(勝った……のか……?)

 思いもよらぬシルバーオーブの効力に惚けていたクラウドは次の瞬間には正気に戻る。

 見下ろせば、敵が倒れていた。
否定しなくてはならない、自分の敵。その生殺与奪を、たった今クラウドは握っている。

 如月千早とは違う、明確に実力を持つ者。必ずや自分の優勝を阻む敵として立ち塞がる陽介を、生かしておける理由など存在しない。それなのに、何かが心の中に引っかかっていた。

(……コイツは敵だ。自分の願いのため、そして信念のため、排除しなくてはならない。)

 殺すのならば、勝たなくてはならない。さもなくばこれまで殺してきたことの意味が失われてしまうから。

 だが、たった今自分は負けかけていた。シルバーオーブという、最初から支給されていたものではない、運良く拾えたに過ぎない要素がなければ完全に敗北していた。そんな俺が本当に、これからも勝ち続けられるのか?

 首を横に振って、己のネガティブ感情を抑え込む。どの道レオナールと天城雪子を殺した自分には、もう後戻りの余地など残っていないのだ。黒い感情を可視的に映し出していたグランドリオンが手元に無いというだけで、これほどまでに迷いが生まれるものなのか。

 見回せば、落としたグランドリオンは探すまでもなく見つかった。陽介にトドメをさすための武器として回収に向かう。

「俺……だってなぁ……」

 クラウドが魔剣を拾い上げる、ほんの一瞬。クラウドの注意はそちらに逸れた。

「負ける……わけには……いかねえんだよ……!」

 声と物音に、反射的に振り返る。しかし、遅い。すでにクラウドの視界いっぱいに陽介の拳が主張していた。

 顔面に、精一杯の拳が突き刺さる。いかなる武具であろうとも、いかなる能力であろうとも、シンプルさという土俵で右に出るものはない、単純明快な暴力。それ故に、クラウドは最も警戒が遅れてしまった。

 アルカナを顕現させて割るという、ペルソナを発動する一連の流れを取らせる隙までもを陽介に与えたわけではない。ホメロスやジャローダが動き出す可能性も考えれば、陽介といういちペルソナ使いに割く注意力のリソースとしては合理的で、かつ充分だったはずだ。けれども、その合理性のみでは説明できないほどに、陽介自らが殴りに来るという可能性が完全に抜け落ちていた。

 天城雪子の強さを目の当たりにしたクラウドは、無意識にペルソナという能力に対する恐れ――あるいは畏れを、抱いていた。花村陽介よりも、ペルソナであるジライヤへの警戒が先行していた。敢えて名前をつけるのなら、それは死してなお己の居場所だった者たちを守り続けようとする、天城雪子の亡霊。


 唐突に振るわれた拳に、グランドリオンを拾い切ることが出来ない。カランと音を立てて地に落ちた剣の行方を気にする暇もなく、第二撃がクラウドの顔面を打ち据える。二度では終わらず、三度、四度。

「ぐっ……!ㅤいい加減に……」

 陽介の殴打は止まず、クラウドは一旦グランドリオンの回収を諦める。シルバースパークの際に龍神丸を落としており、陽介も素手。それならば条件は同じだ。

「……しろッ!」

 まるでバーサク状態のようにただ無心でクラウドを殴り付ける陽介。そのような相手と1VS1で闘う場合、防御は無意味だ。クラウドが打てる手はひとつだった。同じく本能のままに、反撃の拳を突き出すことのみ。

――ガッ!

 陽介の顔面にも、クラウドの拳が突き刺さる。それでも一歩も引くことなく、更に拳を突き出し、応戦を選んだ以上はもう引く選択肢の無いクラウドも後に続く。互いに互いの拳を防ぐ術は無く、いつの間にか殺し合いは、殴り合いへと形を変えていた。

 業物は用いられておらずとも、一切の躊躇無く振り抜かれる拳は、互いの意識を――そして命を、着実に削り取っていく。両者ともにすでに気を失っていてもおかしくないほどのダメージを負って、それでもなお、もはや無意識で相手に殴りかかっていた。それはまるで、殴るのを辞めてしまえばもう二度と立ち上がれなくなるかのように。

