ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

アヌビス神-7

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匿名ユーザー

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 ヴェストリの広場は、本年度で最も盛り上がっていた。
 日中にもあまり日が射さない、所謂こっそり決闘をするならここ!的スポットなのだが、今ここには、これでもかと言わんばかりに人だかりが出来上がっている。
 何時の間にやら階段状の臨時席が、学院長のオールド・オスマンの命令で設置されお祭り騒ぎ状態である。
 広場中央近くでは、1番最初に来て待っていたら人が膨大に集まってきて『ちょ、ちょちょちょっ、き、ききき、聞いてないわよ』と動揺しているルイズと、審判だか立会人だかをする気満々のギトー先生が立っていた。


 ヴェストリ広場へと向っていたギーシュは激しく動揺していた。あんなに人が集まってるとか聞いてない。
と言うか昨日からやたらと教師生徒問わずに『ギーシュさん』とやたらと尊敬した眼差しで見られる訳で。
ここまで来る前にも廊下で、駆け足で追い抜いて行ったオールド・オスマンに『場所を暖めて置くから任せておくのじゃ『ギーシュさん』!!』とか言われるし。
「学院長が何で僕を“さん”付けでキラキラした眼差しで見るんだい?」と疑問に思ったぐらいだ。なおコルベール先生は、何がどうなってるのやらといった表情だった。
 食堂の側を通った時には、
「貴族は好かねえが、あんただけは別だ『ギーシュさん』!!」
 とコック長のマルト―とかいう親父に声援を送られた。
 メイド数名が、
「「「ギーシュさん!ギーシュさん!ギーシュさん!」」」
 とコールしてくれたのは満更ではなかったので、薔薇を咥え手を振って答えておいた。


 マリコルヌは天に向って吼えていた。少数の仲間が、その周りを取り囲むようにスクラムを組んでいる。
「ぼく等は女と甘々学院生活を送る奴を許さないーッ!!ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
「「「許さない!許さない!許さない!オォーッ!!」」」
「ぼくをマゾ呼ばわりしたあいつを許さないーッ!!」
「「「許さない!許さない!許さない!オォーッ!!」」」
「女の子とお話したいかーっ!!」
「「「したい!したい!すごくしたい!」」」
「けど無理だったか!」
「「「無理でした!無理でした!無理でした!」」」
「よかろう、では決闘だッ!!
 いくぞ諸君ッ!!」
 いかにもダークサイドなオーラを噴出しながら、一団は統制の取れた足音を響かせヴェストリ広場へと向った。


 広場ではギトー先生が熱く語っていた。
「諸君っ!最強の系統は何か知っているかね?そう、それは『風』だ。
 しかし『風』に薙ぎ払われず!吹飛ばされない!真に最強の存在がある!『虚無』?そんな、あるかも判らない伝説の話しをしているのではない。
 それは『ギーシュさん』だ!『ギーシュさん』の『愛』!『愛』の『ギーシュさん』こそが、今私達の目の前に存在する生きる伝説!」

 そこで1番良い席に陣取っていたオールド・オスマン(隣はミス・ロングビルの為に空けてあるようだ)が立ち上がり、両の手を高々と掲げ声を上げる。
「『ギーシュさん』!!」
 ギトーが答えるように続ける。
「『ギーシュさん』!!」
 そして巻き起こる『ギーシュさん』コール。
「「「ギーシュさん!ギーシュさん!ギーシュさん!」」」
「「「ギーシュさん!ギーシュさん!ギーシュさん!」」」

 誰かが、ぼそぼそ零れるような声でコールに対してもらした。
「ギーシュの野郎ちやほやされやがって」
「全くだ、ギーシュも随分と偉くなったものだな」
「『ギーシュさん』を愚弄するのかてめえ」
「『さん』を付けろよこのデコスケェー!」
「てめー『さん』を付けないとは『ギーシュさん』に対する冒涜か」
 それを見たオールド・オスマンが割って入る。
「ほっほっほ、穏便に穏便に。今『さん』を付けなかった二人こっちへきなさい。なぁに退学とか物騒なことは言わんよ」
 二人の男子生徒がトボトボと、オールド・オスマンの前へと出る。
「くぉのバカチンがァ!!『ギーシュさん』を冒涜する奴は私が卒業前に修正してやるわァー!!」
 オールド・オスマンは、かァ―とか気合を入れながら思いっきりグーで殴りつけた。
 その側でその光景を見たコルベールは脂汗をだらだら流しながら必死にそれを拭った。

