BB Channel 1st/BLADE BRAVE◆yy7mpGr1KA
◇
――――――戦士の話をしよう。
目覚めた時、戦士は神に愛されていた。
◇
愛の証は、その身に走る黒い紋様。
刻んだ印は鎖の如く、戦士のさだめを縛り付ける。
自由がない。戦士は己と世界を隔てる壁へと挑んだ。
自由などない。壁を越えた戦士は神の意志に裁かれた。
神の定めた運命を、いかにして変えるのか?
――――――戦士は人の身にして神へと至った。
◇
広い部屋、警察署の署長室で大いなる戦士二人が向かい合っている。
只人ならば持て余してしまうスペースだが、かつて神へと至った男二人はそれを埋め尽くしてしまうかというほどの存在感を放って言葉を交わしていた。
「改めて、願ってもない申し出に感謝いたします。第十三階位(カテゴリーキング)のランサー」
「よい。民を守るのは皇帝(マグヌス)の務め。マスターに従うのはサーヴァントの務め。お前たちと肩を並べるのも私(ローマ)の本懐である」
夏目実加とランサーによる盟の申し出をゴドウィンとセイバーは快く承諾した。
軽いフットワークで動き回れる立場の実加が協力者として魅力的だったのもあるし、何より戦いを通じて二人の在り方が自分たち同様に罪なき人々のを助けるものだと共感できたからだ。
そうして協力関係となれば話は早い。
与えられたロールとしてテロリズム対策課での仕事がある実加だが、署長であるゴドウィンからの呼び出しとあればそちらを優先しても表だって文句を言えるものはいない。
聖杯戦争関連と思わしき情報、例えば口裂け女に関連するものなどを部下を通じてゴドウィンが把握できたとして、それを外部の協力者に流すのはご法度だが、担当部署が異なるとはいえ同じ警察官である実加に共有するのは大きな問題ではない。
世界を超えた法の守護者たちの同盟はここに成った。
「それで、私(ローマ)と二人で話したいこととは何か」
「…セイバーは承知しているので同席しても構わなかったのですが。彼女に聞かせるには少々酷かと思いまして」
この場にいない実加とセイバーの二人は署内のトレーニングルームで向き合っている。
表向きには口裂け女事件の捜査資料を共有するために待たせている時間の有効活用ということで。
ランサーもクウガがブレイドに仮面ライダーとしての戦い方を学ぶのは必要なことであるとして二人を送り出し、ゴドウィンとの対談に応じた。
「彼女もあなたもお察しのように、セイバーには自分でも制御できない殺戮機構が秘められています。そして、私もまた近似するものを内に有しているのです」
ゴドウィンが語ったのはダークシグナーという己の中の罪と悪について。
師と兄から受け継いだもの。赤き竜と冥界の神の戦い。その中で己の為してきたこと。
「多くの人を殺めました。多くの罪を犯しました。地縛神による影響があったとはいえ、それは私の為した悪であります」
悔いるでもなく誇るでもなく、淡々とゴドウィンは己の所業と宿痾を語る。
ランサーは我が子を見守る父のような穏やかな表情でその告解に耳を傾けていた。
「そして今もなお、その悪の残り火は私の中でくすぶっている。ささやかな私の抵抗と、赤き竜の助けがなければ今一度この身を乗っ取り、そしてさらなる悪を為すでしょう。願望機、聖杯すらも利用して」
月に闇が満ちるとき、魔の囁きが聞こえ出す。死へと誘え。
自らのしもべの口上がまるで予言であったかのようで、背筋に冷たいものを覚えたものだ。
だからこそだろう、今ゴドウィンの目の前にいる英雄の姿は太陽のように暖かく感じられた。
「あなたは私たちを認めてくださいました。それは我々にとって大きな救いとなった。それでも、私たちはこの戦いに勝ち残ってはいけない存在なのです」
今はまだ為すべきことがあるから、生きねばならない。
それでも、それを為すことができたなら。あるいは内なる悪に屈してしまったなら。
「ですのでランサー。来るべき時、あなたには私とセイバーの介錯をお願いしたいのです」
