とりあえずキャラ再編の
テストも兼ねて暫定的に記事を立ち上げました。(by
柑橘類の人)
注意
この記事には
Great New Onesの重大なネタバレかつその核心に触れる記述が含まれています。
そのため人によってはかなり衝撃的な内容かもしれません。
それでも読みますか?
本当にいいんですね?
こうかいしませんね?
↓それではどうぞ
【Great New Onesの誕生と繁栄に関するプロローグの全貌】
遠い昔、遥か彼方の銀河系でヤデト人という種族が首都惑星ヤデトを中心として高度な文明を築き上げた。
彼等は有史以来常に惑星ヤデトの中では最強の種族として君臨しており、それどころか宇宙探索時代以降は数ある宇宙人勢力の中でも特に有力な列強勢力の一つとして名が知られていた。
勿論実際には二度の世界大戦を始めとした大規模な戦争や騒動も多数あったが、それでも「殖民惑星の文明化」等といった対策を積極的に行うことで自ら築き上げた文明を維持してきた。
そして長年の月日が経って圏内のグローバル化も一段落しつつあったところで、彼等はついに「不死や至福の獲得を通した上での自己超越」という壮大な目標の実現を模索し始めたのであった。
そんなヤデト文明の全盛期とも言うべき時代に、ヤデト文明からの脱却を図ろうとする一組の男女バディがストロンティアにいた。その彼等こそが「希武(のぞむ/Nozomu)」と「ソフィ/Sophy」である。
まず、希武氏はストロンティアの大学に通っているヤデト人男子学生であり、卒業後の進路先として生命科学者を志望していた。
何故なら彼はヤデト文明圏の腐敗っぷりを実生活レベルで何度も目撃した経験から「全ての苦痛を生まれる前に消し去る」ことが
生ける者全ての為になると考えており、その夢を実現させる為には生命科学の分野で偉大な功績を残すことが最適だと判断したからだ。
そんな経緯もあってか意欲的で負けず嫌いな性格の割には困った人をほっとけない優しい一面もあったようだ。
しかしながらその後彼は勉強や交流を重ねるにつれて次第に自らが叶えようとしている夢に疑問を感じるようになっていった。
と言うのも先述の考えは確かに「不死や至福の獲得を通した上での自己超越」というヤデト人の次なる壮大な目標と整合するものではあったが、
人生の苦楽が表裏一体の存在であることを踏まえると実は一歩間違えれば生気を失う、つまり虚無に陥る恐れがある考えでもあったのだ。
ましてやその虚無に陥る恐れがある対象物が生ける者全てとなれば、仮に彼が将来生命科学者に就職して先述の考えに関する偉大な功績を残せたとしても、
その功績の恩恵を真に享受出来るのは有史以来弱肉強食が世の常であったヤデト人社会を掌握している極少数の支配階級に限られるのは想像に難くないであろう。
それに加えて彼は先述の負けず嫌いな性格と無謀過ぎる夢を持っていることが原因で自身を敵対視する学生達と衝突することが多かった。
特にある同学年の男子学生から反出生主義者への道を強要された時には自らの存在意義すら全否定されたような不快感を覚えていたという。
当然ながらそんな彼が自身を敵対視する学生と度々衝突を繰り返している様子を大学教員達や学生就職指導員達が見過ごすわけがなく、
中には「そんな夢が叶うとすればヤデト人社会の息の根を止めることにも繋がりかねない」と彼の行く末を危惧する者も存在していた。
以上のことから彼は学習成績こそ決して悪くはなかったものの、肝心の進路状況に関しては負け組もいいところなのが現実であった。
一方、ソフィ氏はストロンティアの各地で活動していた生命創造チーム(※以下、「生命創造チーム」と表記)が数々の超技術を
駆使して創り出した人造生命体の子孫の一人で、高校生並みの体格でありながらヤデト人を軽く超える戦闘力を有していた。
言わば彼女は生体兵器の要素を兼ね備えた機械生命体みたいなものであるが、その生態はヤデト人と競合しない環境で育ったこと以外は心身共に人間の延長線上と言っても過言では無かった。
こう言うと彼女が一体何者なのかが分からなくなる人が続出するだろうが、実はそれにはヤデト文明圏の構成国家群が二度目の世界大戦後に締結した平和条約が大きく関わっているのだ。
その内容の一部を具体的に述べると、二度目の世界大戦では主要参戦国の殆どが大量破壊兵器を不断に使用したせいで国土が軒並み焼け野原と化した為、
その反省として条約締結国が果たすべき義務の一つに大量破壊兵器の開発・生産・貯蔵・拡散及び使用の原則禁止と廃棄処理を行うことが明記されている。
当然ながら先述の平和条約で明記された大量破壊兵器の中には生体兵器も含まれているので、そのままだと生体兵器並みの戦闘力を有する存在を創り出せないのだ。
そこで生命創造チームは「普段は何気無い日常を過ごし、有事の時だけ生体兵器並みの性能を発揮する機械生命体(※以下、「バイオイド/Bioid」と表記)」を創造することを決意した。
早い話が平和条約の厳しい規制を逆手にとって「生体兵器を日常にもすんなりと溶け込める程度にマイルド調整する」という形で平和的に利用しようと思ったのである。
誤解のないように付け加えておくと、二度目の世界大戦で実際に使われた生体兵器はその殆どが非人型で、むしろ軍事分野においては人型兵器こそ邪道だという認識が一般的であった。
それを裏付ける証拠の一つとして戦時中にとある軍事開発チームが人型兵器の開発に乗り出そうとした途端に、戦争の現実を熟知していた司令部から
「技術・運用・コスト全ての面で難がある人型兵器を戦争に導入する必要性は無い」と指摘されたことを受けて泣く泣く断念したという逸話が存在している。
また先述の生命創造チームが考えたアイデアはあくまで「軍事技術の平和利用」という最先端技術分野においてよく見られる現象の延長線上であり、それ自体は何ら悪いことではない。
ただそれらを差し引いても当時のヤデト人は自身が宇宙文明における列強勢力の一族であることに大変な誇りを持っていたのも確かである。
それ故に彼等は自分達よりも遥かに優れた被造物が我が物顔で振る舞う危険性を孕む考えを良しとしない傾向が極めて強かったのだろう。
逆に言えば生命創造チームはそんな当時宇宙文明の列強勢力の一つとして君臨していたヤデト人の否定的な世論を払拭する為にバイオイドの創造に取り組んだのだ。
ちなみに生命創造チームがバイオイドを創造する為の設計として採用した項目の一部がこちら。
・生命体としての多様性や汎用性を確保する為、なるべく多くの体型を用意すること
・超人工頭脳を主体とした制御システムや有機的パワートレーン、内骨格フレーム等を基盤とすること
・雄ヘテロ型の性決定に基づく離巣型の胎生プリンタで人工生産施設を必要としない繁殖を実現すること
・以上の三項目を厳守した上で万が一の時に生体兵器並みの戦闘力を絞り出すように改良すること
勿論、当時のヤデト人社会で暮らしている者に前述の四項目を全て満たす被造物は存在していない。
更によく考えると先程述べた創造設計はヤデト人社会を脅威から守ることを意図したものとなっており、決して文明崩壊を助長する考え方ではないことがよく解る。
つまりヤデト文明が崩壊した今だからこそ言えるが、当時のヤデト人社会でも「弱肉強食からの脱却」や「異種族との共存」を訴えかける者は一定数存在していたのだ。
ところがその一方で生命創造チームはその性質上常に倫理的な問題が付き纏う分野を取り扱っていることから、世界各地の国際機関の監視下に置かれていた。
この特殊な組織形態が歯止めをかけていた為に、彼等はヤデト人社会とは異なった生活環境でバイオイドを育成しなければならなかった。
その結果生命創造チームが生み出したバイオイドは当初の目的を全て満たしながら更なるポテンシャルを与えることに成功していたにも関わらず、
先述の生活環境下で育てられた影響によりヤデト人社会の全体像を知る機会がなく、実質的に「生体兵器の代替物」以外の存在意義を見出せない状態が長らく続いた。
そんな彼等が自ら置かれている状況にしばしば不満を感じていた様子を見た飼養管理士達がどれほどの苦労を重ねて対応していたのかは今更言うまでもないであろう。
そう、バイオイドは生まれた時点で既にヤデト人の家畜として酷使される運命であり、ソフィ氏もその運命から逃れられない日々を過ごしていたのだ。
無謀過ぎる夢のせいで就活に難を示していた希武氏と、ヤデト人の家畜という運命に囚われていたソフィ氏。
二人は生い立ちこそまるで大違いだが、共にヤデト文明圏においてはまさに不遇の立場に置かれていたのである。
そんな二人に転機が訪れたのはとある夏休みの日、希武氏が今の自分自身を見つめ直すことも兼ねて世界各地を回りながら研究する旅に出ていた時のこと。
この頃彼は大学卒業まであと1年足らずという節目を迎えており、今のうちに就活で大苦戦している現状を打破しないとまずいという危機感で一杯だった。
