アットウィキロゴ

29


さゆりちゃんと待ち合わせて祭りに行って、真っ先にきくいちの出店に行った。
焼きそばを買いに…っていうか、伊吹君に会いに。
さゆりちゃんとデートって訳じゃないんだよって伝えたかったんだ。
だけど、淡いピンク色の浴衣を着ているさゆりちゃんは凄く可愛くて、何だか否定したところで信憑性に欠けるっていうか…。
第一、僕はデートのつもりはないけれど、さゆりちゃんはどうなんだろう?
まさか僕相手に…、そんな気ないよね?

「ねえ、さゆりちゃん…」
「んー?なーに?」
「あのさ………、伊吹君の友達ってどういう人…なのかな?」
「漣君の事?えっ、何で?」
「いや…、うーんと、なんか変な事言ってたから」

デートのつもりなの?――そう聞こうとして聞けなくて、僕は全く別の事を聞いていた。
聞いてもし頷かれても、僕にはどうする事も出来ないし…。それに、伊吹君の友達の事が気になるのは確かだ。
伊吹君はいかがわしい事って言ってたけど、『良い事』って何だろう?

「あの子、れん君って言うんだ?」
「うん、東堂漣君。あ、そういえばアイツ、名乗らなかったよねー。瀬野さんは名乗ったのに、失礼な奴!」
「ははっ、伊吹君と仲良さそうだったね。伊吹君が敬語使ってないの、初めて見たかも」
「高校の時の同級生らしいからねー。なーに、瀬野さん気になるの?」
「気になるっていうか…ほら、変な事言ってたし。伊吹君も『いかがわしい事に誘うな』とか…」
「あー、あれはねー…。瀬野さんはなーんにも気にしなくて良いのよ。むしろ、分かんなくて良い!」
「へ、へえ…、そう?」

さゆりちゃんは真剣な眼差しで僕を見て、強く頷いた。
何だかこれ以上は聞くに聞けない雰囲気…。話題を変えよう。
何を話そうか悩んでいたら、さゆりちゃんの方から話し掛けてきてくれた。

「瀬野さん似合うね、その紫の浴衣」
「そうかな?」
「うん、凄く格好良いよ」

にこ、と微笑まれながら格好良いなんて言われて、僕は少しどきりとした。
そんな事、こんな可愛い子に言われたら間違いなく落ちる――普通の男なら。
やっぱりデートのつもりなのかな?…って事は、さゆりちゃんは僕の事を?
まさか、ね…。僕を好きになるくらいなら、伊吹君を好きになるでしょ、普通。
あんなに格好良くて、誠実で真面目で、素敵な男の子なんだから。

僕はもう誰かを好きになるつもりはない。
美咲を忘れる事は出来ないし、何よりまた同じ思いをするのが嫌なんだ。
あんな思いをするくらいなら、誰も好きにならない方が良い。
大切な人を失う絶望――そんな思いは一度で十分だ。いや、一度だって味わいたくはなかった。
美咲が今も傍にいてくれれば…、僕はこんな気持ちにならなかったのに。

「…さん、瀬野さん?」
「…え?何?」
「もうっ、ぼーっとしないで!折角来たんだから、色々回ろ?」
「あ、うん…。どこに行こうか?何がしたい?」
「綿飴食べたい!林檎飴とかき氷も!射的しよ!あとねー…」
「うん、全部回ろうか」

にこにこしているさゆりちゃんは本当に可愛い。
とにかく今は祭りを楽しむ事に集中しよう。
楽しい、なんて感じる事は出来ないかもしれないけれど。


それから、僕はさゆりちゃんと色んな出店を回った。
射的をして、金魚すくいをして、ヨーヨーすくいをして、くじを引いて。
綿飴を買って、かき氷を買って、林檎飴を買って。
さゆりちゃんは終始、楽しそうだった。だけど。
僕が考えていた事はただ一つ。美咲との思い出だけだ。

祭りで買った物を両手で抱えて、僕は夕焼けの中、さゆりちゃんと帰り道をゆっくり歩いていた。

「楽しかったねー」
「うん、楽しかったね」

笑顔のさゆりちゃんに、笑顔を返す。すると、さゆりちゃんはくすくすと笑った。

「瀬野さん、嘘でしょー」
「…え?」
「ホントは楽しくなかったでしょ。なんかずーっと考え事してた」
「え…、そんな事ないよ…」

気付かれてる…。僕は少なからず動揺した。
笑っているつもりだった。なのに…、笑えてなかった?
どう言い訳しようか、考えているとさゆりちゃんは笑顔で首を振った。

「良いよ、言い訳しなくて。私は楽しかった、だから良いの」
「……………」
「良い思い出が出来たよ、最初で最後の…」
「最後?」

さゆりちゃんの言葉を思わず聞き返す。
それは…どういう意味だろう?まるでさゆりちゃんがどこかに行ってしまうみたいだ。
きくいちに行けばまたいつでも会える、それなのに。
…嫌な予感がする。
さゆりちゃんは相変わらずにこにこと微笑んでいた。

