たくさんのものを手に入れた。
仲間との絆。宿命の終焉。そして、新羅カンパニーやメテオの脅威の去った、平和な星。

 しかしその結末を迎えるために、零れ落ちたものがあった。その時に生まれた哀しみも怒りも、前に進むためには必要なものだった。
星の命に比べれば、きっと誰もが多少の犠牲は仕方ないと言って吐き捨てるのだろう。

 だけど俺には、その零れ落ちたものが何よりも大切だったんだ。
誰かにとっての多少の犠牲は、俺にとっては星よりも重かったんだ。

 闘いの中で、答えを見つけた。
人はそれぞれ現実を持っていて、それぞれが己の現実を守るために闘っている。
アバランチも新羅もその芯は正義でも悪でもなく、己の望む現実を通そうとしていただけに過ぎない。

 でもそれでいい。正義も悪も自分の現実を邪魔しない。するべきじゃないんだ。邪魔をしていいのは自分の現実を妨げる敵だけ。

「俺は俺の……現実を生きるッ!」

 それならばこれは、現実の奪い合いだ。自分の望む現実を生きるために、相手の望む現実を奪う。
殺し合いを命じられたというのは、そういうことなんだろう?

 ザックスの人格ではなく自分自身の人格で、エアリスとの物語をやり直すんだ。
それが誰にとっての正義でなくても構わない。自分にとって、それが正義であるならば。それが俺の願う現実だ。

 変わらぬ信念を胸に、クラウドは闇を纏った聖剣―――もはや魔剣と化したグランドリオンを振るう。

「それこそが幻想だって……言ってんだろうがッ!」

 その信念を、花村陽介はたった一言吐き捨てた。

 闘いの中で、答えを見つけた。

 現実は辛い。理不尽な暴力によって失われるものは数知れずあるし、自分は自分のなりたい理想像にまったく届いちゃいねえ。届くビジョンも見えやしねえ。

 だけど、それでいいんだ。目を背けてさえいなければ、いくらでも前には進める。虚飾を拒み、真実を追究する意志。それさえあれば自分を見失うことだけは絶対に無い。自分の生きる在り方、その全てが現実なのだから。

 陽介もまた、その信念は変わらない。変わらないからこそ、陽介のシャドウ『ジライヤ』は陽介と同じように前を向き、クラウドに真っ向から立ち向かう。

 クラウドの今は他人の犠牲の上に成り立っている。
目的のための犠牲は必要なものだと割り切っていながらも、だけどたった一つ、そう割り切りたくない犠牲があった。クラウドは今、その自己矛盾から目を逸らして闘っている。目を逸らさねば、多くの犠牲を正当化できないから。

 一方で、陽介が今ここにいるのは自分と向き合い、真実から目を逸らさなかったからだ。
久保のように己のシャドウを否定し続けていれば。あるいは真実を見極めようとせずにあの時に生田目を殺してしまっていれば。人々は霧の中でシャドウへと化していたはずだ。



 両者ともに、相手の主張は己の旅路で得た答えを否定するものだった。棄却し、ねじ伏せなくてはならないものだった。

ㅤそれならば当然、その主張の行先は衝突する未来のみである。そして此処が殺し合いを生業とする世界なればこそ、そこに武力衝突をも伴うもまた摂理。

ㅤ心の準備はできている。ホメロスが闘っているのを観ている間、ホメロスが死ぬという最悪の事態の想像は常に胸に付きまとっていた。
現状、ホメロスが気絶しているだけで生きていることがその想像との唯一の差異であり、しかしその差異こそが陽介から逃走の選択肢を奪っていた。

