バスを待つ間に 8KB
小ネタ どうということのないお話
「いだ……いだいよおおお……」
「おかあしゃああああん! ゆっくち! ゆっくちしちぇええええええ!!」
私が立つバス停のすぐ側。路肩の隅にれいむ親子がいた。
車にでも轢かれたに違いない親れいむの右後頭部は潰れて破れ、中身の餡子が流れ出している。
そんな親れいむに取り縋って、子れいむが泣きわめいている。
街中では別段珍しくもない光景だ。今日び、轢き殺されたゆっくり、あるいは地面にこびり付いた黒い染みを見ない日などない。
「ゆ、ゆ、ゆゆう……。おちびぢゃん、おかあざんはだいじょうぶだよ……。じんばいはいらないよ……。ゆっぐりじでねえ……」
「ゆんやあああああああ!! おかあしゃんのあんこしゃん、でていかにゃいでえええええ!!」
「おちびぢゃん、ゆっぐり……ゆっぐりいい……」
「れいみゅがぺーろぺーろちてあげりゅよ! おかあしゃん、ぺーろぺーろ! ぺーろぺーろ! けがしゃん、はやくよくなっちぇにぇ!」
「おちびぢゃん……っ! ありがどうね、ありがどうねっ! おかあざん、だいぶよくなったきがじゅるよ――ゆっ? にんげんざん?」
人間さん――あたりに人間は私しかいない。
私は思わず顔を伏せる。嫌な予感がした。
バスよ、早く来てくれ――ああ、くそ。まだずいぶん時間があるじゃないか。
「にんげんざん、れいぶをだずげでね……。にんげんさんのすぃーにひがれぢゃっだ、れいぶをだずげでぐだざいいい……!」
「ゆっ! にんげんしゃん! れいみゅもおねがいしゅるよ! おかあしゃんをゆっくちたしゅけちぇにぇ! たしゅけちぇにぇ!」
案の定だ。目の前の悲運な親子は、私に助けを求めてきた。
「れいぶ、おづむがいたいいたいなんでじゅ……! ゆっぐりでぎないんでじゅ……おねがいでじゅがら、だずげでぐだじゃい……!」
「ゆえええええええん! おかあしゃんをたしゅけてええええええ! ゆっくちおねがいだよおおおおお!」
「まだちいさなおちびぢゃんをのこじで、えいえんにゆっぐりするわげにはいがないんでじゅうう……」
「ゆんやああああああああ!! おがあじゃあああああああああん!!」
「にんげんざんにめいわぐはがげまぜんがらあ……! せめでうーきゅーしゃをよんでぐだざいいい……っ!」
うーきゅーしゃ――。
早い話が、ゆっくりの救急車だ。
怪我ゆっくりや病ゆっくりをどこかへ搬送する謎の乗り物。この街でも頻繁に見かける。
「おねがいでじゅううう……! うーきゅーしゃさえよんでくれだら、それでいいんでじゅううう……!」
「おかあしゃんに、うーきゅーしゃをよんであげちぇええええええ!!」
埒があかない――私はため息をついて、バッグを探って携帯電話を手にした。
人として、親子をこのままにしておくのも躊躇われたのだ。
私が携帯電話を耳にあてたのを見て――携帯電話を知っていたのだろうか?――親子は、
「ゆっぐりありがどうございまじゅううううう……! ありがどおおおおおお……っ!」
「にんげんしゃん、ありがちょう! ゆっくちありがちょう! おかあしゃん! よかっちゃにぇ! よかっちゃにぇ!」
喜びの涙やしーしーを垂れ流しながら、私に向かって礼を言った。
「うー! うー!」
その独特のサイレン――声のする方を見ると、「箱」としか言えない物体が、こちらに向かって歩道を走ってくるのが見えた。
うーきゅーしゃだ。
「ゆゆっ! うーきゅーしゃがきちゃよ! おかあしゃん、うーきゅーしゃがきちゃよ! もうだいじょうぶだにぇ!」
「ゆゆう……おかあざんにもきこえてるよ。これでもうあんっしんっだね、おちびぢゃん……」
れいむ親子も気付いたようだ。
「にんげんしゃん、ありがちょう! このごおんはゆっくちわすれにゃいよ!」
「ありがとうございばず……! ありがどうございばず……! かならず、かならずおんがえじじまずがら……」
私はそっぽを向いているというのに、親子はもう何度目かも分からない礼の言葉を口にする。
懇願だろうと礼だろうと、親子がうるさいのに変わりはなかった。
「うー! うー!」
四角い箱の正面にある間抜けそうな顔と、その下の『うーきゅーしゃ』という文字が見えた。
「おかあしゃん! もうしゅぐだからにぇ! もうしゅこしがまんちてにぇ!」
「おちびちゃん、ありがどうね、ゆっぐりありがどうね……」
れいむ親子待望のうーきゅーしゃは、ついにこのバス停まで来て、
「うー! うー!」
そのまま、私の足元を通り過ぎて行った。
うーきゅーしゃの中には大小二つの黒い帽子が見えた。まりさ親子でも搬送中だったのだろうか。
「……ゆっ?」
「……ゆゆっ?」
れいむ親子のビー球のような目が、点になっている。自分たちを迎えに来たはずのうーきゅーしゃが、自分たちを無視してどこかに行ってしまったと思っているのだろう。
先に我に帰ったのは親れいむだった。
