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 ざわ……ざわ……。
「く、うぅぅ……! な、なんだ……なんだっていうんだ……!?」
 ――こんな麻雀があるというのか!
 とある雀荘の雀卓の1つ。南瀬弘市は牌を流し込みながら視界がぐにゃあと歪むのを感じていた。
 卓の引き出しを開けると、そこにあるのはたった1本の千点棒。……これが、今の彼の持ち点だ。
 負け組に妬まれる魔人能力を持つ彼だが、むしろ今の彼が負け組に相応しいといって差し支えない。
「けっこウ、頑張った方じゃないかナ~」
「いあ~いあ~」
 目の前の化け物が何か言っていた。
 片や少女、方や宇宙イソギンチャク。成る程、確かに後者は化け物と呼ぶのに相応しいだろう。
 だが今までの対局を経て、弘市は少女――熊野ミーコこそ真の化け物と理解していた。
「ふふフ~、今頃セリヌンティウスさんはどうなってるのだろうネ~」
「いあっい~あ~」
 ミーコに声をかけられたもう1人の玄人――メロスは何も言わない。
 ……いや、むしろ何か言える状況なのか?
 メロスの点棒はつい先程のミーコの上がりで吹き飛んだ。ハコテンというやつだ。
 それと同時にメロスの顔から生気が消え失せ、今や彼は「あ~あ~」と呟きながらツモを切るだけの肉塊へと化していた。
 通常、誰かの点棒が無くなればそこで対局は終わるが、今回はそうではない。3人がハコになるまで対局が続くルールであり、先に点が無くなった者はツモ切りしか許されなくなる。
 ――それにしたって、なんなんだこの強さは……!?
 凄まじい速さでメロスを飛ばしたミーコの打ち方に、弘市は戦慄する。
 速い。それだけでなく、十分高い役を絡めてくるのだ……!
「魔人能力は封じたはずのに……!」
 彼らが打っている卓はあらゆるイカサマを封じる全自動卓である。
 また弘市の優れた記憶力はミーコが得意とするステルス能力によるすり替えを許さない。だというのに――!
「ンー、違うナ~。やっぱり麻雀ってのは魔人能力だけじゃ決まらないからネ。大事なのは腕とツキだヨ」
「てけり・り!」
 ……白々しい!
 腕もツキもあるだろう。だが、何より恐ろしいのはミーコとヰ・ソノ君がコンビで打っていることだろう。
 おヒキのヰ・ソノ君の的確なサポートが、ミーコの凶悪な攻めを成立させているのだ……!
 それに加えて、宇宙パワーを操るミーコの巫女力! これが圧倒的な流れを彼女に呼び込んでいるのが大きい。
「むふフ、逃げたイ? やめたイ? 終わりたイ? だけどそれハ――」
「いあ~!」
 分かる。南瀬弘市には戦いを放棄して逃げる事は許されない。それが化け物と打つということ――!
 今の彼にはどこからか乱入した少女と男が雀荘内で激しい戦いを繰り広げていることすらも、些細なことであった。
 戦っている男が裂帛と共に少女を蹴り飛ばす!
「To me call me!!(『俺の名前を言ってみろ』という意味の英語)」

 その時、弘市に電流が走る。

 ……そうだ、「to me call me」――積み込み。やれるか? この全自動卓で……!
 いや、やれるか、ではない。やらなくては――勝てない!
 幸い、この卓の内部構造などは全て記憶している……! 後はどのタイミングでどこに牌を落とせばいいのか、上手くやるだけ……!
「俺は……必ず生きて帰る……!」
 1人の男が、雀鬼へと変貌しようとしていた――。


 戦いを続ける鞘と池松。
 どちらの攻撃か、あるいは相打ちか。とにかく、2人は雪崩れ込むようにある部屋に突入した。
 床を転がることで衝撃を消して、即座に起き上がって構えを取る2人。
 何度目かの激突を望んで、床を蹴ろうとしたその瞬間――2人は辺りに響く水音に気付いた。
「あぁ……! 姉さん、もっと! もっとお願い……!」
「ゴモラはここが弱いのよね……?」
「そう、そこだよ姉さん!」
 ぐちゅぐちょ。ぬるくちゃ。ずちゅるれろ。
 ソドムとゴモラ。触手の姉弟が愛のままに、欲望のままに絡み合っていた。
 愛し合う姉弟は乱入者の事を一切気にも留めず――いや、2人の世界に入ってるせいでそもそも気付いてすらないのかもしれない。
 淫猥な音と臭いが周辺を満たす……!
 ――次に言葉を発したのはどちらだったか。
 よそで戦ろうという提案に、一もニもなく合意し、そそくさと部屋を出るのであった。
「姉さん! イク、いっちゃうよぉぉぉ!」
「んん、私も……限界――!」


