今まで、自分の体型について何か思った事はないのだが。
 こういう時には役立つものなのかと、小鳥遊ホシノは思った。

 死後の世界での防犯意識の程度など知るはずもなく。けれどすれ違う大人はみな丸腰で、警官の腰に提げているのは小さな口径の拳銃と警棒のみ。
 キヴォトスを歩くにはとても頼りない武装がデフォルトと知れば自然と分かる。
 少なくともこの東京───そのモデルになった街は平和だ。人も物資も豊富で、活気に溢れている。
 買い物帰りに通りすがりに銃を突きつけられるケースを想定していない。略奪・暴行が選択肢に登る確率がとても低いのだ。
 それはいい事だと思う。素晴らしいのだろう。
 現にホシノもその恩恵に預かっている身だ。
 愛用のショットガンをキャリーバッグに詰め、盾もトートバッグの感覚で肩に下げていれば、誰かに見咎められる事はない。
 銃刀法なる、ホシノからするとちょっと正気じゃない法律が敷かれていても、見た目学生の少女が銃器を所持してるとは露とも思われない。
 頭上に浮かぶヘイローだけは如何ともしがたいので、そこは日差しの反射の生んだ幻と見間違ってくれるのを祈るしかないけれど。
 疑われる時間を与えたくないので、せめてもの抵抗でやや足早に歩く。

 交友も漫遊も絶っていたのは、身元の露呈と周辺被害を抑える為。
 それを天秤にかけ、出来うる万全の装備を整えて外出したのは、外の変化に応えてのもの。
 心境が一転するのを待たず、戦況は揺れ動く。形のない雲のように。

 急がず、それでいて最短の経路で指定された場所へ赴く。
 尾行や監視の気配もないのを確認し、後は横断歩道を渡るだけの距離になって。

「そいじゃお願いね、アサシン」
「おう」

 最後の曲がり角、通行人の目から隠れられるタイミングでアサシンを実体化させる。
 黒の衣装。赤いマフラー。アドラー帝国軍人に誂えられる軍服を脱ぎ捨てた普段着のゼファーの姿は、気配遮断スキルと併せて英霊の雰囲気を完璧に遮断していた。

「あー、気が乗らねえ……」
「いやいや、話を受けたのは君の方でしょー?」
「即刻あそこから逃げる方便に決まってるだろ。まさか受けるとは分かるわけねえじゃん……」

 互いのサーヴァントを見せ合う。
 一目で葬者だと判明する符丁の取り決めだ。
 眠け眼をこする仕草をしながら、ホシノは扉をくぐって店内の様子を窺った。

 全国展開されてるチェーン店のファミレスである。
 不埒を働くクレーマー客を悪罵するウェイターも、窓ガラスに投げ飛ばして2階から叩き落とす強面のオーナーもいない。
 開店間もない朝の平日は満員にはいかずとも、ビジネス目的や時間潰しにそれなりの客で賑わってる。
 その中の一角……窓から離れ客が通過する事も少ない、即ち会話が聞かれにくい死角のテーブル席に、待ち合わせの相手は座っていた。

「ん、来た」
「お? おお、来たな。こっちだこっち」

 山脈と盆地。
 巨人と小人。
 余りにも大きな筋肉を纏った漢と、人形を抱いた途轍もなく小さな童女。
 雷に当たって染まったような黄金の髪を下ろした英霊を付き従えた、死を封じ込めたような重瞳を収めた葬者。

(うへ~、ほんとにちっちゃい子だ。小学生くらいじゃない?)
(それアンタが言うの?)

 高校3年生でありながら小柄な体格のホシノよりも更に小さい。なのにアサシンづてにホシノに体面するよう要求してきた豪胆さ。騙し討ちもせず先に席に着いて待つ律儀さ。
 据わっている。肝が、尋常じゃなく。見た目通りの年齢とは思えない。
 硝煙と火薬の残り香は嗅ぎ分けられない。ホシノとは随分毛色が違うのだろうが、同じ場所に立っていると直感した。
 血を見た先の、戦う者の立場に。

「注文はまだ頼んでないけど、何か食べる?」
「ありがとね~」

 着席を促す幼女からメニューを受けとる。実質これで面談の合意が成された事になる。
 身元を明かす行為は、相手からの信頼と欺瞞のどちらかが手に入る。
 手札を切ったからには、もう後戻りは出来ない。
 逃げずに進んだ以上、元はちゃんと取れればいいがと、頭で思索しながらメニュー欄を開いた。


