気が遠くなるような漆黒だった。
一寸の光は愚か、自分自身がどこにいるかも実感できず、平衡感覚が狂いそうになる。
静寂に満たされた闇に取り残されれば、強靭な精神を持ち合わせる者であれ、正気に居続けられるか怪しい。

されど――不可思議だが、意識を取り戻した少年・アイルは酷く落ち着いており。
加えて闇以外の気配を察知していた。
所謂、聖杯戦争上における魔力感知じゃあない。本能的な直感でもない。視覚が利いた訳でも。例えようが見つからない。
ただそれでも、アイルには誰かの存在が分かる。

少年はため息をついた。厭きれと嫌悪と苦労が滲み出るものを。
漸くか。
ようやっと、或いは渋々か。
でも、遂に彼の望んだことが叶ったに近い。

「やっと出てきたな……俺の前に。表の奴の隠れ続けたくせに、どういう魂胆だよ」

「―――」

返事はない。完全な姿も現さないまま、沈黙を保ち続ける彼の真意はアイルにも理解不能。
悪魔めいた不気味さを醸すが、アイルはどうだって良かった。
どうせ、今後接触するかも分からない相手だ。
向こうも基本的には表立たない慎重さを抱え続ける性分だろう。
たった一つ………話を聞ければいい。聖杯への願いや方針なんて基本の話題じゃあない。

「俺がアンタに聞きたいのは一つだけだ。……アンタにとって表の奴はなんだ」

質問に答えるかは無効次第。むしろ返答せずに沈黙を貫いたって良い。
くだらないが、令呪を使っても別に構わないか。とアイルも脳裏に浮かべる。
彼は聖杯を求めていない故に、サーヴァントに対しても無為に感情を向けるつもりはない。
最も、先ほどの質問をした時点で意識していない主張は無理があるが……

結局だんまりか。アイルも期待は僅かだった為、格段ショックを受けない。
……が。深淵よりドッピオとは異なる男性の声が響く。

「私にとって………ドッピオは『光』だ。私が再び帝王の座へ至るには、ドッピオが必要なのだ」

「!」

帝王?
生前の『あちら側』の地位か。ドッピオの方は『ボス』と呼んでいたが。
アイルに検討はつかない。だがアイルの問いかけに奴は、真のアサシンは答えたのである。
初めて聞いたが、言葉に関しては『真実』を語っている風にアイルは思う。
実際、表側の人格に行動を任せている事実も含め、彼らには確かな信頼が存在した。
アイルとは違って……

言葉を切り出した行為が、水道の蛇口を捻った動作に匹敵するよう真アサシンが立て続けに話す。

「良く聞け。お前に助言をしてやる。まず、お前は他の主従に運ばれている最中だが
 敵に補足されている。だが――目立つ行動はするな。私が始末する」

「……は?」

唐突な説明に困惑するアイルだが、そもそも自分の状況を思い出せずにいた。
彼の記憶上、かろうじて街を徘徊している最中。敵サーヴァント思しきナイフ少女に攻撃されたのが新しい。
薄々アイルも予感を覚える。
多分、あそこで一度ボーマンと人格が入れ替わった筈だ。

「目を覚ましたなら、そいつらと敵対はするな。奴らはアヤ・エイジアと関係があり、接触するのに利用できる」

「アヤ・エイジア――」

ぼんやりとだが、街中でも『赤い箱のウワサ』を冠するものに犯行予告が出されたと耳にした。
ただ、アイルは『利用』という言葉に違和感を感じる。
一体どう利用しろと? 何を根拠にそいつらとアヤ・エイジアを利用できる?
肝心な事だが、彼らを利用すれば何の利益が得られるのだろうか。

アイルにそれらを問いただす余裕なく、意識は覚醒してしまった。




弥子と魔理沙が見滝原中学に到着した頃。地帯周辺では火災やマンションでの乱闘、
教会へ急行する近隣交番からやって来たパトカー……という具合の騒ぎが広まっている。
状況が状況なものの、弥子は近くのコンビニで食料を大量に購入し。
当初の目的通り、見滝原中学へ狙いを定めた。

警備員や部活動で登校する生徒が現れる時刻。
早速、菓子パンを口に頬張りつつ弥子が周囲を観察していた。
当然だが毎度お馴染みの傍若無人の魔人は同行していない以上、無謀な侵入は試みない。
弥子は見滝原中学周辺にある高層建築の屋上より様子を伺う方針を取った。
屋上の侵入に関しては、魔理沙が箒でひとっ飛びすれば簡単である。

目覚めないアイルを傍らに高所の風にあたりつつ、そこからでもマンションの状況は弥子も読み取れた。
魔理沙の方は至って冷静に呟く。

「学校には誰もいない。少し意外だな」

「うん……でもアーチャー、サーヴァントなら罠を仕掛けたりできるよね」

「可能性はあるけど、私が全部見抜けるかは保証できないぜ。念の為、軽く調べてみるか?」

提案に対し、弥子も快くお願いを求めようとした時。
突如、アイルが覚醒し上半身を起こしたのに、彼女らは言葉失って驚く。
いきなりだったから反応に遅れた理由も含まれるものの、アイルは軽く周囲と弥子たちを見るなり。
何の意外性を表情に現さなかった。
まるで最初から状況を把握している冷静さを持っている。

「あいつ……」

アイルは改めてアサシン――ドッピオの姿もないのを確認してから、沈黙を保つ。
恐らく、アサシンの判断は至極正しい。
弥子たちが敵意ない者達であれば、それを利用し、聖杯戦争を優位に立ち回れる手段を取れる。
未知の能力・宝具を備えるサーヴァントの相手こそ、自らのサーヴァントに任せて。
マスターは安全な場所へ避難するべきだ。

「俺が『はい、わかりました』って従うと思ってるのか」

不満と苛立ちが混ざった声色のアイルに対し、おどおど弥子が声をかける。

「あ、あの……大丈夫? お腹すいてるならコレ……」

一人で全部食い切れるのかと突っ込まれたいような、無数にある大量のパンが詰め込まれた袋の一つから
弥子が呑気に焼きそばパンを選んで、差し出したのにアイルは妙な脱力感を味わう。
似たような感覚。アイルを『船』に乗せている団長を相手する雰囲気だ。
別に感覚だけで信用する訳じゃあないが、一刻も争うのだ。躊躇っている暇すら惜しい。
アイルが問う。

「なぁ、アンタら。戦えるか」

いやいやまさか!と弥子は『NO』の合図を首振って示す。
魔理沙は顔しかめて「戦ってやらんでもない」と答えるだけ答えた。
だが、切り出し方といい、直ぐに行動へ移すには動機が不十分過ぎるだろう。
アイルも承知の上だ。だからこそ、彼はアサシンの命令だろうが、指示にも従うつもりは毛頭無い。
故に――彼女らへ教える。

「俺のアサシンが伝えて来た。俺たちは今、敵に捕捉されているらしい。このままだと攻撃されるかもな」

「あ? なんだって」

益々、魔理沙の顔が険しくなるが。
思わず弥子も周囲の状況を確認する。けれども、ここは屋上だ。
ビルの空調の室外ユニット、貯水タンク等が設置されているが敵が隠れ潜んでいる?のか。
第一に、アイルのサーヴァントは一切の姿を現さないが、どうやら周辺にいるのは明白だった。
彼女らの意見はとやかく、アイルは立ち上がる。

「呑気に安全でいるより俺は敵を倒す。アンタたちは好きにやってな」

「ちょ、ちょっと待って!」

慌てて呼びかける弥子。
勝手にそそくさと歩幅を早めるアイルを追って、空調ユニットなどで入り組んだ場所をかいくぐる。
だが、先行していたアイルは何故か停止していた。

屋上への出入り口付近で見知らぬ女性が、血にまみれ倒れ伏していたからだ。
そう……
映画やイラストで見たような保安官の恰好をした女性が、
何者かに、弥子たちに気づかれず、音もなく攻撃されていた事実に衝撃が走った。





見滝原の裏世界。
ナーサリーライムの固有結界にある情報屋の家にて、少女・スノーホワイトの身に異常が表れていた。
誰かに攻撃されているのではない。精神的な問題だった。
最も、彼女の精神は一種の洗脳に侵されており、攻撃あるいは呪いを受けているとも解釈できる。

今、彼女は不安定だった。
崇拝しえる魔法少女――プク・プック。彼女と離れ、見知らぬ土地へ放り込まれて何日経過したことか。
永遠に続くことを願うプク・プックとの幸せな時間を奪われたのだ。

彼女の顔も
声も
匂いも
姿も

どれだけスノーホワイトが彼女への崇拝心が忠実だろうと、プク・プックが見滝原に実在しない事実は覆らない、
如何にプク・プックの洗脳が完璧であっても、疲労や気力は個人に左右されるのだ。
現に、スノーホワイトはプク・プックが不在であり、精神的不安定を催していた。
兆候がなかったワケじゃあない。それでもスノーホワイトは前進する魔法少女。だけど限界もある。

