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◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 大声で愛を叫んだ創面だったが、だからといってそれ以上に出来ることがない。
 無言でこちらを眺めるクイーンとロクロ。これは恥ずかしい。

「それで?」
「……。」

「ソメン。貴様はいつも「その力」だけで何とかしてきたんじゃアなかったかよ。
 何をしている? ……さっさとそれを 実 行しろ。」

 ロクロの言う「その力」とはもちろん「シスコンの力」の事だが、それだけではない。

「あ、そうか。」
 創面がそれに気づいた。
 ロクロはわけもなく創面を煽ったわけではない。
 ロクロが取引を持ちかけたのはクイーンではなく、創面の側だ。
「……ちっ……やってやるよ!」

 『アゲンスト・トーフ』!――己の身体をトーフ化する。
 メキメキと、創面の手足が歪み、拘束具から抜けだした。
 拘束具を壊せないなら、自分の身体を壊せば良い。

「痛っってああ―――……ッ!」
 床に落ちる。元々失くしていた右手以外の両手足が、おかしな形に歪んでしまった。
『………。』
 クイーンが無言で近づく。
「――ッ!」
 しなる鞭。創面は転りそれを避ける。

「テメエの姉貴が居なくなったら、誰があのトーフ料理をつくるんだァ!?
 売るわけねェだろうが!?ソメン、姉を助けてェんなら さっさと俺の手足も「壊せ」!」

「言われなくても……!」
 創面は匍匐前進でロクロの拘束台へ這い登ると、ロクロの両手両足をトーフ化した。
「――ウッッシァ!!」
 ロクロの両手両足がひしゃげ、拘束台から解放される。
『…………。』
 クイーンは動じず、二人を睨む。

 自身の手足を見るロクロ。
「アァー、これじゃァ 武器を造ることもできねェな。」
「我慢しろよ。豆腐馬鹿。」

 手芸者の命である手先が破壊された今、
 彼らに武器を造ることも、扱うこともできない。
 さらに二人には、未だに「毒」が回っている。

「ま、大した問題じゃあ無ェさ。 おいソメン。 協力してやる。テメエはサポートしな。」
 ロクロが「協力的」なのは、いつも「強敵」を相手にした時だけだ。
 要するにこいつはバトルマニアなのだ。と、創面はここまで来てやっと気がついた。

 ――という事は……

 そのロクロを前にして、クイーンは腕を組んだまま立ちはだかる。

『ずいぶんとやる気のようだが。忘れるな。
 わらわは元々、お主ら二人を一人で相手取るつもりだったという事をな。』
(ヒャッハーッ! 私もいるけどねー?)



 ――もしかして、こいつ。めちゃくちゃ強い……?



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「シャッコラアアアアァァッ!!」
 ロクロが動く。
「―――――ッ!」

 パチィィンッ!

 鞭の音。
 創面が気づいたときには、こちら側にいたはずのロクロは、
 クイーンを挟んだ側でこちらを向いていた。
「ちっ……。近づけねェな。」

「つーか、速っ……!」
 創面はまだなにもしていない。
 足先を半壊し毒が回っているはずのロクロのスピードもおかしいが、
 それに反応できるクイーンもどうかしている。

 自分にできることはあるのか……?
 ――いや、あるのか。じゃない。やるんだ。
 クイーンは「完全復活」と言っていた。創面はこれが気になる。
 彼女は阿野次のもじではない。

 張り付けにされていたとき、創面は幻視していた。
 「完全復活」したクイーンが、街を破壊し、姉の住む日谷家を破壊する様子を。
 それはこれから起こる可能性の一つにすぎないが、なんとしてでも、それだけは避けなければならない。

 呼吸を整える。
「ハァ……ロクロ! いくぞッ!!」
「さっさとしやがれッ!」
 創面は高速匍匐前進を開始する。
「―――――――――!!」
 クイーンの周囲を周回し、「腹」の粒子をこすりつける。
 それは『アゲンスト・トーフ』の効果を保ち、床をトーフ化する。
 これでクイーンは身動きがとれない。

「オラヨッッ!!」
 ロクロが床を蹴り上げる!
 いくつもの礫がクイーンへ向けて放たれる。
「…………!」
 クイーンが鞭を使い、それを正確にはたき落とす。
 さらに創面がぎりぎりクイーンの間合いを動き、牽制する。
 あと一度でも攻撃を受ければ、創面もロクロも消えてしまうはずだ。


