☆白菊ほたる


目覚めは突然だった。
熟睡していた白菊ほたるも、本能に従って飛び起きただけで状況を理解出来ずに居た。
シュガーとレミリアとの戦闘現場の近くにあるマンションに住む彼女。
既に事は終わっているが、事後の喧騒が響いている。
場所が近いのは、ほたるですら察している。故に戸惑っていた。

(ライダーさんが周りを警戒してくれるから……大丈夫だと思うけど……)

念の為、ほたるは自室の窓にあるカーテンを開き、周辺の様子だけ伺う。
驚くほど、何も分からなかった。
ほたるの住む場所は、マンションの二階に位置する部分だったが。
そこそこ高さあるにも関わらず、目当ての景色は望めない。

(ここは安全、なのかな?)

不安を覚えつつ、カーテンを閉めようとしかけた時。
彼女は慌てて別のものに視線を向けた。事件じゃあなく、全く異なるものに対して。
念話と呼ぶマスターが持つ能力を、ほたるは知っていたが、ソレでライダーを呼びかけるよりも
自分が自ら出向いた方が早いと反射的な判断で、彼女は飛び出していた。

寝巻姿のまま。
ほたるが夜道に出向いて、慌てて周囲を見回してみるが、先ほど発見した者の姿は無い。
構わず、ほたるは必死にどこかへ駆けだす。
当てもないが、マンション前で呆然と立ち尽くすよりもマシだ。

彼女は必死に探す。
何故かと問われれば、彼の、ほたるのライダーが為である。
ほたる自身、自らの『不幸』で友人に討伐令を与えられたライダーに『不幸』が与えられたのでは、と危惧していた。

だからこそ彼女は、ちっぽけな少女でも。少しでも役に立ちたいと願ったのだ。
ほたるは必死に呼びかける。

「セイヴァーさんっ……DIOさん!」

そう!
確かに少女は目にしたのだ。
セイヴァーのような人影を……! ほたるがマンションを飛び出すまでに、彼は姿を再び消してしまったが。
あれは見間違いじゃあないと、ほたるは信じている。

きっと、まだ近くにいる。
希望を抱いていた少女だったが、何者かが路地の脇より手を伸ばし掴んで来た。
唐突な事態に、ほたるは対処や抵抗も成す術ないまま、腕を引っ張られてしまう。

一体何事かと状況を見極めようとした矢先。
ほたるが振り向いた先で、額に銃口が突き付けられていた。
金属が肌身に伝わり、ほたるはピシリと静止する。
銃の持ち主……巻き毛の激しいシルクハットを被り、全身黒ずくめの男性が所謂『アサシン』のサーヴァントだと。
マスターのほたるには分かったが、様子がどうもおかしい。

人ならざる力を有しているにも関わらず。
ボロボロの血まみれ。極端な表現、瀕死状態に近いアサシンは、わなわなと震え。
恐怖と動揺を顔に浮かべた状態でありながらも、しかと漆黒の凶器の引き金には指をかけていた。

「お、お前……今ッ『Dio』って言ったよなぁ、聞こえたんだよ!!」

「………っ ………………………!」

錯乱状態のアサシンに腕を掴まれ、今にも弾が撃ち込まれる危機的。
ほたるは、涙を浮かべ叫ぶ事すら叶わない。
ここで念話でライダーに伝えるべきか、令呪でライダーを呼び出せばいいと誰もが考えるだろう。

だが、実際は無理な話である。

架空の物語でしか知らない拳銃の実物を突き付けられ。
殺されてしまう手前の状況を眼前に、アイドル活動をしていても、ちっぽけな少女でしかないほたるが
迅速な判断力を発揮する訳がないのだ。

後悔を抱くよりも、間もなく迫る『死』の恐怖で立ちすくむしかなかった。

「どこもかしこも『Dio』だ! お前は『Dio』を知ってんのか、それとも『Dio』のマスターかぁ!?
 クソ、クソッ! どうなってやがる!! 俺は聖杯戦争に召喚されたってのに
 どうして『Dio』と関わらなきゃいけねぇんだ!? どんな災難だ、クソったれ!!」

「あ……ひっ…………」

アサシンはセイヴァーに、『Dio』に恐怖しているのだろうか。
支離滅裂に不平不満を少女へぶつけ続ける。
そんな事を罵られても、何をどうすればいいのか。ほたるだって分からない。
第一。
アサシンに「セイヴァーさんとお知り合いなんですか?」と聞けずに悲鳴を小さく漏らすしかない。
ほたるは、そんな自分自身を情けないと感じていた。
いたが、その次の行動は到底移せずに、恐怖を乗り越えられない。

