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「……………………」
性格的にも報瀬は人付き合いが苦手な方だ。
嘘である。
報瀬は人付き合いがとてつもなく下手だ。
付け加えるに、思い込みが激しく、計画性もない。
母が消息を断った南極に行くと公言し、それを聞いて無理とせせら笑う周囲を無視して生きてきた。
無理解な連中に理解してもらう気はない。そんな時間は無駄なのだから。
よって交友は切り捨て、使い方も分かってない資金集めに精を出すばかりの学生生活を送ってきた。
母が在籍していたチームに頼めば何とかなる、100万円集めればどうにかなる。
気持ちばかりが先行し、目的への具体的な見通しが立てられない。
ブレーキの壊れた自転車、あるいはロケットエンジンをくっつけた三輪車の如く猪突猛進なのである。
そんなだから、突発的事態への的確な対処法というものにすぐに思いつけない。
思考も理論も追いつかない、ただ感情が爆発するのみだ。
朝の往来の交番付近で、落ちていた大金を入れた茶封筒を拾って持ち主に返してくれた見知らぬ成人男性に、とめどなく涙を流しながら感謝を述べる。
行動自体は筋の通った動機だが、周囲の視線と、その後の対応を何ひとつ考えないままの行動だ。
慌てふためきながらも宥めてくれた男性に泣きながらしがみつき、どうにか落ち着いた頃には後の祭りだ。
休憩所のベンチに腰かけて、以降、一言も発する事なく沈黙している。
やばい。まずい。どうしよう。
混乱から復帰し切ってない頭は解決方法を見いだせず、やらかしたという後悔だけが渦を巻く。
対人強度ほぼゼロ、世間の目に我関せずな厚顔持ちの報瀬だが、ここで居直れるほど常識知らずではない。
これが同性同年齢、同じ学校の生徒同士であればまだ会話の取っ掛かりも見つけ出せただろう。
が、生憎今の相手は男性だ。しかも明らかに成人越え。
その上顔色も悪く着古した服のまま、平日の昼前をブラブラしていている風体。絶対ろくでもない職業に就いている。反社だ。プータローだ。
失礼過ぎる偏見を抱いて、待ち受ける悲惨な運命にただただ萎縮するだけだった。
「………………」
感謝が欲しいわけではなかったが、この仕打ちはどういうわけなのか。
大金の詰まった封筒を拾っても、悪魔の説得に屈する事なく持ち主らしき人物に渡したというのに、依然厄介事は継続している。
過去のトラウマに根ざす自己否定の意識を除けば、人並みの付き合いはできる程度の社会性は持ち合わせている。報瀬よりはずっと。
ただ報瀬とは別の事情で、敷島の対人能力は壊滅していた。
昭和と令和の時代差は数字以上の隔たりがある。
同じ国で地続きの未来だとしても、価値観が一変した社会は敷島にとってはまるで異世界だ。
言語は通じても常識が噛み合わず、金銭住居は始めから無く、漂う空気からして違っている。吸い込んだ肺までもが常時違和感に疼く。
死者の国ですら村八分にされる疎外感は心身を軋ませる。結果、体調全般に響きさらに対話を不全にする悪循環だ。
「あの」
「ひいっ……!」
「あ…………いや…………ごめん」
ベンチの両端で不毛なやり取り。繰り返す都度に五度目。
封筒の持ち主の女学生は泣き止んだが、それきり何も言わず固まってしまった。
時代の異邦人に平成女子との円滑なコミュニケーション術が備わってるわけもない。
何とか流れを作ろうと意を決し話しかけても、怯えびくつかれるので上手く切り出せない。
平日の午前、ベンチで項垂れ黄昏る青年と婦女子の構図が描かれるだけになる。
───どうしろっていうんだよ……。
初めてでは、なかった。
こんな風に突然女性に絡まれ、なすすべなく途方に暮れるのは。
任務から逃げ、仲間の命を見捨ててでも帰った先に待っていた、家も肉親も何もかも失った戦後の祖国。
あの時も、横から走ってきた赤の他人にいきなり赤子を託されて、捨て置く事もできずあやす羽目になったのだ。
大石典子との出会い───戦後の敷島はいつも乙女に巻き込まれてばかりだ。
いっそ、このまま立ち去ってしまえばどうか。