何しろ彼が当初叶えたいと思っていた「全ての苦痛を生まれる前に消し去る」という夢を実現させるにはただ大学と家を往復するだけでは到底力不足で、
それこそ夏休みを始めとした長期休暇の間に数ヶ国以上の海外滞在を経験した上で自分なりの人生哲学を示す必要があったのだ。
その上彼は生命科学者を志望していた関係でここ最近は研究の毎日に明け暮れており、まともな長期休暇などとても望めそうにない状況に置かれていた。
こういった事情から、彼は学年末に自身が大学卒業後に叶えたい夢の取り扱いに困っていた大学教員達や学生就職指導員達から、
「ならば夏休み中に海外研究を経験したらどうか?」というアドバイスを頂いた上で先述の世界各地を回りながら研究する旅に出たのである。
しかしながら一時的だとは言え自分の故郷とは違った文化圏に属している地域での研究はいつも以上に大変で、
時には一歩間違えれば洒落にならないトラブルを起こしたのが原因で途方に暮れてしまう場面も多々あった。
そして海外研究の旅に出てから2週間以上経った彼は、案の定旅先でも自分が望む道に疑念を抱く日々を過ごしていた。
そんな時、余所で遊ぶのを中断して遠くから彼を心配そうに見ていた一人の娘が突如やってきた。そう、ソフィ氏である。
先述のキャラ解説で彼女の体格が高校生並みであることから分かるように、彼女は人間で言えば学生に相当する年齢ではあったが、
自身がバイオイドというヤデト人の家畜として飼われていた種族である関係から学校ではなく飼養管理部が経営する私塾に通っていた。
つまり当時のヤデト人社会がバイオイドに人権を認めていなかった関係で、彼女は私塾での勉強を余儀なくされていたのである。
もっとも人権の未承認による教育環境の制限については彼女だけでなくバイオイド全員が抱えている問題の一つでもあったが、
少なくとも学力・情操共に概ねヤデト人のそれらを遥かに上回っていた彼等からすれば役不足な教育環境であったのは間違いないだろう。
そんなバイオイド達の不満に対する解決策の一環として飼養管理部はバイオイド全員に約2ヶ月強の夏季休暇を許可したのだが、
その夏季休暇中に彼女は希武氏が気難しく悩んでいる様子を見て自分と似た境遇の人がいることを知って先述の行動に出たのだ。
勿論これには希武氏も初めは困惑していたが、お互いが社会で不遇な立場にあることを話すと案外すんなりと受け入れてくれた。
こうして二人はこの出会いをきっかけに「約2ヶ月程度かつ両者の日程が十分に空いている時のみ」という条件付きで交際を始めたのである。
その後交際約2ヶ月になると、最早二人は男女バディの枠を超えてガチの両想い関係と化した世界でも類を見ない異種族カップルへと発展していた。
ただそうは言ってもこれだけ急にラブラブになると、その分交際終了の反動も凄まじいものになってしまう可能性が高いことも二人は当然の如く承知していた。
そこでソフィ氏は希武氏に「貴方は私のような存在(=機械生命体)を生身の人間として愛しているの?」という思い切った質問をぶつけてきた。
すると希武氏はいつも以上に嬉しそうな表情で「ええ、勿論さ。だって僕が今ここにいなかったら誰が君を愛してくれるのかい?」と答えた。
だが次の瞬間、ソフィ氏は希武氏に向けて「……だったら、いっそ私と永遠の愛を誓うのはどう?」というとんでもない質問をぶつけてきた。そう、要するにプロポーズである。
流石の希武氏もこれには反応に困ったらしく、「いきなり高校生みたいな機械生命体から結婚を迫られてもなぁ……」という思いばかりが先走っていた。
とは言え彼は最終的に「ええ、君がその気で僕を愛してくれるならそれでいいよ」とソフィ氏の求愛を認めた為、二人はようやく事実上の結婚を受け入れることになった。
そしてこの後二人はこっそりと愛の営みを思う存分楽しんだおかげで、とりあえず最後まで充実した夏休みを過ごしたまま元の日常生活に戻ることが出来たのであった。
それから約3ヶ月半後、希武氏は以前とは打って変わって自分が叶えたい夢の為だけでなく、愛するソフィ氏の為にも一生懸命研究に取り組むようになっていた。
何しろ彼は夏休み中に思いがけない形で事実上の結婚相手、それもバイオイドの娘という魅力的な未知の存在と結ばれたのだから、道理で上機嫌になる訳である。
そんな彼が大学から帰宅したとある日の晩に突如一通のメールが自分の携帯に届いた為、彼は一体何事かと言わんばかりに恐る恐る携帯を開いた。
するとそのメールにはなんと冒頭にソフィ氏が無事希武氏との間に子供を授かったことを自ら伝える内容が書かれており、これには彼も思わず大歓喜した。
しかしその後彼は更にメールを読んでみるとそもそも本気でバイオイドとの間に子供を作る者が現れたという事実自体が生命創造チームや飼養管理部にとっては全くの想定外であったことが判明。
同時にソフィ氏を始めとするバイオイドの生みの親である生命創造チームが世界各地の国際機関の監視下に置かれている事実を彼はこのメールで初めて知ることになった。
いくら嫁のご懐妊でぬか喜びしていたとは言え、それ自体がかえって関係者達を困らせてしまってはせっかく築き上げた二人の関係が台無しになりかねない。
彼はそんな危機感を抱きながら急遽貴重な年末年始をソフィ氏や生命創造チーム、飼養管理部との緊急懇談会に割くことを決めた。
そして緊急懇談会当日、参加者一同は事実上の新夫婦となった希武氏とソフィ氏(※以下、同様のカップリング名を「のぞフィ」と表記)の
各生活事情やそれに対する生命創造チームや飼養管理部の対応について真剣に打ち合わせた結果、以下の内容で合意することにした。
・本日から生命創造チームと飼養管理部はバイオイドを家畜の一種ではなく一人の人間として認めることを宣言する
・生命創造チームは人間とバイオイドの交配に対応出来るようにする為の品種改良及び研究に取り組んでいく
・一方飼養管理部は「育成指導部」と名を変えて再始動し、従来とは根本的に異なるバイオイド教育カリキュラム等を行う
・生命創造チームと育成指導部はのぞフィの各進路状況については原則的に干渉しないが、必要最低限の支援は行う
・正式な婚姻手続きはのぞフィが共に今受けている教育カリキュラムを修了した後になってから行う
・ヤデト人社会との接触をなるべく避ける為、人間とバイオイドの異種族夫婦は生命創造チームと育成指導部があらかじめ用意した特設エリアで生活する
・以上の取り組みを通して得た成果を糧に、生命創造チームと育成指導部はヤデト人社会において人間とバイオイドが共存出来る社会環境を構築していく
……まあ要するにのぞフィや生命創造チーム、育成指導部(旧:飼養管理部)は人間とバイオイドがお互い仲良く暮らせる社会を目指していくと宣言したのである。
緊急懇談会に参加した人達がいずれも弱肉強食のヤデト人社会で何かと苦労が絶えなかったことを踏まえると、前述の宣言を出したのはかなりの英断だったと言える。
そんな甲斐もあってか、この頃ののぞフィは共に「人間とバイオイドの共存」という新たな夢が出来た点で少なくとも以前よりは遥かに幸せそうに暮らしていた。
ところがその一方で世界各地の国際機関は監視対象組織の一組である生命創造チームが人間とバイオイドの異種族夫婦と極秘で結託したことを諜報経由で知り、
その結託自体がヤデト人社会を再起不能に陥れかねない前代未聞の脅威であることを理解した上で緊急懇談会参加者全員の社会的抹殺を画策し始めた。
そう、この頃から既に異種族共生の未来を想って生きていくのぞフィ一行と、その未来を阻止する為に幾多の制裁を加えようとするヤデト人社会権力層の戦いが始まっていたのである。
その後希武氏は年末年始休暇明け早々に始めた本格的な卒業研究を通して得られた結果を基に、「苦痛の根絶がもたらす人類の未来」をテーマにした卒論を作ることにした。
早い話が彼は「不死や至福の獲得を通した上での自己超越」を目指す当時のヤデト人に警鐘を鳴らすべく、卒論提出という形でヤデト人という種族そのものに直訴しようと決意したのである。
勿論普通に考えればそもそも直訴目的で卒論を提出すること自体がおかしいし、当時のヤデト人社会でもそんな暴挙に出た大学生は過去一人も存在していない。
しかしそれでも彼がここまで思い切った内容の卒論を作ると決めたのは、それまでの大学生活が概ね自ら叶えたい夢に対する苦悩の連続だったことも確かではあるが、
何よりも去年の夏休みにやった海外研究の最中でバイオイドの娘であるソフィ氏と事実上の結婚を果たしたことがその後の自信に繋がったのであろう。
言い換えれば自分が望む道に疑念を抱いていた彼にとって、ソフィ氏はまさに心身共に癒してくれる救世主のような存在であったというわけだ。
もっとも肝心の進路状況については流石に「生命科学の力で全ての苦痛を根絶する方法を見つけたい」というのは虫が良過ぎたと思っていたらしく、
以前と変わっていないどころか今更になって軌道修正を検討し始める程迷走していたが、ぶっちゃけ今の彼からすればそんなのは想定の範疇であった。
