魔王達が橋を渡っている途中に、その放送は流れた。
自分達の場所とは離れた場所が禁止エリアに選ばれたため、問題はなかった。
だが、死者の名前が発表された時。
それまでのにぎやかだった3人(2人と1匹か?)は、嘘のように黙りこくってしまった。
ただシルビアもサクラダもオトモも、そして魔王も、互いの顔色のみ窺っていた。
どうにもいられず、そのまま橋の上で棒立ちになって転送されたらしき名簿をめくる。
薄っすらと魔王は予想していたが、クロノの名前が名簿に載せられていた。
おそらくサクラダやシルビアの仲間、オトモの言う旦那様とやらも参加させられているのだろう。
しかし魔王にとっては、参加名簿のことなどはさほど気にならなかった。
(グレン……。奴が、これほど短時間で倒されるか……?)
放送によると、彼は何者かの裏切りによって殺されたのだということが伺える。
だが、ラヴォスとの戦いの傷が癒えてなかったとはいえ、自分を討った相手だ。
確かに先程戦ったあの怪物のような相手なら、まだ負けてもおかしくはないだろう。
だが、裏切り程度のことであの男が死ぬとは到底思えなかった。
放送で呼ばれたその男の名前は、本名ではなく『カエル』だった。
しかし、自分の名前が『ジャキ』ではなく『魔王』として名簿に載せられていること。
そしてマナが『騎士道精神』と言ったことから、自分をかつて殺したカエルで間違いないと魔王は確信する。
そしてもう一人、魔王が思い浮かんだのはクロノのこと。
たかだか二人仲間を失ったくらいで、あの男が簡単に主催者の言いなりになるとは思えない。
だが、この13人という死者の数。そして、自分を倒した勢力が2人も死んだことを考えると、クロノも何時まで生きているか分からない。
確かにクロノと敵対しないためにも、殺し合いに乗らなかったことは正解だった。
だが、手掛かり一つ掴めない以上、目下魔王の行動方針として、今のメンバーのままでいるしかない。
「貴様たちの知り合いはいたのか。」
先程までのにぎやかな雰囲気はどうにも馴染めなかったが、この空気はそれ以上に気に入らなかった。
居ても立っても居られなかった魔王が話しかける。
「ええ。アタシの仲間のほとんどが呼ばれていたわ。」
「エノキダ達はいなかったのが良かったわ。でも、前アタシのお客さんだった人がいるのよ。」
「知り合いで呼ばれたのはご主人様だけだったニャ。」
魔王が心に引っかかったのは、もう一つあった。
名簿の中身が、てんでちぐはぐだったということ。
フルネームで書かれている名前、偽名と思しき名で書かれている名前、そして自分のように称号、呼ばれ名で書かれている名前。
それに、参加者選出方式。
知り合いが多く呼ばれている者、ほんの数人しか呼ばれていない者、ここにいるメンバーだけでも違いがある。
こうなると何の目的でこの戦いが始まったのか、まるで分からない。
「それとさ、ちょっと聞きたいことがあるのだけど。」
次に声を上げたのは、サクラダだった。
「アンタ達の知り合いに、『昔の人』は呼ばれてない?」
「確かに別の時代の人間がいたが、どういうことだ。何が言いたいのか説明しろ。」
シルビアとオトモの返答を待つより早く、魔王が問い返す。
「さっきウルボザって人が呼ばれたでしょ?その人、アタシのじいちゃんの時代、ハイラルの英傑の一人で有名な人なのよ。」
かつてハイラルを襲った大厄災の時に活躍していたゲルドの英傑、ウルボザ。
サクラダが産まれる前に、その命は果てたはずだが、この戦いに参加していたことに、驚きを隠せなかった。
「昔ではないが……5人(3人と1台と1匹か?)程、私の世界の未来から呼ばれている者がいる。」
「アタシは別の時代の人は呼ばれなかったけど、死んだ人が2人も呼ばれたわ。」
今度はシルビアが口をはさんだ。
「どんな奴等だ?」
「一人はアタシの仲間で、もう一人はウルノーガの手下で、アタシ達が前倒したはずなのよ。」
シルビアが話したのはベロニカと、ホメロスのことだった。
(仲間?ウルノーガの手下?倒したはず?)
その話を聞いて、魔王の予想が確信に至った
主催陣営に、死者を復活させる能力のみならず、時間を操る能力の持ち主がいる。
シルビアが、「ウルノーガはかつて自分達が倒した」と言っていたが、なぜ復活したのかも察しがつく。
何者かが自分と同じで、生き返らせたのか、あるいは生存している時期から呼び出したのだろう。
だとすると、この戦いを開いた人物は、予想以上に厄介な相手であると魔王は勘繰る。
よしんばこの世界で脱出し、なおかつ主催者の討伐に成功しても、時間を巻き戻されてしまう可能性があるからだ。
これは一刻も早く、クロノとの合流に成功しなければならない。
どういうカラクリか知らないが、時を渡ることが出来た奴等なら、時間を操る相手に対処できる可能性もある。
「ちょっ……昔とか、未来とかどういうことニャ?
