BB Channel 2nd/Beauty and the Beast◆yy7mpGr1KA
◇
――――――戦士の話をしよう。
愛の果てを知った時、戦士は怪物に変性する。
◇
愛しみなくして戦士は語れぬもの。
憎しみなくして怪物は語れぬもの。
愛しみと憎しみは本来別々のもの。
それらが一つのものとして語られるとき、これらを繋げる感情が不可欠になる。
―――狂気だ。
狂おしいほど愛している。狂おしいほど憎んでいる。
想いがこの域にまで達した時、愛憎は現れる。
別々とは言うが……愛しさ余って憎さ百倍とも、よく言うもの。
深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗き返すのを忘れるなかれ。
◇
「国際テロリズム対策課というのはこちらでいいのかな?曙光の鉄槌なるテロ組織をご存知かね?」
警察組織への連絡手段というのは当然一般に開放されているもので、通報や情報提供の電話というのは珍しいものではない。
当然情報は玉石混交、むしろ石の方が多いのだが間口が広くなければ玉が流れ込むこともないのでそこは承知のリスクだ。
とはいえ実加の所属するのは国際テロリズム対策課、そうそう一般からの通報などあるものではない。
極まれに手配書で見た顔がいた、という電話があって、その大半が瓜二つの(そうですらないことも少なくない)他人に迷惑をかける程度だ。
しかし今回の通報は毛色がまるで違う。
曙光の鉄槌というテロ組織を名指ししている。そのアジトの場所と、中で大規模な騒ぎ、おそらくは刃傷沙汰が発生していたと具体性と事件性に富んだものだ。
もし仮に一から十まで出鱈目だったとしても調べるざるを得ないし、通報者からの聴取もしたいところだ。
「一つ確認したいことがあるのですが」
「なにかな?」
だが実加はこの電話の声に対して、全く別の思考を巡らせていた。
「昨晩、学園前通りの公衆電話から口裂け女のことを通報したのはあなたではありませんか?」
通報の内容とは別件の、通報者そのものに対する疑いのようなもの。確信二割、カマかけ八割といったところか。
二晩続けて何らかの事件に関わっているのではないか。むしろ、当事者なのではないか。
通常の業務であればこんなことまずやらないだろう。
だが今は平時ではなく有事のさなか。転び公妨や別件逮捕など好みではないが、全く行使しないほど実加とて純朴ではない。
「今回の通報と合わせて、お話をさせていただきたいのですが」
「ほう。警察機構について詳しくはないが、国際テロリズム対策課が巷で噂の口裂け女について詳しいとは」
「どちらも我々警察の仕事ですので。それで?お迎えに上がりましょうか?それともそちらから署までいらしていただけますか?」
幼児に言い聞かせるようにゆっくりと、実加の口から言葉が紡がれる。
電話の向こうからは数瞬の沈黙が流れたと思えば、息の吹き出す音が響いて
「キヒッ……ハ。ハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
高らかな笑い声が電話越しに響いた。
不気味なほど甲高い、人間味のない声というより音とか鳴き声に近しい響きが実加の耳を揺らす。
それが数秒続いたあと、今度ははっきりとした調子で知性を感じる声が継いだ。
「『誰も発砲することを考えもしないのであれば、弾を装填したライフルを舞台上に置いてはいけない』。作劇における伏線の手法だ。これでも脚本家の端くれでね。
聖杯戦争の舞台にテロリストと、テロリズム対策課が配置されている。そのうちの片方にマスターが属していたとなればもう片方にもいて然るべきだ……君か?」
「質問しているのはこちらですが」
冷たく返す実加に対して、電話の声もまた斬って捨てるように言葉を返した。
「これはしたり、失礼した。私と話がしたいと。答えはノーだ、お嬢さん。そしてこちらの質問への答えも不要だ。百聞は一見に如かずというからね」
バキリ、と金属が砕けるような音が響き、通話は途絶える。
そこからほんの数秒の間も実加は耳を澄ましていたが、完全に通話が終わったことを確かめると端末を置き、周囲に声を飛ばした。
「逆探知と位置情報お願いします!あと音声記録も!署長に言って、私が出ます!」
「あ、おい!」
制止する同僚の声を無視してバタバタと装備の点検を進める実加。
