江東区、木場。0時を回った深夜の湾岸地帯を装甲車・シャドウボーダーが走る。
繁華街から遠く離れたこのエリアであれば東京という一大都市圏であっても車の往来は殆ど途絶え、運転手であるダ・ヴィンチは渋滞に悩まされる事もなく悠々と愛車を走らせていた。
(うーん0時を越えちゃったか。本当なら今日にでもテスカポリトカと話をしたかったところなんだけど)
ダ・ヴィンチは今日、正確には昨日の予定として0時にのみ開かれるというテスカポリトカの店に向かい、彼にこの聖杯戦争に関しての交渉を行うつもりであった。だが、それは一つのアクシデントに時間を取られたことで開店時間に現地への到着が間に合わずフイになってしまう。
アクシデントとは江東区のエリアで商売中、シャドウ・ボーダーによってサーヴァントの気配を感知し向かったところで発生した漆黒の魔獣との遭遇。何かを探している様子のそれと接触を試みたが、その魔獣は会話に応じる事もなくダ・ヴィンチへと攻撃を仕掛けて来たのだ。
メステルエクシルによって難なく対象は排除されたが、その調査と対応に時間を割いてしまった結果、本日中の訪問は断念せざるを得なくなってしまったのである。
(サーヴァント、にしては弱すぎるし使い魔の類かな。でも張角の使役する人形とかよりは個体としての戦闘力は高かった。平均的な使い魔よりは強力、それでいてファラオが呼び出すスフィンクスみたいな神獣・幻想種クラスよりは劣る。評価としてはこれが妥当なところかな)
メステルエクシルと魔獣の戦闘を振り返り、ある程度のスペック分析を終えたところでダ・ヴィンチは僅かに眉根を寄せながら一つ大きく息を吐いた。
単体戦闘能力で考えればそこまで脅威ではない。だが、これが複数体生成可能となったらその脅威度は跳ね上がるだろう。
魔獣の使役者のスペックは未知数であるが一点物の戦力であったのであればあのような何もなかった場所に駆り出すだけの理由がない。偵察か調査かは不明だがそのような目的であの場にいたのだとすれば複数生成できる可能性は高いとダ・ヴィンチは推察をしている。
サーヴァントと葬者、一騎と一人で一組が原則である以上、あれと対峙し物量で押されてしまえば集団戦闘が得手でないサーヴァントの場合は厳しい戦局を強いられるだろう。
加えて対話すら行わずにこちらへ襲撃を仕掛けて来た経緯からして、使役するサーヴァントは好戦的であろうという予想も立つ。
平和的に聖杯戦争の解決・脱出を望むダ・ヴィンチにとっては警戒に値する存在である。
(この一か月、色々と警戒しなきゃいけない存在は感知できたけどここまでいるのは流石に予想外だね。やっぱり私達一組だけだと色々と手が回らないなぁ)
「お、おねーさん!おねーさん!す、すごい!はは、はははは!すごい、きれいだ!」
暗雲が立ち込めるこれからの聖杯戦争への展望。そんな中、突然外部通信用のスピーカーから響いた声がダ・ヴィンチの思考を現実へと引き戻した。スピーカーから聞こえて来たのはメステルエクシルの興奮してはしゃぐ声。
ダ・ヴィンチは何事かと視線を正面、シャドウ・ボーダーの窓ガラス越しに映る光景へと向け、そしてメステルエクシルの興奮の理由を理解した。
冥界の東京は模倣の東京である。模倣であるからこそ四季もある。時期にして四月、この季節の日本であれば二週間から三週間ほどの間だけ見られる春の風物詩が存在する。薄いピンクの花弁が特徴の日本の象徴たる樹木、桜だ。
ダ・ヴィンチがシャドウ・ボーダーを走らせていた道路はちょうど木場公園というそれなりの規模を持つ公園に差し掛かっており、道路を挟むように見事な桜並木が月夜に照らされながら咲き誇っていたのである。
「ああ、桜並木だね。一本二本なら最近見る様になったけどこんなに沢山並んでいるのは始めてだ。キャスターのいた場所だと桜はないのかい?」
「う、うん!は、はじめて、みるよ!ち、ちっちゃくて、きれいな、ピンクのはなだ!はは、はははは!」