 殴り、殴られ。それを繰り返している中で、次第に痛みというものが消えていく。目に映る景色も、現実のものではなくなっていく。




――もし、走馬灯とやらを見るのなら。そこに在るのは大好きな人の姿であって欲しかった。

 いや、そんな資格もないか。俺は小西先輩の本心、聞いちまったんだから。

 それでも、出来れば良い思い出を見たかった。百歩譲って、悪い思い出だったとしても最期に見れれば良い思い出に変わるかもしれない。

 何にせよ、最期に見るのが全く覚えのない景色であるとは、まったく思わなかったものだ。

 まるで海底のように蒼く澄み渡った空間の中、ただ静かに時間だけが流れていく。辺りを照らし出す光は、太陽よりも暖かく自分を包み込んでくれているように思えた。この風景を敢えて言い表すのならば、幻想的とでも言ったところか。天上楽土にも似たその雰囲気からは、すでに俺が天国にいるのかとすら思ってしまう――ただ一つ、天国に似つかわしくない光景を除いて。

 それは、終わりの光景だった。天から降り立った男に、ひとりの少女が背後から胸を貫かれ、その命を散らす瞬間だった。胸から咲いた刀は流れるようにスルスルと抜けていき、飛び散った紅い鮮血が景色を上塗りしていく。

 気が付くと周りの風景は変わり、物語が進行していく。程なくして、これはクラウドの見てきた世界なのだと気付いた。ホメロスの過去にも勇者だとか魔王だとか、半信半疑なワードがいっぱい出てきたが、それにも負けず劣らずのファンタジーの世界を、陽介は見た。
殺し合いの世界にいる奴らは本当に、自分とは異なる世界を生きてきたのだと実感せずには居られなかった。

 しかし物語が幾ら進行していっても、まるで瞼の裏に貼り付けられているかのように、あの瞬間が離れない。仲間と共に星を救っても、ずっとあの光景に苦しめられ続けている。

(アンタも、こういうタチなのかよ……。)

 思い出したのは、『彼』のためと称して自分に刃を向けたミファー。想い人のために、何ができるか。その結果が殺人に向いてしまうのは、許してはいけないことなんだと思う。

 だけど、この気持ちだけは尊重しなくてはならないものなのだと、ふと俺はそう思った。

(まだ、終わっていられない……。そうだよな。)




 陽介とクラウド。
二人の意識が現実へと引き戻された。

 クラウドの体内に残るジェノバ細胞の見せた、幻想のように淡い夢。陽介にはクラウドの記憶が、そしてクラウドには陽介の記憶が見えていた。それは幻想でありながら、しかし相手にとっては紛れもない真実でもあった。

 殴り合い、そして殺し合う現実もまだ終わっていない。目が醒めたのなら、次の行動は決まっていた。

 崩れ落ちた身体を持ち上げ、よろよろと敵を見据える。ペルソナを顕現させる体力も、ザックの中から道具を取り出す労力も惜しい。あと一発、ただ相手の顔面にぶちかましてやれればいい。両者ともに、それを本能が理解していた。この結末に、小細工は要らぬと。

「……お前は、俺の理想だった。」

 陽介は、想起する。何も無い田舎町。大型スーパーの店長の息子として商店街の人たちから疎まれながら生きる、灰色の日々。特別な何かになることはできず、世界は自分以外の何かを中心に回っている。

「好きな人のために闘うヒーロー、そういうのにずっと憧れてたよ。」

 何かになりたかった。
自己の存在に意味を与えられる、何かに。

「いや、それだけじゃねえ。」

 追体験したクラウドの記憶。悲しみも苦しみも、数えきれないほど流れ込んできて、決して幸福な物語とは言えないものだったけれど。

 だけど、それでもクラウドは主人公だった。

 誰かの物語の脇役ではなく、紛れもなく自分の物語の中を生きていた。そう感じた時に芽生えたこの気持ちは、言うなれば鳴上悠に向けるものと同じものだ。劣等感、或いは羨望。

「お前は星を救った英雄で、皆の中心で……"特別"だった。」

 ここまでぶつかってきた相手の過去を知り、憧憬を覚えた。たったそれだけの話だ。クラウドが敵であることも、和解の道などとうに絶たれていることも、何も変わっていない。

「俺はお前が、羨ましいと思ったんだ。」

 だけど、たったそれだけが陽介を立ち上がらせる。

 悠と同じものをクラウドに感じ取った。その上で負けて、一矢報いることもできずに死んだのなら。俺はきっと、二度と悠を相棒とは呼べない。もう、アイツの背中を追いかけるだけの、アイツを見上げているだけの俺でいたくないんだ。

 立ち上がれ。クラウドが立ち上がる限り、何度でも。アイツと対等な俺であるために、こんな感情なんかに負けるな。

 ただその一心で、陽介は前に進む。

「違うッ!」

 そんな陽介の叫びを、クラウドは真っ向から否定した。陽介の言葉への苛立ちを隠せないほど、感情的な一言だった。その裏にある想いは、ただ一つ。

「俺の在りたい姿こそ、お前だったんだ……!」

 大切な人の喪失。その事象のみを語れば、エアリスを失ったクラウドと小西早紀を失った陽介の間に大きな差はありはしない。

 だけど、陽介はその喪失を糧に前を向いていた。己の弱さを受け入れ、灰色の世界を脱却した。それは、クラウドには成せなかった境地。仮にエアリスの死を前に進む契機とすることが出来たなら、目の前に広がる景色は何色だっただろう。