何故なら彼はこれまであらゆる苦痛の根絶を夢見ながら必死に勉強や研究を行ってきたものの、それ自体が無駄な努力であることを身をもって知っていたからだ。
そもそも既に述べたように人生の苦楽は表裏一体の存在、即ち生ける者であれば必ず両方とも受け入れるべき宿命であり、そこから逃げてしまっては最早死んでいるのと同じなのだ。
それに一時の快楽や苦痛に翻弄されてばかりではただ虚しい人生を過ごすだけになり、いつまでも自分の心を満たすことが出来ないのもまた事実である。
故に彼は以前の自分が叶えたかった夢のせいで墓穴を掘っていたことを深く反省し、その教訓を活かす為にわざわざ軌道修正の検討を始めたのだ。
以上の事情が関係していたこともあって作成は非常に難航したが、懸命に頑張った甲斐もあって何とか締切日までに卒論を提出することが出来た。
そして最終的に彼は総単位数、必修及び選択科目の各単位数、卒論の口頭試問、全て大学側の卒業要件を満たして無事大学を卒業。
更にこれまで難を抱えていた進路面も大学院や就職を蹴ってまで生命創造チームの一員として活動する道を選ぶことで問題を解決していた。
つまり彼は今後の進路先について真剣に考えた結果、先述の緊急懇談会に参加していた人達と仕事を共にすることに決めたのである。
一方ソフィ氏の方は確かに人間の男との子供を授かったこと自体は彼女にとって嬉しい知らせではあったが、そうは問屋が卸してくれないのが現実であった。
と言うのも彼女が去年の年末頃になって人間の男との結婚とそれに伴う妊娠を告白した時点で、バイオイドの多くがそれに対して疑問や反発の声を上げたのだ。
特に彼女を嫁にしたかったであろう若い男性陣からのブーイングは凄まじく、その中には「今すぐその腹の子を堕ろせ!」等の侮辱的な言動に及ぶ者も存在していた。
またのぞフィ夫婦の誕生が夏季休暇中の出来事であったことも相まって、その夏季休暇をバイオイド全員に許可した生命創造チームと育成指導部の態度に関する批判も相次いでいた。
以上のことから彼女の結婚・妊娠告白はバイオイド誕生以来最大の騒動にまで発展したが、最終的には生命創造チームと育成指導部の手によって鎮圧された。
その後彼女は年末年始休暇明けに自身の住処を先述の特設エリアに引っ越して、学業形態も従来の私塾学習から自宅学習へとシフトした。
ちなみに希武氏もほぼ同時期に特設エリアへの住所移転を済ましていることから、それだけのぞフィ夫婦は先述の騒動が及ぼした影響を重く見ていたと言えるだろう。
これで少なくとも学生生活での心配はほぼいらなくなったが、肝心の妊活に関しては腹の子が人間の男とのハーフ(※以下「バイオハーフ」と暫定表記)であるせいか依然として不安が残っていた。
それを証明するかのように、妊娠発覚直後の出生前診断では明らかにバイオイド以外の種族と交配したことで起きたと思われる弊害の痕跡が多数見つかっていた。
普通の妊婦であればこの時点で殆どの人が人工妊娠中絶を選ぶだろうが、彼女はあえて定期的な薬剤治療を行ってでも出産する道を選んだ。
何故なら彼女はこのヤデト人社会で初めて人間と結ばれたバイオイドになったこと自体にこの上ない喜びと幸せを感じており、
その上で今後は家族一同で人間とバイオイドがお互い仲良く暮らせる社会を目指していきたいと心から決意したからである。
故にせっかくここまで来て腹の子を堕ろす道を選んでしまったらそれこそ夫である希武氏に申し訳が立たなくなると考えたのだろう。
そんな訳で彼女も彼女で夫とは違った悩みを色々と抱えていたものの、最終的には何とか妊娠中に学業を修了することが出来たのであった。
もし一歩間違えれば卒業シーズンと出産時間が被る事態になっていただけに、そういう意味では彼女は非常に運が良かったと言える。
そして彼女は今後次々と生まれてくるであろうバイオハーフの教育に取り組みたいという強い想いから、育成指導部の一員として活動することを決意した。
ここまでの流れを振り返ってみれば分かると思うが、彼女もまた夫と同じく先述の緊急懇談会に参加していた人達と仕事を共にする道を選んだのだ。
しかしながらその裏側でのぞフィ一行の社会的抹殺を企んでいた世界各地の国際機関はのぞフィ夫婦の学生生活を快く思っていなかった。
と言うのも奴等は年末年始休暇明けに希武氏とソフィ氏がそれぞれ通っていた大学と私塾に彼等を退学処分するよう要請していたのだが、
これに対し大学側と私塾側は「前代未聞の異種族夫婦となった男女学生一組にそんな横暴な制裁を下すのは早計だ」という理由で要請を拒否していた。
特に大学側に至ってはバイオイドとは無縁の環境で活動していたこともあって、去年の年末頃に希武氏とソフィ氏の結婚が発覚した際には思わず閉口してしまったという事情も関係していた。
要するに大学側は人間とバイオイドの異種族学生夫婦が誕生したことはおろか、バイオイドの存在ですら全く想定していなかった為に、どう対応したらいいのか分からなかったのである。
残る私塾側に関しても、その経営団体である育成指導部は緊急懇談会を終えた時点で既にのぞフィ夫婦や生命創造チームと結託していたことから、
いずれにせよ奴等が出した先述の要請は前代未聞の事態に動揺していた大学側や私塾側にとって到底受け入れられる代物ではなかったことは確かであろう。
しかも厄介なことに、のぞフィ一行は緊急懇談会中に奴等が次に取るであろう手段をあらかじめ予測した上で先述の合意内容を作成していたのだ。
その具体的な内容には退学処分の影響に左右されない特殊教育カリキュラムの作成や、意図的にヤデト人社会情勢から隔離された生活環境の構築等が含まれている。
つまり身も蓋も無いことを言ってしまえば、彼等は隙あらばヤデト人社会と完全に決別するつもりで新たな日常を創り上げようとしていたのである。
勿論奴等も彼等の動向を読んだ上で先述の要請を出したのだが、最早それどころじゃない状態に陥っていた大学側や私塾側の前ではあまりにも無力であった。
結局そこから何も進展しないまま退学処分の要請を断念した奴等は、次の一手として現時点ではソフィ氏の胎内にいるバイオハーフを解析目的で強奪することを決めた。
まあこの時点で大体お察しだろうが、奴等はのぞフィ一行の社会的な抹殺を確実に行う為、どうしても彼女の腹の子が本物のバイオハーフであることの証明を欲しがっていたという訳だ。
その後無事学業を修了することが出来たのぞフィ夫婦は家庭内でそれぞれの就職先である生命創造チームや育成指導部での仕事について語り合っていた。
何しろ彼等は今後人間とは明確に異なる種族を取り扱う職種で働くことになる為、何とかしてでも国際機関からの圧力を上手く避けなければならないのだ。
それに加えてソフィ氏の腹の子はこれまで行った出生前診断の時点で遺伝的な異常を持っており、しかも男児の可能性が極めて高いことが既に判明している。
先述の創造設計でも述べたようにバイオイドの性決定は雄ヘテロ型である為、それを踏まえるとソフィ氏の腹の子はヤデト人である希武氏の雄性決定遺伝子が含まれていることになる。
もしこれが孫世代以降の子供であれば男系と女系の概念が生まれるので希武氏の遺伝子を全く受け継いでいない可能性も出てくるのだが、
ソフィ氏の腹の子は両親から見れば子世代にあたるので、例え女児であってものぞフィ夫婦から生まれたという現実からは逃れられないのだ。
ましてや雄ヘテロ型で直系血族を保持するには男系を基準にする必要があることを考慮すると、奴等がソフィ氏の第一子を強奪・解析した末に駆除しようと考えても別に可笑しくはない。
要するにうっかりソフィ氏の第一子を国際機関の人達に見せたら、その時点で本物のバイオハーフがこの世に存在することが確実に証明されてしまうのである。
もっともヤデト人社会の科学技術は人間の細胞から子供を作れるレベルに達しているので、奴等がソフィ氏の第一子から取った細胞を基に対抗生体兵器を作る可能性もなくはないが、
いずれにせよ公儀権力に我が子を没収されること自体が、のぞフィ一行にとっては異種族共生の未来を阻害しかねない脅威であるのは最早疑いようが無いだろう。
ちなみにこの時のソフィ氏はちょうど私塾の卒業式が終わった時点で妊娠41週目に突入しており、そろそろ陣痛が来てもおかしくない状態であった。
しかしそんなのぞフィ夫婦が家庭内で団欒している裏側で、とある不審者達がソフィ氏の腹の子を強奪する為に特設エリアへとやってきた。その人物達こそが国際機関の一般職員達である。
奴等は普段仕事で着ているスーツ姿ではあまりにも危険過ぎると判断してあえて武装集団紛いの格好を身に纏い、手元には抗争になった際に使う武器を多数用意していた。
そして奴等は慎重に進みながらのぞフィ夫婦の自宅に近づいた後、閉まった扉を軽くノックすることで夫婦一組を挑発しようと仕掛けた。
するとそれに気付いた希武氏が一体何事かと思って扉を開けてみると、何とそこには武装化した国際機関の一般職員達(※以下「武装化職員達」と表記)の姿が!!