「どぼぢでれいぶをむじずるのおおおおおおおお!?」
大きく開いた傷口から体内の餡子を撒き散らし、それでも大声で叫ぶ親れいむ。さすがはゆっくり。意外とタフだ。
「まっちぇえええええええ!! おかあしゃんここにいりゅよおおおおおおお!?」
子れいむはうーきゅーしゃを追いかけようとしているらしいが、すでに「うー! うー!」という声は遠ざかってしまっている。子れいむの鈍足で追いつくのは無理だ。
私も衝動的にうーきゅーしゃを追いかけてみたくなった。いったいあの物体がどこに向かっているのか、それを確かめたくなったのだ。
「まっちぇ! まっちぇ! ……ゆわああああああああん!! うーきゅーしゃがいっちゃったよおおおおおおおお!!」
「おちづいで、おちびちゃん……! れいむにはわがっだよ……! にんげんざんがよんでぐれだうーきゅーしゃは、べつの――」
「お、早いな」
こちらに向かってくるそれを見て、私は思わず口に出してしまった。
「ご、ごんどはれいぶのばんだね……!」
「おかあしゃんのばんだにぇ!」
バス停の前に、一台のバンが止まった。
「……ゆっ?」
「……ゆゆっ?」
バンから二人の男が降りてきた。帽子に作業服のその男たちは、私を見て、
「ご連絡をくれた方ですか? どうも。保健所のゆっくり課から参りました」
そう言って頭を下げた。
「どうも、ご苦労様です。いや、早いですねえ」
「そりゃもう。フル回転で対応していますからね。えーと――ああ、あのれいむですね」
「ええ、そうです。わざわざすいません」
「いえいえ。こういうのは地域の景観的にも衛生的でもアレですからね。ご連絡いただけると助かりますよ。結構見てみぬ振りをされる方も多いですし」
「地域の住民として、人として、このままにしておくのは躊躇われたんですよ。――なんて、何よりバスを待ってると話しかけられてうるさくってうるさくって」
「はは。それは災難でした」
保健所の男たち――もちろん、私が先ほど電話で呼んだ――は、「では」と言って親子の方を向いた。そして大きな袋を広げる。ところどころ黒ずんだあの袋は、ゆっくりを放り込むためのものに違いない。
子れいむが呆然と私を見ていることに気が付いた。
目が合った。
この目は――。
男の一人が親れいむの体を押さえた。
「ゆわあああああ……。そのふくろざんはゆっぐりでぎないいいいいい!!」
「やめちぇえええええ!! おかあしゃんをいじめにゃいでえええええ!!」
「やべでね……! やべでね……! れいぶ、ふぐろざんにははいりだぐないよ!」
必死に抵抗する親れいむ。死にかけの身で、火事場のクソ力というやつだろうか。
やめてと言われて男たちがやめる訳がない。彼らは仕事で来ているのだ。
「ぐ、ぐじゃいいいい……! このふくろざん、ゆっぐりでぎないにおいがずるうううう!!」
「おかあしゃあああああん!! ゆっ? やめちぇね、やめちぇね! こっちにこにゃいでにぇ!! こにゃいでええええ!!」
「もうおうぢがえるうううううう……ゆゆっ!? お、おぢびじゃん!?」
「はなし、ちぇ……ゆわーい! れいみゅ、おしょらをとんでいるみちゃい!」
親れいむにかかっている方とは別の男が、子れいむを掴み上げた。
「おしょら……やめちぇえええええ!! おろしちぇえええええ!! ごわいよおおおおおお!!」
「にんげんざんっ! やべでっ、やべでぐだざいっ! まだそのこはちいざいんでずっ!! おちびちゃんなんでずっ!! てをだざないでええええ!!」
「たしゅけちぇえええええ!! おかあしゃああああああ――」
子れいむは袋の中に放られた。あの薄汚れた袋には防音効果でもあるのだろうか。もう子れいむの声は聞こえない。
ぼおっと子ゆっくりの様子を見ていたので、ぱあん、というクラクションの音に、私は思わず飛び上がらんばかりに驚いてしまった。
ようやくバスが来たのだ。
私はバスに乗り込みながら、最後にちらりと親れいむの方を見た。
「おぢびぢゃ……っ! ゆっ、ゆええええん! ごべんでえええ……ごべんでえええええ……! おがあざんが、けがをしぢゃっだばっがりにい……!」
もう抵抗する意思も体力もなかったのだろう。
親れいむは、おとなしく袋に入った。
『ドアが閉まります。ご注意ください――』
閉まるドアを見ながら、あの時、子れいむが私に向けた目を思い出していた。
あの目に込められた意思くらいは私にもわかる――「どうしてうーきゅーしゃをよんでくれなかったの?」だ。
もし子れいむがそう口に出していたら、私はこう答えていただろう。
うーきゅーしゃの連絡先なんか知るか、と――。
(了)
作:藪あき
挿絵 by儚いあき
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このSSへの感想
※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね!