「もう『Dio』なんざ知らねぇ! 二度と湧き上がって来るなぁ――――!!」


――え………


アサシンの指がはっきりと引き金をひいて、少しだけ遅れて銃声が響く。


――嘘……私………死んで……



◇◇◇





魔法少女は魔女となる宿命だった。
否、魔女に成り果てるからこそ、自分達は『魔法少女』と呼ばれているのだろう。
ならばこそ、環いろはが最近自らの肉体に生じた謎の存在。
ウワサとの死闘で打倒したアレは味方ではなく、いづれ世界に呪いを振りまく自分の末路なのだと分かる。

――やちよさん……もしかして………

共に行動していたベテランの魔法少女を思い出すいろは。
彼女の焦りよう。
ソウルジェムが穢れ切った末路を、ひょっとすれば知っていたのかもしれない。
長年、魔法少女として活動していたなら、魔女の正体に気づく切っ掛けの一つや二つ……ありえそうな話だった。

――なら、帰ったら謝らないと……

いろはの記憶が次々と鮮明に呼び起こされる。
優木沙々と出会った事。
彼女が『友達』じゃあない事。
彼女の言いなりになって、バーサーカー……シュガーを暴走させてしまった事。

――沙々ちゃん……

当然だが、令呪を使わせられてしまい、いろはも沙々の所業を許すほど寛容ではない。
優木沙々は紛れも無く『悪』であり、行動や方針は間違っている。
無知な人間を巻き込もうとし、恐らく……グリーフシードの無い世界で魔女を産み出そうと奔走していたのだ。
いろはを犠牲に、自分だけは助かろうとした。

しかし……
魔女になる恐怖。
ソレから逃れる術を模索するべく必死だったと考えれば、酷く責め立てられない。
セイヴァーの宝具か何かで浄化されたいろはの方が、幸運だっただけ。

ソウルジェムの穢れを溜めずに、聖杯戦争を生き残る。
非常に困難を極め、無謀な道を歩まなければならないといろはも推測した。
だけど、彼女はその道を進むのだ。


何故なら、環いろはに漆黒の意志はない。黄金の精神が――僅かだが、確実に芽生えているのだ。


「…………っ」

そして目覚める。
いろはは何者かに背負わされていた。すぐに正体が優木沙々だと気付き、声をかけようとしたが。
急に、沙々は立ち止まった。
自分の覚醒に反応したのかと、いろはが様子を伺えば。
前方に立つ――セイヴァーが立ち止まったからだと察せる。

どうしてセイヴァーと沙々が共に行動しているのか?
彼もまた、いろはの起床に反応したのではなく、じっと周囲を様子見しているようだった。
沙々は非常に緊迫した表情を浮かべる。
血相も容態も、残念ながら正常と呼べない。目を見開いて、必死にセイヴァーを警戒……否、畏怖しているのだ。

――今の内に……!

いろはは意識を集中させて念話を行う。

(シュガーさん、シュガーさん!)

『イローハ。やっと本物のイローハとお話しできたよ。さっき偽物のイローハと会ってビックリしちゃった』

(あ……はい。ご心配かけてすみません)

思えばシュガーの反応。
偽物と称しているが、いろはが沙々に洗脳されていると気付いていたのだろう。
狂っている彼女は格別掘り下げる事も無く、いつもの調子で語る。

『さっき、おっきくて怖いコウモリちゃんと遊んだよ。向こうも疲れて帰っちゃった』

(サーヴァントと戦ったんですね……ご無事で何よりです)

『イローハ。やっぱり私、眠いみたい』

(……分かりました。起きたら念話で教えて下さい)

『うん、おやすみ』

シュガーの念話は完全に途絶えた。
魔力消費もいろは自身感じられない点から、霊体化せざる負えないまで追い詰められたらしい。
……つまり、肝心のサーヴァントに頼れない状態。

――取り合えず、シュガーさんにかけた令呪だけでも。

洗脳でかけてしまった分の解除。
しかし、これでいろはは令呪を全て失ってしまったのだ。

――仮に私が洗脳されても、シュガーさんを操る手段はなくなったから、これ以上酷い事は起きない。

その覚悟と計算をし、最後の令呪を切った。
いくら状況や状態も含んだ結果とは言え、いろはに申し訳なさがある。
シュガーから教えられたが、彼女の宝具で生きたものはシュガーに変換されない。
シュガーや敵サーヴァントの戦闘に巻き込まれた犠牲者が居ないのを願うだけ。