 医死仮面は闇の中を駆け抜けていた。
 小さくしかし眩い煌きが瞬いかと思うと、風切り音と共に医死仮面の手から何かが放たれた。
 直後、同じく闇を走る別の何者かがうめき声と共に息絶えた。
「……ふん、この程度か」
 超一流の殺し屋であり医者でもある医死仮面であれば、わざわざ駆け寄るまでもなく追っ手の死を確認できる。
 足を一切止めずに医死仮面はメスの在庫を冷静に計算していく。
 ……もうあまり余裕は無いな。そうなると、無駄撃ちはできんか。
 暗殺の基本は先手を取っての一撃必殺。それを最も簡単に成し遂げることができるのがメスを使っての射撃だ。
 ――敵に攻撃の機会を許す接近戦はなんだかんだで危険だからな。
 今の追っ手程度であれば、たとえ接近戦だろうと容易く撃破できるだろうと判断していた。
 しかし、それでも。リスクは最小限に抑えなければいけない。一撃でも手傷を貰えばそれが後の戦いにどれだけ影響を与える事になるか。
「チッ――!」
 そうこうしているうちに、組織の追っ手である暗殺者が新たに複数近づいているのを感知した。
 多数を同時に相手しなくてはならないとなればやや面倒だ。
 ……さて、どう立ち回るべきか。
 医死仮面が思案し始めたその時だ。
「殲滅ッ!!(send-mets:『殲滅』という意味の英語)」
 突如放たれた英語が暗殺者達を一掃したのだ――!
「な……!?」
 勿論、この英語の使い手を医死仮面は知っている。
池松叢雲……! 何故ここに!?」
「あぁ。ちょっと意志乃にここまで吹き飛ばされてな――怪しき殺人鬼を見かけたので掃除した(saws-is-eat:『掃除した』という意味の英語)」
 池松曰く、戦闘中に暗殺者を見かけたのでとりあえず倒しておいたということらしい。
「……なんと破天荒な」
「――どうも友人が困ってるような雰囲気だったのでな」
 ――友人。
 目の前の男は、俺を友人と呼んでくれるのか……!?
 池松の言葉に医死仮面は動揺する、がすぐに引き締まる。
「――こいつは」
 分かる。今までとは格が違う暗殺者が近づいてきてるということが。
 ようやく自分を抹殺するために組織も本腰を入れ始めたということだろうか。
 池松も暗殺者の存在に気付いたのだろうか。仮面越しに視線を寄越す。
「……手伝うか?(test-dawt-cut:『手伝いましょうか』という意味の英語)」
 その申し出に――医死仮面はしかし首を横に振る。
「これは……俺への試練。俺が乗り越えなければいけない戦い。そして――」
 ――俺の戦いだ。
 闇の住人が闇と決別し、光の当たる場所に行く為に必要な戦い。
 それは自分の手で成し遂げなければならない。――医死仮面が、自分と友人に誇る為にも。
「……お前にもあるのだろう? 自分の戦いが」
 医死仮面に言われ、池松は空を見上げる。
 そこには、池松を追いかけてきた鞘が空中で待機していた。空気を読んで待っていたのだろうか?
「――そうだな」
 池松は地を蹴り、鞘との戦いの場へと戻る。
 それを見届け、医死仮面もまた己の戦いの場へと向かうのであった。


