夜空に歌声が響きわたる。
美しく澄み渡り……それでいてどこか悲しみを帯びた歌。
偶然にも、ここ数時間の間にそれを聴きつけた者は居なかった。
「……いつまでここにいるつもりなんですか。」
「千早ちゃんが歌ってるなら、ずっと聴いてたいな。」
その歌声の持ち主、如月千早は、どうも落ち着かないなと思った。
プロデューサーが気遣ってくれているからか、普段のボイストレーニングの時に周りに人が居ることは少ない。
仮に居たとしてもその人もトレーニングをしているので、聴き手として意識するわけではない。一人暮らしであるため自宅での自主トレでも同じことが言える。
逆にもう少し人数がいる前で歌うのなら小ライブとでも割り切ることが出来たのかもしれないが、相手が一人だとそうもいかなかった。
「逃げた方がいいですよ。……ここは私の歌で目立っていますから。」
少し後ろめたさを感じながら千早は言う。
「だったら余計に千早ちゃんをほっとけない。それに……誰か来ても私、多少は戦えるから。」
「戦えるって……殺す気なんですか?」
千早の歌の唯一の聴き手、天城雪子は先ほどペルソナ能力が使えることを確認した。
突然現れたペルソナに千早は驚いていたし、最初の会場でマナに反抗していた人たちやウルノーガといった、ファンタジー地味た力を持った人たちが現実なのだと再認識したようだった。
つまり雪子が殺そうと思えば、ただの人くらい簡単に殺せることを千早は理解している。
「……最初の会場でさ、首輪の爆発で殺された人、いるよね。」
そんな千早は、雪子の予想外の切り出しに少し困惑する。
「完二くんっていうんだけど…あの人ね、私の後輩だったの。」
「それは……」
ここでご愁傷さまですと言うのも、何か違う気がして千早は言葉に詰まった。
自分たちが死ぬのも遠くないという意識が根底にあるからだと気付いたのはその直後だ。
「……ここには私の友達もいる。姿は見てないけど恋人だっているかもしれない。私はもう、大切な人たちにあんな目にあってほしくないの。そしてその中には、千早ちゃんも含まれてる。」
一言、もちろん殺したくなんてないけどね、と付け加えた。
「雪子さんは、強いんですね。」
「強くなんか……」
「強いですよ。」
千早は雪子の言葉を遮る。
千早には、大切な人の死を乗り越えて意志へと昇華させている雪子が羨ましく思えた。
千早の家庭は、弟の優の死を乗り越えられずに崩壊した。
もし自分や両親に雪子のような強さがあれば、また違った結果になっていたのではないかと考えてしまうのだ。
「……それなら、私は千早ちゃんの方が強いと思うな。」
「私が……?どうしてですか?」
「自分を持ってるから、かな。」
「……?」
雪子の言ってることの意味が分からず、千早は首を傾げる。
「私は自分では見つけられなかったから。私とはこれだー、って言えるようなもの。」
雪子も同様に、自分には歌しかないと言った千早が羨ましかった。
歌しかないということは、言い換えると歌だけは譲れないということだ。
天城屋旅館を継ぐことが、産まれながらに決まっていた雪子は、継ぎたくもない旅館の女将修行をさせられていた。そんな日常から、いつか王子様が助け出してくれる。そんな幻想を抱き続け、主体的な『自分』の無い毎日を過ごしていた。
最終的には悠のおかげで自分が何だかんだ天城屋旅館のことを大切に思っていることに気付けたため、今では自分が天城屋旅館の跡継ぎであることにある種の誇りも覚えている。
だけどそこに至るまでにずっと感じていた抑圧感や反抗心は、今の自分を少なからず形成している要因なのだ。
「いいじゃないですか、誰かに頼ったって。……本当に辛い時に寄り添ってくれる人の頼もしさは知っていますから。」
そうね、と雪子はニッコリ笑って頷く。
その言葉の中で千早が最初に思い浮かべていたのは春香の姿だった。
彼女は自分が本当に辛かった時、こちらが冷たく突き放したにもかかわらず心に寄り添ってくれた。当時は放っておいてほしいと思っていた反面、そんな状況でも気遣ってくれる人がいることに安心感も覚えたものだ。
「ねえ、春香──」
「え?」
雪子が目を丸くして千早の方を見る。
先ほどの自分の台詞を思い返してみて、雪子の名前を呼び間違えていたことに気付く。