――本当はセイヴァーを切りぬける為に……でも、今は休んで下さい。シュガーさん……

故に、いろははシュガーを頼れなかった。
『砂糖』に溺れ、狂っている彼女を英霊とし、頼るのもお門違いだろうが。
今回の件は別だ。
少なくとも、今だけは戦わせてはならない。

小さくいろはは、沙々に声かける。

「沙々ちゃん……沙々ちゃんっ」

「っ!? い、いろはさ――」

「静かにしてっ。多分、セイヴァーは私が起きた事に気づいて無いから」

沙々も、いろはの目論みを理解し、少し背後に対し頷くだけに留めておいた。
恐らくだが、沙々はいろはの洗脳が解けた事を知ってない。
が、今は洗脳に関して問いただす状況で無いといろはも承知している。
故に沙々を落ち着かせる風に、いろはが話を続けた。

「私が気絶してた間……何がどうなったの?」

「……せ………セイヴァーに、私の、ソウルジェムが………」

沙々の声色は明白な絶望で満たされている。
つまり、魔女化する危険と隣り合わせ、かつ脅迫状態にあるのだろう。
となれば……いろはが更に状況を整理していく。

「今さっき、シュガーさんと念話で確認したのだけど。
 シュガーさんはサーヴァントと戦って、深手を負ってしまったから、セイヴァーとは戦えないみたい」

「え……そんなっ、じゃあ」

「落ち着いて。沙々ちゃん、アサシンさんは?」

「アサ―――あっ。アサシンッ! そうだ、忘れてた……念話してみますっ!!」

恐怖で冷静な判断が困難だったのだろう。
自分のサーヴァントに助け求める思考を漸く取り戻した沙々が、我に返って念話を試みた。
沙々が意識を集中させている。

沙々が震える口で告げる。

「い……いろはさん。アサシンとの念話が通じません……
 シュガーさんの魂を確保する為に、近くへ配置していたのですが」

「戦闘に巻き込まれたかもしれないね……」

「まさかそのっ、倒されたなんて流石に無いと、し、信じたいけどっ」

沙々の言葉はか細く弱々しい。
念話が通じない以上、既に脱落した事も否定できない状態だ。
シュガーが『怖いコウモリ』と称した英霊。ソレによって倒された、と……
交戦したとすれば、無事か怪しい。

――どうしよう

思わず、いろはも内心途方に暮れていた。手詰まり状態に等しい。
現状、彼女達自身以外で他主従との接点が皆無で、尚且つ二人のサーヴァントは戦闘続行不能。
無理矢理シュガーを戦闘させる事も、上手くいけば……だが、いろは個人の意志で、シュガーを酷使させたくはなかった。
口が回る様になった沙々は、漸く一つの確信ある情報を出す。

「そ、それに、セイヴァーの宝具もよく分からなくて。いろはさんを瞬間移動させたり、あと」

宝具? あるいはスキル?
悪の救世主たる英霊の……能力? いろはも『瞬間移動』なる現象を直ぐに突き止めるまでには行かず。
いろはも深く沙々に問い詰めようとした矢先。

短く軽快な音色で銃声が響き渡ったのだ。

しかも、さほど遠くで鳴っておらず。確実に敵が、恐らくサーヴァントが存在する事だけは分かる。
魔法少女の魔力感知を行うと、いろははサーヴァントと思しき濃度の高い魔力を複数捕捉した。
だが、それよりも――

突如として沙々の体が崩れ倒れた。

「―――っ!? 沙々、ちゃん!」

思わず声を出すいろは。
下敷きにしてしまった沙々の体から咄嗟に離れ、いろはは容態を確認すると……
息を飲む他なかった。


「う……そ。死んでいる……!?」


沙々は完全に鼓動も息も停止していた。



◇◇◇


☆渋谷凛


一度、家に戻らなくては―――凛は最初そう考えた。
ここ……見滝原に存在する彼女の家族とされている彼らが果たして本物なのか否かは定かではない。
しかし『一応』便宜上だが、無言で凛が家出をすれば心配する事だろう。

そして、一度戻って……学校には行かない。行くフリをして、改めて家を出る。彼らに安心感を与える為に。
通学している場合じゃあない、のが一番の理由でもあるが。
丁度だった。凛が決断を下した矢先、外に動きが見られたのは。