その肩にポン、と重量感のある手が置かれた。
「落ち着いてください、夏目刑事」
「しょ、署長!?」
『私が呼んだ』
肩に置かれた暖かい手と、脳裏に流れる温かい言葉が実加に落ち着きを取り戻させる。
対照的に未だ緊張に包まれる課内だが、それを良しとも悪しともせずゴドウィンは淡々と指示を飛ばした。
「先ほどの通報を再生してください。それから夏目刑事。そちらのヘッドホンから昨晩の口裂け女事件の通報音声を再生できますか?……ではそれを私に」
二人の部下に命じて音声を再生させ、右耳で口裂け女のそれを、空いた左耳で曙光の鉄槌についての通報を捉えて聞き比べる。
「通報は固定電話から?それとも…ああスマホですか。では位置情報は?東部湖沼地帯?移動は?追えない?ふむ、壊したか、スナック菓子の袋にでも詰めたか……」
思考に没頭して始めたゴドウィンだが、それも僅かの間ですぐに再度指示を飛ばす。
「通報者は重要参考人として聴取したい。夏目刑事を向かわせます」
「単独でですか!?」
「…そうですね。そちらは単独で。それよりも曙光の鉄槌に重点を。まずは通報内容が事実かどうか確認。裏が取れれば大取物になるでしょう。それ以外に裂く人員が惜しい。
そちらの配置はあなたたちの方が専門ですから、私から口を出すことはありません。他部署との折衝が必要ならば、可能な限りの協力はします」
それでは、と実加と共に退出しようとするゴドウィンだったが、すぐに署員から声がかかる。
「署長、それにナツメさん、ここから湖沼地帯に向かう道沿いで問題が発生しています。乗用車の逆走、信号機そのほか設備の破損などがあり、交通課が対応していますがパトカーで向かうのは時間がかかりすぎるかと」
ゴドウィンたちは知らないことだが、それは第八階位と第十二階位のサーヴァントの激突の余波によるものだった。
ジェロニモによる魔術で事態の割に騒ぎは小さいが、車の逆走は路上や車上のカメラで記録に残るし、信号機の破壊など無視するにはあまりにも大事だ。
少なからず日常へと聖杯戦争の余波は広まっている。
「…わかりました。ご心配なく、こちらで足は確保します。夏目刑事、こちらへ」
忠告を受けてゴドウィンの足の行く先が変わり、実加もそれに続く。
何やらあまり人の気配がない一画に向かう向かっているようだ。
「署長、曙光の鉄槌の方にも人を派遣するんですか?通報者の言葉が事実で、サーヴァントがいたら彼らでは対処しきれません」
それを幸いと聖杯戦争の話題を実加は始める。
ゴドウィンも少しだけ周囲を確認してそれに答えた。
「承知の上です。調査には危険を伴う……ですが、最低限の人員のみを動かすよう命じなければいきなり突入準備を始める可能性もあった。
加えて、聖杯戦争のためにあなたが動くには単独の方が都合がいい。ついてくいくな、全く動くな、と命じても人は止まりません。後詰めとして控えろ、とでも言わなければね。そして後詰めである以上先見隊は必要です」
あなた以外にもね、とゴドウィンがしめる。
そしてそれでも不安を隠せない実加にセイバーが声をかけた。
「仮初とはいえ、ここにいるのはみんな警察官、君の仲間だろう?ならもう少し信じて、頼ってもいいんじゃないか?」
ロールに如何様な規則があるのかは分からないが、実加もゴドウィンも治安を守る職で、だからこそ警察署に配置されたとするならば、ここにいる人も恐らくはそうなのだろう。
実加にとって庇護対象ではあるが、同時に自分たちと同じ正義の人でもあるはずだ。
そう思うと下がっていろというのも何だか無礼な気がしてくる。
ならば共に戦うもよしかと実加の視線がゴドウィンの向かう先へと向けられる。
「ところでマスター。こっちにあるのって、たしかこの間署長室で確かめた…」
「はい。徒歩で向かうにはスノーフィールドは広すぎる。白バイ隊のものを無断で貸与するわけにもいかない……そこで現在誰にも支給されていないマシンを一時貸与することにしたいのですが……」
迷うような口調とは裏腹にゴドウィンの足はまっすぐ進む。
それに付き従う実加は見覚えのない場所にいささか困惑する。見たところは車庫のようで、見るからに頑健そうなバイクが一台鎮座していた。
それを示して、どことなく楽し気にゴドウィンは解説を始めた。
「ビートチェイサー3000。あなたの故郷での技術をベースに開発された、悪路走破と耐久に優れた一機です。