「あっ………」
「私、雪子……」
「すみません、間違え──」
「ぷーっ!あははははっ!私春香って名前じゃないよーっ!くくくくくっ……」
突然大笑いを始めた雪子の様子に千早はぎょっとする。
「そ、そんなに面白くないです!」
「だってー……」
雪子と春香と呼び間違えたこと──それは辛い時に寄り添ってくれた春香に対する安心感と同じような気持ちを、今も雪子に対して覚えているということだと千早は気付いた。
「雪子さんって変わった人ですよね…。」
どこか親しみを込めながら、なおかつ本心のままそう言った。
「ね、私も雪子って呼んでよ。雪子さんじゃなくてさ。」
呼び間違えられた春香の名前が呼び捨てだったことが気になったのか、涙を拭いながら雪子はそう言った。
「わ…わかりました。ゆ、雪子……?」
「ふふ、まだまだ慣れなさそう。」
「……仕方ないじゃないですか。」
「だったらこれから呼び慣れてほしいな……そのために一緒に……生き残れたらいいよね。」
今度は少し悲しそうな顔で雪子は言った。
その言葉からは、雪子の頭の中からも死のイメージは離れないということも暗に現れていた。
雪子は戦えると言っていたものの、やはり不安なのだろう。
「……そうですね。そう思います。」
千早も思う。
雪子と一緒に生き延びたい。
それは僅かな、だけど確かな生への執着。
「そのためにもまずは支給品、確認しよっか。」
「そうですね、しておかないと……。」
今までは殺し合いのイメージを抱きたくなくて、支給品を確認することをどこか忌避していた気がする。
だけど、その中身は自分たちが生き残るための手段だ。辛くても、怖くても、向き合わなくてはならない。
そして2人はあらかた、支給品の確認を終えた。
雪子が普段使っている武器である扇こそ無かったが、中身は『殺し合い』のための道具も入っていた。
「雪子さん……それ、使いませんよね……?」
不安になった千早は雪子に問い掛ける。
「なるべく、そうしたいね。」
少し引きつったような笑みで、雪子はそう答えた。
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「歌が聴こえるな。」
八十神高等学校の近くを通った時、クラウドとチェレンはその声に気付いた。
「目的は何だと思う?」
チェレンの考察力を試すとでも言わんばかりに、クラウドはチェレンに問いかける。
「そうだね……現実逃避とか?」
チェレンが真っ先に思いついたのはその可能性だった。
例えばベルなんかは、急にこんなところに呼ばれれば受け入れられずに奇行に走ってもおかしくないような気がする。
「ああそれと、罠の可能性もあるね。」
また、場所が学校であることを考えると、歌でおびき寄せておいて待ち伏せしている可能性もある。
上の階の者と下の階の者が戦う場合、下の階の者は重力に逆らって攻撃しなくてはならない分不利であるからだ。
「確かにその可能性もあるが……知り合いへのサインという線はどうだ?」
それに対し、最初の会場でティファとエアリスを見ているクラウドは真っ先にその可能性を思い浮かべていた。
「なるほど。確かに声だけなら何とか偽装出来ても歌までは難しいだろうからね。知り合いに自分の存在をアピールするなら効果的だ。」
さらにチェレンは考える。
なぜ自分の存在をアピールする必要があるのか。
殺し合いに乗っているのであれば、精神的に殺しにくい知り合いを集める必要はない。
つまりこの歌を歌っているのは、対主催集団を作ろうと画策している者たちということになる。
基本的にマーダーの立場を取る者は利害が必ずしも一致しないため徒党を組みにくい。
今クラウドと組んでいるのだって、いつ相手に殺されるか分からないという緊張状態を孕んでいる。
だから対主催集団というのはマーダーにとっては厄介な存在だ。2人で組んでいるとはいえ、自分たちにとってもそれは変わらない。
奴らは利害が一致する限り、何人でも徒党を組めるからだ。
「やっぱり、早めに潰しておかなくちゃね。」
「そうだな。」
2人がその結論にたどり着くまでに、さして時間はかからなかった。
最終更新:2019年08月06日 00:57