ゴドウィンもセイバーも自害することはできない。故に、誰かに命を断ってもらわなければならない。
加えて言うと万に一つ殺戮機構として二人が動き出してしまった場合、その戦闘能力はマスターとしてもサーヴァントとしても間違いなく超級のものとなり、止められるものは限られるだろう。
信頼できる強者がパートナーとしていること。異なる歴史のゴドウィンにあって、今のゴドウィンに欠けているものを知らず知らず彼は求めていた。
「………………いいだろう」
「感謝いたします、王よ」
深い沈黙の果てにランサーはその望みを叶えると応えた。
穏やかだったランサーの瞳に優しさの色が増し、同時に哀しみの色も混じる。
「レクスよ」
「…はい」
そしてゴドウィンの告解に赦し(サクラメント)を与えるように言葉を紡いだ。
「我が子カエサルの元へと奉じられた宝玉。その力、宝玉神なるものが外なる宇宙の正しき闇の力と結びつき、お前の世界の根源より生じた悪性と対峙した。ローマの息吹はお前の世界にも満ちている」
ランサーの眼が千里の彼方を見渡すようにゴドウィンをじっと見る。
その裡の輝きと、そしてゴドウィンの世界と自らの因果を見出すように。
「お前の為した罪悪を否定することはできない。それでもお前の裡に、より良い世界のために兄と共に運命と戦う決意があったこともまた否定できない。
後の世のために、後の者ために何かを遺し、繋いでいく……人の歩み、それこそがローマである」
樹木が最期に種を残し、新たな命を芽吹かせるように。あるいは流れる大河がどこまでも続いていくように。
ランサーの生きた時代からゴドウィンの生きた世界にまで受け継がれてきた、そしてこれからも受け継がれていくものがあるのだとランサーの眼には映る。
そして、できるならばあとに残したくはないものもあるということを。
「私(ローマ)にのみ話をしたのは我がマスター、実加を気遣ってのことか。ああ……轡を並べた者の命を奪う重荷は、あの小さな体には過ぎたものであろう」
敵に対して矛を向けるのはまだしも、盟を結んだものと相争い、命を奪うのに辛苦を感じぬものなどいない。
特に実加が憧れた戦士(クウガ)は怪物に対して拳を振るうことも忌避し、拳を振るうなんてことをするのは自分一人で十分だと笑顔の仮面で周囲を誤魔化し続けた男だという。
そんな英雄の後継である実加の肩に同胞殺しの重荷を背負わせたくはない。
……自分たちとは違う。それはすでに汚れた先達である自分が背負うべきものだ、と。
同胞を手にかけるという所業にかつての己を思い返し、ランサーの瞳の哀しみの色が濃くなる。
「私(ローマ)もお前の気持ちは痛いほどに分かる。誤った神託に踊らされた兄弟を殺める業の痛みはこの胸を苛んでやまない……弟レムスのことは、今なお悔やみきれぬ」
哀しみを纏ったランサーの視線がゴドウィンを誰かと重ねるように変質する。
ゴドウィンもまた、同じような目をランサーに返した。
「悔やみはするが、それでも私(ローマ)はローマを成したのだ。否定はできん。そしてお前も一つの時代を救った戦士だ。それをお前の兄が誇りに思うことはあれ咎めることはあるまい。
お前に自らを捧げる覚悟があるように、お前の兄もそんな偉大な戦士であったろうと私(ローマ)は確信している」
今
レクス・ゴドウィンが命を懸けて人々を救おうとしているように、ルドガー・ゴドウィンもまた世界のために命を散らすに否は無かろうとランサーは語り掛ける。
「……ええ。それはもちろん」
「うむ。私(ローマ)よりもお前の方がそれは分かっているだろう。ならばこそ、悔やむことはあれ自らを濫りに犠牲にするような軽挙はするなと釘を刺しておこう」
哀しみを宿した瞳に再び慈愛の色を満たし、ランサーは祈るように言葉を紡いだ。
「マルスよ。至高の戦士を守り給え」
ランサーの言祝ぎに応じてゴドウィンの内に眠る赤き竜の鼓動が僅かながら強まる。
そしてそれに反比例してダークシグナーとしての衝動が抑えられていくのもゴドウィンは感じた。
「これは、一体?ランサー?」
