主催者であるマナとウルノーガは時を超えることができる。今しがたリーバルはその予測を立てたばかりだ。
主催者であるマナとウルノーガは死者を甦らせることができる。これは元より分かっていたことだ。

どちらの力がより恐ろしいかは 考えるだけ無駄だが、どちらも理に反している。時間は止めることはできても、逆行することはできない。傷を癒すことはできても、死を覆すことはできない。それなのにまだ生きていたかったマールディアが死んで、もう死んでいたはずの僕らが生き残っている。こんなの、不条理だ。
生と死の線引きとは、世界の理とは、こんなにも容易く覆るものであったか。僕らの直面している現実は、ともすれば厄災ガノンなんかよりもよっぽどタチの悪い何かなのかもしれない。

「まったく、シケたツラしてるわね。」

手元から、声が聴こえてきた。
何故手元なのか。それは今現在、ベロニカを腹の下に抱えて飛行中であるからだ。
よって、向こうから一方的にこちらの表情が見えている状態だ。

「……君ほどじゃないよ。さっきまで半ベソかいてた君ほどじゃ、ね。……ああ、見えないけど、もしかして今もかい?」

「ふん、何よ。心配してやってるのに。……ま、そんな軽口聞けるなら大丈夫そうね。」

死後に神獣ヴァ・メドーの体内で亡霊として囚われ続けた僕は、最低限ハイラルの実情は知っている。
ギリギリで力に目覚めたゼルダ姫がガノンを百年に渡って封じ込めていること。
リンクの奴が百年の眠りから目覚めて神獣の解放に奔走していること。

自分の死後の仲間の行方も分からず、不安なのはベロニカの方だろうに。
自分のことで手一杯な時にも他者を気遣うベロニカが、一人の少女と重なった気がした。

(だから……かな。この僕が柄にもなく他人のために、ベロニカの仲間の行方を明らかにしようとしているのは。)

とはいえ状況は絶望的。
何しろこの殺し合いを開いているのが、他でもない、ベロニカとその仲間が立ち向かってきたウルノーガなのだ。ベロニカが死んだ後に、仲間たちもウルノーガの支配を受けて殺し合わされている。答えなど分かっているようなものだけれど。それでも、真実を明らかにすると約束した。

「ほら、シャキッとしなさいよ、リーバル!前方、誰かいるわよ。」

と、考え事をしていると不意にベロニカの怒号によって現実に引き戻されるリーバル。

「うるさいな、いちいち言われなくても分かってるさ。……と、あれは……!」

その人影の片方、それは――リーバルもよく知る者であった。

ここで会ったが百年目とはよく言ったものだけれども、まさか文字通りの意味で使う日が来るとはね?

こんな殺し合いが開かれていなければ、その相手は神獣ヴァ・メドーを解放しに来るリンクだったのだろうか。ホント、待たせすぎだよね。
まあいい、そんなことよりも。
今はこの再会を喜ぼうじゃないか。

「やあ……姫。」

「ひゃあっ!?」

姫――ゼルダの前にスーッと降り立つリーバル。地上の敵ばかりを警戒していたゼルダは、唐突に目の前に現れた影に驚き飛び退く。

「なっ……カモネギがじゅくがえりしょってやって来たぁ!?!?」

「ちょっと!誰がじゅくがえりよ、誰が!!」

ついでに、ゼルダと行動を共にしていた少年――レッドの方も驚きつつ、キラキラした目をリーバルに向けていた。

「って貴方……リーバル!?」

「久しぶりだね。元気そうで何よりだ。」

百年ぶりの邂逅は、お互いにとってこの上なく望ましい形で行われた。

お互いが同行者を連れていること、それは殺し合いに乗っていないという証明といえる。――真偽のほどは別にして、ではあるが。

また、両者とも大きな怪我は負っていないこと、これも安心材料のひとつ。
ゼルダの格好はボロボロで、何か戦闘があったのだと見受けられるが、応急措置の跡も見られ、目前の命の危険などは無さそうだ。

「なあ、姫さん。こいつも姫さんの仲間なのか?」

たった今がカモネギの進化系が見つかった歴史的瞬間なのかもしれないとどこかワクワクしながら、レッドがリーバルを指さして言う。
その無礼な態度に腹を立てるも、気になるポイントは他にあったためスルーする。