これには希武氏も思わず驚いてすぐさまリビングルームへと逃走するが、案の定夫婦諸共武装化職員達に行く手を阻まれてしまう。
更に奴等は希武氏を脅迫しながら「さあ、今すぐお前の妻を引き渡せ!俺達はバイオハーフが実在する証拠を探しているんだ!」と要求した。
勿論希武氏がそんな脅しの要求を容易く飲む訳が無く、必死に夫婦の事情を話すことで武装化職員達を説得しようとするが、奴等の強硬姿勢の前では無力であった。
そんな中、何を思ったかソフィ氏は「だったらこの私があの不届き者達(=武装化職員達)を徹底的にぶちのめしてやるわ」と奴等の喧嘩を買う覚悟を決めた。
当然ながら即座に希武氏から「いや、君は臨月の高卒女子だよ!いくら妊婦としてはスリムな方とは言え、腹の子を抱えたまま戦うのは危険すぎるじゃないか!」と注意を受けたが、
これに対して彼女は「私のお腹には貴方との愛の結晶が宿っているの。そんなものを奪う不届き者達を許すわけにはいかないわ」と必死にフォローした。
流石の奴等も彼女の行動には驚きを隠せなかったが、それでも「そんな身重の体で我々に勝てる訳がない」と断言した上で彼女との戦闘に挑むことにした。
だがそこで奴等が見たのは、制服姿の女子高生妊婦という奇妙な風貌でありながら、あらゆる攻撃を回避・防御しながら着実に攻撃を当てていくソフィ氏の姿であった。
現実とは思えない光景に遭遇した奴等は、驚異的な戦闘力で圧倒した彼女を「忌まわしき子を宿した兵器」と呼んでその場を去っていった。
さて、これでソフィ氏はとりあえず余所者に腹の子を強奪される恐れはなくなったが、やはり身重の体で奴等と戦った反動は大きく、戦闘終了から数分後で早くも激しい腹痛に襲われた。
彼女の陣痛が始まったことを察した希武氏はすぐに携帯で特設エリア内に待機していたバイオイド専門の助産関係者達を自宅に呼び、そこで直接彼女の出産を手伝うように伝えた。
その後助産関係者達が自宅到着後にリビングルームを分娩室代わりに使用するように環境を整え始めると、彼は母子の無事を祈りながらさっさと別室の方へ待機した。
とは言え彼女にとっては初産、それもバイオハーフという未知の存在を産むことになるだけに、彼は彼女の出産が相当重いものになるのかと心配していた。
しかしそんな彼の予想とは裏腹に彼女は陣痛が始まってから僅か約1時間半後に促進剤無しの自然分娩で男児を出産し、それと同時に男児の産声が別室にも響き渡った。
もっとも彼女は厳密には開口期も終わりが近づいた段階でようやく陣痛が始まったと認識していたせいで、お産用の服に着替える暇もないまま制服姿で出産する事態になっていた。
自身の予想を遥かに上回るスピード初産に彼は驚愕したが、その後次第に「あれだけ軽い初産であれば何かカラクリがあるのでは?」という疑問が強くなっていった。
そこで彼はリビングルームで産後ケアをしている助産関係者達に先述の疑問を投げかけてみたところ、一人の医師が彼女の出産が軽かった理由を解説してくれた。
その医師曰く、「ソフィ氏を始めとする女性バイオイドは破水と同時に破れた特殊な羊膜を身に纏った赤ちゃんを産むから、お産も人間のそれよりやや軽めで済む」とのこと。
つまり分かりやすく言えば最初から服を着た赤ちゃんを産むように母体が作られているおかげで、彼女は初産にしては異例の早さで出産することが出来たのだ。
バイオイドの驚きの生態に感心を覚えた彼はついでと言わんばかりに男性バイオイドと人間女性が交配した場合についても聞いてみたが、
医師は「いや、そちらについては今後の研究成果次第としか言いようがないですね……」と若干困惑した表情を見せながら返答を拒否した。
先程示した医師の反応からあまり知りすぎるのも考え物だと思った彼は、ここで改めて医師に「彼女が産んだ子供の姿を見せたい」と要求した。
たがこれに対して医師は突如「確かにその気持ちは分かるが、少しはソフィ氏との間に子供を設けた事の重大さを思い知った方がいい」と忠告してきた。
まさかの忠告に面食らった彼は「いや、流石にそれ位は分かっているけど、何か厳重に注意すべき点とかあるのか?」と更なる質問を投げかけた。
すると医師は今までとは打って変わって真剣な表情に切り替えた後、バイオイドの恐ろしい生態も絡めながら先程述べた忠告の理由を語った。
「バイオイドは元を辿れば『日常に適応出来る生体兵器』というコンセプトから生まれた種族だが、彼等は型破りな生態が原因で国際機関から特定危険生物に指定されている。
その理由をざっくり言うと『早熟かつ長命で驚異的な進化速度と適応力を併せ持つ知的生命体だから』……そう、要するに彼等は性能的に考えると人間の上位互換になり得るのだ。
そんな彼等に人権を認めたらヤデト人社会の大混乱は不可避だと思った国際機関は、その対策としてバイオイドの生みの親である生命創造チームを監視下に置くことにしたのだ。
そのせいでバイオイドは長い間ヤデト人の家畜として酷使されていたが、これを良しとしなかったソフィ氏が去年の夏休みで君と結婚することでバイオイドの運命は大きく変わった。
そしてソフィ氏は今両親の血を引く子供を産んで新たな人生を踏み出した一方で、君は生命創造チームの一員として活動する道を歩もうとしている。……後は分かるな?」
医師の言葉を最後まで聞いた希武氏は、人間とバイオイドの異種族夫婦及びその子孫達がいずれヤデト人社会という一種の既得権益と戦う使命を課されることを改めて理解した。
しかしながら同時に彼は一般的なヤデト人の視点から見れば、前述の使命自体が「社会の恩恵を享受している人全員に対する謀反行為」でもあることに気付いた。
つまりのぞフィ一行が将来担うであろう使命は、当の本人達が目指そうとする「人間とバイオイドがお互い仲良く暮らす社会」という未来像とは相容れない関係にあるのだ。
この問題を回避するには嫌でも何らかの形で棲み分けを図るしかないのだが、バイオハーフがこの世に生まれてしまった今となってはその方法も現実的とは言えない。
ましてや彼が大学卒業後の就職先として選んだのはあの国際機関の監視対象組織である生命創造チームである以上、奴等と戦わない理由などどこにもないのだ。
以上のことから、彼は「人間とバイオイド、及びその子供達の未来の為にも、僕はヤデト人社会と戦うことを誓います」と宣言し、先述の使命を受け入れることにした。
そしてここでようやく医師からソフィ氏が産んだ子供との対面が許可され、のぞフィ夫婦はその後共に子供との触れ合いを大いに楽しんだのであった。
一方ソフィ氏の高い戦闘力を見せつけられた挙句撤退を余儀なくされた元武装化職員達は、彼女の子供を強奪する作戦が失敗に終わったことを強く悔やんでいた。
何しろ本物のバイオハーフが実在する証明を探すつもりが戦闘終了直後まで臨月だった高卒女子から返り討ちに遭うという屈辱を味わったのだから、奴等が悔しがるのも無理は無いのだ。
さっさと特設エリアから脱出した奴等は先述の作戦失敗を携帯で生命科学全般を担当している専門職員達に伝えたが、案の定向こう側は落胆の声を上げていた。
更に奴等は専門職員達に「おそらく我々一般職員の力だけではまずバイオイドに対抗出来ないと思います。何かもっといい方法はないでしょうか?」という質問を投げかけた。
ここで普通であれば「各国の警察にのぞフィ夫婦の逮捕とバイオハーフの駆除を依頼する」と答えるであろうが、専門職員達の回答は意外なものだった。
「貴方達が現場で人間とバイオイドの異種族夫婦を目撃した後に身重の妻と戦ったという事実こそが、まさにバイオハーフの実在証明を示す根拠だと言えるのではないでしょうか?」
つまり専門職員達は希武氏の注意を無視してでも腹の子を守る為に戦ったソフィ氏の姿こそがこの世にバイオハーフが存在している証拠だと言い放ったのだ。
何を隠そう当時の彼女は奴等に腹の子を狙われる身になっていた上に、自身の夫が何とか彼等を説得するも徒労に終わってしまうという危機的状況に陥っていた。
そんな中で彼女自身が身重の体で奴等と戦うという思い切った決断に踏み切ったからこそ、結果的にはバイオハーフの実在証明を示すことが出来たという訳だ。
逆に言えば奴等は彼女の腹の子を強奪することばかりに気が取られていたせいで、彼女が身重の体で戦った意味を理解しようとは思わなかったのである。
先程専門職員達が返した回答を聞いた奴等は、のぞフィ夫婦へ侵入した時に取った自分達の言動を見直した上でようやく前述の回答の意図を理解した後、