様子見してきたセイバー・シャノワールが凛たちの居る、非常階段の踊り場へ帰還し。
冷静に、しかし緊張感を含んだ物腰で告げる。

「アヤ・エイジア、君の追いかけと思しき報道陣がホテルを包囲しつつある状況だ」

「私の歌が聞こえた影響ね。このままだと他の人達に見つかってしまうから、どうにか抜け出したいけど……」

責任感を露わにする表情を顔につけるアヤ。
凛も、現時点でセイヴァーと鉢合わせるのは危険だと分かる。
アヤの歌が効果あるかも分からず。少なくともセイヴァーを無力化する術もない現状だ。

方針が明確になったものの、結局どうやってホテルから脱出すればいいのか。
シャノワールがアヤに尋ねた。

「車の運転は出来るかな」

「ええ。ホテルまでは車で来たの。駐車場に止めてあるわ。でも……車で移動したら逆に気付かれる」

「彼らの足止めは、私に任せて欲しい。向かう先は――都心の真逆、住宅街の方にしよう」

無難にそうなるか……凛は一応納得した。
アヤの存在を捕捉した報道陣以外にも屯する者を考慮すれば、都心側へ逃走するのは返って不味い。
現状、人気ない住宅街へ身を潜めるのが安全だ。
だけど、凛は何か釈然としない。

「セイバー……これが罠って可能性もある?」

凛も変に不安を煽らせたい訳ではないが、アヤが口にしたセイヴァーの掌握に不穏の影がチラつく。
むしろ、だ。
報道陣を誘導する手段こそ、カリスマで人を操るセイヴァーの策略を感じる。
彼女の指摘にセイバーは少し沈黙をし、遅れて返答をした。

「否定はできない」

「周囲にサーヴァントはいる?」

「私の感知の限り、ここに居るアヴェンジャー以外の魔力は無い。
 だが……霊体化した状態のサーヴァントや気配遮断を持つアサシンの感知は不可能だ」

「じゃあ――」

つまるところセイヴァーが潜伏している可能性は否定できない。
ならば、直ぐにホテルから脱する事は軽率にしない方が良いのだろう。
セイバーに周辺の偵察を頼んでから、ホテルからの脱出を試みようと凛が提案する前。
否、その直後。
世界に異変が発生した。


◇◇◇


★セイバー(シャノワール)


瞬間。
世界が停止した事にシャノワールは、改めて目を見開いたが、どうやらセイヴァーやアヴェンジャーの時間停止じゃない。
とだけは、感覚で理解していた。
最も、今回の時間停止はとりわけ特別に分類される。
暁美ほむらと同じく、長時間停止を行える……恐らくサーヴァントの宝具だ。
時間操作を齎す英霊らの中でも、圧倒的上位に属する実力を秘めた者。

皮肉だが時間停止中にも制約なく動けるシャノワールは、利用するべきだと判断する。
少なくとも、セイヴァーの動きが制限されていると想像しうる状況。
一つのチャンスだ。

無難に凛たちをこの間に移動させてしまうのが正解、だが――
シャノワールは、自然と魔力を帯びた予告状を手元に出現させていた。
殺気までは行かないが、確かな敵意を胸に秘めた――階段の踊り場で倒れ伏していたアヴェンジャーが覚醒したのを目撃する。

「身構えるなよ。少しばかり話をしよう」

意気揚々と起き上がった彼だが。
停止した時空間に対し、自らの肉体が動くのを確認している様子も垣間見えた。
理由はどうあれ、アヴェンジャーは凛を殺害しかけた。
根本的には聖杯を狙う方針を持つ側である。

「折角、時間が止まっているんだぜ。本当のところを聞かせろよ。聖杯を欲しくないのか?」

人が良さそうでもあり、挑発的とも受け取れる態度のアヴェンジャー。
顔立ちや能力、本性などはセイヴァーに似通っている部分はある。
だが、違う。
全てとまでは行かず、あらゆる全ての『一部』が微細な差異が重なり合った結果。
『似ているが別人』結果を導いたような………シャノワールは静かに口を開く。