 ルイズもそれを見て思いっきり脂汗を流した。
「な、ななな、なんかおかしいわよ?」
「この世界の決闘ってのは、随分と大袈裟な物なんだな」
「そんな事無いわよ。基本的に決闘は禁止されてるのよ?」
「ご主人さまは、まだいいぜ。おれはこの決闘に参加するんだ
 けどワクワクしてきたぜェー。ずバァ―っと斬ってやる、あのギーシュって野郎の肉を骨をずバァーっと」
「ば、バカ。止めなさいよ。ダメよダメ」
「けど決闘だぜ?」
「ダメったらダメ」
「いんや、おれはやるね。決闘は殺し合いだ、血が噴き肉が散り骨が砕けるぐらい当然。
 幾ら止めても俺は殺し合いの道具だ。殺るったら殺―――――」
「だ・か・ら・!殺るなって言ってるでしょうがッ!!」
 緊張を怒りが越え、ルイズはアヌビス神を広場の地面にびたァーんと叩きつける。
「言う事聞けと、何度も何度も何度も何度も言ってるでしょうが!ええっ?
 殺す前にあんたが砕ける?粉々に砕けて、その後スープと一緒に煮込まれたい?」
 叩き付けたアヌビス神を踏み付けて、ぐりぐりぐりぐりとしながらなじる。

 そんな時声援が一段と盛り上がった。
『ギーシュさん』コールが響き、人込みを割ってギーシュが広場に到着する。
 ギーシュ・ド・グラモン。アピール力と声援への咄嗟の適応力だけに関しては稀代の才能を持つ彼は、造花の薔薇の杖を咥え現れた。
「やぁ~、やぁ~」
 彼が手を振ると薔薇の花びらが彼方此方から撒かれ、薔薇の香りが広場を覆い尽くす。
 オールド・オスマンなどは血圧上がりすぎて大丈夫かよ、とばかりの勢いで立ち上がり、唾を飛ばしながら『ギーシュさん』コールを繰り返している。
 その手には何時の間にやら準備した、薔薇の造花を持ってぶんぶんと振っている。
 ギーシュ登場と同時に、『ギーシュさん』と書かれた垂れ幕が『風』と『火』の塔から垂らされ風にたなびいている。
「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」
「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」
「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」
「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」
「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」
「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」

 突然突風が吹きぬけ、広場に舞う薔薇の花びらを吹飛ばす。
「ふぉぉぉぉぉぉぉ、許さん!許さんぞギーシュゥーッ!!」
 杖を振りかざすマリコルヌとその一団が、自らが起こした魔法の風でマントをたなびかせ、ギーシュとは広場の反対側から現れた。
「マゾコルヌ如きが『ギーシュさん』を侮辱するのか!」
「『ギーシュさん』には『さん』を付けろよこのマゾコメがッ!!」
 観衆から投げかけられた言葉に、マリコルヌが地獄の底から搾り出したが如く声を上げる。
「黙れぇぇぇ!!どいつもこいつも幸せそうな顔をしやがってぇぇぇぇぇ!!!!
 もてぬ者達はぼくと共に来い!!勇気を出した立て、生まれいでて今日この日まで清い身体で生き抜きし猛者達よォォォォォー!!!!」
 興奮したマリコルヌの吐息が『フシュゥー』と威圧感ある音を立てる。
「魂の雄叫びを上げろ!
 もてねええええええええっ!!!!」
 広場の彼方此方から小さく声が上がる。
「も、もてねえー」
「もてねー」
「お前らァァァァー!!もっと怨嗟の声を上げろ!小さい、小さすぎる!ぼくに合わせろ!!」
 マリコルヌが、ばっと両手を上げる。
「も て ね え !!!!」
 会場からも強い声が上がる。
「「「もてねえええええー!!」」」
 何時の間にかコルベールも立ち上がって、一緒になって叫んでいる。頬を伝うのはひと筋の……涙?
「そうだお前ら。魂を開放しろ、ぼくらは正しい!ぼくらのこの哀しみこそ、伝説の『虚無』!!」
 風の中現れたマリコルヌ。今、彼を“かぜっぴき”等と呼ぶ者は一人もいない。