「赤き竜。それは我らがローマとも深い関わりを持つ獣の名だ。私(ローマ)がマルスに代わり七つの丘の加護を授け、お前の願いを支えよう」
もちろんゴドウィンに力を貸す赤き竜と、ローマの皇帝や七つの丘を指すと謳われる赤き竜は本質的には大いに異なる。
だが魔術的に真名の一致というのは極めて重要なもの。
今も己を苛む邪神に抗うゴドウィンにはそれで充分大きな助けとなる。
七つの丘と皇帝特権によるスキル付与、『軍神の加護』や『軍神の寵愛』の獲得か『軍神咆哮』や『クィリヌスの玉座』による強化の複合といったところか。
……自分たちと同じ志の同盟者を得たからといって、安心して死ねるようになったからといって簡単に諦めるようなことはするなとランサーは鼓舞したのだ。
そして同時に
「改めて言葉にしよう、レクス。我が愛し子よ。お前とセイバーが望みを叶えたならば。あるいは望まぬ悪に堕ちんとしたならば。私(ローマ)の槍でもってその命脈を断とう」
サムズダウン。
冷徹に、しかし暖かな裁定を皇帝は約束した。
◇
――――――戦士の話をしよう。
着替えた時から、戦士は闘うことを決めていた。
◇
虫も殺せない善性で、それでも人を守ると誓う。
身を守る兜。それは涙を隠す仮面。
身を守る鎧。それは傷を隠す拘束衣。
誰も傷つかない世界なんて綺麗事かもしれない。
戦わなければ生き残れないなら、戦わないものは屍人になるしかない。
――――――それでも、まだ。
◇
前線で働く警察官には優れた逮捕術、ひいては格闘技能が求められる。
日本では多くの警察官が剣道や柔道を身に着け、例えば夏目実加の尊敬する先輩である一条薫は剣道の有段者である。
文化のサラダボウルとでもいうべきスノーフィールドでは空手にコマンドサンボ、シラットにムエタイなど様々な格闘技を身に着けた警察官がおり、彼ら彼女らの訓練のための設備も署内には設けられていた。
早い時間帯での利用者は少なく、現在は男と女が一人ずつだけ。
「フッ!ハッ!夏目さん、どうして変身しない!?」
「いえ、そんな軽々にできるものではなくてですね……!」
セイバーのサーヴァント
剣崎一真と夏目実加。二人はどちらも変身せず、人の姿のままに組み手のような拳舞を交わす。
二人とも人の姿のままとはいえ、かたやサーヴァント、それも人ならざるアンデッドとなった存在だ。
アマダムと融合し代謝が上昇しているとはいえそれでも人の域を出ない実加では剣崎に勝るのは難しい。
「訓練方法を変えるかい?ピッチングマシンでもあればギャレンの基礎訓練の一つはできるけど。いや、ブレイドとギャレンじゃ適性が違う……クウガはどんな戦い方をするんだ?」
「はじめから聞いてほしかったです……」
「いや、ゴメン。俺たちは先輩から誰から現場主義というかぶっつけが多くて」
自身も先輩である橘朔也も突貫で仮面ライダーとなった剣崎と、根が学者肌である実加とではそんなすれ違いも生じたが、剣崎が話を聞く姿勢となることで相互理解が進んでいくことになる。
幼いころからリントの碑文研究に関わった実加の説明はその道の学者顔負けで、剣崎の的確な質問もあってスムーズに解説を終える。
アークルの特性。リントの伝承。未確認生命体ことグロンギとの戦い。白、赤、青、緑、紫のクウガ。碑文にはなかった金の力。そして最も注意すべき黒の力についても。
「戦うための生物兵器……凄まじき戦士、か……」
アークルを多用することのリスク。グロンギとの近似性。
それらに思うところがあるのだろう、内に緑色の血液の流れる手のひらを剣崎はじっと見つめる。
「仮面ライダー……確かに俺たちは、かなり近しい存在だ。
ブレイバックルも、感情の昂り…憎しみには限らないが、それによってよりアンデッドの力を引き出せるようになり、アンデッドに近づいていき、そして……アンデッドになる」
剣崎の身に起きた事象は、アンデッドとの高い融合係数という才能が起こした悲劇のような奇跡であるということは理解している。
だがそれは高い融合係数を持つ者が彼のように13体のアンデッドと融合するキングフォームを多用すれば同じような結末に至るということだ。