「まず、聖杯は欲しない。ただ、方針に関しては伏せた部分がある」

「……大凡見当はつくが聞かせろよ」

「先ほど話にあった通り、セイヴァーやXの対策として更に主従と同盟を交渉する点に関してだ。
 前提だが――私は聖杯戦争主催者の目論みを二の次に警戒している」

「無難に『願望機を安易に見逃す訳がない』って奴か」

「その点も不透明な部分がある。例えば――ソウルジェムが英霊の魂を『取り逃す』可能性だ」

「ああ、そこか? 疑うのは分からなくもないが、流石にそこまでザルな設計じゃあないだろう」

ルール上。魂はより近い距離にあるソウルジェムへ移動する、と言われているが。
例えば、何らかの理由で消滅したサーヴァントの魂があり、周辺にどのソウルジェムも距離を置いた場合でも。
近いソウルジェムへ移動されるか、否か。
普通、アヴェンジャーと同じ考えをするのが自然だ。……最も。

「最も――主催者が聖杯を目的としている場合のみ、ソウルジェムは正常に機能すると私は思う」

「………」

「『そうでなかった場合』。主催者側にとって聖杯が創造される事態、不要な障害になりえる。つまり……」

「ソウルジェムが聖杯に変換されない……ならお前の想像通りとして、結局どうなんだ?
 ……って突っ込みたいが、お前の場合は連中に歯向かえられる手段があったな。
 お前の『対界宝具』で、連中の居場所へ侵入できる」

考察していけば、戦力さえ確保すればシャノワール自体の目的。
主催者への反抗は可能という訳だ。
が、アヴェンジャーは一言を口にした。

「俺は乗らないがな」


◇◇◇


★アヴェンジャー(ディエゴ・ブランドー)


断言すると、アヴェンジャーは時間停止内で身動きを取るのは困難だった。
しかし、現在はしっかり動ける。
シャノワールの情報と照らし合わせれば、時の入門を可能とするサーヴァントに障害無い時間停止を発生させるのは
自然と犯人は、暁美ほむら。セイヴァーのマスターだ。

聖杯戦争前で発生した時間停止の感覚。
アレを信用すれば、アヴェンジャーの直感でも理解できる。
現在、時間停止を発生させているのは……暁美ほむら『じゃあない』。

長時間停止を行うサーヴァントが、確かにいる。
それが発生した際には、認知したものの『入門』出来なかった。今回は何故か可能になっている。
アヴェンジャーが推測するに、敵は有る程度……時空間を操作しえる。
最悪、完全なコントロールを為す――とすれば厄介以上に、セイヴァーよりも最優先で倒さなくては。

(時間停止が発生して、数分経過したが)

特に異常はなし。
少し間を置いてアヴェンジャーはシャノワールに言う。

「セイヴァーがこの周辺に潜んでるってなら、この時間停止を利用し俺達に近付く。
 だから、探しに向かう話だったな。いいぜ? 今のところはお前達に乗ってやるよ……今だけな」

「ああ、それは助かる」

アッサリとしたシャノワールの返事に、アヴェンジャーも鼻先で笑った。

「なぁ、俺の話を聞いてたか? いつかは切り捨てるし、お前との共闘は少しの間だけだぜ」

「そういう場面は、幾つも体験して来た身だからね。君より酷い者とも会った事があるとも」

気に食わない奴だ。アヴェンジャーの表情が歪む。
ただし、シャノワールは続け伝える。

「私はマスター達の護衛として残る」

「俺だけが行けと?」

「当然だ。マスター達が攻撃される危険がある以上、護衛は必須であり、君には前科がある」

「怪盗の前科者がそれを言うかよ」

双方睨み合いの後。
癪に障る節があったアヴェンジャーが「ああ、そうかよ」と霊体化した。

重要な点が一つだけある。現在、時間停止している敵は前述の推測から想像するに。
アヴェンジャーの存在を捕捉している点である。
歌姫を捕捉した報道陣が原因か……あるいは『別の要因』か。

痕跡があるとすれば、アヴェンジャーの時間停止と池回りで起きた戦闘。
可能性の高い方は間違いなく、前者の時間停止だろう。
霊体化ですり抜け、次に彼が実体化したのは――池を越した先にある住宅街。
停止した世界でも既に異常を垣間見える現場では、更に向かい側で発生したと思しきサーヴァント同士の戦闘被害だ。
ただ、アヴェンジャーの狙いはソチラじゃあない。

