ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-3

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匿名ユーザー

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 ルイズにとっての厄日を挙げろと言われたら、まず間違いなくこの日が挙がるだろう。
 使い魔召喚で手間取った挙句、召喚できたのはよりによって平民の老人。
 図体ばかりがデカいだけで非常に無知で、この偉大なるトリスティン魔法学院すら知らないどころか、魔法の存在さえろくすっぽ知らないと来たものだ。
 あまつさえニューヨークだチキュウだなどと、ルイズが知らないような辺境から来たとのたまう。
 この世界の何処に月が一つしかない場所があるというのだ。貴族を馬鹿にするにも程がある。
 そのくせ随分と聞きたがりで、昼間に召喚してからというもの、日が沈むまであれやこれやと質問ばかりしてくる。
 子供でも知っているような事ですら何でも聞いてくるので、ウンザリしたルイズは最後になると質問を全て「うるさいうるさいうるさい!」で全部シカトした。
 しかしシカトしてしまえば、平民は大人しく黙り込んで外へ出ていった。
 これからあのボケ老人を相手にし続けなければならないのかと思うと、ルイズはほとほと嫌気が差した。
 しかもファーストキスまであの老人にくれてやったというのが甚だ不愉快極まりない。
 とにもかくも今日は疲れた。
 ルイズは寝巻きに着替えてとっとと寝ようとして、「使い魔が帰ってきたら何処で寝るか」を言い含めなければ安心して眠れないということに気付き……再び怒りを膨らませた。



 ジョセフにとっての厄日を挙げろと言われたら、まず間違いなくこの日は選外だ。
 命懸けの冒険が終わったかと思ったら、突然異世界に召喚されて有無を言わさず使い魔にされるというある意味屈辱的な事態を迎えることになった。
 が、究極生物や超常現象との戦いを潜り抜けてきたジョセフにとっては、この程度のアクシデントなど「奇妙な」という冠言葉をつけてやるにも値しない。
 むしろ美少女のファーストキスを頂いたのだから十二分に良い日だと断言してもいい、とすらジョセフは考えていた。
 ひとまず元の世界に帰還することよりも、この世界でどうやって生活するか。
 まずはそこから足場を固めていかなければなるまいと考えたジョセフがとった手段は、「弱者のフリをし通す」ことだった。
 その為に図体が大きいだけの無知な老人を装えば、世間知らずの主人は疑うことすらせずそれを信じ込んだ。
 中世貴族そのままの思考パターンで動いている人種には、とにかく「自分より立場が下の人間」だと思い込ませれば非常に都合がいい。
 油断させてしまえば、後は態度次第で自分の思うがままに相手の心理を誘導させられる。
 たった一代でニューヨークの不動産王に成り上がった男の処世術として初歩も初歩。
 ひとまず、ルイズへの質問攻めのおかげで現状は大体把握した。
 ボケ老人が質問してはおかしい事柄は、部屋から追い出された後でハーミットパープルの念視で把握してしまった。
 主人がヒミツにしている宝物の隠し場所もバッチリである。

(後は役に立たんフリさえしとれば、厄介事にも巻き込まれんじゃろ。後は……自分の身体じゃな)

 ジョセフの波紋では骨折やらの大怪我は治せないとは言え、軽い怪我なら治癒できる。体内を流れるDIOの血も、波紋呼吸を続けていればいずれ浄化することは可能。
 ただ一つ、気がかりなことがあるとすれば。
 ジョセフは左手の手袋を脱ぎ、義手に刻まれた奇妙な文字……ルーンに視線を集めた。ルイズに言わせるとルイズの使い魔になったという証だということだが、ルーンが刻まれた瞬間から、この鉄の義手は明らかな奇妙さを醸し出す様になっていた。
 日常生活に支障がないほど精巧な動作が出来る義手だったが、今では“義手に波紋が留まる”ようになった。
 波紋は金属に留まることができず、流したとしても即座に拡散してしまう性質があるにも拘わらずだ。
 教師であるU字ハゲのコルベールも「これは珍しいルーンだな。なんだキミは左手だけゴーレムなのか?」との言葉であっさり流したせいで、答えに辿り着くのは随分と後のことになりそうだ。

 ひとまず校内の間取りも把握し、周囲の地形もおおよそ理解した。一番身近な自分の身体が一番不審だというのが腑に落ちないが。


 部屋を出てきた時と現在の月の位置を確認し、やや時間が経ち過ぎた事に気付くと、ルイズの部屋へと戻る。
 扉の前へ来るとノックしてもしもーし。
「遅いッ! どこほっつき歩いてたのよッ!」と返事が来てからドアを開けて部屋へ入る。
「いやァすいません、あんまりにも広いんで道に迷ってしまいましてのォ」
 頬をポリポリかきながら事も無げに答える。
「アンタ常識ってモンがないの!? 主人が寝ようかって時に側にいない使い魔なんて聞いたことがないわ!」
 それから続け様に八つ当たりめいた罵詈雑言を飛ばすルイズだが、何で怒られているのか判りませんよという顔をしているジョセフに盛大にため息をついて、床に敷かれたボロ毛布を指差した。
「もういいわ、疲れた。あんたはそこで寝なさい。あたしも寝るわ。そうそう、そこに服が置いてあるから洗濯しといてね。朝はちゃんと起こすのよ!」
 言いたいことだけ言ってしまって、ルイズは指を鳴らしてランプを消し。そのままベッドに潜り込んだ。