ㅤクラウドが先に動いても、陽介は落ち着いてその動きを見据え、いつものようにジライヤを顕現させる。

ㅤ拳と刀の鈍い衝突音が響き渡る。二度、三度、その数が増していくにつれてジライヤへの負荷が増していく。

ㅤ堪らずジライヤを下がらせると、クラウドの視線はジライヤから陽介へと移った。当然、それはターゲットの変更を意味する。

「俺の願いの邪魔となるのなら、俺はお前を斬るだけだ。」

ㅤクラウドは明確な、殺害の意思を示す。そしてそれは同時に、動機の提示でもあった。

ㅤクラウドが言った、願いという単語。おそらくは優勝者への何でも願いを叶える権利とやらだろう。
あんなの、基本的に楽観主義的な思考の陽介から見ても眉唾ものだ。それならば当然、クラウドから見ても100%信頼出来るものなどではないはず。
クラウドの願いとは、それでも縋ってしまうようなものなのだろう。そんな願いの内容なんて分からない。だけどただ一つだけ、言えることがある。

「あんな奴らの手を借りなきゃ叶わない願いなんて、間違ってる!」

ㅤそれがどれだけ至高な願いであろうとも、自分の手で掴み取れず、マナやウルノーガのような悪しき存在無しには叶わない願いであれば、叶うべきでは無い。
悪魔のような催しで叶えた願いに、価値など見出してはならないのだ。

 しかしその言葉は伝わらず、真っ直ぐに斬り込むクラウドとジライヤが再び衝突する。ジライヤの『突撃』に対し、魔剣グランドリオンの一閃。先ほどまでの応戦よりも一際大きな衝撃を受けたクラウドは陽介へと到達することが出来ずに下がらされる。

「俺の世界は、あの時から止まったままなんだ。」

「それでも! 俺たちは前を向いて生きていくしかねえんだよ!」

ㅤ次に先手を打ったのは陽介だった。クラウドが距離を置くのを許さず、威力よりも速度に重きを置いたソニックパンチによる追撃でクラウドの防御の手を休ませない。先ほど、クラウドに唯一まともにダメージを通した技でもある。

「詭弁だな。」

ㅤそして今度も、ジライヤによる攻撃は確かにクラウドの元に届いた。しかし手応えがほとんど感じられない。

ㅤクラウドからすればそれは一度見た技。『てきのわざ』マテリアが無いためラーニングまでは出来ないが、その軌道をハッキリ見切るには充分であった。
グランドリオンを縦に構えて最低限の負荷で受け流す。

「お前に俺の願いの何が分かる?」

ㅤジライヤをやり過ごし、陽介に斬り掛かるクラウド。

ㅤ対する陽介が図るのはペルソナを戻すまでの時間稼ぎだ。しかし、下がって距離を取る選択肢は無い。後方数メートルの地点でホメロスが気絶しているため、下がりすぎると巻き添えにしてしまう。


「分からねえよ。」

ㅤ斬撃を回避しながら、陽介は反論する。

ㅤ陽介が選んだのは、その場から大きく動かないままの回避。ホメロスが闘っていた時に使ったマハスクカジャの効力がまだ残っていたことが幸いし、クラウドの斬撃は空を切った。
陽介の右手に握られた龍神丸の刺突を警戒し、追撃せずに一歩引き下がった。

「話し合って分かり合えるんならいつでも大歓迎なんだがな。」

「興味ないね。」

 停戦の申し入れを突っぱね、地を蹴って再び斬り掛かる。しかし戻ってきたジライヤが邪魔をし、グランドリオンの射程内には陽介を捉えられない。

「そこだっ!」

「甘いっ!」

 クラウドの上空から放ったパワースラッシュはブレイバーで相殺される。クラウドは深く斬り込めず、陽介もまたクラウドに決定打を決められない闘いが続いていた。

ㅤしかしこの状況、不利な状態であることに陽介は気付いている。

 業物のリーチの差であれば長剣と短刀、クラウドに分がある。だが陽介のペルソナが、そのリーチ差を逆転させる。これだけならば陽介が有利だ。

 しかしペルソナの顕現は体力の消耗を伴う。リーチの有利な局面を維持している限り陽介の方が消耗が激しいということだ。

 ただでさえホメロスとの闘いで傷を負っているにもかかわらずほぼ無傷の陽介と互角に渡り合っているクラウド。
もし、長期戦になってペルソナを多用することで互いのコンディションの差が埋まっていけば、陽介に待つのは死だ。

(いや……それでも、闘うしかねえんだ。)