「ヴォラッケラアアアアアアアアッッ!!」
 ロクロの跳躍!
 クイーンに向けて真っ直ぐにとびかかる!
 ロクロの長い腕。リーチは互角。
「――――――来るか手芸者ッ!」



 バ チ ンッッ!!、と



 激しい音を立てて、ロクロの身体が消失した。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 待合室で試合を観ていた創面の姉・奴子は、
 今は大会会場を後にし、家路を歩んでいた。
「ったく 何言ってんだか。あいつは……。」
 試合中、彼らの会話にはほとんどノイズが混じっており、
 創面の謎の告白だけが観客には聴こえていた。
「どうして突然あんなこと叫んだんだろう。」

 創面にエプロンと三角巾を貸した奴子は、今は唯の女子高生の格好である。
 せめてものアイデンティティを保つため、豆腐屋の笛を取り出す。
 奴子はそれを口に咥え、吹き鳴らそうと顔を上げる。
「……?」

 見上げた空に、何か黒い……学生服を着た男の子の姿が見えた。
 それは気のせいだったのか、奴子が眼を凝らす間もなく、消えてしまった。

「何だろ 今の。」

 まさか、噂の「転校生」だろうか。
 気の毒な少年の噂は、奴子も聞いていた。

 ――そうだとしても、自分には関係のないことだけど。

 弟が姉の転校生化を防ぐためにあんな叫びを発したことを、
 奴子は知らない。

 ――まあ、創面も最近頑張ってるみたいだし、帰ったらまた豆腐料理をつくってやるかな。

 笛を吹き鳴らすのをやめて、奴子は歩き出した。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「な………………ロ……。」
 ロクロが負けた。

『捨て身の攻撃とはな。やれやれ、これじゃあ赤字だ。』
 クイーンは自分の服装を確認する。その衣服の半分が消失し、肩と脚が大きく露出していた。
『まあ、お主に負けたら。の話だがな。』
 マスクに隠れた不敵な笑み。
「~~~~~~ッ!!」


 創面がクイーンに背を向けて駆け出す。


(アラ・サー!イイんすか?逃しちゃってー。)
『この狭い空間でどこに逃げるというのだ。……それより。』
 クイーンが下を向く。
 そこには宝箱。
 創面から奪った彼の本来のエプロンと三角巾、そして豆腐屋の笛が入っている。
『こいつを処分してしまおう。手芸者に慣れた道具を使わせるのは危険だ。』
(あらっさっさー♪)


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ――ロクロが負けた。一撃で!
「まずいまずいまずいまずいまずい……ッ!!」
 棚に身を隠し、息を殺す。
「ハァ……何かないか! 道具になるものは……!?」
 ここは半分ホームセンターの体をなしている。
 道具ならたくさんあるが、
 現在。創面の右手は失われ、左手は半壊していた。
「くそォ……。」
 両手は豆腐屋の、手芸者の命だ。

 ――宝箱……データによると、あそこに道具が入っていたはずだ。
 糸巻きとして使える、豆腐屋の笛が。
「なにしてんだ、俺は。」
 あれを口に咥えて戦えば、まだ何とかなったかもしれないのに。
 棚に手芸の道具がないか探したが、既にクイーンが回収した後だった。

 目眩がする。
 落ち着け。バイリンガルの呼吸を整えろ。
 英検による「一撃」を狙え。
「Coooooooooo o o o o o …………」
 例え手足を失おうとも、利用できるものはあるはずだ。
 本物の手芸者なら、それができる。

 ――そうだ。この「エプロン」って……。いつものと変わらないよな……。
 試しに『アゲンスト・トーフ』を使ってみる。
 ……トーフ化した。
 ――さすがに姉貴の能力は付いてないか。
 ロクロ曰く、潜在意識がつくりだしたDPの衣服。
 自然と、愛用のエプロンと三角巾になったのは当然かも知れない。

