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抱き締めた瀬野さんの身体は冷たかった。温かではあったけれど、冷たく感じられた。
想像していた通り細くて、筋肉も贅肉もあまりない身体だった。
女のように柔らかくも、男のように逞しくもなく、何だか不思議な感じがする。
中性的というのもまた違う気して、本当に不思議でどうにも表現出来ない。
何となく守ってあげたいような、体温を分けてあげたいような気持ちになって、俺は腕に力を込めた。

それと同時に、何でこんな事してるんだろうと思った。
瀬野さんにも言ったように、さゆりさんの事は始めから分かっていた事であまり落ち込んではいない。
むしろ、すっきりしたって感じで気持ち良かったんだ。自分の気持ちの整理が出来た。
だから、これは瀬野さんの優しさに付け込んでるだけだ。
慰めて、なんて。慰めてもらうほど落ち込んでもいないくせに。

瀬野さんの身体から戸惑いが感じられる。
今瀬野さんがどうやって慰めようか、必死で考えている。
困っているのが分かるのに、俺は瀬野さんがどんな風に慰めてくれるのか楽しみだった。
あり得ないような事を想像しそうになって、俺は急に恥ずかしくなる。

それでも、瀬野さんの身体を離さないでいたら、瀬野さんはゆっくりと俺の頭を撫で始めた。まるで泣いている子供にするように。
女にだってそんな事しないだろう。子供扱いされてる…?
そう思ったら怒りが込み上げてきて、俺は頭を撫でるその手を掴む。
瀬野さんの身体がびくり、と震えたのが分かった。

「瀬野さん、俺子供じゃないです」
「い、いや、分かってるけど」
「だったら、子供扱いしないで下さい」
「分かってるよ。でも、他にどうしたら良いか分からないんだ。伊吹君ぐらいの人、慰めた事なくて…」

そうだろうとは思っていたけれど。
瀬野さんは俺の行動を全く疑問に思う事なく、俺を慰めようとしていた。
そして、何の他意もなく俺の頭を撫でた。
俺が何を考えていたのか、なんて知りもしないで…。
俺が慰めて欲しいからって、男を抱き締めたりすると思っているんだろうか。思っているんだろうな…。
今度の恋はかなり面倒くさい。分かっていたけれど、想像以上だ。

「じゃあ、どうして欲しかった?どうして欲しい?」

瀬野さんは俺の顔を見上げるようにしながら言った。
俺が望む事だったら何でもしてあげるよ、と言っているように聞こえるのは俺だけか…?

いや、違う。他意はないんだ、この人は。言葉通りの意味でしか、言葉を発していない。
この人は空気の読めない上に天然なんだから。
そこに付け込もうと思えば簡単だけど。

「俺がして欲しい事をしてくれるんですか?」
「え…、う、うん…、僕に出来る事だったらするよ?」

ほら、やっぱり…。
この人、こんなで大丈夫なんだろうか。その内、悪い男に騙されるんじゃないだろうか。
俺だって悪い男になれば、簡単に騙せそうだ。
それは駄目だ、俺は悪い男じゃない。どこにでもいるナンパ男みたいに思われるのは嫌だ。
据え膳食わぬは男の恥、なんて食ってしまった男の言い訳だろう、そんなの。
自分を抑えて、理性を保った方がよっぽど男らしい。
俺は瀬野さんの身体を離した。

「…帰ります」
「え?」
「俺、悪い男じゃないですから」
「う、うん、知ってるよ。伊吹君は良い人だよ?」
「…あと少しで悪い男になるところでしたけどね」

瀬野さんは訳が分からないと言いたげに首を傾げる。
分からないか…、分からないだろうな、この人は。
きっとはっきり言わないと、一生分からないんだろうな…。さゆりさんの時の事を考えると、多分当たってる。
俺は大きくため息をついた。

「い、伊吹君?大丈夫だよ、伊吹君が良い人だってちゃんと分かってるから」
「それはどうも…」
「あの、元気出してね。きっと伊吹君には素敵な彼女が出来るよ。伊吹君、格好良いし良い人だから」

彼女…か。普通はそうだよな。
何だか少し…イライラする。俺の行動の意味に少しも気付いてくれなかったこの人に。俺の事を良い人良い人、と連呼するこの人に。
少しくらい悪い男になれば良かったかもしれない。そうすれば少しくらいは気が付いてくれただろうか。

「…悪いんですけど、俺あまり良い人でもないです」
「え…っ、何言ってるの、伊吹君!伊吹君は良い人だよ?」
「…じゃ、言いますけど、俺さゆりさんに振られたけどあまり落ち込んでないです。分かってた事ですから」
「え…?」
「慰めてもらうほど落ち込んでないです。言ってる意味、分かりますか?」
「わ、分からないよ。だって、『慰めて』って言ったじゃないか」

だから、どうして『慰めて』って言ったのかを考えて欲しいんだけど…。
イライラするな…。

「それから、俺がして欲しい事を言ったら、あんたは困ると思います」
「な、何をして欲しかったの?」
「言いません、あんたが困るからです。自分で考えて下さい」
「伊吹君!」
「お邪魔しました。またきくいちに来て下さい」

引き止めようとする瀬野さんを振り切るように、俺は瀬野さんの家を出た。
本当に何も分かってくれない…。あれだけの事したんだ、少しくらいは勘ぐっても良いのに。
遠回しに言っても、行動に移しても駄目なんだ。
気が付いてもらうにははっきり言うしかない。はっきり好きだ、と。

言ったら…どうなるんだろう。あの人に男の俺を受け入れられるとは思えないけれど。
どうせ振られるなら、早い方が良いな。今のままじゃ、蛇の生殺しだ。
さっきだって『格好良い』とか言われて、馬鹿みたいに舞い上がって…。
あの人は特に何も考えていない。舞い上がるだけ無駄じゃないか。

振られたい訳じゃない、さゆりさんの時みたいに振られて諦められる恋じゃないと思う。
ただ俺の気持ちを知って欲しい、それだけだ。
俺がどんな事を考えながら、瀬野さんといるのか知って欲しい。俺といる時、少しは警戒して欲しい。
じゃないと、俺はあの人の言う『良い人』をいつまで続けられるか、分からないから。



この恋は、多分さゆりさんの時みたいに綺麗には終われない。
きっと苦しいままだ。想いを告げても、告げなくても。
分かってるけど、それでもきっと諦められない。
本当に面倒な恋をしてしまった、とまたため息が零れた。


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最終更新:2010年03月21日 19:36