「なるほど、我々が特設エリアで実際に人間とバイオイドの異種族夫婦と対面したことは決して無駄ではなかったのですね!」と先述の作戦失敗で落ち込んでいた自らを励ました。
すると専門職員達は「まあ今日はもういいから、近いうちにあの夫婦とその一行(=のぞフィ一行)の対策について一緒に考えることにしましょう」と言った後に電話を切った。
その後奴等はバイオイドの生態やのぞフィ一行との戦闘、及びそれらを通して分かった反省点についてお互い語り合った後、各自自宅へと帰っていった。
のぞフィ夫婦の間に子供が産まれてからしばらくの間、希武氏が職場で多数の雑用をこなしていく一方で、家庭では主にソフィ氏が赤子のお世話をするという毎日を過ごしていた。
勿論厳密には赤子が生後1年位で卒乳したことを機に彼女は育成指導部での活動を始めた為、仕事中では専ら彼女とは別の保育担当者が赤子のお世話をしていた。
まあこれだけなら人間の夫婦と何ら変わらない日常を過ごしているように見えるが、実は彼女は育児の最中で子供だった頃の自分と前述の赤子を比較する度にある違和感を抱いていた。
具体的に述べるとバイオイドは生体兵器の代替を想定して作られた関係により生後3年程で乳幼児期を脱し、生後約7年で性成熟期と繁殖適齢期をほぼ同時に迎えるのだが、
彼女が今育てている赤子は同族以外の種族と交配したことで起きた遺伝的な異常が原因で成長速度が人間と同程度にまで落ちてしまっていたのだ。
要するにバイオイドは本来人間の2倍の速度で成熟する種族であるが、いざ人間との交配を試してみたら成長が人間並みに遅い子供が産まれてしまったのである。
もっとも彼女は妊娠中に定期的な薬剤治療を受けた末にバイオイド本来の妊娠期間である約25週よりも大幅に長い41週目になってようやく子供を産んだので何とも言えないが、
いずれにせよバイオイドという人間よりも早く成熟する種族の一人である彼女が自ら産んだ赤子の成長の遅さに若干のストレスを感じていたのは間違いないだろう。
そこで彼女は赤子が生後2年弱になった辺りでバイオイド専門の小児科医院で我が子の成長が遅い理由を小児科医達に伝えた上でその改善方法を要求したが、
なんと小児科医達は「バイオハーフ関連の情報が圧倒的に不足している現時点では適切な判断は難しい」という理由で回答を拒否してしまった。
もしちゃんとした改善方法があれば育児の負担も多少は軽減されていただけに、前述の回答は彼女からすれば期待外れもいいところであった。
「やはりこのまま成長の遅い赤子と向き合うしかないのか……」と半ば諦めた表情で自宅へ帰った後、彼女は自分の携帯を開いて希武氏と電話することにした。
流石の夫も赤子の成長がどうしようもなく遅いことに関してはさぞかし残念がっているのではないかと思いきや、希武氏の反応は意外にも楽観的だった。
と言うのも彼を始めとした生命創造チーム一同にとっては赤子の成長速度に関する障害など次の研究に活かす為の糧に過ぎず、
むしろ今となってはこのヤデト人社会においていかにバイオイドやその子孫達(※以下「バイオイド系」と表記)の居場所、所謂ニッチを作り出していくのかが重要なのだ。
当然ながら彼女が産んだ赤子も例外ではなく、このまま大きくなると恐らく同期の子供達から一方的に虐められる運命が待っているであろう。
そこで彼は赤子の成長が遅いことを逆手にとって「いっそ人間の子供達が利用している保育園に入れさせたらどうだい?」と提案したが、
これに対して彼女は「いやいや、社会的に人間扱いされていない子供を普通の保育園に預けるなんて狂気の沙汰よ!」と猛反発。
すると彼は彼女が話の趣旨を理解してないことを察した上で、前述の一見狂気とも思える提案を出した理由を詳しく述べた。その内容の要約がこちら。
・2年近く前に不審者達がのぞフィ夫婦の自宅に侵入する事件が起きたことを機に、生命創造チームと育成指導部はバイオイド系の居場所を確保する必要性を認識した
・しかしいくら基本スペックが高くても従来のように個体数が少ない状態のままだとヤデト人との生存競争で不利になる可能性が高い為、その課題をどうにか解決する必要があった
・そこで彼等は先程述べた課題の解決策として、特設エリアの拡張と同行する形でヤデト人の独身若年層を特設エリアへ誘致する作戦を実行した
・これで少しはマシになるだろうと思いきや、いざ蓋を開けてみたらヤデト人で特設エリアへの移住に賛同してくれるのはスラムの浮浪者を始めとした社会的弱者ばかりという有様だった
・その結果を重く見た彼等は、バイオイド系の人口増加を見据えた対応として急遽移住賛同者達の再教育を実施することにした
・更に人間とバイオイドが共存するにはお互いの架け橋となる存在が必要だと考えた彼等は、バイオハーフにその役割を担うように指導していくことを決意した
・これらの事情を彼は職場の人達との会話経由で知った為、先述の再教育計画の延長線上として彼女が産んだ赤子を人間の子供達が利用している保育園に入れようと提案するに至った
……つまり彼は生命創造チームと育成指導部が現在進行形で取り組んでいる特設エリアへの移住に賛同した人達の再教育に協力したいと思って先述の提案を出したのである。
何しろこの前彼等が実行した移住誘致作戦がお世話にも社会的に有能とは言えない人物ばかりが集まるという結果で終わってしまったのだから、
そのハンデを埋めるにはどうしてものぞフィ一行が前以ってバイオイド系との共存に対応出来るように移住賛同者達を再教育していく必要があるからだ。
しかも人間とバイオイドでは後者の方が早く成熟するので、下手すれば人間勢がバイオイド勢の早熟っぷりに嫉妬して大惨事を引き起こしてしまうことも十分考えられる。
そうなればせっかくのぞフィ一行が目指していた異種族共生の未来が潰えることにも繋がりかねない為、何とかしてでもその結末だけは絶対に避けなければならないのだ。
そこで彼等は彼女が産んだ赤子や今後次々と産まれてくるであろうバイオハーフ達を人間とバイオイドの友好を示すシンボルとして積極的に活用しようと考えたのである。
こう言うとまるで政略結婚の推進にしか思えないだろうが、前述の考えはあくまでなるべく無血で自らの勢力を拡大させる最適な方法を模索した結果であることを忘れてはならない。
以上のことを踏まえると、先程述べた再教育計画の視点から見れば「彼女が産んだ赤子を人間の子供達が利用している保育園に入れさせる」という手段は意外と理に適っていると言える訳だ。
まあそれはさておき、彼女はここでようやく彼が先述の提案を出した理由を理解した上でそれを受け入れることを決意した後、「他に何か言いたいことはあるの?」と質問した。
すると彼は彼女に対して「今年の夏季休暇中に急遽生命創造研究所で協力者同士の懇談を行う予定が入ったから、それだけは覚えておいてくれ」と伝えた後に電話を切った。
その後のぞフィ夫婦はいつもの日常を過ごしながらも、心の奥では「今こそ異種族共生の未来像を後世に示さなければいけない」という使命感で一杯になっていた。
そして迎えた夏季の懇談会はと言うと、それはもう約2年半前の緊急懇談会とは比べ物にならない程の規模と内容を誇るセンセーショナルなイベントだと言っても過言ではなかった。
まず、緊急懇談会の時には生命創造チームを始めとしたバイオイド専門職員達との面会に応じてくれたゲストがのぞフィ夫婦ただ一組しか来ていなかったのに対し、
夏季の懇談会ではそのバイオイド専門職員達が先述の移住誘致作戦を実施していた影響もあって世界各地から多数の移住賛同者がゲストとして参加していた。
というかむしろあまりにもゲスト参加者が多過ぎて、諸事情で生命創造研究所に直接行けない人達への配慮として急遽無線を通しての生中継や動画配信を行う処置を取る程であった。
これだけでも夏季の懇談会が緊急懇談会と比べて規模が非常に大きいイベントであることがよく解ると思うが、驚くべきなのはその内容だ。
なんとバイオイド専門職員達は各参加者との本格的な懇談に入る前に、のぞフィ一行の勢力圏を拡大させる為に開発した様々な最先端技術を堂々と紹介したのだ。
中でも特に「超時空化技術」の紹介に関しては、その技術を使った人と重なる空間の歪みがもたらす半永続的な不老というシンプルかつ強力な効果に多くの参加者が驚きの声を上げた。
何を隠そうこの超時空化技術は、現時点のバイオイド系が抱える「個体数の少なさ」という最大の弱点を克服する為に開発された代物なのだ。