 鞘と池松は各地を転々としながら戦い続けていた。
 そんな2人を追いかける少女が2人――いや、正しくは1人の少女がもう1人を無理矢理連れまわしているといったところか。
「ほら、急ぐんだ漣ちゃん! 君のイメージが発動するまで、そう時間の猶予は無い――!」
「……やる気、出ないなぁ」
「む、なら僕が君をお姫様抱っこして連れていこうか――。ふふ、貧乳眼鏡美少女を胸に抱いて、僕は我慢できるだろうか……!」
「走る! はーしーりーまーすー!」
 眼鏡を愛し眼鏡に愛された眼鏡が似合う美少女の名は一∞。そして∞に振り回されている貧乳美少女が小波漣だ。
 彼女はある目的の為、漣を連れて鞘達を追い掛け回していたのだ。
 現在、鞘と池松は彼女らの目の前で激しい戦いを繰り広げている。そう、∞の目的を達成する絶好のチャンスである――!
「漣ちゃん、君のイメージは!?」
「57……58……59……発動します!」
 漣がイメージしてから20分が経った。これにより、彼女の能力『勝利へのイメージ』が発動する。
 それと同時に突風が吹き、辺りの砂を巻き上げ始めた。低気圧が発生していた為、このような風はいつ起こってもおかしくない。故に漣のイメージの為に風が起きたのだ。
「――む」
 突然の砂煙。これを嫌い、鞘は白衣の内側へと手を突っ込むと……伊達眼鏡を取り出し、かけた。少しでも目を保護する為だ。
 眼鏡に貴賎はない。たとえ伊達だとしても、美少女が眼鏡をかけるのであれば∞が喜ばない道理は無い。
「よし! まずは第一段階として鞘ちゃんはクリアー……! 次は池松氏だ――!」
 眼鏡をかけた者同士の最終決戦……。それこそが∞の望んだ絵である。
 その第一歩である鞘の眼鏡装着は果たされた。あとは池松がつければ……!
「――」
 だが、当然と言うべきか。
 目の周辺を保護する仮面をつけている池松が、この状況で眼鏡をつける筈がなかった。
「何故……何故だ……!?」
「えっ、そこ驚くとこなんですか……?」
 がくりと膝をつく∞を気にする事なく、鞘と池松が再び拳を交わし始める。
 打撃、回避、反撃、受け、追撃、直撃、捨て身、相打ち――!
 激しい戦いの中、ついに鞘の拳が池松の顔面を捕らえた。
「うおおおおおお!!!」
「愚ッ!?(good:『良い』という意味の英語)」
 仮面に罅が入り……そして、真っ二つに割れた。
「あぁ、そんな!?」
 晒される池松の素顔。やはり……というべきか、眼鏡をかけていなかった。地面に膝をついてあからさまに落胆する∞。
 ――というか、準決勝の時点でかけてなかったと思いますけど。
 そう心の中で呟く漣。恐らく∞は脳内で都合のいいように解釈を捻じ曲げていたのだろう。だから口には出さない。面倒だし。
 そんな心中を知ってか知らずか、∞は蓮に自分の眼鏡ストックのうちの1つを渡す。
「だが、それでも……君なら……君のイメージなら……!」
「えー、と……。……はぁ、やればいいんですよね……」
 受け取った眼鏡を、えーいと適当な掛け声と共に放り投げる。眼鏡は放物線を描いて、池松のもとへ――。
「無ンッ!(moon:『月』という意味の英語)」
 鞘へと連打を放ちながら、池松は突如飛来してきた眼鏡について判断を迫られていた。
 ちょうど顔に当たるように飛んできた眼鏡。顔に直撃するのは勿論、顔を動かして避けるのも隙が生まれかねない。
 ならば、と池松が出した結論。それは、最小限の顔の動きで眼鏡をかけてしまうことだ――!
 こうして、眼鏡をかけた池松と鞘が戦うという絵が完成した。
「――素晴らしい! 素晴らしいよ漣ちゃん! 君は最高だ!」
「……は、はぁ、どうも」
「君さえいれば僕の全人類眼鏡っこの夢は叶うと言っても過言ではない! さぁ、手を結ぼうじゃないか……!」
「え、えぇー!?」
 しつこく漣を勧誘する∞なのであった。


 ちなみに。鞘と池松の眼鏡は、激戦の影響で結局この後外れてしまうことを記述しておく。


 激戦を続ける2人が次に突っ込んだのは――オカマバー『カーマラ』。
「え、ちょっ何よこれ……!?」
 中継は見ていたので、こうなった経緯は分かる。しかし、何故こうもピンポイントに突っ込んでくるのか。
 営業中だったこともあり、バロネス夜渡としては突然の乱入者に怒りを隠しきれない。
「戦るなら外でやりなさいよ! 店が滅茶苦茶になるでしょうが!」
「うおおおおおお!!」
「我ッ!!(guts:『腸』という意味の英語)」
「聞いちゃいねぇな、テメェラ……!!」
 それどころか、店内の客ももっとやれと煽るばかりだ。これだから酔っ払いは手に負えない。
「こうなったらトーナメントも糞も関係ねぇ! 実力で排除してやるよ!!」
 ブチぎれたバロネスがナイフで自分の掌を傷つけ、辺りに血液をぶちまける。
「『ブラディ・シージ』一本入りまーす!」
「げ、血かかったぞ俺……!?」
 どたばたぎゃーぎゃー。客も巻き込んでの大乱闘が始まってしまった。
 その喧騒が耳障りだったのか。店の隅っこで寝息を立てていた裸繰埜闇裂練道が目を覚ました。
「……む、これは」
 いつの間にか目の前で展開されている大乱闘。
 バロネスが暴れているだけでなく、決勝を戦っている筈の池松と鞘がここにいる理由も練道には分からない。
「だが――面白い」
 このような絶好の機会を逃してたまるものか。
 大乱闘は超乱闘へと化していく――!


