ふざけるな。
何故お前は、いつもいつも私の遥か前を行く。
昔からそうだった。
稽古で打ち負かされた俺に対して差し伸べたその手が、俺には遠く、遠く感じられた。
自分より前を進んでいくお前とは対照的に、俺は次第に闇に魅入られていった。
お前の隣に居られないのが怖くて。お前の後ろを歩くのが怖くて。俺はお前の対極に居ることを望んだ。
ここでもお前は、俺の隣に立つのを拒むのか?俺はいつまで、お前の背を追い続ければいい?
「……ホメロス。」
ふと、声が聞こえた気がした。
「ホメロス!」
同行者、花村陽介の一声で現実に引き戻されたホメロス。
殺し合いの世界ではあるまじき、放心状態に陥っていたようだ。
「すまない。考え事をしていた。」
「……13人も死んじまったんだよな。」
完二も含めると14人、か。
悔しげな表情で陽介は拳を握り締めていた。
陽介はホメロスの過去を全て聞いた。つまり放送で呼ばれた『グレイグ』の名がホメロスにとってどういう人物を意味しているのかを知っている。
確かにホメロスは一度ウルノーガの甘言に乗せられてグレイグを殺そうとしていたかもしれない。だが、生きてさえいれば関係なんていくらでも修復出来たはずだ。
土下座でも何でもしての謝罪でもいい。言葉で伝えられないことがあるのなら、メロスとセリヌンティウスよろしく殴り合ってでも友情を再確認すればいい。
かく言う俺だって関係をやり直したい相手がいる。
対等でありたいはずだったのに次第に見上げるだけの存在になっていった男、鳴上悠。俺にアイツを『相棒』と呼ぶ資格はあるのか?そんな疑問は次第に大きくなっていくばかりだった。
話は少し逸れたが、俺にはまだそのチャンスは残されている。
要は関係修復のプロセスを踏めるのはその相手が生きているからこそだということ。
やり直しの機会を永久に奪われた男にどう声をかければいい?
ホメロスという一度悪の道に堕ちた男にとって、グレイグとの関係の修復は元の道に戻ってくるために必要なプロセスだったはずなんだ。
どう言葉にしていいか分からず、声をかけかねている陽介。
「気遣いはいらん。俺たちは軍人だった。死別の覚悟くらい元より出来ていたさ。」
それに対し、澄ました顔でホメロスは話す。しかし陽介には分かった。彼の拳は、自分よりも強く握り締められ、それでもなお震えていることを。
「俺のことよりお前だ。知り合いの名は呼ばれていないだろうな?」
気が滅入っていては満足に闘えんだろう、とホメロスは一言付け加える。それはお前の方だろうが。そんな言葉を飲み込みつつ、陽介は答える。
「呼ばれたよ、ひとり。」
「……そうか。」
「俺はお前みたいに達観は出来ねえ。悔しいし、悲しいよ。」
天城雪子の名は最初の方に呼ばれた。それも、最初に呼ばれた『天海』の名を『天城』と空耳し、それが間違いであったとふと安心した瞬間に続け様に名を呼ばれた。
「だけどさ、俺以上に悔しがって、悲しがってる奴等がいるんだ。」
里中は天城と最も付き合いの長い親友だし、悠も最近天城越え──つまり天城と特別な関係になった。
天城の死を本当に弔うべきはアイツらだ。きっと、自分の分まで悔しがって、そして悲しんでくれる。
「だから俺は前を向く。アイツらがちゃんと下を向けるように。」
「そうか、それならいい。お前は大丈夫だ。」
この時、ホメロスには陽介が少し羨ましく思えた。
誰かの想いを背負うということ、それは闇の道に走った自分がずっと前に捨てたことだ。
旧友の死を悼む権利すら自分にはない。当然、自分の死を誰かに悼んでもらう権利すらも。
■
(そうか、アンタたちもここにいるんだな。)
クラウドは、エアリスの名前以外はどうでもいいと、そう思っていた。