 ――ひょっとすると。
 何かを思いつく。
 第3回戦の試合。創面は「不動が勝った世界」も幻視した。
 そのときに気づいた。ある共通点。
 ――不動。お前に礼を言わなきゃあいけないかもな……。
 心を落ち着かせ、バイリンガルの呼吸に集中する。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「あの阿野次君は、あきらかにミド君が頭上背後から奇襲をかけて倒せる相手ではないね。」
「あれも次元なんとかのせいだって言うのかい?」
 一∞が質問する。彼女は未だに真野の理論が納得行かないらしい。

「いや……。これはそれとは関係ないかもしれないね。」
 真野は何か別のことを考えている様子で、前方の巨大モニターを見つめている。
「さっきまで、張り付けられていた日谷君の様子がおかしかった。
 阿野次君のとりこぼしたDPが、女神の空間に影響を与えていたのだとすると……。」
 そう言いながら真野は懐から金貨を取り出した。イデアの金貨。

 真野が銀縁眼鏡に手を添え、一∞の方を向く。
「一君、賭けをしないかい? 君が勝ったら、私は君の望む眼鏡を掛けよう。
 私が勝ったら、これから私のする事に協力して欲しい。」
「いいね。やろう。 僕は表で。」
 何の協力かも聞かずに、一∞は承諾した。

 真野がコインを投げる。――裏が出た。

「裏か……仕方ないな。それで、何を協力するんだい?」
「それは道すがら説明しよう。」

 コインを拾い、真野が席をたつ。
 一∞は訝しげにそれについて行った。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 バチィィィンッッ!!

 クイーンの鞭が創面を狙う。
「―――――――――ッ!!」
 隠れている所をクイーンに襲われた。
 回転し、それを避ける。

『さあ、時間をやった分、何かしらの策は練ったのだろうな?』
「Coooooooooooooooo―――――………!」

 あと一度でも攻撃を受ければ、創面は消されてしまう。
 呼吸は乱さない。創面はクイーンに背を向けて、走りだす。
(あれあれ、道具らしいもんは持っておりませんなぁ)
『奴め、道具を持たずに――『英検』の力だけに頼るつもりか?』
 クイーンが鞭をしまい、代わりの道具を取り出す。

 パァァンッ!!

「―――――っ!」
 研ぎ澄まされた呼吸が危険を察知する。間一髪それを避ける創面。
 クイーンはドライヤーのようなもので創面に狙いをつけている。ホームセンターで手に入れたネイルガン。それで釘を発射していた。当然クイーンによって安全装置が外されている。

 パァァンッパァァンッ!!

 クイーンがあらぬ方向へ釘を打ち込む。
 それは商品の木材を破壊し、
 さらに衝撃で棚そのものも創面へと倒れこんだ。
「――――――――――――――――――――――――――――――っ」
 木材の煙が立ち込める。
「oooooooooooooooo………」
 創面はなおも、呼吸を崩さない。
 クイーンが近づく。
『それでその英検だけで、わらわの残りDPを削るつもりか?』
 布を纏うことによって増加したクイーンのDPは、ロクロのそれをはるかに超えている。
「oooooo………」
 パァァンッ!!
 釘が打ち込まれる。
「……。」
 創面は半壊した掌で木材を掴み、それを防いだ。
 木材から顔をのぞかせる。





「――そうだ(Sword:「武力」という意味の英語)。
 既に……バイリンガルの呼吸は完成している。」





『ほう、その程度の英検で「身体」を制御して、一体何になる?』
「……制御するのは、「身体」じゃあない。」

 ざわり、と。創面の身に纏う紺のエプロンが、三角巾が蠢いた。
 ザ…ザ……ザ ザ ザ
 紺色の布地が、創面を包み込む。
『―――――――!?』
「アイツが教えてくれた。「真」の手芸……。」
 ザ…ザザ…ザ…ザ…ザ…
 ロクロは言った。「白王みずき」には手芸の才能があると。
「その才能――理想の形……。」
 ザ…ザ…ザ…ザザザザザザ!!ザザザザザザザザザッ!!!
 みずきはその能力で纏った水を衣服に変えることができる。
 特に第3回戦では、多量の水を取り込むことで、その場で衣装を変化させる様子を見せている――それは「不動の勝った世界」でも同様だ。
 だからこそその様子は、創面の印象に残っていた。
 衣装の変化。必要なのは、潜在意識下でのイメージの創造。