用向きはとっくに済んでるのだ。封筒は持ち主に渡した。中身は一枚だって抜き取っていない。
これ以上留まっても無駄に精神を擦り減らすだけ。
そも最初から見知らぬ他人なんて放って、足早に帰ってしまえばよかった。今からでも一言告げて別れたところで不義理にはならない。
いや……義理なんていう人情を気にするなら、こうして誰かと触れ合うべきですらない。
今敷島は戦争をしている。終わらないままの戦争と、始まってしまった戦争に身を投じ続けている。
戦争は何もかも区別なく吹き飛ばす。そこにいただけの人を、さしたる理由もなく。
太平洋がそうだったように。冥界でもそうなるのだろう。
今の敷島は咎人だ。関わった誰かに、自分が受けるはずだった死を押し付ける呪いに罹っている。
いつここに英霊が現れ戦場と化すかも分からない。そうすればこの子も巻き込まれてしまう。
他人に気を遣える余裕なんて本来なら残してはいけないが……意図して犠牲を増やしていく事もないのだ。
どれほど己を疎み嫌悪しても、性根の善さは二年前となんら変わりないままでいる。
「……」
一方の報瀬も、いい加減流石になんとかしなければと思い始めた。
それくらいの冷静さを取り戻すくらいの時間は経っていた。
両手で握りしめたままだった封筒の手触りを確かめる。
中の厚みは記憶と変わってない。冥界で現実を見失わないよう、毎日確認してきた。一枚たりとも抜き取られてる感じはしない。
つまりこの大人は、落ちている封筒を拾って、わざわざ自分に渡しに来てくれたという事になる。
素知らぬ顔で懐に忍ばしたりも、交番に預けたりもせず。見てくれだけでも苦労してそうな格好なのにだ。
───いい人、なのかな。ひょっとして。
時が経つにつれ、そのように報瀬も思い始める。
世間ずれしてるとはいっても、人並みに常識はあるし良心も動いてる。張り続けてた警戒心も解れる頃合いだ。
お金を盗まず、泣き縋る報瀬を鬱陶しがって引き剥がしもせずここまで付き合ってる男性に、悪印象を抱いたままでいられるほどの性根の捻り方はしていない。
「───あ、の……っ!」
「ん……?」
とにかくお礼は言っておこう。そしてそのまま別れよう。
たまたま親切な人がお金を拾ってくれた。戦争だの竜だので下降しっぱなしだった日常が、少しだけ上向いた、そんな日になった。
それでさっぱりこの件は解決だ。
「あり、あの、あ、ありが、……!」
一ヶ月間、竜を傍に置いた生活ですり減った気力を振り絞ってどうにか感謝を述べようとした、その矢先。
(シラセ? 聞こえてますかシラセ?)
「……っ!!」
腰を曲げ項垂れていた報瀬が、そこで飛び跳ねるように背を正した。
何事かと見回す敷島だが、別段周囲に変化は何もない。
首を傾げる敷島の横で、サーヴァントの念話が入ってきた報瀬は、努めて口を開かないよう、腹話術でもする気持ちで脳内で言葉を紡いだ。
(……何?)
(戻りましたよシラセ。ごめんなさいねえ、落とし物は見つけられませんでした)
葬者の護衛という、サーヴァントの最低限の務め。
冬のルクノカが報瀬から離れていたのは、何もそれを忘れて散策していたわけではない。
学校を来た道を遡って封筒を探すよう、報瀬から直に依頼していた為に外していた。
(ああ……いいよ別に。もうこっちで見つけたから)
(あら、そうですか。それはよかったですねえ)
何もしないよりはと、藁にも縋る思いではあったが、元からあまり期待していなかった。どこまで丁寧に探してくれたのか知れない。
この巨竜の目に映る視界の中で、金封と石塊の区別がついているかどうか。
今もとんだ徒労をさせたにも関わらず、返事は実にそっけない。
気にしていないのだろう、本質的に。報瀬の一喜一憂、言動行動にいちいち思いを巡らせたりなどしない。
振り回されるのはいつだって報瀬の役目だ。
脚を進める、羽撃く、首をもたげる、尾を振るう。
どんな些細な反応でも、竜の傍にいれば天変に遭ったように右往左往するしかなく。
(ええ、失せ物は見つけられませんでしたが、その代わりにシラセに会いたいという方がいたので、連れてきましたよ)
(は?)