私もバイクにはうるさい自覚はありますし、それなりのものを見てきた乗ってきたと自負していますが……」
ジャック・アトラスのホイール・オブ・フォーチュンや、不動遊星の遊星号、チャリオット・パイルを纏ったボマーのそれや、かつてダイダロスブリッジに挑んだゴドウィンの愛機……それらのモンスターマシンに負けず劣らずの風格と、何より気難しさがビートチェイサー3000にはあった。
「ビート…チェイサー……これを、私に」
その名を実加は知っている。
憧れの英雄が駆った乗機の名だ。何の因果か、この月でそれが再現されている。
戦士たちがひっそりと手を差し伸べてくれたようで、サムズアップする彼らを幻視したかと思った。
しかし、これを実加が使いこなせるかは別問題だ。
世界中を身一つで旅してまわった2000の技を持つ男や、未確認生命体に攻撃されてもちょっと休めば立ち上がるタフガイなどと比べて、実加は体躯も力も大きく及ばない。
不安げにハンドルに手を伸ばすと
「私が手綱を握ろう」
さえぎるように、かばうように、力強く、ハンドルを握る手が伸びた。
「神の血を引く狼の背にまたがった。数多の羊を追い立て、まとめ上げた。騎兵を率い、砦を落とした。騎乗スキルも当然我が技法の一つである。竜の類でもなくば、私(ローマ)ならば乗りこなしてみせようぞ」
馬のたてがみを撫でるようにランサーの手が滑り、嘶きのようにエンジン音が響く。
巨大なビートチェイサーの機体も、ランサーの巨躯が跨ると相応のものに映る。
あつらえたかの如く。あるいは絵画や彫刻の如く、そうあるのが自然なようなランサーの姿がそこにあった。
「はは、これはよい。卓越した技術は魔術と区別がつかぬというが然り。神代の天馬や神狼もかくや。これならば大地の果てまでも駆けられようぞ」
らしくなくはしゃいだ様子のランサーだが、バイク乗りとして気持ちがわかるのかゴドウィンもセイバーも特に気にした様子もなく見送る準備に入っている。
「では先ほど通報した何者かについて探っていただきたい。潮時と判断したら曙光の鉄槌の方へ。
それと、無線が搭載されています。本部の周波数と、私からのものがこちらです。連携は密に」
続けてゴドウィンはエンジンキーを引き抜くと警棒になるなど他の機能も説明しようとした。しかし騎乗スキルの一環かランサーはマシンの機能をすぐに把握したようで、あとはもう実加を乗せて駆けだすだけという状態になる。
ヘルメットを渡して乗るのを待つが
「ランサー。確認させてください」
迷ったように、実加はそれを制止する。
「何か」
「皇帝特権による騎乗スキルの獲得中は気配遮断は機能しません、よね?」
「うむ。いかに私といえど限界はある」
嵐の航海者や主神の神核など複合効果を持つスキルを取得もできるが、複数のスキルを同時に身に着けることはできない。
気配を隠しながらバイクを駆るのは残念ながら今のランサーにはできない。
「つまり通報者と曙光の鉄槌にサーヴァントがいた場合、こちらの接近を隠すことはできない」
「確かに私の王気はスキル無くして隠せるものではない。むろん私とて愚鈍ではなく、一方的に気付かれるだけではないと断言はするが」
「……先攻をとれるアドバンテージをみすみす捨てるのは決闘者、いえ戦士ならば誰もが惜しむ」
今にも駆け出しそうだったランサーが両足を地に着け、視線が上方を向く。
ゴドウィンも唇に手を当てて沈考を始める。
「それに皮鎧の大柄な男性が警察車両を扱うというのは、その、悪目立ちするんじゃないかと」
「それは……言われてみると」
ゴドウィンの過ごしたネオ童実野シティでは奇怪な風体の男女がD-ホイールに乗っているのは日常茶飯事だったが、確かにスノーフィールドではまずいかもしれない。
ノーヘルなのもいただけない。
サーヴァントであるランサーが対向車や道路と衝突したところでダメージにはならないし、ましてや彼の天性の肉体以上に頑健なヘルメットなどそう用意できるものではないが、見た目の問題というのは重要だ。
SNSの発展した総監視社会では僅かの賜暇も避けるべきだろう。
「私に騎乗を、ランサーに気配遮断を取得していくのではいけませんか?」
「技術的には可能だ。しかし今のお前には私が魔力回復のスキルを付与している。白のクウガになってしまった以上、それは必要な処置であろう」
返された言葉に実加は言葉を失い唇を噛む。