 そして、それこそが「手芸」の到達点。

『――――貴様。DPの衣服をコントロールしているのか……?』
 ザァァ…ザワザワザワ……
≪手足を使わずに、イメージだけで「創造性」を発揮させること……!≫
 創面の全身を、包帯めいた、紺色の手芸者装束が纏う。
 衣服の質量は必ずしもDP量に比例しない。
 それは、ロクロの衣服がエプロンとフンドシのみだったことからも明らかだ。
≪それが、「真」の手芸者の力――!≫




「ハァ…… 最初の「一撃」なら 「そうだ(Sword)」の時点で話っているぜ。
 『英検』による『精神制御』をな。」




『――――――ッ!』
「潜在意識のコントロールなら 俺だっていつもやってるんだよ。
 ――――あの 豆腐馬鹿のせいでなァッ!!」
 パァァンッパァァンッパァァンッッ!!
 吐き出される釘!
「――――シイッッ!(SI:「特に意味は無い掛け声」)」
 創面の右腕にぶち当たる!
『―――――「右腕」……!?』

 その右腕はそもそも失くしたはず。

 創面が左手の指を二本、額に押し当てる。
 ザアァ…
 「右腕」が修復された。
『なるほどな、衣服で作った「義手」というわけか。面白い。』
 衣服に与えられたダメージでは、衣服は消失しない。

「自分で壊す事はできても、他人のものは壊せない。
 これは身体だけじゃあ無くって、衣服でも同じことだろう……ッ!?」
 創面が跳躍する。

『来るか……!』
 クイーンが身構える。
 しかし、創面はそのままクイーンを飛び越える。
『―――――――――ッ!』
 創面の全身から伸びた糸――!
 木材の破片と絡まり、クイーンの頭上から覆いかぶさろうとする……!

 クイーンは即座にそれを回避。

 パァァンッパァァンッパァァンッッ!!

 さらに釘を打ち込む。
「――――シイッッ!(SI:「特に意味は無い掛け声」)」
 創面は右腕でそれをガード!
 強力なネイルガン。しかし不動昭良の射撃には及ばない。
「―――――スタァッッ!!(STER:「特に意味は無い掛け声」)」
 バラリと、腕に打ち込まれた釘をクイーンに向けて投げつける。
 しかし、
『小癪者が――ッ!!』
「――――ッ!!いいいいいっ!?」
 クイーンはそれを意に介さず、創面へ一気に間合いを詰める!
 回避――間に合わない……!!
 クイーンが創面の顔面に狙いをつけ、




 パァァァァンッッ!!




 顔面をガードする創面。生身の残る「左腕」に釘が突き刺さる!
 ――『決まった!!』
 この一撃で創面のDPはゼロ……!!
 しかし、
 創面の「左腕」が身体から 引き離される。
『――――!……』
「豆――(too:「~もまた」という意味の英語)」
≪自分の身体でなければ それは「ダメージ」では無いッ!≫
 ガードの寸前、創面はあらかじめ左腕をトーフ化し、切り離していた。
 手芸者・ロクロの回転技術!身体をひねり≪回転≫させる!


 その左腕は、そのまま包帯のような衣服と共に、バネのように伸び――――




 ――――――――――――――――――――

              ―――――――――――――――――――――――――――



 ――――――クイーンの「手・殺」と書かれた「アキカンヘッド」にぶち当たる――ッ!!


「―――――――腐ッ(hook:「留め金」という意味の英語)!!」
 カァァァァンッ!



 はじき飛ばされるクイーンの本体「アキカンヘッド」
 クイーンとのもじは別個の存在だ。それを分かつ事は「身体損傷」に当たらない。
 クイーンは「ヘッド」にだけ布を纏わせていなかった。
 それはすなわちその「ヘッド」がのもじとは別存在――DP戦略のルールに則さない、空間の主であることを意味していた。
 創面はその違和感に気づき、狙ったのだ。

 ヘッドはカンッと床を跳ね返ると、空間端の深い穴の底へと落ちていった。

「あ、……ありゃりゃ。」

 精神リンクが切れたのもじが、身体の主導権を取り戻した。
 両腕を上げる。釘の弾数はもう残っていなかった。


「えーーっと、投降しまーす。」


「ああ……。なんつうか、 お前も大変だな。」


 ――まあ、良いコンビなのかもしれない。俺たちとは違って。


 斎藤窒素による試合終了の合図が脳内に響き渡る。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「有難う、一君。ここから先は私一人で大丈夫だ。」
「そうかい。」