このように。
報瀬が何をせずとも、竜の方から災いの実を咥えて戻って来る。
「こんにちは、善なる人よ。神の訪問です」
青天の霹靂に凍りつく思考。
固まって咀嚼ができないままの報瀬の前に、その来訪者は音もなく現れていた。
銀の長髪。
黒のカソック。
片目を覆う眼帯と対称の、地を睥睨する天上人の千里眼。
これほど目立つ風体であるというのに、開けた公園の真ん中にいる報瀬と敷島に、近づいてきたのも気づかせない。
まるで空の上から二人のいる地点に、直に落下してきたとしか思えない。
───事実、後続に配慮せず飛ぶルクノカを追うべく、従者に抱えられて飛んで来た葬者、
天堂弓彦である。
───また変な人が来たぁ……。
さらなる闖入者の出現に、報瀬は露骨に嫌そうに顔を歪めた。
自分の感情に嘘はつけない、隠し立てのできない性格なのだ。
「どうした? 遠慮せず喜ぶといい。迷いと怯えで立ち止まって震えるしかない暗闇に、救済の光が舞い降りたのだ」
「いやすみません、神様とかそういうの興味ないので……」
「謙虚になることはない。お前は神の助けを求めていたはずだ。だからこそ私はここに来た」
「いやほんとそういうのいいんで……」
「神の決定は絶対だ。只人の意見で覆りはしない」
「ぇえ……何なのこの人……」
言い分は聞かないのに自分の主張はゴリ押してくる。
たまに報瀬もやらかす論法を、十数倍に圧を増して返されている格好である。まさか当人は自分が他人からこう見えてると想像だにしないだろうが。
こうなると、どちらに理があるかではなく弁の太刀筋で趨勢が傾く。よって呑まれるのは当然報瀬の方であった。
「なあ、ちょっとあんた……」
有無を言わさず詰められている報瀬を見かねて、思わず敷島が口を挟む。
素性の怪しさは自分が言えた身でもないが、とにかくこの構図では、今後の少女の生活に吉兆が見えてくる気がしない。
関わりを断つと心に決めた矢先に、またしても報瀬の身を案じてしまうのは、捨てられない根の善性の証左でもあるのだが……。
立ち上がった薄汚れた装いの男に天堂の視線が移すと、隻眼をたちまち嫌疑の色に染めた。
「物騒な輩め。平日の往来にそんなものをぶら下げるとは」
「え……っ」
開かれた眼の窪みがひときわ陰影を増す。
凄みを深めた目線の先が、脇に添えたバッグであると気づき……敷島の背筋で冷や汗が出た。
「私を見てから、常に荷物に意識が向き続けているな。私を不審者か何かと勘違いし、撃退する為の手段に使おうとしていたのか。
しかもその質感と重量、警棒やナイフといったチャチなものではない……この国では到底許されまい、悪の業物だ」
「…………っっ!?」
悪寒を超えて戦慄が駆け回る。
見抜かれている。そこに収められている凶器についてまで、何もかも。
正体も目的も不明なままの相手に、ひと目見ただけで手の内を暴かれたのだ。
「これも神のご意志か。哀れな善人を導く為に赴いてみたが……その前に、招かれざる咎人の審判が先のようだな」
身体を向き直し、こちらを見据える姿は、いかにも神父然としていて。
視線に射抜かれた敷島は、弾劾の的にでもされた気分にさせられる。
羞恥を、葛藤を、懊悩を。
今も敷島を焦がす罪の在処を、生きたまま内臓をこじ開けるようにして観察している。
告白しろ。白状しろ。
声なき言葉はまるで数知れぬ瞳の群れ。
