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本当は嫌だった。
さゆりちゃんが…って訳じゃなくて、夏祭りが嫌だったんだ。
だって、あそこには美咲の思い出が詰まっているから。
さゆりちゃんに夏祭りを一緒に回ろうって言われた時、伊吹君なら止めてくれるんじゃないかって思った。
伊吹君はさゆりちゃんが好きだから。
自分の好きな人が自分以外の人とデートみたいな事をするなんて、きっと面白くないだろう。
伊吹君としては嫌な筈なんだ、なのにどうして止めてくれなかったの?
僕がさゆりちゃんとデートしても良いのかな…。
僕は伊吹君が止めてくれるのを待ってたんだ。
でも、それは間違ってる。嫌だったなら自分で断れば良かったんだ。
理由なんて幾らでもあるじゃないか。その日は用事があるだとか、やっぱり人混みは嫌いだからとか…。
なのに、断れなかったのは…、伊吹君に見捨てられたような気になったからだ。
伊吹君ならきっと助けてくれるような気がして――それが僕の為じゃなくて、自分の恋の為であったとしても――なのに助けてくれなかったら、何だかどうでも良いような気持ちになった。
何て自分勝手な僕。こんな気持ちじゃ、本当に喜んでるさゆりちゃんに申し訳ない。
でも、やっぱり苦手だ、夏祭りは。
だって、美咲は夏祭りが好きだったんだ。
あの雰囲気と空気と行き交う人の笑い声が好きだ、と美咲は言った。
四年前のあの日、美咲と行った夏祭り。
美咲が作ってくれた浴衣は僕は紫で、美咲は淡い水色だった。
二人で笑いながら出店を回った帰り、僕達は約束を交わした。
『来年も一緒に行こうね、夏祭り』
その約束は永遠に叶えられないものになった、。
だから、もう二度と行かないって決めていたのに…。
あの雰囲気と空気と行き交う人の笑い声は、美咲と共感出来ないなら好きだなんて思えない。
美咲がいなきゃ、楽しい事も嬉しい事も意味がない。心が動かない。
「…どうかしました?」
「え?」
伊吹君に声を掛けられて顔を上げると、店内には数人のお客さんと伊吹君しかいなかった。
さっきまできゃあきゃあと甲高い声を上げていたさゆりちゃんの姿はない。どこに行ったんだろう?
「さゆりちゃんは?」
「出前に行きましたけど…。ちゃんと瀬野さんに声を掛けて行ったでしょう。聞いてなかったんですか?」
全然気が付かなかった…。拙い、僕はちゃんと笑えていたんだろうか。
さゆりちゃんが出前に行った事も分からないほど、考え事をしていたなんて…。さゆりちゃんに変に思われたかもしれない。
…駄目だ、人前で考え事をするなんて。僕は直ぐに周りが見えなくなってしまうから。
笑っていなきゃ、他人に変に思われないように。
ごく自然に笑ってなきゃ駄目なんだ。
「伊吹君」
「はい?」
「どうして…」
どうして止めなかったの?さゆりちゃんと僕がデートしても良いの?――そう尋ねようとして、僕は口を閉ざした。
そんな事を尋ねるのはおかしい気がする。僕がさゆりちゃんとデートするのが嫌みたいだ。
確かに夏祭りだからってだけじゃなくて、他の人とデートするのは美咲に対する裏切りのようで嫌だけど…。
さゆりちゃんがデートって意味で僕を誘ったんじゃないだろうし…。だから、きっと伊吹君も止めなかったんだ。
…そうなんだよね?間違ってないよね?
「瀬野さん?」
「あ、何でもないよ。それより伊吹君は行かないの?お祭り」
「行きません…いや、行きますけど、俺は出店の方なんで。遊んでる暇は多分ないですよ」
「え、出店!?伊吹君、お好み焼きとか売るの?」
「お好み焼きじゃないですけど…。毎年、きくいちは出店を出してるんですよ。売ってるのはラーメンと冷やし中華と焼そばです」
そうなんだ…。商店街主催のお祭りでも、商店街以外のお店も出店を出せるんだ。
お祭りでラーメンって売れるのかな?暑いのに…、作る方はもっと暑いだろうなぁ。
「暑そうだね、僕手伝おうか?」
「…とんかつを『パン粉を付けて油で揚げた物』なんて言う人に、手伝って貰う事なんかありません。気持ちだけ受け取っておきます」
伊吹君は心底嫌そうな顔をして、そう言った。
何で!?まるで僕が料理出来ないみたいにっ。実際あんまりしないけどっ!
出来ないんじゃなくて、面倒だからしないだけだってば!
軽く睨み付けても、伊吹君は笑ってる。…絶対いじめっ子だ、この子。
「そーだよねっ!僕なんかいらないよね!おばちゃんと伊吹君とさゆりちゃんがいれば…って、さゆりちゃんと僕が遊びに行ったらやっぱり人が足りないんじゃないの?」
「いえ、一日くらいなら…。それに俺の友人が助っ人で入る事になってるんで」
「友達?」
「高校の時の同級生です」
伊吹君の友達かぁ。どんな人だろう?
ていうか、ここの店員さん以外がきくいちのラーメンを作るのって想像が出来ないな…。
とにかく、手伝いをする事にしたら、さゆりちゃんとデートを断る口実になる…なんて考えは通用しないみたい。
ふう、と思わず溜め息が零れた。
「…行きたくないんですか?」
「えぇ?何が?」
「そんな事を言われると、何だかさゆりさんと祭りに行くの、嫌だって思ってるように見えますけど…」
す、鋭いなぁ、伊吹君。どうして分かっちゃうんだろ?
顔に出てるかな?僕、感情はあんまり顔に出ない方だと思うんだけど。
…だけど、本当の事は言えない。他人に知られるのが怖いんだ。
「そんな事ないよ?ただ、人混みがねー…」
「…今更行かないなんて言わないで下さいね。さゆりさん、凄く楽しみにしてるみたいなんで」
そうだよね、今更断るなんて僕には出来ない。だって、あんなに楽しみにしてるんだ、さゆりちゃん。
嫌だったんなら、最初から断れば良かったんだから。
だから、やっぱり行かなくちゃならない。
「うん、勿論行くよ。さゆりちゃんときくいちの出店に遊びに来るね」
「…来なくて良いですよ」
「な、何で!?どうしてそういう事言うの!?」
「たまにはラーメン以外の物を食べて下さい。色んな出店があるんですから」
伊吹君に呆れたように溜め息を吐かれる。
そ、それはそうだけど…。勿論行ったら行ったで、色んな出店を回るつもりだよ?
だけど、きくいちの売り上げに貢献しようという僕の気持ちはどうなるんだよ。
伊吹君、冷たいんだから…。いや、僕の身体の事を考えて言ってるなら、温かいけどさ…。
「じゃあ、焼きそばにするよ。ラーメンじゃないし!」
苦肉の策として出した僕の答えに、伊吹君は苦笑いを浮かべた。
その表情から、僕に会うのが嫌な訳じゃないと分かる。
そんな伊吹君を見て、僕はまるで伊吹君に会う為の口実を作ってるみたいだ、って少し恥ずかしい気持ちになった。
僕の中に生まれたこの感情は何だろう?
答えはまだ見つからない。
最終更新:2010年03月20日 22:20