~1~
ゴメシュー…。
排熱口から蒸気を噴出させ巨大な影が腕を振り上げる。
振り下ろされた巨大な鋼鉄の拳(ゴメスマッシュ)が輝ける摩天楼に風穴を開けた。
ゴ…ゴゴゴッ…メッ…ス。
鈍く低く、それでいて圧倒的な質量を感じさせる音を立てながら巨大なる建築物は崩れ始めた。
50mにも至らんとする巨大な人型は車を踏み(ゴメスタンプ)つけ、ビルを剣で切り(ゴメスラッシュ)とばし、電波鉄塔で街を薙ぎ払う(ゴメスイング)。
高層ビル群が立ち並ぶオフィス街に人影はない。
ここは戦闘用に調整されたVR空間であるからだ。
この巨大な人型を人影と数えるならば。
街を疾走する女と合わせて、二つの影のみが。
この街で行動し、そして街を破壊する者である。
「全くもって大雑把も甚だしい事であるな!」
「しかしながら最適解かと思われます、卿」
「然り然り、あの巨体からでは吾輩を探すのも一苦労であろう。街ごと叩くのが合理的だな。しかし、それがまともな相手であればの話だが」
「ゴメスはまともではない、という意味でしょうか?それとも卿がまともではない。とも聞こえますが」
「無論、両方だ!」
崩壊するビルの谷間を、降り注ぐ瓦礫の雨の中を女は疾走する。
その女は全裸であった。
完璧なる均衡な肉体を持つ全裸の女。
アンナ・ハダカレーニナ。
人は畏怖と尊敬を込めて彼女を露出卿と呼んだ。
街を打ち砕き進む鉄の巨人の操縦席に座る『ゴメンねスッ裸』な男。
その名をゴメス・ゴメス・ゴメス。
人々に恐れられたその名も名高き万出裸素王(バンデラスキング)ゴメス、その人である。
~2~
ゴメスは露出亜(ロシュア)のメキシコに生を受けた。
メキシコの大地は厳しいロシュアの中でも特に厳しい土地柄である。
群生するサボテンの針はチクチクと全裸に突き刺さり。
砂嵐は全裸にはとても痛い。
サソリとかもとても危険だ。
氷と雪に閉ざされた地ロシュアなのに更にこの環境である。
その代わり流石の警察組織もこの地にまでは足を踏み入れる事は無かった。
人々は服を脱ぐために血を流さねばならない、そのような地である。
貧しい裸麦農家の子であったゴメスはこの地で細々と暮らす人たちを見て成長した。
ゴメスには理解できなかった。
何故人々はこの地で苦しい思いをせねばならぬのか。
ゴメスには怒りがあった。
何故裸になる自由がないのか。
5歳の時、ゴメスはパンツを脱ぐことにした。
両親はまだ早いと反対したがゴメスはパンツを脱いだ。
ゴメスは開放感を得た。
サボテンの針でゴメスのゴメスは傷ついたが逆にそれがゴメスを鍛えることになった。
小さくてふにゃふにゃで弱っちいゴメスはいつも血を流しバカにされた。
だが15歳になった時、サボテンの針もサソリの毒も砂嵐さえ、大きくて堅く逞しいゴメスには傷一つつける事が出来なくなっていた。
もう誰もゴメスをバカにする者は居なかった。
教会の牧師(全裸)は言った。
「ならばお前はこの厳しい環境と引き換えに自由を得ることになるだろう」
「すなわち酒と暴力と全裸だ」
「万の服を脱げ、それも自由だ」
「出す自由がある、ナニを出すかはお前が決めろ、自由だ」
「裸でいることができる、それはお前の持つ当然の権利だ」
「素っ裸、それは偽りなき自分だ、けして見失う事のない自分だ」
「そう、お前は万出裸素(バンデラス)だ」
「暴力と全裸がお前に欲しい物を与えるだろう!」
「気に入らないヤツは全裸で叩きのめせ!」
「お前は誰にも理解されないが、お前は誰にも理解される必要がない!」
「強く、大きく、生きろゴメス!」
この時、ゴメスは魔人として覚醒した。
大きく!
堅く!
逞しい!
それこそが強さなのだと!
鋼鉄(サイバネティクス)は無敵の堅さを!
石油(オイル)は漲る巨大さを!
蒸気(スチーム)は逞しき熱量を!
それは魔術によって生み出された鋼鉄の巨人(ギガント)!
それはゴメスを象った蒸気の幻想(スチームパンク)!
それは15の権能を持った全裸の天使(エンジェル)!
