪魔すんじゃねえッ!おれは飯食ってんだ!!!
「不本意ではあるけれど、私達は共に、シェルターバンブーを登る仲間になったわけです。ちゃんと自分で名乗りなさい、礼儀ですよ」
本当に不本意だけどな。
おれが戻ることを決めた理由、それはこいつが何故下層にいたのかという質問の答えだった。
シェルターバンブーは、竹を好む化け物から逃げるための施設、そう答えたあと彼女はこう言った。
「逃げ出した私達と同じように奴等もコールドスリープ機能か何かでこの時代までついてきてしまったようで……上の方にはそれがいっぱいいるんです」、と。
その正体は、動物園のスター。
パンダだ。
なんかサイボーグパンダとか、羽生えたパンダとか、もう頭のおかしいパンダが山ほどいるらしく、上に登れないらしい。
だから、おれは戻ってきた。必ず家を取り戻すために。
そして、上層に何やら用があるアホもおれと一緒に登るらしく……今、おれたちは家を奪ったものと家を壊されたもので手を組むことになったのだ。
だから、本当に不本意だけれども。
「……高橋ルカ」
少しぐらいは、譲歩してやるよ。
「バカヒューマン……ルカですね。覚えました、私のことはカグヤと呼びなさい」
「はいはい」
今度こそ、家に帰ってみせるんだ。
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最終更新:2020年08月23日 01:03