「……要求を言いなよ。」
「そうですね……ひとまずはそのボウガンを私の前に投げ捨てなさい。」
「……分かった、従うよ。」
歯を食いしばって、ゼルダの要求に従うリーバル。その様子を見ていられなくなったベロニカが口を開く。
「ひとつ、警告しておくわ。」
リーバルの投げ捨てたアイアンボウガンを拾おうとしたゼルダの動きがピタリと止まる。所詮負け犬の遠吠えであろうと半ば侮りつつも、注意を向ける。
「その子は確かに人質だけど、アンタにとっては唯一の命綱でもある。アンタがその子を殺した時は、あたしは即座にありったけの呪文をぶつけてやるわ。」
「……!」
一見挑発とも受け取れる警告――もとい脅迫。しかしこの言葉ひとつでゼルダの行動はかなり限られる。
人質とは、一人を不自由無く殺せる状態にある場合にのみ機能する。しかしこの状況下。レッドを殺した場合、リーバルとベロニカの武力制裁から逃れる手段がゼルダには残らず、さらに無力な少年を殺した手前、二人の手心すら期待できない。
また、所謂奉仕マーダーであるミファーなどとは異なり、ゼルダの目的は願いの成就である。
優勝できない――つまり自分が死ぬのであれば、他者を殺すことは根本的に無意味である。元々ゼルダは正義の側に立つ人物。『自分の願いが叶わないのであれば誰も殺したくない』と思うのは当たり前の思考。
筋道だてて考えれば、ゼルダにレッドを殺す理由は無い。それはリーバルもベロニカも理解している。
それでもレッドがギリギリ人質として機能しているのは、単にリーバルとベロニカがレッドを見捨てる選択肢を取れないタチであるからに他ならない。ゼルダがレッドを殺せないと分かっていても、万が一を考えゼルダに従う。それで自分たちの身が危険に晒されることとなっても、だ。これは両者がすでに死んだ身であり、レッドに比べて自分たちの命の優先度なるものを下げて考えてしまう、ネガティブな思考形態にも由来していた。
そして、レッドの人質としての価値がそれだけ不安定な状態である今、ゼルダにとって最優先すべきはレッドをいつでも殺せる状況の確保である。レッドを殺してもリーバルとベロニカからの武力制裁を受けない状態――すなわちリーバルとベロニカを武力で上回る状態。そのため、手始めにリーバルのアイアンボウガンを捨てさせた。
そしてここで、ベロニカの警告に意味が生まれるのだ。
リーバルのアイアンボウガンと違い、ベロニカの呪文は『武装解除』が不可能である。仮に『魔力を使い切るまで呪文を空撃ちしろ』と要求しようとも、ゼルダにはベロニカの魔力が空であることの確認ができない。それは悪魔の証明に他ならない。
つまりベロニカの警告は、ゼルダの想定していた次の一手を明確に潰すものであった。
かといってレッドを殺すこともできないゼルダはいかにベロニカの呪文を封じるかに思考をシフトする。
目の前に落ちているアイアンボウガンでベロニカを撃つか?否、ボウガンを撃つには両手を用いなくてはならない。アンティークダガーを手放した瞬間レッドは自分の元を離れるだろう。そうすればボウガン1本でリーバルと、呪文を扱うベロニカ。さらにはレッドが操るピカをも相手にしなくてはならなくなる。
では、リーバルに一旦アイアンボウガンを返却して、ベロニカを殺させるか?否、殺せないレッドを人質に取っている地点でこちらは不利を負っている。武装解除ならば従わせることも可能かもしれないが、ベロニカの命を差し出させるほどの手札を自分は持っていない。
(――仕方ない、ですね。)
自分が手にするか、リーバルに使わせるか。用途が上手く定まらないアイアンボウガンを拾うことを一旦保留する。
レッドを殺せず強気な交渉がしにくい今、ベロニカの呪文を封じるのは現実的ではない。
が、目的達成の手段は敵の戦力を削ぐことだけではない。
自分の持つ戦力を増やすこと、それもまた必要だ。特に、この場を乗り切ってもここにいる三人と、そこから情報が波及した人物の協力は望めそうにない。
(とりあえず……あれを返してもらいましょうか。)
そこで戦力の補給のため、ゼルダはアンティークダガーを突きつけたまま、片手でレッドのポケットを漁る。