(プク様……)

一刻も早くプク様に会いたい!
彼女の願いは、意識は段々と傾き始めるだろう。スノーホワイト自身も自覚する。
ひょっとすれば聖杯を手にするよりも先に、彼女の精神は押し潰され、終わりを迎えるだろう。

なら――
セイヴァーの討伐を優先させなければならない。
討伐報酬にある聖杯戦争からの離脱。プク・プックのもとへ帰還する手段。
それを手に入れなければならない!一刻の猶予も許されないだろう。

緊迫するスノーホワイトとは裏腹に、含みある口調で固有結界の主・ナーサリーライムが言う。

「ああ……現れたよ。聖杯戦争の主従が二組。サーヴァントは一騎しか確認できない、霊体化しているみたいだ」

虚空に出現させたビジョンに映し出される二人の少女と一人の少年。
つまるところ、弥子たちとアイル。彼らが見滝原中学周辺に点在するビルの屋上にいるのを捕捉できた。
彼らは、スノーホワイトたちと同じく見滝原中学に集うであろう主従を狙っているらしい。
行動からセイヴァーに接触してないと考えられる。
呼吸を整え、冷静を装いスノーホワイトがナーサリーライムに尋ねた。

「彼らを固有結界へ導く手段はありますか。私もある程度の立ち回りは可能です」

「そうだね。彼らは聖杯を求めていない方針の可能性が高い。だけどそれは、彼女たちの場合だ。
 彼女たちは寝ている彼に攻撃しない。聖杯を狙うなら絶好のチャンスだからね」

「……少年の彼は違うかもしれない、とお考えでしょうか。流石にそこまで考慮せずとも、固有結界へ引き込めば」

「いいや? 問題は彼のサーヴァントの方さ」

サーヴァント。
マスターとサーヴァントの方針が食い違うのは、スノーホワイト自身が味わっている。
ありえなくない話だが、少年のサーヴァントも同じなのだろうか?
ナーサリーライムは他にも無数のビジョンを出現させるが、無表情ながら不満を浮かべた顔をした。

「マスターを放置状態におくのは非常に危険だと思わないかな? 
 あの魔法使いみたいなサーヴァントが信頼できるとしても、いつ他のサーヴァントが攻撃をしかけてもおかしくないのに」

「彼のサーヴァントもアサシンさんと同じクラスであれば」

「気配遮断……だろうね。こちら側から炙り出すしかないみたいだ」

確かにその通りなのだがスノーホワイトは率直に尋ねる。

「固有結界の外ですが問題は?」

「結界内で生み出した使い魔を送り出すことくらいは可能さ。多少、補正はつかなくなるけど心配する必要はないよ」

悠長なナーサリーライム。そんなところで情報屋の家の戸を叩く者がいた。
反射的にスノーホワイトが視線を注ぐ方向にある扉は、ノックをした後にナーサリーライムの返事も待たず。
短く「邪魔するよ」と女性の声と共に開かれた。
入ってきたのは保安官の恰好をした女性。疑似サーヴァントまでは行かないが、使い魔にしては出来のよい存在である。
女性保安官がスノーホワイトに気づいて軽く会釈した。

「アンタが新入りかい? アタシはユーミさ。この町のお巡りさんみたいなモンかな。よろしく」

「は、はい。よろしくお願いします……」

恐らく主たるナーサリーライムが使い魔に情報をインプットしたのだろう、とスノーホワイトは解釈する。
ユーミと名乗った男勝りな女性は、改めてナーサリーライムに言う。

「アタシに要件ってのはなんだ。バケモノ退治かい」

「ちょっと違うかな。危険な敵が町に近づこうとしている……それを防ぐ為に敵を捕捉したいんだ」

「……炙り出しね。いっその事、やっつけちまった方がマシだと思うよ」

「出来れば僕もそうしたい。だが相手は危険だ。不味いと感じたなら、即座に撤退することを勧めるよ」

「うん、わかった」

彼女は何ら疑念すら抱かずに銃弾の装填を確認しつつ、情報屋を後にするのだった。
少々困惑気味に、スノーホワイトは問いかける。

「彼女は?」

「マスターの記憶を頼りに作り出した使い魔……形としてはNPCに近いのかな? そんなものさ。
 基本的に君の邪魔をしたり、余計な行動を取らないよう制限はしてある」

記憶。
他にもマスターのラッセルと瓜二つな姿である事や。
大規模な固有結界を考えるに、少しずつだが眼前のサーヴァントを理解してくるスノーホワイト。
真名に到達出来ずとも、性質だけは把握可能だ。

刹那。
不敵な笑みを浮かべていたナーサリーライムに明白な異変が発生した。
攻撃を受けたかのような衝撃を受けた風な様子。肉体に変化はないものの、固有結界に歪みを感じられる。
スノーホワイトが何事かと無意味に周囲を警戒すると、ナーサリーライムが言葉を漏らす。

「い、今、攻撃された……どうなっているんだ………ぼくが『直接』攻撃、された……」

「アサシンさん!?」

なにか分からないが不味いとスノーホワイトは判断する。
彼女は懐からアイテム『四次元袋』を取りだし、提案を持ち掛けた。

「私に考えがあります。ユーミという彼女が失敗した場合を考え、コレで彼のサーヴァントを引きずり出しませんか」




(なんなんだ? どうなっているんだ)

ユーミは困惑していた。
町の周囲を見回り出した矢先、見慣れない景色が広がっており、これが情報屋(ナーサリーライム)が警戒する
予兆めいた現象なのだろうか? 怪しく不穏なものに立場上無視しておけない。
銃を構え『境界』へ足を踏み入れるユーミ。

彼女が出た場所は――屋上。
どこかの高層ビルの屋上だと誰もわかる光景だった。
美しい朝焼けと特有の強風が吹きつける場所に、彼女は困惑しつつも発砲可能な構えを取る。

ハッキリ聞き取れにくいが、誰かの声がユーミの耳に届く。
相手は何者か。それを彼女が確認するのは叶わない話だった。
彼女に鈍い衝撃は愚か痛みすらも感じず、全ての過程が『盗まれ』肺を貫通する紅の腕だけが視界に映っただけ。
悲鳴も、声すら出せずにユーミは倒れる。

傍らに立つ『帝王』は彼女のことなど見向きもせずに、うっすら開かれた扉の隙間に注目する。
ユーミを葬った深紅の像が強靭の腕を隙間に差し込む!

「キング・クリムゾン!」

どういう訳が手応えを感じた。
徐々に開かれる扉の向こうにはありきたりな高層ビルの階段風景が見えるだけ。
事実は、敵の存在が明白で、使い魔に銃火器を所有させている以上、敵意も十二分に持つ。

「気配がまるで無い……アサシンか」

相手がこれで諦めるワケではないのだ。こちらから敵を捕捉し、叩かなくては対処のしようが無い。
そして、『帝王』にも策がある。
彼が静かに立ち去った後、少し時が経過した後でアイルたちが現場に到着したのである




ところ変わって、見滝原中学から離れ、市街地より最も遠い位置に佇む教会ではちょっとした事件が起きていた。
小火騒ぎや人々が意識を取り戻した時に、全く覚えのない場所に移動させられていた。
後者は、マンションで発生している集団事件と酷似している。
僅かな情報網で警察関係者たちは関連を捉えだした……それとは違う事件。

混乱の最中、対応に追われていた教会に住む一家の長女が行方不明になったものだ。
厳密には二人。
最近まで教会に滞在していたシスターも行方をくらませたのだが、彼女の場合。長女を捜しに飛び出したらしい。
何も、こんな時間である。
一人の少女が深夜の町に向かう理由なんてない。

更なる事態に現場が混沌へ落とし込まれる一方。現場の様子を伺っていた二騎のサーヴァントがいた。
その片方・バーサーカーの徳川家康が言う。

「ワシの話は参考になっただろうか。ダ・ヴィンチ殿」

芯のある声だが不安の色も隠せない問いに、モナ・リザの顔をした英霊が穏やかに笑う。

「もちろん。分かりやすくなって来たところさ」

彼らは一種の情報交換をした。
所謂、己の世界観について。彼らの把握している限りの歴史の在り方について。
そして――悪の救世主についても。
結論から両者共々全く異なる世界観であり、悪の救世主に関する情報も得られなかった。
ダ・ヴィンチは一先ず、家康に対し提案する。