それより、早くご主人様を探しに行くニャ!!」
オトモが急に立ち止まった三人をせかす。
「ああ、そうだな。」
短い返事で済ませ、先へ進もうとした瞬間、橋が揺れた。
地震かと一瞬魔王は思ったが、そうではなかった。
「あれは……。」
「ウソ……どうして?」
「VOOOOOOGAAAAAAAAAHHHHH!!!」
姿形こそ大きく変わっていたが、先程殺したと思っていた魔物だった。
死者に動揺する暇もなく、再び戦いに身を投じられる。
魔王の放った最強の冥属性魔法、ダークマターで、ネメシスに多大なダメージを与えたのは事実だ。
しかし、持ち前の生命力と筋力が、犠牲になったのをその防護服だけに留めた。
そして、その防護服を失ったことで、抑えられていた右腕と背中の触手が全て自由になった。
「ウソ!?どうして!?どうして生きているのよ!!」
大きく姿を変え、迫り来る追跡者の恐怖に、シルビアは恐れ慄く。
「何してるの!!早く逃げるわよ!!」
「魔王の旦那、ここは退却すべきだニャ!!」
既に橋を渡り終わったサクラダとオトモが、魔王を急かす。
しかし、巨体に似合わぬスピードでネメシスは迫り来る。
つい先ほどまで橋の向こう側にいたはずなのだが、すでに魔王達の近くまで来ている。
防護服が壊れ、むき出しになった右腕から出る無数の触手が、魔王に襲い掛かる。
「手を変えてきたか!!」
ネメシスのソリッドバズーカを持っていた右腕は、現在は無数の触手を纏っている。
単発の威力こそバズーカに劣るが、リーチや柔軟性、手数に関してはこちらが厄介だ。
魔王はダークボムで触手ごと本体を弾き飛ばす。
しかし、ネメシスは怯まずに触手の束を魔王に向けて振り回す。
「くっ……ダメージも止む無しか?」
「そうはいかないわ。ピオリム!!」
シルビアの力によって、急に体が軽くなった魔王は、ネメシスの攻撃を躱すことに成功する。
「まだよ……ボミオス!!」
今度はネメシスの体が重りでもつけられたかのように鈍くなる。
続いて魔王がアイスガをネメシスの手前に打つ。
鋭利で滑りやすい氷の塊は、ネメシスの動きを阻害するのに役立った。
細長い橋の上では攻撃を躱しにくい分、明らかに自分達が不利だ。
橋ではなく平原まで退却し、そこからネメシスを迎え撃つことにする。
ネメシスが橋から降りた所で、それぞれが散開し、新たな戦いが始まった。
「S.T.A.R.S!!」
ネメシスの触手を纏った拳が、襲い掛かる。
最初にターゲットになったのは、オトモだった。
「旦那様が来るまで、負けないニャ!!」
しかしオトモは七宝のナイフで触手を斬り付ける
「GWOOO!!」
使い手こそ凡庸だが、武器はハイラルでも特に優れた鋭さと軽さを持っているため、触手を数本斬り裂くことに成功した。
そして、彼もハンターと共に戦地を何度か経験している。
シルビアの補助魔法も相まって、ネメシスへの反撃を加えることが出来た。
その隙に魔王はネメシスの死角、片目が潰れている方に回り込み、再度ダークマターを撃つ準備をする。
しかし、いくらオトモ達が早くなり、ネメシスが遅くなっているとは言え、右腕と背中の触手全てを捌くことは出来ない。
オトモの剣も無視し、ネメシスはオトモを蹴飛ばそうとする。
「危ない!!」
シルビアはオトモを抱えて全力疾走。
間一髪で二人共蹴りの餌食にならずに済む。
追加で右腕から触手が襲い掛かる。
しかし、シルビアの曲芸で鍛えた素早さで、肩を掠めるだけに終わる。
触手の先に着いたウイルスも、星のペンダントの力で解毒される。
今度はネメシスの背中の触手が、魔王に襲い来る。
止む無く詠唱を中断し、後ろへ退く。
どうにか魔力が切れる前に、シルビア達の体力が切れる前に倒さねば。
しかし、不意を突くのも難しい中、反撃のタイミングを掴めない。
ネメシスは怯まず、触手を振り回す。
「こいつ、一体何だニャ!?」
何度かミッションに出向き、巨大なモンスターを見たことがあるオトモにさえ、ネメシスは異常な怪物だった。
「オトモちゃん!!サクラダちゃん!!危ないわ!!」
シルビアはオトモとサクラダに後ろへ下がれと指示する。
しかし、シルビア本人も、今の状況が極めて良くないことは理解していた。
自分は父のジエーゴの下で培った、騎士道の力はあるにせよ、やはり最前線で戦うのは得意ではない。
魔王もよく見ると、ベロニカのように魔法を中心とした戦術で攻めるのが得意なようだ。
一度目は不意を付けたが、二度も上手く行くとは思えない。
仮にシルビアの知らない技を知っていたとしても、武器を持っていない今は、それを使えない可能性もある。
今でこそぎりぎり均衡を保っているが、ピオリムが切れるか、体力が切れればその結末は見えている。
「S.T.A.R.S!!」
「くっ!!」
魔王は何度目か、ダークマターの詠唱に入るが、その度にネメシスの拳か、あるいは触手が襲い掛かる。
慌ててダークマターを、ほぼノータイムで使えるダークボムに切り替える。
だがそれではネメシスを怯ませることこそ出来るが、効果的なダメージは与えられない。
おまけに、今の一発で、ダークマターに必要な分の魔力まで使ってしまった。
身体が徐々に重くなるのを魔王は感じる。
体力の消耗ではない。シルビアに掛けてもらったピオリムの効果が薄れてきているのだ。
シルビアに追加の魔法をかけてもらいたい所だが、向こうもそれどころではないようだ。
八方塞がり、という所で、後方から銃弾が聞こえる。
まずい、新たな敵襲か、と思うがそうではないとシルビアの声が教えた。
「イレブンちゃん!!」
魔王達も、その男がすぐにシルビアの仲間だということが分かった。
背中で眠っている少女と、銃弾を撃ったらしい横を飛んでいる機械のようなものは何なのか説明はなかったが。
新たな仲間が加わり、戦いは続く
最終更新:2020年01月01日 11:17