普通の生物だと性成熟期が終わる前に子孫を残す必要がある関係でどうしても少子高齢化による絶滅のリスクと向き合う必要があるのだが、
その性成熟期の間に超時空化を施せばそもそも寿命で死ぬことが無くなるので、効果が持続する限り何度でも子孫を残すことが可能となる。
しかも超時空状態になった人から生まれた子供には、性成熟期の真っ盛りという絶好なタイミングで超時空化が始まるという嬉しいおまけが付いている。
要するに超時空化技術は、現代日本の創作でいう「サザエさん時空(※キャラが年を取らない現象のこと)」に遺伝性を加えたような不老効果を使用者にもたらすのである。
……とここで人によっては「でもそれで個体数を増やし続けたらそのうち資源の枯渇等で皆苦しむのでは?」という疑問を持つであろうが、
実はその回答としてバイオイド専門職員達は超時空化技術を開発したもう一つの大きな目的に「バイオイドの対外進出」を挙げている。
何故ならバイオイド系がこの先ヤデト人と張り合えるだけの勢力を獲得するにはストロンティアの一大勢力になるだけで満足せず、
そこから更にストロンティアを除いたその他諸惑星への対外進出を通して自分達の存在感をアピールしていくことがほぼ必須になるからだ。
その上別の角度から見れば対外進出は相手の縄張りを侵す行為でもあるので、当然ながら大人数でやらなければ返り討ちのリスクが高まるだけになる。
ましてや従来の繁殖ペースだと必ず寿命による死亡の影響が出る為、場合によっては少子高齢化対策に追われて対外進出どころじゃなくなる可能性だって十分起こり得るのだ。
つまりいくら対外進出の促進を図ろうとしても、その前提となる必要最低限の個体数に達していなければ企画倒れで終わってしまうのである。
逆に言えばバイオイド専門職員達は、そんな事態を未然に防ぐことが非常に重要だと考えた上で超時空化技術を開発したという訳だ。
その後バイオイド専門職員達による最先端技術の紹介が終わってようやく本格的な懇談に突入すると、のぞフィ一行は前向きな姿勢で今後の方針に関する打ち合わせに取り掛かった。
ただ緊急懇談会の時と比べて参加人数が段違いに多かった関係から打ち合わせ中は複数世帯を纏めて1組の班毎に分ける形で行わざるを得なかったが、
逆にそれが幸いしたおかげで参加者達は概ね他世帯との会話を楽しみながら自らの未来の為になる話をする時間が取れたことに満足していた。
ちなみに肝心の打ち合わせ内容については各参加者の要望や事情等の兼ね合いによってその詳細が大きく異なるので一概には言えないが、
あえて共通点を挙げるとすれば精々「当分の間は一般的なヤデト人達との自主的な棲み分けが必要」という一応の見解が示された程度であった。
と言うのも現時点ではバイオイド系自体がストロンティア以外ではほぼ無名の存在である為、まずは一から世界各地で実績を積み上げていく必要があるのだ。
当然ながら無断で他惑星に侵入するわけにもいかないので、どうしても対外進出したいならあらかじめ諸惑星との交渉を通した上で各現地の人達に移住の許可を得なければならない。
しかも仮にそれらの課題を無事クリアしたところでバイオイド系の人権が国際的に認められるかどうかは結局のところ一般的なヤデト人達の民意次第である。
それだけでなくのぞフィ一行が勢力拡大の手段として実行している政略結婚戦略ですら、必ずしもストロンティア以外でも通用するとは限らない可能性だってあるのだ。
まあこの時点で大体お察しだと思うが、要するにヤデト人社会は一般的なヤデト人達がバイオイド系の対外進出に対して寛容でいられる程甘くはないのである。
そうなればバイオイド系が移住先の惑星で何とか無事に生き抜くには、必然的に現状と同じく自主的な棲み分けを行うことが最も現実的な安全策となってくる訳だ。
とは言えこの頃になると流石に誕生当初とは違って「そんな内輪でひっそりと暮らす生活はもう沢山だ」と思っているバイオイド系が多くを占めていたのだが、
一般的なヤデト人達が何の前触れも無く現地に入ってきた未知の怪物に対してどんな反応を示すのかを考えるとやはりそう簡単に移住は出来ないのが現実である。
だからこそ今ののぞフィ一行には、早い話がなるべく移住先の惑星に住む人達の迷惑にならないように上手く立ち回ることが求められているのだ。
さて、ここまでのぞフィ一行の視点でバイオイド系の対外進出について述べてきたが、これが彼等と敵対する勢力にあたる国際機関側の視点となるとその見方は大きく異なってくる。
具体的に述べると奴等は約2年半前から一貫してのぞフィ一行をヤデト人社会を再起不能に陥れかねない存在だと見做して社会的に抹殺しようと目論んでいたが、
あの時の武装化職員達が実行した胎児強奪作戦が当時身重だったソフィ氏の反撃で失敗に終わるという苦い経験が後を引いていた影響もあって対策の考案は困難を極めていた。
何しろ前述の作戦はバイオハーフの解析が目当てのつもりがいつの間にかバイオイドの戦闘力を思い知らされる格好になったのだから、せめてその二の舞だけは避けたいところだ。
そこで奴等はバイオイドの生態に詳しい専門職員達と共に胎児強奪作戦が失敗した原因を考えてみた結果、「力尽くで物事を進めようとした点が不味かった」という結論が出されるに至った。
何故ならあの作戦は内容からして明らかにのぞフィ一家の気持ちを無視した代物である為、仮に無事成功したところでいずれは何らかの形で報復される可能性が極めて高かったのだ。
もっとも先述の武装化職員達も含めて当時の国際機関はバイオイドを「人間との意思疎通は可能だが取り扱いに厳重な注意を有する人造生物」という認識で捉えていたので、
少なくとも奴等がのぞフィ夫婦の存在を初めて知った時にはそんな危険な人造生物の一人である娘と情を交わした人間の男が実在していたことに驚愕したのもまた事実である。
ただそうは言っても今後世界各地でのぞフィ夫婦の誕生と類似した事例が多発したら、流石に何かしらの社会的悪影響が生じるのは想像に難くないだろう。
もしそうなればバイオイドの生みの親である生命創造チームを監視下に置く奴等の面目が丸潰れになるだけでなく、バイオイド系を一人の人間として尊重する必要性も出てくる。
つまり本来ならばのぞフィ夫婦の存在を知った時点で奴等はバイオイドに対する認識を改めるべきだったが、余計なプライドが邪魔したせいでそのチャンスを逃してしまっていたのだ。
そんな敵意むき出しな態度を貫いたまま胎児強奪という鬼畜極まりない行動を取ろうとすれば、そりゃ当時身重だったソフィ氏から返り討ちに遭って当然である。
以上のことから、奴等は胎児強奪作戦の失敗を糧に当時の彼女が身重の体で戦った意味を理解したことで、初めてバイオイドを一人の人間として認識するようになったと言える訳だ。
しかしそれだと今度は従来であればバイオイドを何の躊躇も無く人ならざる者として取り扱うことが出来たのが、これからはその手段は一切通用しなくなるという問題が生じてしまう。
だとすれば適切な解決方法は必然的に限られてくる。そう、わざわざバイオイド系を粗末に扱う暇があるなら、なるべく自分達に批判の矛先が向かないように立ち回ればいいのだ。
勿論実際には奴等が敵対視しているのぞフィ一行も自分達の安全を第一に考えながら作戦を実行してくるので、どうやって相手側の守りを崩していくのかを検討する必要もある。
そういう風に考えた奴等は、先程胎児強奪作戦が失敗した原因を探る為に導き出した結論を参考にした上で、自分達の安全を守りながら上手くのぞフィ一行を潰す作戦を練ることにした。
すると作戦会議中に一人の専門職員(※以下「提案者」と表記)が突如バイオイド系及びのぞフィ一行の未来を予期したかのような飛び切りのアイデアを思い付いたのだ。その全文がこちら。
「あの時の武装化職員達が行った胎児強奪作戦の失敗によって、確かに我々はバイオイド系を一人の人間として尊重することの大切さを学びました。
しかしあいつ等(=のぞフィ一行)からすれば、そんな人達はむしろバイオイド系の勢力拡大に正当性を与えてくれるいいカモでしかないと私は思っています。
何故なら特定の種族に属する者達を一人の人間として尊重するというのは、決して全ての個人をごく全うな人間として認めることを意味するものではないからです。
例えば重大事件を引き起こした凶悪犯罪者はれっきとした人間ではありますが、かといってそんな人に人権を認める訳にはいきませんよね?
