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さゆりさんは瀬野さんに告白したんだろうか。
瀬野さんは何て答えただろう。
その事ばかり気になっていた。
俺が気にしたってどうにもならないのに。
屋台は夜は夜で忙しい。祭りはどちらかと言えば、夜の方がメインなのかもしれない。
勤務時間としては今日の方が時間は短いけれど、忙しさの所為か昼の暑さの所為か、いつもより身体が疲れている気がした。
だけど、きくいちの立場で考えると店が繁盛しているのは嬉しい。
最近は客も減っているし、この祭りがきくいちの客寄せになれば良いけど…、どうだろう。
そんな事を考えていたら、またポケットの中の携帯が鳴った。
携帯に仕事を中断させられるのは、今日二回目だ。明日から鞄にでも入れておくか…。
携帯のディスプレイに表示されてるのはさっきと同じ番号だった――瀬野さん?
「すみません、ちょっと抜けます」
「またかよっ、こーちゃん携帯切っとけ!」
「ああ、明日からそうする」
店長に言ったにも関わらず、答えたのは何故か東堂…。まあ、良いけど。
店長は特に何も言わない…。また瀬野さんだって分かっているんだろうか。
本当に不思議というか…、怖いというか。やましい事がある訳じゃないから、まあ良いけど。
「はい」
『あの…、瀬野ですけど』
「どうかしました?今度はタキシードでも着たいんですか」
からかうような言葉を言ってみる。…まあ、幾ら何でもタキシードはないだろうけれど。
だけど、瀬野さんから返ってきたのは怒りでも笑いでもなく、重々しい声だった。
『会いたいんだけど…。伊吹君に話したい事があるんだ』
それだけで何の事か分かった。さゆりさんの事だ。
さゆりさんは瀬野さんに告白した筈だ。
東京に行く――その決意が固いなら、尚更。
瀬野さんはきっとかなり動揺している。さゆりさんが答えを求めていなくても。
だから、俺に電話した――どうして俺に?俺に答えを出して欲しいのか…。
分からないけれど、会いに行かなければならない気がした。
「でも俺、まだ仕事中なんです」
『そ、うだよね…。ごめん…』
「九時くらいには終わるんで、それまで待ってて貰えますか?終わったら、瀬野さんの家に行きますから」
『え、あ、うん…。分かったよ。ごめんね、何度も』
「いえ。それじゃ、後で」
さすがにもう抜ける訳にはいかない。遊んでる訳じゃないんだから。
それに直ぐ終わる用でもないだろうし…。だったら、終わってから行った方が良い。
通話を切って店長に一言謝って、店に戻る。
店の前でスーツ姿の男が何やら東堂と言い争っていた――東堂の恋人の七崎さんだ。
週末、ずっと仕事だって言ってたよな…。わざわざ抜けてきたって事か?
「何しに来たんだよっ!この仕事バカ!」
「仕事バカって…酷いなぁ、ちょっと休憩貰えたから、漣に会いに来たんだよ?」
「俺は別に会いたくねーしー」
「俺は会いたかったの」
「俺は会いたくねーってば!」
「俺は会いたかった。漣の顔が見たかったの」
二人は永遠に終わらないような、そして小学生か、と言いたくなるような押し問答を繰り返している。
まあ、キャンキャン騒いでいるのは東堂だけだ。どちらにしろ、営業妨害だな…。
「東堂、休憩取ってこい」
「はあ?休憩ならもう…」
「良いから。店長、東堂休憩に出します」
「良いよ、折角の祭りだ、行っといで!」
「だから!休憩ならもう取ったし…」
「漣」
七崎さんがにっこり笑って、東堂の手を取る。
それだけで、東堂の釣り上がった眉がハの字になっていった。
「お祭り、一緒に回ろ?」
「…仕事バカのくせに」
「いやいや、漣バカだから、仕事の合間に会いに来たんだよ」
「何だよ、それ!俺がバカみたいじゃん!」
「良いから良いから。欲しい物、何でも買ってあげるから、ね?」
「…じゃーたこ焼きとりんご飴。金魚すくいも」
「金魚飼うの?漣が面倒見るんだよ?」
「…分かってるっつーの」
ぶつぶつ言いながらも、東堂は七崎さんに手を引かれて人の波に消えて行った。
俺に振り返って軽く会釈した七崎さんに同じように頭を下げる。
東堂の方はもう大丈夫そうだな…。
「いやいや、若いってのは良いねぇ」
「若ければ良いってもんでもないですけどね…。俺も東堂と同い年ですよ」
「若いから、あんたも迷ったり悩んだりしてんだろう?」
迷ったり悩んだり?俺が?
そんな事はない…つもりだ。だけど、瀬野さんの事やさゆりさんの事ばかり考えて、仕事に集中出来ないのは確かだけど…。
「いやー、若いってのは良いねぇ」
店長は同じ言葉を繰り返すように言った。
何が良いのか、よく分からない。それも俺が若いからだ、とでも言うんだろうか。
最終更新:2010年03月20日 23:15