聖杯戦争、そして冥府という場所には場違いな喜びの感情を露わにするメステルエクシル、その様子にダ・ヴィンチはいつの間にか強張っていた肩の力が抜けるのを感じる。聖杯戦争の準備にかかり切りであったこともあり、こういった何気ない変化を気にするということがなかったことに気付き、クスリと僅かに口角が持ち上がった。
グラ、という縦揺れの衝撃がシャドウ・ボーダーの天井から伝わる。桜並木に興奮したメステルエクシルが舞い散る桜の花を取ろうと霊体化を解いたのだ。
その幼い精神年齢相応の行動に苦笑を浮かべながら、予定も潰れたことだし少しくらいの息抜きなら構わないか、と二人で夜中の花見と洒落こむためにシャドウ・ボーダーの速度を落とした。
ダ・ヴィンチの操作に従いシャドウ・ボーダーの移動速度が落ちる。それとほぼ同時のタイミングでシャドウ・ボーダーに積まれたセンサー類がサーヴァントの反応を進行方向の正面に感知したアラートが鳴り響く。
拡大モニターが襤褸を纏い細剣を手にして車道に佇む死神の姿を映し出し、ダ・ヴィンチの意識がすぐさまに戦闘時のものに切り替わる。
「……!キャスター、正面!」
ダ・ヴィンチが警告を飛ばすのに僅かに遅れてシャドウ・ボーダーが勢いよく横に揺れ、少女の見た目相応に体重の軽いダ・ヴィンチが振り飛ばされる様に体勢を崩す。
シャドウ・ボーダーの状態をチェックすれば右前方のタイヤが破損したとの警告。横滑りして急停止したシャドウ・ボーダーはたったの一撃で走行困難の状態に陥ってしまった。
襤褸布を纏ったサーヴァントによる襲撃であることは明白であり、逃げる為の足を奪われた形だ。
急いで状況を把握し、メステルエクシルに指示を出さなければとダ・ヴィンチが頭を回転しはじめるよりも速く、シャドウ・ボーダーの天井の上から衝撃、続けざまに襲撃者である死神へと突撃する機魔の姿が映った。
この襲撃におけるダ・ヴィンチの幸運は3つある。
1つ目は花見をするためにシャドウ・ボーダーの速度を落としていたこと。もし、シャドウ・ボーダーの速度が出ていれば襲撃者によりタイヤがバーストされた際に勢いのついた車体は横滑りよりも酷い状態になっていただろう。そうなれば中にいたダ・ヴィンチとて無事ではすまなかった可能性が高い。
2つ目は外の景色に興味を持っていたメステルエクシルがシャドウ・ボーダーの天井の上で待機していたこと。車内ではなく見通しが良く、また行動するのに何ら支障のない場所にいたことで襲撃者に対しての迅速な行動が可能となった。
そして、3つ目は。
「お、おねーさん!くる、くるまのなかに、かくれててね!あ、あいつは、『トロア』は、ぜったいに、おねーさんに、ちかづけないから!ははははははは!」
窮知の箱のメステルエクシルは襲撃者、
おぞましきトロアのことをよく知っているということ。魔剣士と生術士にして工術士、万物を微塵に帰す嵐が吹きすさぶ場で銃火を交えた二人の修羅が、桜花の嵐舞う異世界にて再びの邂逅を果たした。
◇
「――”啄み”」
その言葉と共に死神、
おぞましきトロアは手に持った細剣を、天井に何か大きな物を乗せた装甲車の右前輪目がけ刺突する動きをとる。すると、盛大な破裂音を響かせながら装甲車の右前輪が破裂し、バランスを崩した装甲車が横滑りをして走行を停止した。
トロアの持つ数多の魔剣の内の一つ、実体の刃の外側に不可視の斬撃軌道を延長させることが出来る魔剣、神剣ケテルクを用いた超遠距離攻撃である。
情報源として活用しているSNS上で彼らが調査をしていた江東区内に噂の装甲車の目撃情報があがったのは僥倖といえた。
葬者である
衛宮士郎からの指示は装甲車の足を奪う事と迎撃に来るであろうサーヴァントの対処。確たる拠点を持たずに装甲車を移動拠点としながら各地で商売を行っている主従であればこの装甲車を破棄してまで逃走を選択する事はしないだろうとの予測を立てたうえでの作戦である。サーヴァントはトロアが相手をし、葬者は士郎が処理をする、これまで何度も取って来た方式だ。
(葬者、指示通り相手の足は止めた、このままサーヴァントの……、っ!?)