 ◆


「まず、前提から確認をしたい。そこを詰めないと話が進まないから」

 簡易な自己紹介を済ませて、寶月夜宵は切り出した。
 自分の前に高々と置かれたチョコレートジャンボパフェの器を挟んで、ホシノを見る。

「私達は今まで一度も会った事のないけど、共通の人物を相手に情報のやり取りをしていた。
 サーヴァント共々諜報に長けていた情報屋。物資や情報と引き換えに、冥界周りやこの街を色々探り回ってもらっていた。
 でも一昨日からそいつとの連絡が途絶えた。まだ依頼してた案件もあるし足取りを調べていたところ、同じ伝手を使っていたあなた達が鉢合わせした。
 この認識で合ってる?」
「うん。おじさんもアサシンからそう聞いてるよ〜」

 接点の一切なかった葬者が会合の場を組む事になったのには当然ながら種がある。
 冥界内の東京を調査するにあたって、何より求められるのは人手だ。
 死亡生存の区別なく強制拉致の葬者に土地勘はない。元から東京という街に住んでいた人間でも、外の環境の激変には対応できない。
 ゼロから全ての情報を集めるには、コストも時間もかかりすぎる。
 命を獲り合う対戦相手とも直に交渉し、人脈のネットワークを形成するのが、未知の地での精確な情報の獲得に繋がる。
 2人が利用していた情報屋も、そうした経路の構築を重視する葬者であった。
 都市でのロールは学生で、特に夜宵は年齢から行動には制限が付きまとう。
 ゼファーも諜報はむしろ慣れた分野だが、本領はそこからの対象地点への潜入と暗殺にある。本人の性質や負担とは無関係に。
 そうした事情で横の繋がりを作っておいたところで突然相手が消息を絶ち、同じ理由で痕跡を辿っていた両名が鉢合わせしたのは必然だった。
 突然の接敵に応戦の魔力を練り出すゼファーに、待ったをかけたのが夜宵であった。
 即座に交戦の意思がないのを告げ、素性と目的を開示。毒気を抜かれたゼファーも最低限の身元を明かし、すると情報のすり合わせと交換の会合を求めてられた。
 落伍者を自認するゼファーだが、戦う気がない者を、況してや幼子に躊躇なく牙を剥くまで堕ちてはいない。
 とりあえずマスターに話を通すと方便だけ繕いその場を後にしてホシノへ報告をすると、意外にも食いつき相手と会うと言ったのが、朝方のことだ。

 昼行灯を装った、いつもの態度と違った積極性。
 こうなる切欠に思い当たる節はある。ホシノとてこのまま安穏と惰性で生還できるわけではないと理解しているのだろう。
 だからこそ降って湧いた他主従との交流は、切り替えにはもってこいの案件なのだ。
 葬者に積極性が生まれたのは、果たしてゼファーに吉と出るのか凶と出るのか。

「会っていた方に聞くけど、そいつに対してどう感じたとかはある?」

 夜宵の質問にホシノの目線が隣に移る。
 ゼファーの席に置かれたのはコーヒーだ。流石に酒を呑む空気ではないだろうと彼なりに場を読んでいた。

「どうって、見たまんまだったろ。
 臆病、小心者、クズ。痛いのは嫌だけど成果だけは欲しい。痛いところがないから自分が他の連中を上手に食い物にしてると大物ぶってるが、一発冷水を浴びればすぐ素面に戻る。典型的な三下だよ」
「うん、私の所感と一致する。やっぱり人違いってわけじゃなさそう」

 散々な言い草に夜宵は擁護せずむしろ追い打ちをかける。
 だいそれた反抗も悪事も犯せない小心さと、その諜報力と情報網は確かなものだったからこそ自由を許していたのだから。

「私はもう少し深い情報を握ってる。そいつは〈双亡亭〉の調査をしていた。それが最後の依頼になる」
「うわ、なんでよりにもよってそこ突っ込ませるんだよ。あんな分かりやすく厄いネタねぇだろ」