何ならレッドXIIIやケット・シーなど、何人かの仲間が呼ばれていない事実には胸を撫で下ろしたほどだ。さすがにかつての仲間を殺すのに心が全く痛まないわけではない。
(どうやら俺は、思っていたよりもずっと色々なものをやり直さなければならないらしい。)
名簿に書いてあった、失った人の名前はエアリスだけでは無かった。
ザックス、そしてセフィロス。
清算しないといけない過去はひとつでは無かった。
神羅屋敷の地下室で、クラウドは全てを思い出した。ザックスが自分を救い出してくれてから、神羅兵に殺されるまでの経緯を。魔晄中毒で口もきけなかったため、自分を救ってくれたザックスに礼を言うことも出来なかった。
クラウドは知っている。
真に他人のために戦える人物がいるということを。
逃亡の邪魔にしかならなかったであろう、魔晄中毒に陥った自分を置いていかなかったザックス。そして先ほど自分が殺した少女、天城雪子もそんな人間だった。きっとこれから先、自分はそういった人間を何十人と殺していかなくてはならないのだろう。
もちろんザックスも例外ではない。この催しの参加者である以上は殺さなくてはならない。
ザックスとの別れをやり直すために、彼と出会って礼を言わなくてはならないのだが、その反面彼とは会いたくないと思う自分がいるのも確かだった。
そしてもうひとり、乗り越えないといけない過去の人物。
(──セフィロス。)
すべての始まりとなった人物が、この世界にいた。
『──わたし、あなたを探してる……』
その時、エアリスの言葉がクラウドの脳裏に蘇ってきた。
ザックスの人格ではない、本当の『クラウド』を、彼女には見せることなく別れることとなった。他でもない、セフィロスに殺されて。
『──あなたに逢いたい。』
あの願いを叶えるためにも。
俺は生きる。生きて、やり直す。
その決意と共に、グランドリオンに秘められたクラウドの心の闇が、よりいっそうどす黒く染まる。
この闘いに勝ってエアリスに逢えたとして、彼女は俺を受け入れてくれるだろうか。
これだけ心が闇に染まった俺を──
──否。そこはさして重要ではない。
肝心なのは、彼女との物語の続きを紡ぐこと。
例え拒絶に終わったとしても、途中で終わってしまった物語に幕を閉じられるのなら本望だ。
そのためにも、勝ち抜く。
セフィロスまでもが蘇っていると言うのなら、今度こそ奴からエアリスを護る。
それこそがエアリスとの物語を『やり直す』ということだから。
「──さあ、始めようか。」
その言葉を聞いて、たった今出会った相手──向かい合う2人の男はピクリと反応した。
■
金髪の男が告げた言葉は紛れもなく、開戦の合図だ。
おかしいだろ。戦いを苦としていないみたいな面しやがって。相手は人間なんだぞ?シャドウとは違うんだ。だってのに、何でそんな無表情で居られんだよ。
「どうすんだよ、ホメロス。」
陽介は尋ねる。
そうしないと、すぐにでも殺し合いが始まってしまいそうで不安だった。
「殺すに決まっているだろう。殺し合いの反乱分子に害しか及ぼさない相手を放っておくのか?」
そんな陽介に対するホメロスの返答は、陽介を安心させる回答からはかけ離れたものだった。
「……アンタは本当に、この殺し合いに乗ってんだな?」
次に陽介が話しかけたのは、他ならぬ対面相手のクラウド。
「ああ、既に2人殺した。」
だがクラウドの答えも、話し合いの余地はないことを示すには充分。その手に握る真っ黒に染まった聖剣が意味することを、ホメロスは理解していた。
「コイツに情けをかけるな、陽介。」
勇者の剣がウルノーガの手に渡った瞬間、その剣は黒く染まり魔王の剣へと化した。
クラウドの持つグランドリオンから感じる黒いオーラも、使い手の心の現れであると分かっていた。