現在レッドは2個モンスターボールを持っているはず。
ひとつは今もボールから出ているピカチュウの『ピカ』のもの。
もうひとつは私が預けている、瀕死のキリキザンの『ナイト』の入ったものだ。
これらふたつのボールを回収できれば、この場を切り抜けた後も最悪ひとりでも戦えるだろう。
片手しか使えない都合上作業が滞ったものの、ナイトの入ったボールは回収できた。
ピカはモンスターボールに入れる習慣が無いのか、デイパックにしまい込んでいるらしく見つからない。片手だと面倒だが、レッドのデイパックを漁る必要があるようだ。
「――!?」
様々に思考を張り巡らせるこの時、唐突にゼルダの背筋に悪寒が走る。自己に迫る危機を、本能的に察知したのかもしれない。
その本能の示す先に目を向ける。そこには、完全に想定外の存在――ピカが全身に電撃を纏ってゼルダに全力の殺気を向けている光景だった。
支給されたポケモンは所有主の指示無しには動かない。レッドの発言を封じているからと、レッドの支給品に過ぎないピカはゼルダの注意対象から外れていた。それは油断でも気の緩みでもなく、自身の情報認識の限界を考慮した上での的確な情報の取捨選択であるはずだった。
ゼルダの誤算は、たったひとつ――されどそれは致命的な失敗。
それはピカとレッドの間の『絆』を知らなかったということ。
ピカを奪おうとすることはレッドにとって、これまた地雷であった――それを踏んだ組織ひとつが壊滅に追い込まれたほど、強力な。
(ピカ……!)
モンスターボールの制約によりレッドの指示がないと動けないため――また、動けたとしてもレッドが人質に取られているため――やむを得ず待機せざるを得なかったピカに対し、レッドは目配せした。
ゼルダがデイパックに気を取られている今、レッドの目線などに注意を向ける余力は無い。
とはいえ、いくら長く連れ添ってきたパートナーであってもアイコンタクトのみで100%意思疎通をすることは不可能。
それでも――
(俺ごと撃て……!!)
――覚悟を決めたその眼から、最低限の『命令』を、ピカは読み取ったのである。
「――!?」
レッドと、レッドを捕らえたゼルダに向けて。世界最強のピカチュウによる10まんボルトが襲い掛かる。
指示をした形跡すらもゼルダに見せない一撃に最適な反応などできるはずもなく。ゼルダはレッドの首からアンティークダガーを離し、大胆なバックステップでそれを回避する。
対象を失った電撃はされど止まらず――やむ無く矛先とされたレッドの身、ただひとつに降り注ぐ。もちろん実際に10万Vもの電圧が流れるわけではない。しかしそれでもそう喩えられるに相応しいだけの威力の電撃。それが一人の人間でしかないレッドの全身を駆け巡る。
「よく……やった……ピカ……!さすが、俺の……」
パタリと糸が切れたかのように、未だ幼い少年はその場に崩れ落ちる。
さて。10まんボルトを逃れたゼルダだが、それは同時に唯一の命綱を手放したということに他ならない。リーバルもベロニカも、ここが好機と――そして何より我が身を犠牲にしてまでゼルダの隙を作り出したレッドの想いを無駄にしてはいけないと、それぞれ動き出す。
リーバルはゼルダの足元のアイアンボウガンに向け、大地を蹴って低空飛行で加速する。
ベロニカは魔力を練って攻撃呪文を準備する。
レッドを殺した手前、手心は期待できない。先の予測は実際にゼルダに牙を剥いた。
対するゼルダ。レッドが人質として機能しなかった場合とて、最悪のパターンとして想定済み。最後の一手を使う準備は元より怠っていなかった。
バックステップで下がりつつ、グレイグから奪った『支給品』を、この後に及んでは惜しむことなく大地に叩きつける。
アイアンボウガンとほぼ同じ位置に叩きつけられたその支給品の正体は、『ケムリ玉』。
着弾と同時に発せられた白い煙が、リーバルとベロニカの視界からゼルダを消失させる。
「そんなので……逃げられると思っているのかい?」
ケムリ玉を視認すると同時、リーバルは右腕を天空に掲げ、勢いよく振り下ろす。