 だからこそ、陽介が羨ましく思えて――だからこそ負けられないとも思った。仲間を殺してでも望む世界を掴み取る己の選択を、幻想と吐き捨てた陽介。お前ごときに俺が分かるものかと否定しなくてはならないのに、彼もまた同じ境遇に立っているのだと知ってしまった。もはや陽介を棄却するには、殺すしか残っていないのだ。それほどまでに、陽介の生き方は正しいのだ。それなのに、何故お前は羨望の眼を向ける。灰色の世界を生きることしかできない俺を、何故お前が見上げているんだ。

「俺とお前の、何が違った!ㅤ何故、お前は前に進めるんだ!」

 互いが互いへ向けた感情と共に、両者の拳が振り抜かれる。直後に響くは、これまでのどの闘いよりも鋭い打撃音。一瞬の交錯の中で僅かに早く、クラウドの右ストレートが陽介の顔面へと炸裂した。

 相手に向けた感情が、羨望という属性を同じくするものであるならば、この勝負を決定する要因はたった一つ、積み上げてきた経験値のみである。

 今年度に入り、初めて闘いというものを意識した陽介。それに対し、数年前から新羅兵として実戦経験を少なからず積み、不意打ちであったとはいえ伝説のソルジャー、セフィロスと刺し違えるだけの才能も見せたクラウド。雪子がいのちのたまを用いなくては上回ることが出来なかったように、基礎能力が根本的に違うのだ。


――それでもただ一つ、その差を埋めるものがあるならば。


(まだ……倒れるもんか……!)


――それは或いは、"特別"な繋がり。


 渾身の一撃が入っても、まだ陽介は倒れない。意識が消え去るギリギリで"食いしばる"。

「――教えてやるよ。俺と、お前の違いってやつ。」

 大地を強く踏みしめてクラウドと目の高さを同じくし、そして返しの一撃を見舞う。全身全霊を込めたその一撃は外れるはずもなく、その衝撃にクラウドはゆっくりと倒れ込んでいく。

 とっくに答えには辿り着いていた。俺だって、すでに誰かの"特別"なんだと。

「お前は、たった一人の特別にしか目を向けて来なかった。お前の周りには、たくさん人がいたはずなのに。」

 里中も、天城も、クマも、完二も、りせも、直斗も、そして――相棒も。俺にとっては皆が特別で、その代わりなんざ誰にも務まらない。だったらその逆もまた然り、俺の立ち位置だって誰にも譲ってはやれねえ。

「お前にはできたはずなんだ。仲間にとってのお前は特別だったんだから。」

 記憶の中のクラウドだって、周りにはエアリスだけじゃない。たくさん、人が集まっていたはずなのに。クラウドは気付けなかった。周りを"特別"だと、思っていなかった。それがただひとつ、クラウドの敗因だった。

(そう、か。)

 ジェノバ細胞が読み取った陽介の記憶が蘇ってくる。元々灰色だった日常を僅かに彩っていた想い人を亡くした陽介の世界を、明るいものにしたのは何だったのか。陽介は、常にある男の背中を見ていた。その背に、手は届かない。だけどその背が、陽介を前へ前へと導いてくれていたのなら。

(――俺、ソルジャーになりたいんだ。セフィロスみたいな最高のソルジャーに。)

 すべての始まりとなった、七年前の約束。前を向ける気持ちは、間違いなく俺の中にあったのだ。

 それを思い出したクラウドは、霞む意識の中、そっと笑ったような気がした。



 気がつくと、真っ暗な世界の中にいた。
前はまったく見えず、無限に広がっているようにすら思えてしまうほどの、果てしない世界。
一つだけ分かることは、その世界には血の匂いばかりが充満しているということ。鼻の奥に直接響いてくるような刺激が喉まで焼き尽くしてしまいそうなほどに熱く、きっとこの延長上に地獄の苦しみとやらがあるのだろうとすら思えた。

 何故か、理解していた。これは俺の殺してきた者たちの全員分の血なのだと。

 これは呪いか、それとも罰か。どちらにしても、この血は一生俺を捉えて離さないのだろう。万単位の人々を殺してきた俺にはお似合いの末路というもの。死後の安寧への期待など、とうに捨て去っていた。このままこの世界で終わりも見えないまま苦しみ続けるのなら、それでも構わない。それが、自分の罪の代償であるのなら。