 真野風火水土と一∞は現在試合参加者ではない。
 大会会場の選手専用の区画。試合の間は、部外者が入ることはできない。
 一∞の『眼鏡サーチ&イリュージョン』を使うことで、
 二人はそこへ侵入することに成功した。

「しかし、真野さんは本当に博打好きだね。」
 一∞が呆れたように呟いた。
「そういう性分なのでね。」
 真野が背を向けて歩き出す。


 無機質な白い通路。真野の足音だけがコツコツ、と響く。
 観葉植物の置かれた交差通路を右に曲がる。
 世界を渡り歩く真野には『戦闘賭博』という二つ名がある。
 これは、いつだって博打勝ちを狙う真野の性分そのものだ。
「さて……。」
 もう一つ曲がり角。真野が足をとめる。


「あいてててて、アラ・サー。いや曲がるから。首が曲がるから。
 だってだって司令塔を失くした私にどう戦えと言うんですかー。
 そもそもあれに勝った所で私にメリットが……あいててて!」


 少女の声が近づく。
 真野が角から勢い良く飛び出す。
「うおっとッ!!」
「うわっ!?」

 ぶつかる二人。
「うわー!え?真野のおじ様っ!?」
 阿野次のもじの足に真野が引っかかる形で倒れ込んでいる。
「これは……何というToLoveる……っ!」
『何を馬鹿な事を言っておる。』
 女王が突っ込む。

「のわああああああああッッ!?い……痛いッ!」
 突然真野が叫びだす。
「え、ええーーっ!?何、どういうこと!?」
 困惑するのもじ。
 苦しむ真野の胸元は、……赤く染まっている。

「あ……ああ。今ので胸ポケットのナイフが、すこし刺さったみたいでね。
 だからまるごしで入れるべきでは無かったのだが……痛てててて。」
「え、えーと、ど、ど、どうしよう?アラ・サー!」
『ええい知るか!落ち着け。自分で何とかせんか!』

「ワ……ワン・ターレンの治療なら、すぐに治るのだが……。」
「あ、そっか。」
 のもじがカードを取り出す。
 それは、試合参加者のみに貸し出されるカードだ。これが無ければ、医者の治療室も、試合場への転送室へも入ることはできない。
 そのカードはのもじの物らしく、可愛らしい髑髏のキーホルダーがついていた。
「す……すまないが、ちょっと貸してはくれないか。」
「どうぞどうぞ!……あいや、そこまで送りましょっか?」
「いや大丈夫だ。すまないね阿野次君。君は受付で試合後の手続きが必要だろう?行ってきたまえ。」
 真野が立ち上がる。

『おいコラ ToLoveる娘! 何を勝手に貸してるんだ。 そのまま盗まれたらどうする!?』
「別に自分たちの物でも無いし、いいんじゃないッスか?」
『……。』
 女王としても、著名な物理学者である真野との接点はあったほうが良かった。いずれは彼女も宇宙へ帰るのだから。
 カードには通信機が付いている。落としてもそれで発見できるし、会場から外へ持ち出すこともできない。

 それよりも、真野がカードを返しに来た時にお茶に誘えないかどうか。のもじは考えていた。
「やっぱり渋いなあ、真野のおじ様!掛けてる眼鏡も似合ってるぅ☆」
『まったく 疲れる小娘だ。お主は。』
 厄介な少女と融合してしまったものだ。と女王はため息をついた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 日谷創面は試合終了後、倒れこんでしまった。
 ワン・ターレンによっていつの間にか治療を受けた創面は、控え室でロクロの声を聴いた。

『アァー、めんどくせェ試合だったぜ。さっさと帰って豆腐でも食おうぜェ!ソメン。』
「ちくしょう……!消えたと思ったのに、お前。
 ていうか何だその態度。裏切ろうとしたくせに!!この豆腐馬鹿!豆腐脳!豆腐ぼけ!」