ランサーの圧倒的な強さを発揮するのに実加の魔力は不可欠で、必要なこととはいえそれを消耗してしまっている。少しでも回復したいところだ。
「なら、俺ならどうだ」
従者に徹していたセイバーだったが、ここにきてハンドルに手を伸ばす。
実加の消耗に責任があるのは自分もだと、仮面ライダーとして堂々と。
「セイバーのクラススキルも騎乗だし、こうしたバイクの扱いは俺も経験がある。俺に気配遮断を付与することはできないか?」
ライダークラスの召喚ではないためブルースぺイダーを持ち込むことはできなかったが、それを扱った技能は健在だ。
そしてランサーと違い現代の人間であるセイバーがバイクを運転するのはさほど目立ちはしない。
そこにランサーの力が加われば鬼に金棒だと視線と問いを投げた。
「私は七つの丘の御名において、同胞と認めたものに加護を与える」
真っすぐと見据えるセイバーを、ランサーもじっと見つめ返す。
……そしてふ、と笑みを浮かべて
「お前も、ローマだ」
セイバーの肩に洗礼かダブのようにランサーの手が触れると、力を得てセイバーの気配が消える。
これで敵に先んじれられることはないだろう。
「だがこれは別の難題が生じる。単独行動を持たないサーヴァントがマスターと距離を離してはパスが弱まり、魔力供給が途切れかねん。それは我らサーヴァントにとって大きな問題だ」
そう簡単にはいかないと、今度はランサーが問題を口にする。
ただのサーヴァントならまだいい、セイバーはマスターとの繋がり、ひいては魔力を失えば本人も望まぬ暴走に繋がりかねない問題がある。
対策なしの別行動はさせられない。
「私が魔力のパスを強化できればいいのですね?」
あてはあります、とゴドウィンは自らのマヤ文明デッキを取り出す。
「古来よりデュエルモンスターは優れた魔術儀式の形式でありました。エジプトのファラオも、欧州のヴァンパイアもそれを使いこなしたと。
ランサー、あなたの加護を受けたことで今の私は以前よりも格段に安定している。カードを用いた魔術を使ってもダークシグナーに吞まれることはないでしょう」
選択したカードは赤蟻アスカトルと太陽竜インティ、スーパイと月影竜クイラのチューナーモンスターと竜で対となる組み合わせ。
マスターにチューナーを、サーヴァントに竜を渡すと、相互の魔力パスがカードを通じて強まるのが全員に理解できた。
「シグナ―の痣には『救世竜』という、力を共有し一所に集う性質があります。私のシグナ―としての竜と、そのしもべとの繋がりを通じて魔力の経路とする。これならば問題は解決するはずです」
もう一つ、ひっそりと応用している技術がある。
地縛神の有する、遠方の地からの魂喰いの能力だ。ジャック・アトラスが地縛神である紅蓮の悪魔を従えシグナ―の力としたように、今のゴドウィンも地縛神の力を自らの魔術に意図せず応用するシグナ―としての高みに辿り着いていたのだ。
それに一人気付いているのか、ランサーはゴドウィンに慈愛の目を向けていた。
「……セイバーが行くならば私は残らねばなるまい」
思い返すのは通話の向こうで紡がれた言葉。
―――こちらの質問への答えも不要だ。百聞は一見に如かずというからね―――
「奴はこちらが警察署にいることを知っている。本当に見に来るつもりだというなら…サーヴァントによる襲撃を警戒する必要があるだろう」
「となるとチームを分断することになりますか。さて、どう動くのが最善か……」
ランサーが駆るならば先制の機会は失われる可能性があるが、どちらのチームも万全の戦闘を行えるだろう。
実加が運転するなら敵に気付かれる危険は少なく、ゴドウィンたちはベストの布陣だが、ランサーへの魔力供給が滞る危険がある。
セイバーの操縦で向かうならば本来の主従を分かつことになり、魔力のパスや意思疎通を契約外のものに依存することになる。
ゴドウィンは曲がりなりにも署内のトップで下手に動くことはできない。
誰が、どうやって向かうのが最善か。
湖沼地帯にいるであろう何者かを睨むようにしながら実加たちは思考を巡らせる。
◇
――――――では、戦士の話をしよう。
戦士の物語を彩るに欠かせぬ、美しい怪物の話を。
◇
バキリ。
先ほどまで警察と繋がっていたスマートフォンを粉々に握りつぶし、車窓から放り捨てる。
この程度の端末、そこらからいくらでも奪えるし、アトラスの錬金術師の頭脳の方が比べ物にならない演算機能をしている。