無敵の万出裸素王(ゴメスパロボ)の誕生である。
ゴメスパロボが世界中を荒らしまわり、露出亜への弾圧が厳しさを増したのはその少し後であった。
~3~
通常、VR空間には外部からのアクセスはできない。
だが露出卿に付き従う少女の魔人能力『匿名露出自撮り生放送コメント付き(アカバンガール)』はあらゆる電脳空間に潜り込み自撮り映像と音声を届かせることができ、相手からも反応を得る事が出来る凶悪極まりないハッキング&通信能力であった、ただし裸で。
とあるホテルの一室に無数のモニターとハードディスクに囲まれた少女が高速でキーボードを叩きながら、情報収集で露出卿のバックアップを行っている。
まあ、裸で。
それが少女の魔人能力の制約であるので致し方ない。
うん、仕方ないよね。
しかし、彼女のハッキング能力を持ってしてもゴメスパロボのシステムに潜り込むことはできない。
「バカなのですね、これはきっとバカなのですね。今時制御機構が完全蒸気機械式だなんて」
少女は微かに舌打ちをする。
「ふむ、馬鹿には違いあるまいが、ゴメスは単なる馬鹿ではない。あれは褒め称えるべき大馬鹿だ。」
胸を張って露出卿が応える
鉄と油と蒸気で動く鋼鉄の巨人は電子機器に無縁の存在だった。
「では正面から戦うというのは?」
「流石にそれは聊かに苦労するだろう。圧倒的力に対して圧倒的実力で組み伏せるというのは浪漫ではあるし、そういう戦い方も勿論好ましい。だが、違った戦い方もまた良しだ。さて戦闘空域の建造物データは解析できたかね」
「順次解析中です、卿」
「よろしい!では鋼鉄の巨人を退治するとしようではないか」
呵々と笑う声が少女の耳に届いた。
~4~
「うめぇな、ゴメチップス。マジウメェ!マジパネェ!ウケルww」
ゴメスパロボのコックピットでゴメスはゲラゲラと笑った。
食い散らかされたゴメスナックの数々とゴメスカッシュやゴメスプライトの空き缶が散乱している。
ゴメスは全裸であった。
「おいおいおいおい~。まだなのか~?まだ出てこねぇーのかぁ?」
手にしたジョイコントローラーのボタンを押すだけで股間のゴメスキャノンからミサイルが乱舞し高層ビルが崩れ去っていく。
「ひゃっほい!命中~、ハイ死亡~ってかァ?うひゃひゃ」
とてつもなくウザい独り言を呟きながらゴメスは街を破壊している。
「ンだよォ!あれだろ?露出卿ったら有名人じゃん?マジかよ俺の方が有名だっつうの!こそこそ隠れてないでさァ!ウルトラミラクル有名人のゴメス様の前に出てきてくれよォ!俺様ちゃんがサクッと片づけてさァ!俺の方が強いって事を教えてやっからよォ!」
ゲラゲラと不快な笑い声を大音量で街にばら撒きゴメスは進撃する。
(ああ~、うぜぇ。この程度の挑発に乗らねえってか。そりゃそうだよな。街ぶっ壊してりゃ巻き添えで死ぬかとも思ったけどよ。こんだけ目立ってちゃあ近寄っても来ねえかァ?)
ゴメスにとって言葉は武器の一つである。
タダで使える強力な武器であるという事をゴメスは熟知している。
敵を罵倒し挑発することで冷静さを欠いた相手を倒すのは楽なことこの上ない。
大会規約の目を盗んで看守どもを唆し出場の機会を得たゴメスはけして馬鹿ではない。
愚者と侮られることは、ゴメスにとって利である。
あえて馬鹿に振る舞う事で敵が油断してくれるなら。
多少の隙を見せて相手が動いてくれるなら。
そこを叩き潰せばよいだけの事なのだ。
「挑発に乗るわけではないが!戦いの準備は整ったぞ“万出裸素(バンデラス)”ゴメス!!」
何時の間にか。
(いや何時の間にか、じゃねェ。瓦礫の隙間を通り抜けやがったかァ?俺様の目を盗んでよォ!)