- 俺も電話番号知ってるのかと思ったけどやっぱりそんなことなかった -- 2016-04-10 01:09:47
- そんなあなたのために!
うきゅーしゃの電話ばんごうはコチラ↓
1999999920344517518434ー5*6*85*65*6*5*68**5***8*4*4945*49586498456*4です
もしもゆっくりに話しかけられたらまよわず 上か下か選んでください
1(ゲス)黙れこのクズゲスまんじゅう!と言い潰しましょう
1(やさしいゆっくり)しるか !と言い道路に投げてやりましょう
2素直に電話しよう -- 2012-02-22 03:17:25
- おいおいうーきゅーしゃの数が減ったら俺たちの飼ってる可愛い金バッジゆっくりが一匹でお散歩中に
不慮の事故にあったら助けてもらえないかもしれないじゃないか。 -- 2011-11-11 12:44:19
- 中身入りうーきゅーしゃを川に投げ込みたい -- 2011-09-07 11:26:23
- そりゃそうだ、ナイスなオチ(笑) -- 2011-06-20 01:13:01
- ですよねーw と言わざるを得ない -- 2011-02-20 06:13:04
- 乗ってたまりさたちはどうやって呼んだんだ… -- 2011-01-21 22:26:36
- ですよねーwww<電話番号知らない -- 2010-12-02 17:10:37
- もし人間本人が助けるにしろ
休日に散歩してたらってならゲス要素無いし助けようかな~やめようかな~って気にもなるかもしれないけど
バス待ちって事は外出用の格好してるから餡子で汚れたくは無いわな -- 2010-09-12 18:02:23
- どこがかわいそうなのかさっぱりわからん。イイ話しやん。 -- 2010-08-22 00:34:09
- 希望から絶望へとシフト。ゆっくりにふさわしい結末です。いいこだろうとゲスだろうとゆっくりは死ねばいいんです。惨めにね。 -- 2010-08-02 01:31:40
- 不思議饅頭の救急車の番号なんざそら分からんわw -- 2010-07-26 00:04:14
- さいきんはにんげんさんでもみごろしにされることがめずらしくないんだぜ
ほーむれすとかいうのらにんげんさんやいえでしょうねんとかいうおちびちゃんがそのへんにころがっててもみんなするーしてるんだぜ
ましてにんげんさんでもないまりさたちがにんげんさんにたすけてもらえるわけがないんだぜ
ろすとぐらうんどなんだぜ。とうきょうさばくなんだぜ。こころにうるおいがないんだぜ -- 2010-07-25 19:56:46
- 可哀想と言ってもな、下手に関わると増長させるからな……
こいつらが良い子でも、その話を聞いた他の奴等が人間は自分たちの言うことを聞く奴隷みたいなものだと思うようになるかもしれん
そりゃ倒れてるのが人間なら助けるさ、でもこういったSSだと
「野良ゆっくりは公衆衛生を乱し、人間に危害を加える可能性のある存在」だからな
助ける義理は無いが駆除する義務があるんだよ
-- 2010-07-25 08:28:03
- かわいそう。いいこ達じゃないか。助けてやってよ。 -- 2010-07-11 00:06:31
- 電話ひいてるのか ゆっくりの分際で -- 2010-07-07 02:02:31
- しらんよなあw -- 2010-06-15 22:28:24
- そりゃそうだwww -- 2010-04-20 03:54:08
最終更新:2010年03月14日 17:33