「さて、匂いは落とせた。追うならばこちらではなく、第六階位の方に向かってくれるといいのだが」
とは言うもののそう都合よくはいってくれないだろうとも分かっている。
投げた石がマスターに当たったのは想定外だが、もとより舞台上に役者を呼び込む算段ではあった。
オファーをしたのが思ったより大物だっただけのこと。脚本は変わらない。
「引き絞った弓は放たれぬわけにはいかぬ。幕が下りるまで、退場するまで演者は舞台で踊らなければ……だが脚本、演出、助演の兼ね役は忙しくてかなわん」
そう言ってズェピアは気怠そうに首を回し、道が混み始めているのを見てさらに表情に倦怠感を増す。
信号の破壊と乗用車の逆走、ここにも第八階位の影響が届いていた。
「徒歩の方がマシだなこれでは」
アトラシアの演算は速い。
渋滞を予想するアプリなどなくとも、人の流れ物の動きを捉え、予測し、未来を描く。
丁度マンホールを視界に捉えたのを幸いとズェピアの手からエーテライトが二本飛んだ。
一つはマンホールへ伸びて下水への入り口を開く。
もう一つは運転席のライダーの頭部へ繋がり、ズェピアに思考・感覚をリンクさせる。
「…おや、これは面白いことになっている。いばら姫の棘に刺され、アリスは夢の世界に堕ちていたか。ドレスアップは済んだというわけだ」
くく、と笑いを漏らして開いた地下への入り口を見やる。
ライダー、サーヴァントと知覚をリンクしたことでズェピアはその先にいるモノに気付いた。
サーヴァントはサーヴァントの気配を知覚する。そしてマスターはサーヴァントを認識することでそのカテゴリーを知る。
予期せぬ再会に、ズェピアとライダーは踊るように地下への穴に飛び込み
「また会えてうれしいね、番外位。そして麗しのナーサリーライム」
「■■■■……!!」
少女と
野獣の姿がそこにあった。
存在を薄れさせつつある
ありすを守るように腕に抱き、威嚇するような声をバーサーカーは上げるが、ズェピアはまるで意に介さない。
「『地上の衣』か?私も悪性情報は扱うが……それすら子供のおもちゃに見えてしまう。ライダーの中身よりも非道いかもしれんな。
くくっ。まったくいい衣装、いい趣味をしている。皮肉ではなく心底そう思うよ」
存在感を失くしつつあるありすの姿と、それに纏わりつく悪性情報もアトラシアの知性で見切り、それすらも舞台の小道具大道具に取り込もうとズェピアは胸中で算盤を弾く。
「斯様な奈落の底は君たちのような名優にはふさわしくない。約束通り大舞台のチケットを渡そうじゃないか」
大鎌まで取り出したバーサーカーをよそに、ズェピアの独り舞台は続く。
「君たちに我々の代役を頼みたい」
その言葉と共にズェピアはエーテライトをその手に握り、傍に控えるライダーに視線をやる。
そして爪と共にゆっくりと
「一時退場だ、我がヒロイン」
彼女の頭部へと突き立てた。
頭蓋を砕き、脳を抉り、その奥の奥の霊核へ。
「噂をすれば影、という。風聞に乗るライダーよ、君を通じて私が世界に語り掛けよう」
エーテライトを通じて、悪性情報が口裂け女を変質させる。魂の改竄とかつて月で呼ばれた行為に近しいそれ。
さらにはムーンセルにより呼ばれた端末を通じることでSE.RA.PHそのものにも干渉し。
ウワサが世界に浸透していく………………
◇
アラもう聞いた?誰から聞いた?
赤いコートの殺人鬼と、青い血の死神と、白いドレスの少女のウワサ
――――――口裂け女の三姉妹のそのウワサ
3のつく時に3のつく場所で、3人のうち誰かが待ってる
赤が好きなら赤いメイクを、青が好きなら青いメイクを、白が好きなら白いメイクを施してくれるってスノーフィールドの人の間ではもっpppppp
『え?この三人は赤の他人だろう、と?』
『―――カット』
『カットカットカットカットカットカットカットカットカット、ッカカ、かかか関係ない関係ないそんなのまったく関係ない!何であろうときっかり貴方の注文通り!』
『しかしヒロインの意をまるで汲まぬほど堅物でもない。では少々改題してお届けしようか』
アラもう聞いた?誰から聞いた?
てけてけのその噂
亡くした半身を求めてさまよう、可哀そうで可愛そうな女の子。
私の■■■はどこにあるの?
ねえ、あなたのそれは私のじゃない?
腕を捥いで、足を千切って、口を裂いて!残った半身と比べているけど違うみたい
そもそもあなたの探す半身ってなあに?