 始めの時から面倒臭そうに事務作業で通していたゼファーの目だが、出てきた名を聞いてより露骨に不機嫌で歪んだ。
 都心で探索・調査を進めた人物であれば、必ずその名に行き当たる。
 双亡亭。ただの一度も侵入者を帰らせていない幽霊屋敷。詳細不明でありながら、葬者の未帰還を以て脅威の程を知らしめる禁忌の砦。
 外で派手な被害は出してないが、その沈黙が不気味さをより強調したまま静観している。
 注目の的にはならないが、目を離してはいられない。知りたくもないのに視線が追ってしまう。
 禁忌とされながら興味を唆られ、やはり禁忌であるが故近づくのを忌避する。そんな恐怖を煽る独自の存在感を放つ土地なのだ。

「危険は承知。そもそもこの聖杯戦争に確実な安全手なんかない。どんな手を取ろうとリスクだらけ。
 深追いしないよう、最新の注意を払ってと伝えたけど……」
「気ィ落とすなよ大将。こいつはアンタが背負う責任じゃねえ。予想よりも奴らの手は長く遠く伸びた、ようは向こうが上手だったって事さ」

 サングラスに金髪の大男が夜宵に慰めの言葉をかける。
 厳しい面持ちのバーサーカーの言動と雰囲気は終始明るく朗らかで、子供のような愛嬌があった。
 頼んだ飲料も金色に光るアップルジュースも、筋骨隆々の快男児には似つかわしくないようで、不思議と相性が良い気がしてくる。

「痛えのも辛いのもオレっちに預けな。助けが要るんなら遠慮なく呼べばいい。
 今回招集かけたのも、その為だろ?」 
「んー……、つまりそのそーぼーてい? を何とかするのに協力して欲しいってことなのかな?」

 オレンジジュースの入るコップを置いてホシノが問う。
 変に賢しらに見せず空気を重苦しくしないチョイスだったが、まだ喉には一滴も通っていなかった。

「前置きを抜きにするとそういう事になる。話が早くて助かる」
「まーそういう流れだったからね~。アサシンなんかすっごい嫌そうな顔してたしさ~。
 でもそれっておじさん達にする話なのかな? まだここで会ってお話したばかりなのにさ」
「それは分かってる。あくまであの屋敷の攻略は私の基本方針。これは話をした葬者全員に最初に話してること」
「……そんなに危ないの、そこ?」
「個人的な興味もあるけど……あそこそのものより、今の状況が良くない。
 他に分かりやすい敵がいるせいで、みんなあそこへの対処を優先していない」
「ん〜……幽霊屋敷よりおっかないのがウヨウヨしてるっていうし、そりゃそうじゃない? おじさんだってそう思うよ」

 頑なまでに双亡亭への執心を見せる夜宵。
 僅かに不審なものを感じるホシノだが、いったい何をそこまで憂慮するのか。
 脅威度・損害度を測るならば克明に爪痕を残す敵に注意を向けるべきではないか。
 出不精のホシノでも主だった敵や街の近況はゼファーから聞き及んでいる。ベッドで丸まりながらの傾聴でも内容そのものは逐一記憶に入れていた。
 上空での『龍』の衝突。冥界化とは異なる唐突な地区の消滅。その他大小さまざまな異変。
 身近に目に見える形で、いつ頭上から降ってくるやもしれない破滅に備えるのが道理だし、常道だろうに。

「私のサーヴァントは空を飛べない」
「……あー」

 最短の、はっきりとした理由だった。
 それだけにホシノもゼファーも何も言えない。夜宵の隣のバーサーカーがバツが悪そうに目線を横にした。

「対処のしようがない以上、気を揉んでいても仕方ない。私は私に出来る事を優先する。
 目先で起こる戦いは疎かに出来ないけど、それにかまけて放置していたらそれこそ大事になりかねない。これを見て」

 鞄から出し開いたのは、関東周辺を記した地図だ。
 東京都の外枠と23区以外の地区には赤線が引かれている。各地区には日付けも書いてあり、冥界の進行度を表しているのが分かる。

「23区をここまで残してきた傾向からして、今後は外周部分から冥界に飲まれていく可能性が高い。
 で……双亡亭がある場所はここ」

 指さしたのはほぼ区の中心に位置する豊島区だ。
 読みが正しい場合、豊島区が冥界化するのは戦争の終盤、葬者が五本指で数えられるまで残留する事になる。

「うへえ、幽霊屋敷なのに好物件なんだね」
「そう。そしてあれはただの英霊の敷いた陣地や宝具とは違う。もっとヤバい気配がする。
 戦況が推移してからじゃ間に合わなくなるかもしれない。別の戦いに巻き込まれて消耗もするだろうし、攻めるのは今すぐじゃなくても概要ぐらい決めておきたい」

