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伊吹君が言ったんだ。
美咲の気持ちが分かるって。美咲の立場だったら同じ事をするって。
その言葉が突き刺さるように胸が痛んだ。
伊吹君も同じなんだ、僕を置いていなくなってしまうんだ。
僕は伊吹君に抱き締められて、ほんの一時だけれど幸せだった。なのに…、僕はいつかその幸せを失ってしまうんだ。
永遠なんてない、そんなものを信じられるほど僕は子供じゃない。
だけど、僕が欲しかったのは永遠なんだ。これから先、ずっと変わらず共にいる人――僕はそれを求めていた。
だけど、伊吹君はやっぱり違うんだね。ずっと僕の傍にいるって約束してくれないんだね。
美咲と伊吹君が違う。伊吹君は生まれつきの病気を抱えている訳じゃない。
だからと言って、いつまでも一緒にいられる事にはならない。突然病気になってしまうかもしれないし、事故に遭ってしまうかもしれない。
突然いなくなってしまうかもしれない――それは当たり前の事だ。
伊吹君は少しもおかしい事を言っていない。永遠なんてものを求めた僕がおかしいんだ。
そう思ったら、もう伊吹君の腕の中にはいられなくて、僕は伊吹君の腕からするりと抜け出して背を向けた。
「瀬野さん…?」
伊吹君が僕の名前を呼ぶ。優しい声。
だけど、それを聞くのも今日で最後にする。
何も始まらなかった恋だった。だけど、僕は伊吹君を好きになって、一時だけどその腕の中にいられて幸せだったよ。
だけど、もう終わりにしよう。
「伊吹君、僕はやっぱり君を受け入れる事は出来ない」
「どうして…、俺が男だからですか?」
僕は伊吹君の問いかけに首を振った。
最後だから…、正直に全てを話してしまおうと思った。
「君が美咲と同じ事をするって言ったからだよ」
「…え?」
「大切な人に…、心から愛した人に置いていかれた僕の気持ち、分かる?…分からないよね、分かっていたら絶対そんな事言わないんだ」
「……………」
「僕は美咲が死んでから何度も思ったよ、『いっその事、一緒に連れていってくれれば良かったのに』って」
ゆっくりと振り向くと、伊吹君は驚いたように目を見開いて僕を見ていた。
僕の事、おかしいって思ってるの?だけど、これが僕の本当の気持ちだよ。
僕は美咲が望むなら、この命を捨てたって良かった――いや、美咲が望まなくても死んでしまえば良かったんだ。
「僕が君を受け入れて、また同じ事が起きたら…僕は今度こそ間違いなく、死を選ぶよ」
「瀬野さん…」
「僕にはもう耐えられない…、それが間違っていたとしても、美咲が…君が望まなくても」
「瀬野さ…」
「ねえ、僕を置いていって、僕が平気でいられるって思った?僕を置いていくのはそんな簡単な事?」
「違う、瀬野さん!」
「何が違うんだよ!事実、君は僕を置いていったじゃないか!ずっと一緒にいようって約束しただろ!約束を破ったのは君の方だ!」
伊吹君のシャツを強く掴んだ。
美咲と伊吹君が重なって見える。その所為か、美咲の事を伊吹君の事のように伊吹君を責めた。
理不尽だと分かっていても、止められそうになかった。
「僕は美咲といられて幸せだった。きっと美咲と一緒に死んでも僕は幸せだったよ…。一人で置いていかれるより、一緒に連れていってくれた方が何倍も幸せだったんだ…!」
「瀬野さん…」
「…僕がおかしいって思ってる?生きる方が幸せだって?君はもういないのに?…だから、僕を置いていったの?」
伊吹君の顔を見つめる。伊吹君は困っているような顔をしていて、僕ははっと我に返った。
伊吹君は何も悪くない、美咲の事は伊吹君には関係ないのに…。
「ごめん…。伊吹君の事じゃないのにね、何言ってるんだろ…」
「……………」
「でも、分かったでしょ?僕は君を受け入れられない。君は悪くないんだよ、僕がおかしいんだ」
「……………」
「もう会わないから、ここには来ないで。きくいちにももう行かないから…」
掴んでいたシャツを離そうとしたけれど、強く掴んでいた所為かなかなか指が動かない。
やっとの思いで離した指先を、今度は伊吹君に掴まれた。
そのまま引かれて、また抱き締められる。
「は、離してよ」
「嫌です」
「離して…、僕が言った事分かったでしょ?」
「分かりました、でも離しません」
「どうして…、離してってばっ」
「嫌だ!」
強く言われて、言葉に詰まる。
それでも、腕を振り解こうと足掻くと、苦しいくらい強く抱き締められた。
息苦しさに息が漏れる。それに伊吹君は少しだけ力を緩めてくれた。
だけど身体は離してくれなくて、僕は内心ドキドキしながら喜びを感じていた。
こんなの駄目だ…、触れ合えば触れ合うほど離すのが辛くなるのに…。
「俺の話、聞いてくれますか?」
「嫌だ…、聞くのが怖い…」
「それでも聞いて。あんたがおかしいなら、多分俺もおかしいです」
伊吹君の言葉に、僕ははっと伊吹君の顔を見た。
その言葉の意味が理解出来るようで、理解出来ない。
だって僕がおかしいって言ったのは、美咲と一緒に死にたかったって事で…。
それは伊吹君が美咲の気持ちが分かる、自分も同じ事をするって言った事と真逆の事で。
「確かに俺はみさきさんの気持ちが分かると思いました。俺が病気で死にそうだったら、同じ事をするだろうって」
「…僕はそんな事、望んでいない」
「はい。だけど、俺はあんたが望んでも望まなくても、あんたを置いていく事は出来ない」
「………え?」
「俺だって耐えられません、あんたを置いて一人でいくなんて…。一人になるくらいなら、あんたを殺して俺も死にます」
伊吹君が僕の髪を撫でる。思わず身体が震えた。
怖かったんじゃない、優しい指先に幸せを感じで身体が震える。
だけど、伊吹君は辛そうに、泣きそうに顔を歪めていた。
「確かにそれは間違っているのかもしれない。みさきさんのした事が正しいんだ。でも、俺には耐えられません」
「伊吹君…」
「あんたがいない世界で生きる事も、死んであんたがいない世界にいく事も俺には出来ません」
「………っ…」
「俺はあんたを一人にはしません。それはあんたのためじゃない、一人は耐えられない自分のために」
もう流し尽くしたと思っていた涙が頬を伝って落ちていく。
少しずつ、少しずつ凍り付いた心が溶けていく。伊吹君の言葉で、瞳で、体温で。
僕はずっとこう言って欲しかったんだ。一人にはしない、一緒にいこうって。
だけど、美咲はそう言ってくれなかった。美咲は本当に僕を好きでいてくれたんだろうけれど、それでも僕の気持ちを分かってくれなかった。
伊吹君は言ってくれた――この人を離したくないと思った。
「ほんと…?」
「はい」
「本当に死ぬ時は一緒に連れていってくれるの…?」
「はい…、でも死ぬ時の約束であんたを縛りたくない。俺はあんたと生きたいから」
一緒に生きましょう――そう言って伊吹君は僕の唇にキスした。
涙の味がしたキス――それは誓いのキスだったんだ。
最終更新:2011年12月04日 01:21