上半身?下半身?右半身?左半身?
ううん、どれも違うわ。私の亡くした半身は『もう一人の私』よ。
変身するわ、変身するの。私は貴方、貴方は私。
変身するぞ、変身したぞ。俺はお前で、お前は俺だ。
変身するわ、変身するの……アリスはありす。
変身するぞ、変身したぞ……無貌の切り札。
ああ、このままでは。
『狂える茶会でアリスは目覚めない』
◇
眠るありすの姿が、バーサーカーの腕の中で突如存在感を取り戻し始めた。
薄れていた霊体は霊子に満ち、白いドレスは赤黒いドレスへと色を変えて、まさに『色直し』といったところ。
「口裂け女は三人姉妹。どんなときも三位一体は保たれねばならない。次の口裂け女は……君だ、アリス」
ズェピアに霊核を抉られた口裂け女が消えていくのに比例してありすの姿も変わっていく。
そして
「■■■ッ!!!!」
バーサーカーも己の変質に苦悶の声を漏らす。
意匠は変わらない。衣装は変わらない。
それでもその本質が冒されつつある。
ある神話の、獣の一節だ。
宇宙を焼くシヴァの炎で焼かれたカーマは、宇宙に等しい存在になった。
口裂け女が口を裂いた者は口裂け女になる。ならば、口裂け女の口を裂いた者は口裂け女であるはずだ。
そんな必要条件と十分条件を軽視した戯言も、空想と信仰の元には事実となる。
スキル:無貌の切り札が内包する変化スキルは使用できないが、機能しない訳ではない。
魔の悪いことにもう一人のジョーカー、キングフォームの戦闘が同じ空間内で発生しておりジョーカーアンデッドの霊基が不安定であった。
スキル:都市伝説により口裂け女に関するウワサはすべて真実に成り得る。
宝具『転身鬼女蛇王三昧~狂える茶会でアリスは目覚めない~(ORoTi)』は現在ウワサに上る最強の妖怪に姿を転じるものとなっている。
そしてありすたちにとって不幸なことに『悪の究極妖怪(オロチ)』と『この世全ての悪(アンリ・マユ)』双方の近似性がウワサの進行を速めた。
複数の要素が絡み合ったことで二代目火影とアカシャの蛇の情報措置は間に合わず、ウワサは拡散し、ここに像を結びつつある。
「上々。幕間の物語だが、脚本の出来は、うん」
第六階位。番外位。まだ見ぬ未知のサーヴァント。
「悪く無い出来……と思いたい。あとは演者に期待しよう」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」
去ろうとするズェピアの背にバーサーカーの鎌が迫る。
『寂滅を廻せ、運命の死札(ジョーカーエンド・マンティス)』は生命の系統樹から外れたズェピアに対して特別な効果を持たないが、それでもサーヴァントの振るう宝具である。
まともに食らえば無事ではすむまいが、アトラシアが追撃を予期しないはずもない。
エーテライトを飛ばし、肉の盾を用意していた。
「オッオッ、オレッちのコッコッ こおとを!盗ろ~ッてかーッ!!」
始めからクスリでトんでいたのか、一帯に満ちる狂気と悪性情報に正気を失ったのか。
汚いコートを身に着けた浮浪者は血反吐と奇声をまき散らしながら、あわれバーサーカーの毒牙にかかり、その命を全うした。
不幸中の幸い……というものでもないが、無駄死にではなく。彼の肉と脂と骨と、何よりズェピアの膂力によって鎌は逸らされ、寸刻みになったのは彼一人だけだった。
だが一撃で終わるはずもない。
バーサーカーが再び鎌を振るうと
「『信ずる者は巣食われる~口の裂けた赤ずきんの老婆は狼~(マッド・トリニテ)』。すでに彼の口をライダーに裂かせておいた」
分割思考の向こう側で、彼方を駆けるライダーが急ハンドルを切り、事故を起こして昇天する。口裂け女がまた一人退場したことで、新たな口裂け女が舞台に上がる。
寸刻みにされた肉片が悍ましい変質を遂げた。
汚らしいコートは鮮烈なまでに赤いコートに変わり、肉片は集まり、醜男のそれでなく恐ろしい女のかんばせに。
「……私、綺麗?」
その手に『寂滅を廻せ、運命の死札(ジョーカーエンド・マンティス)』を模した鎌を握り、それでバーサーカーの一撃を受け止める形で口裂け女が姿を現した。
「ほう」
一時とは言え拮抗するのは予想できなかったか、ズェピアも目を丸くする。
「なるほど、君もかライダー。一つのウワサになりつつある……概念までは模倣できずとも強度だけなら宝具にも届くとは」
その鍔迫り合いで生じた時を活かし、ズェピアの腕から切り札が跳ぶ。
エーテライトが一筋と、下水にあったネズミの亡骸だ。
ウワサ化が進行しているのもあったのだろう。ズェピアからバーサーカーへ、エーテライトを通じての思考通話は成功し、死徒の囁きが死神を揺らした。