「こいつ『も』とはどういうことだい?」

僕以外に姫の知り合いはこの場に居ないはずだけれども……

そこまで考えて、以前出会ってもここまで着いてきていないゼルダの知り合いの正体についてふと考えが至る。

「もしかして、ウルボザ……」

「い、いえ!違います!ダルケルですよ!」

少し気まずそうな顔をリーバルは浮かべたため、慌ててゼルダは訂正する。

「ダルケル?ここにはいないようだけど、何かあったのかい?」

不思議そうに、リーバルは尋ねる。

そんなリーバルを前に内心、ゼルダは微笑んだ。
こうも自然に、話を切り出せるタイミングが訪れてくれるとは。
ゼルダはグレイグを殺した。
それをクロノに擦り付け、さらに自分を護ってもらわなくてはならないのだ。

だが、脈絡もなく話し始めるとどうしても、その結末に持っていきたいような雰囲気が生まれる懸念がある。
ここでリーバル達に与える印象ひとつひとつが自分の生存に直結するため、ゼルダは慎重に機を伺っていたのだった。

「そうですね……それを語るにはお話しなくてはならないでしょう……。私の、ここまでの道のりについて。」




そして、ゼルダは話し始めた。
茶髪の少女(里中千枝)に襲われたところをグレイグという青年に助けられたこと。

しかしそのグレイグも他の人物に殺され、逃げている途中にダルケル、レッドの二人と合流したということ。
ダルケルはその人物と戦いに向かっているため、ここにはいないということ。

「グレイグが……ソイツ、相当な実力者ね……。一体、誰に……?」

『敵でも味方でも無い』程度の知り合いの死を突き付けられ、複雑な表情のままベロニカが問う。ここが正念場、声のトーンを落とし、ゼルダは語った。

「――クロノという、少年でした。」

ピクリと、リーバルの眉が揺れる。

――この時。そうか、と素直に頷いていればどれほど楽だっただろうか。

「……もういいよ、姫。」

「ちょっとリーバル!もういいってどういう事?まだ向こうが話してる途中でしょうが!」

君は、踏んじゃいけない地雷を踏んだんだ。でも君が悪いんじゃない。悪いのは、僕の往生際かもしれないね。

「うるさいね。茶番はもう沢山だ――そう言ったんだよ。」

「……どういう事ですか?」

「どうもこうもない。クロノに襲われた?有り得ないんだよ。」

クロノ?そんな奴会ったことないさ。僕が知っているのはそいつの名前だけ。

「クロノってのは、マールディアが生涯を賭けて信じると誓った男の名だ。だから僕も信じる。」

でも――許せないんだ。彼の名を貶めることだけは。
その名を汚すということは、『彼女』の生涯を汚すことと同義だから。

本当に僕は、往生際が悪いものだよ。こんなことしたって彼女が生き返るわけでも救われるわけでもないのにね。
クロノの無罪を信じる根拠は薄っぺらいったらありゃしない。

でもね、必要なんだよ。
信じるに値する人物が、信じたいと我が心が願う人物が、どれだけ他人を有罪と叫ぼうとも、最後まで無罪だと信じて抗える存在は。
さもないと、善人の顔をした魔物に騙されてしまうだろう?

「……貴方は長く共に過ごしてきたこの私よりも、この殺し合いで初めて出会った付き合いの浅い人物の方を信じると言うのですか?」

焦りながら、ゼルダは引き下がらない。ここでクロノが白だと断じられては、リーバルの飛行速度ですぐにでもハイラル城に向かわれ、クロノ、ダルケルと合わせた3人を敵に回すこととなる。
敵と仕立て上げるのが知らない相手だったからこそダルケルを丸め込むことができたが、相手がよく知る英傑であればミファーやリンクの説得とて難しいだろう。

だからこそ、口調が喧嘩腰になりつつもゼルダは応戦する。

「フッ……笑っちゃうね。共に過ごしてきた、だって?こりゃ傑作だ。百年前の話だろ?」

だが、口先で戦うのであれば――それは元よりリーバルの独壇場であった。

「百年も経てば人は変わるさ!僕と君に、かつての信頼関係なんて完全には残ってはいない。」

根拠は薄くともクロノは無罪でなくてはならない。マールディアの尊厳をも貶めるのは――リーバルのプライドが許さない。

マールディアというリーバルの地雷を、ゼルダは無自覚に踏み抜いたのだ。

「ほんっと、愚の骨頂だよね――」

しかし、忘れてはならない。
地雷を持つのはリーバルだけではないということを。

ゼルダもまた、特大級の地雷を抱えていた。

「――君はいつまで百年前に囚われているんだい?」

そして同じく無自覚に――リーバルはそれを踏み抜いた。

「ッ……!うるさい!!」

刹那、銀色の閃光が走る。
瞬時に、蒼い影が後方へ跳ぶ。
同時に、紅い鮮血が舞い散る。

「あれ?怒ったのかい?本性、現したね。」

「……。」

次に聴こえたのは、胴から血を流しつつ嗤うリーバルの声。相対するは、血に塗れた短刀をいつの間にか逆手に構えていたゼルダ。

「リーバル!大丈夫!?」

「勿論さ。あんなのに殺される僕じゃない。でも――」

何が起こっているのかをいち早く察知したベロニカは、リーバルの隣に付いてゼルダ達と対峙する。リーバルが反射的に下がったことで、心臓に刃を突き立てられる事態は避けられたらしい。

