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THE BEGINNING ◆ACT//GA03c



 ――彼女は、『如月千早』という少女のことをよく知っている。


 歌が好きで、世界中の何より好きで、ただ歌うためだけにアイドルを志し、だけどその過程で少しずつ変わっていった少女。
 大事な仲間と出会い、閉ざしていた心を開いて、輝きの向こう側へと向かっていった少女を、彼女はよく知っている。
 何故なら彼女は、『如月千早』から生み出された存在なのだから。


「こんな時、本物の如月千早ならどうするのかしらね」


 とある民家の一室、カーペットが敷かれた書斎の床に立ったまま、千早は……正確には「如月千早のフィギュア」は、そう呟いてため息をついた。
 ぼんやりと自分のスレンダーな体を包むピンク色の衣装に目をやる。衣装といってもボディと一体なのだから、着替えることなど出来ないが。
 この衣装も、それどころかこの顔も、髪も、体も、ゲームやアニメで活躍する「本物の如月千早」を模して作られたものに過ぎない。
 自分は何千何万と量産されたうちのひとつ、「本物の如月千早」の小さな小さな劣化コピーに過ぎないのだ。
 天賦の才を持つ「本物」を知るからこそ、フィギュアとしての自分が本当にちっぽけな存在に思えてしまう。


「最後の一体になるまで壊し合って……もし生き残ったとして、こんな人形の私に、どんな歌が歌えるっていうの……?」


 その疑問は、自分自身に投げかけたものだった。そしてその答えは自分も知りはしなかった。
 それでも問わざるを得なかった。ただそれだけのことだから、返事など期待してはいなかった。


「おぉ~悩んでるねぇお嬢ちゃん。青春だねぇ、おじさんそういうの大好きだよ」


 だから、背後から返ってきた男性の声に完全に虚を突かれる格好になった千早はびくんと全身を跳ねさせ、それから恐る恐る振り向いた。
 てっきり男性型のフィギュアが声をかけてきたのかと思ったが、その予想は外れていたようだった。

  スマートなフォルムをした、深紅のロボットが、無造作にこちらへ向かって歩いてきていた。
 赤い全身にあってひときわ赤く輝く単眼のカメラアイと背部から突き出したブレード状の放熱版が一際目を引く。
 本来は人間の何倍も大きいであろうロボットが自分と同じ15cm前後のスケールで存在するということに、千早は奇妙な感覚を味わった。


「だ、誰ですか……?」

 千早の当然ともいえる問いかけに、赤いロボットは舞台役者めいて空の両手をひらひらと振り、オーバーに天を仰いでみせた。

「なんと! このヴェノムことコダールiを知らんとは! お嬢ちゃんさてはエリゴールって言わなきゃ通じない原作派かい?」


 大げさにおどけてみせるその姿が、千早の目には余計に不気味に映る。
 何を言っているのかよく分からないが、フレンドリーな雰囲気を演出しようとしているのだろう。
 だが、簡単に気を許していいのだろうか。千早はこの部屋で目覚める前にあの電脳空間で聞かされた「実験」の話を思い出し、身震いした。

 実験の参加者。そういう目で見れば、いかにも戦う気はありませんよと見せつけるような歩み寄りかたもなんだか不自然だ。
 でも、いくら戦闘ロボット型だからといってむやみに怖がるのもどうだろう。疑心暗鬼に囚われすぎてはいないだろうか。
 混乱する思考を何とか纏めようと、千早は必死に電子頭脳を働かせる。
 怪しいとは言い切れない。現に今のコダールiは丸腰だ。さっき派手に動かしていた両手には何も握られていなかったし――


(――え?)


 何も握られていなかったはずのコダールiの右腕が、なにか緑色の銃のようなものを握っていた。
 気付かなかった。いつの間に転送したのか。何のために? いや、分からない訳がない。でも、分かりたくない。
 握手するかのような自然さで銃を持った手が前へ出る。銃口が真っ直ぐ千早の方へ向く。そして流れるような動きで銃爪に指がかかる。
 ――撃たれる。
 嫌だ。死にたくない。まだ自分が誰かも分からないのに、壊されたくない……!