囲いのない外であるのに、天堂がいるというだけで、懺悔室の意味を持つ領域を形成する。
こんな意気を放つ人間が死者の影である筈がない。
己と同じ、世界では叶えられない願望を積み上げる死によって実現させようとする葬者に他ならない。
───そう認識したのが、"ソレ"が防波堤を乗り越えるトリガーだったのか。
ベンチを起点に、不可思議な気流が生まれ出した。
「む?」
「な、なに……? 風……?」
三人を逃がすまいと取り囲む軌跡を描く風は、すぐさま木の葉を散らす強風に肥大・成長して吹き荒ぶ。
報瀬たちを巻き込まない空白領域に置いたまま、隣接するビルの屋上に届くまで拡大していく。
突然のつむじ風に慌てふためく住民だが、内部からは声も姿も遮断されて届かない。
巻き上がる砂利と粉塵で可視化された風の壁は、中にいる者を覆い包み、衆人環視でありながら同時に孤立させていった。
「……!!」
これにいち早く察知したのは敷島だ。
突如発生する突風。災厄を覆う災害。
他ならぬ彼が従える狂気の英霊、バーサーカーの出現し、開戦を爪弾く前兆なのだと、誰よりも知っている。
知っているからこそ、誰よりも狼狽した。
この兵器の力の破壊の規模を最も正確に知る軍人だからこそ、それが人口密集地で暴れた場合の被害を恐れるのだ。
『ゥゥウウウウウウ……………!』
不穏を補強するように、地響きを思わせる唸りが聞こえる。
普段はエンジンを切った戦闘機の如く普段は沈黙しているが、敵の存在を感知するとこうして自動的に起動して、怒りの唸りを上げるのだ。
「バ……!」
静止の念を呼びかけてるのに、まったく命令を受け付けない。
ここで始める気でいるのか。まさか、いったいどうして。
最悪の可能性を想定したとはいえ、まさか現実のものになろうとしている事態に、敷島の精神は掻き乱される。
(あら?)
そして機神の降臨の前触れを知るのは、マスターだけではない。
事前に嵐を目撃し、直接戦い、その魔力の名残を直に憶えて生き残っている者が……運命と呼ぶには戯れが過ぎる偶然により、ここにはいる。
「まあ───まあまあまあ! この香り、この風! ああ、忘れようもありません!」
災厄が、増えた。
嵐に相対するは吹雪。
憎悪とは交わらぬ、春の芽吹きの如き歓喜の声が、肉を得た竜の口から恍惚に濡れて零れ漏れる。
「ああ、ああ、シラセ! あなたはどこまで私に幸運を運んでくれるのですか?
あの小さな竜のお嬢さんだけでない、機人の方まで私と引き合わせてくれるなんて!」
「は……は? え?」
公園のど真ん中で実体化したルクノカを見ても、報瀬は事態に何も追いついていけない。
勝手に始めた消滅のアーチャーの戦いでの不完全燃焼。
興奮冷めやらぬ間からの、二騎目の好敵手の気配で、元から緩いルクノカの自制の枷は完全に外れた。
聖杯戦争の
ルール、そんなものは頭から綺麗に消し飛んだ。
「な───あ、ああ……っ!?」
眼前に現れたルクノカは、敷島にとっても衝突事故同様の衝撃をもたらした。
白い雪の鱗肌。冬季の壮麗と苛烈の二面性を体現するような竜。
間違いない。昨夜空中でバーサーカーと争って、引き分けた唯一のサーヴァント。
続けざまに理解する。
碌な判断もままならずとも、本能に根ざす衝動が納得を得る。
こうもバーサーカーが殺気立ち、戦意を露わにする原因。