 程無くして寝息が聞こえてくるのを確認してから、ジョセフは小さくため息をつき。とりあえず毛布の上に座り込んだ。

(んまァなんじゃ。ホントーに何処から何処まで中世貴族そのまんまじゃのォ。一晩かけて言うコト聞かせるようにしちまってもいいんじゃが)


 有体に言えば手篭めにするということである。自信はあるがそれが成功するかは判らない。「勝負というのは始まった時には既に勝てるかどうか決まっているものである」を信条とするジョセフとしては、その考えはまだ非現実的だと判ずるしかない。
 失敗するかも知れない手に打って出るほど窮している訳でもない。
 それよりも先にやらなければならないことがある。ジョセフは呼吸を整え、波紋を練り始めた。
 独特の呼吸音が静かな室内に微かに聞こえるが、ルイズは目を覚ます気配もなく昏々と眠り続けている。
 まず波紋を集約させた指を壁につけ、指だけで壁を登り、天井にぶら下がって数十分そのままの体勢を維持する。
 降りれば水差しからコップに水を注ぎ、逆さにしたコップから水を落とさずにそのまま維持。
 水面に指をつけてコップから水を抜き取れば、プリンのようにコップの形を維持する水をかじる。
 波紋を体内に流していれば食事も睡眠も必要がなくなる。これから特権階級であるルイズが自分をどういう扱いをするのかはかなり想像がつく。

(波紋やっとると老化せんからのォ。あんまりやり過ぎるとワシがスージーより年下っぽくなっちまうからあんまやりたくないが。ま、しゃーないしゃーない)




 ジョセフの脳裏には、ありし日のリサリサの姿が浮かんでいた。
 母も結婚してから波紋呼吸を止めた(幾ら何でもずっと年を取り続けないのはおかしいのだが、リサリサは波紋を止めるのにやや未練を残していたようだ)が、それでも大概な若作りを維持していた。
 母の再婚相手は、ジョセフはリサリサの弟だと思い込んだまま天寿を全うした。
 いつ元の世界に帰る事が出来るかは判らないが、いつか帰る日の為に自分の体を維持し続けなければならない。
 エジプトへの旅の間も、自分の老化を嫌と言うほど思い知らされた。
 いつ終わるとも知れないハードな日々を潜り抜けるために、この波紋は必要不可欠なのだから。

 トレーニングを一通り終えて窓の外を見ると、ほのかに空が白くなりかけてきていた。
 ジョセフは脱ぎ散らかされたルイズの服を持って、下へと降りていく。
 ハーミットパープルを使えば洗濯道具の在り処もすぐに判るが、勝手に出して使っていては元からここで働いている人間もいい気持ちはしないだろう。
 両手で服を抱えながら水場の横で腰を下ろしてのんびりと空を見上げていると、若い黒髪のメイドが一人やってくる。ジョセフは彼女にひらりと手を挙げて、声をかけた。


「おおお嬢さん。すいませんが主人から洗濯を命じられておりましての。すいませんが洗濯道具を貸していただけると有難いんじゃが」
「洗濯道具ですか? 構いませんが……貴方はどなたですか?」
 微妙に不審げな顔をする彼女に、ジョセフはニカリと笑って名を名乗る。
「ジョセフ。ジョセフ・ジョースターですじゃ。昨日からミス・ヴァリエールの使い魔となりましての。至らぬ所もあるかと思いますが、宜しくお願いしますじゃ」
 ジョセフの自己紹介に、彼女はああ、と合点が行った顔をして手を叩いた。
「ミス・ヴァリエールの! 貴方が噂の平民の使い魔さんでしたか」
「ええ、わしが噂の平民の使い魔ですじゃ。宜しければお嬢さん、お名前などお聞かせ頂ければ嬉しいですがの」
 ルイズの前でしていたようなボケ老人のフリではなく、普段通りの明朗快活さで会話を続け。ゆっくりと立ち上がったジョセフの背の高さに、彼女は目を見張った。
「私はシエスタと申します。シエスタとお呼びくだされば結構です」
「おおこれは御丁寧に。ではわしのことはジョセフなりジョジョなりお好きに呼んで下さって結構ですぞ、ミス・シエスタ」
 ウィンクもつけて、敬称を付けて彼女の名を呼ぶ。
 予想外の呼び方に、ボ、と顔を赤らめて、少しばかりモジモジしながら視線を彷徨わせるシエスタ。


「や、やですわ、そんな貴族の方々にするような呼び方なんて照れてしまいます。そんなこと言われたら、私もミスタ・ジョセフとお呼びしなければ……」
「はははは、それは失敬。他人行儀な呼び方をしてしまいましたかの。ではこれからはシエスタ、と呼ぶことにしますわい。シエスタも気楽にわしの名を呼んでもらえれば結構」
「でしたら……ジョセフさん、とお呼びいたします。年上の方ですし」
 まだ赤みの消えうせないまま、そうですよね? と言いたげな顔でジョセフを見上げるシエスタ。
「ではそう呼んで下されば光栄ですじゃ。おっと、あまり立ち話で時間を取らせてしまってはいけませんな。ワシも主人の服を洗濯せねばなりませんでな」
「あ、すいません! ではこちらに……」
 シエスタに道具置き場へ案内される間も、終始楽しげに会話を続けるジョセフ。

 今正にこの時こそが、アメリカニューヨーク仕込の人心掌握術がトリスティン魔法学院で炸裂した、最初の瞬間であった。







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