その所作ひとつで、その場に強力な上昇気流が巻き起こった。
リーバルの猛り(リーバル・トルネード)。弛まぬ努力の果てに身に付けた、英傑リーバルの奥義である。視界をケムリ玉の放出する煙が塞ぐと言うのなら、ケムリ玉ごと上空に吹き飛ばせばいい。
同時にアイアンボウガンまでもが天空に打ち上がり、装填していた木の矢も外れてしまうが、それによるタイムロスはせいぜい数秒だ。ゼルダを見失うリスクに比べれば甘んじて受けよう。
単純にして明快な理屈で放たれた『リーバルの猛り』によって、ゼルダの居場所は次第に顕わになる。
「絶対、逃がさないわよーッ!!メラミーーーッ!!」
ゼルダの姿を確認したベロニカは、殺さない程度の『手心』は見せつつも、相応の怒りを込めて火球を撃ち出す。
火球が着弾する直前。ゼルダの周りに微かに残っていたケムリ玉の煙が完全に消え、ゼルダの現状がハッキリ視認できるようになる。そしてゼルダの現状の全貌が明らかになった瞬間、ベロニカは絶句した。
「キ……キリィ…………」
「え、なに……あれ……!? 」
火球は、ゼルダを庇うようにして立っていた――否、『立てられていた』と言うべきか――ひとつの影に着弾していた。
「やっぱり、私の騎士は貴方だけです……ナイト。」
それはレッドが持っていた、瀕死のキリキザン。ケムリ玉で視界が塞がれている間に盾として配置していたのだ。
ただでさえ瀕死の大怪我をしているナイトに、さらに上乗せされた『こうかばつぐん』の火球。風前の灯火だった最後の命が焼き尽くされつつも――古の大賢者の直系の子孫にしてラムダの大魔導師、ベロニカの攻撃呪文からゼルダを守り抜いた。
【キリキザン@ポケットモンスターブラック・ホワイト 死亡確認】
(不覚……!あたしとしたことが、罪もない子を巻き込んでしまうなんて……!)
ベロニカは拳をわなわなと震わせる。
自分は一度死んだ身。マールディアのような、生きていたい誰かの生をこの手で奪うなどあってはならないのに。
考慮に入れておくべきだった。
瀕死のモンスターを盾にしてでも、逃げようとすることを……
(――いや、違う。)
この時、ベロニカは気付く。
キリキザンの後ろで、ゼルダは逃げる姿勢を見せていないことに。
そう、ゼルダがケムリ玉を使った意図は煙に乗じて逃げるためでも、ナイトという盾を隠すためでもなかったのだ。
「リーバル、危ないッ!」
本当の狙いは、ケムリ玉を吹き飛ばすためにリーバルの猛りを使わせ、上空に飛んだアイアンボウガンを手にするまでの数秒間を稼ぐため。そして、その間にナイトを配置するのに加えた、もうひとつの動向を探られないようにするためである。
キラリ、と。死んだナイトの身体の隙間から不穏に煌めく光に、アイアンボウガンを手にした瞬間にリーバルは気付く。
(あれは――雷の矢……!そして……オオワシの弓……!?)
やはり弓矢に最も精通したリト族の英傑、リーバル。その光の正体をすぐに見破った。しかし、だからといって時すでに遅し。何らかの対処法があるわけではない。
「最初から狙いは貴方だけですよ、リーバル。」
倒れているレッドはもちろん、ベロニカ相手であっても最初の呪文さえ防げば詠唱の隙をつけば体格差に任せ、走って逃げることは可能。ただこの場からの離脱において最大の障害となるのは空を最速で翔けるリーバルである。
既にゼルダは矢を引いている。
木の矢の装填から始めなくてはならないリーバルには止められない。
勝負を決したのは目的の違いだった。いかにベロニカとレッドが死なないよう護りながらゼルダを止めるを考えていたリーバルと、いかにリーバルのみを排除するかばかりを考えていたゼルダ。
両者の思惑は決定的に、ゼルダにとって都合よく噛み合っていたのである。
そしてゼルダが雷の矢から手を離すその直前。
「――ピィ……カァ……」
ゼルダに向かって一直線に飛んでくる影がひとつ。
「ヂュウウウ!!」
突撃してきたピカの尾から伝わる『でんじは』が、ゼルダの全身を包み込む。
(またこのポケモン……!?どうして……所有者であるレッドは先ほど倒れたはず……。命令など下せるはずもないのに……!)
