薄明の空が破滅に蹂躙された夕暮れにて、冥界に招かれた葬者及び英霊の多くが危機に晒されている。
この一月、既に両手で収まらない数の都市が消滅した。
圧倒的な魔力。絶対的な悪意。爆発的な壊滅。徹底的な蹂躙。たった一組による絶望の恐怖劇は止まらない。
葬者と英霊、更に冥界の住民が生きた痕跡は遺らず、聖杯戦争の勝者が決定付けられる。邪念によって未来永劫の戦火が燃え広がる。
「ーーあら」
しかし、最凶の砲撃によって冥界各所が悲鳴をあげる最中。
凶悪度合で言えば天の厄災に匹敵するドラゴンが大翼を広げていた。
「あら、あら、あらあらあらあらあら! ウッフフフフフフフフ!」
警告、警報、警戒。ありとあらゆる戒めや知らせを受けても、高らかに笑う。恐怖や絶望とは無縁の巨竜がいた。
一つの大陸を”冬”に染める凍術士(サイレンサー)にして、弓兵(アーチャー)のクラスで召喚された竜(ドラゴン)。
4月1日の黄昏時に開幕した恐怖劇(グランギニョル)は、
冬のルクノカにとってむしろ祭典だ。
圧政、暴政、虐政。如何なる強権を突きつけようと、このドラゴンは全てを撥ね除ける。
理屈ではなく、消滅を制する純粋な力があった。
「ウッフフフフフフ! まさか、あなたの方から挑んでくれるなんて嬉しいわ!」
興奮、歓喜、昂揚。台東区を舞台にした”消滅”との死闘はルクノカの記憶に新しい。
人間(ミニア)と変わらない体躯には果てしない力が凝縮され、細い手足を振るうだけで破滅を引き起こす。
根拠、証拠、理由。裏付けなど何一つないが、彼による砲撃が放たれたのだとルクノカは本能で察した。
空の彼方から光速で迫る純白。
一度はみすみす取り逃がしたが、彼自らが挑戦状を叩きつけてくれた。
お預けを食らって間もない再戦に昂ぶり、ルクノカは実体化と共に飛翔した。
c o c h w e l n e
「【コウトの風へ 】」
竜の口から放たれた清浄な声。
それは詞術に必要な詠唱。ある世界では意思疎通のために用いられ、特定の現象を引き起こす技術だ。
その詞術で、かつてルクノカは世界を冬に染めた。僅かな一息で広い彼方を凍結させた。
そして数時間前。
クリア・ノートという消滅に、ルクノカは冬の現象を引き起こしている。
焼き増しになろうと関係ない。厳密には、クリアの宝具として再現されたザレフェドーラの砲撃だが、彼女の感情は昂ったまま。
悦びのまま、冬のルクノカは三度目の冬を冥界にもたらした。
c y u l c a s c a r z
「【果ての光に枯れ落ちよ ――】」
彼方にいるであろう彼にルクノカは確かな想いを寄せていた。
冷気と破滅が衝突し、世界が怯える。
ルクノカの息で夕焼けは純白に飲まれ、凍りついた。
指頭の先で世界一つを丸ごと塗り潰す驕慢極まりない神の破滅など、ルクノカからすれば待ち焦がれていたご馳走そのもの。
悪逆の暴君がいくら嘲笑おうとも、ルクノカもまた愉快愉快と嗤うだけ。
ザレフェドーラが操る巨砲から連射される消滅は葬者のみならず英霊にとって恐るべき驚異だ。
羽村市及び福生市の消滅を機にクリア・ノートの恐怖は広く知れ渡った。
だが、恐怖を認知したからと言えど、誰もが実際に震えるとは限らない。このルクノカに至っては、もっとよこせと言わんばかりにブレスを放っている。
(アーチャー、何してるの!?)
そんな彼女を咎める念話が脳裏に響く。
動揺、恐怖、戦慄。声の主は、ルクノカにとって要石となる
小淵沢報瀬という人間(ミニア)の少女だ。
既にルクノカの独断行動は把握されている。
(何って……向こうから攻撃されているのですから、私は反撃しているだけですよ?)
(いや、そんなことしてなんて頼んでない! 早く戻ってきて!)
(いいえ、いけません。これは恐らく、私が戦ったかの破滅によるもの……私が出なければ、シラセは殺されます)
孫娘に言い聞かせる老婆のように、ルクノカの声は穏やかだ。
事実、その理屈は正しい。
理性とは無縁の白竜であっても物の道理は弁えている。己の享楽を満たすにはマスターの報瀬が必要不可欠だ。
そしてこの砲撃は小淵沢報瀬のみならず、
敷島浩一及び
天堂弓彦も標的だ。人間(ミニア)三人を守れる勇者に成り得るのは、冬のルクノカ以外にいなかった。
(あと、ランサーとバーサーカーのマスターにはシラセから伝えて欲しいです。ここは、このおばあちゃんに任せて、シラセを守って欲しいと。もちろん、私と戦いたいなら別ですよ?)