ゴメスパロボの足元に全裸の女が立っていた。
「うひょ!良い女じゃねえかァ!死ね!露出卿!」
ゴメスパロボの排気口(ケツ)から猛毒の神経ガスとゴメスの足の匂いが噴出される。
ゴメスの15の機能の一つゴメスメルは障害物の多い対人戦において特に有効な攻撃だった。
が、しかし。
グラリ、とその瞬間にゴメスパロボの体が傾く。
いや回転する
「ンだァ!?」
露出卿が、ゴメスパロボを投げ飛ばしたのだ。
「いざ、参る!」
~5~
投げ技を持つ武術において、如何に相手の体勢を崩すのかというのが重要である。
「あれを持ち上げて投げ飛ばすのですか?卿」
「そうしたいのは山々だが、あれほどの巨体を技だけでどうにかはできないな」
「では、どうしますか?ワイヤーでも使って足を引っかけて転ばすとか」
「ふむ、準備さえ整えば悪くない作戦だが、あの質量を引っかけるとなるとワイヤーを使うにしても強度が足りぬ」
「では、別の考えを」
「いやいや、持ち上げるのは無理であるが。投げることはできるぞ」
露出卿の魔人能力『高速5センチメートル』は。
触れた物を5センチメートル移動させことができる。
ゆえに、肌の露出が多ければ接触面積が増えて有効な活用が可能となる。
なるのだ、全裸である事は致し方ないと言えよう!
言えるんだって!
さて触れた物とはなにか。
魔人能力は個人の認識の拡大を世界の押し付けるとされる。
何に触れたかを露出卿がどう認識したかによって。
その効果は発揮される。
~6~
「いざ参る!」
露出卿が動く。
(道路を踏みつけよ!奴の左足が乗るこの直線道路を5センチメートル下方へ!)
露出卿は道路を踏み抜いて走りゴメスパロボの右足に触れる。
(この“右足”を右斜め前方に5センチメートル!)
浮き上がった足の隙間に腕を差し入れる。
(“ゴメスパロボ”を5センチメートル上方へ!)
流れるような動きを外から見れば、人間が50mにも及ぶ巨人を投げたように見えるだろう。
普通ならばその程度の誤差は鉄の巨人のバランス制御の範疇である。
だが、露出卿の能力は早い。
一瞬のうちにゴメスパロボは後方へ転倒する。
「舐めんじゃねぇぞ!このゴメス様をよォ!」
ゴメスガーディアンと呼ばれる(主にゴメスによる自称)後部防御フィールド展開機能。
そしてゴメスカイと呼ばれる飛行能力によって仰向けの体勢ながらゴメスパロボは踏みとどまる。
だが排出口(ケツ)に道路標識が突き刺さりガスの噴出が止まる。
(これも計算ずくか?危ねぇ!だが耐えたぞォ!?)
しかし、攻撃は終わらない。
周囲に立ち並ぶビル群がゴメスパロボに対して一斉に倒壊したのだ。
「なッ!?てめェッ!」
「ずいぶん時間がかかったが、それぞれのビルの支柱や基礎を少しずつ動かしておいたのである。あとは道路が僅かに陥没すればこれこの通り。さて大質量の攻撃に耐えられるかね」
全力でその場を離脱する露出卿が呵々と笑った。
その女は全裸である。
~7~
瓦礫の山が崩れる。
「やりましたね、卿」
「ふむ、これで流石の巨人も動けはしないだろう、君のデータ収集と計算のおかげだ。しかし、動けなくなったのはゴメスパロボだけだよ」
「え?」
露出卿が崩れた瓦礫の山を見据える。
その山の頂上には全裸の男が立っていた。
男の名はゴメス。
瓦礫に押しつぶされる寸前にゴメスァラバと呼ばれる機体消滅能力を使いゴメスパロボを解除、瓦礫の中の空間をゴメスイムによって泳ぐように脱出したのだ。
「よぉ、露出卿。良い体してるじゃねえか、そそるぜェ!」
「ふむ、ゴメス。機械の体など脱ぎ捨てて全裸になった方が似合っているぞ」
「ぬかせ、化けモンに言われても嬉しくねえっつうの。ま、本物の化けモンってのはァ」
ゴメスが走る。
「俺だがな!」
ゴメスが地面から掴み取って投げた瓦礫が奇妙なカーブを描いて露出卿に迫る。
キィン…。
だが瞬時に瓦礫は黄金剣の一閃によって切り捨てられる。
「ひゃっひゃ!魔球ゴメスライダーつってな。ゴメスパロボにできる事はよォ。ま、俺も当然できるんだよォ!」
(流石にミサイルとか、バリアは無理だけどなァ…ま、そんなことまで馬鹿正直に言う必要は!ねえよなァ!)
