03
ラーメンを食べて、おばちゃん達と話をして三十分と少し。
「じゃあ、ご馳走様。また来るね」
さゆりちゃんに千円札を渡すと、さゆりちゃんはレジからお釣りを僕に渡しながら、言い難そうに切り出した。
「ねえ、瀬野さん…。あのね?」
「何?」
「あのぅ…、うーんと…」
本当に言い難そうだ。恥ずかしそうに頬を染めて、身体をもじもじさせて…。な、何が言いたいんだろう?
「どうしたの?さゆりちゃんらしくないなぁ」
「…そっかな?あ、あの、大した事じゃないんだけど…。あのね?来週の木曜日、ここの近くのライブハウスでライブやるんだけど…」
「え、そうなんだ!見に行っても良い?」
「も、勿論よ!瀬野さんならきっとそう言ってくれると思ったんだ!あ、これ前売り」
さゆりちゃんがズボンのポケットから取り出したのは、ライブのチケットだった。
彼女はミュージシャンを目指しているらしい。高校の時の友達とインディーズバンドを組んで、たまにライブをしてるんだって、前に嬉しそうに話してくれた。
今は小さなライブハウスでしか歌えないけれど、いつか上京しては『日本の音楽を背負うトップシンガー』になるのが夢なんだって。
確かにここの近くのライブハウスだ。まあ、小さな会場だけれど彼女にとっては夢への第一歩なんだよね。
「チケット代、幾ら?」
「…ううん、良いよ。瀬野さんが見に来てくれるんなら。その代わり、絶対見に来てね?」
「勿論行くよ!締め切りもないしね。…仕事もろくにないしね」
「やーだ!ちょっと暗くなんないでよー!瀬野さんも私も夢の為に頑張ってる、言わば同志でしょー?私頑張るから、瀬野さんも頑張って!」
…ううっ、なんて素直で純粋で良い子なんだろう。こういう子だからこそ毎日会いたくなっちゃうし、頑張ろうって気になれるんだよなぁ…。本当に頑張ろう…。
その時、彼と目が合った。やっぱり睨み付けるような鋭い眼差し。
どうしてそんな目で僕を見るんだろう…。そんな事を思いながら、僕は彼から目を逸らした。
「おばちゃんも行くの?」
そう尋ねると、おばちゃんは眉毛をハの字にして残念そうに首を振る。
「残念だけど行けないよ、店があるからさ。だから、あたしの分まで見てきておくれよ」
「うん、分かった。任しといて…と言えるほど、音楽詳しくないけどね」
「音楽に詳しいも詳しくないもないだろ、感じたままで良いんだよ。ああ、でも伊吹は行くんだろ?」
突然彼の名前が出てきて、どきっとしてしまう。
でも当たり前か、さゆりちゃんが僕を誘って彼を誘わない訳ないよね。同じバイト先だし、若い子の音楽なら彼の方が詳しそうだし。
彼は湯気の向こう側からさゆりちゃんを見て、一瞬だけ僕を見て、こくりと頷いた。
「はい、行きます」
「あんた、ノリが悪そうだからねぇ。大丈夫かい」
「確かに!伊吹君が一番心配だよー!ガンガンにテンション上げて来てよー?」
「それは…無理かも」
もー、しっかりしてよー!なんて言われながら、さゆりちゃんにバンバン背中を叩かれた彼は、背中を手で擦りながらもう一度僕の方を見た。
やっぱり睨み付けるような目していて、直ぐに逸らされる。
「………分かったかも」
「え?何か言ったかい?」
「…ううん、何でもない…けどもう帰るね。ご馳走様。さゆりちゃん、チケットありがとう、絶対見に行くよ」
「約束だからねー?」
「勿論!じゃ、またね」
バイバイ、と笑顔で手を振って、僕はきくいちの扉をピシャンと閉めた。
分かった、分かっちゃったよ。彼が僕の事を嫌いな理由。
彼はさゆりちゃんの事が好きなんだ。だから、さゆりちゃんと仲良く接してる僕に嫉妬してるんだ。
そう考えたら、あの時もあの時もって思い当たる節が次々出てくる。さゆりちゃんは全く気が付いてないみたいだけど。おばちゃんは多分気が付いてるだろうなぁ。
でも、それが本当なら彼にはだいぶ悪い事してるなぁ。いや、さゆりちゃんに特別な感情がある訳じゃないけどさ。可愛いし、癒されるし…、ついつい話しかけちゃうもんね。
だけど、きくいちに行くのを止めようとは思わない。むしろ、こんな身近な恋愛話、ネタにしない手はない。
本当にごめん、伊吹君。でも、良い男に書いてあげるから!
最終更新:2009年12月10日 00:07