ホメロスは支給品の刀、『虹』を鞘から抜く。その所作ひとつでホメロスの周りの空気を七色の光が包み込む。
その可憐な刀身は、本来は聖剣グランドリオンと共に闘う武器でありながらも、まるでその聖剣と対をなすかの如く美しく煌めいていた。
そんな中で陽介もまた、ミファーから奪った龍神丸を手にする。
誰もが業物を手にするその構図はまさに一触即発。いつ殺し合いが始まってもおかしくはないとその場の全員に知らしめる。事実として、ジリジリとホメロスとクラウドの距離は縮まっていく。
数瞬の沈黙の後、先に動いたのはホメロスだった。真っ直ぐクラウドに駆け込んで行き、虹で斬り掛かる。
その一太刀をクラウドは後方に下がりつつ弾く。
1対2。さらに手負いの状況でもある。
クラウドから見れば明らかに部の悪い闘いだ。こんな小手調べの一撃で致命傷を受けるわけにはいかないため、慎重な立ち回りを意識するクラウド。
その方針が読めたホメロスは攻めの比重を大きくする。相手が下がって攻撃を軽減するのなら、その分こちらが前に出ればいいだけだ。
前に出るホメロス。
後ろへ下がるクラウド。
戦場はゆっくりと移動していく。クラウドの立ち回り方のせいでお互いに致命傷を与えることも与えられることもなく拮抗する。
だがその拮抗は露よりも儚い。
ホメロスが呪文を使うだけでも、あるいは第三者が乱入するだけでも戦況は大きく動く。
この拮抗が保たれているのは、この場における第三者、花村陽介が迂闊に動けないでいるからである。
ホメロスとクラウドが忙しなく動き続ける戦場に疾風魔法ガルダインを放つのは狙いが定まりにくく危険だ。
さらにはこんなら小ぶりなナイフで迂闊に近寄るとより射程の長い斬撃の嵐に巻き込まれる懸念もある。
よって、ここでの陽介の行動はマハスクカジャによるサポートが精一杯であった。100%ホメロスの邪魔をしないスキルはそれしか無い。
だが消去法的に選ばれた行動であってもその機能は充分。
スキルによる補助で極限まで研ぎ澄まされたホメロスの攻撃の精度は、守りに徹するクラウドをじわじわと追い詰めていき、反撃を許さない。
むしろ戦局の拮抗が続いているのは、クラウドの剣の実力の証明か。
ホメロスは魔法を織り交ぜればクラウドの守りを崩すことが出来る可能性はある。だがその詠唱時には多少の隙ができるためリスクも伴う。
よってホメロスは武器のみを用いてクラウドと戦闘している。
クラウドはホメロスの攻撃を捌くのに相応の体力を要する反面、ホメロスは攻撃するだけでよい。
攻める側と守る側、消耗の比重が大きいのは言うまでもなく守る側だ。戦局の拮抗が続けば続くほどホメロスは有利である。よって焦って守りを崩しにかかる必要は無いとホメロスは判断した。
それは元来軍師であるホメロスにとって、癖のようなものであった。軍師は必要に応じて前線に立つことはあるが、その場合においても絶対に死んではならない。軍師の死は隊の敗北を意味するからだ。よって攻める側に立つ場合でも最低限自分の安全は確保すべき。そんな従来の戦闘の癖は今でも抜けない。
つまり、戦局の拮抗はホメロスにとって望ましい状態であった。拮抗が続けば続くほど、体力においてアドバンテージを得られる。
だがひとつ、ホメロスの誤算があった。一方的に致命傷にならない程度のダメージを受け続ける意味はクラウドの側にもあるということ。
クラウドが受け身の戦闘を続けていたのはダメージを受けないためだけではない。渾身の一撃を叩き込むその隙を待つためでもあった。
結果として、ホメロスの軍師としてのスタンスは悪癖だったのである。
【LIMIT BREAK】
突如、下がりっぱなしであったクラウドが前進する。