「今の彼はトライアングルクラス以上」
 面白そうと言うキュルケに、無理矢理つれてこられたタバサが、席に座り本に目を落としたままぼそっと言う。
「嘘でしょ?そんなワケ無いわ」
 お腹を抱えてケラケラと笑うキュルケに、タバサが一言付け加える。
「勝てるかどうか判らない」
「あんたが?」
 ゴクリと生唾を飲みこむキュルケに、タバサはこくりと頷いてかえした。

「じゃ、後は任せたわ」
 ルイズはアヌビス神を広場の中央近くに放置して、そそくさと退散した。正直関係者だと思われたくなかった。


 ギーシュが広場の中央近くへとゆっくりと歩む。
 マリコルヌも右手をばっと横に振り、取巻きを控えさせ広場中央へと歩む。
 ギトーがその様子をうかがい、生唾をごくりと飲み込む。マリコルヌがギーシュを睨み付け、ギーシュその迫力に思わず視線を逸らす。
「試合前のにらみ合いはマリコルヌの勝ちだ!」
「違う、あれは『ギーシュさん』の愛の技、視線流しだ!」
 試合前の盛り上がりも限界に近く、あの様子では客席でも乱闘が起こるか、と考えギトーは腕を振り下ろし、
「始めたまえ!」
 決闘開始の合図を送る。

「ワルキューレっ!!」
 ギーシュが薔薇の造花の杖を振ると花びらが舞い、一体の青銅のゴーレムが姿を現す。
「そんな児戯が、今のぼくに通用すると思うなよォォォォォッー!!」
 だがマリコルヌが杖を一閃すると『ウインド・ブレイク』の烈風が巻き起こり、その青銅のゴーレムは吹飛ばされ、塔にぶつかり粉々に粉砕される。
「漲る、漲るよ!怒りの血が滾って、ぼくを強くする。血は力なりィー!!」
 その時客席から、黄色い声が飛ぶ。
「ギーシュ、頑張ってー!」
 モンモランシーだ。先手で推されたギーシュを心配した彼女が、声援を送る。
「大丈夫だよ、愛しい僕のモンモランシー」
 ニヤケ顔でそれに応えるギーシュ。
「ふ・ざ・け・る・なァー!!」
 その光景を見たマリコルヌが激昂する。

 タバサがその様子を、読書を中断し本からチラッと視線を上げて伺い、簡潔に一言。
「スクウェアクラス……以上?」


「わ、わわわわっ、ワ、ワルキューレッ!!」
 その怒声に驚いたギーシュが、慌てて六体のワルキューレを錬金する。

 マリコルヌの杖が一瞬動くと、六人のマリコルヌが姿を現す。
「何とっ、信じられんっ、ろ、六体の偏在だと!?き、きき、聞いた事も無い!!」
 それを見たギトーが、顔を青ざめ驚きの声を上げる。客席がどよめく。
その中でもオールド・オスマンが『負けるな『ギーシュさん』!』とか叫んでたりする。
「もてぬ者の哀しみを知れェェーッ!ギィーシュッ!!小手先の数で勝てると思うなよォォォォォ!!」
「コォォォー…フシュォァー…コォォォー…フシュォァー…」
 本体のマリコルヌが、広場の中央近くで転がるアヌビス神へゆっくり歩み寄り、拾い上げる。不気味な呼吸音を立てながら。

「よっしゃぁー、やっと出番だ」
 手にされた、その途端にアヌビス神の刀身が怪しく煌く。
「ギーシュゥゥゥ、お前には消えてもら……――――」
 マリコルヌが声を不自然なタイミングで途切れさせ、かくんと固まる。
 それと共に偏在が揺らぎ、その姿が掻き消える。