 首を振って浮かんでくる不安を押し殺す。結局、逃げるという選択肢は無いのだ。逃げれば少し離れて気絶しているホメロスが今度こそ殺されてしまう。

「ペルソナッ!」

 考えるのを辞め、半ば自暴自棄的にアルカナを砕く。質より数と言わんばかりに、クラウドの上方に顕現させたジライヤがガルを連射する。結局のところ、逃げないのなら突撃あるのみだ。ごちゃごちゃ考える方が面倒臭い。

 そしてそれは、意外にも有効に働いた。陽介の見据える敵はクラウドのみであるのに対して、クラウドは陽介を殺した後も他の参加者と衝突し続けるのだ。
小さいダメージであっても可能な限り避けたいと考え、ガルのひとつひとつをグランドリオンで弾く。

「今だッ!」

 ガルへの対処にクラウドが気を取られているその間は、龍神丸のリーチまで接近する絶好のチャンス。陽介はここぞとばかりに飛びかかろうとする。

「お前も、ペルソナとやらの使い手なのか。」

 しかし次の瞬間、陽介は凍りつくような殺気を感じ取った。咄嗟に攻撃を中断し後ずさる。そしてその直後、自身の感覚に誤りが無かったことを認識した。陽介の飛び込もうとしていた先の地点ではガルを弾き飛ばしながら形成された"凶"の字の斬撃が陽介を待ち構えていた。もし、あのまま攻撃していれば今ごろの陽介は細切れになっていただろう。想像し、悪寒が走ると同時に冷えた頭にクラウドの言葉への疑問も湧いてきた。



「どういう意味だよ。ペルソナを知ってんのか?」

「……ああ。お前もペルソナとやらで俺の道を阻むのなら……」

 クラウドの頭に浮かぶのは、命を賭けた決意を見せた少女、天城雪子。

 いのちのたまを用いてでも他人を守ろうとした彼女を、羨ましいと思った。その命と引き換えに星に希望を残したエアリスと彼女を、重ねずにはいられなかった。

「俺はただ、お前を払い除けるだけだ。」

「そうかよ……」

 クラウドはその言葉の意味をハッキリとは語らなかった。しかし、暗示されたことを陽介は理解できた。放送で呼ばれた天城は、コイツに殺されたのだと。

 そう認識した次の瞬間、目の前の景色が歪んで見えるほどの激しい怒りが陽介の脳内を支配していた。

 完二に続いて天城まで。自称特別捜査隊から大切なピースがひとつひとつ零れ落ちていく。
灰色の日々に彩りをくれた奴らが、こんな馬鹿げた企画のために殺されていく。

 どうすれば、大切な人が殺されるのが終わるんだ?どうすれば、大切な居場所を守ることができる?そんなの決まってる。

――コイツを、殺すんだ。

「ああああああああ!!!!」

 陽介の脳がその答えに至った瞬間、雄叫びを上げる。

 それに対し、次に来るであろう攻撃にカウンターを仕掛けるべくクラウドは構える。『怒り』に任せた攻撃は、その精度を鈍らせる。
同じペルソナの能力を持っているため、知り合いであると考えた天城雪子の殺害を陽介に伝えたのは、スクカジャにより一撃一撃が正確にクラウドを捉える陽介の攻撃の精度を落とすための、クラウドの挑発だった。

「もう、うんざりなんだよ!」

 しかし、陽介から怒りに任せた特攻が来ることはなかった。その代わり、その目は『悲しみ』に満ちているように見えた。

「誰が殺しただとか、何を願うかだとか、何でそんなことを考えなくちゃいけねえんだよ!」

 陽介を止めたのは、ホメロスに対する怒りをも抑え込んだ鳴上悠の声だった。

ㅤ感情は本質を見失わせる。あの波乱の一年間を超えてなお感情で動くのならば、自称特別捜査隊で学んできたことがすべて無に帰してしまう。
それを、完二や天城が望んでいるわけがない。チリチリする指先も、口の中がカラカラに乾いた感覚も、目の奥から込み上げてくる熱も、そのすべてを強さへと昇華する強さを、陽介は持っている。それは、クラウドの現状の否定だった。