何が来てもいいよう油断なく全ての魔剣を抜き放てる様に構えていたトロア目がけ、音速を越える速度で巨大な影が迫る。その姿を視認したトロアは予想だにしていなかった邂逅に一瞬の動揺を見せた。
おぞましきトロアとして歩み出した彼が最初に遭遇した恐るべき敵、あらゆる意味で常識を超越した難攻不落の不死性の持ち主。その名を
窮知の箱のメステルエクシル。
この聖杯戦争にサーヴァントとして召喚されてまで再会すると思わなかった相手の出現によって見せてしまった隙がイニシアティブの明暗を分ける。
トロアが迎撃の姿勢を見せるよりも早く、メステルエクシアがアクションを起こした。
メステルエクシルが両肩部に連射式小銃を生成し、耳障りな騒音を響かせながらトロアに向けて連射する。
己の迂闊さに内心で舌打ちをしながらトロアは右腕を動かし一振りの魔剣を繰り出す。凶剣セルフェスク、無数の楔状の鋲で構成された剣の配列を盾状に組み替えて二本の射線を遮る形で展開する。続けざまに金属が恐ろしい速度で連続でぶつかり合うけたたましい音がトロアの耳を襲った。
トロアが歯噛みする。生前、似た状況になった時は突撃を回避し、すれ違いざまの銃撃も剣の投擲によって妨害した。だが、今回は絶え間ない銃撃によって強引に回避行動を制限されており、前回の再現には至らない。大質量による高速突撃は山人の頑強さをもってしても致命傷となる。
「クッ……!”渡り”!」
足掻くようにトロアはムスハインの風の魔剣を振るう。すると突撃するメステルエクシルの横合いから爆発的な気流が襲い掛かりその軌道が強引にずらされた。回避が難しいのであれば相手の攻撃を逸らせればいい。轟音が衝撃波を纏いながらトロアの横をギリギリ掠めて通り過ぎる。
残心し通り過ぎたメステルエクシルに対応をしようとして、トロアの体が急激に引きずられる感覚。
「何っ!?」
腰部から引っ張られる感触に視線を向ければベルトに引っ掛けられたフックロープがメステルエクシルへと伸びている。すれ違った一瞬でメステルエクシルはフックロープを工術で生成し、トロアへと結びつけたのだ。
メステルエクシルに引きずられたトロアが宙を舞い、その無防備な姿を小銃の銃口が捉える。だが、トロアの動きは銃口が火を噴くよりも速い。手に持った剣でフックロープを切断し、重力に従って落下する体の僅か上方を火線が走っていく。
メステルエクシルが旋回し再度銃口の照準を合わせようとする。だがトロアはムスハインの風の魔剣によって生み出した気流を操作して桜並木に咲き乱れる無数の花弁を巻き込み、指向性を持った桜吹雪をメステルエクシルへぶつけることによって視界を奪い追撃を封じた。
五体満足のままに落下地点であった公園の広場に着地すると向かい合う様にメステルエクシルが着地する。ぶるぶるとメステルエクシルが振った頭部から付着した桜の花弁が舞った。
(何があった?今引きずられていたあんたの姿を見たが)
(少々問題が発生だ。どうやら知り合いが呼ばれていたらしい)
「はは、はははは!トロア、トロアだ!トロアも、せいはいせんそうに、よばれていたの?」
「ああ、まさかこんな形で再会するとは思わなかったな」
トロアが魔剣を構える。メステルエクシルの右腕が銃口へと変じる。
「あ、あのときみたいには、いかないぞ!みじ、みじんあらしもいないし、かあさんの、かわりに、おねーさんがいるけど、ぼくはつよいから、トロアを、おねーさんのところに、いかせないからね!」
「なるほど、まんまとお前の葬者から遠ざけられたということか」
「へ、へへ……!あのときは、か、かあさんを、まもらなきゃいけなかったけど、ここなら、トロアを、たおすことだけ、かんがえればいい!はははははは!」
得意げなメステルエクシルに対し、トロアもまたこの形に持っていくことこそが理想であったが、それをメステルエクシルに伝えない。伝える理由はない。
士郎による葬者への襲撃が相手サーヴァントに妨害されることが一番の懸念点であった以上、サーヴァント同士離れた場所での戦闘になることこそが望ましい。
(断言する。遅れをとるつもりはないが手こずる相手だ。相手の葬者を始末するのが一番確実だな)
(分かった、なら手早く済ませよう)
士郎との念話を終えトロアは改めて意識をメステルエクシルへと向けた。
