(ラクーンシティ……知らん名だ。)
ソリダス・スネークは資料室で見つけた資料を読みつつラクーン市警内部を探索する。
資料を見るに、ラクーンシティというこの町は合衆国に位置する町のようだ。
(とすると架空の町か……?しかしここまで綿密な資料まで偽造するとなると結構な手間だ。それにたびたび名前が登場する秘密結社アンブレラとやらも謎が残る。)
考察を重ねながら、ソリダスは警察署内を順調に進んでいく。ある廊下では、赤と青の石像を動かした。双方を所定の場所まで動かすと、カチリと音がするとともに中央の銅像から赤い宝石が零れ落ちた。
(それに、そもそも此処は警察署ではなかったのか?何なのだこの子供騙しの仕掛けは……?稚拙過ぎてセキュリティの機能すら果たしていないではないか!!)
それは無能な雑兵たちに見張りの大部分を一任してあるビッグ・シェルも同じようなものだがと、小さく呟く。
ただしソリダスがそう思うのも無理はないことだった。
例えばブルーカードキーによって解除できる電子扉はこの世界では初めから開いている。また、警察署に数匹配置されていたリッカーも今や先人アリオーシュの腹の中だ。
セキュリティを謎解きに一任しているかのように見えるこの施設は本当に警察署なのか、些かの疑問を残しつつもソリダスは突き進む。
ある部屋では、暖炉に火を灯すよう絵画のタイトルに暗示された。火元など持っていないソリダスは、絵を突き破って強引に中の宝石を取り出した。
(だがここの謎が解かれている様子が全く無いのを見るに、私が一番乗りだったようだな。)
その証拠に、ある程度のアイテムが分かりやすい場所に放置されていたにもかかわらず回収することが出来た。実際はアリオーシュが先に入っていたのだが、アイテムの回収は一切行わなかったため考慮には入らない。
資料や謎解きアイテム以外に、ここまでの経緯で回収したアイテムを思い返す。
まずは麻薬の類だろうか。目立つところに置いてあったいくつかのハーブを回収することが出来た。情報を得るために拷問という手段を選ぶ場合は相手を薬漬けにすることも可能かもしれない。……但し、あくまでこれが麻薬であるのならの話だが。
次にハンドガンやショットガン等のいくつかの銃の弾薬も手に入った。ただし肝心の銃が無いためにすぐに役に立つことは無さそうだ。
そして最後に本命として、武器として用いることも出来そうなプラスチック爆弾も入手した。
かつてこの警察署で使われた用途で言うのならこれも謎解きアイテムの一環なのだが、少なくともソリダスはそう判断しなかったようだ。
これだけのアイテムを揃えてもなお、不安は残り続ける。
というのも、殺し合いに巻き込まれた際に外装式強化服やスネークアーム等の、これまで自分の衰退した身体能力を補ってきた装備品を没収されているからだ。
それらのドーピングの無い自分は老化によって全盛期のような身体能力は発揮できない。
つまりソリダスにとって、戦力補強は何よりも優先すべき事柄であった。
他者の利用と武力の所持は切っても切り離せない。殺し合いの場では特に、武力と支配力は比例関係にあるのだ。
真っ先にラクーン市警に辿り着いたというアドバンテージを最大限活かし、この場のアイテムを回収し尽くす。そのためにも、何故か警察署の至る所に仕掛けられている謎解き要素を解明し、探索出来る場所を踏破する。
それがソリダスの暫くの行動方針である。
■
ソリダスが謎を解き始めて暫くした後、ラクーン市警を訪れた者が居た。クレア・レッドフィールド。この警察署を舞台としたかつてのバイオハザード事件の数少ない生存者の1人である。
よって彼女にとってこの舞台は既知の場であった。警察署に入るや否や、パソコンのある場所へ走って行き電子ロックが解除されていることを確認する。
解除されているということは、もっと奥に入り込めるということだ。ステージが入り組んでいればいるほど、この場における地の利はクレアにあるといえるため、行動範囲がエントランスに限られないことをまずは喜ぶ。
(謎が……現在進行形で解かれている……?)