アークルの特性、実加の才能がいかなものか測る術がない以上杞憂でしかないのかもしれないが、誰かが目の前でそうなりかねないとなれば見逃すことはできない。
(けれど、やめろと言ってやめられる状況じゃなし。どの口で、ってなるしなあ)
棄権できるものならしてほしいところだが、それができない状況だから巻き込まれた人を助けるために手を取り合うことを決めたのだ。
だというのに戦うなと言い出しては道理が通らないし、あまりにも失礼だろう。
「真紅と黄金に染まれ、とランサーは言っていたな。彼の言うように、赤と金の力を目指し、そこでとどめておくのがいい気がする」
「はい。五代さんは黒の力をコントロールしたらしいですけど、簡単なことじゃないでしょうし。そもそも私は金どころか赤のクウガにもなれてませんし……」
そう言いながら実加は裡のアマダムのあたりに手を当て無力感に唇を一文字にする。
戦闘、殺戮を熟知したある意味格上であるグロンギ相手に、フォームを使い分けることで勝利を重ね、ついには究極の闇すら克服した五代との差異が彼女を苛んでいた。
五代雄介本人や一条薫ならば、それが買いかぶりだと指摘できただろう。神ならざる剣崎一真には知り得ないことだ。
だが肉体を完全に操作するのも、感情を完全に制御するのも、容易なことではないことならば剣崎とてよく知っている。
「ルーティーンだ」
だからこそ、彼は一つのシンプルなアドバイスを送る。
知ってか知らずか、仮面ライダーという英雄の象徴ともいえる所作の存在を。
「スイッチング・ウィンバックと言い換えてもいい。構えで身体のスイッチを、掛け声で精神のスイッチを、誤作動しないよう同時にスイッチを押すんだ」
クウガにあって、グロンギにない。ブレイドにあって、アンデッドにない。根源を同じくする怪物と英雄の間の一つの線引きといえるかもしれない。
ブレイバックルを起動し、高らかに変身と雄叫びをあげ、オリハルコンエレメンタルを潜り抜けることで、『剣崎一真』は『仮面ライダーブレイド』となる。
日常から非日常へとスイッチを切り替える瞬間だ。
まずそこに力があることを認識し、そしてその力を解き放つ合図を己の中で定める。
「それが俺の知る仮面ライダーへの第一歩といえる。常在戦場とは言うが、平時と戦時を行き来するのも大切だ」
「仮面ライダーへの、第一歩……」
知ってか知らずか、五代もまたそうだった。
2000の技の一つである拳闘をベースに構えをとり、大きく声を上げてクウガへと転じる。
幼い実加の前でも披露した戦士の姿だ。
それが実加の原風景の一つと言っても過言ではないのだが
(そもそも仮面ライダーって……なに?)
抱く迷いに続けて振って湧いた疑問が実加の足に絡みつき、その足を止めそうになるが
「仮面ライダーとは、例えるならばローマの皇帝(マグヌス)である」
真紅の王がその道行を晴らさんと現れた。
「ランサー。マスターとの話は済んだのか」
「うむ。セイバーよ、レクスとの対話は終えた。あの者もまた良きローマである」
満足した様子で深く頷きながら、今度はお前の番だとゆっくり実加へと向かう。
「レクスは誰かを迎えに行くと言っていた。すぐに合流するだろう。今はお前だ、実加よ。知は力なり。認識し、理解することが戦う術となろう」
そう言いながらランサーは自らの丹田―――資格者であればブレイバックルやアークルを装着するであろう箇所だ―――に手を当て、呼吸を整えながら呟く。
「皇帝特権により『神性』を主張する」
その言葉と共にランサーの肉体に神性を取り戻した証……神代の魔術回路である神代回帰の紋様が浮かび上がる。
「『すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)』
続けて宝具の真名を唱えるとともに己の手の中に宝具である巨槍を召喚し、構えてみせる。
「魔術師は魔術回路を励起することで力を行使する。また、お前の国の侍という者たちは刀を抜くことで戦士となるのだろう?