そう言い放つと、報瀬からの念話は途絶える。
実際には返す言葉を失っただけ。しかし当のルクノカは、シラセは納得してくれたようだと都合よく解釈した。
少なくとも、間違えてはいない。
ここで英霊全員が出払っては、葬者側が無防備になる。戦いの余波から守ってくれる誰かがいれば、ルクノカも心置きなく戦えた。
無論、ルクノカとしても英霊二体との再戦は望ましいが、まだその時ではない。ルクノカの翼さえあれば、このまま破滅の元に進撃すらできるが、それではシラセが一人になる。
雀の涙、いや蚊の涙程度の自制心が機能して、彼女は守護者となった。
「ウッフフフフフフフ! そうよね……アレだけで終わるわけがないものね! 本当なら、もっとあなたも楽しみたかったのね!」
心機一転、気分一新、緊褌一番。意識を切り替えた頃には、ルクノカは両手で数え切れない破滅を迎撃していた。
第二波、第三波が来ようとも同じ。底知れぬ悪意による破壊など、ルクノカは恐れない。
幸運にも彼女の首は上を向いていた。破滅の砲撃は雨あられの如く飛来した都合上、否応なしに迎撃の体制になる。
葬者三人及び英霊三体が標的になった極光を、一つたりとも余さずに排除する力がルクノカにあった。
ルクノカは決して逃げない。その背後には守るべき少女がいるのだから、害を及ぼそうとする敵は誰だろうと逃がさない。
「ウッフフフフフフ! ウッフフフフフフフフ! ウッフフフフフフフフフフ!!」
冬と破滅の衝突は止まらない。
冬と破滅の激突は続いていた。
冬と破滅の拮抗で世界は傷付き、震えるだけ。
降り注ぐ破滅が収まるまで、巨竜はひたすらに笑っていた。
◆
「大丈夫かい、シラセ?」
宇宙よりも近く、だが地上よりも遠い大空で竜が笑う最中。
アーチャーこと冬のルクノカのマスターである小淵沢報瀬はパニックの余りに縮こまっている。
隣にランサーのサーヴァントーーメリュジーヌから気遣いの言葉を投げかけられても、報瀬は首をふるふると振るだけ。
「えっと、私に任せて欲しい、って……アーチャーは、言ってました」
預かった伝言を、簡潔に話すのがやっとだ。
神を自称する不審者の訪問に続き、ルクノカと消滅の戦いで台東区のほとんどが消し飛ばされたと聞いて、報瀬は混乱していた。
そして逢魔が時を過ぎた頃、突如ルクノカは空に羽ばたいたと思いきや、我が物顔で世界を引っかき回した。
余波で、周辺がピリピリと震えていき、報瀬の思考が乱れる。
「やはり、か」
絶え間ない震動と爆音に、眉一つ動かさずに呟くのは、神。天堂弓彦の視線はここよりも遠い彼方に向けられていた。
現在、報瀬たちがいるのは神の拠点である墨田区の某教会。数時間前、福音を届けるために邪魔が入らないようにと誘導された。
荘厳なステンドグラスに圧巻されながらも、この冥界で起きた数々の異変について教えられた。そのほとんどが寝耳に水で、既に頭がパンクしかかっている。
天堂弓彦は教会に戻った後、聖杯戦争に関する情報収集を行っていた。
冥界の脅威は消滅<クリア>だけではない。掌握した東京各所の監視カメラと、懺悔室に現れる信徒の口によって、神は不穏な空気を幾つも察知している。
パソコンを開き、台東区で暴れるドラゴンと破滅の映像を見て、従者と共に現場へ急行した。
そんな神の仕事部屋に積み重なったのは、この一ヶ月で信徒たちに集めさせた新聞や雑誌、あるいはSNSや動画サイトのスクリーンショットを印刷した用紙だ。
例えば、東京で頻発する有毒性の濃霧。
または、ヘイローを持つ珍しい女学生たち。
一例として、豊島区に構えられた<双亡亭>なる謎の屋敷。
例を挙げると、葬者の令呪を何らかの手段で強奪する『令呪狩り』。
更に例示すれば、装甲車に乗って冥界各地を駆け巡る謎の行商人までいる。
当然ながら、冥界各地で暴れ回るドラゴンの記事が載った新聞もあり、その正体はルクノカだと察して報瀬は目眩をした。
そして今ーー危険度で言えばルクノカに勝るとも劣らない脅威に、冥界は脅かされている。
神託(じょうほうていきょう)の際、サーヴァントたちは待機する手筈だったが、ルクノカだけは無断で迎撃に向かった。
それを追いかけて報瀬たちも外に飛び出すと、天からの神罰を目撃して、今に至る。
「これは、あの咎人の破滅だ」
「予想をしていたのか?」
「当然だ、神は常に未来を見ている。奴は、遠からずして全ての葬者と英霊の殲滅に動くと読んだ。そして、神を含む全てを消し炭にする目論見だった」