巴マミ……一旦彼女のマンションに立ち寄るのなら私も同行して構わないかな?」

「ああ、杏子に関しての知らせを伝えれば、彼女の不安は増すと思う。
 ダ・ヴィンチ殿たちが味方になってくれると分かれば、彼女は杏子の捜索に前向きになれるだろう」

巴マミ
家康に佐倉杏子の安否確認を求めた少女だ。
彼が戦に通ずる英霊だからこそ、マミの精神には気にかけている。人並み以上の戦闘力を持ち合わせても、根本は一人の少女。
相方のランサーが身動き不可の重体。他サーヴァントへの襲撃に対応できない状態である。

移動を開始する彼らは地図上でいう、教会から最も近く、市街地から離れた位置の橋を通過し。
繁華街を避け、一目につかぬよう市街地を急いで通過。
正面よりではない、裏側からマンションへ向かうルートを辿っている。

奇抜デザインのバステニャン号に騎乗するダ・ヴィンチは、何故か共に乗らず、平行して付いてくる家康に尋ねた。

「すまない、徳川家康。同盟に関して幾つか確認したいことがある」

「どうした?」

「まず君もセイヴァーを危険視し、討伐するべきと考えている?」

「……ふむ。そうだな。ワシも物事全てを軽率に判断するべきではないと思う。
 ダ・ヴィンチ殿動揺に討伐令の原因を探らなければ、首謀者の思う壺なのだろう。だが」

己の拳を握り、確信を持って家康は告げた。

「あの者は危険だ。冷酷非道の側面を持つ武将を、ワシは幾人も見てきたが……それとは比較にならん。
 誰にも信念があり、民を思い、国を思い戦うのだ。……己が為に戦う者も。
 しかし、ワシは奴がそのどれでもないとすら感じ取れる。やはり放っておく訳にはいかない」

「危険性が為、ね。むしろ自然な動機に違いないよ。ならもう一つ。
 これが私個人としては重要の一つに含まれるんだが――討伐令の報酬はどうするんだい?」

主催者たちは討伐令の報酬内容を掲示していた。
家康も、ダ・ヴィンチのマスターが聖杯戦争からの離脱を求めていたのを思い出す。
それ以外にも、物資などを提供してくれると明言されていた。
臆病な少女・たまを。あるいは、巴マミを生還させる手段の一つ。家康は即答できない。

ふと、ダ・ヴィンチが顔を上げた。
視線を辿った方角には、見滝原中学付近に点在する高層ビルの幾つか。

「光のような……距離があるせいで魔力は感知できなかったが、サーヴァントの攻撃のようだ」

彼女は我に返った。むしろ、慌てて家康に呼びかけたのである。

「なんてことだ! 周りをよく見てくれたまえ!!」

「ダ・ヴィンチ殿!? 一体――」

家康が途中で言葉を遮ったのは、周囲の様子……風景を眺めて理解したからだ。
見滝原中学と高層ビル。これらはマンションの向こう側に点在しており、最初に目撃するべきは巴マミのいるマンション。
マンションよりも、サーヴァントの攻撃に意識を奪われたからではない。

「我々は『とっくにマンションを通り過ぎている』じゃないか!!」

「こ、これは……!」

ダ・ヴィンチはバステニャン号を停車させ、家康も急停止した。
いつの間にか。二人が会話を繰り広げていたから、などは原因に含まれないだろう。
マンションと現在、ダ・ヴィンチは達の位置は相当離れている。

しかし、これはダ・ヴィンチも『ウワサ』に聞いた事のある現象。
犯人は紛れもなくその『ウワサ』を冠するサーヴァント!

「時間泥棒だな。ここまでのものとは………肝を冷やされる」

ダ・ヴィンチが呟くのも仕方ない。
彼らは本当に気づけなかった。魔力感知は愚か、現象にすら気づくのに時間を必要とした。
如何なる戦争でも一瞬のスキが命取りである。聖杯戦争も例外じゃあない。
時間泥棒の襲撃が本当にあったとしたら、彼らはタダ事では済まない。既に脱落すらありうる。
家康がファイティングポーズで戦闘態勢を整えているが、警戒も虚しく襲撃は来ない。

「ダ・ヴィンチ殿。周囲にサーヴァントの気配を感じられるか」

「いいや。私も残念ながら感知に優れてはいない方さ。
 様子を見る限り、どうやら時間泥棒の射程距離内に我々が巻き込まれただけのようだ」

「成程。ならば、敵はあの建造物の方だ」

再び高層ビルで発光を確認できたと同時に、破壊音が響き渡り、砂煙がそこから立ち上った。




ビル屋上。
現実ながら非日常である女性の無残な死体に、弥子は一般人にしては落ち着いていた。
普通は悲鳴の一つや二つ叫ぶ。
目を見開いて、驚愕の表情を浮かべているが『探偵』の生業を演じただけあり、行動する気力は保っている。
サーヴァントの魔理沙も、状況に驚きを浮かべているが、冷静だ。アイルも、同じく。

だが、状況はいづれも不明確だ。
呆然とする彼等の前で、女性の死体が粒子状と化し大気で分散されていく現象に、弥子が声を漏らす。

「消えていく……」

魔理沙が落ち着いた口調で、普通に答えた。

「疑似サーヴァントの一種だ。召喚したサーヴァントが周囲にいるとは限らねぇが……
 今の、お前のサーヴァントが召喚した奴なのか?」

尋ねられたアイルは、しばし考え込んでから「違う」と返事する。
実際、彼の宝具や能力の詳細を詳しくは知らず。二重人格の性質と性格だけを知っているだけ。
返事に対し、魔理沙は腑に落ちない態度を隠せなかった。
躊躇なく半開きされた扉へ手をかけるアイルを、弥子が咄嗟に呼びかける。

「て、敵はまだ近くにいる筈だよ! 中に入るのは危険だと思う――」

「二度も同じ事を言わせるな。俺は敵を倒しに向かう。敵が待ち伏せてる方が倒しがいもある」

弥子は純粋にアイルの身を案じている。
彼女の善意くらい、アイルも分かった上で拒絶していた。
やれやれな様子で魔理沙が、もう一声かけてやる。

「あいにく私達は聖杯戦争に乗り気じゃない立場だ。積極的に戦うなら止めない訳にも行かない」

「俺の邪魔をする気かよ」

敵意隠せない雰囲気に、何故こうなったと弥子も困惑してしまう。
しかし、アイル自身の容態を考慮すれば、いくらサーヴァントと渡り合えても無謀だ。
弥子も彼を無理に戦わせたくはない。

(あ、アーチャー? その人と戦うのはダメだから)

と、弥子が念話で伝えた内容に、魔理沙は溜息をついた。

「えーと……ほら。さっきの奴を倒したのは、お前のサーヴァントじゃないのか?」

「だろうな」

「だったら、別にお前が戦う必要ない。ていうか、そろそろ突っ込んでいいか?
 何でお前のサーヴァントは私たちの前に現れないんだ? 話を聞く限り、ついて来てたみたいじゃねぇか」

「………相当のビビリ。それか人見知りだ」

そんなのアリ!?

弥子は内心で重い困惑をついて、謎の冷や汗を流す始末。
サーヴァントだから凄まじい存在。怪盗Xやアヤ・エイジアに匹敵するような。
もしくは偉人、英雄、悪役に属する反英雄が座に登録される筈。だが。
精神は別問題なのだろうか? 中にはアイルのアサシン同じく変わったサーヴァントもいる?

疑問が尽きない弥子を傍らに、魔理沙は何故か納得している。

「差し詰め、お前に対しても姿を現さない奴か。だったら仕方ないな」

「は…? 仕方ないでいいのかよ」

流石のアイルも聞き返すが「仕方ないだろ」と再びナイーブな物言いで魔理沙が言う。

「ただ、この場合。攻撃を仕掛けてきたのは敵の方ってことだ。向こうは私たちを倒すつもりだろうぜ」

「なら倒しに向かった方がいい」

「バカ言うなよ。アサシンクラスの仕業なのは明らかだ。マスターのお前が一番相手にしちゃ不味い奴なんだよ」

魔理沙は、魔力で構成された星型の弾幕を展開させる。
敵がアサシンで、気配遮断で位置が掴めず。尚且つ、捕捉しなければならない場合。
一体どうすればいいか?
結果が出せるかはともかく、様々手段はあるだろう。そして、少なくとも魔理沙が出した回答は『これ』だった。

「お前のサーヴァントに逃げるよう伝えておけ」




幻想郷にある『弾幕ごっこ』あるいは『スペルカードルール』にも幾つかの取り決めがあり。
その一つに
「弾幕には美しさが必要であり、相手を攻撃するよりも魅せる事が重要」
……があり、実力ではなく『美しさ』に重点が置かれており、精神的な勝負の面が大きい。
スペルカードを見れば、相手の人となりが分かるように個性も表現される。