鬨の声と所作によって、心と体を戦へと切り替える。まさしく戦士の嗜みであろう。仮面ライダー、善きかな」
例えるならこれがランサーにとっての『変身』であると示したのだ。
それはつまり、誰にでも『変身』はできるのだということを。
「ローマの初代皇帝の名は知っているか?」
「アウグストゥス帝ですよね?それは、もちろん」
「うむ。ならば皇帝、カイザーの語源となった男、アウグストゥス以前に帝国の基礎を築いた偉大なるローマがいたことも知っていよう」
「ガイウス・ユリウス・カエサル執政官ですね」
「然り。ローマ皇帝即位以前、初代より前にして、そして私(ローマ)より後の皇帝といえよう。
そして、ローマという王国(くに)亡き後もその名と在り方を継いだ皇帝たちがいた。ロムルス・アウグストゥスという我が子もいた。他にもコンスタンティヌス、テオドシウス。
そして……シャルルマーニュ。ハートのキングを司る、神聖ローマ帝国の初代皇帝。あの者もまたローマである」
懐かしむような眼で、慈しむような眼で、彼方を見ているようで、しかし確かに実加を見据えて神祖はそう口にした。
「仮面ライダーも同じだ。初めて仮面ライダーと呼ばれた一人の男がいた。それより以前、それより以後に男の在り方を、承知の上でか知らず知らずにか体現した戦士たちのことを人々は仮面ライダーと呼ぶのだ。
時代や場所によって鬼、魔法使いなど呼ばれ方が違う者もいるが、それもまた総じて仮面ライダーだ。私(ローマ)やシャルルマーニュが皇帝(マグヌス)であろうように、な。
お前も、仮面ライダーとなる資格はあるのだ、実加よ。お前も含め、あらゆるものがローマであり、仮面ライダーとなる可能性を秘めているのだ」
最後の言葉は、しっかりと実加だけを見て。
実加の中にある、浪漫(ローマ)と戦士(クウガ)を見出して。
それに応えるように実加は熱いものを躰の裡に覚えた。
「ローマで……仮面ライダー……!」
実加の中からそれを引き出す。
五代雄介がかつてしていたような、腰に手を当てる構え。それに応じるようにアークルが腰に現出した。
腰に構えた剣を抜き放ち構えるように腕を振るう。一条薫が魅せる居合抜きの如く。
そして
「変身!」
雄叫びのように声を上げると、応じるように実加の体が『赤く』変じていく。
「おお!」
「うむ。よいローマだ」
二人のサーヴァントから感嘆の声が上がり、ランサーはさらに称賛するようにサムズアップを実加へと向けた。
それが誇らしくて、実加もまたサムズアップを返そうとするが……
「ぅっ……!」
未だに制御しきれないのか、アークルが旧式のものだからか。
霊石が明滅し、『赤』から『白』のクウガへ、さらには人の姿にまで戻ってしまう。
「む……!いや、無理もない。俺もアンデッドの力を使うたびにかなり消耗する。ましてや直接体を変身させるのが負担にならない訳がない」
「……ふむ。仮面ライダーの先達がそういうならば、そうなのであろう。魔術回路の励起にも相応の負荷はある。少しづつ馴染ませていけ。今は……」
二人の労いを受け、それでも不満げな実加を制するようにランサーが実加の肩に手を置く。そのまま視線を部屋の入口に向けると、神代回帰と宝具を解き、ゆっくりと霊体化していく。
「今はレクスと、もう一人の話を聞くとしよう」
その言葉とともにランサーは完全に霊体化し、続けてセイバーも姿を消す。
それに少し遅れてゴドウィンと、彼に連れられた長身の男が現れた。
「あれ?アバッキオさんじゃないですか」
「……ナツメ。相変わらず無駄に元気そうでなにより」
ゴドウィンに連れられて現れた刑事はレオーネ・アバッキオという男だ。
実加と同じく国外からの研修組で、彼はイタリアからこのスノーフィールドへと派遣されてきた。
