漆黒の闇。夜の闇。それはただの闇ではなく、ヒトの心に恐怖を落とす闇だった。
そして、雨。冷たい雨。震える雨。人の心を追いつめる、雨。
その中をひた走る、一つの影があった。
その影は、こんな雨の中でも非常識に早くて…そのくせ、息一つ切らしていない。
それ以前に、影は『雨に濡れて』すらいなかった。
影に雨粒が触れるが早いか、ソレは陽炎のように消失する。今走っている砂漠は泥沼みたいになっているのに。
影の、金色の髪がふわっと揺れた。影の名は
リュック。“元人間”。
「気味悪いの我慢すれば色々便利かもね…。」
リュックはそう呟きながら疾走を続けていた。異常に上がった…リュックの意志で上げた…体温のおかげで雨粒は触れた端から蒸発していく。
初めて“理解した”瞬間は気が狂うかと思ったが、慣れてしまえばどうって事はない。
ちょっと力を押さえれば、普通の人間と変わらないのだし。
…リュックはただただひた走る。
ティーダと
アーロンを探して。
「ふぉふぉふぉふぉ…いたわい…。」
殺し合いの舞台…帝国本土の上空で、紫色の影がおかしそうに揺れた。
毒々しい紫色のローブを身に纏った老人…
アークマージ。
その身体も雨に濡れていない。もっともこちらは、雨が身体に触れてすらいない。
アークマージは、顔を隠すローブの下で、嫌らしい笑みをにやっと浮かべて見せた。
「いたぶりがいがありそうじゃ…イイ声で鳴くじゃろうて。くけけけ…。」
アークマージが、泥の海へと変じた砂漠に降下を始めた。
リュックは何となく背筋が寒くなって足を止めた。
鋭敏になった神経が、何か…何かを警告している。空の上から、何か…?
思わず上空を見上げたリュックは、絶句した。
普通人ならば決して見上げる事はかなわない雨の中、全身をすっぽり覆うローブを纏った何かが降下してくるのがハッキリ見えた。
「あ、アレ…。」
下りてくる者を知っている。ゲームが始まった時見たあの……。
ゲームの解説役は
エビルマージであって、アークマージではない。だが、リュックには、その二人の区別はつかなかった。
「アイツが…っ!」
逆らえば首輪が…と言う事を一瞬忘却した。
瞬時にリュックが“進化”する。
右腕が真っ黒で巨大なカギヅメに転じ、背中から二枚の蝙蝠の羽が生えそろう。
どおんっ!
炸裂音と共に、泥となった砂がはじけ飛ぶ。リュックはアークマージめがけて飛行を開始した。
「ぬ…?」
アークマージのだらけきった脳は、その瞬間を認識できなかった。
いきなり眼下の砂漠にどでかいクレーターが現れて…。
気がつけば、その眼下の砂漠に顔面を埋めていた。
「?!?」
アークマージが動揺する。今のは何だ?さっきまで空を飛んでいたはずだ。なんで砂漠の泥の中に顔を突っ込んでいるのだ?なんで腹がズキズキ痛むのだ?
アークマージは、認識できないほどのスピードで殴られた腹に激痛を感じながらうつぶせになった身体をひっくり返す。
空の上に、あの娘がいる。何故か、蝙蝠の翼を生やしてそして、右腕を異形に変じて…。
ぶん、と娘…リュックがその異形の腕を振う。
そのとたん、アークマージの周りの泥が跳ね上がり…その泥と一緒に、アークマージの下半身が宙を舞った。
「うがぁあぁぁぁ…!」
非常識なくらい長時間空を舞う下半身…己の下半身を見て、アークマージが絶叫する。遅れてやって来た激痛に。
同時に腹からずるっと大量の“何か”が外にはみ出していく感触が…。
(に、ににに逃げるんじゃ、早く早く早く!え、ええええエビルマージのヤツに下半身をつつつ作ってもらわねば!ぁぁぁ!)
「る、るるるるぅぅぅらららぁぁぁぁぁ!」
ただの悲鳴にしか聞こえぬアークマージの声。しかし、その言葉に秘められた“力”はきっちりと発動した。
アークマージの視界がダメージのためではなく歪み、そして次の瞬間には別の場所を移しだしていた。
ゾーマの城のとある一室を。
「っあぁっ……くはぁっ…!」
(な、何コレ…!)
リュックは、砂漠と言う名の泥水のたまり場で苦しげな声を上げた。
何なのだろうこれは?アレが逃げた…消えてしまった後、地上に降りて、あの羽とカギヅメを元に戻したとたんに、お腹の辺りが焼け付くような…!
(…ひょっとして…!)
何か、ぴんと来る物があった。
化け物になった時、かろうじて身体に引っかかっていたザックに手を突っ込み乱暴にあさくる。取り出したのは、パン。
「っくんぐっ!」
手にしたパンを思いっきり貪る。ろくに噛まずにごくんと飲み込むと腹の焼けるような痛みが少し遠のいた。
そう。つい今までリュックを襲っていた腹痛は、空腹から来た物だったのだ。恐らくは、“進化”のせいだろう。
(あんまり変身しない方がいいかもね…食べ物、いっぱいあるってワケでもないし…)
一緒に取り出した水筒の水を飲みながら、リュックはそう思った。
【リュック(魔獣化制御・身体能力上昇・空腹) 所持品:
黄金の腕輪(進化の秘法)
第一行動方針:仲間と会う】
【現在位置:封魔壁前の砂漠】
※魔獣時の能力を行使可能(レベル3コンフュ・真空波)・腕輪を失えば再び暴走の危険性有り
最終更新:2011年07月18日 07:59