敷島浩一の疑問に、さも当然と言った様子で応える天堂。その声色には、確かな憤怒が滲み出ていた。
「その程度で神を討てると図るのは笑止……だが、迷える子羊たちはそうではない。卑劣にも、あの咎人は神を信仰する尊き善人から討ち滅ぼそうとした」
「……それにしては、早すぎる。まさか、あなたが出る暇すら、与えないつもり、だったと」
「神は多忙だ。如何に神だろうと、"善き人々"の救済と咎人への神罰……一度に総てを成し遂げられない。奴は救えない咎人だが、相応の知恵者でもある」
異常事態にも関わらず会話を続けられる男二人も、報瀬は異常な光景に映った。
どうして、こんな時に平然と話せるのか? ただ、南極大陸を目指す女子高生でしかない彼女では理解できない。
他者の嘲笑を振り切りながら夢に突き進む小淵沢報瀬だが、人の『死』とは縁遠い少女だ。極寒の地に母親を奪われたからこそ、立て続けの犠牲に我関せずでいられるメンタルは持たない。
英霊三体だけでなく、平成及び令和の時代における平穏な日常とは程遠い空気を漂わせる男たちも、彼女の心を確実に削っていた。
方や敷島浩一は、第二次世界大戦という最早歴史で語られるべき時代から連れられた男。
方や天堂弓彦は、時代こそは報瀬と共通しても生きた環境はまるで違う。
常に命の奪い合いをした男たちと、ただの女子高生が価値観を共有することは極めて困難だ。
「もう一度、話をした方がいいんじゃないかな」
「えっ?」
「シラセ、さっきマスターがした話を覚えてる? どうして僕たちが現れたのか、また君たちに何を求めているのか……答えられそう?」
「んーっと……」
メリュジーヌから問われるが、報瀬の頭は働かない。働いてくれない。
既に混乱を通り越して、彼女の頭は混沌とした。世界で起きた出来事と、また周りの人間が発している言葉……ドラゴンが区画を吹き飛ばしたと聞かされた後では、上手く受け止められない。
キャパシティがとうに限界を超えた報瀬では、膨大な情報量を咀嚼しきれなかった。
「……ご、ごめんなさい」
「悔やむことはない。無知を自覚し、自他を誤魔化しなどしない……その在り方は実に尊いものだ」
天堂は微笑んでいた。
余りにも嘘くさく、一目見ただけで信用を拒む。
だが、正直に話したことが功を成して、余計なトラブルは引き起こさずに済んだ。少しでも嘘をついたら、この自称神は激怒しかねない。
必要となれば女子供の顔すらも躊躇わずに全力で殴る。そういった人種だ。
「神は言った。存分に悩んだ末、己の答えを出すことを待つと。望みとあらば、神の意志を繰り返し伝えるとも。
私が来訪したのは、この冥界を食い荒らそうと企む消滅の警告だ」
数時間前、冥界の時計が午前を指した頃に神が訪れた。
その目的は報瀬と敷島に己が意志を伝えるため。教えを繰り返す程度は神にとって苦ではない。
布教活動において、不特定多数に向けて聖典(かみのこえ)を届けることは日常茶飯事だ。
「我々が相対した消滅は、その強大な魔力で既にいくつもの都市を蹂躙したことは、覚えているな」
「……羽村市と、福生市、でしたよね?」
「そう。奴はその気になれば、冥界全域を瞬く間に消し炭にできた。あの連続砲撃こそがその証左……今まで、それに及ばなかったのは、己が力を誇示することが目的だ」
聖杯を狙う神により、既に何組もの主従が手にかけられた。
されど、無意味な犠牲を望まない。時と場合では受け入れても、己が使命を忘れる神に非ず。
最後の一線を越えるまで、善き心の持ち主を導くつもりでいた。
「今、お前がそうして震える姿こそ、あの咎人がもっとも欲しているものだ」
批判や嘲笑ではなく、純粋な事実が天堂により突きつけられる。
報瀬のように切実な理由はない。悪意という名の欲望を満たすため、破滅を繰り返している。あるいは、破壊衝動が途方もなく膨れ上がった末の凶行。
その破滅を打倒する手段として、神は他葬者への情報提供も欠かさない。
「……私たちより前に、他の主従にもお話をしたんでしたっけ?」
情報と共に思考が整理され、埋もれていた出来事が報瀬の言葉として出てくる。
4月1日の朝、天堂とランサーは他の主従と繋がりを作っていた。時間にして、小淵沢報瀬にとって命とも呼べる100万円を無くした辺りだ。
「ああ。かの幼子と、弓兵(アーチャー)は善人だ。共に消滅を討つ良き協力者にも成り得るだろう」