『ようやく自覚したのか?』

 暗闇の先に、一人の人影が照らし出される。
金色の髪、そして特徴的な黒の戦闘服。ぼんやりとしたその影は、俺と完全に瓜二つの姿をしていた。

『それはお前が今まで、ずっと目を逸らし続けてきた血だ。』

「……お前は、誰なんだ。」

 鏡を見ているような気分に陥りながら、問い掛ける。

『俺か?ㅤ俺はお前だ。そして、お前は俺でもある。』

 "クラウド"はそっと、クラウドに手を伸ばす。次の瞬間には、真っ暗だった背景が血の海へと変わる。ドス黒い紅色の中で、前方を見通すことすらできない。肺に流入してくるその血液はクラウドの呼吸を阻害し、その中で溺れかける。

 "クラウド"が手を離すと、そんな景色が元に戻った。そしてニヤリと口角を上げながら言葉を紡ぐ。

『見ただろう。お前の心の底には、常にこの世界が広がっていた。切り捨ててきた他者の血で溢れたこの世界。これらは全て、お前の罪の意識の現れなのさ。』

「俺が……罪の意識を?」

『そう。お前は、本当は誰も殺したくなんてなかった。』

「それがどうした。」

 くだらないと、クラウドは吐き捨てた。

「猟奇趣味は無い。それでも、星のためにはやむを得ない犠牲だった。」

 新羅カンパニーという、最高峰の権力を握っている者たちが相手であったのだ。暴力を伴わない主張など、殊更聞き遂げられることは無かった。それを特に好まずとも、それでも殺さなくてはいけない局面は数多くあったのだ。

『ああ、そうだ。』

 対する"クラウド"は静かに、されど荘厳に、口を開いた。

『その理論でお前は多くの犠牲を正当化してきた。』

『全部許された気持ちになってたよなァ?ㅤ一方的に"全部"を奪われた者たちの悲鳴は聞こえないフリ。それを咎める声にも臭いものとして蓋をする。』

『星の危機だからやむを得ない、誰も反対しない、俺は悪くない、と。』

『でも、殺し合いの世界でその"大義名分"は使えなかった。』

『エアリスを生き還らせ、思い出をやり直す。そのために、参加者を皆殺しにする。やむを得ない事情でもなく、誰にも受け入れられず、ただただお前が悪者なだけの願いだ。何なら、蘇らせたい彼女自身までもがそれを望まない性格なのも分かっている。』

「……やめろ。」

『真実を、教えよう。』

「やめろッ!!」

ㅤその言葉に対してピタリ、と"クラウド"は口を止める。そして一呼吸を置いた後、ニヤリと揶揄うような笑みを見せ、再び口を開いた。


『お前は、止めてほしかったんだ。願いを叶える、エアリスとの思い出をやり直すなどと豪語しながら、心の底では自分を負かしてくれる相手を探していたんだ。』

「――違うッ!!」

 それは、認めてはいけない事実だった。罪悪感から途中で殺戮を思い留まり、立ち止まること。それ自体は何ら悪性のものではない。しかし、クラウドはすでにレオナールを、天城雪子を。殺していた。その上で願いを諦めるなど、寧ろ彼らへの冒涜だ。なればこそ、立ち止まるのは許されなかった。