 スプーンでパフェを掬い、はむ、と口に含む。ご満悦顔になる。なるほど、味覚は見た目相応らしい。

「竜退治は出来る奴に任せる。それ以外のメンツを<双亡亭>に結集させて叩く。これが理想のプラン」

 竜については空中戦が可能か否かの明確なハードルが設けられている。
 自分の手札にそれはないのだから、1から対策を練るよりは、餅は餅屋とばかりに他に丸投げすればいい。
 合理ではある。ただそれにしても恐るべき損切りの早さだ。大雑把と紙一重の博打にも近い。
 いったいこの齢でどれだけ修羅場を掻い潜れば、こんな剛直な精神の小学生が生まれるのだろうか。

「そう自分の都合よく動くもんかねえ?」
「だからこうして色んな陣営と顔合わせをしている。
 それに竜については戦いになっていた。つまり対抗勢力は存在するってことになる。渡りをつけていくのは無駄にならない。
 お互い邪魔をせず、あるいは協調していけば、それぞれの標的を倒しやすくなる。これぞウィンウィン」

 ピースサインを作った両指をくっつけてポーズを取る。
 心なしドヤ顔で胸を張る、微笑ましくもある絵でも、ゼファーは冷えた口調で突き放すように詰問を続けた。

「それが都合よく考えてるって言ってるんだよ、俺は。
 そっちが賢く立ち回ってるのは理解したよ。場数も踏んでて、確かに戦上手だと思う。同じ考えの奴なら合わせてくれるかもな。
 でもそいつは砂の城だ。綺麗に丁寧に作られても、砂は砂でしかない。漣が迫って来ただけで脆い泥になって溶けて消えて無くなっちまう」
「……アサシン?」

 違和感。
 言いようのない齟齬にホシノの肌が擦れた。
 隣に座っていた人がコートの下でナイフを弄んでいたのを見てしまったような。
 身近にある日用品が、唐突に人を殺傷する凶器の機能を持つのを悟ってしまった、そんな違和感。

「訳も分からずあの世に送り込まれて、無理やり武器を握らされて、たった1人以外は生き残れませんって言うだけ言って後は知らねえと放置する。
 そんな場所でいつまでも律儀にルール通り戦います……なんて行儀よくしてる奴らばっかなわけがない。
 葬者も死霊も好き放題に殺して回るのが好きでたまらない殺人狂。死にたくないの一心で精神が砕けて狂い哭く一般人。
 素晴らしい理想、多くが幸福になれる世界とやらの為に少数に死ねと嘯く英雄。
 戦争、殺し合いには、いつだってそんな不純物が紛を込む。いや、そういう不純物が歯車を回すのが戦争なんだ」

 懇々と説く戦いの理屈。
 人は正解だと分かっていても、違う選択をする。理屈で感情感性を制御できるとは限らない。
 その人の内面を占める環境は、必ず成功する正しい答えを容易く薙ぎ倒して間違わせてしまう。 
 夜遊びか仕事にしか俊敏に動かず、酒に潰れて寝転がりてえと日々愚痴る、言ってしまえば駄目な大人の見本市だった男の横顔は、ホシノも見た憶えがない色を帯びていた。

 いうなれば闇の色。
 怒りの鮮烈さはなく、憎しみの激動もない。
 空の彼方。海の底。波も淀みも死に絶えた、不変不動の無明の地。 
 生命が住む余地のない、冥府から漏れた暗黒の色彩だ。 

「自分の考えなんか聞きもしない、聞いても受け入れられない、受け入れたいのに耐えられない……。
 異分子(イレギュラー)だらけの砂が混じった城は、出来上がっても隙間だらけの欠陥品。崩落は避けられない。
 そんな"理"で動かない葬者(てき)に会ったら、君はどうする。どんな末路を辿るんだ?」

 目を据えて夜宵を見るゼファー。やはりそこに夜宵への敵意は込められていない。
 ただの疑問かもしれず、懇願にも聞こえ、哀切であるかのようだ。
 犠牲を成果で洗い流せると信じ切ってる、そんな不屈の英雄みたいな狂奔(もの)を持たないでくれと。