それと同じようにバイオイドを始めとした人外との間に子供を設けた人間は、ハッキリ言って世間の目から見れば変質者以外の何者でもないのです。
この問題を解決するにはバイオイド系の人権を社会的に認める必要がありますが、それはバイオイド系にも人間と同じ社会的義務を負わせるのと同じでもあります。
つまり我々を含めたヤデト人一同がバイオイド系を一人の人間として認めた場合、その時からバイオイド系はヤデト人社会の一員として守るべき規範や倫理を遵守しないといけません。
ですが現実には皆がどれだけ精一杯勉強や仕事に励んだところでどうしても負け犬レベルの人間は出てしまうものですし、それはバイオイド系だって例外では無いはずです。
またその負け犬達の中には自らが敗者であることを頑なに認めないどころか、反社会的活動による打開を図ろうとする救い様の無い不届き者も含まれています。
当然ながらそんな人達を野放しにしたら社会の秩序が保てなくなりますので、それを防ぐ為に我々はヤデト人社会の平和と安全を守らなければならないのです。
とは言え実際のところバイオイドの戦闘能力を考慮すると、やはり単なる害獣駆除ではあいつ等を社会的に抹殺するのは非常に困難だと言わざるを得ません。
そこで私はバイオイド系の勢力拡大を阻止する効果的な方法として、『ヤデト人社会への貢献度に応じて各バイオイド系の待遇に差をつける』という施策を思い付きました。
早い話が社会に上手く適応出来る優等生達を利用してその他大勢同士を争わせることで、バイオイド系の団結と反抗を予防した方がいいのではないかと考えたのです。
そしてバイオイド系からヤデト人社会を揺るがす凶悪犯が出た場合も想定して、前述の優等生達に反社会的勢力の抹殺を手伝ってもらうようにすればなお良いかと思います」
……かなりの長文となってしまったが、要するに提案者は「『全てのバイオイド系を分割統治の罠に誘い込む作戦』こそが最も効果的な勢力拡大対策である」と言い放ったのである。
と言うのもヤデト人社会の秩序維持という観点で見ればバイオイドの勢力拡大は紛れもない侵略行為である以上、本来ならば早めにそれを徹底的に阻止すべきだったのだが、
バイオイド系を一人の人間として尊重する必要性が生じた今となっては社会を脅かしかねない存在だからと言って安易に害獣駆除的な対応を取る訳にもいかないのだ。
それに現時点では個体数こそバイオイド系よりもヤデト人の方が圧倒的に多いとは言え、個体レベルでの性能差やお互いの生態的な地位を考慮すると決して安心は出来ない。
もしこのままバイオイド系の勢力拡大が続くとそいつ等の声が民意に反映されやすくなるので、その分今までよりも扱いに困るケースが増えてしまうのだ。
以上の問題点を解決する為に、提案者はバイオイド系が今後狙うであろう本格的な社会進出を逆手に取って、そいつ等にも様々な社会貢献活動に参加させてみようと考えた。
こう言うと一見ヤデト人だけでなくバイオイド系にも好都合な結果をもたらす考えにも思えるが、勿論奴等はそんな上手い話を他人に教えてくれる程甘い連中ではない。
何を隠そう先述の考えには「全てのバイオイド系をお家騒動で内部崩壊させながら自分達は高みの見物を決め込む」という隠された意図が含まれているからだ。
それを徹底する為にあえてバイオイド系の中でもより社会に貢献した人達にヤデト人社会を脅かしかねない不届き者達を懲らしめてもらおうと思ったのである。
そうすれば奴等は安心して漁夫の利を得ることが出来るし、おまけにその利を今に至るまで進捗が遅れ気味だったバイオイド系対策に回す余裕も生まれてくるという訳だ。
もっとも先述の考えは裏を返せば本来なら一人の人間として尊重されるべき人達を意図的にいがみ合わせる考えでもある為、提案当初はその点に疑問を呈する声も多く挙がっていたが、
それに対して提案者は「あの考えはバイオイド系も人間と同じ利害関係で動く存在であるという紛れもない事実を考慮した上で生み出されたものです」というフォローを入れている。
更に彼は「本気で悪人達を懲らしめるには彼等に情けを掛けない覚悟が必要ですが、貴方達はそんな重い責任を今更引き受けられる自信はありますか?」という問いを投げかけた。
当然ながら作戦会議の参加者達が出した回答はその多くが否であり、そうでない者達についても案の定全員が何かしらの理由で回答を出すことを拒否していた。
何しろ奴等は既にあの武装化職員達の失敗談を耳にした上で先述の質問に回答することを迫られたのだから、そう簡単にイエスとは言えないのも無理は無いのだ。
その後ここでようやく作戦会議の参加者達が先述の考えの趣旨を理解するようになると、提案者はバイオイド系及びのぞフィ一行の勢力拡大が示唆するヤデト人社会の未来についてこう語った。
「武装化職員達による胎児強奪の危機を何とか退けたあの夫婦(=のぞフィ夫婦)は、今や我々の監視下に置かれている生命創造チームの救世主的存在として重宝されています。
そしてあいつ等は恐らく現時点のバイオイド系が抱えている『個体数の少なさ』や『生息範囲の狭さ』という二つの難点を急速な人口増大と爆発的な対外進出で克服してくるでしょう。
しかし我々はその機会を決して恐れてはなりません。何故なら敵軍の勢力拡大は、見方を変えると実は内部崩壊工作を仕掛ける貴重なチャンスだと言えるからです。
むしろ下手に外圧をかけるとかえってあいつ等の癪に触るだけなので、それを踏まえた上で我々は今のうちに条件付きの懐柔策を含んだバイオイド対策を行う必要があります」
……もうこの時点でお察しだと思うが、提案者はバイオイド系の勢力拡大を「社会に上手く適応出来る個体の選別を行うにはいい機会だ」とポジティブに解釈したのである。
勿論社会に貢献してくれるバイオイド系の人口は多いに越したことはないし、そいつ等とは相反する立場である不届き者の懲罰も社会秩序の維持には必要不可欠だが、
傍から見れば先程述べた提案者の考えやヤデト人社会の未来に関する言及は「優生思想による実質上のバイオイド系差別を肯定する内容」に該当するように思えるだろう。
だがそれらはあくまでヤデト人社会の平和と安全を守る人々のことを想った言動に過ぎず、そこに種族による優劣は存在しないことを忘れてはならない。
そう、仮に普段はヤデト人社会の一員として活動しているバイオイド系が何処かで不届きな行いをしたところで「俺は人外だから」という言い訳が通用する訳がないのだ。
ましてや奴等は現にのぞフィ一行と戦っている立場にいる以上、ヤデト人社会の秩序を守るには何とかしてでもそいつ等に厳重な懲戒処分を下さなければならない。
ただそれでは単に悪人達を懲らしめるだけで終わってしまうので、一応のお情けとしてバイオイド系に社会貢献活動の参加を勧める必要があったのも確かではある。
そんな一種の勧善懲悪に基づいた上でバイオイド系の勢力拡大を上手く抑え込む方法を模索するとなれば、必然的に先述提案者が出した考えが最善策となる訳だ。
さて、ここまでの流れを見れば分かるように、のぞフィ一行と国際機関はどちらも自分達の利益を追求する為にバイオイド系を利用しているフシがあることが伺えるだろう。
それもそのはずでいくらヤデト人社会の規範や倫理を遵守する必要があるとは言え、各現場で働いている以上は何処かで自分達の取り分を確保しないといけないのだ。
そしてバイオイドはその子孫達も含めて人間の上位互換になり得る性能を誇っているので、上手く手懐ければこの上なく有能な人財に成長出来る可能性を秘めている。
つまり自己利益を追求する組織から見れば、バイオイド系は人間側が職場で置いていかれるリスクを背負ってでも採用したい労働者として十分魅力的だと言えるのだ。
もっとも一般的な企業とは違ってのぞフィ一行と国際機関は本来そこまで自己利益を追及しておらず、むしろ普段は「世の為人の為」という信念を地で行く組織として活動しているが、
少なくともバイオイド系の台頭に限って言えば常に最悪のケースを想定して行動する必要がある関係から嫌でも自己利益の確保を意識せざるを得ないのが実情であった。
そこで両勢力はそんな組織本来の信念と矛盾するように思える自己利益の拡大方法を模索した結果、「バイオイド系の社会進出を支援する」という共通した解決策を見出したのである。
とは言えその方向性はのぞフィ一行が「人間とバイオイドがお互い仲良く暮らせる社会の実現」、国際機関が「ヤデト人社会に適合するバイオイド系の選別」とまるで大違いだが、
いずれにせよ両勢力が前述の解決策を見出したのはその根底に「『世の為人の為』という組織本来の信念に沿った望みを叶えたい」という気持ちがあったからと言えるだろう。
その後バイオイド系の台頭がストロンティア以外の惑星にも影響を及ぼし始めるに伴い、のぞフィ一行と国際機関はそれぞれの目的に向けてバイオイド系への社会進出支援を始めた。
勿論この支援はヤデト人社会の歴史上でも前例が無い試みである為、両勢力は必然的に幾多の試行錯誤を繰り返す日々が続く程の大仕事を行うことになったが、
その分得られた知識や経験等を生かす機会も非常に多かったおかげで両勢力は最終的にバイオイド系の対外進出や社会進出を無事成功へと導くことが出来た。
ただ実際のところはバイオイド系が一般的なヤデト人達との自主的な棲み分けを行ったこともあって、どの地域も国際機関側が優勢な形での異種族共存状態となっていた。
当然ながらのぞフィ一行に属するバイオイド系の多くは国際機関からの圧力を快く思っていなかったが、これに対して国際機関は自らの方針を理由にバイオイド系への干渉を拒否。
以前の奴等であれば即反抗勢力の弾圧に乗り出していたと思われるだけに、それをむしろ期待していた反国際機関勢力は前述の奴等が取った対応の希薄さに肩透かしを食らっていた。
故に彼等の多くはいちいち国際機関の圧力に抗っても無駄だと諦めて元の日常へと戻ったが、それでも一部の人々は国際機関の対応に批判的な態度を取り続けていた。
しかしそんな矢先に、とある人物達がヤデト文明圏内のバイオイド系在住エリア(※以下「バイオタウン」と表記)で活動している反国際機関勢力を弾圧及び粛清する為に立ち上がった。