「瀬野さん、私ね、瀬野さんに話したい事があるの」
「何…かな」
「うん、もうちょっと付き合ってくれる?」

さゆりちゃんに連れられて、僕達はたまたま見つけた小さな公園に入った。
本当に小さな公園。近所の子供達からも忘れ去れているのか、遊んでいる子もいない。
遊具はブランコと滑り台と砂場だけ。それと、小さなベンチが一つあった。
さゆりちゃんはベンチには座らず、ブランコに腰を下ろした。僕も隣に腰掛ける。

「昔よく遊んだなー、ブランコ」

さゆりちゃんはブランコを揺らしながら、そう呟くように言う。
僕は何も言わず、それを見守っていた。さゆりちゃんの言う『話したい事』が気になって、でも切り出せなかったから。

「子供の頃の事ってあんまり覚えないや。どうしてかな?」
「それだけ大人になったって事だよ」
「うん、そうね。でも、これだけは忘れてないの」
「何?」
「子供の頃の夢。歌手になりたい!そればっかだったなー」
「へえ、今と変わってないんだね」

そう言うと、さゆりちゃんは照れたように笑って、成長してないね、と言った。
そうかな?でも、それは僕も同じだ。
小説を書く人になりたい――子供の頃から変わらない、本当は捨ててしまいたいけれどそれも出来なくなってしまった夢。
さゆりちゃんはきっと純粋に夢を追いかけている。それが少し羨ましかった。

「子供の頃からの夢を諦められないのっておかしいのかな?」
「そんな事ないよ。誰だって諦めたくないんだよ、本当は。だけど、大人になったら色んな事があって諦めなきゃいけない人が多いんだよ」
「そうだよね…。でもさ、夢を叶えられたら凄い事だって思わない?」
「うん、凄い事だね」
「だよね、だよね!だから私ね、東京に行く事にしたんだー」
「へえ………え?」

何気ない言葉の中に隠された重大な言葉に、僕は思わず聞き返した。
さゆりちゃん、今何て…?東京に行くって言わなかった?
話の流れから言って、旅行ではない。という事は…。

「ど、どうして!?歌ならここにいたって…」
「瀬野さん、私ね、歌手になりたいの。それじゃこの町じゃ駄目なの」
「そう、かな?」
「この町じゃ歌手になるチャンスを待ってる事しか出来ない。待ってるだけじゃ駄目、チャンスを掴むにはもっと大きな町に行かなくちゃ」
「……………」

僕は何も言えなくなった。さゆりちゃんの言いたい事が分かるからだ。
歌手になるには、確かにこの町にいたんじゃ可能性が低い。
どこにいたって書ける小説とは違う。
それは分かる。分かるけれど…。

「でも、だってさ…。さゆりちゃん、この町好きでしょ…?」
「好きだよ。この町もきくいちも出会えた人達も、皆好き。だけど、やっぱり夢を叶えたい。私の歌が大きな町で通用するか、試したいの」

さゆりちゃんの決意は固い。僕はもう何も言えなくなった。
何を言っても止められそうにないから。
それに、僕は引き止めちゃいけないんだ。夢を追いかけるさゆりちゃんの同志として。

「ただ、一つだけね、心残りがあるの」

さゆりちゃんはブランコからぴょん、と飛び降りて僕に振り返る。
夕焼け越しに見たさゆりちゃんの顔はとても綺麗だった。

「瀬野さん」
「…はい」
「私ね、瀬野さんの事が好きでした」

――え?
僕は驚きのあまり、目を見開いた。
さゆりちゃんが僕を…?
確かに今日はデートをしてるみたいでそうなのかなって思ったりもした。でも、まさかそんな筈ないって思っていたのに。
息が詰まる。苦しくて、僕はゆっくりと息を吐き出した。
さゆりちゃんの顔の奥に、美咲の顔が浮かんでいる。優しく微笑む美咲が。

「ぼ、くは…」
「何にも言わなくて良いよ。分かってるから良いの」
「……………」
「でもね、言いたかったの。この気持ちを引き摺ったまま行きたくなかったから…。困らせてごめんね」

何も言えなかった。
さゆりちゃんは僕に『ごめんね』とも『僕も好きだよ。だから、行かないで』とも言って欲しい訳じゃないんだ。だから、何も言えなかった。
何も言えず俯いた僕に、さゆりちゃんは綺麗に微笑んだ。

「ね、瀬野さん。瀬野さんは今、幸せ?」
「…え?」
「瀬野さんは自分が幸せになれる人を見つけて」
「僕が幸せになれる…人?」
「うん。私もいつか絶対見つけるから、瀬野さんも探して。案外近くにいるかもよー?」
「僕は…」
「大丈夫だって!きっと見つかるから、瀬野さんの幸せ」

そう言って微笑んださゆりちゃんはあの日の美咲に似ていて、僕は泣きたくなった。
もう幸せなんか欲しくない――そう思うのとは裏腹に、やっぱり幸せになりたかった。
多くは望まない、ただ安心して眠れる場所が欲しかったんだ。


Pre | Next
最終更新:2010年03月20日 23:07