 しかし、そのまま無造作に放たれたビームは、千早の体を穿つことはなかった。


「……んん~?」


 コダールiの不思議がる声が聞こえるが、千早自身にも何が起きたのか分からずにいた。
 反射的に瞑ってしまっていた両目をうっすら開くと、自分の両手が何かを掲げているのに気が付いた。
 自分を守ろうとする意志が支給パーツ転送の引き金となり、パラポラ型光線兵器「マーカライト・ファープ」がビームを反射し撃ち返したのだ。
 もっとも千早も何も考えずに盾にしようとしただけで反射機能などしらなかったから、撃ち返されたレーザーはコダールiをかすめただけだった。
 単なる偶然。あるいは奇跡。しかし、それがいっそう悪い結果を招いたことに気付くまでそう長い時間はかからなかった。


「……おいおい、物騒なことしてくれるじゃねえか。今のおじさん、もみあげどころか放熱索すらないってのによぉ」


 ぞくりと、フィギュアである自分には立つはずがない鳥肌が立つような感覚を味わった。
 おどけた口調はそのまま。だがその裏に、確かな殺意の色が浮き出している。
 もう疑いようもなかった。目覚める前のサイバースペースでArchetype:sheというフィギュアが語っていた、戦闘実験。
 バトル・ロワイアル。目の前の赤いロボットは、この実験に乗るつもりでいる。そして、千早を破壊しようとしている。


「や、やめ……!」


 やめて、と言おうとした。言えなかったのは、言い切る前に千早の体が見えない何かで殴りつけられたからだ。
 さっきの銃で撃たれたのではない。本当に不可視の力場のようなものでしたたかに全身を叩かれ、千早のボディはカーペットの上に転がった。


「く、うぁ……っ」


 口からうめき声が漏れる。頭がパニックを起こす。全身が衝撃で軋む。
 マーカライト・ファープも落としてしまった。キャタピラ付きのパラポラは弾みながら離れていき、よりにもよってコダールiの足元で止まった。


「やぁれやれ。慣れないラムダ・ドライバは調節が難しいな。いやね、本当はお嬢ちゃんの可愛いあんよをへし折ってやろうとね」


 レーザー銃を放り捨てながら更に歩み寄るコダールiの台詞が、どこか遠くに聞こえる。
 状況が理解できない。それでも今の見えない攻撃があのロボットの隠された機能なのだということだけは、何となく分かった。
 そして、それだけで十分だった。もう自分に可能性などないことに気付くには。

 もう駄目だ。逃げられない。ただのアイドルのフィギュアでしかない自分には、ただ生き延びることすら出来ない。
 悔しくて、悔しくて、だけどもうどうすることも出来なくて、近づく足音だけが段々大きく響いて、千早はその身をぎゅっと強ばらせ――



 全ては一瞬だった。



《 ROCKET ON 》



 絶望を塗り替えたのは、微かに遠くから聞こえた場違いな電子音声と、



「……宇宙、キタ――――――――ッ!!!」



 さらに場違いな雄叫びを挙げながらロケットのように突っ込んでくる真っ白い姿。

 その謎の闖入者に手を引かれたのだと千早が気付いたのは、自分の体が重力を振り切り、赤のロボットを一瞬で置き去りにしてからのことだった。


   ▼  ▼  ▼



「いやぁー、間一髪だったな!」
「だったな、じゃないです! 関節のジョイントが外れたらどうするんですか!」


 ドアの隙間から書斎を飛び出し、派手に空中をドリフトしながら階段を通って、そのまま錐揉み回転しながらリビングへ。
 散々悲鳴を上げながらの、ロマンの欠片もない突撃空中散歩を終えて食卓の上に降り立った千早は、白いフィギュアに向かって声を荒げた。
 変身ヒーローのフィギュアなのだろうか、意外なくらい若い声の彼は「悪い悪い」と言葉ほど悪びれた風もなく詫びてみせた。

 ヒーローといっても千早のイメージとは違い、どこか宇宙服のようなデザインだ。腰には複雑なデザインのベルトのようなものが付いている。
 さっきまで右腕に付いていたはずのオレンジ色のロケットは、気付いたら消えていた。転送式のパーツなのだろうか。
 総じてアイドルゲームのキャラクターである千早とは無縁なタイプのフィギュアだが、直感的に、人格的にも無縁のタイプに思えた。
 しかし、だからといって、命を救われておいて「はい、さよなら」と立ち去れるほど図太くはないのが千早である。


「……すみません。その、助けていただいたことは、感謝しています。ええと……」


 礼を言ったはいいが相手を何と呼ぼうか迷って咄嗟に言いよどみ、直後にしまったと思った。
 白いフィギュアが待ってましたと言わんばかりの勢いで大げさに自分自身の胸を拳で叩き、その手で真っ直ぐに千早を指さしたからだ。


「俺か? 俺は如月弦太朗! またの名を『仮面ライダーフォーゼ』……この会場のアクションフィギュア全員と、友達になる男だ!」


 その言葉を聞いたときの自分は、さぞかし間抜けな顔をしていたんだろうと思う。
 名乗られてこちらも自己紹介しないと失礼だと、半ば思考停止しかけた電子頭脳で考えられただけでも奇跡だろう。