プルートゥは敷島と感情を同調している。憎しみの原風景を共有し、力に変えている。
全てはあの白光を許さぬからこそ。
時を隔てて敷島に絶望を振るう魔獣への殺意を憶えて、主の意を代行しようと猛っているのだ。
「カアアァアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ウッフフフフフフ!」
プルートゥの叫びが、威容を現界させる。
ルクノカの艶美な笑みが吊り上がる。
主の制御を振り切り、機人と竜の邂逅が再現される。
火蓋は落とされ、号砲は上がった。こうなればもう引っ込みはつかない。空中大決戦の第二ラウンドが再幕する。
加えて一度目の夜空と違って、土地も建造物も住人も密集する市街。
勝敗がどう転ぼうが、もたらされる被害は前夜と比べ物にならない。
鳴り響く嵐の一過には、死神に連れて行かれた魂の抜け殻が残置するのみ。
脱落者を待つまでもなく、領域は内から冥界に呑まれる事になる。
───次の手番が、この男でなければ。
「ランサー、鎮めろ」
厳かに粛清の宣告を受けて閃く流星。
双獣に囲まれて恐懼に囚われた報瀬は完全に無防備。
主の守護という些事を、ルクノカが戦いより優先させるわけもなく。
遮るものもなく最短に一直線で胸元に到達したのは、しかし蒼銀色の刃などではなく……凶器とは無縁の細く白い指先だった。
「大丈夫かい? こんなに震えて、とても怯えているんだね。
無理もないさ。こんな怪物達に囲まれて心細くならない女の子なんていない。
けどどうか安心してほしい。僕と君は敵同士だけど、騎士として、君の肌を凍えさせる真似は決してしないと約束するよ」
戦装束の面を解いて見せるのは、花も恥じらうばかりの眩い笑顔。
それだけで荒れ狂う竜巻が、貴人集う舞踏会の荘厳なオーケストラに変性してしまうような。
童女程の小柄な体軀で、顔立ちも泉に棲まう妖精の如き可憐さだというのに、声も振る舞いも蠱惑的な魅力は薄れている。
纏う甲冑の硬質さは倒錯さに走らず、清純無垢な美少年の雰囲気の向きに最適化されていた。
妖精騎士ランスロット。
妖精國で最も強く、美しい、完璧なる生物。
女王モルガンに着名(ギフト)を与えられた
メリュジーヌを彩る数々の評価は、戦闘の無双のみによるものではない。
社交界での一部の瑕疵も見当たらない礼節、それでいて自らは主役に立たず相手を言祝ぐ奥ゆかしさは、男女問わず目にしたどの妖精もが溜息を漏らす完璧さを誇っていた。
「君の名前を教えてくれないかい、可憐な葬者さん?」
「あ、え……小淵沢、報瀬……」
「シラセ───ああ、素敵な名前じゃないか。響きがじつに君に似合っている。
それじゃあシラセ、まずは落ち着いて椅子に座ろうか。ああ、震えて体が上手く動かないなら僕の手を取って。完璧なエスコートをしてみせよう」
「……ふぁい…………?」
姫に傅く凛然とした騎士の振る舞いが実に堂に入るものだから、妖精の美貌は麗人の清廉に置換される。
このように、耐性のない報瀬は顔を赤くしたまま、呆然と握られた手に誘導されるしかなかった。
「……誰が浮いた言葉で誘惑しろと言った?
私はこの嵐を鎮めろと言ったのだ」
額に青筋を立てて詰問する天堂にも、メリュジーヌはやれやれと肩を竦める。
「戦いの心得がない一般人相手になら、相応しい接し方というのがあるだろう?