精神の勝負。
スタンドも一個人の精神を体現しているだけ、ある意味では精神的な勝負が含まれるのではないだろうか……




急展開された弾幕は、七色に煌めく銀河の海を彷彿させる美しさを魅せる。
ビルの周辺を取り囲んで星々が、巡り回り始め。
隙間が狭い、すり抜けるにも繊細な動作を必要とするだろう密度と化していた。
配列を保ったまま弾幕は徐々にビルの各階にある窓ガラスを破壊していき、内部へ攻撃を始めた。
弥子は目を見開いて、屋上の淵から下をのぞき込むが、弾幕のほとんどはビル内部に突入している。
流石に、弥子も魔理沙に言う。

「これじゃ避けられないよ!」

「いいや、避けられるさ。卑怯に作っちゃいないってのが『こっち』のルールだからな」

魔理沙の態度は、酷く落ち着いていた。
弾幕程度、英霊なら容易く避けられる筈だと確信を抱いているらしい。
何もいきなり。突然で無常過ぎると思うかもしれないが、魔理沙にはもう一つ引っ掛かりがあり。

その瞬間。彼女の疑念は解消されたのだった。

「あ、やっぱり。時間が盗まれた」

「時間……泥棒?」

弥子がウワサに聞く一つを口にした魔理沙に振り替えるが、視線を戻せば濃密な弾幕は薄っすらになっている。
弾幕攻撃が終わった。
否、魔理沙の言い分が正しければ『時間を盗まれた』ことで弾幕が終わってしまった『結果』だけ残されたのだ。
頭をかき、魔理沙は一息つく

「私も『今』思い出したんだが、やっぱりお前のサーヴァントは『時間泥棒』だよな?
 あの時、時間が盗まれたから私の弾幕が終わって、時止める胡散臭い奴も警戒して逃げて行った」

重要な情報をうっかり忘れていたはずがない。魔理沙も不思議な様子だった。
情報を、存在を忘却させてしまう能力? 途方もない話に弥子が、表情にせずとも恐怖する。
今回は『彼』が味方側であるから良いのだ。
これが敵だったら……弥子はふと我に返って、アイルの姿が消えたのに気づく。
僅かに開かれていた扉が閉まっているのに、弥子が慌てて魔理沙に呼び掛けたのだ。

「アーチャー! あの人、中に入っちゃったみたい!!」

「んな!? バカかよ、アイツ!」

仕方なく魔理沙も、弥子も、自然とビルの中へ入るべく扉を開けるのが当然の事だった。
しかし、広がっていたのはビル内部にある階段の光景とは別。
荒れ放題の一軒家の内装であった。所謂、固有結界の一種。振り返れば、戻り道すら消えている。

「これは何……?」

「疑似サーヴァントは引っ掛けだったか。マスター、私から離れるなよ」

これが罠だと弥子は理解する。
彼女らは薄暗い廊下に転移させられており、奥の方から生々しい声が響き渡っていた。
正直、耳にもしたくない……女性の喘ぎ声である。
「悪趣味だ」とうんざりした態度で魔理沙が呟く一方、これが英霊の産み出した情景なのかと弥子は言葉を失う。

仰向け状態で這うように移動する、モザイクに侵されているような人型が、闇の奥から現れた。




スノーホワイトが編み出した策。『四次元袋』にナーサリーライムの使い魔を投入し、的確に敵に攻撃をしかけるもの。
『四次元袋』からの攻撃ならばナーサリーライムの性質に基づく必要ない。
好きな場所で襲撃可能だ。
問題は、いかに潜んでいる少年のサーヴァントをおびき寄せるか。

しかしここで魔理沙の広範囲による弾幕で、ビル上層階の窓ガラスは破壊されてしまった。
けど、まだナーサリーライムが能力を行使するには申し分ない『境界』が存在している。
逆に少年のサーヴァントを捕捉しやすい。
ソレがビル内部に潜んでいれば、宝具や魔力の発動でスノーホワイトも感知可能だろうと分かる。
対魔力のないアサシンなら、スノーホワイトの魔法を行使可能だ。

情報屋の扉をビル内部に通じさせ、ある部屋の扉をスノーホワイトが開く。
弾幕により多少傷つき、破損している様子と。廊下に窓ガラスの破片が一面に散らばっている光景。
歩けば、サーヴァントであれ音が響かせるだろう。

使い魔を入れた『四次元袋』を手に、隙間から耳を澄ますスノーホワイト。
彼女に対し、ナーサリーライムは静かに答えた。

「屋上の二人は無事に確保したよ。多少の時間稼ぎをしているから、早く残りも捉えないとね」

「……わかりました。ですが」

魔力感知は愚か。薄気味悪いほどの静寂。
アサシンの気配遮断が完全に働くと、やはりスノーホワイトの魔法でも捉えられないのだろうか。
極限まで意識を集中させれば、遠くより足音が、ガラスの破片を踏みにじむ音が聞こえる。
視線を向け、扉を更に狭め気づかれぬよう警戒していると。
現れたのは――アイル

彼は屋上の二人を完全に無視して、独り善がりに敵を倒そうと現れたのだ。
魔理沙の攻撃の惨状を目撃し、厭きれたように溜息つく。

「アイツは無事なんだろうな……チッ、どうでもいい。俺には関係ない」

随分と投げやりな態度を見せる彼に、スノーホワイトが『四次元袋』を投擲しようと構える瞬間。
アイルの姿が、消えた。
注目してた以上、スノーホワイトが見逃す隙は無い。ほぼ眼前。アイルが彼女に気づいていないだけで、攻撃させる寸前。
窓ガラスの破片が散らばる廊下を、音もたてずに通過した訳ではあるまいし。
心の声を探ると『敵はどこにいる?』というアイルの声が下から聞こえた。

下?
そうなのだ。アイルは下の階層に移動している。
瞬間移動にしても不自然な挙動。流石のスノーホワイトも違和感を覚えた。
恐らく、アイルはスノーホワイトやナーサリーライムの宝具を把握してはいない。
にも関わらず、瞬間移動を発動させた…? 違う、これはサーヴァントの宝具。アイルのサーヴァントが発動させたのだ。
スノーホワイトの考え通り、アイルの方も状況に気づき、疑念を抱く心の声が響いた。

『下の階に移動させられた!? クソ、敵の罠に嵌められた!』

『でも……いつの間に? 俺は普通に移動していただけだぞ……しかも何故、俺を攻撃しない』

アイルの疑念に、スノーホワイトは扉を閉めてからナーサリーライムへ伝えた。

「アサシンさん。敵サーヴァントのマスターが下の階層へ移動しました。
 恐らく、敵サーヴァントは我々を捕捉している可能性が高いです」

アイルを移動させたのに理由があるとすれば、原因はそこにある。
サーヴァントの捕捉能力の高さ。奇襲を予測した動きをしているのではないか。
スノーホワイトと同じ心を読む力に似た、あるいは上位互換の予知能力も普通に考えうる。
なら『四次元袋』による奇襲も……

そこまで至った時、スノーホワイトは違和感の正体を掴んだ。
『四次元袋』である。彼女の手元にあった筈の『四次元袋』が――消えていた。
他に異常が無いのを確かめ、スノーホワイトは背にドッと汗が噴き出るのを感じる。

本当に何が起きているのかが理解できない。
『四次元袋』は奪われてしまったのだろうか? いつから手元になかったのか、スノーホワイトの記憶にない。
アイルへ投げつけようと構えたのは覚えているのだ。

スノーホワイトからの報告に、思案したナーサリーライムは再びアイルの存在する階層へ通じる境界を発生。
破壊されていても、窓ガラスの境界は活きている。扉との境界も同じく。
再び特攻する訳じゃあない。ナーサリーライムも何者かに『攻撃された』感覚を警戒している。

「攻撃する必要はないよ。エレベーターと非常階段に通じる扉を固有結界に通じる境界にした。
 確実にマスターだけを引きずり込めば御の字だけど。敵の能力を見抜けるきっかけになる」

「……!」

ナーサリーライムが虚空にビジョンを出現させ、アイルの動向を監視する。
十中八九、サーヴァントの宝具による現象ならば、まずは能力を探るべきなのだ。
至極当然の対策をスノーホワイトも真剣に観察し続けた。

アイルはエレベーターを使用しなかった。
入念にその階層に敵がいるか探る方が優先なのだろう。
実際、誰も何もない。様子を見ればサーヴァントの姿も確認できない。一体どこにアイルのサーヴァントがいるのか?
アイルが最後の一室――ビル内にある企業の部屋へ侵入を試みたが。
現代技術によるカードキーの施錠で叶わず、舌打ちして踵を返したところでふと足を止める。

「アイツら、何もして来ないな。敵が屋上に移動した……にしても、静か過ぎる」

アイルが言う者達は、屋上にいる筈の弥子と魔理沙を示している。
未知の異常は立て続けに発生しているが、不安を煽る如く、アイルの耳に騒音が聞こえた。
外からだ。
原型もない窓ガラスだった箇所からアイルが下方向へ視線を落とせば。
奇怪な造形のモンスターたち相手に、他サーヴァントが交戦をしている光景。