「私は……ええと、如月、千早です」
「お、お前も如月っていうのか! だったら千早、お前も俺のダチだ!」
「意味が分かりません勝手に友達にしないでください」


 フィギュアの自分がなんと名乗ったらいいものか迷って結局「如月千早」の名前を使ったら、予想外に食いつかれてしまった。
 やっかいな人だという第一印象が完全に補強されてしまったうえにどうやら気に入られたらしく、千早は頭を抱えたくなった。

 ……しかし、このフォーゼという人(如月さんとは何となく呼びたくない)の言うことには、聞き流せない引っ掛かりを感じた。


「フォーゼさん」
「弦太朗でいいぜ、千早!」
「……フォーゼさん。本気で、フィギュア全員と友達になろうなんて言っているんですか?」
「当たり前だろ。何故なら俺は、」
「その指差しポーズはいいです。全員っていうことは、さっきの赤いロボットの人も、ですか……?」


 そう口に出すと、無意識に自分の肩が震えるのを感じた。
 結果的に助かったとはいえ、破壊されかけた。その恐怖は忘れられるはずがない。
 だからこそ分かる。仲良くなるなんて無理だ。分かり合えない相手というのは、いるのだ。


「ああ、あいつか。いきなり女の子を襲うなんて許せねえヤツだ」
「じゃあ、やっぱり……」
「だからこそ、ダチになり甲斐がある」


 だけどフォーゼは、その千早の恐怖の対象に向かってすらそう言い切った。
 頭をガツンと殴られたような気がした。千早は脱力して、食卓の真ん中に置いてあった塩入りの小瓶にもたれかかった。
 この人は本気だ。
 本気で、この実験に乗って戦おうとするフィギュア達とも、友達になるつもりでいる。


「――それは、『本物の如月弦太朗』ならそうするから……ですか?」


 ふと、そんな言葉が口を突いて出た。
 自分が『本物の如月千早』について考えたように、彼もまた『本物の如月弦太朗』になろうとしているのかもしれないと思ったから。
 本物のあり方をなぞって、あえて無謀な道を歩こうとしているのではないか。そう思ったから。
 だけど。


「本物とか偽物とか、そんなのは関係ねえ。俺がやりたいからやる、それだけだ」


 目の前の彼は、今の千早には分からないほど真っ直ぐで。


「よっし、決めた。俺がお前のその迷いをぶっ壊してやる。そして、いずれ俺のことをダチって言わせてやるぜ」


 その唐突な宣言が同行の申し出だと気付いても、それを突っぱねる気には何故かなれなかった。

「まあ、なんでも、いいですけれど」


 ……いや、何故か、ではない。
 自分とは正反対の、だけど自分の道を自分で進もうとするこの男を、千早はほんの少しだけうらやましいと思ってしまったからだろう。



【深夜/エリアA(民家・ダイニング)】


【如月千早@figma】
【電力残量:95%】
【装備:無し】
【所持品:クレイドル、基本パーツ(マイク・スピーカー・フットモニター・照明機材)、拡張パーツ×1(未確認)】
【状態:損傷なし】
【思考・行動】
 基本方針:私に、何が出来るの?
 1:フォーゼと行動。


【仮面ライダーフォーゼ@S.H.シリーズ】
【電力残量:80%】
【装備:無し】
【所持品:クレイドル、基本パーツ(モジュール全種)、拡張パーツ1~2(未確認)】
【状態:損傷なし】
【思考・行動】
 基本方針:すべてのフィギュアとダチになる
 1:千早と行動。

 ※ベース・エレキ・ファイヤー・マグネットの各ステイツにフォームチェンジが可能です。
 ※コズミックステイツへのチェンジには何らかの条件がある模様です。



   ▼  ▼  ▼



「ったくよぉ、つまんねえことしやがるなぁあの兄ちゃん」


 コダールiは床に転がるマーカライト・ファーブを不機嫌そうに蹴り飛ばした。

 突然現れた白いフィギュアに、獲物を文字通りかっさらわれる形になったのだ。面白くないのも当然である。
 どうせならもっとラムダ・ドライバの力を引き出すための練習台にして、手足の二、三本はもいでから潰そうと思っていたのに。
 いや、原作で縁の無かったビーム兵器への好奇心に駆られて、わざわざマグナバイザーなんかを使い反射されたのがケチの付き初めか。
 実弾の基本装備であるマシンガンやガトリング・キャノンでさっさと始末してから、文字通りのお人形さん遊びに興じればよかったと後悔する。