「お前もそんなに強いのなら、この状況打ち破って脱出できる可能性だって考えただろ!ㅤ皆で協力すれば誰も殺さなくていいとは思わなかったのかよ!」

ㅤクラウドも、陽介の語る可能性を考えなかったわけではない。少なくともいま、エアリスは生きている。それならばエアリスと、そしてティファ、バレット、ザックス等の有志と、再び手を取ってこの殺し合いからの脱出に向けて闘えたのなら、全員が生き残れる世界も有り得るのではないか、と。

ㅤ考えて、それでもなお否定した。人と人は立場が変われば闘うしかないものだと知っているから。

「そんなの……綺麗事だ!」

ㅤクラウドは一言吐き捨てる。

ㅤ雪子の殺害を告げることは、陽介の信念を挫く一手であるはずだった。一度、たった一度だけでも、陽介が明確な殺意を以て感情的に自分を殺そうとしたならば、陽介の語る正義は完全に説得力を失う。

ㅤクラウドは陽介を否定しなくてはならない。しかし、それを否定する言葉をクラウドは持たない。

ㅤだからこそ、斬り掛かる。しかし半ば感情的に振るわれた刀に殺意は篭れど精度は伴わず。



「綺麗事で何が悪い!」

ㅤ冷静にグランドリオンの到達点を分析したジライヤの拳はそれを真っ向から弾き返し、更に追撃の蹴りが受け身も許さずクラウドを平らな大地に叩き付けた。

(ダウンを取った……。今ならッ!)

ㅤそれを隙と見た陽介は飛びかかる。地上に全身を打ち付け、揺れた視界が明瞭さ取り戻した時にクラウドが見たのは、龍神丸を掲げた陽介の姿。

ㅤしかしペルソナを除いた単純な身体能力で競えば、そこはクラウドの独壇場だった。咄嗟に突き出した脚が陽介の腹を打ち、蹴飛ばす。

「がはっ……」

ㅤ飛ばされた陽介は今度は逆に背を打ち付けられる。腹部に受けた強烈な蹴りも含め、平和な現代日本ではそうそう味わうことのない痛みだ。悶絶してもし足りない、闘いの痛み。

「綺麗事を並べても、俺には響かない。」

「だったら響かせてみせるさ。言霊使いも黙りこくる俺の伝達力を舐めんなよ?」

ㅤそれでも、立ち上がる。陽介もまた、クラウドを否定しなくてはならないのだから。

 両者が主張だけでなく、根本的な倫理観から噛み合わないのも当然の帰結だった。何せ、互いに互いを知らないのだから。

 陽介やその仲間たちが、命を尊ぶ日本という平和な世界を生きてきたことも。クラウドやその仲間たちが、人の命の価値が霞むほどに理不尽な死と身近すぎる世界を生きてきたことも。どちらも相手には伝達されない。
陽介にとってのクラウドは人を殺すというその一点のみを見ても悪であり、テロリズムが横行する世界を生きてきたクラウドにとっての陽介はただの偽善である。

 だからこそ精神力の面でクラウドに軍配が上がるのも明白だった。いつも戦っていたシャドウという異形の怪物とは違い、生身の人間を相手にしている陽介。それに対し、元々多くの人間と衝突してきたクラウドの闘いは普段と何も変わらない。

 さらに陽介は先ほど、ミファーとの闘いで死というものを目前にしたばかりである。
冷たい海の中で、仲間も誰もいない、絶対的な孤独。瞳を一度閉じてしまえばもう二度と光を取り込むことはないように思えてしまい、刃が迫る光景をじっと見つめていた。

 あの時の感覚は今でもハッキリ思い出せる。きっと生きている限り、それが消えてくれることはないのだろう。そんなトラウマを植え付けるほどの『死』が、一瞬の攻防の中でも何度も陽介の脳裏を掠めるのだ。
逃げれば気絶しているホメロスが殺されると分かっていても。それを受け入れてでも逃げたいと、塵ほども思わずにいられようか。去年までは命懸けの闘いというものと完全に無縁だった陽介は、決して強い人間ではない。