 体温を奪い尽くす冷たい眼光に射抜かれて、夜宵は視線を瞬きせず応じる。
 ホシノさえ息を呑む重圧を、小さな身体を晒し受け止めている。

「……言いたい事は分かる。願いがない者、戦う意思のない者について無理強いする気はない」
「どうせ最後には全員殺すのにか?」
「選択肢は常に残す。脱出の手段があるならそれに越した事はない。協力は約束する。
 万事尽くして、それでも抜け道が見つからないのなら───全員に覚悟を決めてもらうしかない」
「納得すると思うか? それで。残された敗者(いけにえ)達が。
 どんだけ正々堂々でも……堂々だからこそ、戦いは順当に強くて殺し慣れた奴しか勝てない作りになる。分かりきった死を引き伸ばしにした末突きつけるなんて、処刑台の列に並ばせるのと変わりない」
「恨みも怒りも受けて立つ。化けて祟りに来ても逃げも隠れもしない。だからといって殺されてやるつもりもない。
 私には成さねばならない事がある。倫理や正義がそれを阻むから既に捨てた。必要なら悪にも鬼にもなってみせる。
 ……そのぐらいの気概がなければ、目的なんて達成できない」
「───────そうか」

 夜宵が言い終えたのを聞いて、ゼファーは瞑目して背を椅子に預けた。
 脱力していても緊張の糸は張り詰めたままでいる。たち消えない異界の空気がホシノの胃を刺激する。
 殺意が解かれる気配はない。幾度か目にした滅びの魔光は種火ほどの明度もない。
 流石に幾ら何でもそんな軽率ではない───そう弁えていても、"もしかして"と危惧してしまうほど、ここには死の匂いが立ち込めている。

 隣で見ているだけのホシノに彼の内面は測れない。
 何を求めての問いかけなのか。返答が逆鱗に触れたなら、どうするつもりなのか。
 夢という曖昧な情景のみで、見透かした理解者になれはしないのだから。
 図らずとも一触即発の雰囲気になってしまっているのは、少なくとも本意ではない。
 いつものおどけた態度で和ませようと思ってるのに、喉が乾きで張り付いて声が出ない。
 まるで砂漠に取り残された遭難者の気分───思い出しかけた記録を蓋で閉じる。それは今省みるものじゃない。
 指に触れたグラスの感触。そういえばまだ何も飲んでいないなと今さら気づき、乾きを潤そうと持ち上げようとしたところで。


『ご注文のお料理を持ってきましたニャー!』


 電子音声の猫なで声と共に脇に止まる配膳ロボット。
 剣呑さを感じ取りもしない闖入者に皆一様に沈黙してる中、バーサーカーが乗せられたグラスを受け取りに立ち上がった。

「おう、ありがとさん。へへっ料理を運んでくれる猫たあ随分ゴールデンじゃねえの」
『なでなでしてほしいニャー!』

 ……どうやらいつのまにかタブレットで追加の注文をしていたらしい。
 巨体に見合わずさり気ない気遣いを見せるものだ。それともそれだけ2人の会話に意識を割かれていた故か。

「ヒートアップしすぎだぜおふたりさん。ちょいとクールダウンしとこうや。ほら大将も、ココア飲んでけって」
「……ん」

 渡されたココアをぐいと呷って一息つくのを見て、ホシノも切り替えるべくオレンジジュースに口をつけた。
 柑橘類の酸味を抑えて飲みやすくした甘さに、凝固していた体の節々が潤ってく。
 続くようにゼファー、バーサーカーもグラスを掲げ、そうやって念の差し合いに凍えた心身が自然と温められていった。

「アンタ、いい奴なんだな」
「んあ?」

 告げられた意味を解し切れず、ゼファーがカップを取り落としかけた。 

「怒ってんだろ、アンタ。自分の葬者じゃなくて、オレのマスターの為に」

 対するバーサーカーは真顔で、空になったジョッキをテーブルに置きサングラス越しにゼファーを見る。

「こんな子にこんな台詞言わせなきゃならねえこの冥界(せかい)が気に入らねえ───って思ってるんじゃねえのか?」

 それは夜宵にぶつけていた刺々しさとは相反する、喜びと称賛に満ちていた。

「そうだよな……。オレは、英雄は、どうしても違っちまう時があるんだ。
 民の為、国の為なんて大仰なコト言わず……見知った奴を守りてえってだけの些細な願いでも、何でか見失っちまう。より大きなもの……より善いものの為に……ってな」