目の前の難敵に対し、有効な魔剣も戦い方も理解している。それでいて与しやすい相手かといえば否だ。でたらめな生命力、様々なものを生成する工術、たしかに恐ろしく厄介である。だが、それ以上に眼前の相手で危惧すべきものは成長性と適応能力だ。
生前に戦った時もメステルエクシルは自身との戦いの中で適応し、より効果的な戦法を駆使してきた。
加えて、トロアがその生を終えた時にメステルエクシルは未だ存命であった。自分が死した後にメステルエクシルがどれだけ成長したのか、それはトロアにとって未知数である。
だが、だからといって後れをとるつもりは微塵もない。今の自分は
おぞましきトロア、ワイテの山の伝説。自分よりも大きな敵でも、脅威でも、膝を折る事はない。何故なら、
おぞましきトロアは最強だからだ。
楽し気な笑い声をあげながらメステルエクシルが銃口を上げるのに応える様にトロアの持つ細剣が不可視の刺突を繰り出し銃身を弾いた。
桜吹雪舞い散る空間に二つの影が舞う。
◇
(さて、セイバーにはああ言ったものの、どうしたものかな)
装甲車を前にして
衛宮士郎は内心でぼやく。
形状からしてただの車でない事は想定していた士郎であったが、サーヴァントによって作成された対サーヴァント戦も想定されて作られた最新鋭の装甲車であることは流石に想定外であった。
サーヴァントであればいざ知らず、ただの魔術師である士郎の攻撃が通じるかといえば通常の銃器は論外、常用している干将・莫耶を改造した銃であれば効果は見込めるだろうが拳銃で装甲車を貫通できるかと言われれば分が悪い。それが士郎の見立てだ。
(やれやれ、派手に横転でもしてくれていれば良かったものを。ままならんものだ)
とはいえ、襲撃を仕掛けた以上はここで撤退をする訳にもいかないだろう。考えられる手段としては、車体を覆う装甲と比較して突破のしやすそうな車両前面の窓ガラス破壊し、そこから催涙ガスを投擲、しかる後に制圧と言ったところか。
そこまで考えて駆け出そうとした時に、車外スピーカーが響いた。
「そこで止まってくれないかな、少し私とお話してみないかい、エミヤ君」
「――」
突然、自身の名前を呼ばれたことで士郎はその足を止めた。
聞き覚えのない幼い声。何故、自分の名が知られているのかという困惑。最大限に跳ね上がった警戒心が、軽率な行動を咎めるように士郎の足を止めさせた。
「何者だ。生憎とそんな声をした知り合いは記憶にないが」
「それに答えれば矛を収めてくれるかな?」
「……」
「こちらとしては急に襲撃を受けて怒り心頭っていうのが本音だけどね、ただ相手が君なら交渉の余地があると私は考えているんだ。それにサーヴァントでなければ私の車への有効打もないんじゃないかな?もし交渉する気がないのであれば私は持てるすべてを尽くして徹底抗戦をさせてもらうよ。幸い魔力は潤沢だし私のキャスターは君の『トロア』に劣ると思ってない。我慢比べといこうじゃないか」
士郎の眉間に皺が寄る。装甲車に明確な有効打がないのは事実、そのうえで突然の襲撃を受けたにも関わらず相手の葬者には冷静に対処をされている。おまけに自分の名前、そしてサーヴァントづてで自身のサーヴァントの情報もある程度割れていると推察できる現状。士郎の分はかなり悪いといって過言ではない。
黙考をする士郎であったが、辿り着く解は一つしかなかった。
「セイバー、戦闘は中止だ。すまないが下手を打ったらしい。あんたの知り合いとやらと戻ってこい」
その一言と共に、士郎は害意はないとばかりに諸手を挙げた。
◇
「……ふう」
両の手を挙げて降参の意を示した士郎をモニター越しに確認し、ダ・ヴィンチは安堵の溜息を吐いた。
メステルエクシルにも停戦指示を出し、お互いに停戦したことを確認させてからこちらに戻るように呼びつけた。一先ずはこれで今回のいざこざは収束という形になっただろう。
まったくの幸運だったとしか言えない。
外部モニターがダ・ヴィンチの認識ではエミヤ・オルタと完全に一致する、それでいてサーヴァントではない存在を映した。仮にこの男がダ・ヴィンチの知るサーヴァントのエミヤ・オルタであったならばいくらシャドウ・ボーダーといえどもなす術なく破壊され、ダ・ヴィンチも脱落者となっていたことだろう。
だが、サーヴァントの反応のないエミヤ・オルタという目の前の存在にダ・ヴィンチは一つ仮説を立てた。エミヤは現代に生きる人間がサーヴァントとして座に登録された存在である。ならば生前のエミヤ・オルタがマスターとしてこの聖杯戦争の場に呼び出されたという可能性もあるということだ。