「俺は絶対、お前を認めない! ペルソナァッ!」

 それでも。強くなかったとしても。強くありたい人間。それが、花村陽介である。

――『ガルダイン』

 素早く体制を持ち直し、クラウドが次の動作を開始するよりも速くアルカナを砕いた。それに伴って顕現したジライヤの両の腕から二重のブースタがかかった風の刃が放たれる。

「……俺は、負けない。」

 持ち前の速さと『素早さの心得』に凝縮された命中精度から繰り出される、最速の風の刃。元より浅くない傷を負ったクラウドを追い詰めるには充分すぎる威力。

「負けられないんだ!」

 だが、クラウドは天城雪子を殺してここに立っている。いのちのたまを用いた彼女の魔法は更に強力なものだった。それならば、彼女の決意を叩き潰した自分はそれに劣るもので死ぬわけにはいかない。
その決意が、持ち主の心を映し出す剣に纏われる闇をいっそう重く、そして深くした。魔剣グランドリオンのひと薙ぎ。たったそれだけの所作で迫るガルダインを消滅させるほどに。

 障害となる風の刃が消えたことで、クラウドは陽介に向かって駆ける。一方の陽介、ガル系のスキルが時間稼ぎにもならないことは証明済み。ホメロスが倒れているため大掛かりな回避も選択肢の外。すなわち取れる行動は、たったひとつ。


「迎え撃て、ジライヤ!」

 迫りくる死を回避するための半ば反射的な攻撃だった。しかしそれは決定的な悪手となってしまう。

 クラウドは雪子との闘いで理解していた。陽介も用いている『ペルソナ』という能力によって顕現した影は、その存在自体が操り手の死角を作り出してしまうことを。

 クラウドの前進はフェイント。ジライヤが陽介の前に出た瞬間、クラウドは大地にグランドリオンを突き刺して強引にその歩みを一瞬止める。ジライヤ自体が死角となり 、直前までクラウドを捉えていたはずの拳は空を切った。その横を、グランドリオンを引き抜き、その勢いでクラウドは通り抜けて行く。

 ジライヤをやり過ごしたクラウドは狙いを陽介に絞る。すでにクラウドはLIMITBREAK状態。
クラウドの中でも最速の斬撃、破晄撃を陽介に向けて放つ。

 ジライヤの速度であれば対処できても、陽介本人はそうはいかない。

(くっ……避けられねえ……!)

 陽介の心臓に向けて一直線に斬撃が迫る。

 驚く暇も与えられずに迫ってきた、ミファーの振りかざした刃よりも。クラウドとの闘いの最中、何度も潜り抜けてきた多くの死線の中のどれよりも。

 それは、明確な『死』の確信だった。

(すまねえ、天城。仇……とれなかった……!)

 悔しさに打ち震えながら、陽介は迫る死を静かに待つことしかできなかった。

(……?)

 だが、待てど暮らせど死は訪れない。

「ボーッとするな、陽介!」

 背後から聴こえた声が、夢現だった陽介の意識を半強制的に覚醒させた。

「うおっ!ㅤ何だこれ!?」

 目の前に見えたのは、空中で静止した破晄撃。そして背後には、シーカーストーンを構えるホメロスの姿。

「お前の綺麗事は、絵空事のままでいいのか?」

 シーカーストーンの数ある機能のひとつ、ビタロックによって陽介への斬撃は止められた。それが再び動き出す前に陽介は慌てて射線上から離れ、そして敵を見据える。

 クラウドは、陽介の綺麗事を否定した。だがかつて闇を生きたホメロスには分かる。綺麗事とは、その名の通り綺麗なものなのだと。濁った者にとって、羨望の目でしか見られないものなのだと。クラウドの否定の言葉は、己の濁りから目を背けているに過ぎない。
その心の隙間から生まれる自己嫌悪は、この上ない隙となる。