ゼルダは考えるも、すぐにその無意味さに気付き思考を放棄する。何が原因であろうとも、ピカがレッドが倒れてもなお動く現実は変わらない。
しかし理由は単純明快。
10まんボルトを受けてもなお、レッドは意識を失うことなくピカに命令を下した、ただそれだけである。
レッドの身体は確かにいち人間の域を出ない。しかし、一般的な人間の域は優に超越している。
レッドはその身ひとつで全国を旅して回り、悪の組織を壊滅にまで追い込んだ――さらにはチャンピオンですら手を焼くほどの野生のポケモンがゴロゴロいる禁足地、シロガネ山をも踏破するに至った人間である。
その肉体たるや、相棒の電撃ひとつで意識を失うほどヤワでは無い。
不意のでんじは混じりのタックルに姿勢を崩したゼルダは懐からアンティークダガーを取り出し、握る。
そしてなお我が身に張り付くピカに向けて――真っ直ぐに振り下ろした。突き立てられた鋭利な刃先がピカの身体から鮮血を散らす。
「ああっ……!ピカァーー!!」
レッドの叫び声も虚しく、ピカはその場に倒れ込んでゼルダはピカの阻害から解放される。
そしてでんじはとピカの特性『せいでんき』によって麻痺して上手く動かない手先で、再びオオワシの弓を引こうとするも――貴重な時間の大部分をピカへの対処に費やしてしまったゼルダは、すでに手遅れであった。
「悪いね、姫。」
狙いを定めようと、何とか前を向いたゼルダを待っていた光景は、すでにボウガンを此方に向け、複雑な感情の入り交じった形相を見せるリーバルの姿。
「君は道を間違えたんだ。」
彼の自尊心を散々に凌辱し、無力な少年を人質に取るという卑劣な策を弄し、挙句の果てに少年の持つポケモンに刃を突き立て……そして現在進行形で雷の矢を放たんとしているこの状況。ここでリーバルがゼルダに気心を加える余地など有りはしない。
また、ナイトを盾として消費した。リーバルに攻撃できる唯一の瞬間をピカへの攻撃に使った。そんなゼルダに、もう残機は残っていない。
アイアンボウガンから発射された、1本の木の矢。
それは真っ直ぐにゼルダへと飛んで行き、オオワシの弓を引く暇すら与えずに額を撃ち抜く。
――そうなるはずだった。
弓矢の名手にしてリト族の英傑、リーバルが確かな殺意を込めて放った矢は。
狙いを定め、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに放った矢は。
――本来の狙いである額を大きく逸れて、ゼルダの『右肩』に命中した。
「……!?」
リーバルが矢を放ったことを認識した瞬間に自分の死を確信するも、自分が生きていることに疑問を覚えるゼルダ。
しかし考える暇は無い。顔を上げたゼルダを待っていたのは、リーバルが再び木の矢を装填している光景。
与えられた、時間にして数秒にも満たないほんの僅かな時間。
迫るタイムリミットへの焦りが早く撃てとゼルダを急かす。
しかし撃たれた肩は上がらず、でんじはの麻痺も残っている。
ふらふらと、狙いもロクに定まらないその手で、もはや本能的に弓矢を引いた。
そんな状態で放った矢がリーバルに届くはずもなく。文字通り的外れの方向に放たれた、たった一発の射撃。本来、当たる確率はほぼ皆無の一撃。しかし弓の魔力がその矢を三本に分かつ。僅かでしかない確率を三倍にまで引き上げる。 その内の、右端の一本。運命に導かれたかの如き射線を描いたその一本が。
「――えっ…………!」
後方に位置していた、一人の少女の心臓を貫いた。矢に込められた電気の魔力が、穴の空いた心臓の機能を一瞬で停止させ――言葉を言い残す余裕すら与えず、その命を奪った。
「……!!ベロニカ……!!」
力無く倒れゆく、一人の少女。
その姿が、厄災ガノンに奪われたガーディアンによって撃ち抜かれた罪なき人々の姿と重なる。
「くっ…………クソォォォォ……!!」
自分の無力を、戦いの敗北を、この上なく悟ってしまったあの日の光景――今とめどなく溢れる感情も、あの時と同じだ。
怒りのままに矢を引く。
悲しみのままに手を離す。