ダ・ヴィンチはエミヤという英霊やエミヤ・オルタという英霊の来歴を本人が語る以上のことは知らない。歴史書に名が残されることもない無銘の英霊達だ。それでもエミヤという名だけは知っている。
そこで一つの賭けに出たのだ。名前を出し「お前を知っているぞ」と牽制を仕掛ける事で警戒させ、こちらへの襲撃ではなく対話による平和的な解決に舵を切らせようと。
「さて、カルデアで召喚された彼と目の前の君の精神性が同じなら、ある程度の共闘はできると思いたいんだけどな」
そう呟きながらモニターに映る士郎をダ・ヴィンチが眺めていると、彼の隣に襤褸布を纏ったサーヴァント、トロアが戻って来た。それと同時にシャドウ・ボーダーの天井が揺れる。メステルエクシルも同様に戻って来たのだ。
「お、おねーさん、けがはしてない?」
「うん、大丈夫だよキャスター。君が作ってくれたシャドウ・ボーダーのお陰さ」
「へ、へへ……!ぼ、ぼくはつよいから、ぼくとおねーさんのつくった、シャドウ・ボーダーも、つよい!」
はしゃぐメステルエクシルをなだめつつ、ダ・ヴィンチはモニター越しに士郎達に向き直る。一つの修羅場は潜り抜けたが、今後の動き方という観点でみればここからが正念場だ。
「さて、それじゃあ話し合いと行こうじゃないかエミヤ君。悪いけどモニター越しで失礼させてもらうよ。車から降りて不意打ちなんてされたらたまったものじゃないからね」
「こちらから襲撃を仕掛けた以上は妥当な注文だろう。それで、どうしてオレの名前を知っていた」
「そうだね、君は自分が死後にサーヴァントとして召喚された、なんて言われて信じられるかい?」
「なんだと?」
怪訝な顔をする士郎を見て、当然の反応だとダ・ヴィンチも理解を示す。誰だって、貴方は死後にアーサー王やギルガメッシュみたいな英雄と肩を並べる存在として召喚されますよ、などと言われても困惑するだけだろう。
「信じがたいかもしれないけど事実さ。だから私が知っているのはサーヴァントとしてのエミヤ君だ。歴史に名は残っていないし身の上も教えてくれないから、下の名前すら知らない。分かっているのは抑止の守護者として召喚されること、かなりダーティな事も躊躇なく出来ること、そしてこんな聖杯戦争において自分の願いをかなえるために聖杯戦争に臨むような人格じゃないってことくらいかな」
「……こんな人間をサーヴァントとして呼べるとはそちらも真っ当な身の上じゃないんじゃないか?」
自虐の混じった言葉を士郎は返す。あまりにも荒唐無稽な話ではあるが、汚れ仕事に躊躇がないことやこの聖杯に叶えるべく願いがないということは当たっている。世迷言と一笑に付すには少々適格な箇所をモニター越しの少女は突いて来た形だ。
「まあ、否定はしないよ。そしてこちらのスタンスの話をすると、私も聖杯に対する願いは持っていない。この聖杯戦争……、特異点や異聞帯とも異なる事象のため便宜的に領域と呼称しているんだけど、この領域の解消が私の目的だ」
「具体的には?」
「この冥界からの脱出、またはこの領域の仕掛け人の討伐といったところかな。仲間の救援も呼べるなら呼びたい。少なくともこの異常事態を放置する気はないよ」
「脱出や仕掛け人の討伐の目当ては?」
「まだ何も。ただ、最近噂の深夜0時に開く店の店主なら何かを知っている可能性は高いと踏んでいてね。本当なら今日の今頃にでもコンタクトをとってお話をしようと思っていたんだけど、ちょっとしたトラブルで今日は行けなかったところに君が襲撃を仕掛けて来たってところさ」
つまびらかに自分のスタンスを朗々と語るダ・ヴィンチに対し、士郎は腕を組み、僅かに思考する。
「そちらの目的は分かった。一から十まで信用するほど目出度い頭はしていないが、事態の収拾が目的というなら確かにオレとあんたはかちあわないことになる」
「かちあわない、なんだ。正直なことを言えば協力できないかと思っているんだけど」
「会ってすぐの、しかも訳知り顔でこちらのことべらべらと喋る人間をそこまで信用するほど不用心じゃないんでね。寝首をかかれちゃ構わんさ」