――時は動き出す。

長時間の停止に突如終わりが訪れた。
アヴェンジャー自身の周辺で異変が起きたかと言えば、無い。
無いなら無いで、敵が攻撃をしかける可能性もありえる。

「なら……俺が捕捉したサーヴァントは時間停止者ではない訳だ」

住宅街へ赴いたのは一種の勘だった。直感の一つ。
それが的中し、実体化した状態のサーヴァントを感知して捜索していた。
少女の叫びを聞くまでは。


「セイヴァーさんっ……DIOさん!」




                ――復讐者の時間――




マンションを飛び出してきた少女は、慌てたのは明白で寝巻姿だった。
誰も居ないマンション前を左右見回し、探し人が近くに居るのを願って駆けだす。
咄嗟に時間停止させ、様子見したアヴェンジャーは沈黙した。

(奴は何だ……? セイヴァー? 『DIO』と言ったのか、今……!)

やはりセイヴァー『も』ディオだった。
しかし、一番注目するべきはセイヴァーを積極的に探す少女の存在。
あの様子では、どう見ても討伐令目的で捜索している雰囲気じゃあない。
……ところであの少女はどうなった?

疑念に答える風に、男の怒声が聞こえて来る。ゴチャゴチャと喋る内容はともかく。
アヴェンジャーは「もしや」と思い、再び時間を停止させた。
声の方角へ進んでみれば、やはり彼の想像通りの光景が広がっている。

「おや、驚いたな……『マジェント・マジェント』。サーヴァントなのか? コイツが」

意外そうに、しかし悠々とした足取りでアヴェンジャーは、一騎の負傷したサーヴァント……
アサシンのマジェント・マジェントが、いたいけな少女を撃ち殺そうとする状況に接近する。
誰も、アヴェンジャーを止める者は居ない。
アヴェンジャーが簡単な動作でマジェントの手にある拳銃を奪う。

「さて……」


そして、時は動き出す。


◇◇◇


☆白菊ほたる



「………い…………おい、気絶されるのは困るんだが」


――え?


少女は飛び上がった。
衝撃で目を見開いたところで、彼女の目の前には『セイヴァー』がいる。
確かに、ほたるはショックのあまり気を失いかけていた。
銃で撃たれて――否、どうやら銃弾を受けていない。むしろ倒れないように『セイヴァー』が抱えてくれている。
こんなイカレた状況じゃなければ、ロマンスを感じただろうが……
慌ててほたるは言う。

「わ、私……どうなって………?」

再度ほたるは驚いてしまう。
一瞬DIOではないかと、セイヴァーだとほたるが思い違いをしており。
厳密には『助けてくれた』のは、セイヴァーとは異なるアヴェンジャーのサーヴァントだった。

しかし、全くセイヴァーと別人じゃあない。
同じではないと分かるが、それでも何か……外見の一部が同じで『似ている』表現が適切と言う、複雑な人物だった。
そんなアヴェンジャーは作った笑みを浮かべて、手元の拳銃をほたるに見せる。

「安心しろよ。お前は撃たれちゃいない。撃たれたのは、ソイツだ」

「………っ!!!」

アヴェンジャーが顎で示した方に、血の惨状が広がっている。
ほたるに銃口を向けた巻き毛の男が脳天を撃たれ、無残に道路へ倒れていた。
いよいよ、彼女の生きた過程で目撃した事ない悲劇を目の当たりするが、叫べも出ない。
銃を向けられた時と同じだ。体は震えるが、一歩も動く事が叶わない。

錯乱状態だったが、アサシンがほたるを殺害未遂まで追い詰めたのは事実。
果たして、暴力の解決が正解なのか。
俯くほたるを余所に、アヴェンジャーが話す。

「ところで、お前はセイヴァーの何を知っている」

ほたるが、ぎこちない動きで振り返れば愛想良い笑みも浮かべて無い冷淡なアヴェンジャーがいる。
彼は手元で持て余す拳銃を、今度はほたるに向けそうな威圧を感じさせる。
結局、アヴェンジャーは情報を引きずり出そうと、彼女を生かしているに過ぎない。
悪意はないし、善意もない。
単純に手段の一つ、結果へ至る過程の通過点である。

だけど。

「その……」

ほたるが猟奇的な現場の渦中に巻き込まれながら、それでも。

「あ、アヴェンジャーさん……私を、助けて………」

彼女は普通の少女だから、ごく当たり前に『お礼』を告げようとしたのだ。



◇◇◇



「何故、助けた? 君が『ディオ・ブランドー』なら、それは相応しくない行いだ」




悪役にもやって良い事と悪い事がある(中編)

最終更新:2018年11月17日 10:21