重苦しい雰囲気の漂う生徒指導室。教壇に立つのは身長2メートルを超える大男。彼は黒板を強く叩きながら、荒々しい声を上げた。
「全く嘆かわしい! ここまで違反者がいるとはな!」
大男は名を木下礼慈と言い、この希望崎学園の2018年度生徒会長であった。木下は集められた校則違反者の面々に険しい顔を向ける。
「いいか、俺も昔は不良だった! だがな……ゲヒ、ハヒ、フヒヒヒヒヒ……」
説教中に突然恍惚の表情を浮かべ妖しい笑いを発し始めた木下に、違反者たちは一斉に不審の目を向ける。彼の視線の先には、教室の隅で小さく佇む副会長・滑川ぬめ子の姿があった。
「会長……続けて……」
「ニャヒヒヒヒヒ……すまん! 俺は、フヒ、俺は、“愛”を知った!」
この時点で、この場の全員が嫌な予感を胸に抱いた。
「そうだ! 貴様らが違反を働くのは……“愛”が足りんからだ!」
しかし、嗚呼、こうなった木下を誰が止められようというのか。
「そこで! 我々は貴様らのために特別なイベントを企画した! もちろん貴様らは全員強制参加だ!」
木下の発言を受け、教室内がにわかにざわめく。
「い、イベント……」
「また始まった、会長の……」
「しっ!」
ひとしきり教室内の反応を楽しむかのように十分に間をとった後、木下はそのイベントのタイトルを宣言する。
「名付けて『ラブマゲドン』!」
「『ラブ……マゲドン』……!」
かつてこの希望崎学園では、生徒会と番長グループが血で血を洗う闘い『ハルマゲドン』が度々勃発していたという。最近の希望崎学園ではこの最終戦争はとんと見なくなったが、今回の『イベント』のタイトルはそれを彷彿とさせた。間違いないのは、この『イベント』がハルマゲドンと同様ろくでもないものだということだ。
「おっと、逃げようなどと思うなよ。分かっているだろうが、『あたる』が待機している」
教室は戦慄した。『あたる』――『スナイパーあたる』。生徒会役員らしいが1万メートル上空に待機しており、誰も姿を見たことはない。だが、彼のことを知らない者はいない。彼に狙われたが最後、命は無いのだ。
「まあそう難しく考えるな。ルールは簡単だ。24日から25日に日付が変わるまでの間に、お互いに愛する者を作り、俺ん所に報告に来てくれ。その“愛”が本物なら、学園から出してやろう」
その引っ掛かるところがある言い回しに、一人の生徒が声を上げる。
「待て! 逆に言えば3週間くらい学校から出られないのかよ!」
「心配するな、食料の備蓄なら沢山ある」
暗に肯定を示す返事に、また教室はざわめく。
「そんな! 着替えはどうするのよ!」
「母ちゃんに連絡しないと……!」
そんな不安漂う教室の空気を引き裂くように、一人の男子生徒が「バン!」と机に拳を叩きつけた。
「たしか、愛し合う者を作れ……と言ったな?」
「ああ」
木下の睨みつけるような視線に男子生徒は一歩も引かず、落ち着いて、懐から財布を取り出し、中に入っている一万円札を突き出した。
「オレは諭吉を愛している! 諭吉もオレを愛している! だからここから出せ!」
「さすがにそれは無理があるのでは」と思う者もいたが、空気を読んで皆黙っていた。
木下は何やら考え事をしているようだったが、やがて静かに口を開いた。
「言い忘れたが……偽りの“愛”を俺に語った者は、『不幸』になるぞ」
「はぁっ? 不幸がなんだって――」
その時、換気のために少し開けていた窓から強い突風が吹き抜けた。そしてそれは男子生徒が手に掲げた一万円札を、彼の元から永遠に奪い去っていった。
「ああ! オレの諭吉! 諭吉ぃ~~~~!!!」
高校生にとって1万円がどれほどの高額か。彼の身にはたしかに『不幸』が降りかかった。周りの生徒たちは心の中で彼に合掌した。
「ま、心配するな。逃げさえしなければ命までは取らないし、最悪期限切れでも、ヘヒ、ヒャヒ、ぬ、ぬめちゃんが直々に“愛”を教えてくれるって言うからよ!」
様子のおかしい会長。顔を赤らめる副会長。生徒たちは思った。絶対に期限切れを迎えてはいけない、と。
しばらくして落ち着きを取り戻した木下は最後の説明をする。
「今頃全校集会で校長が他の生徒にも『ラブマゲドン』のことを話している! じきに避難が始まるだろうな。それとももしかしたら恋人募集中のヤツが参加してくれるかもしれねえ! 開始は1時間後! その時に学園にいたヤツ全員が参加者だ!」
こうして狂気の恋愛イベント『ラブマゲドン』がその幕を開けたのであった。