「うわー空気読めないわね、あの犬剣」
 隠れる様にして決闘を伺うルイズがぼそっともらす。決闘の内容は気になるようだ。

「ライン……それ以下になった弱い」
「どういう事?」
「…怨念を放ってた彼が眠りに付いた。アヌビス神が彼と入れ替わった」
 キュルケの問いに答えたタバサは、もう興味は無いといった風に本を食い入るように読み始めた。


「よ、良く判らないけど……チャンス、覚悟したまえ!いけぇー、ワルキューレ!」
 ギーシュが叫ぶと、ランスを構えた一体のワルキューレが、マリコルヌへと突撃する。
 充分な距離を加速したその一撃は、質量による破壊力を存分に発揮し鋭く貫かんとする。
 ガッ、キィーン
 瞬間澄んだ音がする。
 アヌビス神でランスの一撃を受けた腕が大きく弾かれ、それに引かれる様にしてマリコルヌが吹き飛び、地面を転がる。
「その攻撃憶えたぞッ!!」
 ギーシュはマリコルヌの口が小さく動いた気がした。
 だが気にせず第一のワルキューレを突撃させた後、続けて走らせマリコルヌが転がったのを見、跳躍させていた両手剣を持ったワルキューレに上空から追撃させる。
「憶え、ぶっ」
 何か言おうとしたマリコルヌが、受けたアヌビス神ごと充分に自重をかけた斬撃に、押し切られ潰される。
「何をするつもりかわからないけれど、こういう時は先手必勝、動かれる前に潰させてもらうよ」
 ギーシュが薔薇の杖を振ると、二体のワルキューレが持つ武器が巨大なハンマーに変貌する。
 ハンマーを抱えた二体のワルキューレは、両手剣で地面に押し付けられるマリコルヌの元へと駆けつけ、それと入れ替わり交互に激しくハンマーを振り下ろす。
「大振りとなり隙が増えるハンマー攻撃を、隙無く行う為に二体用意か、流石『ギーシュさん』じゃ。意外とちゃんと考えておる」
 オールド・オスマンが、目を細め髭を撫でながら『ギーシュさん』を連呼する。

 次々と別の武器を持ったワルキューレによる連続攻撃、それによる短期決戦。それが良かった。それがアヌビス神には相性が悪かった。
 さながら餅つき大会の勢いで、びったんびったんハンマーが振り下ろされる。普通なら殺してしまう攻撃だが、先程のありえない六体の偏在にびびっているギーシュは容赦無く攻め立てる。

 今攻撃をしかけているのは、二体とも同じ装備のワルキューレ。そして繰り返される同じ攻撃。
 それが良くない。
「フハハハハ、その攻撃既に憶えているぞッ!!」
 何時の間にやら、ハンマーが大地ごと強打するような音が消え、キンキンと金属で弾かれるような音がする。
 広場にいる者達は信じられない光景を目にした。
 二本のハンマーによる連続質量攻撃を、弾く様に捌くその剣。この攻撃以前にもランスと両手剣の質量を乗せた攻撃を受けている筈。だが刃毀れ一つせずに、妖しく煌くその剣に魅入られるように目を奪われる。
 元がボロだけど。
 ランスと両手剣を持ったワルキューレも加わり、四方から攻撃を加えんとする。
「その攻撃も、もう憶えているッ!」
 あっさりとそれらの攻撃を、剣を弾き飛ばし、ランスを踏みつけ、大振りのハンマーをランスを踏みつけた反動で、『フライ』でも使ったのかと言わんばかりの勢いで跳躍し飛び越えた。
 中空でくるっと身を翻すと、両手剣を持ったワルキューレへと斬撃を加える。
 ワルキューレは両手剣を構え、その一撃を受けんとする。だが、アヌビス神は両手剣を透過し、ワルキューレを袈裟懸に斬り付ける。
既にワルキューレを構成する青銅の硬度を覚えた斬撃は、まるで“ケーキを切り分けるナイフ”の如くあっさりとワルキューレを真っ二つにした。
「けっ、やはりこんな物斬っても、つまらん」
 ルイズとの連日の一方的なやり取りで薄れていた何かがアヌビス神の中で膨れ上がる。
「これで充分だ」
 言うと目の前に転がる、人よりも巨大な、ワルキューレが持つ両手剣を片手であっさりと持ち上げる。
 どよめきが起こる。マリコルヌにあんな腕力が有ったのかと。
 その時……。
 アヌビス神に刻まれたルーン文字が輝きを放った。
 その光景を見たコルベールが興奮し、食い入るように身を乗り出す。
「オールド・オスマン!あの印間違いなく!」
「『ギーシュさん』!『ギーシュさん』!『ギーシュさん』!……っと、ん?お、おぉっあれは確かに」
 オールド・オスマンもそれを見て確認した後、己の隣の空席を見て、空間を微妙な手付きでさわさわと撫でながら不満げに『じゃがミス・ロングビルが来ぬ事は、もっと大事じゃ』と呟いた。
 コルベールはそれを見て、何言ってんだこの人はと思ったが、個人的には、確かにミス・ロングビルが居ないのは残念だなとも思った。『あのガキでは出ない色気が』とかうっかり口走ったらオールド・オスマンに握手を求められた。