ビジョンで監視していたスノーホワイトとナーサリーライムも目を見開く。
それは、ナーサリーライムの結界で発生したモンスターたち。
故に、彼らは恐らく……スノーホワイトの『四次元袋』に入れられたものだと推測できた。

杖に付属された星をかたどった水晶から放出されるレーザーを行使する、モナ・リザのキャスターと。
光をまとった拳でモンスターを打ちのめすバーサーカーの青年。
新たな二騎のサーヴァントが新たに出現した。アイルのサーヴァントも不明のまま……

アイルは、敵が外にいる二騎を優先に攻撃していると判断し、非常階段に通じる扉に手をかけた。
スノーホワイトが注目する情報屋の扉も、連動し開かれていく。
一歩踏み出せば、アイルはナーサリーライムの支配下に置かれるも同然。
彼が引き込まないように、サーヴァントもアクションを起こさざる負えない。

「え?」

素っ頓狂な声を漏らしたのは、ナーサリーライムだった。
彼の視線にあるビジョンでは――アイルの姿はなく。アイルはすでに屋上へ到達し、弥子と魔理沙の姿がないのを把握。
何故、アイルが屋上に向かったのか。
彼自身は凶暴な衝動を抱えている自負をしつつ、根は善良なのだ。
つまるところ、弥子と魔理沙を心配で足を運んだが、指摘されれば本人は明らか様な狼狽と全否定をかますだろう。


だが、重要なのは既にアイルは階段の扉を通過したという事実である。


ゆっくりと開かれていく扉は、一体誰がノブを回したのか?


スノーホワイトが息を飲む。
紅の悪魔がこちらを覗き込んでいた。



――――『深紅の帝王の宮殿(キング・クリムゾン)』――――





「サーヴァントと生前では能力の使い勝手が異なる……お前たちには理解できないだろうが、少なくとも私の場合はそうだ」

崩落する時空間に留まれるのは、能力もとい宝具の解放者たるアサシン。
ディアボロだけが有した帝王たる特権である。
ここを認知するのも、君臨するのも、唯一彼だけが赦されている。
容疑者と警察関係者を集め、推理を披露する名探偵を気取って悠々自適に語れるのも。
上位世界の絶対者たる彼だけが為せる遊戯なのだ。

「生前の私に『気配遮断』はない。このようなスキルがあれば、私の絶頂は限りなく保証されていただろう。
 『情報抹消』も同じくだ。件のジョバァーナの一族が戦線より離脱した『原因』はこれだ」

「奴は私の能力を把握し、一度離脱したが『情報抹消』で私の存在を忘却し、完全に離脱したのだ。
 場合によっては、探りを入れるべく再度戦線に戻る可能性があっただろうが……
 付近に奴のマスターが居たと想定すれば、行動に矛盾はない。不用意に深入りすれば危うい……」

「そして、小娘が私の存在を忘却したと確信したのは『袋』を回収した際だ」

スノーホワイトは『四次元袋』をアイルへ投擲していたのだ。
だが、盗まれた。
袋を投げた過程は吹き飛ばされ、同じくアイルが階層を巡回した過程も吹き飛ばされ、
アイルが下の階層へ移動した『結果』だけが残る。

先ほどの現象も同じだ。
屋上に到達した『結果』だけが残された。

『四次元袋』は堂々とディアボロは回収した、したがスノーホワイトは『情報抹消』で記憶を失った。
彼を逆に、目撃してしまったから。
アイルがいなくなり、袋もなくなったと誤解してしまう。

全ての相性が良すぎる。
ただでさえ凶悪な悪魔のスタンドが、スキルを噛み合わさる事で厄災に並ぶ残虐性に変貌した。
サーヴァントで逸話が昇華された『結果』。
途方もない。ある種、不完全が完成された領域に到達する!


最後の難関は……ナーサリーライムの固有結界攻略。


命題は既に『正』が為されていた。表現を変えれば『Yes』。固有結界は突破可能。
推理小説と同じ。犯人はこの中にいて、ヒントもあり、事件を解決する探偵も登場している。
だが、これは『過程』の証明である。
「どうすれば突破できる?」じゃあなく「どうして突破できる?」の証明だ。


「『時間』だ! 我が『深紅の帝王の宮殿(キング・クリムゾン)』の能力は時を吹き飛ばし、結果を残す!
 故に、時を認知できる! 静止した時を認知し、入門する!!
 『時間』と『空間』は表裏一体の切り離せない概念なのだ!」


時間が吹き飛ぶ。つまり『空間』も吹き飛ぶ。
キング・クリムゾンが捉えたのは固有結界そのもの。時に干渉するスタンドだからこそ、結界に傷もつけられる。
固有結界『そのもの』がサーヴァントとなったナーサリーライムには天敵なのだ!
そして……!


「扉越しに我がキング・クリムゾンが捉えたのは――貴様という空間だ!  
 勝ったッ!! 残骸すらも粒子と化し消失しろッ!! 固有結界『そのもの』である己を呪うがいいッ!!」


有象無象が消し飛んだ。
不気味な森も、夜だけしかない町も、マタタビに溺れる猫たちも、優しい街も、海や、山も、
普通に毎日同じ事を繰り返すだけの存在は消失する。
残るのは、スノーホワイトとマスターであるラッセルと…………






固有結界に通じていた屋上の扉が激しく開かれたのに、アイルが反射的に距離を取れば
乱雑に少年少女が吐き出されたのだった。
固有結界に巻き込まれた魔理沙と弥子、それからスノーホワイトとラッセル。
元の現実世界にあったラッセルの学生服と鞄も同じように投げ出され、鞄の中身から教科書やら筆記用具が散らばる。

突然の異常に、アイルもだが。
醜悪なモンスターと戦闘を繰り広げていた魔理沙も、全てを把握できずにいるラッセルも。
前触れない現実世界に混乱する最中、派手な髪色のディアボロが顔を歪め、扉より姿を現す。

弥子は息を飲んだ。
ディアボロを目にした記憶はあったのに、彼女はすっかり忘れていたのだ!
バーサーカーの玉藻と交戦していたアイル(ボーマン)を静止しに現れたのも、彼だった。
最初から居た事実を忘れていた……!

「どういうことだ……! 何故、死んでいない!! 固有結界(ヤツ)を吹き飛ばした筈だ!!」

ディアボロは手元にある透明のソウルジェムを睨んだ。
サーヴァントを倒せば、ソウルジェムは色を灯すにも関わらず、この状況。
まさか、スノーホワイトか弥子のソウルジェムに移ったのか?
二人の少女に殺意を向けたディアボロに、違和感が生じた。

ナーサリーライムと瓜二つの姿をしているマスターは意識がなく、倒れたままである。
それに凄まじい違和感を覚えた。
あの英霊はマスターと似た姿をわざわざ取っていた?

「…………ヤツは固有結界がサーヴァントと変化した………例外……だが……」

前提として――キング・クリムゾンの能力に『攻撃性』はないのである
ディアボロが到達した結論通り、キング・クリムゾンは時空間を吹き飛ばす固有結界殺しの性質を
サーヴァントの宝具に昇華した事で会得したのだろう。

しかし、本来の性質には忠実だ。
ディアボロは吹き飛ばす時空間を自在に身動きできるだけで、完全なる支配は不可能に過ぎない。
物に触れる事も、殺す事も出来ない。これは変わらない。単純に過程を抹消するだけだ。


あくまで 吹き飛ばすのは 時空間 だけ


「『霊核』だ! 吹き飛んだのはヤツの表面に着込んだ肉と骨組みに過ぎん!! 心臓は鼓動を打ち続けている!!!」

ディアボロの叫びに、誰も理解が追い付いていない。
スノーホワイトも全てを把握しきっていない。ただ恐らくまだナーサリーライムは死んでないという事。
武器のルーラを構えたスノーホワイトは、まずは戦闘に期待できないラッセルを守るべく踏み込む。

魔理沙は、状況を理解するよりも先に弾幕を展開させた。
ビル全体を襲撃と同じ彼らのいる周囲だけに広げ、スノーホワイトを逃がさないようにしたのだ。

スノーホワイトはラッセルの元へ駆けつける。
残された逃走ルートは一つ。
彼女は、最初から屋上より飛び渡って逃走する魂胆ではない。足場の破壊。それにより下へ逃走する。
だが、ディアボロのキング・クリムゾンが拳を振り上げたのを目にした。
ルーラを盾に防御する姿勢のスノーホワイトの動作は、迅速である。
ナーサリーライムが死亡していないのならば、マスターのラッセルを狙う。

ここまで現実時間ではおよそ三秒。サーヴァントと魔法少女の読み合いが交錯する。

ただ一人。
完全な蚊帳の外にいた弥子だけは奇妙に冷静だった。
ライオンの背に乗った鼠、まさに漁夫の利を連想する安全地帯にいる彼女だけが気づく。

この状況を打破する手段はこれしかない。


「待って! その子のサーヴァントは、ここにいます!!」


弥子の大声により、一瞬の静寂が広まる。
まさか、と挙動できずに留まっていたアイルが弥子の掲げた『もの』に目を見開き、息を漏らしていた。
気づけずにいたのは仕方ない事だ。

本。
散らかった教科書に紛れ込んでいた一冊の本。
タイトルに『END ROLL』と刻まれ一人の少年の描かれた表紙の絵本。
マスターが見れば、ステータスが浮かび上がる。紛れもない、本がサーヴァント。
ディアボロの言う『霊核』に属する本体だ。無防備に弥子が持ち上げられるのを察するに、意識がないのだろう。

一時、動作を止めたディアボロだったが、何も構う必要はない。
攻撃続行はする!