「綺麗事ならば、濁った言葉など跳ね返せ!ㅤお前にはその力があるだろう!」

「ああ……やってやらあァ!」

 そうだよな。闘ってるのは俺一人じゃねえ。

 人ってのは弱い。簡単に迷うし、簡単にくじけたくなる。一人でできることなんて、たかが知れてるんだ。

 そしてだからこそ、人は手を取り合うこともできる。

 それは簡単なことのようで、だけど見栄とか、感情とかが邪魔をする。俺だって最初、ホメロスを殺そうとした。完二を殺したウルノーガの配下なんて、許したくなかった。手を取り合う、たったそれだけのことなのに、この世界では特にそれが難しいんだ。

 俺一人じゃこんな化け物、勝てる気がしねえよ。ちょっとの攻防の間に何度死にかけたか分からねえ。

 だけど、俺には仲間がいる。同じ敵を見据えて共に闘う仲間が。


「俺たちの決意を、この一撃に込めて!」

 カッと見開かれた瞳の捉える先に、一枚のアルカナが浮き上がる。その先にある倒すべき敵、クラウドの姿を見据えたまま拳を握り込み、砕く。

(この気迫……相殺は困難か……?)

 対して、クラウドは剣を斜めに構えて攻撃を逸らした上での返しの一撃を狙う。陽介の全身全霊の一撃、ただこの局面だけを耐え抜けば、陽介にクラウドの反撃を躱す余裕は生まれない。

 アルカナの破砕音が響くと同時、ジライヤが姿を現す。そのタイミングも位置も何もかも、クラウドの予測の範囲内。意識を集中し、グランドリオンを握る手に力が籠ったその時。

――『リーフストーム』

 側面より撃ち出された高速の草葉の刃がグランドリオンに向けて真っ直ぐに注ぎ込まれた。

「しまっ……!」

 ホメロスと同時に意識を取り戻したジャローダによる援護射撃。二度目であったためにその威力はがくっと落ちている。しかし、それを受けたグランドリオンは勢いのままにクラウドの手を離れ、地に落ちる。

「届け! ブレイブ…………ザッパァーーーーッ!」

 様々な想いが込められたその右腕を、妨げるものは何も無い。

「エアリス……俺は……まだ……」

 ここで、終わるのか?

 そう感じた瞬間、己の願いのために切り捨ててきた数多くの命が脳裏に過ぎった。

 明日が来ることを疑わずに眠っていただけのミッドガルの人々。

 新羅に立ち向かったアバランチの同胞たち。

 チェレンを護るために闘ったレオナール。

 志を同じくして共闘したチェレン。

 居場所を守りたかった天城雪子。

――そして、目の前でその背を貫かれたエアリス。

 その誰もが願いを持っていた。そしてその誰もが、犠牲となった。

 ここで負けるのならば、彼らの願いを、彼らの死を、ただただ無意味なものだったと貶めることに他ならない。

 それならば、答えはひとつ。

「……終わりたく……ない……!」

 クラウドの叫びに呼応するように、ザックの中の何かがキラリと光り輝いた。

「っ……!ㅤこの、光は……!!」

 ホメロスはその光の正体を知っていた。だが、それを防ぐ一切の手段は無かった。

「嘘……だろ……」

 ホメロス、ジャローダ、そして花村陽介。その場にいるクラウド以外の全員を包み込むように、銀色に輝く稲妻が辺り一面に降り注いだ。

 弱点である雷属性の特技を受けてアルカナへと還っていくジライヤ。その衝撃により陽介は地に倒れ込み、元から意識を消失するだけの傷を負っていたホメロスとジャローダは再び意識を落としていった。

――『シルバースパーク』

ㅤその雷撃は、そう呼ばれていた。ザックの中に眠っていた、シルバーオーブに封じられし特技の名。

 願いへのクラウドの執念。それはかつての持ち主、ホメロスの持っていたそれに決して劣らず、ザックの中に眠っていたシルバーオーブの魔力を解き放つトリガーとなったのである。

ㅤ間もなくして稲妻は消えていく。気がつけば、その場に立っているのはクラウドのみであった。

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最終更新:2021年01月19日 00:08