それこそが「社会最適合者」という称号を得る程の社会貢献を成し遂げたバイオイド系集団、通称「グレート・チョーズン・ワンズ/Great Chosen Ones(※以下「GCO」と表記)」である。
ちなみにこの「GCO」という名称は後世の人が名付けたものであり、当時現役で活動していたGCOは自らの地位を示す必要性から最期まで「社会最適合者」の名を使い続けていた。
まあこう言うとまるでGCOが同族ミラーマッチ特化型の秘密警察であるかのように思えるが、何を隠そう国際機関はこのGCOを名乗るに相応しいバイオイド系の人材を欲していたのだ。
更にその詳細については表向きこそ幾多の社会貢献を成し遂げることが就任要件となっているが、実際の職場ではそれに加えて国際機関側に有利な不文律の遵守が義務付けられている。
つまり逆に言えば奴等にとってGCO以外のバイオイド系はぶっちゃけどうでもいい存在であり、例えそいつ等が後で非常に悔しい思いをしようが別に奴等の知ったことではないのである。
さもなければ恐らく反国際機関勢力から寄せられたバイオイド系への圧力に関する批判を対外干渉の拒否で受け流すという冷徹な対応を取ることは出来なかったであろう。
そんな訳で反国際機関勢力は結成当初こそ奴等との徹底抗戦を前提に活動していたものの、結局は奴等が仕掛けた分割統治の罠にどっぷりと嵌ってしまったのだ。
なお誤解のないように言っておくがGCOはバイオイド系全員を監視対象にしているので、例え反国際機関勢力以外の人であっても決して例外では無いことを留意する必要がある。
と言うのもそれを裏付ける証拠の一つとして、GCOに大多数の負け組を踏み台とする社会貢献詐欺の被害を訴えたバイオイド系の一般人が返り討ちに遭ったという事例が多発しているからだ。
じゃあのぞフィ一行の非バイオイド系であればGCOの監視から逃れられるから大丈夫だろうと思いきや、残念ながらそいつ等は軒並み国際機関の監視対象にされている。
いや、そもそもバイオイドの生みの親である生命創造チームが国際機関の監視対象組織であることを踏まえても、そっちに加担する者は皆同類であると考えた方がむしろ自然なのだ。
ましてや今の国際機関にはこの前バイオイド系への干渉を拒否したおかげで、その労力をのぞフィ一行と行動を共にする非バイオイド系の監視に回せる余裕が出来ている。
そう、要するに奴等は監視役と同じ種族を監視対象にすれば、同志達の負担が少ない状態を保ったままのぞフィ一行を社会的に分断することが可能になると考えたのだ。
もしこれが従来の延長線上でバイオイド系の監視役を人間に任せた場合なら、恐らくお互いの話が通じないケースが多くなって最早監視どころでは無くなる結末が待っているであろう。
以上のことから、のぞフィ一行が目指していた「人間とバイオイドがお互い仲良く暮らせる社会の実現」は皮肉にも同じバイオイド系であるGCOの出現によって遠のいてしまったと言える訳だ。
そしてこの厳しい現実に打ち負かされたという屈辱がのぞフィ一行を更に追い詰めた結果、彼等はその後とある重大事件を発端とした組織消滅の危機を自ら招くことになる……。
先程述べた夏季の懇談会から十数年経つと、バイオイド系は最早単なる少数種族の枠を超えてヤデト人社会におけるダークホース的存在だと言える程の地位を獲得していた。
勿論彼等がここまでの急成長を遂げた背景には生命創造チームから様々な最先端技術を授かったことが大きく関係しているが、何よりもその恩恵による効果が半端無いのだ。
その具体例をいくつか挙げると「新生児の離巣性を維持しつつも妊娠期間は従来の約半分にまで短縮」、「性成熟に至るまでの成長速度を従来の約2倍に引き上げることに成功」、
「非バイオイド系との交配によって起こる不具合をほぼ全て解消」、「魔改造レベルの肉体改造が施されたにも関わらず致命的な副作用は存在しないも同然」等といった感じである。
早い話が彼等は鬼に金棒と言わんばかりの性能を発揮出来るように進化したからこそ、個体数と生息地を爆発的に拡大することが出来たと言っても過言では無いのだ。
そのおかげか一時は非バイオイド系から肉体改造のオファーが殺到する程の反響があったものの、実際にその許可が下りたのは希武氏を始めとする若年層に限られていたが、
それを差し引いてものぞフィ一行に属する異種族夫婦から生まれた子供の平均数は夏季の懇談会から十数年経った時点で実に約12人という驚異的な記録を叩き出していた。
しかしながら肝心の生活環境については、ハッキリ言って年々拡大していく貧富格差やバイオタウンの監視社会化による影響が非常に強いと言わざるを得ない状態であった。
特にストロンティア以外の惑星に存在するバイオタウンではそれが顕著で、国際機関やGCOが仕掛けた工作によってストロンティア側からの改善要請が通らなくなることも多々あったという。
とは言えのぞフィ一行の多くは自分の身の丈に合った生活を過ごしていたが、逆に言えばそれ以外の過ごし方は大抵の場合国際機関やGCOのお世話になることを意味していた。
つまりバイオタウンに住んでいる人達の殆どは自身が国際機関やGCOの監視下に置かれている現状を打開するチャンスを掴むことすら出来なかったという訳だ。
さて、その頃のぞフィ夫婦の家庭事情は一体どうなっていたのかと言うと、まず彼等は夏季の懇談会終了後に先述の肉体改造を受けたおかげで15人の子供に恵まれていた。
もっとも実際には既に独立した子供達の存在や育成指導部が各世帯に育児負担の分散を呼びかけていた関係で彼等と共に暮らす子供の数は最大でも約5人程度に留まっていたが、
それでも彼等は国際機関やGCOによる監視等何処吹く風で他世帯への生活支援を積極的に行う程の余裕があったことから、数ある異種族夫婦一家の中では比較的裕福な家庭を築いていた。
故に彼等の間に生まれた子供達の殆どは特にこれと言った問題も無く成長したが、長男にして史上初のバイオハーフである巧生(たくみ/Takumi)氏に関してはこの限りではなかった。
彼は遺伝的な異常が原因でバイオイド系にしては成長が人間並みに遅かった為、初就学からしばらくの間は一般的なヤデト人学校とほぼ同じ教育カリキュラムを受けていた。
ところが中学生時代になると何かしらの理由で彼を差別的に取り扱うヤデト系の生徒・教師が急増したことを機に、彼は自らが置かれた境遇に強い劣等感を抱いてしまったのだ。
その状況を重く見た育成指導部は「やはり一般的なヤデト人学校で異種族共学を実施するのは時期尚早だった」と反省した上で急遽巧生氏をバイオイド系専門の特別支援学校に転校させたが、
そこには反国際機関勢力予備軍に該当する落第生達や教師の名を騙るGCOという新たな脅威が存在していたので、結局のところ根本的な問題は何も解決出来ていないのが現実であった。
そう、要するに彼は生まれながらにしてどっちつかずな自分を受け入れてくれる教育環境に恵まれなかったのが原因で、常に周囲から迫害される学生生活を強いられていたのだ。
しかもタチが悪いことに彼が先述の特別支援学校に転校した時点で、バイオタウンは既に国際機関とGCOがのぞフィ一行の生活を厳重に監視するディストピアと化していた。
「最早巧生氏の救済方法を考えるどころではない」と悟った育成指導部はその後全てのバイオタウン在住者を奴等やGCOの監視体制から解放する活動に取りかかったが、
何を思ったかその育成指導部に幼い頃からお世話になっていた巧生氏は前述の在住者解放活動を「あんなやり方じゃ結局は反国際機関勢力の思う壺になるだけだ」と痛烈に批判した。
勿論この批判は実のところ世の中の事も碌に知らない彼自身の背伸びした言動に過ぎないが、今の育成指導部が置かれている状況を考慮するとあながち間違いとも言い切れないだろう。
とは言えそんな不遜極まりない言動に及んだ彼を育成指導部が許す訳が無く、中でも彼の母親にして教師であるソフィ氏は他の部員以上に彼の健全な成長を強く願っていた為、
先程彼が育成指導部の在住者解放活動を批判した件については「そんな人の揚げ足を取るようなことばかりしないでさっさと勉強しなさい」という厳しい返答を残していた。
だが次の瞬間、彼は「悪いが俺は既にバイオタウンを確実に解放出来る方法を見つけたんだ。お前等の手助けなんかいらねえんだよ」と言いながら育成指導部を見下ろした。
当然ながら育成指導部は軒並み彼の発言に否定的な反応を示したが、これに対して彼は前述の自身が吐いた発言の正しさを裏付ける証拠として次元の狭間から多数の援軍を呼び寄せた。
しかし彼の周りに集まったのはどう見ても不届き者としか言い様が無い連中ばかりで、その様子を見た育成指導部は彼に反国際機関勢力予備軍の疑いがあることを指摘した。
すると彼はその疑いを否定した上で「今の俺達にはバイオタウンの外にある世界を見渡す目が必要だ。さもないと永遠にあいつ等(=国際機関とGCO)の監視下で生きる羽目になる」と主張した。
それに対して育成指導部は彼が転校前に通っていた学校で試験的に行われた異種族共学の失敗を根拠に「今更転校前の生活に戻りたいと言ってもどうしようもないのでは?」と反論したが、
その後の彼が放った「俺は俺なりに学校を出た後の人生を真剣に考えた上でバイオタウンを確実に解放出来る方法を模索してきたんだぞ!!」という再反論の前では意味を成さなかった。
とうとう呆れ果てた育成指導部は彼とその援軍の自己責任を条件に「じゃあ実際に貴方達の力だけでこのバイオタウンを解放してみなさい」と彼の言い分を渋々認めた。
そして彼は援軍と共に「銀の鍵」という次元間旅行用の道具を用いてストロンティアのバイオタウンを出た後、ヤデトにあるバイオイド系専用の秘密基地で新たな生活を始めた。
こう言うと実質上の中退宣言を出す形で育成指導部を裏切ったようにしか思えないが、彼の境遇やバイオタウンの現状から逆算すると無断移住も止む無しといったところだろう。
以上のことから、彼と育成指導部は国際機関とGCOの監視下に置かれているバイオタウンの在住者達を解放する方法を巡って揉めた結果、ついには事実上の協調決裂に至ったのである。
(※以下、気が向き次第追記・修正します)
最終更新:2020年06月22日 13:29