「攻撃するんじゃねぇ!」

唐突なアイルの一声はマスターの命令よりも、令呪を使用した制止だった。
それを真っ先に理解できたのは、身動きを封じられたディアボロ当人。

(バカか……! 令呪を使うだと!? 聖杯を手にするつもりはあるのかッ!!)

念話で怒声をあげるディアボロに対し、アイルは舌打ちを返した。

「聖杯なんか欲しくねぇ。俺はセイヴァーを倒して元の世界に戻れればそれでいい」

「な……にを言っている……貴様………」

身動きを取れていないと察した魔理沙は便乗し、魔力放出でスピードをつけた簡易弾幕を手元に出現させる。
このまま、ディアボロに弾幕をぶち込んでやろうと身構えたが。
次に口を開いた彼の言葉で――止めた。

「聖杯で貴様の中にいるクソカスをかき消せばいいだろうがッ!!
 何故、貴様がクズ如きを庇っている!? あんなものを生かして何になる!!」

「か……庇って、なんか無い……アンタには……わからない」

「即刻令呪を取り消せ! セイヴァーを始末するなら尚更聖杯を狙え!!」




庇ってなどはいない。
だのに。ディアボロから「庇っている」と指摘されて、無償に動揺するアイル自身がいる。
最早、何の意味も無い。彼の言う通り、消さなくてはならない。
けれども、聖杯の力を頼るのは納得できなく。独り善がりの意地を張っているだけで。

消えてしまえばいいのだ。

あんなものを残しても、生かしても。

元に戻らないのに。

昔のように成れないのに。


「アンタに、何が……何が分かるんだよ! 俺が持ってないもの持ってる癖して!! 何が分かるんだよ!!!」




「さて、何から話したところか」

モナ・リザのキャスター、レオナルド・ダ・ヴィンチが穏やかな表情ながらも。
使い魔が湧き出ていた『四次元袋』を手に、屋上にいた少年少女たちの様子を伺っている。

改めて事の顛末を説明すると。
ダ・ヴィンチとバーサーカーの青年・徳川家康は、魔理沙の弾幕を目撃し、ビルへ向かえば
玄関前の広間に使い魔……ナーサリーライムの使い魔たちと遭遇し
それらを片付け、ダ・ヴィンチが『四次元袋』を回収し、屋上に到着した時には一応全てが終息を迎えていた。


当然、彼らから事情と簡易的な情報交換を交わした。


まずはスノーホワイトと呼ばれた魔法少女が説明した。
彼女は元より、ナーサリーライムの固有結界に捕まっており、身動き取れず、ナーサリーライムに従わざる負えなく。
『四次元袋』を貸したのも、それが理由だと言う。
彼女のサーヴァントは暴走しており、彼のセイヴァーの部下だという。

肝心のナーサリーライムのマスター、ラッセルは眠りについたままだ。
これほど騒がしくとも眠りつく精神には不穏なものを感じるほどに。

そして、弥子とアーチャー・魔理沙。
アイルの三人は共に行動してナーサリーライムの襲撃に巻き込まれた。
元よりここへ来た弥子の目的は、見滝原中学の監視をする為だったらしい。
彼女たちは途中、主催者側の存在とされる『キュゥべえ』なる生物と接触した。


全ての事情を把握し、ダ・ヴィンチと家康の情報も伝えたところで。
家康は、興味深く弥子の持つ絵本のサーヴァントを見る。

「英霊にも様々いると知識にはあるが、まさか本とは驚いたな……」

「あ、あの。コレ……私が持ち続けるのも、駄目とは思うんですけど……」

困惑気味の弥子の指摘には納得できるが、確立された対応策は皆無である。
しかし、他マスターが所有し続けるワケにもいかないので、ダ・ヴィンチが「私が預かろうか」と名乗り上げた。
初対面に近い相手もといサーヴァントに渡す形だが、弥子は彼女が敵意のないと感じ取り。
「お願いします」と頭下げて、大人しく差し出した。
だが、アイルが眉間にしわ寄せて止める。

「見た目が変わってねぇか、それ」

急に指摘されたのに、弥子は絵本の表紙を観察するが金髪の少年が描かれているのに変化はないと思う。
だけど、あの時………記憶が色々と曖昧なのだ。
弥子は申し訳なさそうに答える。

「ごめん。私は表紙の事、よく覚えてないし。どうやって固有結界?っていうのを抜け出せたのかも覚えてないんだ」

確かにな、と魔理沙も釈然としない表情で話に加わる。

「あそこで敵と戦ってただけで、私たちが特別何かしたって訳じゃないんだよ。
 本当にお前は何もしてないのかよ? 実はサーヴァントを潜ませてるんじゃないのか?」

魔理沙が睨む相手はスノーホワイト。
彼女は冷静な表情を微動だにせず、淡々と否定した。

「私は何もしていません。先ほど話しました通り、私のサーヴァントはコントロールできずに仲間割れしました」

「セイヴァーの仲間だからってなら、令呪で強制させればいいだけだろ。何で使わないんだ」

弥子が「アーチャー、それは」と制した。
いきなりサーヴァントを失う手段を取るのは、聖杯戦争においてデメリットでしかない。
第一、可能性を残る以上。スノーホワイトも聖杯を手にしたい想いがあるのでは。
そう思えたからだ。
魔理沙も薄々気づいているようだが、もどかしい衝動があるのだろう。弥子に宥められ「分かった」と追及は止める。
空気を読んで、家康も話を引き戻した。

「つまり、書物の英霊を無力化したのは皆の力ではない第三者の仕業か。教えてくれてありがとう」

「…………」

事の真相を知っているのは――アイルだけだと、彼自身が理解する。
自身の召喚した二重人格の英霊・ディアボロには他者の記憶から、情報を抹消する能力がある。
アイルが感情のまま叫んだ言葉を聞いて。
ディアボロは、無言で消え去った。その後に家康とダ・ヴィンチが現れたのを考慮すれば。
彼らも敵に回したくない戦線離脱のようなものだろう。

改めてダ・ヴィンチが弥子より引き取った絵本の表紙には『Phantom Blood』というタイトルが刻まれていた。
今、ナーサリーライムは無力化されているが脅威は去っていない。
厄介な固有結界を持つサーヴァントのアサシンを、無為に生かす方が問題ではあるが……

スノーホワイトがフォローするよう、ダ・ヴィンチに言う。

「彼もまたセイヴァーを脅威であると理解しています。
 セイヴァーの討伐を重視するのであれば、協力してくれるはです」

「ああ、セイヴァーの討伐ね。私は現状を見るに半々の立場だ。そこのバーサーカーも同意見さ」

半々?
曖昧な表現に眉をひそめた弥子。バーサーカー・徳川家康は頷く。

「スノーホワイト。お前の危惧はワシも分かる。だが、この戦争を起こした者達の誘導に従うつもりもない……
 まずはセイヴァーの捕捉をしたい。奴との接触を優先するということだ」

「接触こそ危険だと私は思います」

セイヴァーが有しているだろう洗脳能力。
狂化を持つバーサーカーは問題ないかもしれないが、他は……スノーホワイトは報酬の帰還権も含め
迅速にセイヴァーを倒さなければならない姿勢を崩したくはなかった。
話を一通り聞いて、アイルが聞こえるように溜息ついた。