 ゼファー以上に、ホシノはバーサーカーの成り立ちを知らない。
 気が優しくて力持ちの代名詞にもなりそうな、見るからに明朗快活な好漢。
 そんな眩い功績で彩られた英雄にも、後ろ暗く誇れない記憶を抱えているのだろうか。

「捨てちゃいけねえもんもあるんだよ。どんなに大事な使命があってもよ。
 他人にとっちゃどんだけちっぽけでも、好いた奴と過ごす何でもねえ毎日を想うのは、捨てちゃならねえんだ。
 多分だけどよ、そういうものの為に頑張れる英雄なんだろ、アンタは」

 自然体に、あるがままに。近くにいる人から不安を取り除き、明るくさせてくれる。
 能力の高さだけではなく、確かな実績から培われる光の輝き、照らす強さ……そういう生粋の英雄性の持ち主なのだろう。

 血生臭い殺人者と自嘲するゼファーに彼は同調し、理解を示した。
 英霊の輝きが生む影、凛然なる英雄譚の下に積み上げられる顔の見えない誰かに目を背けてはならないと。

「ああ、いいな。気に入ったぜ。そいつは凄えゴールデンだ。
 大将、オレはいいと思うぜ。胸糞悪い儀式をブッ壊す───こいつらとならそういうゴールデンな事が出来そうな気がするぜ」 
「逸らないで、バーサーカー。決めるのはあっちの方。
 ……今言ったのを撤回はしないけど、別に脅しつける意図はなかった。そこは謝罪する」
「あー……いいってそういうの。らしくもねえ説教垂れちまった。悪かった。」
 ……ていうかなんか俺……今めっちゃダサいことになってねえ?」
「うへへ、そうだね。傍から見たら女の子にガン飛ばしてるおじさんだもんねえ」
「言うな指摘するな聞きたくねぇーっオッサン呼ばわりは特に! 俺これでも全盛期なんですけど? いやそんなんあっても嬉しくねえわやっぱ!」 

 おああああ、と顔を手で覆い項垂れる。本人はたまったものではないだろうが、見慣れた格好悪い姿に戻ってくれて安堵が勝る。
 蟠りが解けてくれたところで、これだけは確かめておきたくてホシノも夜宵に質問した。

「おじさんからもいいかな。夜宵ちゃんはさ、どうしてそんなに戦おうとするの?」

 見た目通りの年の瀬。
 神秘と反発する恐怖。
 刹那に走らず、迷わず邁進し続けていられる、聖杯を欲する目的は何なのか。

「……ママの魂を取り戻して、パパの墓と一緒にいさせたい。私の目的でいえばそれだけ。
 連れ去った奴は、どこにいるとも知れない強大な霊。常道の通じない外道の徒。
 きっと私以外気づかないし、誰も救わない。私がやらないといけない。魑魅魍魎の腹を暴き、神も悪魔も諸共首を晒してでも」
「……」

 自分は交渉全般が上手くないのは分かってた。
 対等な接し方が分からない。大人との付き合い方が分からない。
 独りで戦う勝ち方ばかり鍛えられて、それ以外はとんとおざなりのまま成長した。
 後輩のいる学校を、彼女の愛した自治区を守りたい一新で必死に立ち回っても、風向きが変われば簡単に丸め込まれてしまう。
 冥界の脱出と息巻いておきながら何もしてこなかったのもつまるところ、他人への不信より勝る自信の欠如に端を発していた。
 そこに降って湧いたのがゼファーからの報告だった。
 小さな女の子の葬者が、会合を求めている。
 自分でも驚くくらい足が軽くなった。キヴォトスの生徒でないにしても、大人でなければ肩肘張らずに話せるのではないかと。
 結果はこれだ。自分よりずっと幼いのに目的を定め、遥か先を見ている行動力の化身に、考えの甘さを突きつけられた。
 そこまで突き進む理由、戦う源泉も、今理解した。