「その二人は、あなたをきちんと信用しているのか」
だが、天堂の言葉に敷島は待ったをかける。
見知らぬ葬者が善人でも、この男を鵜呑みにしてはダメだと注意するように。
「いざとなった時、あなたは二人を切り捨てないって言えるのか?」
「否、神は時として無慈悲となる。だが、あの主従は神の駒に成り得る可能性も受け入れた。合意の元で、だ」
知らない人について行ってはいけない、と大人から注意される。
ありふれた例えだが、今更になって痛感した。
何の前触れもなく冥界に連れてこられ、元の世界の縁者は誰一人いない生活を一ヶ月も続けて今更だが、これほど変な大人は見たことがない。
数時間前から、天堂の勢いに押されっぱなし。もし、敷島が不在であれば、今頃どうなっていたか。
「あの、天堂さん……<ヒーロー>さん? たちに、会いに行かなくていいんですか?」
ふと、口から出てきたのは、この冥界で過ごすうちに自然と覚えた流行語。
クラスメートの噂話か、あるいはニュース番組の流し見か……とにかく、何かのきっかけで認知した。
しかし、会いに行く気は欠片もない。
人命救助や治安維持に勤しむ正真正銘の<ヒーロー>は、報瀬には眩しい。眩し、過ぎた。
アーチャーという災害のマスターになった今の自分など、<ヒーロー>からすれば悪人に過ぎない。
もう一つ。大きな理由として、面倒だった。
傍から見たら馬鹿げているかもしれないけど、とにかく面倒くさい。
学校と自宅の往復、そして日々のアルバイトだけでも必死なのに、超巨大な同居人にストレスが溜まっている。
伝聞でしか知らないけど、<ヒーロー>のことは本当に立派だと思う。でも、関わりに行くだけの余裕はなかった。
根本的に、居場所がわからない人のことを探しに行くモチベーションだってない。
その一方で、報瀬だって<ヒーロー>の安否を気にしていた。この神の意識を他に向けさせる目的もあるが、これほどの一大事件が起きた後では流石に心配が勝る。
「善き<ヒーロー>の身を案ずるとは実に殊勝だ。神も微笑む」
「ど、どうも…………」
「だが、この火急の要件で、彼らは人命救助に勤しんでいるはずだ。<ヒーロー>から声がかかれば別だが、そうでなければ余計な介入はしない。神だからこそ、善行の妨げは許されない。
神と<ヒーロー>、人々を導く立場では同じだが、その手段が異なる時もある」
天堂はここから動かない。
神を自称するからには、己が国家権力に等しいと本気で思っている。
地震や台風などの自然災害が起きた時、知事の要請があって自衛隊は被災地に行けると授業で習った気がした。
天堂の中ではそんな理屈が働いているのだと、報瀬は諦めた。
「そして<ヒーロー>は、文京区にて怪物たちと対峙しているはずだ。本来ならば、我々も駆けつけるべきだったが、己が役割を中途半端に投げ出すべきではない」
冥界を脅かす厄災は、区画そのものを吹き飛ばすドラゴンや消滅だけではない。
人間を食らう二体の怪物もまた、神が誅伐を下すべき邪悪。神が台東区から墨田区に移動する裏で、<ヒーロー>の挑発としてNPCを無差別に屠った。
人の心を持たない。まさに悪鬼羅刹の所業を聞いた時、報瀬は震え上がった。敷島は憤りで拳を握り締めた。
目の前の神も、顔色こそは変えなかったものの、確かな怒りを燃やしていた。
「奴らを野放しにしたのは、神の責任だ。決して言い逃れはしない」
「なら、僕たちで退治に行くべきじゃないかな」
「逆に聞こう、ランサー。この哀れな善人たちが、無知のままで構わないと言えるのか」
そう。
天堂に言われるまで、報瀬と敷島は怪物のことを何も知らなかった。怪物以外の異変についても同じ。
報瀬は精神の疲労で聖杯戦争に関する情報収集ができず、敷島に至っては察知するための手段を全く持たない。
もし、神が降臨しなければ、どこかで件の怪物たちに襲われた可能性もあった。
「この男……敷島浩一は、現代社会に必要な常識と知識について、必死に学んでいる最中だと、お前も知ったはずだ」
敷島を見る天堂の目から棘が抜けている。数時間前の鋭利な雰囲気は鞘に収まっていた。
価値観こそは常人から大きく逸脱する一方、並外れた観察眼や先見性を持ち、ありとあらゆる嘘と隠し事を見抜く。
まさに神眼。伝道の傍らで、敷島浩一がどの時代に生きた人間かを看破した。
昭和20年。西暦にして1945年、日本のみならず世界史にも刻まれた第二次世界大戦に参加した兵士。