「だったら……俺がアンタらと一緒にいる理由はないってことだ」

「おい、お前」

いい加減にしろよ、とアイルの反抗的な態度に魔理沙が突っ込もうとしたが。
彼は面倒くさそうに説明を続けた。

「俺はとにかくセイヴァーを倒す。主催者の目論見なんてのは、どうだっていい。
 アンタらは違う。セイヴァーを危険視してるが、すぐ倒さねぇ方針だ」

「でも」と弥子はどうにかアイルを足止めしようとした。

「セイヴァーを探すだけなら、私達と行動した方がきっと……」

「だから目的が違うって何度も言わせるな。俺はセイヴァーを倒す。それとも……俺を殺してでも止めるか?」

誰もが沈黙する。
自棄になってアイルが反抗しているのではないと、皆が理解したからだろう。
だが、彼らは決してアイルが提案した通り、暴力で抑止を率先する姿勢もなかった。
魔理沙などは、出来なくもないが。だからと言って、アイルに戦いを挑む意思がない。

それを確認し、舌打ちと共にアイルは今度こそビル屋上の扉に手をかけて降りて行った。





また孤独、結局は孤独だ。アイルの場合は暴走するかも分からないボーマンのことがある。
むしろ、他人を巻き込まないで、勝手にやるのが安全なのだろう。
とは言え。態度が相まって、彼らから離れられたのは行幸である。
巡り巡って単独行動の方が都合がいいのだ。

忌々しい高層ビルは、時間帯も相まって出入り口自動ドアが動かず、
器物損壊なんて構わずアイルは拳で破壊してしまった。
漸く脱出を果たしたところで、アイルは再び溜息をつく。
セイヴァーを捜索しようにも見滝原中学ぐらいしかアテはない。だが……果たして、セイヴァーは現れるのか?
それに、見滝原中学へ向かえば再び弥子たちと出くわすハメになりかねない。

「……適当に探せば見つかるか」

どうせ見滝原という舞台上に居続けることに変わりはない。
逃げられはしないのだ。
だから、どうとでもなる筈だ。投げなりに結論するアイルに対し、誰も言葉をかける事はない。

「よ……よかった! まだいる!!」

だったのに。
アイルも目を丸くさせて、振り返った先に弥子と嫌々しい表情の魔理沙の姿があるのを発見した。
あれだけ突き放したのにバカの一つ覚えのように、弥子は付いて来ている。
意味が分からない。アイルも驚きを含みつつ、改めて言い放つ。

「俺はセイヴァーを倒すって言っただろ……!」

「わ、わかってる。でも、やっぱり放っておけないし……そ、それにセイヴァーの事はバーサーカーさんと
 キャスターの……ダ・ヴィンチさんに頼んだから……大丈夫ってワケじゃないけどっ……」

「………!?」

全力疾走してきた為、弥子の言葉が途切れ途切れだったが。
どうやら、ただアイルの安否を心配が故に、屋上の彼らと別れてきたという。
方針が食い違う相手を追いかけても『無駄』なのに、彼女は顧みなかったのだ。

全く以て理解がし難い。アイルの動向を監視していたディアボロにこそ、理解の範囲の世界である。
生前にあった。
娘・トリッシュの為に裏切りを図ったブローノ・ブチャラティの心理と同じ。
ブチャラティが、もし利益に目が眩んだとすれば、ディアボロにも動機が分からなくもない。
しかし、己の絶頂を絶対とするディアボロに。
正義や愛情が為に自己犠牲を行う人間など理解することは叶わなかった。

(あ……あの小娘……! 戻って来ただとッ……心配だから? ふざけるな!)

どうせ奴も、心のどこかで聖杯に目が眩んでいるに違いない。
ディアボロは疑念を積み重ねているが、アイルの方はそうじゃあなかった。
お人よしが過ぎる相手は、かつて空の世界でも出会った『団長』と似ている。
弥子も同じ部類なんだろうと、またもや舌打ちする。アイルの態度に、やれやれな反応をする魔理沙。

「あの二人も、他のマスターのところに向かいたいらしくてな。
 逆に、中学校の監視を頼まれたのさ。どうせお前も、あそこに向かうんだし、文句言うなよ」

「……もういい。勝手にしろ。ただし俺の邪魔はするんじゃねぇ」


そして、なんだかんだ誰か来る。
アイルは家族を捨てて、闘争の世界へ向かったというのに。
姉がアイルを探しに旅をし続けていて、姉と共に現れた『団長』達だって同じだ。
まるで石の下から這い出てくるミミズのようだ。

過去だ。
どれだけバラバラにしてやっても、過去の因縁が付きまとう。
真実を知らなければ、アイルもまた『永遠の絶頂』にあり続けられた筈だった……


だが、そうはならなかったのだ。
皮肉にも、彼が召喚した悪魔と同じ運命なのである。






正直な話、感情論で物事を納得させるのは現実には難しいどころではなく。
ハッキリ断言できる上、確実に無理難題な手段である。
特に聖杯戦争という普通の人間で太刀打ちできないサーヴァントと呼ばれる兵器に、マスターは成す術ない。
サーヴァントの方が誰よりも分かっているだろう。
それでも徳川家康は言う。

「大丈夫だ。彼女には人の心を理解する力がある……自覚はしていないのだろうが、きっとそれが力になるだろう」

家康の人を見る力が、それを理解しているのだろう。
例え事実であれ、スノーホワイトは無謀だと期待を抱いてはいなかった。
幼い少女が夢描く魔法少女の理想像めいた、現実に打ちのめされる淡い幻想。
家康が語っているのはソレである。生死を交わす聖杯戦争で、桂木弥子の秘めた力こそ『無駄』なのだ。

不思議にも、ダ・ヴィンチも否定はしなかった。
むしろ、絵本のナーサリーライムや眠りつくラッセルを除き、否定していたのはスノーホワイトだけ。
真に孤独だったのは、魔法少女一人。

桂木弥子は真っ直ぐに伝えた。
ナーサリーライムの襲撃を受けてもなお、己を見失う事はしなかった。

―――わたし、あの人を追いかけます。やっぱり一人にさせられないし……
   スノーホワイトさんが教えてくれた通りなら、私達を心配して屋上に戻ってきてくれた。
   多分、根は良い人だと思う。あの人の過去に何があったのかは、わからないけど―――

弥子も普通とは違う体験をしているから、この状況でも肝が据わっているのだろう。
とは言え、弥子の行動も、家康の真意もスノーホワイトには……
最早、弥子たちを考慮するのは控えるべきだと、魔法少女が判断する。
気持ちを切り替えて、スノーホワイトがダ・ヴィンチに尋ねた。

「私も……同行して構わないでしょうか」

「勿論。マンションにいる巴マミと会って……事情を把握した彼女次第かな。
 私としては念話でマスターに事情を説明すればいいし、流れで桂木弥子たちと合流すればいいと考えている」

実に楽観的だ。
ダ・ヴィンチも家康も、善意を信じる者だからこそ弥子への期待。
そして、巴マミやスノーホワイトと協力し、聖杯戦争に抗おうとしているのだろう。

だが、スノーホワイトが最も理解しているのだ。
こんな状況に、希望を抱いても儚く散ると。




ところで。
話の流れがぐだぐだとしかねない為、割愛させて貰った部分が存在する。
それはダ・ヴィンチたちの情報交換についてだ。

弥子と魔理沙から、主催者の存在に仕える『キュゥべえ』。
彼女たちが出くわしたらしいセイヴァーとよく似たサーヴァント。
ダ・ヴィンチが得た――レイチェル・ガードナーの証言、アヤ・エイジアのサーヴァントがセイヴァーと似ている情報。
それと合致するのだった。情報元は不明確であったが、真実なのは確からしい。

襲撃してきたのがアヤのサーヴァントかもしれない。
これには弥子も驚きの色はあったものの、彼女自身は不思議と落ち着いており。
むしろ。

――なんとなく……分かる気がする。

そう答えていた。
ダ・ヴィンチとしては彼女の話を掘り下げたくあったが、如何せん他に語らなければならない事が多く。
アイルを追って、弥子も慌てて飛び出すハメになり、叶わなかった。

――情報は大分集まった。

平行世界、もとい外宇宙と呼べるレベルでの世界観の変化。
徳川家康の歴史や、魔理沙が住む幻想郷、そしてセイヴァーの存在。やはりどれもが世界が異なると捉えた方がいい。
異なる世界の英霊が、見滝原の地で交差し合う聖杯戦争が起きている……

ならばこそ、聖杯戦争の主催者も宇宙規模の観測と移動が可能な上位存在と考えるべきだ。
『キュゥべえ』と呼ばれる生命体。
マスコットっぽい愛嬌から想像のつかない力を有しているのだろう。
中々に侮れない。ダ・ヴィンチが考察する通りであれば、参加者の帰還も難しい話になると想像つく。

本来、マスターたちが居た世界もとい宇宙と見滝原の地がつながっているなら良いが。
普通に考え、完全な繋がりは継続すらされてないだろう。
主催者が提案した通り、セイヴァーの討伐令による報酬か聖杯で願わなければ、帰還の保証は皆無である。


そして……そんな上位存在が聖杯戦争を発足する理由とは何か?
恐らく『時間』が関与しているとダ・ヴィンチは思う。
『時間』に精通するサーヴァントが多いらしい。
件のセイヴァーと似た英霊も、時を止める宝具を使用していたと魔理沙は断言していた。

もしかすれば『キュゥべえ』達は『時間』に関する何かを得るために、所縁あるサーヴァントの召喚をしたのかも?
残念ながら、確証は掴めない。


(となれば。逆に『キュゥべえ』含めた主催者に対抗する手段も『時間』……ではないだろうか?)