「何だこれは?」
 アヌビス神は驚いた。何かが違う。今、己の身の中で何かが起こっている。スタンドの力の増大を感じる。
 何よりも馴染む。マリコルヌの身体も、そして手にする青銅の両手剣も、全てが一体となった感覚だ。
 片手で、マリコルヌの身体の大きさと比べると、青銅の固まりの様な剣をひゅんっと振りぬき、ハンマーを構えるワルキューレのうち一体へとぶつける。
剣も、ワルキューレも粉々に砕け散る。
 アヌビス神は興奮し、吼えた。


 一方その頃、ミス・ロングビルは、宝物庫の入り口へと入り込んでいた。
「真性のバカじゃないかしら。揃って広場に集まって、残った連中は自分達で眠らせて」
 日々繰り返されるセクハラを何事も無かったようにあしらい耐えて、笑いながらも時々
『そこまでやったら本当に洒落なってないわよ。泣きそう』
 とか思いながらチャンスを伺っていたのが、正直馬鹿らしくなってくる。
 淡々と対応しているように見えても、心が折れそうな日だってたまに有る訳で。あ、少し極端に思い出し考えてたらちょっと本当に涙が出てきたりして。
 ともあれ堂々と、じっくり昼間から調査するチャンスが訪れたのだ。この機会を逃す訳にはいかない。袖で少し顔を拭って向き直る。
「錠前はアンロックの魔法でもダメ……と。扉の固定化も随分と強力ね。スクウェアクラスのメイジの仕事かしら。私の錬金を受け付けないわ」
 コンコンと扉や壁を叩きながら、ゆっくりと考える。大丈夫、時間は充分過ぎるくらいにあるのだから。



 目の前で青銅が粉々に砕けたのを見て、アヌビス神は興奮していた。
 巻き添えを食った他二体のワルキューレも全身にひび割れを起こし動きを止めている。
 絶・好・調・!!とか思っていたら突然力が抜けてきた。ルーンも輝きを潜める。同時になにか違和感を感じると思ったら、青銅の両手剣を持っていた腕の骨が折れていた。
 増幅されていた力が抜けた為に衝撃に耐えられなかった様だ。