同じく前進していたホメロスと正面から衝突する形──しかし必殺のリミット技によって太刀同士のぶつかり合いは一瞬で片がつく。
グランドリオンから放たれたクライムハザードがホメロスの虹を弾き飛ばした。
「なっ……!」
なかなか崩しきれない堅固な守りと、攻めに転じた際の鋭い一撃。
そして何より、闘いの中でも自分ではなくその遥か先を見ているようなその目。ホメロスの脳裏に一人の男の姿が重なった。
それと同時に、幾度となく味わった『敗北』の味をホメロスは思い出す。
好機と言わんばかりにそのまま 攻めに転じるクラウドと、虚をつかれ咄嗟に方針を守りにシフト出来ないホメロス。本来ならばここで決着はつくはずだった。
「──ペルソナッ!!」
しかしクラウドはホメロスへの追撃を断念することとなる。
先ほどまでは2人が追う・離れるの関係であったため狙いが定まらなかったが、両者が真っ向からぶつかり合うやり取りへと変わったことで場所の移動は無くなった。
よって、ここでスキルによるアシストしかしていなかった陽介が参戦した。
蛙を模した陽介のシャドウ、『ジライヤ』が横からクラウドに向かって突撃する。
陽介としても、相手が死にかねないような攻撃を行いたくはない。だがそこで動かないとホメロスが死ぬ。それはもはや、半ばやけくそとも言える攻撃だった。
しかしそれはクラウドにとって予測外の追撃。
予測の外とは、これまで説得が中心だった陽介が攻撃をしてくることではない。陽介の攻撃自体は予測の範疇。クラウドの予測を超えていたのは、陽介の攻撃の『速さ』である。
ホメロスを両断してからでも間に合うと考えていた回避を、ホメロスへの攻撃前に余儀なくされる。
同時に、クラウドは認めることとなる。
戦闘前に説得を試みていた陽介を、たったそれだけの理由で侮っていたことを。
不殺傷のスタンスを取っているからといって戦力が無いとは限らない、それは先ほど殺した少女、天城雪子との闘いで分かっていたはずだ。
敵の抹殺をエアリスの蘇生という目的を叶えるための手段としてしか見ていない。言い換えれば、クラウドの目は常に敵を倒した先にあった。それはそれだけの心の余裕を持てるクラウドの実力の裏打ちではあったが、同時に慢心という大きな弱みでもあった。
だが、今度こそ認めねばなるまい。
少年を守るために闘い抜いた者も。
自分で闘う力が無く、知力を駆使して支給モンスターを操るしかなかった者も。
他者の死の中に自らの生きる意味を見出した者も。
自らの命を投げ出してまで誰かを守ると決めた者も。
この世界にいる者は皆、闘う者達であると。命の数だけでなく、それぞれの本質を見据えた上で向き合っていかなくてはならない者達であると。
覚悟を入れ直し、陽介を含めた二人の敵へと向き直るクラウド。
一方ホメロスは弾かれ、地に落ちた虹を拾い上げる。
彼もまた思い知る。この場において軍師としての知識に頼った立ち回りは悪手であったと。
クラウドの用いたLIMITBREAKの概念を彼は知らない。当然、知らぬものは戦術に組み込みようがない。この世界では元の世界で取り入れていた知識など役に立たないのだ。
さらに言えば、そんなことは陽介と初めて出会った時に分かっていたはずだ。彼もまた、ペルソナという未知の力を用いていた。
それでいてなおも自らを軍師という立場に置き、自らの知識の範囲のみでリスクを避ける戦闘を続けていた、その結果がこれだ。陽介が居なければ勝負は決していた。
ホメロスもまたクラウド同様、覚悟を入れ直す。この場で要求されるのは知識ではない。ただ目の前の現実を即座に認識し、それに合わせて立ち回るこの身ひとつのみ。
こうして、闘いの中心であった二人が新たな心持ちで対峙する。
最終更新:2020年01月11日 09:59