報瀬からすれば、敷島浩一は歴史の証人。悲惨な戦争経験を後世に遺す語り部だ。
……だが、戦争を生き抜いた矢先、また別の戦争に巻き込まれる。流石に報瀬も心から同情した。
「お怪我はありませんか、シラセ」
「ッ!?」
唐突に声をかけられ、報瀬はその場で飛び上がる。
現れた白竜の巨体に視界が圧迫され、その場の空気が重さを増した。冬のルクノカは傷一つ無く健在で、破滅の襲来があっても威圧感は微塵も衰えない。
むしろ、お預けを食らった鬱憤晴らしができて、清々しそうだ。
「あ、アーチャー……!」
「ウッフフフ……あぁ、楽しかった。やはり、あの程度で終わるような彼ではなかったのですね」
今更ながら、冬のルクノカという怪物の底知れなさを痛感する。
天堂すらも嫌悪と殺意を抱いた破滅に対し、心底から心地良さそうに向き合っていた。欲求または快楽を満たす目的で。
人間と同じ言葉を話し、時折会話は成立しても、根本的な相互理解が不可能。報瀬では、ルクノカの域にはどうやっても辿り着けない。
「アーチャーよ。あの破滅を仕留めたのか」
天堂は疑問を投げかける。立て続けに起こる異常事態に、微塵も感情が揺さぶられない。
相変わらず、この男は異様だった。人間の皮を被っているだけで、本当はルクノカたちと同じサーヴァントではないかと疑ってしまう。
「いいえ。私はもっと続けたかったのですが……つい先程、横槍が入りました。彼の生死は確認できていませんが、これで終わらないと信じています。私も、まだ決着をつけていませんし」
「……それは、他の英霊が宝具で反撃したという意味か?」
「恐らくは。どなたかは知りませんが、漆黒の輝きは天にまで届くほどでした……アレは相応の逸話を持った英霊によるものでしょうね。ウッフフフフフフフ!」
「ふむ」
相も変わらず高笑いするルクノカを余所に、天堂は懐からスマートフォンを取り出す。
「えっと……あれは、調べてるってこと?」
「は、はい……」
現代人の多くは、電子端末の画面からネットの海に潜ることができる。
しかし、昭和の時代を生きた敷島にそのような習慣はない。バーサーカーーー冥王
プルートゥこそは、技術の進歩によって生み出されたロボットであっても、敷島自身はネットワークに関しては必要最低限の知識すら持たない。
道行く人々がスマートフォンを持つ姿も、その意味をようやく理解したばかりだ。
「これか」
何かを引き当てたのか、天堂は端末の画面を報瀬たちに向けてくる。
そこにあるのはショート動画で、東京都庁舎の屋上から暗黒色の極光が放たれる様子が映し出されていた。人々の喧噪ごと、遙か北からの破滅を飲み込むたった数秒の光景に、言葉を失う。
「そう、これです! この暗闇、私も見ました! 本当なら、すぐに挨拶をしに行きたかったのですが……それだと、シラセが一人になりますからね。一度、戻ってきたのです」
「それで、この宝具の主に挑む気か」
「ウッフフフフフフフ! あの破滅すらも退ける力を持つのであれば、さぞ愉しい戦いができるでしょうねぇ! シラセは、どう思いますか?」
あのルクノカが戦闘を中断して一時的に帰還した。
報瀬の安否確認は当然ながらある。同時に、承認を求めていた。
破滅すらも退ける英霊に挑戦状を叩きつける。まだ見ぬ強者に、冬のルクノカは闘志を燃やしていた。
「待て。この英霊は破滅を打倒する重大な手札に成り得る……お前の快楽のために使い潰すなど、看過できない。奴の生死が確認できないなら、尚更だ」
ドラゴンが放つ凄味など、神からすればそよ風だ。
ルクノカ曰く例の破滅は生死不明。もし、まだ生きていた場合、傷を治して再び攻撃を仕掛けてくる。その時、宝具の主が余計な負傷または退場していたら取り返しがつかない。
先程まで報瀬を気遣っていたランサーすらも、既に構えを取っていた。
「あらぁ? これは、シラセのためでもありますよ。早い内に叩かなければ、いずれ危害を加えてきます。私は、彼女をお家に帰してあげると約束しましたから」
当然、ルクノカも譲らない。
その言い分には利があった。例の破滅を撃退できることは、場合によってはルクノカすらも脅かしかねない。それほど危険な相手を野放しにしたら、遠からず報瀬の命も脅かされる。
だが、ルクノカの要求を呑んでしまえば、また勝手に街を破壊されるのは明らか。血気盛んな姿を見るに、雌雄を決するまで止まらない。
(えっ? こ、これって…………私が何かを言わなきゃいけないの?)
