永遠に幸せでいたかっただけなのだ

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永遠に幸せでいたかっただけなのだ


ㅤ青空(あおぞら)はバケモノであったが、同時にどこまでも人間だった。というのも、身体のどこかに目に見える奇形ーー例えば長い爪や硬い肌などはなく、また食べるものも人間と全く変わりなく、超能力の類も持ち合わせていないのである。初対面のものは彼女がバケモノであるとは気づけない。もしあなたが彼女と知り合い、10年以上に及ぶ長い付き合いを続けたのならその時は、彼女がバケモノであると気づけるかもしれない。
ㅤ彼女は不老不死なのであった。
ㅤ青空はバケモノであったが、人間が大好きだった。いつまでも若い姿である青空のことを奇妙に思う人間もいたが、またそういった人に嫌われようとも、青空が人間を嫌いになったことはなかった。とは言っても青空にとって人間との交流は一過的な楽しみで、いつの間にか数年たったある日に「そういえば最近誰とも話していないな」なんて考える程のものだった。
ㅤ彼女は不老不死で、とても長く生きているのだった。
ㅤ突然彼女の、人里離れた小さな家に転がり込んできた若者は、今まで青空があってきた人間とは大きく違っていた。
ㅤ若者はこの世のもの全てを目に焼き付けんとする下界の旅人だった。天上に来るのにはかなりの苦労をしたらしく、下界と天上を行き来する貨物船のエンジンの隙間に隠れて密航してきたのだという。若者はどこから噂を聞き付けたのか、永遠に美しくあり続ける青空を知り、是非会ってみたいと思いここまで来たのだった。
ㅤ赤羅(あから)と名乗った青年は、青空のその永遠の話を聞きたがった。また青空も下界のことは、その長い生涯においても寡聞だったのでとても強い興味が湧いた。赤羅が犯罪者だとかは考えもしなかった。青空は赤羅を家に匿った。二人は長く、青空にとっては今までにないほど濃密な時間を過ごした。
ㅤ二人はかわいい女の子を設けた。青と赤より生まれた子だったので、紫音と名付けた。青空は、紫音には不老不死の属性は受け継がれていないことを本能的に悟った。紫音の成長は驚く程に早くて青空は、瞬きするのも惜しいくらいだった。次に見た時には立てるようになっていた。次に見た時には喋れるようになっていた。次に見た時にはタップを使いこなしていた。すくすく大きくなっていく。どんどん強くなっていく。
ㅤふと赤羅を見た時に、青空は絶句した。紫音に反して、赤羅は弱っていく、老いていく。しわが増え、声がしがれてくる。旅はもういいのかと問うたことがあった。赤羅はゆっくりと微笑んだ。
「家族もできたしね。それに若い頃みたいにあちこち飛び回るのは、今の身体じゃ無理だろうし」
ㅤもっと先だと思っていた。でも違った。目の前だった。これまでと同じように、時間が疾くと過ぎていく。
ㅤ赤羅は老いる。紫音も老いる。青空は老いない。
ㅤ赤羅は死ぬ。紫音も死ぬ。青空は死なない。
ㅤ消える。何かが失せる。赤羅が、紫音が死ねば、二人と過ごした日々が消滅する。まともに人間と交流したことの無い青空の哲学では、その発想は仕方が無いものだった。
ㅤ青空は探した。自らの永遠を呪いながらも、その永遠を求めた。赤羅を、紫音を、自らと同じ不死の存在にする術を模索した。そして昔聞いた赤羅の話を思い出したーー電脳聖母事件、0と1の海にて永劫の時を漂う生命体、マキノイド。人間と同じように知性・感情を持つ、第二の人類。
ㅤ青空はマキナの研究ーー具体的には、人間を電脳世界へと移し替え、マキナに転生させる方法を編み出そうとした。それまでに生きてきた中で蓄積されてきた知識、天上千早でモルモットになっていた時のコネ、研究の途中成果をイワサキに売るなどして手に入れた技術、使えるものはなんでも利用し、何千何万という試行の末に、人間の意識を電子情報化し、それを受け止めマキナとするための器のようなものーー「マスケンヴァル」を完成させた。これで未来永劫、電子の世界で、家族みんなで暮らしていける。青空は嬉嬉として、その事を二人に話そうとした。
ㅤ振り返ると、赤羅はいなくなっていた。紫音は独り寂しく、炎の狐を走らせていた。
ㅤ三年が経っていた。その間青空は研究に没頭し続け、赤羅や紫音を顧みもしてなかったのだ。紫音を抱きしめ、赤羅の行方を聞いた。紫音は青空を睨みつけ、突き飛ばし、怒鳴って答えた。青空が家族に関心を示さなくなり、やっと見つけることが出来たと思っていた永遠の愛が偽物だったのだと悟った赤羅は嘆き悲しみ、紫音を置いて下界に行ってしまったのだという。
ㅤ青空は深く反省し、謝り、しかし決して二人を愛していなかった訳では無いのだと釈明した。目に涙を貯めた紫音は、今更遅いと吐き捨て、以後青空と口を聞かなくなった。
「違うの……、違うのよ紫音……、私はただ……!」
ㅤ彼女はただ、永遠に幸せでいたかっただけなのだ。
ㅤ青空は三日三晩泣き、四日目の晩に紫音の寝室に忍び込んだ。紫音が寝ている間に、彼女を自分の研究室に運び、紫音のマキナ化を実行した。その後自分もマキナになり、紫音と共に下界で赤羅を探すつもりだったのだ。あとは自ら、転写用のカプセルに入るだけだった、まさにその時。
ㅤ突如、青空の研究室はハッキングを受けた。サーバーが凄まじい熱を放ち、モニターは真っ赤に染まって、気色の悪い「電」の文字が部屋中をおおっていた。モニター用のタップで青空は、紫音とマスケンヴァルのデータがこっそりと下界の何者かに盗まれているのを知った。
「待って!ㅤ止めてっ!!」
ㅤ青空の叫びは虚しく、機械のやかましい駆動音にかき消された。データ転送が終了した静かな部屋で、青空はさめざめと泣き叫んでいた。彼女が泣き止むのは、あるいは数年後かもしれなかった。


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