エントランスホールの像に嵌められたユニコーンのメダル。
それに対し、以前降ろしたはずの廊下のシャッターは閉まっていなかった。このシャッターの電源装置はショートしてしまい、二度と開くことは出来なくなっていたはずだ。
これらを統合して考えると、自分がかつて攻略した警察署の仕掛けが巻き戻された上で、なお現在謎が解かれつつあるのだと推測できる。
しかしまだ、ゲーム開始から2時間も経過していない。そんな状態なのにもうスペードの鍵を回収しているというのは謎を解くのが速すぎる気がする。
これを解いている者は、相当の頭脳を持っているのか、あるいはすでにこの警察署のことを知っているのか──その思考に至った瞬間、謎の解き手にひとつの仮説が浮かぶ。
(──まさか……レオン?)
かつての事件に共に立ち向かった友人、レオン・S・ケネディ。
彼ならばこの警察署の謎を解くことがアイテム調達に繋がることを理解しており、殺し合い開始直後に警察署踏破に挑むのも頷ける。
彼ならばこんな催しに乗っているはずがない。頼もしい味方の存在に頼りなかったクレアの足取りも軽くなったように思えた。
嫌というほど見た廊下を駆け抜け、嫌というほど開いた不気味な扉をくぐり抜ける。先に彼かもしれない何者かを探したいと焦る気持ちはあるが、この舞台で無闇に他人と接触することはリスクが高い。
S.T.A.R.S.オフィスにある棚にはグレネードランチャーが入っていたはずだ。
交渉の前に戦力増強を──確かな冷静さと目的をもってクレアはオフィスへと入っていった。
──ちょうどその時、エントランスの扉が開き、3人目の来訪者が訪れたことに気付くものは居なかった。
オフィスの扉を開けるや否や、乱雑に置かれたダンボールや机・床に散乱した資料が視界に映る。相変わらずオフィスは散らかったままのようだ。
散らかった中を何度も何度も何度もさらに何度も根気強く探してみればフィルムのひとつでも見つかるかもしれないが、生憎毒にも薬にもならないようなものに興味は無かった。一直線に鍵のかかった棚へと向かい、持ち前のキーピック技術で棚を開く。
しかし中は空っぽだった。
誰かに先を越されたのか、それとも最初から用意されていないのか……。
クレアはふたつの仮説を立てるが、正解は後者である。
(オフィスには特に何も無いみたいね……。)
もっとも、参加者との接触の際に武力を示すだけであればクレアに支給されたP90だけで十二分に可能である。
それでも手持ちの駒を増やしておきたいのは、未知との遭遇への不安を先送りにしているに過ぎない。クレアは殺し合いに招かれる前の一連の事件においても、まだ見ぬ扉の先に行く前にはタイプライターにこれまでの探索を記録し、すでに探索した場所でも更に入念に探索をする慎重さを見せた。警察の死体にも億さず弾薬の探索を続けるほどのその執念は、ラクーンシティ脱出の鍵となってくれたものだ。
何も得ずに参加者と接触するのが不安だからか、クレアはそのままオフィスを出ずにクレアの兄、クリス・レッドフィールドのデスクへと向かっていく。
彼の趣味をそのまま投影したかのようなそのデスクにかつて置かれていたユニコーンのメダルはもう置かれていない。
(兄さん……私に、勇気を……。)
しかしクレアの目的は謎解きアイテムなどではなかった。
壁に掛かっている目的のもの──兄のコートを取り、そのまま背中から着込む。
男物であることもあってかなりぶかぶかではあったが、全身を包み込むようなそのサイズからどことなく安心感を覚える。
(それじゃあ……行ってくるわね。)
コートを深く羽織り直して、クレアはオフィスを後にした。
■
「ぐっ……こんなところで……この私が……!」