 しかしながら罪悪感は次第に増していって――逃げ場を失ったクラウドは、無意識的に敗北を求めた。この上なく非合理的でありながら、この上なく人間的な心の動きだ。

「アンタなんか……」

 そして――突きつけられた己の本性を認めぬもまた、人間である。

「――アンタなんか、俺じゃないッ!!」

 それは、禁句であった。

『クク……ククク……クックック……』

 その言葉を受けた"クラウド"から感じる力が、一気に大きくなっていく。グランドリオンに纏われた闇など比較にならない大きさの、負のオーラがクラウドにも伝わってきた。

 そして。





















「――なぁーんちゃって。」









 そのオーラは消滅した。


ㅤ何が起こったか理解する暇もなく。金髪の青年の姿だった"クラウド"は、殺し合いの主催者である金髪の少女、マナへと姿を変えた。

「ペルソナごっこ、似てた?ㅤ似てたよね?ㅤあ、あなたはペルソナとかシャドウとか知らないんだっけ?」

 驚愕に目を見開くクラウドに顔を近付け、挑発するような目を向けるマナ。抵抗の意思を見せるも、身体が思うように動かない。

「ああ、無駄よ、無駄無駄。私、実態じゃないもん。あなたがさっき映画館で見た映像にちょっと精神魔法を、ね。」

 紅く輝くその瞳が、クラウドの目に映る。クラウドが口を開こうとしても声は出ない。

「それにしても、おっかしい!ㅤあんなにムキになっちゃって。あなたの心の中なんて、ぜーんぶ、お見通しなのにね。」

ㅤクスクスとマナは笑う。不快な笑い声を撒き散らしながら、ゆっくりとクラウドに近付いていく。

「死にたかったんでしょ?ㅤあなたの心、叫んでたもの。殺して!ㅤ私を殺して!ㅤ殺せー!ㅤって。」

 声の出ないクラウドは反論も許されず、対するマナの声は野太いものへと次第に変わっていく。

「でもあなたはそれを否定した。じゃあまだまだ止まりたくないってことでいいのよね?」

 そして、クラウドの正気すら、次第に失われていった。

「いいわ。物語の続きを見せてあげる。あはっ……あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」

 いつの間にか、マナの笑い声だけが脳内にこだましていた。





「ホメロス!」

 クラウドが倒れて動かなくなったのを確認すると、陽介は大急ぎでホメロスの介抱に向かう。
 元々大怪我を負っていたのに加え、さらにあのシルバースパークを受けたのだ。もしかしなくてもすでに死んでいるのでは――戦闘中は意識の外に無理やり追いやっていた考えがどっと押し寄せ、取り留めのない不安へと変わっていた。

 (良かった、呼吸はしている……。)

 まだ予断を許さない状況ではあるものの、現状死んでいないことに気付いた陽介は一安心する。

 陽介には知り得ないことであるが、かつてシルバーオーブの力をその身に宿していたホメロスは、雷属性に多少の耐性を持っている。ギリギリでホメロスの命を繋いだのは、たったそれだけの要因だった。

『ディアラマ』

 ジライヤが覚える範囲の、なけなしの回復スキルは普段よりも効きが悪い。一刻を争う状況なのは医療に対して素人の陽介にも分かるほどの傷なのに、なかなか治る様子がない。
 こんな時に天城がいてくれたら、と、もう叶わない願望が頭の中にチラつく。

「……くそっ。」

 やれる限りの回復はやったはずだ。言わずもがな、陽介自身の傷も治療がすぐにでも必要なレベルで深い。ペルソナの酷使による精神力の負担で倒れてしまってもおかしくない。治療に裂けるリソースとしては、すでに潮時であった。

 だけど心無しか、ホメロスの呼吸は安定してきたような気がする。生田目に誘拐された菜々子ちゃんのように、意識の回復に時間がかかるのかもしれない。あとは天命を待つばかり、か。

 とりあえずは地面に落ちていたグランドリオンを回収し、次にクラウドの死体からザックを回収した。

 ザックを開くと、そこには白桃の実、ただひとつのみが入っていた。こんな大物を倒した報酬としてはあまりにも小さいものだ、と肩を竦めながらそれを口に入れる。

「はぁ、疲れた……。」

 どさり、と倒れ込む。まだ殺し合いは終わっていない。他の奴らと協力し、マナとウルノーガを倒すという目的には、まだほとんど近付けていない。だけど、天城の仇を討ったこと、それだけは自称特別捜査隊の前進だと思う。だから今は、少し休息を求めても、我儘とは言われない、よな?



「――俺の幻想は、終わった。」

 そんな陽介の願望を嘲笑うかのように、死んだはずのクラウドが、スっと立ち上がった。

「なっ……!」

 それに気付いた陽介は、ここまでの経緯と、現実として目の前に在る光景のギャップに順応できず、咄嗟の反応が出来なかった。

「――それなら、物語を創り替えてしまえばいい。」

 クラウドの肌は生気を感じないほど薄紫色に染まり、腕は獣の如き剛腕へと変わっている。それが人間に起こる現象ではないとさらに明確に示すかの如く、その背に宿した翼によって、クラウドの両の足は宙に浮いている。そして胸には――存在を主張するかのように、シルバーオーブが光り輝いていた。

ㅤクラウドの様子、それひとつをとっても初めてペルソナ能力に覚醒した時に劣らない驚愕ぶりだ。しかしこの時、陽介を驚かせたのはクラウドのみに留まらなかった。
「お前は……!」

「私のジョーカーは、とんだ期待外れだったものでな……。」

ㅤクラウドの背後に、ひとつの影があった。その姿は忘れもしない。この殺し合いの主催者にして現状を招いた元凶の一人。

「ウルノーガ!」

紛れもなく、本物の。魔道士ウルノーガの姿だった。

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最終更新:2021年06月25日 04:35