その点はダ・ヴィンチの推測に過ぎないが、重要なのは主催者の守備範囲。
マスターとして招集された弥子たちを無事に帰還させる手段。
少なくとも、一筋縄ではいかないと誰もが理解できた。



【D-5/月曜日 早朝】

【ラッセル・シーガー@END ROLL】
[状態]魔力消費(小)『漆黒の頂きに君臨する王』の侵食(小)就寝
[令呪]残り3画
[ソウルジェム]無
[装備]
[道具]日記帳
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:みんなと普通にくらす
0.元に戻った? まだ分からない……
1.学校に行ってみる
2.セイヴァー(DIO)に思うところがあるが……
[備考]
※聖杯戦争の情報や討伐令のことも把握していますが、気にせず固有結界で生活を送るつもりです。
※セイヴァー(DIO)のスキルの影響で、彼に対する関心を多少抱いています。
※『漆黒の頂きに君臨する王』の侵食により罪悪感が一時的に消失しています。
 ラッセル自身はまだ自覚しておりません。


【アサシン(ナーサリー・ライム)@Fate/Grand Order】
[状態]気絶状態、固有結界消失、魔力消費(中)『漆黒の頂きに君臨する王』の侵食(中)
[ソウルジェム]有
[装備]
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:固有結界を維持しつつ、聖杯作成を行う
0.???
1.ラッセルを学校に行かせてみる。
2.セイヴァー(DIO)を侵入させないようにするが……倒すのは……
3.見滝原中学に関してはまだ様子見。
4.スノーホワイトに関しては、半信半疑。
[備考]
※セイヴァー(DIO)の真名および『漆黒の頂きに君臨する王』を把握しました。
※『漆黒の頂きに君臨する王』によって固有結界が支配されると理解しました。
※『漆黒の頂きに君臨する王』の侵食が進行しつつあり、固有結界内部や能力に影響がありますが。
 現時点でナーサリー・ライム自身に自覚症状はありません。
※固有結界が消失しており絵本状態(FGOのナーサリーライムのような)になっています。
 現在の表紙タイトルは『Phantom Blood』です。
※再び固有結界を発動させるには、意識を取り戻したうえで相応の魔力を必要とします。
※アサシン(ディアボロ)に関する記憶は完全に忘却してます。


スノーホワイト(姫河小雪)@魔法少女育成計画】
[状態]魔力消費(小)、魔法少女に変身中、プク・プックの洗脳(効力低下中)
[令呪]残り3画
[ソウルジェム]有
[装備]『ルーラ』
[道具]
[所持金]一人くらし出来る程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得。全てはプク様の為に
0.巴マミと合流する。
1.再契約するサーヴァントを見極める。
2.セイヴァーとの契約は最悪の場合のみにしておく。
3.見滝原中学で発生するだろうセイヴァー包囲網を利用する。
4.プク様に会いたい……
[備考]
※プク・プックの洗脳が弱まりつつあります。
※バーサーカー(ヴァニラ・アイス)への魔力供給を最低限抑えています。
※ブチャラティ組、マシュ組の動向を把握しました。
※セイヴァー(DIO)が吸血鬼であることを知っています。
※セイヴァー狙いで見滝原中学に向かうつもりはありません。
※対魔力のランク次第で彼女の『魔法』が通用しにくいサーヴァントがいます。
※アサシン(ディアボロ)に関する記憶は完全に忘却してます。
※弥子とダ・ヴィンチらと情報交換しました。


【バーサーカー(徳川家康)@戦国BASARA3】
[状態]健康
[ソウルジェム]無
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの意志を尊重する
0.桂木弥子……彼女は大丈夫だろう
1.巴マミと合流する。
2.可能な限りマスターの命を守りたい
[備考]
※ライダー(ディエゴ)、ライダー(プッチ)の存在を把握しました。
※マミ&ランサー(什造)の主従を把握しました。
※教会にいる杏子がマスターである可能性を知りました。→現在彼女が行方不明であると把握しました。
※アサシン(ディアボロ)に関する記憶は完全に忘却してます。
※弥子とスノーホワイトらと情報交換しました。


【キャスター(レオナルド・ダ・ヴィンチ)@Fate/Grand Order】
[状態]魔力消費(小)
[ソウルジェム]無
[道具]バステニャン号、『四次元袋』
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の調査
0.巴マミと合流する。
1.討伐令に対する疑念。セイヴァーとの接触をしたい。
2.セイヴァーと似ているサーヴァントねぇ……
3.マスターたちを普通に帰すのは難しそうだな
[備考]
※吉良に対し、どことなく疑念を抱いております。
※自身の知識と情報を駆使しても、セイヴァーの真名に至れなかったのを疑問視しています。
※レイチェルと彼女のサーヴァントがライダーであることを把握しました。
※アヤ・エイジアのサーヴァントが、セイヴァーと酷似している情報を入手しましたが懐疑的です。
→弥子の情報から、事実であると把握しました。
※アサシン(ディアボロ)に関する記憶は完全に忘却してます。
※弥子とスノーホワイトらと情報交換しました。
※主催者側の存在、キュゥべえを知りました。彼等の力を大凡推測しています。


【D-5/月曜日 早朝】

桂木弥子@魔人探偵脳噛ネウロ】
[状態]魔力消費(小)
[令呪]残り3画
[ソウルジェム]有
[装備]
[道具]携帯端末
[所持金]数十万
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の『謎』を解く
0.見滝原中学へ移動する
1.セイヴァー、あるいは暁美ほむらとの接触
2.アイルとは話をしたい
3.キュゥべえについては……
4.時間が近づけば、アヤの救出に向かいたい
[備考]
※バーサーカー(玉藻)を確認しました。
※セイヴァーに酷似したサーヴァントが時間停止能力を保持していると把握しました。
→ダ・ヴィンチの情報から、彼がアヤのサーヴァントである可能性を知りました。
※アサシン(ディアボロ)に関する記憶は完全に忘却してます。
※主催者側の存在、キュゥべえを知りました。
※セイヴァーに酷似した存在達に何らかの謎があると考えています。
※ダ・ヴィンチとスノーホワイトらと情報交換しました。


【アーチャー(霧雨魔理沙)@東方project】
[状態]魔力消費(小)
[ソウルジェム]無
[装備]魔法の箒
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:弥子の指示に従う
1.見滝原中学へ移動する
2.時を止める奴は信用しない。
3.キュゥべえも胡散臭いな……
[備考]
※アヴェンジャー(ディエゴ)を確認しました。時間停止能力を保持していると判断してます。
→ダ・ヴィンチの情報から、彼がアヤのサーヴァントである可能性を知りました。
※アサシン(ディアボロ)に関する記憶は完全に忘却してます。
アイルのサーヴァントがアサシンではないかと推測してます。
※主催者側の存在、キュゥべえを知りました。
※ダ・ヴィンチとスノーホワイトらと情報交換しました。


アイル@グランブルーファンタジー】
[状態]魔力消費(小)精神疲労(大)
[令呪]残り2画
[ソウルジェム]無
[装備]
[道具]
[所持金]親(ロールの設定)からの仕送り分
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る
0.見滝原中学へ移動する
1.セイヴァーの討伐報酬を狙う
[備考]
※アサシン(ディアボロ)のマスターである為、『情報抹消』の影響は受けないようです。
※ボーマンに乗っ取られている間の記憶はありません。
※ダ・ヴィンチらの行動方針を把握しましたが、その上で関わりを避けるつもりです。


【アサシン(ディアボロ)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(中)、ボーマンに対する苛立ち、現在の人格はディアボロ
[ソウルジェム]有
[装備]
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得
1.見滝原中学へ向かう
2.ボーマンの件もあり、現時点ではアイルの周囲に留まっておく
3.セイヴァー(DIO)の討伐を優先にする
4.時間能力を持つサーヴァントは始末する
[備考]
※アヴェンジャー(ディエゴ)の時間停止スタンドを把握しました。
※セイヴァー(DIO)はジョルノと『親子』の関係であると理解しています。
※アヴェンジャー(ディエゴ)はセイヴァーと魂の関係があると感じました。
※『長時間の時間停止』を行うサーヴァント(杳馬)の宝具を認知し、警戒しています。
※ナーサリーライムの性質を理解しました。
最終更新:2019年03月02日 12:52