ソリダスは行き詰まっていた。
『イーグルストーン』『ジャガーストーン』『サーペントストーン』の3つの石版は見つけたのだが、それをはめる場所を見つけられずにいるのだ。
かつてのクレアは、ブライアン署長が不自然に居なくなったからこそ、その脱出経路を予測して署長室の絵の仕掛けを見つけることが出来た。
そのようなヒントを与えられていないソリダスが謎解きに難航するのは無理もないことだった。
(──私は何をしているのだろう。)
ふと素に戻るソリダス。
確かにソリダスは2時間というかなり短い時間でラクーン市警の謎のほぼ全容を解き明かした。
攻略者を苦しめたクリーチャーやリッカーが居なかったり、小さい子供がいないと行けない場所の仕掛けは簡略化されていたりと、クレアが通った道よりも楽な道ではあるのだが、それでもその速度はSランク級である。
しかし、だから何だと言うのか。
確かに警察署を攻略することで多少のアイテムは手に入った。
だがこうしている間にも自分の手駒となるべき人間は着々と殺されていることだろう。
「……出るか。」
多大な無駄足を踏んだことに苛立ちつつ、ソリダスは出口へ向かい始める。
興奮しつつも足音を立てて居場所を特定されぬようにすでに何度か往復した通路へと進む。
その時、目の前に参加者と思われる人物が現れた。
可憐な顔付きに似合わず、身の丈より幾分か大きなコートに身を包んだその女性は、ソリダスの姿を見るや否や慣れた手つきで銃口を向けた。
「動かないで。」
クレアはソリダスに静止を掛ける。ラクーン市警を攻略していた者の正体は残念ながらレオンではなかったらしい。奇しくも以前レオンと再会した場所でまた、一対の男女が顔を合わせている。以前とは異なり、女性は男性の元へと駆け寄ることなく銃口を向けているのだが。
面白くないことになった──ソリダスはクレアの持つ銃を眺めながらそう思った。
それはソリダスのよく知る愛用の銃、P90。その破壊力をもってすれば自分の胴体など即座に灰燼と化すであろう。
だが面白くないことというのは別にあった。この状況ですぐに撃たないことから、クレアが殺し合いに乗っていないことは容易に想像がつく。
「安心して、妙なことをしない限り私は撃たない。」
その言葉を聞いて、ソリダスは舌打ちする。対するクレアはその余裕ある態度を見ていっそう警戒心を増す。
「まずは貴方のスタンス、聞かせてくれないかしら?」
「……待て。落ち着け。」
スタンスを聞かれてもソリダスは喋らない。ソリダスは殺し合いには乗っていないのに焦りを浮かべている。
「私はクレア。クレア・レッドフィールド。」
「……ソリダス・スネークだ。それより──」
それ以上言うなとジェスチャーでストップサインを出したくても、P90を突き付けられながら下手に動くわけにはいかない。
「主催者を倒してこの殺し合いを打破するために動いてるわ。」
「……!このッ──」
ソリダスは内心途方に暮れる。
とうとうこの女は言ってはならぬことを言ってしまった。
「──馬鹿者がッ!!」
その気迫に押され、どちらが優位に立っているのかも忘れて戸惑うクレア。襲われでもしない限り最初から撃つつもりなど無かったため、P90から弾丸が撃たれることもない。
「……。」
「……?」
しばし、沈黙が流れた。
「まったく……。命拾いしたようだな。」
ソリダスは首輪を通じて自分たちの会話が盗聴されていると考えている。
そんな警戒もせず呑気に殺し合いの打破を唱えるクレアに馬鹿者と一喝したのであった。
だが主催者を倒すとまで宣言したクレアの首輪が爆発しないのを見るに、殺し合いへの反抗は黙認しているのだろうか?