「とはいえ、だ。君だって単独で動くのは少々厳しいんじゃないかな?この前の夜に出現した巨大な竜種のサーヴァントやそれと対等にやりあっていたのが2騎、福生市に降り注いだ光を放った正体不明のサーヴァント。そういった存在に君達だけで対応は出来るかい?」
「なるほど、その辺りの情報はそちらも抑えているという訳か」
「聖杯戦争を勝ち抜くにしろ、生き延びるにしろあれらは避けて通れない巨大な障害だ。せめて頭数を揃えて対応すべきだと思わないかい?」
共闘に乗り気の態度を見せなかった士郎に対し、ダ・ヴィンチは交渉のカードを1枚切る。
おぞましきトロア、
窮知の箱のメステルエクシル、共にサーヴァントの戦闘能力でいえば一級品だ。カルデアへの召喚に応じてくれたトップサーヴァントにも劣らないというのがダ・ヴィンチの評価である。それでもなお足りないと思わせたのが昨夜の都心部上空で起こった騒乱と、それよりも前に起きた二つの市の消滅だ。
エリアごと焦土とするような超高高度からの攻撃に対処できるのか、特異点で遭遇する竜種など鼻で笑うような実力を垣間見せた存在やそれと渡りあえる存在と真っ向から戦う事が出来るのか。単体では難しいというのがダ・ヴィンチの分析だ。
この聖杯戦争を、領域を解決するのであれば必ず向き合わなければならない強大な壁である。それは士郎にとっても共通認識であるとダ・ヴィンチは信じている。
「対象が脱落するまでの情報共有と非戦協定、戦り合う時に勝算があるのなら手を貸すくらいは考えてもいい。たしかにそいつらはこちらとしても目の上のこぶだ」
「うーん、まあそれならこちらも妥協点かな。君、集団行動とか好きじゃないだろうし」
「……面識のない人間が分かった風に人を語るな。まあ、否定はしないがね」
交渉が成立したことに、ダ・ヴィンチは内心で胸をなでおろす。
ダ・ヴィンチとて士郎を完全に信頼している訳ではない。エミヤ・オルタは必要とあればマスターすら手にかけることを厭わないサーヴァントだ。本来であれば競合相手である別の主従を目的達成のために利用することだって躊躇なくやってのけるだろう。そういった冷酷さを持っている事は把握している。だが、その冷酷さは事態の収拾を図るという最終目的に根差していることも理解していた。聖杯戦争における脅威の排除という一点に関しては信用できる相手、それがダ・ヴィンチによる
衛宮士郎への評価だ。
連絡用に通信端末の連絡番号を交換し、話は続く
「じゃあ早速、情報共有と行こうじゃないか。こちらから渡せるものと言ったら、そうだね。今日あった黒い魔獣の使い魔の情報なんてどうだろう?」
「黒い魔獣?」
「うん、ここ江東区で遭遇した。何かを探しているようだったけれど遭遇するなり襲って来たから敵対的と判断していいだろうね。戦闘能力は私や君のサーヴァントなら問題なくあしらえる程度だけど、複数使役される可能性あり、物量で押されたりしたら厄介かもしれない」
「その使役主なら心当りはある」
早速交換した通信端末を使用して士郎からダ・ヴィンチに一つの動画が送られてくる。
そこでは巨漢のサーヴァントに弾きとばされる黒い魔獣の姿をしたサーヴァントの姿が映っている。SNSに流れていた動画だ。
「わお、ビンゴって感じの見た目だ。話し合いは……無理そうだね」
「だろうな。今日の昼に繁華街の方で噂のヒーロー達に撃退されたようだ。別の動画には同じ場所にいた氷と炎の怪人も写っている」
「氷と炎の怪人?それってもしかして巨人?」
「いや、身長は高いが巨人というほどでもないな。こいつだ」
「……あー、よかった。ヤバい奴が呼び出されたのかと思った」
士郎のいう氷と炎の半身をもつ怪人という言葉に、北欧の異聞帯で死闘を繰り広げた炎の巨人の姿を連想し顔を青くしかけたダ・ヴィンチであったが、士郎から送られた二つ目の動画に映った姿を見て安堵の表情になる。
「ところで、もしかしてこの怪人、さっきの魔獣の葬者だと思う?」
「魔獣と一緒にいたんだ。サーヴァントでなければ葬者なんじゃないか?」
「えー、何それ。うーん、遭遇記録のあるイフリータの亜種かな。魔術師とかそういう範疇を越えて人間じゃないよねこれ。対処しなきゃいけない問題がまた増えたなぁ……」
頭に手をあて、ダ・ヴィンチの表情がうへえと嫌気の色を濃くさせる。
明らかに人ではない見た目。妖精種である可能性も考慮しなければならない。