 ああ、そうか。
 彼女はもう、とっくの昔に過去(うしろ)を振り返っていたのだ。
 自ら冥界に降り、妻を取り戻すオルフェウスになろうと、伝説に挑んでいる最中なのだ。
 生き返らせるのではなく霊を墓前に連れていくのだから厳密には違うとしても、生命が普遍的に恐れるべき難行なのは共通している。

 ホシノに願いはない。生きて還るだけが望みだ。
 悩みで言えば色々あるし、コロッと解決してくれないかなと思いもするが……最近は何とかなりそうってぐらいには持ち直し始めていた。
 小さな掌には、溢れないだけの大切なものが残ってる。それで満足とすべきだ。 

 そして基本的なスタンスの差異は、どれだけ協調し合えても立ち入れない溝が出来てしまうものだ。

「色々話してくれたけど……ごめんね。すぐに答えは出せそうにないや」

 すぐに敵対する関係にはならない。
 性格についても個人的に好ましく思う。共通の障害が現れれば協力もきっと叶う。
 だとしても、ここで安易に首肯するのは何だかひどく気が咎めた。
 譲れぬ信念でなんとしても勝ち残ると名言する相手に、ふわふわとした足取りのままでついていくのは失礼だし、迷惑をかけるだけだ。
 ホシノはまだ振り切れていない。後ろを振り返りはしないと思いながら、前だけを見て進んでもいない。
 せめてこの迷いだけでも整理をつけておかないと、致命的な踏み外しをしかねないから。

「もちろん構わない。急かす気もないし、返事はいつでも待ってるからここにちょうだい」

 保留の返答にも特に残念がりもせず、すぐさま携帯番号を書いたメモを手渡す。こうした場面は何度もあったのだろう。
 もらった番号を自分の端末に打ってワンコール切り。これで夜宵の方にもホシノの番号が届いた。

「いやあおじさん緊張しいだからさ~。こんなにお話したら考えがまとまらないんだよねえ……アサシンもそれでいい?」
「雇用主はあんただ。雇われは雇われらしく従うさ」

 そうして、銀の運命は黄金と交差した。
 一瞬、刹那、袖が触れ合うだけの微かな縁。
 冥王の牙と雷神の鉞は共に冥府に振り下ろす断界の剣と成り得るか。我が身を裂く逆刃と反転するのか。
 勝者に至る葬送の音は、未だ訪れず。




【世田谷区・ファミレス/1日目・午前】

小鳥遊ホシノ@ブルーアーカイブ】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]「Eye of Horus」(バッグに偽装)、盾(バッグに偽装)
[道具]
[所持金]学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:生還優先。物騒なのはほどほどに。
1.同盟は……もう少し待ってほしい。
2.殺し合わず生還する方法を探す。
3.夜宵ちゃんはかっこいいねえ。
4.後ろを振り返るつもりはない。けど……
[備考]
※夜宵と連絡先を交換しました。

【アサシン(ゼファー・コールレイン)@シルヴァリオヴェンデッタ】
[状態]通常
[装備]ナイフ
[道具]
[所持金]諜報活動に支障ない程度(放蕩で散財気味)
[思考・状況]
基本行動方針:ホシノの方針に従う。
1.同盟ねえ……。
2.なにあのロリっ子怖い。あの英雄ほどイカれてないようなのは安心。
[備考]
※情報屋の葬者(脱落済み)と情報のやり取りをしていました。夜宵が交流してたのと同じ相手です。



寶月夜宵@ダークギャザリング】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]過渡期の御霊、Sトンネルの霊の髪、鬼子母神の指、マルバスの指輪
[道具]東京都の地図(冥界化の版図を記載)
[所持金]小学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:まずは双亡亭攻略。
1.双亡亭ぶっ壊し作戦、継続中。協力相手求む。
2.脱出の手段があるなら探っていく。
3.夜宵の連絡を待つ。アサシン(ゼファー)はおっかなかった。
[備考]
※情報屋の葬者(脱落済み)と情報のやり取りをしていました。ゼファーが交流してたのと同じ相手です。
※ホシノと連絡先を交換しました。

【バーサーカー(坂田金時)@Fate/grand order】
[状態]健康
[装備]黄金喰い
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:夜宵を護り戦う。
1.夜宵に付き添う。
2.ゴールデンだぜ、アサシン。
[備考]

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最終更新:2024年08月27日 22:09