「で、その、署長。彼女にも口裂け女についての捜査情報を共有しろと」
「はい。口裂け女というのは彼女の出身である日本に由来するものだそうですから。模倣犯や愉快犯の類をどこまで迫れるかは分かりませんが、それでも彼女の意見は参考になるでしょう」
朗々と答えるゴドウィンだが、アバッキオはどうにもうんざりした顔をする。
アジア人の女と仕事をするのがイヤなのか、そこまではいかなくとも縄張り意識から部外者である実加を入れたくないのか……
「って、アバッキオさんのいるトコってマフィアとかカモッラとかそっち系じゃありませんでした?この間もスクラディオ・ファミリーがパッショーネと何か取引しようとしてるとか雑斧会が蒼海幣の流れ者と合流しようとしてるとかで網を打つって言ってませんでした?口裂け女って地域の殺しじゃなくてそっちの管轄なんですか?」
自分やゴドウィンが警察組織に属しているように、犯罪組織に属する聖杯戦争の関係者もいるのか。
実加の脳裏にそんな考えがよぎり、冷たい汗が背中を濡らす。
一度溜息をついたアバッキオの発した言葉はそれを否定も肯定もしないものだった。
「さあな。潜り込んでたネズミが一人口を裂かれた。バレたのか、抗争に巻き込まれたのか、無差別の偶然か。分かんねえから俺も首を突っ込ませてもらうんだよ。つまり、だ」
アバッキオがポケットからUSBメモリを取り出し、実加へと差し出す。
「おれやお前みたいなよそ者には、伝説の白バイ乗り(ホイーラー)の口利きこみでも渡せるのはこんなもんだとよ」
「アバッキオさん…!ありがとうございます!」
USBを受け取り敬礼を返す実加に、アバッキオはおざなりに手を振って応じる。
「イッツマイプレジャー。なんか分かったらこっちにも共有しろよ……では、署長。失礼します。ご足労いただきありがとうございました」
今度は実加にしたものと違いちゃんとした敬礼をゴドウィンに送り、アバッキオは自身のデスクへと戻っていった。
それを見送り終えて、再度実加がゴドウィンに感謝を述べる。
「ゴドウィン署長、改めまして協力―――」
「いえ。このくらいは同盟関係として当然のことですし、必要なことです。口裂け女については一旦纏めて私に報告するように指示は出して来ましたので、今日中には最新の情報を共有できるでしょう。
……では、一度別れて現状の走査と行きましょう。さすがに私のデスクであなたが捜査情報を確認するのも、その逆も不自然ですから。何かあれば端末に連絡を」
では、と署長室に戻るゴドウィンを見送って実加もまた、国際テロリズム対策課の自分のデスクへ戻る。
同僚に軽く挨拶をしながらノートパソコンを立ち上げてUSBを挿して中を読み込む。
(えーと……ガイシャの情報に、現場の場所、発生時刻。ついさっき送られてきた口裂け女のホームページのリンク。え、通報の音声記録と、ヤマ張ってる被疑者の前科まであるのは意外)
アバッキオの素振りからあまり中身は期待できないかと思っていたが、さらっと確認するにはだいぶヘビーな質で量だった。
『期待されているということだろう』
突如響いたランサーからの念話に実加の背がビクン!と伸びる。
『私(ローマ)はあまねくローマを知るが、口裂け女なる者について詳しいとは言えぬ。
ゆえ、同郷であるお前やセイバーの知見に頼りたいと思っている。この地の警察(ウィギレス)も恐らくは同じく。それでどうだ、実加』
その実加の反応をランサーも、ついでに周囲の同僚も気に留めなかったので実加も軽く咳払いして資料を見つつランサーに答えた。
『うーん……私が小さいころにちょっと流行ったというか話題になった…フォークロアというかアーバンレジェンドというか。好意的に解釈しても英霊ではないですね。