「……はぁ、ようやく追い出すことができたけど。ユキノイベントめ、覚悟しなさいよ!」
「――血が滾ったまま、落ち着かんな。一戦、やるか?」
「え、夜のベッドで!?」
「……」


 ――そして。
 各地で転戦を続けていた2人は、再びユキノドームへと戻ることになる。
「はぁ……はぁ……!」
「くっ……!」
 超人的な戦いの末、双方共に肉体の限界を超えるダメージを負っていた。
 いまや彼らを支えているのは、やはり超人的な精神力……!
 この先の戦い、心が折れた方が負ける――!
 ――負けはしない!
 池松は、乱れる呼吸を英語の発声で整えていく。さすが英検有段者というべきか、ふらふらな体でも発音は素晴らしいものであった。
 ……俺は、まだ至高の一撃に……究極の一撃に届いていない……!
 一撃。一撃一撃一撃一撃。
 真の一撃必殺とは全てを終わらせる一撃。今まで自分が放った攻撃ではそれに程遠い。
 何故なら、
 ――やつは、まだ立っている……!
 目の前に立ちはだかる強敵――意志乃鞘
 武闘の技術であれば、自分に大きく劣る少女。それ以外にも基本スペックでは明らかに自分の方が上だろう。
 ……しかし、まだ倒せていない。
 超強力なヒーロー補正がかかっているせいというのもあるのだろう。
 だが、それ以上に……心が強い。精神の強さ――それこそがまさにヒーロー的といえる。
 ――最強窮極の一撃でなければその心は粉砕できまい。
 いいだろう。その一撃こそが自分の求めた一撃。目の前の少女を倒すことさえできれば、一撃は完成する――!
「俺は……今まで何を得た?」
 これまでの戦いを思い出す。闘うごとに得るものがあった。今までとは違う力の使い方を覚えた。
 そして――
「『回転』――!(kind-temple:『回転』という意味の英語)」
 教え子に教わった新たな力――!
 自分から見ればまだまだ未熟な少年――日谷創面。
 しかし、彼と手を合わせたことはまったくの無駄ではなかった。いや、収穫があったという意味では一番の糧となったといってもいい。
「教えるつもりが教えられていた――これがbondsか」
 回転回転回転回転回転!
 一撃一撃一撃一撃一撃!
 一撃の力を己の体に巡回させる。回転することで強力になった一撃は、更に回転を繰り返すことで2倍、4倍、8倍へと膨れ上がる――!
 ここに来て池松の『統一躯』は更なる進化を遂げる。
 己の肉体と精神を己の意のままに制御する能力。この力により、己の体と精神を『一撃』を放つ為の体へと作り変えていく――!
 そう! 今や池松叢雲は存在そのものが『一撃』の化身となっているのだ。
「一撃!!」