『狂化していようともサーヴァントなら分かるだろう?魂喰いによる衰弱死だ、このネズミは。我々の手によるものではない。この先には進まないことを勧めるよ。アリスが大切ならね』
バーサーカーの鎌が止まる。
ズェピアと口裂け女は反転して下水の闇の奥へと駆ける。
バーサーカーはそれを追わない、追えない。
守護の誓約、たった一つ残った英雄の矜持がありすを危機にさらすことを拒む。
彼女を一人にはできない。
かといって存在が不安定な彼女を連れて追えば、今投げ渡されたネズミのように魔力を奪われ命と尊厳をさらに危険にさらすだろう。
理性はなくともサーヴァントとして、アンデッドとしてそれを理解してしまった故に、足を止めるざるを得ない。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」
狂気と憤怒の雄叫びを上げる。
彼らがいるのはもう、いずこかでもどこかでもない。
タタリが脚本を描いた舞台の上だ。少女と野獣は望まぬ悲劇に引きずり出され、その悲鳴が開幕ベルのように響いた。
その悲鳴を背中越しに聞きながらズェピアはさらに闇を進む。
(狂気に堕ちてなお知的。本来が理性を持たぬ獣か……あるいはただの現象に近しいか。やはり真祖の類縁かな)
追ってきたならばそれはそれでやりようはあったが、足を止めてくれたならそれでよし。
しばらく進んだところでライダーと並んで足を止める。
これ以上進むのは些かまずい。
(実験用でなくともマウスを殺さないようにするのは難しいからな。分かるよ、まだ見ぬメイガス)
死を運ぶもの、命を奪うものである死徒であるゆえ生命の気配には敏感だ。
それでもちっぽけなネズミの死に気付けたのは錬金術師の優れた観察力と幸運もあってだろう。
(一定範囲の生命体から魔力を徴収していた。人間や犬猫くらいなら多少の疲労ですむものの、ネズミ相手には誤ったか、はたまた想定外か。
いずれにせよ、この『水』の流れの先に工房があるな。水の魔術特性は吸収。魂喰いとの相性はいい)
彼方に新たな敵を見出し、その果てを睨む。
(工房とするなら水の流れを留める必要がある。このあたりの施設だと…ダム。浄水槽。あるいは……)
距離をとることを念頭に入れて、敵に当たりをつける。
(水族館、などが候補か。私もしばし舞台裏で励むとしよう)
外套からセルメダルを取り出し、大鎌を携えるようになったライダーと並列してじっと見る。
こけおどしとはいえ宝具の模倣まで会得するなど、ライダーは大きく変質しつつある。
それは自己改造、堕天の魔、変転の魔、そんなスキルによるものに近しい。
ではここに英霊複合体や幻霊装着のような技術による変革をもたらせれば、さらなる進化が望めるだろう。
駆ける足を止めたのと対称的に、ズェピアは分割思考を高速で走らせ始めた。
【E-6 下水道/一日目 午後】
【ありす@Fate/EXTRA】
[状態]魔力消費(大)、戦争への恐怖、口裂け女のウワサ化進行
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[所持カード]
[思考・状況]
基本行動方針:遊ぶ
1.お昼寝中
2.タタリのおじさんの劇で、みんなと遊べるといいな
3.コレットおねぇちゃんたちと、次に会ったら……
[備考]
※聖杯戦争関係者以外のNPCには存在を関知されません。
※偽悪スキルによる影響で、
門矢士に対してあまり良い印象を抱けていません。
※『聖杯の泥』に汚染されたアーチャーと遭遇しました。その影響を受け、『この世全ての悪(アンリ・マユ)』と『悪の究極妖怪(オロチ)』の近似性によりウワサとの同一化が加速しています。
※魔力消費により、霊体の保っていた外観が薄れ始めています。ウワサと『聖杯の泥』によりそれを補い、赤黒いドレス(アリス@Fate/EXTRAやマキリの聖杯を想起させる)の姿に外観が変化しています。
【バーサーカー(
ジョーカーアンデッド)@仮面ライダー剣】
[状態]狂化、口裂け女のウワサ化進行
[装備]『寂滅を廻せ、運命の死札(ジョーカーエンド・マンティス)』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:ありすの守護
1.――――――
2.―――■■
[備考]
※聖杯戦争関係者以外のNPCには存在を関知されません。ただし自発的な行動はその限りではありません。
※ありすの消耗を抑えるため、彼女の機嫌次第では霊体化することもあるようです。