このままでは、神と竜が決裂する。
ランサーは腕尽くでもルクノカを止めにかかるだろうし、またそうなってはルクノカも応じてしまう。だが、我の強い女子高生でしかない報瀬に、この場を納める言葉などそうそう引き出せない。
人の姿形をした怪物たちと、正真正銘の異形である怪物。その激突で辺り一帯が消滅する数秒後を予想して、目の前が揺らぎそうになったが。
「大丈夫」
震える少女の耳元で、優しい大人の囁きが届いた。
「敷島、さん」
「俺が、君の隣にいる。どこにも、行かないから」
振り向くと、敷島浩一がいた。
俺だけは君の味方で、何をしようと絶対に見捨てない……微笑みの中に、暖かな想いが宿っている気がした。
「ウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ……」
彼が契約するバーサーカーも、いつの間にか実体化をしている。
敷島の命があれば、冥王はすぐにでも動き出す。如何に神と二体の竜が相手になろうと、易々と遅れは取らない。
だが、今の彼は狂戦士ではなく、少女を支える確かな守護者だった。
「あ、アーチャー……」
「どうしました、シラセ?」
「私と、一緒にいて」
なけなしの勇気を振り絞って、報瀬はルクノカに向き合う。
冥界に連れてこられたこの一ヶ月、小淵沢報瀬の言葉が冬のルクノカに正しく届いたことはない。今だって、コミュニケーションが取れるかどうか望み薄だった。
けれど、このまま流されるだけなのは、違う。具体的に言語化できないけど、何か違和感があった。
例えるなら……屈辱、だ。力で劣り、意思疎通ができなくとも、このドラゴンに振り回されっぱなしなのは、嫌だ。
「それは、どういう意味ですか?」
「これからは私の命令もなしに、戦わないで」
「……かの宝具の主は、いつかあなたにも危害を加えますよ?」
「それでも、勝手に戦いに行くのはダメ! 聞いてくれないなら、令呪を使う!」
ヤケクソの叫びだった。
独断とは言え、破滅から命を救ってくれた恩義は確かにある。しかし、数時間前に街一つを吹き飛ばしたマイナスの方が遙かに大きい。
その鬱憤晴らしも込めて、令呪が刻まれた腕を掲げる。お前の主導権を私は握っているんだぞ、と思い知らせるように。
そのせいで共倒れしたら、ルクノカに”ざまーみろ”って笑ってやるだけ。
「あと、破滅? がまだ生きているなら、近くで私を守って。また、襲いかかってくるかもしれないし」
「確かに、再び現れる可能性は充分にあります。アレだけで、終わる彼ではないでしょう」
「私が死んだら、アーチャーも困るって言った」
「……ええ。確かに、シラセの言う通りです。私だって、シラセにはまだ死んで欲しくありません。今は、シラセを守りましょう」
ようやく、説得を受け入れてくれた。
このドラゴンのことだから、また忘れて一人で戦いに行く可能性は充分にある。
けれど、如何にルクノカと言えど聖杯戦争の
ルールには逆らえない。弱点を小出しにすれば、聞き入れざるを得ないだろう。
当然、戦えなければルクノカのフラストレーションが溜まり、巨大な爆弾になる。その上で、今だけはルクノカのワガママを通すわけにはいかなかった。
「よく頑張ったね、シラセ」
「ど、どうも……」
メリュジーヌからの賞賛は、世辞などではなく本心だろう。
あのルクノカを、吐息だけで街一つを抉りかねないドラゴンを、ただの少女が言葉だけで説き伏せたのだから。
「うん、君は本当に偉い。勇気を出して、とても凄いよ」
どっと疲れが出てきて、腰が抜けてしまうが……敷島が支えてくれた。
頼れる大人から認められれば悪い気がしない。
「あぁ、神も心底から驚いた。如何に強大な力を前にしても、己の意志だけで道を切り開く……その在り方こそ、神が愛する善人の輝きそのものだ」
「グウウゥゥゥゥゥゥ……」
天堂だけでなく、バーサーカーからも褒められている気がする。
神のことは今も信用できない。変な人という第一印象はそのままで、時間の経過と共に異常性が浮き彫りになる。
最低限、悪人ではないことだけはわかった。ルクノカを制御できない報瀬にも、情報を惜しみなく提供したのが証拠。
それに、報瀬のことを貶したりせず、熱意だって認めてくれたから、嫌いじゃなかった。
「そうでしょう! シラセは、自分の夢に向かって真っ直ぐに突き進む凄い子なのですから! ウッフフフフフ!」
我が事のように笑うルクノカに、報瀬が突っ込む気力はない。
ただ、ここで戦いが起きなくてよかった。そんな安堵で、胸を撫で下ろすだけだった。
◆
「あなたたちは、これからどうするんだ」
「破滅に反撃した英霊と、怪物どもを探す。神の目に捉えられないものは、何一つとしてない」
