永遠の光に包まれたヒューペルボリア(「北風の向こうの国」)で、更に別々の光が弾け、轟音が響き、粉塵が巻き起こった。
巻き起こった粉塵の中から、1つの影が飛び出す。それは以前
ナームたちの前に現れ、ディオと名乗ったあの青年だった。青年が両手の人差し指を立てて回すと光が集約し、一対のチャクラムとなって飛んでゆくが、迎え撃つように放たれた炎によって相殺されてしまう。
その炎が飛んできた先で、ずるりとうごめく『何か』。それに抱かれるように、一人の青年が竪琴を奏でていた。それはいつぞや
ツェットを蘇らせた医者だった。竪琴の音色と青年の容姿は酷く美しかったが、同時に無慈悲で戦慄を覚えそうなほど冷たい笑みを浮かべていた。
細く白い指が竪琴を奏でる。するとアポロンを包んでいた『何か』が躍動し、ディオニューソスに襲い掛かった。その様子をまるでカルガモの親子が並んで歩く微笑ましい光景をみるような笑みを浮かべる。
ディオニューソスは襲い掛かってきた『何か』を、光の円盤を展開させ真正面から受け止める。そのまま前に力を噴出させるようにして、『何か』をはじきとばした。それから眼鏡の奥の瞳を怒りで燃やし、真っ直ぐにアポロンに拳をぶつけた。
対するアポロンも嬉々として拳を突き出し、ディオニューソスのと打ち合う。二つの拳がぶつかっただけとは思えない衝撃がその場を駆け巡った。その場を彷徨っていた『何か』はくぐもった声をあげて更に吹き飛ばされる。
バッ、と距離をとる二人。
「わたしが光で。」
「オレが影だ。」
そしてアポロンは炎を、ディオニューソスは光を溜め、同時に放った。
ドオオオオオオオオッッッ!!!!!!!
その二つの力はぶつかり合うと、凄まじい爆発となって光の世界に強く影を落とした。
影が消えた頃、倒れたのはディオニューソスだった。そのまま彼の体は朽ち、寄り代であるワイングラスが現れた。それがディオニューソスの寄り代だった。
『何か』に身を包まれて護っていたアポロンがその姿を現した。
「・・・そうだな、お前は葡萄酒が好きだった・・・・。」
そのまま歩み寄って、そして・・・。
パキィンッ!!!
澄んだ音を立て、ワイングラスを踏み砕いた。
それは『悲劇の誕生』だった。
***
たった一日で世界中に蔓延しだした病は今までどこで息を潜めていたのか、誰も知らなかった。だからこそ、
聖域(サンクチュアリ)は一日で混乱に陥った。
高熱、吐き気、脱毛、全身が軋む様な痛み、皮膚の爛れ、斑点、吐血、滲み・・・病にかかった者達の症状は大小様々で、まとまっていなかったが、それが一つの同じ病であることは患者たちの後首に浮かび上がる文字列のような痣が証明していた。
原因不明。治療法不明の病。その恐怖は底知れない。一時的に患者の症状を和らげたりできても、その先で彼らを待つのは死だけなのだから。
浮かび上がる痣の意味は『アガペ』。
『アガペ』に倒れた者達が殺到する病院は嘆きの渦の最中、地獄絵図だった。
そして『アガペ』発生日、
ナノウリスマが首都エルグナンド。事件の真相を知る数少ない人物達が集まっていた。神札事情をしる一行である。
しかしその人影はいつもより少ない。当然だ。仲間たちの中には『アガペ』に倒れた者が多数。影響がここまで及んでいるのだ。
一行の目的は、このアガペを振り撒いているアポロンの討伐だ。
ボレアースに導かれ、一行はアポロンがいるヒューペルボリア(「北風の向こうの国」)へ向かう。
「ようこそ、神札を封印する宿命を背負わされた諸君。さて、お前達をわざわざ呼んだのも私の暇を紛らわしてもらうため。本当は私に救いを求めて跪いて欲しかったところだが・・・蔓延る病魔を止めたくば、感染源である『これ』を倒すがいい。」
そうしてアポロンが差し向けたのは、あの『何か』だった。
襲い来る蔓延る禍々しい『病魔』、アポロンのすべてを溶かす太陽、ボレアースの無慈悲な北風。
それらの脅威に晒されても、一行は立ち向かう。病魔に苦しむ仲間を救うための戦いが今、聖域(サンクチュアリ)を背負っているのだ。
しかし、ここで追い詰められ気味のアポロンが叫ぶ。
「ここで私を倒したところで、お前達は絶望に平伏すだけだ! よく聞け!私は他の神札たちを各地に送り出し、アガペに臥している者達を襲わせている! お前達がここで私を倒したとて、神札の牙にかけられた者たちにとってそれは無意味同然! それで尚、お前達は救済を謳うか!」
それはまさにアポロンの策略であった。病魔に苦しむ人々を救うために戦っているのに、一行には今、病魔に苦しみながら神札に襲われてる人々を助ける術がないのだ。
助けるために武器を取ったのに、助けられない理不尽。
今こうしている間にも人々が苦しみ死ぬのをとめられない無力。
ここでアポロンをうち病魔の脅威を取り払ったところですべを救えるわけではない不完全。
彼らは神でもなければ超人でもない。故にそれは世界の常であるというもの。
しかし、それを受け入れ傍観することができないほど、彼らは諦めが悪い。
出来る限りのハッピーエンドを願い、立ち上がり、最後まで諦めずに戦うもの達なのだ。
そうした彼らが作りあげた未来。
それはいつのまにか姿を消していた
ムーサの一言によって明らかになった。
アポロンが各地に嗾けた神札たちは、各地にいた人々が負けじと立ち上がり、返り討ちにあって逃走したという。
更に彼の妹であり、オリュンポス12神が一人、
アルテミスは既に封印されていた。
その知らせに一気に士気があがる一行、そして激昂するアポロン。
冷静さを事欠き、流れを味方につけた一行の猛攻に、とうとうアポロンが打ち破られた。
そうしてアポロンを封印したその瞬間、彼の封印者の脳裏に刹那の映像が流れる。
それはアポロンがヒトに害を為す災厄へと身を落とした、忌まわしい記憶であった。
世界に『アガペ』の名を以って齎された病魔は、かつて世界から愛されなかったアポロンから世界への、『表裏一体の愛(ケイオイドプレブレス・アガペ)』だったのだ。
最終更新:2013年12月02日 21:03