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僕は約束通り、家で伊吹君を待った。
こんな風に、誰かの事を待つなんて凄く久しぶりじゃないだろうか。
美咲が死んでから、極力人と関わらないようにしてきたから…。
そんな僕が誰かを待つなんて、自分でも不思議に思える。

伊吹君に会って、何を言うつもりなんだろう…。
さゆりちゃんの気持ちに気が付かなくてごめんって?ずっと無神経な事ばかり言ってごめんって?
伊吹君はそんな言葉を望んでいないかもしれない。それに、謝るならさゆりちゃんもだ。
今まで気付かずに、無神経な態度ばかり取っていた。思わせ振りな態度もあったかもしれない。
さゆりちゃんの気持ち、伊吹君の気持ちを考えると、僕の胸は罪悪感でいっぱいになる。
僕は伊吹君に懺悔したいだけなのかもしれない。



夜の九時を過ぎた頃、家の呼び鈴が鳴る。
玄関に向かい、戸を開けると息を切らした伊吹君が立っていた。

「い、伊吹君…、ごめんね、疲れてるのに…」
「いえ…」
「伊吹君にどうしても言わなきゃいけない事が…あって…」

言わなきゃいけない事?自分でもそれが何なのか、分からないのに?
でも、話をしなきゃいけない気がした。

「すみません、その前に…」
「その前に?」
「…水を一杯下さい」



僕が伊吹君を家に上げて、コップに注いだウーロン茶を差し出すと、伊吹君はそれを一気に飲み干した。
よっぽど喉が乾いていたみたいだ。そりゃそうだよね、炎天下の中働いて…、しかもここまで走ってきてくれたみたいだし。
僕は空になったコップに、もう一度ウーロン茶を注いだ。

「ご、ごめん。本当にお疲れだよね…」
「いえ…、話って何ですか?…まあ、大体予想はつきますけど」

そう言われて、僕ははっと顔を上げる。
伊吹君はただ真っ直ぐに真剣な眼差しを僕に向けている。
その眼差しにどきっとするのは、何回目の事だろう。

「さゆりさんの事ですよね」
「知ってたんだ…」
「はい、こないださゆりさんから聞きました。その…今日、言うつもりだって」

伊吹君は知っていたんだ、さゆりちゃんが僕の事を好きだって事、今日告白するつもりで夏祭りに誘ったって事。
伊吹君はどんな気持ちだったんだろう。良い気はしなかっただろう、でもさゆりちゃんにそれを言う事は出来なかったんじゃないかな…。

「ごめん、僕全然気付かなかったんだ、さゆりちゃんの気持ち…。伊吹君の気持ちは…知ってたけど」
「分かってますよ。でも、謝って欲しい訳じゃない。さゆりさんも同じ気持ちです」
「うん、でもごめん…」
「だから…。あんたがそういう人だって分かってますから」

もう一度謝ったら、伊吹君は苦笑いを浮かべた。それに僕は少しほっとする。
僕はこんな風に言われたかったのかもしれない――笑って許して欲しかった…なんて卑怯だな…。

「何て答えたんですか?さゆりさんの気持ちに」
「何も…言えなかった…」
「そうですか…」

さゆりちゃんは僕を好きだと言った。だけど、さゆりちゃんは僕の答えを望んでいなかった。
僕に言う事によって、前に踏み出そうとしている。それを考えたら、僕に出来る事なんかなかったんだ。
だからこそ、何だか悪い気がして…。

「そんな顔しないで下さい。さゆりさんはそれで良かったんです。下手な嘘なんか吐いたら、さゆりさんが前に進みづらくなります」
「そうかもしれない…。でも、さゆりちゃんが東京に…」
「引き止めたって行きますよ、さゆりさんは」

確かにそうだろうけれど。何があったってさゆりちゃんは東京に行くんだろう。
一度決めたら自分を曲げない、そういう子だから。
だけど…、それじゃあ伊吹君は?伊吹君の気持ちはどうなるんだろう。

「伊吹君は?」
「え?」
「さゆりちゃんに言わないの、自分の気持ち…」
「いや、俺は…。言ってもどうにもなりません」
「どうにもならなくたって言った方が良いよ。言わなきゃきっと後悔する」
「良いんです、俺は…」
「良くない!」

急に声を荒げた僕に、伊吹君は驚いたように目を見開いた。だけど、そんなの気にならない。
さゆりちゃんはきっと言わなきゃ後悔するって思ったから、僕に言ったんだ。
伊吹君も同じだ、言わなきゃきっと後悔する。
報われないのは仕方がない。でも、自分の気持ちに決着をつけなきゃ、伊吹君は前に進めなくなる。
…そう、僕みたいに。

「言わなきゃ後悔するんだよ!?振られたら振られたで仕方がないじゃないか!でも、言わなきゃいつまでも心に残ったままになるから…」
「でも、俺は…」
「言いたいって思っても、一生会えなくなるかもしれない!そしたら一生言えないんだよ!?どんなに後悔したって…」

どんなに後悔したって、もう二度と会う事は出来ない。
あの時、美咲に謝れば良かった。
ごめん、ありがとう、愛してる――その三つの言葉を言えていれば、僕は前に進んで歩き出せたのかもしれないのに。
でも、もうどうやっても僕は歩き出せなくなってしまったんだ。

「…誰の事を言ってるんですか?」
「…一般論だよ」
「じゃあ、どうして泣くんですか?」

伊吹君に言われて、僕は初めて自分が泣いている事に気が付いた。
確かに涙は頬を流れている。急に恥ずかしくなって、頬を指先で拭おうとした。
だけど、それより先に伊吹君の指先が頬に向かって伸びてきて、僕は驚いて身体を固くする。
その指先は頬の涙を拭って離れていった。

「…分かりました」
「…え?」
「さゆりさんに言います、自分の気持ち」
「本当に…?」
「はい、約束します。だから…」
「だから?」

伊吹君は続きを言わない。
沈黙が続いて、僕達は静かに見つめ合っていた。
奇妙な雰囲気に包まれて、僕は耐え切れなくなって伊吹君から目を反らして立ち上がった。

「伊吹君、お腹空いてるでしょ。何か食べる?」
「……………」
「大した物はないけど…って伊吹君?」
「……………」
「え、えー…?寝ちゃったの?」

不自然に返事がなくなった伊吹君に振り返ると、伊吹君はテーブルに突っ伏して目を閉じていた。
本当に眠っているらしい。このタイミングで寝ちゃう?普通…。
よっぽど疲れてたんだなぁ…。…なのに、来てくれたんだ。
起こすのも悪いし、泊めてあげよう。
でも、ここで寝かせる訳にはいかないし…。

「ちょっとごめんね…って重いー…」

伊吹君の身体を抱き抱えるようにして、隣の寝室に連れていく。
僕より身体の大きい伊吹君を運ぶのは結構大変だ。寝室、一階にしておいて本当に良かったと思う今日この頃…。
何とか寝室についたものの、足がもつれて僕は伊吹君と共にベッドに倒れ込んだ。

「わーっ、ごめ…」

慌てて身体を起こして伊吹君を見れば、すやすやと安らかな寝顔。思わず笑みが零れる。
おやすみ、伊吹君。ゆっくり休んでね。
伊吹君の寝顔を見ていたら、僕も何だか眠気が襲ってきた。
今日は色々大変だったな…。伊吹君の方がもっと大変だったろうけれど。
ゆっくりと目を閉じると、自然と眠りに落ちていった。


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最終更新:2010年03月19日 23:28