※ありすとのパス、口裂け女の宝具、自身の変化スキルを通じてウワサとの同一化が進行しています。
【
ズェピア・エルトナム・オベローン@MELTY BLOOD(漫画)】
[状態] 魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[装備] 日除けの礼装(赤現礼装風の外套)
[道具] セルメダル数枚
[所持金]
[所持カード]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を以て再び第■法に挑まん
1. 『口裂け女』の噂を広め、改め、ライダーの力を増す。ひとまずありすは組み込めつつある。
2.悪性情報の活用に大いに期待。
3.水の流れの先にある工房とは距離をとりつつ、ライダーの改造にいそしむ。
[備考]
※『死神を連れた白い少女の噂』を発信しました。『口裂け女の三姉妹』に形を変えて広まることでありす、ジョーカーアンデッド、口裂け女が互いに影響しあっています。
※『第四階位』、『第六階位』、『第九階位』、『第十一階位』、『番外位』のステータス及び姿を確認しました。
※ムーンセルにアクセスし悪性情報、ムーンキャンサーによる熾天の玉座アクセス未遂のことを知りました。今のところペナルティなどはないようです。
【ライダー(口裂け女)@地獄先生ぬ~ベ~】
[状態]ありす、ジョーカーと同一のウワサ化進行
[装備]
[道具]大鎌
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:殺戮
1. 私、綺麗?
2. これでも?
[備考]
※口裂け女の運転する三台の赤いスポーツカーが曙光の鉄槌のアジトからバラバラに逃げだしました。残りは一台です。
※噂の拡散による影響で『寂滅を廻せ、運命の死札(ジョーカーエンド・マンティス)』の見た目と強度を模した鎌を生みだせるようになりました。
【D-5 警察署/一日目 午後】
【レクス・ゴドウィン@遊戯王5D's】
[状態]健康、魔力消費(小)、
ロムルスによる加護
[令呪]残り三画
[装備]スーパイのカード含むデュエルモンスターズカード(マヤ文明デッキ)
[道具]なし
[所持金]やや裕福
[所持カード]なし
[思考・状況]
基本行動方針:かつての贖罪として、罪なき人々を悲劇の運命から救う
1.通報者と曙光の鉄槌の調査に実加を派遣する。
2.通報者による襲撃を警戒。
[備考]
※スノーフィールドにおける役割は警察署の署長です。
※スノーフィールドには市民の危機感を抑える魔術式が施されているのではと推測しています。
※ロムルスが七つの丘により加護を与えています。それによりダークシグナー化の兆候が薄れています。
【セイバー(
剣崎一真)@仮面ライダー剣】
[状態]ダメージ(小)
[装備]ブレイバックル、月影竜クイラのカード
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:戦えない全ての人の代わりに、運命と戦う。
1.実加と共に調査に向かうか、署に残るか。
[備考]
※第十三階位(カテゴリーキング)のランサーの真名を知りました。
【夏目実加@仮面ライダークウガ(小説)】
[状態]健康、魔力消費(中)、クウガに約二時間変身不可、七つの丘による魔力回復スキル獲得中
[令呪]残り三画
[装備]プロトアークル、赤蟻アスカトルのカード
[道具]ビートチェイサー3000
[所持金]一般社会人並
[所持カード]なし
[思考・状況]
基本行動方針:かつての英雄たちのように、人々の笑顔を守りたい。
1.湖沼地帯に向かい通報者と曙光の鉄槌を調査する。
[備考]
※スノーフィールドにおける役割は国際テロリズム対策課所属の刑事です。
【ランサー(ロムルス)@Fate/Grand Order】
[状態]健康
[装備]『すべては我が槍に通ずる』、太陽竜インティのカード
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:人々の中に受け継がれる光(ローマ)を見守り、力を貸す。
1.実加と共に調査に向かうか、署に残るか。
2.真紅と黄金こそローマの華である。
[備考]
※レクス・ゴドウィンの中にローマを認めました。
※番外位(エキストラ・ジョーカー)のセイバーの真名を知りました。その在り方をローマと認めています。
※誰が調査に向かうかは後続の書き手さんにお任せします。
最終更新:2021年07月08日 21:37