「器用な男だ」
露出卿は黄金の剣を抜き半身に構える。
「ひゃーッ!!」
ゴメスが飛び上がる。
メキシコで鍛え上げられたゴメスの股間はサボテンより鋭く砂嵐より激しい。
「ゴメスラッシュ!!」
振り下ろされるゴメスの股間剣を露出卿は回避する。
「器用ゆえに、一つ一つの攻撃は、未熟!」
「そりゃどうも!参考にさせてもらわァな!」
踏みつけのゴメスタンプの追撃を黄金卿は剣で受ける。
剣を踏み台にしてゴメスがさらにジャンプ。
「痛ェーぜ、クソが!」
上空へのバック転の瞬間、ケツからゴメスメルを噴射!
毒ガスとまではいかないが単純にオナラは臭い!
「ぐぬッ」
「ヒィハァー!」
左右両拳のコンビネーションから繰り出されるゴメスマッシュ!
一瞬の目つぶしは流石の露出卿もたたらを踏む。
その隙をついた連撃が叩き込まれる。
「ぐはッ!」
「ヒャーハハ!!ゴメ…」
屈み込むように体勢を低くするゴメス。
「ゴメスイマセンデシターッ!!」
突如の土下座であるが、しかし露出卿は表情を変えない。
この男がこの局面で命乞いなどするはずもなし!
勢い良く叩きつけたゴメスの両手により大地に震動が走り露出卿のバランスが僅かに崩れる。
「ンて、謝るわけネェっての。わかるよなァ!!」
挑発、目つぶし、振動による崩し。
致命の一撃ではない、すべては相手の動きを封じる為の布石。
一瞬で良い、この強敵に対しては一瞬で良いのだ。
相手の動きを封じた一瞬。
その一瞬が必殺の勝機。
即ちこの一連の流れこそがゴメスペシャル!
次の一撃を必殺足らしめるゴメス最大奥義の一つ、通常の技を絡めても技の威力は少なく見積もっても倍となろう。
だが次に繰り出される技は必殺。
おお、見るが良い!ゴメスの股間が奇妙に曲がる!
メキシコの毒サソリの猛毒を受け続けたゴメスの股間は今やサソリの尾にも等しい毒針と化したのだ!
次に繰り出される技こそゴメスの奥の手中の奥の手。
この技を知る者はゴメス以外にはいない。
何故なら受けた者は死ぬ以外になし。
人知れず鍛錬を積み、これだけを達人の技と極めたゴメスのバンデラス奥義。
他の技を未熟と笑われても構わない。
馬鹿と侮られても構わない。
最後に立つのが自分であれば。
ゴメスは全く構わないのだ。
卑怯ではない、それが露出亜のメキシコの大地を生きるゴメスの生き様である。
ゴメスカーレットニードル。
致命の一撃を前にして露出卿は自分の豊満な胸を揉んでいた。
~8~
相手が達人であるほど。
この能力は嵌る。
ほんの僅かの隙、ほんの僅かのずれ。
間合いを外し、間合いを詰める。
自らを触る。
『高速5センチメートル』によって、露出卿は自分自身を5cmだけ移動させたのだ。
「てっ!?」
ズシャッ…。
振り上げられた黄金剣がゴメスの体を逆袈裟に斬り割く。
「てめえェ、セコイ能力の使い方しやがって…だいたい最初からやり口が卑怯なんだよォ」
ゴメスの鋭い股間は露出卿の心臓ではなく左腕に突き刺さっていた。
ザンッ!
毒が回る前に返す斬撃で露出卿は自らの左腕とゴメスの股間を切り落とす。
「君に言われた場合、卑怯は褒め言葉と捉えてよいのかな?」
露出卿は血を流しながら笑う。
「ンなわけあるかよ、クソ女が。単純にムカつくだけだ」
「いや、だが見事であった、ゴメス。また立ち合いたいものだ」
「ケッ、二度と戦うかよォ。バーカ、バー…」
ドサリ、とゴメスは倒れ伏した。
オフィス街は見る影もなく瓦礫に埋め尽くされている。
倒れた男の周囲は血で赤く染まっていた。
勝者、露出卿。
~9~
「どうであるかな、吾輩の活躍は?ロシュアの評判もうなぎ上りではあるまいか」
「いえ、動画のコメントは『ロシュアヤベェ』とか『恐ロシュア』とか『おかずにしました』とか『男の全裸はいらねえ』などばかりですが」
「なんと、ふむふむ。確かにこれは身内の争いであったな」
「そういう問題ではないかと」
「しかし、良い男であったよ、ゴメスは」
「まあ、顔は良かったですね」
「顔が良く、肉体も鍛えられておる。性格は捻くれておるが、それも良さであろう」
豊満な胸を揺らし呵々と露出卿は笑うのであった。
おしまい