「――刃を向けられたからには僕も看過できない。」

リーバルは真っ直ぐにゼルダを睨み付け、アイアンボウガンを手に取って木の矢を装填する。それは『殺し合い』の開始を告げる合図であった。


(私としたことが、頭に血が上りすぎましたね……。でも……!)

『――君はいつまで百年前に囚われているんだい?』

でも、許せないんだ。私の願いを、私の生きる糧を、真っ向から否定するその一言だけは。


ゼルダの本性をいち早く察知できたリーバル。
怒りに任せた無謀な奇襲には失敗したが、元より殺し合いを勝ち抜くために様々な状況を想定していたゼルダ。
リーバルに一歩遅れを取ったが、こちらが身構える前に襲いかかって来る敵との実戦経験は多々あるベロニカ。

この時、三者はそれぞれが自分なりの現状の把握を終えた。

しかしたった一名。この場には状況を即座に理解できなかった者が存在していた。

「なあ……!一体どうしちまったんだよ!」

言うまでもなくそれはレッドである。
シロガネ山に籠る前から、悪の組織ロケット団と戦いを繰り広げてきた彼は、人の悪意というものに鈍感なわけではない。
ただし、彼の経験してきた戦いはすべて『ポケモンバトル』であった。そんな彼にとって、人が武器を用いてポケモン(リーバル)を襲う光景、それは常識を優に逸脱したものであったのである。

また、リーバルもベロニカも状況を把握し損ねていたひとつの要因があった。二人にとっては未だ、ゼルダと行動を共にしていたレッドも警戒対象であったということ。

これらの要因により、全員が全員、次のゼルダの行動に遅れを取ってしまうこととなる。

リーバルがボウガンに矢を装填する僅かな間を狙って、ゼルダは即座に走り出す。

「っ……!しまっ……」

逃げ出すにしては方向が見当違い。一瞬の思考の後、その意図にいち早くベロニカは気付く。しかしそれを阻止する手段は詠唱を必要とする呪文のみ。

「――動かないでください。」

結果、ベロニカも間に合わない。
レッドの首元に、アンティークダガーが突き付けられるという状況が作り出されてしまった。

「この、卑怯者……!」

「ええ、お察しの通りです。レッドは味方ではありません。騙して利用していただけですわ。」

ベロニカは唇を噛む。
悪でない者を悪と騙り、第三者と敵対させる手口。悪魔の子と見なされて苦しんできたのは他でもない、自分たちなのに。
同時に、思い出した 。ゼルダに関わって死んだ男グレイグの行いが、マナの放送で『空回り』と称されていたことを。
彼もまた、ウルノーガにそうされていたようにゼルダに騙されてクロノと戦わされたのかもしれない。

だとしたら、許してはいけない。
人の正義感につけ込むやり口を。人を殺し合わせ、その影で嘲笑う卑怯者の存在を。

「くっ……!離してくれ!姫さん!!」

「おっと。」

「っ……!」

この状況下で暴れる勇気は無くとも、せめて対話を――そんなレッドの思惑を真っ向から否定するかの如く、アンティークダガーを握った手に少し力を込める。レッドの首に刃が食い込み、ぽたり、と血が流れると同時にレッドは口を閉じた。

「貴方は黙っていてください。次はありませんよ。」

リーバルとベロニカの動向に意識を向けなくてはならない今、レッドの言葉にまで注意する余力は無い。支給モンスター、ピカへの指令を封じるのは必要な今、発言そのものを封じるのが最も効率的だった。

「姫……君は自分のやっていること、分かってるのかい?」

リーバルが問い掛ける。
それしか方法は無かったとはいえ、特に彼らと親交の深いわけでもないレッドを人質とするのは少し不安だった。しかし、やはり英傑かくあるべしということか。善意の少年を見殺しにできる性根は持っていなかったようだ。

「ええ、分かっています。貴方と交渉をする、最も手っ取り早い方法ですわ。」

――それならば。貴方の英傑としての資質、存分に利用させていただきましょう。



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最終更新:2020年03月22日 11:04