分類するなら一応、反英雄になるんでしょうか……せいぜいが妖怪とか怪物、くらい。それにしたってメドゥーサとかセイレーンだとか、日本でいう九尾の狐とかにはとてもじゃないけど及ばないでしょうし』
『サーヴァントとなるには器量が足りぬ、か?』
『そこまではなんとも。ただ、まあ……』
実加の脳裏に、先刻セイバーとランサーの繰り広げた超常の決闘がよぎる。
続けて記憶にある、眉唾物ながらいくつかの口裂け女の逸話をそれらと比べてみる。
『コレがいたとして。弱い、ですね。お二人の足元にも及ばない。殆ど資料で見たきりですけど、せいぜいが低級の未確認レベルじゃないかと』
実加が見届けた、緑のクウガに一矢で撃ち抜かれたあのレベルがせいぜい。
それがなぜこんな目立つような、敵を作り引き寄せるような真似をしているのか、どうにも解せない。
『しかしそれでも無辜の民には十分な脅威となる。それはお前が最もよく知っていよう』
『ええ、それはもちろんです。サーヴァントであるなら攻撃する手段も限られてきますし、巻き込まれたマスターだって危ない』
そう、無視できる些事ではない。
しかし無為に名を上げ、例えばこのランサー相手に聖杯をかけて戦いを挑むのはあまりにも無謀としか思えない。
『武人であれば名乗ることもあろうが……』
『もしくは自己顕示欲の強い劇場型の犯罪者とかですかね』
未確認にもやたらとおしゃべりなカメレオン型がいたという。
口裂け女に武人の誇りだのがある訳なし、そうした顕示欲があるのだろうか。
(私、綺麗?と問うて回り、答えたものを殺す。つまり綺麗ではない、と自覚しながらもそれをはっきり告げられれば怒るし、見え見えのお世辞にも同じくらい怒る。殺意を覚えるレベルで。
プロファイリング未満の雑な感想ですけどめちゃくちゃに面倒な気質の女なんですよね。自己顕示欲半端じゃなさそうだなあ。
……もしかしてそういうところ、未確認のゲゲルと似てる!?)
ふとした閃きをきっかけに実加の資料を走る目が加速する。
事件の場所、時刻、被害者の性別や名前に何らかの法則はないか。
次を予測はできないか。
(もしかしてそうやっておびき寄せるのが狙いで?)
実際には口裂け女などという生易しいものではない強力なサーヴァントが待ち伏せている?
(そもそもなんで口裂け女なんて言い出されたの?誰がそう呼び始めた?
被害者の口が裂けてるから?犯人が女だなんて分からないのに?犯人の口が裂けてるなんて情報はないのに?普通なら切り裂きジャックならぬ口裂き男なんて言われるほうが自然)
そうした思考をメモやブレインストーミングのように画面上にタイプして表示させる。
短い思考ならともかく、それ以外で念話はまだ実加には慣れない行為だ。
ランサーは霊体化しながらも表示されたそれを読み、実加と共に資料を追う。
…………少しすると煮詰まったのか、いくつかある通報の音声記録を再生し始める。
―――ああそうだ。そこに人が口を裂かれて倒れているぞ! 犯人は口裂け女だ!―――
一方的に捲し立ててすぐに切れたそれは、現場近く、発生してすぐ、通報者は不明とどうにも怪しい匂いがする。
その通報のあった事件の資料を表示し、音声を止めたところでちょっとコーヒーでも淹れようかと実加が席を立つ。
すると
―――Prrrrrrrrrrr, Prrrrrrrrrr―――
立ち上がった実加のすぐ横でコール音が響き、反射的に通話端末を取る。
「はい、こちら―――」
「国際テロリズム対策課というのはこちらでいいのかな?曙光の鉄槌なるテロ組織をご存知かね?」
蛇の這いよるような、音がした気がした。
最終更新:2021年06月12日 18:10