「ま、これからはせいぜい背中に気をつけることだなぁ。悪いが、おじさんはしつこいぜぇ~」


 言葉の中身と噛み合わないほど軽い口調でそう独りごちると、コダールiは身を屈めようとした。
 その行動は単に先ほど投げ捨てたレーザード・ライフルを拾おうとしただけのもので、それ以外の意図など特に無かった。
 しかし――そうして視線を伏せた結果、彼は「あるもの」に気付いた。
 気付いたことを幸いと言っていいのか、あるいは気付かずに済んだほうが幸せだったのかもしれない。


 それは正三角形の頂点の位置に並んだ、赤いレーザーポインターの光点だった。

 三つの赤い照準が、同じく赤いコダールiのボディの上を、急所目掛けて滑るように移動している――!


「――おいおい」


 コダールiはラムダ・ドライバを起動した。正確には、起動しようとした。
 しかし片腕を構え、それから意識を集中し、力場をいざ発現せんとした途中で、彼は自分の行動が遅すぎたことを悟った。


 直後、気の利いた臨終の台詞を吐く間もなく、コダールiの頭部から片肩にかけてを遠方よりの極大ビームが一瞬で消し飛ばした。


 あるいは本物のアームスレイブであれば、頭部ユニットを破壊された程度では乗員の生死には影響しなかったかもしれない。
 しかし、フィギュアである彼の頭部には、コアユニットが積まれていた。そこには彼の人格データも収められていた。

 一撃で自我を喪失した彼のボディはゆっくりと傾き、小さな音を立てて倒れ、一瞬遅れて格納を解除され転送された彼の支給武器が辺りに散らばった。
 その光景はまるで、持ち主が遊び飽きたオモチャを散らかしたままにしているかのようで。


 もっとも、彼には持ち主なんていなかったし、散らかったパーツを片付けてくれる人間も、ましてや悼んでくれる人間などいるはずもない。


【コダールi@ROBOT魂 機能停止】


 ※マグナバイザー(仮面ライダートルク)@figma、マーカライトファープ(モゲラ)@リボルテック、及びコダールiの基本武装が、
  エリアAの民家内(書斎)に散乱しています。


   ▼  ▼  ▼



 このバスターライフルは駄目だ。

 試しに使ってみたが威力があり過ぎて狙撃者の位置が一瞬でばれるし、何よりバッテリーの消耗が激しすぎる。
 狙撃までに展開していた光学迷彩と合わせて、この一発で三割近くの電力を消費してしまった。
 クレイドルでの充電は出来るだけ短期間に留めたい。いくら火力は申し分ないとはいえ、使いどころは考えなければ。

 書斎の一角、本棚に並ぶ分厚い表紙の隙間に潜みながら、『プレデター』は考える。

 破壊した赤いロボットの武器が周りに散らばるのを認識し、拾いにいくか僅かに逡巡して、しかしその選択肢は排除した。
 あの獲物の敗因は、己が狩る側であると思っていたことだ。同じような隙を誇り高き戦士たる自分が晒すわけにはいかない。
 彼の思考は淀みない。自分がフィギュアであることへのジレンマや、コピーであることのコンプレックスなど、彼には存在しない。
 今、彼のコアユニットを支配しているのは、いかにして残り58体のフィギュアを狩るか。それが全てだった。

 プレデターが体を動かすと、四肢の関節からカチカチと小さなクリック音がする。
 リボルテック特有のリボルバージョイントは確かに強度と安定性に優れるが、動くたびに鳴るこの音は隠密戦を得意とするプレデターとは相性が悪い。
 光学迷彩を使用していても、派手な動きは相手にその位置を悟られる結果になるだろう。

 だが、問題にはならない。
 障害は己の力で乗り越えてこそ真の狩人、そして真の戦士だ。
 全ての獲物を刈り尽くす。そうすることで初めて己の証を立てられる。
 ただ、それだけのこと。

 プレデターは一切の慢心をすることなく棚から棚へと飛び移り、新たな獲物を求めて僅かに開いた窓の外へと身を躍らせた。



【深夜/エリアA(屋外)】


【プレデター@リボルテック】
【電力残量:70%】
【装備:基本武装(ショルダープラズマキャノン、リストブレイド、コンピューターガントレット)】
【所持品:クレイドル、バスターライフル(ウイングガンダム)@ROBOT魂、拡張パーツ1種(未確認)】
【状態:損傷なし】
【思考・行動】
 基本方針:戦士の名誉にかけて、全ての獲物を狩る
 1:次の獲物を探す


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如月千早 次:三匹が斬る
仮面ライダーフォーゼ 次:三匹が斬る
コダールi 機能停止
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最終更新:2014年08月09日 02:05