女性には優しく。どの世界でも常識だと思うけど」
「神は平等だ。男女の違いで差別などせん。それに最大限慈悲深く接しただろう」
「そうか、モテないんだね。揃いも揃って女性の扱いがなってないよ、君達」
天堂と、勝手に数に含められた敷島は不服そうにしながらそれ以上言葉は出さなかった。
「それで? 場は取り持ってあげたけどこれからどうするの? 流石にこれは予想外でしょ。
ここで戦った方が早く済むと思うけど……それでも続けるのかい?」
「当然だ。神に二言はない。私は神の意思を伝えるべくここに来たのだ」
「まあ、君ならそう言うと思ったけど」
聞くまでもなかったと、蒼騎士の鎧を解れさせ武装を解くメリュジーヌ。
下の衣服を露わにした姿でも戦闘に支障はないとはいえ、事実上の非戦を示す武装解除だ。
夜天で星火を散らした三種三様の空戦騎。
何れも劣らぬ、この聖杯戦争を制するに足る神秘英雄が集いし地で、火より言の葉を以て相対を望む。
言葉だけならば聖職者の鏡だ。そして言葉のみでこの怪物の密集する重力点を平然と収められるわけがない。
それこそ言葉にするまでもないが、天堂弓彦もまた、怪物に連ねる一人の葬者(ギャンブラー)だ
「咎人よ、まずはお前の従者が起こしている嵐を止めさせろ。こうも煩くては懺悔の言葉も届かん」
「……いったい何をしに来たんだ、あなたは?」
「善行だ。冥界で支配者を気取る不届き者がいるのでな、孤立して情報に疎いであろう無知なる者に触れて回っているのだ」
……男の行動の意図が、敷島にはさっぱり読み取れなかった。
敵のサーヴァントを伴って葬者の少女に会いに来て、戦うどころか逆に開きかけた戦端の諫めに入る。
不意を突く機会は幾らでもあったのに全て流して会談の場を設ける。
これでは戦争の参加者ではなく、調停者の振る舞いだ。
「戦いにきたわけじゃない……信じろっていうんですか?」
「信じるだの信じないだの、そんな段階はとうに過ぎているぞ。
私はもう意思を示した。今はお前が答える番だ。
それでも迷えるお前に他に言うべき事があるとしたら、あとはもうひとつしかない」
未だ疑心を拭えない敷島に、なおも変わらず傲岸に告げる。
「神の声を聞け。救われる道はそれのみだ」
強風に煽られ逆立つ銀髪がその時、敷島には天使の翼に見えたのは、取り巻く環境の激変に疲弊した精神が起こした幻影なのか。
いずれにせよ、ふざけた戯言には違いなかった。
敷島の中の神は死んだ。信じられるものも守りたいものも、あの銀座での爆炎が彼岸に追いやった。
背負った呪いがある限り、掌に収まった希望は泡沫の水でしかなく瞬きの内に失われると、念を押して教え込まれた。
縋れるものがあるとすれば、それこそ聖杯の恩寵の他には存在しない。
自らを神と宣い救いに来たと、全能感に酔いしれている男の振る舞いは、滑稽を通り越した果てにある。
埋めようのない空虚が、癒やしようのない苦痛が、貶められ愚弄された憤りに、敷島の凶器の矛先をぐるりと天堂に合わせられる。
「……」
それでも、実在の眼は神父ではなく、少女の方を向いている。
息を切らせて椅子に座り込む報瀬。
ここで戦い始めれば、間違いなく彼女を巻き込む。
直接の攻撃は流石にサーヴァントが護るだろうが、ただの余波でも死に至りかねないほどプルートゥの破壊は容赦なく、報瀬の心身も弱い。
何より生死に関わらず……以後の報瀬を聖杯戦争の葬者、倒すべき敵と見做さなければならなくなる。
既に幾度も挑んできた葬者を撃ってはいる敷島だが、反撃で兵士の命を奪うのと、民間人に銃を向けるのでは、求められる覚悟の質が違いすぎる。
前者はまだ戦争でも、後者になればそれは虐殺だ。
どれだけ自身を呪い、絶望していても。
実戦を経験せず戦争の深部に触れずに終戦を迎えた敷島には、最後の一線を超える覚悟───狂気が芽生えてはいなかった。
「バーサーカー、止めるんだ」
プルートゥに停戦の意思を伝えると、全天を覆っていた風のドームはすぐさま勢いを減じていき、数分もしないうちに元の景色を取り戻していった。
前触れのない乱気流が発生して数分で雲散霧消……衆人環視の中にあっては隠蔽しようのない大変化に反して、外は静まり返っていた。
災害から避難してではなかった。
通行人は当たり前のように道を歩き、日常のルーチン通りに生活を送っている。
実体化したままのルクノカにもプルートゥも、目線すら向けず何事もなく通り過ぎるばかりだった。
「住民の思考を操ったか。バーサーカーにしては小器用な真似をするのだな」
周囲の反応を観察した天堂が原因を察する。
電磁波を飛ばして人工知能のスロットが抜け落ちたロボットの残骸を操作した逸話がプルートゥにはある。