「あの破滅も痛い目を見た以上、しばらくは動けないと思う。だから、僕たちの方も準備する余裕ができた」
「アーチャー、そしてバーサーカー……どちらも厄介だが、今は決戦の時ではなくなった」
小淵沢報瀬が落ち着いた頃、敷島浩一と天堂弓彦の主従は今後の方針を話し合っていた。
神とその近衛は、引き続き手札を増やすらしい。それと平行しながら、宝具の主と怪物を探すとのことだ。
敷島は安堵した。ランサーの方はともかく、神を自称する変人が自ら離れてくれるなら、少女の心労も軽くなる。
「もし、お前たちにアテがないなら、<ヒーロー>を探せ。善人であろうとする限り、受け入れるだろう」
「…………わかった。あなたたちも、気をつけて。彼女のことは、俺が責任を持って守る。飯を食わせてもらった借りがあるから」
まだ、敷島は天堂を信用し切っていない。
神を名乗り、己を信仰させようとする姿に覚えがある。祖国のため、我が国日本のため……さも高尚なお題目を掲げながら、人々を戦地に送り込んだ輩と似ていた。
もし、この男に気を許したら都合良く特攻兵にされてしまう。雰囲気は微かに異なるものの、天堂弓彦もまた戦場特有の空気を漂わせていた。
しかし、教会で情報提供された際に、空腹を満たして貰った。疑わしかったが、流石に腹を空かせたままでは力が出ない。
一食分の借りは返す。どんな相手だろうと、筋は通すべき。
「もう一度だけ、言っておく」
「ん?」
「必要なら、力を貸す。だけど、俺達は敵同士だ」
「言われるまでもない」
その上で敷島は釘を刺した。
一方的に利用されるだけの関係ではない。少しでも人形にしようと企むなら、その面を叩き潰すと。
それは天堂からしても同じ。お前たちが咎人の道を歩むなら、すぐにでも神罰を下すと。
そもそも、この場では英霊3体による戦争が勃発する可能性があった。神すらも、覚悟の上で葬者の元に赴いた。
しかし、夢見る少女の勇気によって戦いは未然に防がれた。建物の倒壊どころか、草木一つたりとも傷ついていない。
今だけは、呉越同舟。宇宙よりも遠いどこかで冥界を見下ろす破滅の打倒を目指していた。
「アーチャー、シラセの言葉をちゃんと聞いてあげなよ?」
「ウッフフフフ! えぇ、シラセを守りますよ。でも、あなたたちとの戦いだって忘れません。次に会う時は、例の英霊を連れてくれることを私は期待してますよ」
「……これは、シラセは大変だろうなぁ」
ランサーはため息をつく。
この巨大なドラゴンは、ある意味では破滅以上に厄介だ。
アーチャーのクラスで召喚されているが、バーサーカー以上に狂っている。人間の言葉を使うだけで、実態はあの荒神……呉爾羅と同じだ。
葬者の言いつけを無視するだけで飽き足らず、街一つを平然と破壊する力をいつ振るってもおかしくない。
一応、報瀬の命令には従っているが、次の瞬間には欲望任せに徘徊する恐れは充分にあった。
「可憐なシラセ……君はどんな困難を前にしても、己を貫こうとする勇気と強さを持っている。それらを忘れなければ、起こせない奇跡はないよ」
「……が、頑張ります」
そのやり取りを最後に、神と槍兵は去った。
この聖杯戦争で最も慌ただしい数時間だったが、これから苛烈さを増していく。
飛来する破滅とドラゴンの激突によって周囲は騒ぎになり、目の前も人と車の往来が激しくなる。
すぐに動かなければ、加速する盤面から取り残されるだけ。
「報瀬、ちゃん。今ならまだ家に送り届けられるけど……どうする?」
「私は、<ヒーロー>さんたちを探します。このドラゴンだって、見張らないといけませんし」
「そっか。じゃあ、俺がついてるよ。俺も、君の案内がないと、動けないから」
少女はもう震えていない。
恐怖や不安はそのままでも、自分で歩く力がある。
先の啖呵から何かが変わり、状況に翻弄されるだけの少女ではなくなった。腕力ではない、心の強さを身につけた。
彼女を嗤う誰かがいれば、敷島は全力で否定する。
神や破滅だけなく、報瀬も敵であることは変わらない。
敷島とて百も承知。戦争である以上、彼女ともいつか戦う未来は避けられない。
それでも、共に過ごしたからには情が芽生える。死んで欲しくないと、思ってしまう。
兵士ではなく、一人の人間として……小淵沢報瀬という少女の幸せを敷島浩一は願った。
【墨田区/1日目・夕方】
【天堂弓彦@ジャンケットバンク】
[運命力]消費(小)
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]不明
[所持金]手持ち数十万円。総資産十億円以上。
[思考・状況]
基本行動方針:神。
0.迷える子羊と咎人に救いの道を示す。導きも神の務めだ。
1.〈消滅(クリア)〉の主を討つ。神罰を騙るな、ブチ殺すぞ。
2.