「あれは……ちょっとやばいんじゃないか?」
 観客席で試合を観戦していた糺礼は厳しい顔をしながらパイポを揺らしていた。頬を伝う汗から彼女の焦りがよく分かる。
 彼女の視線の先。『一撃』の化身となった池松が力を溜めている――それだけで大気と地面が大きく震えていた。
 力を溜めただけでこれなのだ。一撃が放たれたらどうなるか分かったものではない。
「意志乃……お前にあれがどうにかできるのか……?」
「おっと、やっぱり姉御のことが心配なのかい? へへっ、オッケーじゃ――」
「――んなわけあるか」
 隣に座る灰堂四空が茶化すように言い切る前に、その顔面に裏拳を叩き込んでおく。
「っつぅ!? あんた容赦ないな!?」
「容赦する魔人公安がいれば教えてほしいものだ」
 ――そうだ、私は魔人公安だ。
 魔人を憎み、魔人を殺す魔人――それが私だった筈。
 しかし、と礼は首を横に振る。
 ……どうにもブレているな。
 今の自分がその苛烈さを保っているかといえば……首を傾げざるを得ない。
 どうして、こうなってしまったのか。……なんとなく、理由は分かる。
 ――だが、認めるわけにはいかないだろう!?
 自分の人生を破壊した魔人への憎悪。自身の存在意義と言ってもいい。それを、全てを――
「……あいつとのやり取りが心地いいだなんて。それで揺らぐなんて有り得る筈が――」
「――オッケーだと思うぜ」
 ……な、に?
 声の主――四空の方へと振り向けば、さっきのような茶化す雰囲気は無く、真剣な顔がそこにあった。
「俺もよ、人に振り回される性質だからさ、なんとなくあんたの気持ちは分かる。自分は振り回されてるだけ……こんなの本当は望んでねぇ、ってな?」
「……」
「けどな。本当に嫌だったら離れるのは簡単だよ。俺ぁ……なんだかんだで芯がある男のつもりだからな。あんたはどうだい?」
「……」
「オッケー、沈黙は肯定と取るぜ。離れようと思えない事に気づいたらあとは簡単だ。――自分の本当の心と向き合えばそれでいい」
「――けど、私は……私はどうすればいい……!? 魔人への憎しみを――今までの私を捨てろというのか!?」
「オッケーじゃねぇな」
 灰堂四空がサングラスを外す――初めて見る、寂しそうな目。
「あんたも知ってるだろ? 俺の身に起きた事件をよ」
「……あぁ」
「俺も世界を恨み壊そうと――憎悪に身を任せそうになっちまった。何故俺がこんな目に遭うんだ、ってな」
 けどよ。
「事件の直後は見えなかった目が再び見えるようになった時――改めて世界を見た時。俺は思ったんだ」
 ――世界ってのは美しいもんだな。
「ってな。……そして俺は改めて気付いたんだ。俺が憎むべきは世界じゃねぇ。俺をこんな目に遭わせたやつらだけだ――」
 四空がサングラスをかけ直す。
「あんたは俺と違う奇麗な目を持ってるんだ。その目で世界を見直してみろよ。糞ったれなとこもあるけど――オッケーなこの世界をな」
 四空の言葉を受けて、礼は……改めて自分の心と向き合う。
 魔人はやはり憎い。だが、この憎しみは……誰に向けるべきなのか。
 そして、間違った憎しみのせいで――大切なものを失っていいのか……?
「私は……どうすればいい……!?」
「オッケー、簡単なことだ。――素直に、思ったことを言ってやればいい」
 後押しするように、四空が背を叩く。
 礼は立ち上がり――声を張り上げた。
「負けるなぁぁー!! 意志乃ぉぉぉぉ!!!!」


「――その言葉だけで百人力、いや千人力だ!!」
 鞘は自分の体に力が漲るのを感じる。
 礼の声援がヒーロー補正を最大に――いや、例えヒーロー補正が無かったとしても! あの応援を受けて力が出ないはずがない!
 ――あぁ、負ける気はしない!!
 鞘は、池松の『一撃』に真正面から挑む!
 池松から放たれる『叢雲の一撃』――!
 そして、鞘の『ヒーロー』が激突する――!


「 須 佐 之 男 (super sacral Noah over:『聖なるノアを超える超絶の一撃を』という意味の英語)」

「 THE HERO !!」


 ……あぁ。
 妙な浮遊感を感じる。
 これは――意識がはっきりしてない時の感覚によく似ているな。
 寝起きとか、重い病にかかった時とか……そうだ。あの浮遊感だ。
 では……今の私はどうなっているんだ?
 ――そうだ。確か、私は池松氏と最後の攻撃をぶつけ合った。
 今こうして意識がふわふわしてるという事は……私は負けたのか?
 ……そうなのかな。
 そうかも、しれないな。
 ――あぁ、すごく……眠い。



 …。




 ……。




 …………。




 ………………?




 ――――歌が、聞こえる?


 激突した鞘と池松。最強の攻撃を放った両者は共に地に倒れ伏していた。
 審判である結昨日司からのコールは無い。つまり……この状況で立った者が勝つ。
「――起きろよ! 先生! あんたの英語は……そんなもんじゃねぇだろ!?」
 観客席からの呼びかけ。少年――創面のものだ。
 それが届いたのか。池松の指がぴくりと動く。
 このままだと、先に立つのは……池松。
「ふざけるな……! 意志乃! お前は、お前は……ヒーローなんだろ!?」
「糺の姉御……」
「いいだろう。なら、私が、この私が――歌ってやる! だから、立てえぇぇぇぇ!!!!」
 糺礼が、歌う。
 彼女には似合わないヒーローソングを。
 しかし、心を込めて――力強く!



 そして、立ち上がったのは――。
「――なかなか、熱い歌じゃないか、礼君!」
 意志乃鞘!!

 同時に、司の勝者を決めるコールが会場に響いた。


最終更新:2011年11月26日 01:02