その逸話は自我のないNPCといえる領域内の住人に干渉して、遠隔操作を可能とするスキルに改められていた。
「あなたの提案を呑んだわけじゃない。ここで戦うのはこっちが不利だと判断しただけだ」
この至近距離で戦えば、余波で巻き込まれる危険があるのは敷島も同じだ。どの道戦うには仕切り直さねばならない。
冷静な兵士の思考でそう繕って、敷島はひとまず拳を収める方向で落とし所をつけた。
「あら、戦わないのですか?」
停戦の流れで固まっていた空気を、ただ一人は一切読まずに意気を継続する。
首をもたげ見下ろしてくるルクノカにも、天堂は神の姿勢を薄れさせず、睥睨するのはこちらだと言わんばかりに顎を反るまで見上げる。
「さっきの話をもう忘れたのか。竜というのは揃いも揃って鳥頭なのか?」
「え? それって僕も含めてるの?」
ささやかな当てつけに抗議の目を向けるメリュジーヌを無視して続ける。
「アーチャー。お前は神の寄付を妨げ、罪人への裁きを妨げた迷惑極まりないクソ害悪だが、そのデカい図体を片手間で消すのには手間がかかりすぎる。
そして予想通り、お前の葬者は竜の手綱を取り損ねた哀れなる只人。この分では早晩寝首を掻かれる事だろう」
「あら、それは困りますね。シラセが死んでは私は少ししか戦えなくなってしまいます」
冬のルクノカは葬者という要素を、生前における『擁立者』に近い立場であると介錯している。
地上最大の人間国家である黄都の軍政を一手に握る官僚、黄都二十九官。
各々が認めた強者を揃って競わせ、勝ち残った唯一を『本物の魔王』を倒した『本物の勇者』とする───。
内実はどうあれ、そうう触れ込みで始まった六合上覧で、ルクノカも勇者候補の一人として選ばれた。
それが二十九官の中で最も非力で、卑俗で、凡庸な男であり、黄都の未来より個人の確執を優先した羽毟りのハルゲントだとしても。
凍土で独り来るはずのない強者を待つだけのルクノカを、自らを討ち得る修羅と引き合わせてくれたのは、ハルゲントだけだった。
舞台を設え、時刻を指定し、相手を見繕った。
だからルクノカはハルゲントに感謝してるし、試合の途中で療養し代替の擁立者が現れた時は少し残念にも思った。
それと同じ、同一の理由で。
冬のルクノカは小淵沢報瀬に感謝を抱き、庇護する対象だと理解している。
彼女の死が、自身の現界時間を縮め戦う時間を減らすと分かっている。
クリア・ノートの時然り、強敵と遭遇すればすぐに忘却してしまうとしても。
もし死んでしまっても、『残念だけどその時は残る時間を使い切るまで存分に戦い続けましょうか』と考えてはいても。
まだ皮の一枚、本当にギリギリで、欲求を抑えて、相応しい場と敵を吟味するまで待っていられる理性が働いているのだった。
「……あの。何やったんですか、コイツ」
聞きたくないが無視しても嫌でも入ってくると観念したのか、嫌々ながらおそるおそる聞いてみる報瀬。
「先程まで耄碌した老人の人形と争い、地区ひとつを更地にしたところだ。
私が仲裁に立たねば限度なく暴れ回っていただろう」
「……!? ……っっ!!」
開いた口が塞がらない、と表するままの顔だった。
猛然とルクノカに振り返った報瀬は、パクパクと口を上下させている。
言いつけをひとつとして守らないで帰ってきたポンコツドラゴンに愕然となり、叫びたくなるのを喉元で押し留めている、そんな表情だった。
そして報瀬は自覚してないが……同じ初対面であっても、敷島の時と違って天堂とは会話が流暢に行き交っていた。
明らかな危険人物というフィルターが、却って気つけ薬のように報瀬の自意識を呼び起こす作用を働かせている。
これを天堂が知れば、神の威光を前に心が前向きになったとか、勝手に解釈して陶酔に耽っていただろう。
敵対していようと相手に自然と胸襟を開かせ、詳らかにさせる───神父という職業と併せて、そのような気質を天堂が持っているのは疑いようがない。
1/2ライフのギャンブラーの手筋とはこのように。神の人心掌握は既に始まっている。
「前置きが過ぎたな。では布告を始める。
なに、心配するな。存分に悩むといい。神はいつまでも待てるぞ」
まだ名前も名乗っていない神は、困惑する両者に穏やかに微笑み、罪を抱える迷い子を導く使命感で陶酔していた。
後光が差すぐらいに。
【墨田区/1日目・朝】
【天堂弓彦@ジャンケットバンク】
[運命力]消費(小)
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]不明
[所持金]手持ち数十万円。総資産十億円以上。
[思考・状況]
基本行動方針:神。
0.迷える子羊と咎人に救いの道を示す。導きも神の務めだ。
1.〈消滅(クリア)〉の主を討つ。神罰を騙るな、ブチ殺すぞ。
2.