二度目は無かった。
一本の矢は皮肉なほどに綺麗な直線を描き、今度こそゼルダの額を貫く。
(ああ、終わりですのね。)
最初は血の色に変わったはずの世界から、次第に色まで抜け落ちて消えていく。その中に貴方の色が入り込む余地なんて無いと、思い知らされたようで。
……いいえ、違いましたね。
私を救ってくれた貴方の手を取らなかったのは、私の方。
だから消えるのは私。
それはきっと、当然の帰結。
それが在るべき結末だと、頭では納得しながらも。
(でも……それでも……もう一度、貴方に……逢いたい……)
願い虚しく現実は終わって。百年に渡り厄災を封じ込め続けたハイラルの王女はそっと、目を閉じた。
【ベロニカ@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて 死亡確認】
【ゼルダ@ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド 死亡確認】
■
冷たい風が吹き抜ける中、僕は死んだベロニカに駆け寄るわけでも、死んだゼルダに駆け寄るわけでもなく、ただただ虚空を見つめていた。
あの一瞬。
ベロニカが、レッドが、ピカが、繋いだバトンの先。ゼルダを止められるのは僕だけだった。
それを僕は、外した。
弓矢の威力では限界があるウィリアム・バーキンのような敵であれば、僕が引けを取るのもまだ分かる。
でも今回僕が失敗したのは、よりにもよって射撃の精度を要求される場面。
そして、その結果がこの喪失さ。
ベロニカの命――マールディアが命を賭して護った命が――無意味に散ったんだ。ベロニカの仲間の行方を明らかにするとの約束も守れなかった。
蔑むといいさ。
ハンター。ベロニカをイシの村まで送るという君に与えられたクエストを僕は果たせなかったんだから。
怒るといいさ。
カミュ。君の大切な仲間を僕は護れなかったんだから。
怨むといいさ。
マールディア。ベロニカだけでなく君の死まで、無意味なものに貶めてしまったんだから。
背後で、のっそりと起き上がる影が在った。
それがベロニカであったなら、どれだけ報われるだろうか。
ギリギリで急所を外してたとか、肉体が完全に死亡する前であれば生命活動を維持できるミファーの癒しの力のような何かで蘇ったとか。そんな奇跡が起こっていたなら、どれほど――
――まあ、分かってたよ。
リーバルの期待も虚しく、起き上がったのは当然、レッドであった。全身を電撃に焼かれたことなど意にも介していないような顔をして、ぐったりと倒れたピカへと近付き、抱き上げる。
「……ピカ。ごめんよ……俺が……俺が未熟なせいで……!君を傷付けてしまった……!」
「ピィ……カ……。」
「待っててくれ……すぐに治療できるところに連れていくから……!」
アンティークダガーに貫かれたその小さな身体は見た目以上に鍛え抜かれているらしく、レッドに心配をかけまいと懸命に声を絞り出し返事を返していた。レッドは避難のため、ピカをモンスターボールに入れる。
「……キリキザン。埋葬もできなくてごめん……。」
そしてレッドが次に向かったのは、キリキザンの遺体の下であった。
ポケモンの死――レッドにとってそれは、直接立ち会うのも初めてではない。
元の世界にはポケモンタワーという死んだポケモンを埋葬する施設があった。だけど、ここにはそんな施設は無い。この世界では死者を弔うこともできないのに、次々と人が、ポケモンが、死んでいく。
「全部終わったらきっと、ポケモンタワーに連れていくよ……。」
足元の、キリキザンが入っていたモンスターボールを拾い上げる。野生のポケモンを捕まえられる空のボールを探していたが、こんな形での入手など望んでいなかった。
「――嗤えよ。」
一人、前を向けているレッドの様相が気に食わなくて、気が付けば僕は、ただの自嘲に彼を巻き込んでいた。はは、我ながら本当に格好悪いね。
「わざわざ姫を焚き付けておいて、結局何もできなかった僕を嗤えばいい。」
責められたら満足かい?