『最終的には協力したろうが。オラ、さっさと帰るぞ。』

「……いやあのな、悪いが俺はまだ帰らないぞ。」
『アァー?』

「不動昭良を探す。」
『ア、アァー!??』

「せっかく修行して強くなったと思ったのに、転校生化とか。
 ふざけるなよ、アイツ……。 これじゃあいつまで経っても、俺が勝てないじゃねえか!」

『オイオイお前ェ。』

「人生には「機会」があるといったな、ロクロ。
 俺がアイツと会ったのも、逃しちゃいけない「機会」だったはずだ。先生も、俺たち手芸者も、魔人公安には追われる身だ。アイツの力になれるのは、俺たちしかいない。」

『はあ……ソメン。お前、何考えてんだ? いやたぶん、何も考えてないんだろうが。』
 実際には不動昭良は公安に追われていないが、創面は知らない。

 姉が転校生化するかもしれないと聞いたときの喪失感。
 創面は、不動の状況を他人ごととは思えない。

「そして、アイツの転校生化を解除させる。女王のもじにDPを吸わせるとか、何かきっと方法があるはずだ。魔人能力ってのは色んな可能性があるんだって、この大会でわかった。」

 やっぱり何も考えていないんだな。とロクロは脳内でため息をついた。

『だったらまずは、白王みずきの所へ行くのか?』
「へ?」
『不動昭良がどこへ行ったのか。
 訊くとしたらまずはソイツだろうが!こンのヌードルバカめがッ……!』
「なるほど。」

 創面が立ち上がった。
 やはり面倒な奴に取り憑いてしまったものだと、ロクロは肩を落とした。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 のもじがついて来た場合、走ってでも撒こうと考えていた真野だが、その必要は無かった。
 真野はワン・ターレンの部屋を通り過ぎると、廊下の奥へと進む。
 「対戦者・阿野次のもじ様」と書かれた扉の前に立った。
 カードを差し込み、そこへ入る。

 青く発光する上下に取り付けられた円盤装置。
 大会専用に作られた転送装置。これを使うことで、女神によって作成されたMAPに移動できる。さらに、試合終了後MAPのどこからでも自動的に転送を行うことも出来る。
 装置が光っているということは、未だ「ホームセンター」のMAPが存在しているということ。

「間に合ったみたいだな……。」

 女王のもじがロクロから奪い取ったDP。過剰なそれは、回収しきれずに空間に散らばった。日谷創面がおかしな幻覚をみた原因だ。

 真野は懐から血糊の付いた金貨を取り出す。

 真野の『イデアの金貨』は、コインの裏表を操作する副次効果として、一瞬だけ『理想の世界』を実現させることが出来る。ミドの心の「油断」を誘ったり、自分の記憶を「消す」こともできる。ただし、物理的には有り得る事しか起こせない。
 しかし「次元交差」の起こる女神の空間では、真野が「望む世界」へ偶然ワープしてしまうことも、物理的に有り得ることだ。
 例えば真野が「大会で優勝した世界」へ行くことも、可能である。

「これぞ、最強の盤外戦術ってやつかな?」

 真野としては大会の優勝よりも、学者としての興味が強かった。『理想の世界』の完全なる実現。それは一体、どんな世界だろうか。
 カードを棚に置く。そこには大きな鏡が取り付けられていた。
 ふと、その鏡を見る。
「あ。」
 真野が声をあげ、それに気がついた。
「  やられた。 」
 眼鏡に手をかける。


 取り外した眼鏡は……赤縁だ。 銀縁では無い。


 ここへ来る途中、一∞によっていつの間にかすり替えられていたらしい。
「やれやれ。取り返さないといけないな。それに……。」
 真野がカードを取り直す。
「やはり借りた物を返さないのは、よろしく無い。か。」
 振り返り、扉を開ける。
「またの「機会」にしておくとしよう。」
 だがもはや、そんな機会は無いだろう。
 完全な理想の世界では、博打も打てなくなってしまう。
 やはり真野はこの世界を受け入れることにした。


 試合の勝敗も、哀れな少年が転校生化したことも。
 起きた事は仕方がない。これからのことを考えよう。
 この大会で出会った人たちは、全員が前向きだった。


「ああそうだ。以前思いついた。……「眼鏡三原則」
 これは、彼女との取引につかえるかもしれないな。」

 真野が廊下を行く。

「しかし、私は一体いつ、これを思いついたんだったかな……。」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


<了>


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最終更新:2011年11月22日 01:01