クロエ・フォン・アインツベルンとそのアーチャーは善人。神も笑顔だ。
[備考]
※数日前までカラス銀行の地下賭場で資金を増やしていました。
その獲得金を用い、東京各所の監視カメラを掌握しています。
カラス銀行については、原作のように社会的特権を与えられるほどの権力は所有していないようです。
※この話の前に予定通り教会に寄りました。そこでした事に関してはお任せします。
【ランサー(メリュジーヌ)@Fate/Grand Order】
[状態]疲労(中)
[装備]『今は知らず、無垢なる湖光(イノセンス・アロンダイト)』
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:神の近衛。
1.女性は優しくエスコート。基本でしょ?
2.アーチャー(
石田雨竜)はなかなか面白そうだったんだけど、ぜんぜん乗ってきてくれなかったや。残念。
3.〈消滅〉を討ちたい。マスターの言葉を結構根に持っているよ。
[備考]
※天堂の命令でルクノカと個別戦闘をさせられたので、他の二騎より少し疲れています。
【敷島浩一@ゴジラ-1.0】
[運命力]通常
[状態]空腹。
[令呪]残り3画
[装備] 十四年式拳銃(残弾8/8)
[道具]中古のバッグ
[所持金]130円
[思考・状況]
基本行動方針:戦いに勝ち抜き、自分の中の“戦争”を終わらせる。
1.なんなんだこいつら……。
2.とりあえず空腹を何とかしたい。
3.こんな子があの竜の葬者……。
[備考]
定められた住居を持っていません。
現在は日雇いの肉体労働をしながら浮浪者のように生活しています。
【バーサーカー(プルートゥ)@PLUTO】
[状態]正常。
[装備]無し。
[道具]無し。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:憎しみのままに戦う。
1.■■■■■■■■■■■■■
[備考]
無し。
【小淵沢報瀬@宇宙よりも遠い場所】
[運命力]通常
[状態]しらせは こんらんしている!
[令呪]残り3画。
[装備] 封筒に入った99万円。
[道具]通学用カバン。
[所持金]30000円(冥界でのアルバイトで得たもの)
[思考・状況]
基本行動方針:優勝する……で良いんだよね……。
1. なんなのこの人……。
2.ぜんぜん言いつけ守ってないしこの竜……。
[備考]
現在の住居は台東区にあります。学校は墨田区のため、電車通学をしています。
【アーチャー(冬のルクノカ)@異修羅】
[状態]全身に消滅の影響による肉体摩耗(小)。でもまだまだ元気いっぱい。やる気いっぱい。やや欲求不満。
[装備]無し。
[道具]無し。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:喜びのままに戦う。
0. 早く戦いにならないかしらねぇ
1. シラセの落とし物は見つかってよかったですね。
2. ウッフフフフ! 早めに会えて嬉しいわ、好敵手(おなかま)の竜のお嬢ちゃんと機人!
[備考]
最終更新:2025年03月02日 23:13