対マスター戦、特に防戦であればシャドウ・ボーダーを有することもあり、ある程度の自身を持っていたダ・ヴィンチであるが下手をすればサーヴァントともやりあえそうな存在がマスターとして存在していると知った以上、より用心をしなければならないだろう。
「あと、こちらで提供できる情報と言えば令呪狩りくらいか」
「令呪狩り?」
「ああ、派手に暴れているやつらの裏で着実に力をつけているようだ。昨日も一組やられた上で腕ごと令呪を持ち去られていた。どんな用途で使用されているかは説明しなくても予想がつくだろう?」
「なるほどね、表にならないところでも危険がいっぱいって訳だ。一先ずこれで危険人物の情報は共有は終わりかな」
「そうだな」
それで用は終わりとばかりに士郎は踵を返そうとして、足を止める。
「俺なんぞよりも、あの自警団気取りのやつらに声をかけるんだな。ああいう”正義の味方”ならお前の提案にも二つ返事だろう。マスクの蜘蛛男の方はともかく女の方は顔も隠さない不用心さだ、他の奴にも目をつけられるかもしれんぞ」
それだけを言い捨てると士郎は夜の路地裏へとその身を溶け込ませていく。
それに従う様にトロアの姿も霊体化したのか掻き消えていた。
「ト、トロア!こ、こんどは、かならず、ぼくが、かつからね!また、たたかおうね!」
何処かへと消えたトロアに向けてメステルエクシルが声を張り上げるがそれに応える声はなにもない。
かくして湾岸地帯の深夜に起きた小競り合いは収束する形となった。
メステルエクシルによって修復の始まったシャドウ・ボーダーの中、椅子に座ったままでダ・ヴィンチは緊張の糸が切れたように脱力する。
「つっかれた~!」
ぐーっと両腕を上方に伸ばし、緊張した体をほぐす様に身をよじる。
突然の襲撃を受け、命の危機を身近に感じながらの交渉の成功。精神と肉体、両方の面での疲労感が小さな身体にずっしりと圧し掛かっていた。
「さて、と。そうしたら朝からの予定を立てないとだね」
脳裏に浮かぶのは去り際の士郎も言っていた自警団の二組だ。この聖杯戦争において参加者以外の人命を守り、周辺被害を抑える行為というのはなんの意味もない。だがそれをさも当然とばかりに行う存在をダ・ヴィンチは良く知っている。
仮に人類最後のマスターがこの場にいたとしたらあの二人と同じ行動に移っているだろう。
だからこそ放っておくことは出来ない。この聖杯戦争において悪目立ちをしているといっても過言ではない彼ら彼女らは優勝を狙う主従に目をつけられやすいだろう。早期の接触が必要だとダ・ヴィンチも理解している。
「問題はこの広大な東京で都合よく遭遇なんて出来ないってことだよねー」
素顔を隠していない少女はともかくもう一人はマスクで完全に顔を隠しており素性の特定はできない。見た目が割れている少女の方であっても人の波でごった返す東京でたった一人の少女を見つけることがどれだけの困難か。呼べば来てくれる、そんなヒーロー物のご都合主義がまかり通る訳がないのだ。
「せめて人通りの多そうな方向にいって遭遇することを祈るしかないかな。この近くなら千代田区に港区に墨田区……うーん、このまま豊洲やお台場を目指してもいいけど……まあ、おいおい考えようか。それに次の夜こそはテスカポリトカにも接触しないとだ」
口に出しながら今後の方針を考えていると、ドルン、とシャドウ・ボーダーのエンジンがかかる。破損したタイヤも含めて修理が完了したらしい。
「お、おねーさん!シャドウ・ボーダー、なおったよ!」
「ありがとう、キャスター!さーて、それじゃあシャドウ・ボーダー再出発だ!」
シャドウ・ボーダーが小さな希望と大きな力を乗せて再び走り出す。
小さな一歩でも前へ、前へ。その先にはきっと光が開けるのだと信じながら、シャドウ・ボーダーは夜の闇へと潜航する。
夜はまだ、明ける気配を見せない。
【江東区・木場/1日目・未明】
【
グラン・カヴァッロ@Fate/grand order】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]無し、強いて言えばシャドウ・ボーダー
[道具]無し
[所持金]潤っている
[思考・状況]
基本行動方針:この領域を解決する
1.朝から一通りの多そうなエリアで商売をする。候補は隣接する千代田区、港区、墨田区のいずれかか江東区に留まって豊洲あたりか
2.ヒーローの2人に接触したいけどどこにいるか分からないよ~!