それとも、優しい言葉を掛けられたら救われるのかい?
「――笑わない。」
違う。違うね。
どっちも僕を満たすには程遠い。
今の僕を満たす言葉なんて、過去と未来、ありとあらゆる言葉の海を探し求めても存在しないだろうさ。
ただ、これだけは言える。
「俺は絶対に、アンタを笑わない……!」
レッドの返答は、そんなありとあらゆる言葉の海の中でも最も、僕の気に触る一言だろうと。
レッドは西へ向けて歩き出した。
一緒に来ないかと誘われたが、そんな気分になど到底なれず、無視で返す。僕はまだ前には進めない。ひたすらに何も無い空を見上げ続けている。
――あの一撃を外した理由なら、幾つか考えられる。
例えば、アイアンボウガンが使い慣れていない武器だったということ。
例えば、アイアンボウガンと一緒に空中に飛ばしたケムリ玉の煙が空中の視界を一部とはいえ塞いでいたということ。
例えば、主催者によって蘇らせられた際に百年前の全盛期の動きが失われていたかもしれないということ。
――はっ、馬鹿馬鹿しい。
思い浮かんだ様々な言い訳の全てを一笑に付した。
どれもこれも、僕の射撃の精度を鈍らせるには足りない。全ッ然足りないさ。
あの瞬間、僕を妨げたのは――
(――この大地に棲む生きとし生けるもの全てを厄災の魔の手から護らなければなりません……。)
百年前、英傑にスカウトされた時の姫の言葉が反芻される。
そしてそれは今だけではなく。
この百年の間にも、何度も、何度も――
(――君はいつまで百年前に囚われているんだい?)
ああ……本当にね、と。先の自分の一言を思い返し、小さく呟いた。
君は知らなかっただろうね。
僕はさ――好きだったんだよ、君のこと。
【B-3/平原/一日目 午前】
【リーバル@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド】
[状態]:健康、様々な感情
[装備]:アイアンボウガン@クロノ・トリガー
[道具]:基本支給品、召喚マテリア・イフリート@FINAL FANTASY Ⅶ、木の矢×2、炎の矢×7@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド
[思考・状況]
基本行動方針:……。
※リンクが神獣ヴァ・メドーに挑む前の参戦です。
【レッド@ポケットモンスター ハートゴールド・ソウルシルバー】
[状態]:全身に火傷 疲労(大)、無数の切り傷 (応急処置済み)
[装備]:モンスターボール(ピカチュウ)@ポケットモンスター ハートゴールド・ソウルシルバー、ランニングシューズ@ポケットモンスター ハートゴールド・ソウルシルバー、モンスターボール(空)@ポケットモンスター ブラック・ホワイト
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:こんな殺し合い止める。
1.ピカを治すために、Nの城へ向かう。
2.野生のポケモンを捕まえる。
[備考] 支給品以外のモンスターボールは没収されてますが、ポケモン図鑑は没収されてません。
※シロガネやまで待ち受けている時期からの参戦です。
【備考】
オオワシの弓@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド がゼルダの遺体の隣に落ちています。
グレートアックス@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて がゼルダのデイパックに入っています。
ベロニカのランダム支給品(1~2個)がベロニカのデイパックに入っています。
【モンスター状態表】
【ピカ(ピカチュウ)@ポケットモンスター ハートゴールド・ソウルシルバー】
[状態]:HP 1/3 背中に刺し傷
[特性]:せいでんき
[持ち物]:アンティークダガー@Grand Theft Auto V(背中に刺さっています。モンスターボールに入った際に抜けたことにしても構いません。)
[わざ]:ボルテッカー、10まんボルト、でんじは、かげぶんしん。