クロエ・フォン・アインツベルンとそのアーチャーは善人。神も笑顔だ。
3.小淵沢報瀬と敷島浩一は善人として認める。サーヴァントは厄介だが、今は手を出さない。
4.〈消滅(クリア)〉を撃退した宝具の主と、人々を食らう怪物どもを探す。
[備考]
※数日前までカラス銀行の地下賭場で資金を増やしていました。
その獲得金を用い、東京各所の監視カメラを掌握しています。
カラス銀行については、原作のように社会的特権を与えられるほどの権力は所有していないようです。
※この話の前に予定通り教会に寄りました。そこでは聖杯戦争に関する様々な情報をまとめていました。
【ランサー(メリュジーヌ)@Fate/Grand Order】
[状態]疲労(小)
[装備]『今は知らず、無垢なる湖光(イノセンス・アロンダイト)』
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:神の近衛。
1.シラセ、頑張ってね。
2.アーチャー(
石田雨竜)はなかなか面白そうだったんだけど、ぜんぜん乗ってきてくれなかったや。残念。
3.〈消滅〉を討ちたい。マスターの言葉を結構根に持っているよ。
[備考] ※天堂の命令でルクノカと個別戦闘をさせられたので、他の二騎より少し疲れています。
【敷島浩一@ゴジラ-1.0】
[運命力]通常
[状態]健康。
[令呪]残り3画
[装備] 十四年式拳銃(残弾8/8)
[道具]中古のバッグ
[所持金]130円
[思考・状況]
基本行動方針:戦いに勝ち抜き、自分の中の“戦争”を終わらせる。
1.今は報瀬ちゃんを守る。
2.天堂弓彦には恩があっても、決して心を許さない。
3.敵同士であっても、報瀬ちゃんには幸せになって欲しい。
[備考]
定められた住居を持っていません。
現在は日雇いの肉体労働をしながら浮浪者のように生活しています。
※天堂弓彦から聖杯戦争に関する幾つもの異変を教えられました。
【バーサーカー(プルートゥ)@PLUTO】
[状態]正常。
[装備]無し。
[道具]無し。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:憎しみのままに戦う。
1.■■■■■■■■■■■■■
[備考]
無し。
【小淵沢報瀬@宇宙よりも遠い場所】
[運命力]通常
[状態]健康、どこか吹っ切れた。
[令呪]残り3画。
[装備] 封筒に入った99万円。
[道具]通学用カバン。
[所持金]30000円(冥界でのアルバイトで得たもの)
[思考・状況]
基本行動方針:優勝する……で良いんだよね……。
1. 敷島さんと一緒に<ヒーロー>さんを、探す……。
2.この竜がまた勝手に暴れるなら、令呪を使う……。
[備考]
現在の住居は台東区にあります。学校は墨田区のため、電車通学をしています。
※天堂弓彦から聖杯戦争に関する幾つもの異変を教えられました。
【アーチャー(冬のルクノカ)@異修羅】
[状態]全身に消滅の影響による肉体摩耗(小)。でもまだまだ元気いっぱい。やる気いっぱい。気分爽快。
[装備]無し。
[道具]無し。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:喜びのままに戦う。
0. 今は、シラセを守ります。
1. シラセの落とし物は見つかってよかったですね。
2. 好敵手(おなかま)の竜のお嬢ちゃんと機人、それに消滅を撃退した宝具の主とはいつか決着をつけたい。
3.ウッフフフフフフ! 彼(クリア)から挑まれて、楽しかった!
[備考]
最終更新:2026年02月02日 20:08