おそらくはこの状況を覆せるはずがないとタカをくくっているのだろう。まさかこれだけ参加者を恐怖で支配しておいて盗聴機能が無いとは思えない。
とはいえ、主催者に配られた紙と筆記用具にも何かしらの仕掛けで向こうに情報が伝わるようになっているのかもしれない。
その辺りを疑っているとコミュニケーション自体が不可能だ。
向こうが反抗を黙認しているというのなら、反抗の具体的な計画を立てる時以外はコミュニケーションの自由を謳歌させてもらうとしよう。
「盗聴すら疑わない未熟者めが……!まあいい、ひとまず信用してやろうじゃないか。」
盗聴の2文字を聞いた瞬間、クレアは『あっ』と声を漏らして口を押さえる。
ソリダス基準でどこか間の抜けた所作が演技には見えなかったため、ソリダスはクレアを信用することにする。演技だとすれば、首輪が爆破されかねないことを口走るのは命懸けの綱渡りが過ぎる。
もっとも、クレアが盗聴を警戒していないのも無理はないことだった。
いくつもの死線を潜り抜けてきたとはいえ、クレアは本来普通の女子大生である。(銃を扱えてキーピックの技術まである女子大生がいるかというツッコミは受け付けない。)
そして彼女が戦ってきた相手は思考能力の無いゾンビであった。
そんな彼女にとって、盗聴の2文字などドラマの中の存在でしかない。
「ごめんなさい、迂闊だったわ……。」
「……どうやらやり取りは自由にさせてもらえるようだ。結果的にはそれが分かっただけ好都合だろう。」
クレアもまた、ソリダスの挙動の理由が分かったために銃を下ろす。
「改めて、私はソリダス・スネーク。見ての通り真っ当な人生は歩んでいない男だ。」
「改めて、クレア・レッドフィールドよ。この警察署の仕掛けは大体把握しているから、迷ったら何でも聞いて頂戴。」
「ほう。」
クレアの発言にソリダスは関心を抱く。マップに『偽装タンカー』の名前があったことから、このラクーン市警を知る者がいてもおかしくないとは思っていたが、まさかこうも簡単に出会えるとは。
「では聞くが……そもそもこの場所は一体何だ?」
「バイオテロの脅威に晒された街の警察署よ。街の住民全員がゾンビと化した悲劇……私はこの事件の生還者なの。」
そしてクレアはアンブレラ社によって引き起こされたラクーンシティの事件についてソリダスに語った。
ここまでで拾ってきた資料からこの場所の背景について大まかな推測は出来ていたが、クレアの話は人間離れした者への理解があるソリダスから見てもにわかには信じ難いものであった。
そう、クレアの話が本当ならばこの警察署のセキュリティも筋が通るのだ。
像を所定の位置に動かしたり、絵が暗示するように火をつけたりと、一般的に知能が無いと言われているゾンビには攻略不可能な謎であり、ゾンビ相手には効果的だろう。
それにしてもこのような対ゾンビ特化の要塞を持っておきながらクリーチャー化した警察によって内部から崩壊とは、やはり国家の犬は無能であるなと、ソリダスは内心鼻で笑う。
実際のところラクーン市警の仕掛けは単に美術館時代の名残と署長の趣味でしかないのだが、とりあえずソリダスは勝手に推測して納得したようだ。
「私も最初は信じられなかったし無理もないと思うわ。そうね、作り話じゃない証明として……その石版の使い所、教えてあげましょうか。」
ソリダスの持つ3つの石版を指さす。
糞の役にも立たないプライドに傷が付きながらも、ソリダスは二つ返事で了承する。
「ついてきて。」
クレアは迷わず署長室へと向かい、ソリダスはそれについて行く。
その無駄のない移動経路だけでも充分クレアが嘘をついていないことの証明になる。
そして盗聴を疑っていなかったことから不安もあったが、元々は一般人ながらに足音を立てぬようにしながらの移動は心得ているようだ。ゾンビやリッカーなどの物音に反応するクリーチャー相手への対抗手段であればクレアの右に出るものはいないだろう。
2人が署長室へ向かった後、通路を更なる来訪者の影が通り過ぎる。
「S.T.A.R.S…」
影は、その巨体に『追跡者』の異名を持っていた。
微かに感じたS.T.A.R.S.メンバーの『匂い』を頼りに、2人の後を追い続ける。
対象を殺すまで、ひたすら追い続ける。
最終更新:2019年10月20日 18:46