[思考・状況]
基本行動方針:レッドと共に殺し合いの打破
これは、この殺し合いが開かれなかった場合のもしもの話。
或いは、死の間際にゼルダの見た最期の、幸せな夢。
「私のこと・・・覚えていますか?」
ええ、答えなんて分かっていました。回生の祠で眠る百年で貴方は記憶を亡くしたのだから。
貴方は何も答えない。
ただ無言で俯いて、気まずそうな表情をこちらに見せまいと振る舞うだけ。
……でも、それなら貴方はどうして助けに来てくれたのですか。
そう問い掛けたくて……しかし口にはしなかった。
答えなんて決まっていたから。
貴方がそう役割付けられていたからでしょう。厄災ガノンを倒すことができるのはシーカーストーンを操れる貴方だけだったから。
力に目覚めた私は厄災ガノンを封じ込めていたから、厄災ガノンを倒すついでに助かっただけ。私が『役立たずの姫』のままであったなら、きっと貴方は来ていない。
――それなら、貴方はお父様と。私を役立たずと罵る国民の皆様と、同じじゃないか。
『貴方』はそうではなかった。
『貴方』は私が力に目覚めなくても、最後の最後まで襲い来るイーガ団から、魔物たちから、ガーディアンから、私を護ってくれた。
「――貴方は私が恋したリンクじゃない。」
だから私は、貴方を拒んだ。
だから私は、『貴方』を取り戻す道を選んだ。
私は貴方の下から去った。
もう二度と、『貴方』が帰って来ないのだと分かってしまったから。
そしてたった一人、道を歩く。
百年ぶりに見た世界とはいえ、地形などが大きく変わっているわけでもなく、大まかには百年前とまったく同じ景色。
街と街を繋ぐ整備された道、これも百年前と同じだ。
どうせ今日も無駄なのだと半ば不貞腐れながらも真っ直ぐに知恵の泉に向かって、終われば真っ直ぐハイラル城へと帰る、そんな繰り返しの毎日は今でも思い出される。
だけどその時、不意に気付いた。
百年前とは何かが違うと。
ああ。
もう城への最短ルートであるこの道じゃなくても良いん だ。
森に寄り道してリンゴ狩りに勤しむも、海で魚取りに勤しむも、とにかく、自由なんだ。
ふと、道を外れて小さな丘へと足を運んだ。
それは些細な――されど使命に追われていた百年前には決して許されなかったであろう寄り道。
ハイラルの王女として厄災封印の力に目覚めるための修行。
厄災ガノンに抵抗するための遺物研究。
自身を縛っていたそんな使命から解放された私は――
(ああ、そうか。)
丘から見えたのは、限りなく広がる世界。
二度とブラッディムーンの登らない空は、海のように蒼く冴え渡り。魔物の消えた平原は、目を凝らしても果てが見えない。
道行く人々は、誰も武器すら持たずに屈託の無い笑顔を見せる。
――この時初めて、世界の広さを知った。
全てが終わって改めて見たハイラルは、一人で歩むにはあまりにも広大すぎた。
(これが、貴方の冒険してきた世界なのですね。)
きっと、貴方にとってもそうだったのでしょう。この見渡す限りの世界の命運を一人で抱え込むなんて荷が重すぎる。
百年前の私は、この世界の広大さを知らなくても使命に押し潰されそうになっていたというのに。記憶も無いのに唐突に使命だけ告げられて、どうしてここまで戦うことができたのですか。
……信じてもいいですか。
例え冒険の始まりに私の記憶は無かったのだとしても、どこまでも広がる世界を共に担う私が、貴方の中のどこかに居たのだと。『ハイラルの王女』でも『厄災を封じる姫』でもない私が、途方もない世界を旅する貴方を支える糧となってくれていたのだと。
「――ゼルダ……!」
その時、生命の息吹く声に混じって聞こえた。
『姫』ではなく、私の名前を呼ぶ声が。
高鳴る鼓動を抑えつつ、私は振り返る。
『貴方』はもういない。
貴方の中に百年前の私はもういない。
けれど貴方の中に、他でもない、今の私がいるのならば。
「リンク……!」
私たちはきっと一からやり直せる。
新たに紡ごう。百年前には紡げなかった、私たちと、私たちを取り巻く生命の息吹が織り成す伝説を――――
最終更新:2022年06月23日 13:18