3.深夜0時になったらテスカポリトカの店に行って交渉する
4.危険そうな勢力には最大限警戒
[備考]
※
衛宮士郎陣営と非戦協定を結びました。連絡先も交換済です。
※江東区において
白面の者を捜索していた黒炎と戦闘し撃破しました。
※黒い魔獣と炎氷怪人陣営(紅蓮&
フレイザード)の見た目の情報を得ています。
※3/31に東京上空で戦闘をしていた3陣営(
冬のルクノカ、プルートゥ、
メリュジーヌ)の戦闘を目撃しています。
メリュジーヌは遠方からの観測のため姿形までは認識していません。
※郊外の2つの市を消滅させた陣営を警戒しています。
※令呪狩りを行っている陣営の情報を入手しました。
【
窮知の箱のメステルエクシル@異修羅】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:ぼ、ぼくが、さいきょう!
1.おねーさんに、したがう!
2.トロア!ま、また、たたかおうね!
[備考]
なし
「良かったのか?」
「あの状況ではあれが最良だったさ。お人好しをまとめて厄介そうなやつらの排除に動いてくれるっていうんならこっちも楽が出来ていい。しばらくはあいつに情報を流せば勝手に動いてくれるだろう。取り決めた契約期限まではせいぜい利用させてもらうさ」
人通りもない裏路地を士郎とトロアが並んで歩く。
「それよりも悪かったな。あんたは仕事をこなしてくれたのにオレの見通しが甘すぎた。ここまで残るような奴らは一筋縄じゃいかないと痛感したよ」
「……」
士郎から告げられた謝罪を受け、トロアは鳩が豆鉄砲を食ったような表情で立ち止まる。
急に動きを止めたサーヴァントに士郎は怪訝な表情を浮かべながら振り返った。
「なんだ、その反応は」
「いや、すまない。短い付き合いだが、あんたからそういう事を言われるとは思わなかったんでな」
「自分のミスだ、謝罪くらいはするさ。ここまでは上手く立ち回ってこれたから機会がなかっただけだ」
やや憮然とした感情の篭った返答を受け、トロアの襤褸に隠れた表情が僅かに緩む。そのことに気付く者は誰もいない。
「それで、明日からはどうする?」
「最優先は令呪狩りだが、黒い魔獣の主従と昨夜暴れていた奴らも警戒したいところだ。後はそうだな、ヒーローの二人が見つかったんならダ・ヴィンチとやらの連絡先でも教えてやるさ」
「そうか」
トロアの相槌には何も返さず、士郎は歩みを進める。話すべきことは話したということだ。
先を行く士郎の背を見ながら、トロアは微かな安堵を見せる。
士郎の方針に乗ったとはいえ、聖杯戦争に乗り気でない巻き込まれた者にまで刃を向けることには多少なりとも抵抗を覚えていたことは事実だ。だが、そう言った参加者たちが一塊になることを士郎が是としたということは、たとえそれが打算的な理由から端を発していたとしてもここからは積極的かつ無差別な殲滅を行わない姿勢だとトロアは受け取った。
帰りたいものがいれば帰ればいい。帰れるのであれば帰ってくれればいい。聖杯戦争が聖杯に願いをもった者達だけによる蟲毒でないと知ったトロアの胸の裡にはそういう想いが涌いている
斬るべきものは
おぞましきトロアである自分が斬ればいい。『こういうことは俺で最後だ』という義父の言葉がリフレインする。そう、この場において死神が必要であるならそれは
おぞましきトロアが請け負うべきだ。そういうのは自分が最後でいい。内なる決意を秘め、トロアは葬者の後を追う。
光無き道を無銘の男と死神は往く。
光差さぬ道を黙々と。歩みが止まるその時まで、黙々と。
【江東区・木場/1日目・未明】
【
衛宮士郎@Fate/Grand Order ‐Epic of Remnant‐ 亜種特異点EX 深海電脳楽土 SE.RA.PH】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]干将・莫耶
[道具]無し
[所持金]食うには困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯は破壊する。聖杯戦争に勝ち抜く気の主従に関しては容赦しない。
1.令呪狩り、黒い魔獣と氷炎怪人、3/31の東京上空でぶつかっていた陣営の調査。優先的に排除したい
2.ヒーローに会ったらダ・ヴィンチの連絡先を教える
[備考]
※
グラン・カヴァッロの陣営と非戦協定を結びました。連絡先は交換済です。
※黒い魔獣と炎氷怪人陣営(紅蓮&
フレイザード)の見た目の情報を得ています。
※3/31に東京上空で戦闘をしていた3陣営(
冬のルクノカ、プルートゥ、
メリュジーヌ)の戦闘を目撃しています。
メリュジーヌは遠方からの観測のため姿形までは認識していません。
※郊外の2つの市を消滅させた陣営を警戒しています。
【
おぞましきトロア@異修羅】
[状態]健康
[装備]魔剣をたくさん
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:斬るべきものを斬る。
1.葬者に従う
[備考]
なし
最終更新:2024年07月17日 16:20