「な、なんのっ。三体破壊されても。そちらもそうなっては、勝ち目は無いだろうっ!」
 ギーシュは一体のワルキューレで身を守り磐石の体勢を取りつつ、もう一体のワルキューレを嗾ける。
「だがもう、そのワルキューレは憶えているッ!」
 言葉と共にワルキューレが振る剣を簡単に弾き飛ばす。そして体勢を崩したワルキューレの懐へと入り込み、剣を持たぬ腕に取り付く。
「このワルキューレ貰った!」
 マリコルヌの身体を操り、己自身をワルキューレの手に突き刺す。
 それと同時に力が抜け、マリコルヌは吹っ飛ばされ、地面を転がる。
「は!?ってぇー何だこ、ぶぶぶぶぶぶぶぶ」
 マリコルヌは意識を取戻したと思ったら、いきなり地面を転がっていた。
「あ…ありのまま今起こった事を話すよ!
 『怒りで身体に力が漲って絶好調ー!と思ったら地面を転がっていた』
 な…、何を言ってるのかわからないとは思うけど
 ぼくも、何が起こったのかわからなかった…
 頭がどうにかなりそうだった…
 もてねえーとか、いちゃいちゃしてえーとか
 そんなチャチなものじゃ断じてない
 最も恐ろしいものの片鱗を味わったよ」
 そのまま観客席の目の前まで吹っ飛ばされ横たわり、ゆっくりとぶつぶつ言いながら首を持ち上げ様とする。
「とか、そんな感じ?って
 いてええええええっ、
 腕がっ、腕が折れ……」
 マリコルヌはそこで気を失った。

 一体のワルキューレが、ギーシュの制御を離れ動き出す。
「なっ!?あ、あれ?どうしたワルキューレ」
「貰ったと言っただろうがッ!
 これほどに上手く行くとは思わなかったがな」
 アヌビス神はギーシュを守る最後のワルキューレを殴り飛ばす。不意を衝かれた最後のワルキューレは吹っ飛ばされ動きを止める。
 ゆっくりとワルキューレの手に刺さった己を抜き取り、その体に対してあまりに小さい己を構える。そして斬ってやるとばかりに、腕を高く高く振り上げる。
 ギーシュが恐怖に固まる。腰を抜かし、座り込み、後ろへと逃げるように後退る。そしてあまりの恐怖に尿を漏らしてしまう。
「久々の、肉だ、骨だ、血だっ!」
 興奮しきったアヌビス神がギーシュに向って振り下ろされる。
「わ、わぁぁぁぁっ」
 ギーシュは、泣き叫びながら両腕で己を庇う様に、そう両の手で。両の手には何も“持たず”に。

 ルイズは『やめなさい!』と叫んで、割り込もうとして様子がおかしい事に気付いた。

「あ、あれ?」
 アヌビス神が素っ頓狂な声を上げる。
 アヌビス神を握っていたワルキューレが、がらがらと崩れる。

 恐怖のあまり杖を手放し、負けを思ったギーシュの魔法が解けたのだ。

「……へ?」
 アヌビス神が地面に転がる。

「……??」
 ギーシュが周りをキョロキョロと見回す。
「コホン」
 わざとらしく咳をして立ち上がり、腰をパンパンと叩いて土を払う。

「へ、へへへへへ」
 転がるアヌビス神がわざとらしく笑う。

 ギトーが片手を振り上げ一声上げる。
「ギーシュさん!!」

 スタンディングオベーションが巻き起こる。
 そして同時に『ギーシュさん』コールが巻き起こる。

 ギーシュはお漏らし後に気付かないまま、両の手を振りそのコールに笑顔で答える。
「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」
「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」
「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」
「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」「ギーシュさん!!」
 皆良い笑顔だ、運ばれるマリコルヌと頭を抱えているルイズ以外。
 珍しく少し表情を変えたタバサが、ちょっとだけ良い物見たよ的表情で、三回だけ拍手した。
 あ、キュルケはタバサの行動含めて苦笑いでした。


 ギーシュは名誉を手にした!
 だがお漏らしの不名誉は消えなかった。
 むしろ広まって定着した。

 その晩ギーシュは一人、部屋で泣いた。

 マリコルヌは、ずっと痛みと急展開への混乱で魘された。

 ギトー先生は、また酒を飲みながら『もう風とか糞くらえ、愛は凄いんです』と五月蝿かった。

 To Be Con―――――――――
 その晩アヌビス神はお仕置きされた。
「や、やっぱりゲシゲシですかァー?」
「ええ、その通りよ」
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
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ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
「なに斬ろうとしてんのよっ!」
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
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ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
「なァに、脳が間抜けな負け方してんのよっ!」
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
「刀だから脳はありませェーん」
「なに口答えしてんのよっ!」
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
「イヤァー」
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
「もうしませェーん」
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ




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